数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
もう船に乗って結構な時間が経つ。 見渡す限りただ海が広がる世界。 どこまでも、どこまでも海。
広がる無限の同じ世界に恐怖感も無いことはない。 そしてこれまで過ごした時間が夢だったのかという錯覚も覚える。 しかしそれは確かに錯覚に過ぎない。 バイアシオン大陸で過ごした駆け抜けるような時間はまごうことなき事実で、その現実があるからこその今にすぎない
「どしたん? エレンディア」
なにより不意に背中へ抱きついてきたこの子が、私がバイアシオン大陸で過ごした証人であり証拠である。 そして今こうしている原因でもあり理由だ。 カルラ・コルキア、私と共にバイアシオンを出た私の相棒さん。
「何ぼけらーっとしてんのよ。 今のうちだけだよー? そんな顔してられるのは」
言いながら私の頬を撫でる。 それに対応するように私も肩あたりに伺える彼女の頬へ手を伸ばすとその手を掴まれる。
「いつまでもこんなとこにいるから、冷え切ってるじゃない。 いい加減中入ったら?」
言いながら体を離し、私の手を引っ張り立たせる。
「そんな寒そうな格好してるあなたに言われたくないわよ、カルラ」
「素足出してるのはお互い様じゃない」
「私は足だけよ。 あなたみたいに他のとこは出してないもの」
「まーあたしはあたしの魅力も武器だから」
そう言ってくすくすと笑う。
「ふーん」
そう返し、私はまた海を見る。 実際には海は見てない。 考え事のためカルラから視線を外したにすぎない。
しかし困ったことに私の相棒は人の心の機微を感じることができる。
「何?」
「ん?」
考えようとした矢先に声をかけられ、生返事で返す。
「後悔してるの? 戻る? ううん、帰る?」
口調はいつもと変わらないけれど、さすがに誰でもわかりそうなほど彼女の心が波立っているのがわかる。
「そうじゃないわよ。 凄いわよね、この何も見えない世界って。 私、こんな光景初めて見るから」
「そう? すっきりしてていいじゃない」
言いながら近寄ってきて、背中から抱きついて私の腰に手を回す。
「でもエレンディアが考えてたことってそれじゃないよね」
「・・・そうね」
話を逸らしても悟られてては意味がない。
「あたしには言えないこと?」
「言えるわよ?」
「じゃ、言って」
「でもまだその時期じゃないから言わない」
耳元で彼女が小さく笑う。
「つまりあたしのことってわけだ。 くすくす」
「そうは言ってないでしょ」
「じゃ違うの?」
「・・・違わない」
左手は腰に回したまま右手で彼女が私の髪を撫でる。
「・・・ま、いっか」
そう言って体を離し、船室へと向かいだす。 振り返り言う。
「時期が来れば教えてくれるんでしょ?」
私はカルラの方を向いて返す。
「私、カルラと喧嘩したくないの」
そう言うと彼女は笑って言った。
「あはははは、そらあたしだって嫌よん。 バイアシオン救世の勇者様と戦うなんて怖いもんね」
それを聞いて思わず言ってしまった。
「・・・でもしないとダメみたいね」
その言葉と同時にカルラの目が変わる。辺りに緊張感が漂う。 彼女一人から発せられたその気配。
「どういう意味かな? エレンディア」
「カルラこそその目は何よ」
少し気圧されて、つい挑発的に言ってしまう。
「フフ、そうね・・・これから一緒にやっていこうって言うのに、あたしもちょっと緊張してんのかもね」
まただ。 それが私は嫌なんだ。 あっさりと感情を隠して笑い、緊張感を消す。
「カルラ・・・」
「反省してとっとと寝るわー。 んじゃね、エレンディア」
「待ってっ!」
言うだけ言って去ろうと踵を返した彼女に叫ぶ。 足を止め、顔だけこちらに向ける。 薄笑みを浮かべ彼女は言う。
「何よー、エレンディア。 あたし何かした?」
そこで少し冷静になる。 本当自分で選んだとは言え、私の相棒は面倒極まりない。
「・・・心当たりあるんじゃないの?」
「無いねぇ。 だから聞いてるんじゃないー」
心理戦はハイレベルなものを要求される上に、本当のところは激情家。 うかつなことを口にすれば殺し合いにもなるだけに言葉は気を付けなければいけない。
「私、カルラのペットじゃないわよ?」
驚いたような顔を浮かべたあと、笑い出す。
「あははは、何バカなこと言ってんの? 勇者様をペットにできるほどあたしは立派じゃないわよ、あはははは。 そんなこと思ってもいないわよー」
「・・・だったらあなたの都合で触るのはやめて」
「・・・」
相変わらず貼り付けたような薄笑みのままではあるものの、瞳の奥から深い闇が漏れ出してきた。
「あら、抱きついたの嫌だった? ごめんねー、次からは・・・」
「そうじゃないわよ。 わかってるんでしょ?」
彼女がいつものようにはぐらかすのを遮るように言う。
彼女の瞳の奥に様々な感情がうごめいているのがわかる。 カルラの触れられたくないことに触れようとしているのはわかっている。 できればそっとしておきたい。 だけどそれではダメ、私の気持ちがそれでは持たない。
「・・・」
「・・・」
無言でお互いに言いあう。 彼女は眼で私に幾万幾千の罵声を浴びせている。 私は精一杯の思いを伝えている。
