数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
春まであと少し、遂にWCWWのタイトル戦が行われることになる。 カードはすでに楠木とアドミラルと決定していて、本人たちも結構ナーバスにはなっている
それにあてられて他の面々も多少ぎこちない感じがジムには感じられた
現在担当している麗華に練習メニューを伝えひと休みと思ったら、ベンチで真鍋が考え込んでいた
「どうした? 珍しいな、おとなしく考え込むなんて」
「んー、まぁね」
気の無い返事で考え続けている。 てっきり噛みつかれるものと思っていたので拍子抜けし、そして不安になった
「どうした? 悩みなら相談してくれ」
「いや、たいしたことじゃないよ。 さとみんにはかなり離されて追いつけなさそうだなってだけ」
「・・・」
適当な同情ならできる。 だがそれをしたら本気で怒るだろう。 小縞はすでにトップ争いに参加しているが、確かに本人の言う通りまだ結論づけるには早い時期ではあるものの、真鍋が追いつくのはかなり困難であろう
「今のままじゃ当て役にもなれないからね・・・」
「ふむ・・・ま、しかしその中でがんばるのも大事だ。 ノエルだって・・・」
「あいつの話は聞きたくないんですけど」
じろっと睨まれる。 ああ、しまった、ノエルとは遺恨があったんだっけか
「あ、ああ・・・すまん。 ただな、真鍋・・・」
「あーほっといてくんない、社長? 自分で考えてるんだからさー」
「す、すまない・・・」
追っ払われながら、自分の不甲斐なさに情けなくなる。 こういう苦悩をさせる前に、こちらが真鍋をもっとうまく使うべきだった。 上の選手ばかり見ていていては社長などと胸をはれるものではない
考えてみれば中堅選手もそれなりには抱えている状態でもある。 もっと彼女らの「おいしい」使い方は考えなければならないな・・・
「社長」
後ろから声をかけられる。 振り返ると楠木が立っていた
「ん? どうした、楠木」
「考え事なら事務所の方でした方がいいんじゃないんですか?」
「え? あ、邪魔だったか? すまない」
考え込んでいたためにぼーっと立っていた。 とは言え別にそこまで狭いジムでもないが・・・
「いえ・・・。 他に聞こえてないでしょうが、口に出てましたよ。 聞こえてました」
「え・・・」
「まぁ、大丈夫だと思いますけどね」
「何がだい?」
「そのー・・・私がこういうのもなんですけど、私ら後輩がトップ争いを始めて、先輩たちが中堅扱いになったりもしています。 だけど先輩ですからね。 そのままおとなしく下で落ち着きませんよ。 なんらかの形で仕掛けてくるでしょう」
「それはわかっている。 私が考えてたのは社長として、だよ」
「あんまそっちでいじられるとこっちも動きにくいって遠回しに言ってんだよ、楠木は。 バカ社長」
いつの間にか後ろにいた真鍋が口を挟んでくる
「なっ・・・」
「あはは、真鍋先輩はきついね。 まぁでもそんな感じでもあります」
「むぅ・・・そういうものか・・・」
「上に決められて動くような人形になるくらいならこんな業界きてねーっての。 みんなそうだよ。 そっちにはそっちの思惑があるだろうから、選手が乗るべきところもあるだろうけど、介入のしすぎは勘弁しておくれよねー」
相変わらず私はまだまだらしい。 選手に教えられることばかりだ・・・。 さすがに少々こたえて肩を落として事務所へ向かおうとすると、真鍋の声が後ろから飛んできた
「そんなしょげんなよー。 心配してもらって悪いね、私はなんとかするよ」
「そうですよ、社長。 もっとうちらを信じて期待してくださいよ。 がんばりますから!」
選手に教えられ励まされ、社長としての面目は立たないが・・・まぁ素直に嬉しい。 それに選手に心配させているようでは確かにまだまだだ
「わかったよ。 楽しいリングを期待してる。 がんばってくれ」
まだまだ一人前の社長は遠そうだ・・・
(終)
新女のEXタッグリーグ、その裏でWCWW今年最後のシリーズは行われていた。 注目度においてはやはり全国ネットのEXに負けるものの、WCWWのファンやまた業界的にはこちらもすでに注目のシリーズでもある
この流れを作るためだった連続タイトルマッチのシリーズは今年いっぱいまでだ。 そうでなければファンにも飽きられてしまうしタイトルの価値も損なわれる
今後団体を引っ張っていくだろうと思われた小縞を倒し2冠王者となったアドミラル。 やはり団体を引っ張るのはヘビー級になるのかな、と思わされた
さて、そのアドミラルだが、防衛戦はどうなるか。 先輩である楠木が立ち向かう。 これにより一通りうちの注目株をタイトルマッチの舞台に上げ、世間様へのアピールが済むことになる。 そのためのカードだ。 ただ正直私の予想ではアドミラルの勝ちと踏んでいた。 それは先シリーズのアドミラルの小縞への勝ち方が鮮やかだったからだ、これは当分勝てる選手が出ないかもしれない・・・そう思わされたものだ
ところが私はまた予想を外す。 まだまだ選手たちの力が見えていない、と少々へこまされた
まさかアドミラルが両方奪われるとは全く予想をしていなかったのだ。 楠木が第5代BDヘビー、第9代WARS無差別の2冠となったのであった
この連続タイトルマッチシリーズの間、防衛は小縞のそれぞれ1回だけで目まぐるしくタイトルが移動していった事実は、経営面においては素晴らしい成果を出したが、団体としては必ずしも望む形ではなかった。 というのも団体としてはエースをはっきりさせたかったのだ。 そこから生まれるムーブメントが次へのステップになると考えていた。 もちろん今の状態もダメというわけではない。 しかし柱は据えておきたいと思っていたのだが・・・これでは誰が柱となるのか・・・
「社長、難しい顔をしてらっしゃいますね・・・?」
「ん・・・霧子くんか・・・」