けれどわかっている。 どちらも意味は無い。 言葉にしない言葉は決して届かない。 わかって、なんてのは甘えにすぎなくて、相手のためを思った行為ではない。 だから私は言う。 彼女を傷つけ怒らせるものであったとしても言うしかない。
「・・・私にも触れさせてよ、カルラ・・・」
言うや彼女はぎりっと奥歯をかみしめ怒りの表情を露わにする。 剣呑な光が瞳に灯る。 だが言葉は発しない。 彼女の口から零れそうになっている呪言は私に向けてのものではないことを彼女自身がわかっているから。 けれど溢れそうにさせているのは私、だからその目は憎悪に燃えている。
「・・・っ。 ふっ・・・う・・・は・・・」
ふだん抑えつけて仕舞い込んでいるたくさんの負の感情の制御に苦しみ、カルラは息を荒くする。
苦しめているのはわかる。 だけどそこを踏まえて、そしてそこを越えて、私はカルラとこれからを共にしたい。 ずっと共に行く相棒なのだから。
だから彼女に向って一歩踏み出した。 けれどその瞬間カルラは大きく後ろに跳びすがった。
「・・・っ」
荒い息を吐きながら、何かを言おうと逡巡する彼女に私は言う。
「何も言わなくていいわよ」
そして再び彼女に向って一歩踏み出す。 私が言葉を口にしたことで、彼女のスイッチが切り替わったのか、燃えるような瞳だけを残し表情はいつもの薄笑みに変わっていく。
「ふ、ふふ・・・」
そして後ずさりながらゆっくりと鎌を構える。
「あたしとしたことが道連れを間違えたかな・・・? 確かに喧嘩になりそうね・・・でもあたしとの喧嘩は命がけよ?」
「間違えてないわよ。 私じゃないとダメでしょ。 カルラには私じゃないとダメなのよ」
「何それ。 何のつもり? 何言ってるの?」
口調にいら立ちが露わになっている。 私はまた一歩彼女に踏み出す。
「エンシェントの墓地で会った時に言ったこと覚えてる? 同情したら殺す、って言ったはずよ?」
「覚えてるわよ? それ何か関係あるの?」
カルラはすでに鎌を振りかぶった体勢で構えてる。 いつでも振りきれるように。 私はまた一歩踏み出す。
「何も言わなくていいってどういうこと? 私じゃないとダメって何様? あたしのことをわかったつもりにでもなった?」
瞳の奥の黒い炎が彼女の何もかもを燃やしているのを感じる。 今の彼女の眼には私はどう映っているのかな、なんて場違いなことを考えたりもした。
「私は私の問いの返事が欲しいだけ。 触れさせてくれるのかくれないのか。 それに対して言葉は別に必要としてないわ」
また一歩踏み出す。 あと2,3歩で彼女の鎌の射程範囲だ。
「ネメアさんや他の人ではあなたは自由でいられないでしょ? あなたが自由に振る舞えるのは私だけだと思うってこと」
カルラは薄笑みを浮かべたまま・・・のつもりであろうが、すでに溢れかえる怨嗟の思いでその笑みはひきつっている。
「何それ。 何わかったつもりになってるの? あんたにあたしの何がわかるの?」
それでもやはりカルラは尚カルラであった。 激情に流されず私との距離を測っている。 次の一歩で彼女は迷わず鎌を振るうであろう。
「・・・やだなー。 やめない? あたしエレンディアのこと気に入ってるからこれ以上はしたくないんだけど?」
嬉しい。 これだけ怒り、憎み、哀しみ、といろんな激情が蠢いているであろうに、まだ彼女は私と最後の一線を越えない関係でいたいと思ってくれている。 気に入ってるから。
だけど同時にくやしい。 それは気に入ってる、に留めているからの制止。 これ以上私も彼女も近づかない、不可侵の関係。 彼女はそれを理解して言ってはいない。 だから私は踏み込むしかない。
「やめない」
私は一歩踏み出した。
その目はすでに私と旅立つことにしたカルラのものではなく、『青い死神』『神速の戦術家』と呼ばれたディンガル青竜将軍カルラ・コルキアのものだった。 いや、それすらも異なるかもしれない。 その目はかつて滅ぼした彼らを見る目、幼いカルラのものだったのかもしれない。
「-っ」
私の一歩と同時に彼女が動く。 私が一歩踏み終わってからが彼女の鎌の間合いではあったものの、彼女は「待ち」の戦術をしない。 つまり足りない距離を自分が踏み込むことで埋め、私の一歩が終わる前に彼女の間合いに変える。
彼女は右構え、つまり私から見て左から鎌が薙ぎにくる。 彼女はやると決めたことはためらわない、その鎌は止まることなく振りぬくだろう。 速度重視の彼女の攻撃を完全に避けるのは力をつけた私でも容易なことではない。 ただし、それは普段なら、の話だ。 彼女はすでに構えていた。 その時点で薙ぐ鎌の軌道は限定されている。
私は一歩を踏み出すと同時に斧を左側に縦に振る。 正直賭けではあった。 彼女が足を狙ってきたなら間に合わない。 けれど今の彼女はそこまで冷静ではない、上半身だろうと賭けての行動だ。
ガキィン
私の斧が弾かれる。 弾かれた反動のままに右へと体を泳がす。 次の一手にも警戒はしていたが、カルラはそこで少し落ち着きを取り戻した。 状況としては悪化しているけれど。
「あーらら。 これから一緒にやっていくんじゃなかったっけー? なーんで勇者様とやりあわないとなんかねー」
もうこれで次の一手は読めない。 彼女は鎌、私は斧、どちらも大ぶりな武器だけど速度の面では彼女に分がある。
「・・・やめないんだよね?」
「・・・あなたもやめる気ないでしょ?」
「エレンディアがやめるなら私も考えるよ。 うん、本当」
「まぁやめないけどね」