「興行は大成功だったかと思いますが・・・EXのことですか?」
そう、メロディたちを送っていたけれど、興行はまさに大成功といってよかった。 顔をしかめる理由がない、ふつうなら
「今回だけで見るなら大成功ではあるが・・・今後のうちをどう見せていくかという点では少々難しくなってきたな、とね」
そう言うと霧子くんはきょとんとした顔を浮かべる。 そして笑って言った
「その答えは彼女たちが教えてくれますよ」
言われて私も少々考えすぎていたことに気付く。 そうだ、リングに上がる彼女たちが答えを見せてくれる。 フロントはあまり介入するべきではなかったな・・・
「・・・そうだね。 ちょっと考えすぎていたようだ」
そして年末恒例のプロレス大賞の発表が行われた。 早瀬が新人賞をメロディ対ノエルがジュニア賞をもらう。 大賞はマイティ祐希子であった
「龍子はまだいけると思っていたが、WARSベルトを奪われたからなぁ・・・。 それに対してマイティはアジアヘビーとNJPWヘビーの2冠で防衛も重ねてる。 この受賞は必然かもな」
「まぁくやしいけれどあんな試合見せられちゃ文句の言いようもないですね」
楠木がそう言うと
「あんな試合でごめんなさいね」
とメロディが言った
「あっ、いやそういうつもりじゃないんですっ、メロディさんっ」
「私も別に嫌味とかじゃないわよ。 本当あそこまで強いとは思わなかったのよね」
「でもメロディさん凄かったですよ! 私凄い感動しましたっ!」
小縞が当時と同じようにきらきらした目でメロディに言う
「ありがと。 でも・・・来年は倒さないとね・・・来年こそはうちが優勝しないとうちは結局『新興団体』の枠から抜けれないわ」
「メロディの言う通りだ。 誰が行くことになるかはさすがにまだ気が早いが来年は確実に取りに行く。 みんな頭のどこかに置いておいてほしい」
「ねー社長?」
「なんだ真鍋」
「それって誰の腰にベルトがあってもってことー?」
にやにやと笑いながら聞いてくる。 わかってて聞いてくるからこいつにも本当困る
「・・・王者は出さないよ。 うちは新女を超えるからね。 わざわざ王者が相手するつもりはない」
「やっぱそっかー・・・。 うちで王者として興行出るのとEX出るのはどっちがおいしいかなぁ」
「タイトル持ってからそういうことは言えよ・・・。 って、そうそう、それだ」
「ほへー? それだ、って?」
「新年、というかこれからのWCWWとしてもそろそろ看板が必要な頃合いに来た。 すでに作らせているが、WCWW無差別級ベルトを用意している」
「「!」」
皆の目の色が変わる。 当然ではあるが
「これに伴い、来月はその挑戦権を賭けたリーグ戦を行う。 決勝のカードで春にWCWWタイトルマッチを行う。 参加・不参加は自由とする」
「不参加自由は余計だね、社長。 あたしが行けるとは思ってるわけではないがここの選手である以上チャンスはありがたくもらうよ。 皆もそうだろう?」
ケルベロスが言うとみな頷いた
「そうだな、済まない。 来月みんながんばってほしい」
そして新年興行、予告通りのWCWW全員でのリーグ戦。 おおよその予想通り、決勝のカードは楠木対アドミラルであった
私が思っていた以上に楠木とアドミラルが団体を動かし始めていた。 新しい流れが始まろうとしていた
(終)
12月 新日本女子プロレス開催のEXタッグリーグが始まった
いざカードを見て正直顔を歪めたものだ。 新女はWCWWの潰しに来ている、と理解した。 初日のカードは新女期待の有望株ジューシーペアだったからである
マイティ・ボンバーに揉まれているだけあってタッグの完成度も高い。 メロディたちがどこまで踏ん張れるか・・・
そしていざ初日。 開始から早々にヘビー級のパワーとタッグのキレに押されていく。 マッキーは得意の力押し、押されながら返していくと素早くラッキーに切り替わり、多彩な攻撃で翻弄されていく。 対してメロディ・ノエルは即席コンビだ。 力はもちろん持ってはいるが、拙い連携でじり貧になっていく。 しかしさすがはメロディは頭脳派レスラーであった。 その圧倒的不利な状況の中、勝つ方法を最大限考えていた。 ターゲットをマッキーに絞り関節を中心に攻撃を組み立てロープ際で攻防を続ける。 ラッキーは技は多彩ではあるが得意は関節。 彼女の多彩さで攻めたてられても最後の締めは関節技にこだわってくるだろう、そこをロープブレイクしやすいようにとの位置取りである
そうなって来ると怖いのはマッキーのパワーだ。 力任せの粗さこそあるものの、要所での投げ技は実に怖い。 しかしこれを受けながらも最後の一手をかわしすかさず関節で絞めていく。 あわやというシーンは何度もあったが、結果としてはメロディがタップを奪い勝利した
二日目。 菊池・近藤組。 タッグとしては初日のジューシーペアよりは完成度は低い。 また菊池はジュニアであり、階級差も少なくは済む。 しかし現時点においては菊池はジュニア最強の呼び声すらある存在。 ハードルは高かった
試合開始早々にそれが顕著となる。 メロディ・ノエルはジュニアのスピードを活かして戦いたいが、菊池のスピードが二人を上回る。 食い下がろうとすると近藤がヘビーのパワーで繰り出すパンチやキックで確実に二人を消耗させていく。 しかしメロディはしたたかだった。 ペースとしては菊池組が奪っているものの、持っていかせない。 要所で菊池に関節をしかけ段々と飛ばせなくし、自分を囮にノエルの体力を温存させていた
ジューシーペア戦のように関節で、と思わせておいて最後はノエルにタッチし、体力を温存させておいたノエルが一気に全力で押していく。 最後はノエルが菊池からノーザンライトスープレックスでフォールを奪った
三日目。 遂に来たマイティ・ボンバー組との対戦。 メロディたちに任せた時に口には出せなかったが、正直勝ち目の無い戦いだ。 急造タッグ、それもジュニアの二人で崩せるほど甘い牙城ではない。 しかしそれにしても新女もやってくれる、リーグ初日からこちらにここまでぶつけてくるとは実際思わなかった
メロディ・ノエルの二人も結末のわかっていた対戦ではある。 それでも、それでも彼女らは突破口を必死に模索した。 初戦のジューシーペアとの戦いをベースに付け込める隙を必死に探してるのは、見ててよくわかった。 しかしマイティ・ボンバーはやはり現時点において格上である、そして新女のエースでもある。 そんな隙を見せるわけがなかった
ともすればアピールもあったのだろうか、試合が始まるなり大技で一気にペースを奪うとそのまま押してきた。 ロープ・場外と逃げ、やれることを必死に探すメロディたちであったが、ペースは完全に奪われ付け入る隙をもらえない。 食い下がるように繰り出す技はボンバーが受け止め、華麗なタッチワークから合体技、そしてマイティのムーンサルトプレスで勝敗は決した
鮮やかな、そして艶やかなマイティ組の勝利。 リングの上のメロディたち、そして録画で見た私と選手たちは奥歯を噛むしかなかった。 ・・・くやしい。 結果は予想通りであったとは言え、やはりくやしかった
だが、それと同じくらいマイティたちの強さも感嘆した。 選手たちにもその思いは少なからずあったようだった
「・・・つえーな、あいつら」
ぼそっとケルベロスが言う
「私は行かなくてよかったようです。 私ではメロディさんたちほどがんばれなかった、団体の恥になっていたでしょう・・・」
楠木も見たものに圧倒されたかのように言う
「んー、まぁ強いねぇ。 んでも私ならまた戦い方は違ったな。 勝てたかはわからんけどさ。 さとみんはどう思う?」
真鍋が憎まれ口を叩きながら小縞に振る
「うーん・・・きびしいね・・・。 ただそれよりも・・・」
「うん? それよりも?」
「メロディさんが本当凄い・・・。 新女の二人は強いけど、それを出させてるってメロディさんたち凄いですよ! 二人ともジュニアなのに!」
そう小縞が目をきらきらさせて語気も強く言う
「・・・確かに。 正に言った通りだ。 みっともないものは見せないって言ってたからな。 もっともそのせいでマイティを引き立たせてもしまっていたけどな、はは」
「う・・・でも凄いです!」
「ああ。 みんなも勉強できたことだろう。 何よりうちの興行でもこういう試合を見せていってくれると嬉しい」
私がそう言うと、現2冠王者であるアドミラルがすかさず返してきた
「そうじゃないと、うちがあっちに負けたみたいだろ。 やって、やるよ・・・」
メロディたちの敗北は残念ではあったが、WCWWとしては新しいエネルギーを得た。 越えるべき目標がはっきりし、クリアすべき課題が見えた瞬間だったかもしれない
四日目。 新女との激闘三連戦を越えた翌日は激闘龍のトップ二人であった。 フレイアと越後のタッグだ。 今のうちとの力の距離感を測るのにも興味深い対戦であった
お互い急造タッグでの対戦ではあったが、やはりフレイアたちの方がシングル意識が強いようで連携が悪い。 序盤からメロディたちがペースを掴む。 構図としては2対1になっているため、メロディたちは危なげがなかった
もちろんフレイアたちもそれぞれで盛り返そうとはしてくるが、うまくいなしつつ最後はノエルのアルゼンチンバックブリーカーに越後がギブアップでメロディたちの勝利であった
五日目。 フリーの草薙と永沢のタッグ。 不思議なタッグチームだと思ったが、EXのための急造タッグであったと後に聞いた
前日同様の急造タッグでやはり個人の意識が強いため、前日のカードを見ているような試合だった。 いや、むしろフリー同士なためにフレイアたちより連携は悪かった。 危なげもなくメロディがメロディスタンプで決めた
六日目、新女最後の刺客・・・と言いたいところだが、力の差は歴然と言った感じの村上姉妹との対戦。 新女のリングにおいてもこの姉妹はひっかきまわす立ち位置にある選手で、リング上よりリング外の方が目立つレスラーである。 また双方ジュニアでここまでにあった階級差のハンデもない。 マイティ組と正反対にこちらが負ける要素がなかった
だからこそ、であろうか。 メロディたちは大技を多く使い、魅せる試合に徹していた。 そして村上姉妹に何をさせるでもなく、最後はノエルがノエルズツリーでギブアップに仕留めた
最終日。 WARSの要、龍子と石川のタッグ。 三日目以来の山場である。 またWARS無差別王者のタイトルをうちが保有してることもあり、結果は重要な試合であった。 しかし・・・それは龍子たちにもそのまま当てはまっていた。 そのためか特に龍子は気負いしすぎていて、ゴングが鳴るよりもはやく飛び出してきた
しかし試合において気負いのしすぎというのはまるでよくない。 落ち着いてたメロディは余裕でいなし、早々にペースを掴んでいく。 圧倒的優勢に試合を進めていく中で、タッグチームとしても名をはせただけに石川が諌めたのか龍子が冷静さを取り戻していく。 本来は直情気味である龍子ではあるが、団体トップ選手であることもあり立ち直ってくるとやはり怖い。 段々と奪ったペースを奪い返され始める。 そうなってくると階級の差が響いてくる。 龍子も石川もパワーファイターなこともあって、一気に押し切るかと思われたところからどんどん僅差に追い込まれ始めた
カウント2.5、カウント2.9のコールが響く激戦に会場は盛り上がるが、見てるこっちは心休まらない。 両者ともにもはやスタミナの限界が見えた頃、ノエルのジャイアントスイングで石川がマットに倒れ臥せる。 すかさずフォールに入り、龍子のフォローももはや力無く届かず、ぎりぎりのところでメロディたちが勝利した
こうして初参戦であるWCWWのEXタッグリーグは終わった。 優勝は全勝のマイティ・ボンバー組。 メロディたちは準優勝であった