言うや彼女に素早く踏み込む。 カルラも即座に位置を変えようと動く。 お互いの武器は近距離に弱い。 だから常にある一定の距離を保つ。 けれどそれは双方が戦う意思があれば、の話だ。 私はカルラと戦う気は無い。
私は彼女の左側から近づこうとする。 必然的にカルラは空間のある右側へ移動しようとする、がそこに私は斧を振る。 ただ振っただけ、薙ぐ意思はない。 移動先を奪うためだけのもの。 距離を維持することが大事なため、異物がある時点で対策を考える。 その異物をどかして場所を得るか別の場所を取るか。
下手に私の力を理解しているからこそ、彼女は他の場所を取ることを選んだ。 右に移動しようとし、後ろへ下がる。 後退は逃げ場を失うことにはなるが、現状の立ち位置を確保する分には問題ない。
私は追うように間を詰める。 彼女は場を手に入れ、鎌を薙ぐ。 すかさず私は斧の持ち手を中ほどまで滑らせ短く持ち、彼女の鎌を精一杯はじく。 かろうじてできたものの完全にはいかず、振り切った鎌は私の頬を裂いた。
だけど彼女の懐には入れた。 もう鎌も斧も振れない。 私と同じように柄を短く持とうとする手を掴む。
その瞬間彼女の身体がびくっと震える。
「っ!」
息をのむ音と同時に蹴りが飛んでくる。 かろうじて足を上げて防ぎ体勢は崩していないものの、受けた部分がじんじんとする。
「・・・捕まえた」
「・・・は・・・はな、ふっ、離して・・・っ」
震える声、荒い息、その状態でも尚蹴りをもって状況打開しようとする。
「離しなさいよっっ!!」
掴んでいる私の手への嫌悪で集中がそこに向う。 その刹那の瞬間に私は手を離し斧を捨て、さらに踏み込んでその勢いのまま彼女を抱え込んで押し倒す。
「~っ!!」
その倒れこむわずか数秒の時、カルラは委縮し硬くなった体を無理に動かし、手に持った鎌を捨て私の胸を突いて離す。 私は懸命にその突いた両手を掴み、二人は倒れこんだ。
倒れた衝撃はなんでもない。 だけどカルラは目をつぶり歯を食いしばり体を小さく震わせている。 武器もなく押し倒され、嫌な記憶が駆け巡っているのかもしれない
「カルラ」
呼びかけた声にびくっと怯える。 それが私の声でも、彼女には耳鳴りのようになっているのだろうか。 小さく、小さく身体を丸めようとする。
「カルラ。 私よ、触れるのは私。 私だけよ」
恐る恐るといった感じで目を開く。
「あなたに触れるのは私だけ。 怯えないで。 あなたの中に例外を作って。 あなたに触れる者は私だけって」
「・・・」
「全てを拒絶しないで・・・私を、拒絶しないで?」
「・・・か、勝手なこと言うわね・・・エレンディアは・・・」
「私に触れて?」
掴んだ彼女の手を私の顔へと持っていく。 頬に触れた右手が裂かれた傷に触れ血に塗れる。
「・・・えぐってあげようか?」
「さんざん意地悪したからそれくらいは耐えるわよ・・・しないでくれる方が助かるけど」
「・・・どうしてここまでしなきゃいけないの? わかってるんでしょ?」
「私が、あなたに触れたいからよ」
「・・・そんな簡単な話じゃない・・・」
いまだ掴んだ両手は小さく震えている。
「エレンディアに私の闇はわかるわけがない・・・っ」
「そうね・・・わからない。 だけどそれをわかる必要は無いでしょ? もちろんあなたがわかって欲しいなら私は聞く。 でもいいのよ、そんなことは」
「そんなことっ!?」
「そんなこと、にしなよ。 もうここはバイアシオンじゃないの。 あなたの過去はもうここにもこれからにもない。 そしてあなたと過ごす未来のために私はあなたに触れたい」
彼女は私から視線を外し、耐えるように顔をしかめる。
「・・・」
「すぐには無理だってわかってる。 ゆっくりでいいから。 だからせめて許可して、触っていいって」
「・・・本当なんでこんなのを旅の道連れにしたんだか、あたしは・・・」
「・・・こんなのだからでしょ?」
「そうね・・・本当腹立つけど、そうなんだろうね・・・」
そう言って傷口に触れた右手の親指が傷を荒くなぞる。
「いっ」
「触れて・・・いいんでしょ?」
「いいよ・・・」
答える前に彼女の顔が近づき傷口へと触れる。 優しく、柔らかく。
「ん・・・それで、返事は・・・?」
すぐ隣にある彼女の耳にそっと言う。
「嫌って言ったら?」
「・・・いいって言うまで相手するわ」
そう答えるとカルラはわざとらしくうんざりしたように大きくため息をつく。
「ま、負けたんだししゃーないか。 すぐにってわけにはいかないけど」
「じゃあ最初に慣れてほしいところから・・・」
そう言って彼女の方を向く。
「目、あけててもいいよ」
「・・・ムード台無しね」
「そんなものとっくにないわよ」
そして彼女の唇に私はそっと顔を寄せる。
私とカルラのファーストキスは血の味がした。
(終)
「それじゃあ、エレンディア。 行こうか!」
そう言ってエステルが駆け出す。
「そうね」
私も一緒に走り出す。
「門まで競争だよー! 先についた方の行先にけってーいっ」
少し前を走る彼女が私の方を向いて笑いながら言う。 その眩しい笑顔を見て私は言った
「エステルーっ」
「何ー、エレンディアーっ。 待ってなんかあげないよー?」
「姉さんにはならないわよー?」
言った途端エステルが足を止める。 俯いてわずかに肩が震えてる。 怒ったのかと思ったけれど、追いついて見ると顔を耳まで真っ赤にしていた。 照れている様子。