マイティ・ボンバー戦こそくやしい思いをしたものの、結果で考えれば新興団体としてこれ以上無い成果であったと言えよう。 確かに主役こそ新女に奪われたものの見せるべきものを見せての結果である。 特に新女の次を担うジューシーペアを越えたことは大きい。 業界的にも新女とWARSの存在を脅かす力が出てきたことを意識させることができたであろう
我々は3年目にして、遂に新たなステージに到達したのだ
(終)
小縞がタイトルホルダー、それも2冠になったことは団体内だけでなく業界内にも大きく影響があった。 マスコミの取材も増え、観客の注目度も上がり興行はかなりの増収だ。 1,2年目の投資が早くも成果を見せ始めている
さて、それで収まりがつかないのはこれまでの団体トップ。 ということで本来はWARSをメロディ、BDを真鍋に挑戦させようと思っていたのだが、メロディに押し切られ両タイトル戦をメロディで行くことに。 まだカードをみんなに言ってなかったから、まぁよかった
そして翌月の10月、東海・近畿興行。 リベンジクライマックスシリーズ
シリーズタイトルのおかげでマスコミも客も大方予想できていたようだ。 またその分全体的に客入りもよく、その中でアドミラルがデビュー。 つい先日デビューした楠木とのシングル
シリーズとしてはメインは小縞対メロディのタイトル戦なのだが、マスコミも観客も予想外の熱い試合に注目することになる。 これがデビュー戦とは思えないアドミラルのファイト、そしてそれを真っ向から受けた楠木の二人
どちらもパワータイプであり試合開始早々からペースを掴もうと大技を繰り広げる。 一進一退の攻防の中、アドミラルの正統派のプレーの実力とそうかと思うと見せるラフファイト、そしてそれを受けつつも立ち上がり向かっていく楠木の姿は圧巻であった。 どちらもまだデビューしたてにすぎないと言うのに・・・という声が聞こえるようであった
またこの二人の試合が注目を浴びたことは団体としては大きかった。 実際のところメロディ中心で来ていて、今それを越えたのが小縞。 ジュニアの団体、と思われている節があったからだ。 そこをヘビー級の二人が十分な試合を見せることで、ヘビー級への注目も集まる
そしてメイン、名古屋レインボープラザのWARS、大阪城アリーナのBD、両タイトルを防衛し小縞はその力をアピールしたのであった
試合後帰ろうとしていたメロディに声をかける
「どうだ?」
「どうって・・・何がですか?」
「納得できなかったからの挑戦だったろう、納得できたか?」
少し嫌そうな顔を浮かべた後自嘲ぎみに笑う
「結果が全てです。 私は負けました、そういうことです」
「なんだよ、まるで全て終わったような言い方だな」
「・・・先を考えるとあながち違わなくもないです」
まるで引退でもするかのような物言いに、私はどう言えばいいかと悩んだ。 しかし
「それでもまだ私には私のやり方があります。 ご心配いりませんよ」
そう言い残してメロディは立ち去って行った
私自身これでWCWWは小縞トップで流れが進んでいくかと思っていたが、話はそう甘くなかった
11月、中国・九州興行のことだった。 前シリーズでせっかく注目を集めていたので、楠木かアドミラルを挑戦者にと考えた。 楠木の方が先輩だからとは思ったが、小縞が相手として考えるとアドミラルの方が絵としていいのでアドミラルにする
すると、広島若葉アリーナにて、想定外にアドミラルが勝利し第4代BD王者、さらに福岡ポートメッセでも勝利して第8代WARS王者の2冠となったのだ
確かに小縞はジュニアでアドミラルはヘビーと階級差はあったが・・・まだ越えられるものとは思っていなかった。 観客たちよりも私の方が驚いた出来事であった
またこのシリーズ中に、恩田公園アリーナにてWARSタッグ王座を小縞・メロディ組が奪う。 しかしこれは奪うための即席タッグなので、当人たちも少々複雑な様子だ。 うちにはまだタッグチームと呼べる存在がいない、ということを強く感じた瞬間であった
シリーズ終了の帰りのバスの中、ふだんに比べやけに真鍋が大人しいことに気付いた
「ずいぶんおとなしいな、どうかしたか?」
「あ? あーゆー試合してくるとはね、先輩と思って引いてたけど潰してやる・・・」
かなりしょっぱい試合となったノエル戦のことか
「まぁ・・・あいつは天然だからなぁ・・・」
そう言うと胸倉を掴んで顔を寄せてきた。 少し前にもメロディにやられた気がする
「そんなんでなんでも許されると思うなよ・・・」
「俺に言われても・・・」
後に引きそうな遺恨を抱えてしまったようだ。 どうしたものか・・・
そして12月。 そう12月と言えば新女主催のEXタッグシリーズの時期でもある。 このところ業界内の注目を集めているだけに早々に新女からオファーは来た。 だが私は正直迷った
WCWWとしてはこの目まぐるしいタイトル争いによる団体内抗争の流れを止められない、止めるわけにはいかない。 しかしEXの結果を求めるのならこちらのトップクラスを送らないと結果が出ない・・・。 やがて、選手たちにも新女からオファーが来てることが知れ、直接話し合うことになった
「皆も知っての通り、毎年恒例となっている新女主催のEXタッグリーグ、そのオファーがうちにも来ている。 結果が出せればそれなりの収入にもなるし、動員にも影響するだろう。 もちろん君ら選手としてもアピールチャンスとも言える。 しかし・・・」
「まずはうちの興行が優先、ですよね?」
「そういうことだ。 なので2冠王者であるアドミラルはまず除外となる」
「私はハナから興味ないから構わないよ」
「ほう? かなりアピールできる場ではあるぞ?」
するとバカにしたような顔を浮かべて返してきた
「2冠王者つったって、私はまだ『うちのリング』でアピールしていかなきゃいけない新人だろうよ?」
「・・・そうだな、すまなかった。 バカなことを言った」
私はコーチをしていたりするせいか、ついつい彼女らを甘く見てる節がある。 リングにも立ち、すでにプロの彼女らに対して申し訳ない
「また今回そのアドミラルに挑戦者の予定である楠木も除外だ」
「お・・・私が行けるんですか? ならEXどころじゃないですね」
想像してなかったようで、気が抜けたような表情を浮かべる。 どうやら行くつもりだったみたいだな。 しかし楠木もいいファイトは見せてくれているが、やはりまだうちのリングで活躍してもらわないといけない選手だ
「・・・と、なるとー・・・私とメロディさんですか?」
「そこなんだ・・・正直小縞とメロディに抜けられるとこちらの興行的に痛い。 タイトルこそアドミラルが奪ったとは言え、君らが現状うちの看板だ。 ファンは君らに会いに来ている」
「では今回も不参加にしてはいかがでしょう、社長」
霧子くんの意見に私は首を振る
「世間での注目を集め始めている今、不参加となると『逃げた』と新女は言うだろう。 それが狙いだ。 実は逃げ道が無い状態なんだ」
「んーじゃあ私が行ってこようか?」
「真鍋さん、あなたもアドミラルさんたちと一緒ですよ。 社長、私がノエルさんと行ってきます」
「む、メロディ・・・しかし、その・・・」
「言いたいことはわかりますが、私たちの力も信じてもらえませんか? いいわよね、ノエルさん」
「ん・・・二人で・・・ファイトー・・・」
メロディとノエルの2人は十分力は持っている。 しかしタッグとしての成熟度、自力、そしてポテンシャルでは新女のトップ、マイティ・ボンバーの壁は崩せないであろう
「ジュニアの私たちならダメでも逃げ道は残りますわ。 みっともない試合はしてこないつもりです、任せてください」
「・・・選択肢は正直ほとんどない。 だからメロディ、ノエルに任せる。 がんばってきてくれ」
「まぁ、がんばってきますよ」
「・・・おー・・・」
「よしっ、とりあえずEXは決まりだ。 あとはさっき言ったように今月シリーズはアドミラルの2冠に楠木が挑戦だ! 各自気合を入れてがんばっていって欲しい、これは来年への布石となるシリーズだ!」
「「はいっ!」」
(終)
小縞・真鍋のデビューによりジュニア戦線が楽しくなってきたWCWW。 そこへまたもニュースが飛び込んできた
『激闘龍、至宝守れず。 第2代BD王者は草薙みこと!』
やはり選手の離脱の影響は大きかったようで、激闘龍のトップと言えば『戦うスーパーモデル』などとも言われる銀狼・フレイア鏡だが、フリーの草薙相手に防衛ができず至宝流出となった
かつては関わってた身として多少感傷的にもなったが、そこはそれ、ビジネスとして見ればこちらには千載一遇のチャンス。 即座に参戦のオファーを出しておいた
そして8月、東北~北海道シリーズ、キター!アリーナ満員札止め。 メロディが機は熟しましたわ、と言うので少々無理しておさえた会場だったが、札止めでほっと胸をなでおろした
WARS無差別級王者戦。 チャンピオン、ロゼ・ヒューイット。 挑戦者、メロディ小鳩
序盤組むと見せかけて組まず、組まないと見せかけて組むヒットアンドアウェイでメロディが翻弄する。 しかし中盤になるとさすがにロゼもGWAとWARSの2冠王者、メロディの動きを読み、捕まえパワーで追い上げる。 やはり厳しいかと見ていたが、メロディはすかさずサブミッションに構成を変える、これが狙いだ
そして、
「メロディスタンプだーっ! これで決まるかー!? おお? メロディ、フォールに行かないっ。 これは・・・ひざ十字だーっ」
「ロゼピンチですね、ロープまでは遠いし、ここまでの疲労の色が濃いです」
「ロゼ耐えながらロープに必死に寄るっ。 どうだっ!? 届くかっ。 あ、あーっとっ、タップですっ、タップしましたっ! ロゼギブアップー!! 新王者誕生ですっ!!」
札止めの観客の怒号のような歓声の中、メロディにWARSベルトが巻かれる。 第6代WARS無差別級王者の誕生である
シリーズ終わって、事務所に戻ってきたところで選手を集める
「まずはWARS王者おめでとう、メロディ。 WCWWの社長として本当に感謝してる」
「ありがとうございます、社長。 まぁ辛勝ではありましたけどね」
「そんなことないですよぅ、凄い勉強になりました、メロディさんっ」
小縞が興奮したように言う。 確かにあの戦い方は見事だった、メロディらしい頭脳戦ではある
「正直ライバルである小縞さんに手の内を見せたのは残念ですが・・・まぁ眼の前の勝負の方が大事でしたから仕方ないですね」
「はっは、メロディさんらしいな。 これでうちの力ってのもアピールできたじゃねーか、社長」
「それだ」
「あん?」
「なんですの?」
選手たちが私にわからないとばかりに不思議そうな眼を向ける
「我々がWARSベルトを奪った。 話題性として申し分ない。 そしてすでに知っているであろうが、激闘龍もベルト流出していて、タイトルホルダーの草薙には来月シリーズに参戦も快諾してもらっている」
「おおー、激闘龍のベルトも奪っちゃうってか。 やるねぇ、社長」
にやにや笑いながら真鍋が言う
「いや、それだけではない」
「はぁ?」
「悠理、アドミラルもそろそろデビューの準備ができているよな?」
「は、はいっ!」
「ああ、いけると思うよ」
「うちの選手層のアピールも込めて、しばらく毎月タイトルマッチを行う! 来月WARSとBDには小縞が挑戦者になる! それ以降は各人のアピール如何だ」
「!」
「は、はいっ! がんばりますっ!」
すっと手が挙がる
「どうしたメロディ」
「それ小縞さんがBD王者になれなかったらどうするんですの?」
「おもしろいことを言うな、メロ・・・」
「なります!!」
私の話に割って入るように小縞が叫ぶ
「絶対に私が勝ちますっ!」
メロディ、そして私が一瞬呆然とし、そして笑いあう
「な?」
「わかりましたわ」
「え、あ、あれ? あ、その・・・ごめんなさい」
「そこで引くなよー、さとみん。 勝って当然だろー」
「あ、う、うんっ。 勝ちます!」