「も、もぅっ! 恥ずかしいなっ、大声でっ」
「エステルが言ったことじゃないの」
「聞かなかったことにするってできないの? いじわるだよ、エレンディアはっ」
「聞かなかったことにしていいならいいんだけど・・・」
そう言うと彼女は真顔になって上目づかいに聞いてきた。
「・・・ダメ、なの・・・?」
「ダメよ」
私は即答する。
「どうしてー!」
「あのね、エステル」
私は彼女に向けて手を開いて右手を伸ばす。 伸ばされた手の意図がわからずエステルは小首をかしげる。
「握って?」
「う、うん」
彼女も手を伸ばし私の手を握る。
「あなたが私を頼るように、私だってあなたを頼ってるのよ?」
「う、嘘だよー? ボクの方がエレンディアに頼りっぱなしだよ!」
「そんなこと思いっきり言われても困るけど・・・本当だよ? それが信じられないって言うなら、こう言おうかしら。 エステルは私が困ってたら助けない?」
「そ、そんなことないよ! エレンディアが困ってたらボク絶対助けるよ!」
「そうでしょ? うん、私エステルのその気持ちに頼ってるよ?」
そう言って笑うと彼女は顔を赤くして俯く。 隙アリ! とばかりに私は繋いだ手を引っ張る。
「と、ととっ、うわっ、エレンディア!?」
ふらふらっとつんのめって来たエステルを抱きしめる。 ふわっとした風と砂の薫りが私の胸に収まる。
「エ、エレンディアっ。 こんなところで何っ?」
「エステル、下に行かないで。 後ろに下がらないで。 私から離れないで、私の隣にいてよ」
彼女が私を見る。 少し驚いたような顔。
「エレンディア・・・」
「本当だよ? 私エステルに頼ってるんだよ?」
「エレンディア・・・・・・」
エステルが涙目になる。
「あなたが泣く時はこうして私が肩を抱く。 私が泣く時はお願いするからね?」
「うっ・・・泣かない・・・くせに・・・っ」
「泣くわよ、失礼ね。 誰かさんのせいで凄い泣いたわよ」
「ボク・・・? ううっ・・・いつ・・・? ボク知らないよ・・・」
「ラドラスが落ちた時よ。 あの時私がどれだけ泣いたと思ってるの」
そう言ってエステルの額をこつんと叩く。
「そんな・・・うっ、ボク・・・見てないもん・・・」
「そうね」
私はやわらかく笑って、エステルをぎゅっと抱きしめる。
「だから、見える隣にいてね?」
「あ・・・う、うんっ」
泣き笑いしてエステルも抱き返してくる。
しばらく抱き合って、落ち着いてきた彼女から離れる。
「と、言うことでー」
「うん。 何?」
「お先っ」
言うやいなや私は駆け出す。
「先に門についた方の行先よねー?」
「あっ! ちょ、ず、ずるいよっ、エレンディアっ!」
あわててエステルが追いかけてくる。 その彼女に向けて手を伸ばす。
「ふふっ。 大丈夫よ」
その手をエステルが握る。
「あなたの行くところが私の行くところ」
「・・・っ、うんっ。 エレンディアの行くところがボクの行くところ!」
「どこまでも」
「いつまでも!」
そして私たちは手を繋ぎ、今度こそ新たな冒険へと旅立った。
(終)
「…だいぶ復興は進んできているようね」
「そうね」
「傷跡は小さくないけれど、これなら…」
あちこちに活気のある声が聞こえる。 明日を生きる人々の姿を見ながら、エンシャントの街をザギヴと二人で歩く。
巡察している内に街はずれの方、墓地の近くまで歩いてきてしまった。
「あ、へいかー」
小さな女の子が笑顔で寄ってきて、手に持った花を差し出す。
「おはな、あげるー」
「ありがとう。 きれいなお花ね」
しゃがんで女の子と話す。
「はい。 エレンディアにもあげるー」
「ありがとう…って…。 あなた…ハンナ? あれ? どうしてここにいるの?」
花を差し出す女の子に見覚えがある気がしていたが、実際知っている女の子であった。 ロストールのスラムで知り合ったその子の名はハンナといった。
「エレンディアにあいにきたのよ」
「えっ、私に? どうやってここまで?」
「それは俺が連れてきたんだ」
不意にかかった声に顔を上げると、少し離れた場所に立つ見知った顔。
「ゼネテス!?」
「デートの邪魔をする気は無かったんだがな。 すまないな、陛下」
「あ、そ、そんな、その。 な、何なの、あなたっ」
「相変わらずねー、ゼネテスは」
ゼネテスの軽口にらしくなくうろたえるザギヴ。 助け舟かわりに私が話す。 それで幾分落ち着いたのか、ザギヴがいつもの調子に戻って話し出す。
「あなた、どうしてこんな所に? ロストールの状況はどうなっているの?」
「ああ、それなんだが…。 少し頼みがあってきたんだ」
「何かしら。 ファーロス国防総司令殿直々とは怖いわね。 ここで話すの?」
「いや城に行ったら、『巡察に出た』って言われたんでな」
「? じゃあ、正式な国家要請なの? なのにハンナを連れてきたの?」
思わず口を出す。 するとゼネテスは頭を掻きながら苦笑して言う。
「あー…その、それは…」
「わたしがゼネテスにたのんだのよ。 つれてって、て」
「どうして?」
「それは…」
「こらこらハンナ、言ったろ? それはここでは言わないでくれ」
「仕方ないわね、城に戻りましょう」
ため息をついてザギヴがゼネテスとハンナを見、私の方を向き頷く。
「そうね。 では陛下、ゼネテス閣下。 城までご案内致します」
「わたしは?」