真鍋のフォローに小縞が頭をぶんぶん振ってうなずく
「だいたいメロディ。 お前こそ平気か?」
少々いじわるな質問をしてみる
「・・・確かにそうですわね」
笑顔で返すメロディだったが、その目は笑っていなかった・・・
9月初頭、なんとも表現しづらい新人が入った。 市ヶ谷麗華。 八島のようなふてぶてしさとも違う。 圧倒的な存在感・・・が、少々個性が強すぎた困りもの。 先に入った早瀬とは見事に対照的な人間性と言えよう。 ヒール向きかとも思ったがファイトスタイル的には正統派寄り。 少々力任せなきらいこそあれ、王道ではある。 おもしろいやつだ
そして地元関東周りのシリーズ、WCWWが動き出すのを感じるシリーズとなった。 悠理のデビューなど見どころは多いがやはりタイトルマッチがメインである
市ヶ谷記念ホール、札止め。 メロディ対小縞は先月言った時は正直冗談だったのだが、小縞が勝ち第7代WARS王者となる
さらに日本武闘館、札止め。 草薙対小縞。 序盤からぐいぐいと力で押していく小縞に飲まれぎみな草薙という流れであったが、やはり草薙とてフリーで活躍し、タイトルも獲った身でありいろいろ押し返しを図る。 特に場外で必殺・草薙流兜割りを出したのには驚いた
しかしもっと驚いたのは小縞であった。 かなり効いたと思われたが、その目は力がこもっていた。 すでに2回も彼女の代名詞とも言えるスプラッシュマウンテンを出し返されているのだが、不安気な様子は欠片もうかがえない
「さとみんーっ、相手はもうふらふらだよーっ! 一気にいけーっ!」
セコンドについていた真鍋の声に煽られるように会場からは小縞コールが鳴る。 流れを奪おうと不用意に近づいた草薙を捕まえダイアモンドカッターが決まる。 歓声とともに3カウントが入り第3代BD王者が誕生した
直後、試合の終わっていたメロディが私の肩を掴んで裏へと引っ張り出す
「うお、ととと、どうしたメロディっ」
「毎月タイトルマッチですわよね、社長?」
「あ? ああ・・・」
「来月、私に行かせてくださいますよね?」
「え? それは・・・」
と言いかけたところで胸倉を掴まれメロディが顔を寄せる
「私に、行かせてください、ね?」
「わ、わかった・・・」
小縞が自分を越えた。 それを感じ取り、そしてそれを認めたくないのであろう。 WCWWをジュニアとは言えトップとして引っ張ってきた誇りだ。 特にまだ20才、まだまだ現役として到底認めたくないのであろうな・・・
しかし、団体としてもファンに対して、そしてマスコミに対してWCWWが変わろうとしているのを感じさせる大きな転機であった
(終)
3年目5月、小縞が海外遠征から戻り遂にデビュー。 私の期待の雛たちが遂に飛び立とうとしている。 まず最初は小縞だった
セミファイナルでいきなりロゼのGWAヘビーにぶつけることにして、カードを連絡した。 すると、
「ええええええっ!? わ、私がですかっ!? なんで!? メロディさんとかいるじゃないですかっ」
「私はすでに負けましたわよ、ケルベロスさんも。 もちろんそのままにしておくつもりはないですけれど、まだその時じゃないですわ」
「そうだな。 それにこれは団体の経営面的な問題も大きい。 秘蔵の新人のデビュー戦は話題性がなければいけないってことだ」
「む、無理ですよーっ! 無理無理無理無理っ!!」
「社長ー。 小縞ちゃんにプレッシャーかけすぎー。 私だってそんなこと言われたら無理だよー」
「え、別にプレッシャーかけたつもりはないが・・・」
「秘蔵の新人、とか言ってんじゃんよ。 てーか私はどうなんよ」
「もちろんお前もだが?」
ふはーっと大きなため息をついて真鍋が頭を振る
「本当勘弁してください・・・」
「ええー?」
実際これは少々無茶だったらしく、当日小縞はリングインの時点で地に足がついてなかった。 観客の声援もどこ吹く風で、表情の凍りついた様を見ていれば結果は考えるまでもなかった
ロゼが一方的に支配し、なんらいいところなく敗北
「あー・・・まぁ、なんか済まなかった・・・」
「あぁ社長、謝る必要はねぇよ。 あたしらはプロだ。 チャンスを活かせない小縞が悪いのさ。 ただまぁ仕方ねぇとも思うから説教はやめとくよ」
「はい・・・ケルベロスさんすいません・・・」
「謝るこたぁねぇよ。 デビュー戦ってのは練習とは違う。 ついでにタイトルマッチはふだんのリングとも違う。 それが経験できたんだ、今後に活きるだろ」
「は・・・はいっ!」
これで自信を失ってヘコんでしまったらどうしようかと思ったが、ケルベロスのおかげで目に光が戻った。 正直助かった・・・小縞にかけた投資は正直それなりだ、ここで潰れてしまったらしゃれにならないところだった
「でー、社長。 私は? さとみんとは同期の私がまだデビューできないってのはどうなん?」
「当然お前も来月がデビューだ。 準備はできてるか?」
横から顔だけこちらに向けて、絡んできた真鍋に返す
「んー・・・まぁぼちぼちかねぇ・・・。 さとみんみたいにいきなりタイトルマッチとかは勘弁してほしいけどー」
「ああ、わかってる。 ノンタイトルでケルベロスとシングルだ」
「えええええーっ!? なんでケルベロスさんさー! さとみんとかせめてメロディさんだろー! このボケ社長ーっ!!」
本当に想定外だったようで、考え無しに叫ぶ
「あぁ? あたしじゃ不満ってか、真鍋」
当然聞こえたケルベロスが反応する
「ケルベロスさんヘビーじゃんさー! 私ジュニアだっつーのっ!」
「あんだ、お前。 あたし以外なら勝てるってか? くやしいがメロディさんはジュニアなのにあたしに勝つぞ?」
「ぬ・・・ぐ・・・それは知ってますけどぉ」
「プロレスってのは勝つだけが全てじゃないさ。 お前はそれを知ってると思うんだが?」
二人の会話に割って口を出すと、真鍋がきっと私を睨んで言った