「ごめんなさい、後でね」
そうハンナに謝ると、ゼネテスが口を出す。
「いや、ハンナは使者だ。 俺は使者の護衛とフォローってところかな」
「その子が使者?」
「ああ。 冗談じゃあねえよ」
眉をひそめるザギヴ。 私も腑に落ちないが、自分の役割に従う。
「では陛下、ゼネテス閣下、使者ハンナ様。 城までご案内致します」
「近衛将軍直々の護衛とは痛み入るね」
「よく言うわよ」
偽りの神となったエルファスを倒し世界の人々にソウルが戻った後、ザギヴはネメアさんの意向によりディンガル帝国皇帝に即位し、私はその近衛将軍となった。
ネメアさんは皇帝をザギヴに任せると自分はどこかに消えてしまった。 ベルゼーヴァは宰相を辞そうとしたが、ネメアさんの指示でいまだディンガルの要である。
皇帝になったザギヴはまずロストールと終戦し友好同盟を結び、主だった者の亡くなったロストールを援助した。
カルラは嫌がったが、最終的には渋々従った。 彼女も今では国防の最高司令官になり、相手のいない軍隊に厳しく修練させている。 たまに会いに行くと相変わらずでこっちを困らせては笑っている。
ロストールはディンガルの支援を受けていても状況は極めて困難の様子を見せていて、復興がうまく進んでいない。
新女王の下、階級社会の撤廃を望んではいるが、人材不足のため国の復興が遅れていてそこまで手が回らないのだ。
「それでは聞きましょうか」
「現在のロストールの状況は知っての通りだ。 今だ復興は芳しくない。 ディンガルの支援に感謝はしているが、人材不足はどうにもならない」
姿勢こそ直立であるものの、口調はざっくばらん。 状況が変わったにも関わらずゼネテスは変わらないようで、私は口元を緩める。
「民衆の支持を得てはいるが、新女王はそもそも目のハンデから抜けたばかりでまだ政務に携わるには時間がかかる。 エストもよくやってくれてはいるが、もともとが学者なだけに手際が悪い」
「…なるほど。 アイリーンは?」
「彼女は俺の下で国防及び国内警備だ。 政務とは関係無い。 …ま、民衆の代表的位置付けだから、苦労はしてるだろうがね」
アイリーンがんばってるのか。 不器用な彼女が暴れているのが目に浮かぶ。
「で、仕方ないから形になるまで俺が政務の方に取り掛かりたいんだが、アイリーンは感情的になりやすいんで国防関係を完全に任せられない。 そこでお願いがある」
「…何なの?」
「人をしばらく借りたい」
それを聞くとザギヴはため息をつく。
「ディンガルも人材不足は変わらないわ。 支援だけでも感謝して欲しいところだけど?」
「いやそれはわかってる。 ただロストールの連中はあまりにも幼く拙い。 陛下や宰相閣下、そしてカルラ総司令とは比べようも無い」
「そうかもしれないけど…」
「ひと月、それも人材は一人でいい。 それで頼めないだろうか?」
「宰相も総司令も動かせないわよ」
「いや、彼らは求めてない」
「当然私も無理よ」
「わかってる。 そんな無理を言いやしないさ」
「それなら…」
仕方ないという表情でザギヴが頷く。 それなりの支援をしているわけだし、これ以上ロストールの復興が遅れるのは見過ごすわけにはいかない。
「そうかっ。 …では改めて女王よりの要請を報告致します」
「?」
ザギヴの返事を聞くや、ゼネテスが口調を変える。 その態度にザギヴも私もいぶかしむ。
「ロストール女王、アトレイア・リュー。 並びに政務補佐、エスト・リューガの能力補佐に国防総司令ゼネテス・ファーロスを一時的に執務次官に専任するにあたり、ディンガル帝国の精鋭の協力を要請します」
ゼネテスが宣言するかのように高らかと話す。
「国防総司令副官、アイリーン・エルメスの監査及び指導のため、ディンガル帝国近衛将軍、エレンディア・ロス殿の派遣を望みます」
「なっ!?」
「はっ? わ、私!?」
唐突に自分の名前が呼ばれ驚く。 だけど、ザギヴの方がよっぽど驚いていた。
「だ、だめよっ! エレンディアはだめよっ!」
「先程皇帝陛下の許可を伺った際に、名前の上がった方々の中に近衛将軍は入っていなかったので問題はないかと」
しれっとした顔でゼネテスが言う。
「そ、あ…、こ、近衛将軍は私の警護を任されていますっ。 そうそう任を離れてもらうわけにはいきませんっ!」
「しかし近衛将軍にも部下くらいはいるでしょう。 わずかひと月の間ですので、その間くらいなら問題は無いと思われますが。 どうでしょうか、宰相閣下」
ずっと黙って聞いていたベルゼーヴァは、ザギヴとゼネテスを見てため息混じりに口を開く。
「確かに問題はないでしょう」
「え、そ、そんなことっ…。 ベルゼーヴァ様!?」
「陛下は少々近衛将軍に頼りすぎなきらいがあります。 少し離れる点については賛成でもあります」
「エレンディアっ!?」
ザギヴが心細そうな顔で私を見つめる。 いつもなら二人きりの時くらいしかこんな顔見せない彼女が珍しい。 それだけ信頼されていることは素直に嬉しい。
「ほら、ハンナ。 ここで言うんだ」
「う、うん…」
さっきから居心地悪そうにしてゼネテスの後ろに隠れていたハンナをゼネテスが前に押し出す。
「エレンディア、ろすとーるにあそびにきて? みんなあいたがってるよ? アトレイアもあいたいって」
ハンナがじっと私を見つめて訴える。 うう、こんなのなんて答えろって言うのよ…って、ゼネテスったら、だからハンナを!