「だぁらそれだよっ! ケルベロスさんとじゃ私がおいしくないだろ! 社長こそプロレスわかってんのかよっ」
それを聞いて私とケルベロスが鼻で笑う
「ばぁか」
「そんなことはわかってる。 デビューの新人にわざわざおいしいカードは組んでやらんよ。 ハードルを上げてどれだけやれるか見るのさ」
真鍋はバカではない、頭の回転がいい、だから口がまわる。 私たちの意図が理解はできたようではある、が感情的に納得できないようで、しばらく口を聞いてくれなくなった
翌月、真鍋デビュー。 結果は想定通りケルベロス勝利。 しかしさすがに今やれるものは出していった。 感嘆すべきは敗戦直後だ。 トップロープに素早く昇ると毒霧を空に吹き
「勝った気になってんじゃねーぞっ!」
と捨て台詞をして退場した。 その演出力に会場からは真鍋コール、勝ったケルベロスはしてやられたってところだ
・・・ただ、惜しむらくは真鍋は自分の立ち位置はわかっているようだが、今のうちの団体に彼女を活かすポジションが無い・・・。 どうしたものか・・・
またこの月は新人が増えた。 早瀬という素直そうな少女だ。 以前に入った八島と比べると対照的すぎておもしろい。 八島と言えば、そのふてぶてしさからケルベロスと一悶着あるかと心配していたが杞憂に過ぎなかった。 私自身まだまだ彼女らを見た目で判断してしまっていると反省した次第だ
悠理のデビューも近々・・・またWCWWという名が業界をざわめかす存在になろうとしている・・・。 私はそうほくそ笑むのであった
(終)
WARSの至宝ごと参戦で、盛り上がるWCWWとそのファンではあったが、やはり仮にも龍子を破っただけのことはある今のうちに倒せる選手はいなかった
現在の団体トップはジュニア戦士のメロディ。 ビューティもロゼやクレアも難関だった
しかしそれは選手たちの話。 フロントとしては、資本投資はリスクではあったものの、大幅な動員アップでしてやったりといったところであった
「はぁ・・・。 やはりヘビーの人は大きいわねー・・・」
「あたしにもっと力があればあたしが行くんだけどねぇ・・・」
「もういっそやっちゃった方が早いかしら・・・」
「おーい、メロディ何を言ってるー」
目に怪しげな光を灯したメロディが怖くなって声をかける
「あら社長。 いたんですか?」
「えーっと、いちおー私もコーチなので・・・。 何をやっちゃうのか知らんけど、下手なことするとただWARSにベルト返還で、ビューティを呼んだ資金が無駄になるのだが・・・」
「あらそうね。 社長もなかなか抜け目ないんですね」
「あんたら何の話してんだい?」
「まぁまぁ。 しかしそんなきついか。 そろそろ戦えないこともないかと思ってたんだが」
そう言うと二人とも難しい顔をして下を向く
「ビューティさんもロゼさんもかなりのパワーファイターで、ジュニアの私だといなしきれないものがあるわ」
「あたしは同じパワーファイターではあるが、あちらさんの方が力が上で正直潰されちまうね」
メロディが珍しく苛立ちを顔に浮かべ、ケルベロスは『勝てない』と表情で訴えていた
「そうか・・・できればビューティが参戦してるうちにWARSのベルトを奪ってもらいたかったが厳しいか・・・まぁしょうがないな」
そう言うとメロディが刺すような目で私を見、薄笑いを浮かべながら言った
「あら・・・しょうがないことはないわ? 潰しあいしてもらいましょうよ」
「は?」
「あん?」
意味がわからず私とケルベロスが間の抜けた感じで返す
「今まだうちでは奪えないのなら、どちらかに両方持ってもらった方が楽だわ。 WARSにロゼさんをぶつければいいのよ」
「ああ・・・」
「お、おお。 なるほど・・・」
歯が立たない苛立ちとこちらの思惑を合わせた感じだろうか。 しかし確かにうちの思惑としてはその方がありがたい
「そうだな・・・しかしビューティが防衛したらどうする?」
「その時はその時でしょう。 でもあの人にそこまでやれるかしら?」
「・・・自分だって勝てないくせに・・・」
「ケルベロスさん、何? 聞こえなかったんだけど」
「い、いや、なんでもねぇよ」
かくしてビューティは守り切れず、ロゼ・ヒューイットが第5代WARS無差別級王者となったのであった
これが4月の話。 事態が動くのはここから約半年後のことである
(終)
年末に新女からEXタッグリーグへの誘いが来た。 WCWWの名前に興味を引いたらしい。 しかしこちらはまだ立ち上げまもなく新女の引き立て役になる気はない。 丁重に断っておく
ドサ周りの興行が続く中、私はさらに経営負担を重ねる。 まだデビューもしていない小縞を海外遠征に送ることにしたのだ
「えーっと、いいんでしょうか?」
「何言ってるんだ、小縞。 むしろ今しか行かれないよ。 力がついてきたらリングで活躍してもらわないといけないんだし」
「あー、なるほどー・・・まぁ海外のレストランは参考になるかもですよね」
「・・・君の実家のお店のことよりレスリングを身に着けてきてね・・・」
そしてEXが終わり、プロレス大賞の発表
うちからはメロディが新人賞に選ばれた。 正直賞とは縁がないだろうと思っていたため、ありがたい収入であった。 大賞はWARSの龍子、私としても納得の受賞である
「龍子か・・・やはりな」
「そうですか? マイティさんかと私は思っていましたが・・・」
「マイティは華もあり新女の要ではあるのだが、いざ直接対決なら龍子の方が今はまだ上だろうかと思う。 実際どうかはさておきとして、マイティはボンバーとのタッグの印象が強い選手だから、ピンで見るなら龍子になるのは当然かと思うわけだ」
「なるほど・・・しかしタッグはタッグで大事とは思います。 うちにはまだ・・・」
「そうだな、課題は多すぎだ。 ははは、まぁゆっくりがんばっていこう」
ノウハウは持っていても今の我らは新興の小さな団体にすぎない。 だからこそ数年先を見据える。 こちらに力が付いた頃には新女とWARSは主力が引退であろう・・・そう思うと一抹の寂しさはあるのであるが・・・。 新人をさらに増やし未来を楽しみに鍛えていく。
そんな中のことだった
「社長っ、すげーことになったねぇ」
「なんだいきなり真鍋」
「あり? まだトースポ見てないの?」
そう言って丸めたスポーツ新聞をバトンのように渡してくる
「うちはまだ話題に昇るほどのネタがないからなぁ・・・にしても、なんかこれオヤジくさいな、お前」
「よけーなお世話。 ほれ早く見て」
「なんだよ、そう急かすなよ・・・」
すると突然ジムの扉が勢いよく開かれる。
「おぉいっ、社長、ここかっ。 見たかよっ、新聞っ」
「おいおい、ケルベロス勘弁してくれよ・・・心臓が止まるかと思ったよ」
「ああ? それどころじゃねーだろ、おい」
「だよねぇ。 ほらーさっさと見なってー」
「なんなんだ・・・えーっと・・・」
『WARS至宝流出! 時代の終焉か!?』
WARSを長らく支えてきたエース、サンダー龍子。 しかし先のシリーズにおいて、シングルをフリーのビューティに、タッグをGWAタッグに相次いで奪われた。 至宝を取り戻すべくのリベンジであった今シリーズ、エースは奪い返すことができなかった。 WARSの絶対的エースであり去年のプロレス大賞者に、ついに陰りが見えてきたと言えよう
「なんと、まぁ・・・あの龍子がねぇ・・・」
「いやいやー、私の時代が見えてきたねぇ」
「ばぁか、デビューもまだの新人がナマ言ってんじゃないよ。 あたしがちょっと揉んでやるからリングに上がりな」
「あーっと、そうだ、ロードワークの時間だー。 それじゃケルベロスせんぱーい、またー」
逃げるようにジムを出て行く真鍋。 まぁ見慣れた光景だ。 別に練習はサボってるわけでもなしほうっておく
「ったく、あいつは口だけは調子いいな」
「まぁまぁ、あいつはそこが良さでもあるさ」
「まぁ・・・わかっちゃいるさ・・・。 にしても、これはおもしろいことになったものだねぇ」
「ああ、確かに。 お前たちより私の方が実におもしろい」
「あん?」
「すぐにわかる」
3月、関東周りのWCWWの興行に、フリーの市ヶ谷とGWAが参戦することになったのであった・・・
(終)
一世を謳歌したWCWWであったが、団体の上に位置するスポンサーの方でトラブル等があったらしく、団体は別会社に身売りすることになった。 選手やスタッフの多くはそちらへ移動することに。
母体の会社は忘れたが、今後は大阪を拠点に激闘龍と団体名を変えるらしい。 私もそちらから声はかかったが遠慮させてもらった。 話によれば霧子くんも断ったらしい。
実は数年前から予感はあった。 コンツェルン会長のお墨付きはもらっていたものの、内部派閥の折り合いか、本部との連携はかなり悪くなっていたのだ。
また上からの圧力か、という予感。 その時から私は密かに動いていた。
グループ内外、はては選手にまで「なぜ?」と聞かれるような質素な生活。 十分な利益を得ていたにも関わらず、収益をかなりプールしていた。 そしていくつかスポンサーになってくれそうな各所につてを作る。
全ては来ると思われたこの日のために。 おそらく秘書として傍にいた霧子くんもわかって、そして来てくれるために断ったのであろうと信じ連絡を取る。
「やぁ霧子くん、久しぶり」
「社長・・・あ、もう・・・」
「いや、社長だよ、霧子くん。 秘書を探してるのだけど君はもうダメかな?」
「!? ・・・え、社長」
「ああ、私の動きは気づいてただろう。 そして今その時が来たということだ」
「ふふ・・・ええ、お付き合いいたします、社長っ」
あてつけも込めて新団体の名も『WCWW』にすることにした。 略称であるので、いくらでも言い逃れはできる
目星をつけていたフリー選手・まだ世に出ていない若手、かつてトップ団体であった際のノウハウを最大限利用し、買い取った会社・スタッフが動く前に先手をうつ。 そもそもが情報管理は我々がしていたのだからここらはこちらのお得意だ。
メロディ・ノエルと言ったまだ若いフリー選手、サキュバス・小縞の新人を迎え入れ、TWWA・EWAと提携し、外人レスラー主体で収益のおぼつかない綱渡り営業を始める。
「ちょっと~、こーの団体大丈夫なん~?」
「ダメだったら一緒に旅に行く? 真鍋ちゃん」
経営的に不穏なのは選手たちにもわかるようだが、
「ははっ、まぁ今はこんなだが安心してろ。 お前らこそ勝てるのか? どんどん凄い相手用意するぞ?」
「んんー、実家のお店に少しお金都合してもらいましょうか?」
「お前ひとの話聞いてないのかよっ! 大丈夫だってばっ!」
「社長の仰る通りですよ。 今はある資金を多少無理して使ってます。 あなた達が力を付けた頃に十分な戦いをするための準備期間ですよ」
「ふ~ん。 ま、霧子さんが言うなら納得しとくか」
「おいおい、随分な言いようだな」
選手が不安になるのも無理はない。 資本金はそれなりには用意していたが湯水のように使っている。 その割に興行はまだドサ周り。 これでどう稼ぐのかと言った様相だ。
「自分のお金でなければここまで大胆に使うことはできなかったかもしれないな・・・」
「まぁ・・・選手が不安になるのも無理はない出資ですけどね・・・」
自分の経営の方で必死だったため無頓着だったよそ様の様子だったが、霧子くんがチェックしていた。
「どうも激闘龍は選手が大幅に離脱したようですね・・・」
「え?」
「WCWWから移籍した大半はフリーになったようですね・・・。 やはり揉めたのでしょうか」
「うーん・・・もったいないことだな」
夏頃さらにフリーのケルベロスと新人の悠理を加え、地道に活動をする。 この一年、そして来年は辛抱だろう。 いかにこの二年を乗り切るか、が勝負。
私の新たな挑戦はこうして始まったのであった。
(終)
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