どうやらザギヴも気づいたらしく、露骨に不快そうな顔をしてゼネテスを睨む。 しかしゼネテスは素知らぬ顔で受け流している。
結局私はロストールに行くことになった。
道中、ハンナの手を引いて歩きながら私はゼネテスに言う。
「あーいうやり方ってよくないと思うなー。 あの後ザギヴ荒れてたわよー」
「ははっ、泣かしちまったか。 それはマズかったな」
「怒ってたのよ。 どんな仕返しするかわかんないわよ、彼女」
「かー、怖いね。 …ま、だけどさ、これしか手が浮かばなかったんだ。 お前さんを連れ帰る手段が」
頭を掻きながら苦笑を浮かべゼネテスは言う。
「アトレイアにお前さんを連れてきて欲しい、って頼まれたもののどうすればいいか困ってなあ…。 困ってスラムで飲んでて、出たところでハンナに会って…てなわけさ」
「わたしもエレンディアにあいたかったもん」
「まあ、そりゃあ私だって皆には会いたいとは思っていたけどさ。 うーん、ザギヴ大丈夫かなー」
旅立つ時城門前まで私を見送ってくれた彼女の淋しそうな顔が思い浮かばれてくる。
「彼女はなんだかんだ言ったって強いから平気だろうさ。 ベルゼーヴァもいるしな」
「そうだけど…」
「…」
ふと気づくとゼネテスが私をじっと見つめている。
「どうかした?」
尋ねると視線を逸らしてゼネテスは言う。
「…ま、アレだ。 こっちにも甘えん坊がいるから、しばらくはそっちに気を回してくれ。 お前さんが甘えん坊にしたんだからな」
「私なのかな?」
「はあ…。 そりゃ本気で言ってんのかい? お前さんは手に負えないな」
「ちょ、ちょっとっ。 何よ、それ」
ひどく人聞きの悪いことを言われる。 心外ですね。 …と思ったが、先日カルラが言ってたことを思い出す。
『エレンディアはさー。 誰彼構わずちょっかい出すんだよねー。 ひどいよねー』
『何よ、それ。 どういう意味よ』
『自覚無いのが手に負えないっての。 振り回される身にもなってもらいたいってー』
『私が、あなたに、振り回されてるのっ』
『ちっちっち。 ぜーんぜんわかってない。 あたしも振り回されてるんだってば、エレンディアには』
『どう振り回されてるって言うのよ』
『あたしの口からは言いづらいよねー。 一応振り回されてる内の一人だし』
『もうー。 何言ってるのかわかんないわよ』
…なんか同じ事言われてる? 皆ひどい…。 私が何したって言うのよ。
「ディンガル帝国近衛将軍、エレンディア・ロス殿をお連れしました」
随分と久方ぶりに訪れたロストール王宮は閑散としていた。 主だった者達は亡くなり、階級社会の撤廃を望んでいるからだとは思うが、なんだか淋しい気分になる。
「エレンディア様っ」
玉座にいた美しい少女が走り寄ってくる。 ロストールの新女王、アトレイア・リューだ。
「ふふ、久しぶり。 アトレイア」
胸に飛び込んだアトレイアを抱きしめ、私は囁く。
「エレンディア様ひどいです…。 あれから全然会いに来てくださらないなんて…」
「あはは…、ごめんね。 私も近衛将軍になったから前みたいには自由に動けるわけじゃないのよ」
「…どうしてディンガルの将軍になられたのですか?」
「えっと、それは…」
返答に困り、アトレイアから視線を逸らす。 どうしてって…えっと…。
「『陛下』。 あまり客人を困らせるもんじゃないぜ。 とりあえずひと月はいてくださるんだ、十分話す時間はあるだろ」
困り果てていると、ゼネテスが助け舟を出してくれた。
「あ、ゼネテス様…そう、そうですね。 ごめんなさい、エレンディア様。 私ったらエレンディア様に会えたのが嬉しくって…」
「…うん。 私もアトレイアに会えて嬉しいわよ? だから謝らないで、ね?」
「エレンディア様…」
うっすらと頬を赤らめアトレイアが熱っぽく私を見つめる。
「さあ陛下。 こちらも約束を果たしたし、しっかりやってもらわないと困るぜ?」
「あ…は、はいっ」
横からかかったゼネテスの声に、アトレイアは満面の笑みで答えた。
そしてそれから、とやかく理由をつけてロストールに連れて来られたものの、実際には私はただのお客様となっていた。
一応便宜上はアイリーン国防総司令代理の監督と言うことだが、彼女も青竜軍副将をやっていただけあって私が口を出す必要もない。 ま、たまに感情的になりやすい彼女にブレーキはかけるけど、特別することもなく、何かとアトレイアの所に顔を出してばかりの日々。
「どうですか、エレンディア様? 私少しはうまくなったでしょうか?」
今日も今日とてアトレイアお手製のお菓子を食べていたりする。
「『少し』じゃないわよ、『かなり』よ。 本当おいしい、凄いわねー、アトレイアは。 …って、あ、女王様は」
「やめてください。 エレンディア様にそう呼ばれるのは私嫌です」
拗ねた様子で私を睨む。 その顔を見て私は知らず微笑む。
「もう、エレンディア様っ。 どうして笑うんですのっ?」
「…うん、なんだろう…嬉しいなって思って、ね」
「どういう…ことですの?」
怪訝そうな顔でアトレイアが私に尋ねる。
「出会った時、アトレイアはきれいだけど陰が差していた。 それを越えたらすぐにまたいろいろな出来事があって、アトレイアはたいへんになっちゃって…」
「…」
「悲しい別れもあって、突然の重責もかかって、また陰が差してしまうんじゃないかなって不安だった。 だけど今こうして会って話してて、こんなにいろんな表情でかわいくなってて、本当嬉しいな、って思って」
もちろん実際私の見てない所で苦しんでいたりもするかもしれない。 だけど、こんな顔ができるのであれば、再び陰が差すことはないだろう。
「初めて会った時思ったもの、こんなきれいな子がこんな所で寂しそうにしてるなんておかしいって。 こんなきれいな子はもっといろんな人に愛されるべきだって」
「そ、そんな…エレンディア様」
「私は…こんなだから、あなたはもっと輝いてて欲しいの。 私がなれない眩しいくらいのいい女でいて、アトレイア」
例えるなら宝石。 輝く宝石は人の目を惹きつける。 私の目を奪う、心を惹きつける、そんな存在でいて欲しい。
「………」
「アトレイア?」
「…エレンディア様はご自分を理解されていませんわ」
アトレイアが私を真っ直ぐに、そして熱っぽく見つめ少し怒ったように言う。
「え?」
「エレンディア様こそ眩しいくらいに輝いてます。 そしていろんな方に愛されています」
言いながらアトレイアが椅子を離れ、ゆっくりと私に近寄る。
「…もちろん、私も愛しております」
そう言ってうっすら頬を染めたアトレイアは私に抱きつく。 座っているところに抱きつかれ、私は支えきれず椅子ごと倒れる。
「あ、たた…。 えっと、アトレイア大丈、夫?」
覆いかぶさるような体制のままアトレイアが私の顔を覗き込んでいる。
「エレンディア様、私は…」
「失礼するわっ!」
唐突に勢いよく扉が開かれる。
「きゃっ」
「何っ!?」
あわててそちらに目を向けると、扉のところでザギヴが怒った顔で睨んでいて、その後ろに困った顔で頭をかくゼネテスと呆れ顔のカルラがいた。
「あれ? えっと…ザギヴ、どうしたの?」
「どうしたの、ですって? それは私の台詞っ。 あなたいったい何をしてるの!? 何それはっ!」
「え? あ、ああ、今倒れちゃってね」
そっとアトレイアが離れる。
「まーまー、落ち着きなさいよ、陛下。 らしくないわよん」
カルラがザギヴに声をかける。 立場的には不適当な言い方の気もするけどカルラはやめない。 でもそこがカルラのいい所でもある。
「ん…そうね。 …突然に失礼したわ、アトレイア女王。 今日はロストールの復興の様子の確認と近衛将軍の仕事ぶりを見に来たのだけど、近衛将軍は女王と歓談中と聞いたので失礼させてもらったわ」
「それはようこそいらっしゃいました」
女王の顔になって挨拶を返すアトレイア。 私といる時との違いに驚いたけど、よく考えれば当然のこと。
「今将軍には休憩していただいていた所ですわ」
「休憩、ね」
カルラがニヤニヤ笑いながら私を見る。 何よ、何か言いたいわけ?
「…」
ザギヴが私とアトレイアを交互に睨み、口を開く。
「先ほど国防総司令代理アイリーン・エルメス殿の仕事ぶりは拝見させていただきました。 十分な仕事ぶりに関心させられましたわ。 もう将軍の力は必要としていないんじゃないのかしら?」
「お褒めに預かり恐悦至極です。 けれどアイリーン様はまだまだ未熟。 将軍様のお力に頼る部分が大きいです。 どうぞお約束の期日までお待ちください」
…えっと、なんか変な空気になってるような……。
「けれど実際アイリーン殿はディンガルで副将軍を務めた事のある方、そこまで補佐を必要とするのでしょうか?」
「今は軍ではなく国を相手にしていますので。 規模が大きくなった分負担が大きく変わっておりますでしょう? それは皇帝陛下も十分ご理解されているかと存じます」
「…しかし、あの有能な方がそこまで時間を必要とするのでしょうか?」
「普段であればファーロス卿の力も借りられますが、そうはいかないためにご協力をいただいております。 どうぞ長期的視野でお願いいたします」
「…」
「…」
睨みあいを続ける二人からそっと離れ、私はカルラとゼネテスに近寄る。
「…どうしよう?」
「いや、そう言われてもな」
困った顔で頭をかくゼネテス。 するとカルラが私を見て言った。
「だから言ったでしょ? みんなあんたに振り回されてる、ってさ」
「…私が何したって言うのよー…」
「自覚がないから救いがないやね。 そう思わない? ゼネテス」
「まあな。 これじゃ誰も報われんさ」
ひどい言われようにもほどがあると思うんだけど、どうなのかな二人とも?
「埒があかないわね。 もう十分だと思います。 近衛将軍、帰りましょう」
「あら。 エレンディア様はお仕事放棄なんてなさいませんわよね?」
「ほらお呼びよ」
カルラが私の背中を押す。
「ちょ、ちょっとっ。 あ、あの、二人とも落ち着いてさ…」
「エレンディアっ!」
「エレンディア様っ!」
世界の平穏は訪れても、私の平穏はまだまだ遠いみたい…
(終)
「そうね」
「傷跡は小さくないけれど、これなら…」
あちこちに活気のある声が聞こえる。 明日を生きる人々の姿を見ながら、エンシャントの街をザギヴと二人で歩く。
巡察している内に街はずれの方、墓地の近くまで歩いてきてしまった。
「あ、へいかー」
小さな女の子が笑顔で寄ってきて、手に持った花を差し出す。
「おはな、あげるー」
「ありがとう。 きれいなお花ね」
しゃがんで女の子と話す。
「はい。 エレンディアにもあげるー」
「ありがとう…って…。 あなた…ハンナ? あれ? どうしてここにいるの?」
花を差し出す女の子に見覚えがある気がしていたが、実際知っている女の子であった。 ロストールのスラムで知り合ったその子の名はハンナといった。
「エレンディアにあいにきたのよ」
「えっ、私に? どうやってここまで?」
「それは俺が連れてきたんだ」
不意にかかった声に顔を上げると、少し離れた場所に立つ見知った顔。
「ゼネテス!?」
「デートの邪魔をする気は無かったんだがな。 すまないな、陛下」
「あ、そ、そんな、その。 な、何なの、あなたっ」
「相変わらずねー、ゼネテスは」
ゼネテスの軽口にらしくなくうろたえるザギヴ。 助け舟かわりに私が話す。 それで幾分落ち着いたのか、ザギヴがいつもの調子に戻って話し出す。
「あなた、どうしてこんな所に? ロストールの状況はどうなっているの?」
「ああ、それなんだが…。 少し頼みがあってきたんだ」
「何かしら。 ファーロス国防総司令殿直々とは怖いわね。 ここで話すの?」
「いや城に行ったら、『巡察に出た』って言われたんでな」
「? じゃあ、正式な国家要請なの? なのにハンナを連れてきたの?」
思わず口を出す。 するとゼネテスは頭を掻きながら苦笑して言う。
「あー…その、それは…」
「わたしがゼネテスにたのんだのよ。 つれてって、て」
「どうして?」
「それは…」
「こらこらハンナ、言ったろ? それはここでは言わないでくれ」
「仕方ないわね、城に戻りましょう」
ため息をついてザギヴがゼネテスとハンナを見、私の方を向き頷く。
「そうね。 では陛下、ゼネテス閣下。 城までご案内致します」
「わたしは?」
「ごめんなさい、後でね」
そうハンナに謝ると、ゼネテスが口を出す。
「いや、ハンナは使者だ。 俺は使者の護衛とフォローってところかな」
「その子が使者?」
「ああ。 冗談じゃあねえよ」
眉をひそめるザギヴ。 私も腑に落ちないが、自分の役割に従う。
「では陛下、ゼネテス閣下、使者ハンナ様。 城までご案内致します」
「近衛将軍直々の護衛とは痛み入るね」
「よく言うわよ」
偽りの神となったエルファスを倒し世界の人々にソウルが戻った後、ザギヴはネメアさんの意向によりディンガル帝国皇帝に即位し、私はその近衛将軍となった。
ネメアさんは皇帝をザギヴに任せると自分はどこかに消えてしまった。 ベルゼーヴァは宰相を辞そうとしたが、ネメアさんの指示でいまだディンガルの要である。
皇帝になったザギヴはまずロストールと終戦し友好同盟を結び、主だった者の亡くなったロストールを援助した。
カルラは嫌がったが、最終的には渋々従った。 彼女も今では国防の最高司令官になり、相手のいない軍隊に厳しく修練させている。 たまに会いに行くと相変わらずでこっちを困らせては笑っている。
ロストールはディンガルの支援を受けていても状況は極めて困難の様子を見せていて、復興がうまく進んでいない。
新女王の下、階級社会の撤廃を望んではいるが、人材不足のため国の復興が遅れていてそこまで手が回らないのだ。
「それでは聞きましょうか」
「現在のロストールの状況は知っての通りだ。 今だ復興は芳しくない。 ディンガルの支援に感謝はしているが、人材不足はどうにもならない」
姿勢こそ直立であるものの、口調はざっくばらん。 状況が変わったにも関わらずゼネテスは変わらないようで、私は口元を緩める。
「民衆の支持を得てはいるが、新女王はそもそも目のハンデから抜けたばかりでまだ政務に携わるには時間がかかる。 エストもよくやってくれてはいるが、もともとが学者なだけに手際が悪い」
「…なるほど。 アイリーンは?」
「彼女は俺の下で国防及び国内警備だ。 政務とは関係無い。 …ま、民衆の代表的位置付けだから、苦労はしてるだろうがね」
アイリーンがんばってるのか。 不器用な彼女が暴れているのが目に浮かぶ。
「で、仕方ないから形になるまで俺が政務の方に取り掛かりたいんだが、アイリーンは感情的になりやすいんで国防関係を完全に任せられない。 そこでお願いがある」
「…何なの?」
「人をしばらく借りたい」
それを聞くとザギヴはため息をつく。
「ディンガルも人材不足は変わらないわ。 支援だけでも感謝して欲しいところだけど?」
「いやそれはわかってる。 ただロストールの連中はあまりにも幼く拙い。 陛下や宰相閣下、そしてカルラ総司令とは比べようも無い」
「そうかもしれないけど…」
「ひと月、それも人材は一人でいい。 それで頼めないだろうか?」
「宰相も総司令も動かせないわよ」
「いや、彼らは求めてない」
「当然私も無理よ」
「わかってる。 そんな無理を言いやしないさ」
「それなら…」
仕方ないという表情でザギヴが頷く。 それなりの支援をしているわけだし、これ以上ロストールの復興が遅れるのは見過ごすわけにはいかない。
「そうかっ。 …では改めて女王よりの要請を報告致します」
「?」
ザギヴの返事を聞くや、ゼネテスが口調を変える。 その態度にザギヴも私もいぶかしむ。
「ロストール女王、アトレイア・リュー。 並びに政務補佐、エスト・リューガの能力補佐に国防総司令ゼネテス・ファーロスを一時的に執務次官に専任するにあたり、ディンガル帝国の精鋭の協力を要請します」
ゼネテスが宣言するかのように高らかと話す。
「国防総司令副官、アイリーン・エルメスの監査及び指導のため、ディンガル帝国近衛将軍、エレンディア・ロス殿の派遣を望みます」
「なっ!?」
「はっ? わ、私!?」
唐突に自分の名前が呼ばれ驚く。 だけど、ザギヴの方がよっぽど驚いていた。
「だ、だめよっ! エレンディアはだめよっ!」
「先程皇帝陛下の許可を伺った際に、名前の上がった方々の中に近衛将軍は入っていなかったので問題はないかと」
しれっとした顔でゼネテスが言う。
「そ、あ…、こ、近衛将軍は私の警護を任されていますっ。 そうそう任を離れてもらうわけにはいきませんっ!」
「しかし近衛将軍にも部下くらいはいるでしょう。 わずかひと月の間ですので、その間くらいなら問題は無いと思われますが。 どうでしょうか、宰相閣下」
ずっと黙って聞いていたベルゼーヴァは、ザギヴとゼネテスを見てため息混じりに口を開く。
「確かに問題はないでしょう」
「え、そ、そんなことっ…。 ベルゼーヴァ様!?」
「陛下は少々近衛将軍に頼りすぎなきらいがあります。 少し離れる点については賛成でもあります」
「エレンディアっ!?」
ザギヴが心細そうな顔で私を見つめる。 いつもなら二人きりの時くらいしかこんな顔見せない彼女が珍しい。 それだけ信頼されていることは素直に嬉しい。
「ほら、ハンナ。 ここで言うんだ」
「う、うん…」
さっきから居心地悪そうにしてゼネテスの後ろに隠れていたハンナをゼネテスが前に押し出す。
「エレンディア、ろすとーるにあそびにきて? みんなあいたがってるよ? アトレイアもあいたいって」
ハンナがじっと私を見つめて訴える。 うう、こんなのなんて答えろって言うのよ…って、ゼネテスったら、だからハンナを!
どうやらザギヴも気づいたらしく、露骨に不快そうな顔をしてゼネテスを睨む。 しかしゼネテスは素知らぬ顔で受け流している。
結局私はロストールに行くことになった。
道中、ハンナの手を引いて歩きながら私はゼネテスに言う。
「あーいうやり方ってよくないと思うなー。 あの後ザギヴ荒れてたわよー」
「ははっ、泣かしちまったか。 それはマズかったな」
「怒ってたのよ。 どんな仕返しするかわかんないわよ、彼女」
「かー、怖いね。 …ま、だけどさ、これしか手が浮かばなかったんだ。 お前さんを連れ帰る手段が」
頭を掻きながら苦笑を浮かべゼネテスは言う。
「アトレイアにお前さんを連れてきて欲しい、って頼まれたもののどうすればいいか困ってなあ…。 困ってスラムで飲んでて、出たところでハンナに会って…てなわけさ」
「わたしもエレンディアにあいたかったもん」
「まあ、そりゃあ私だって皆には会いたいとは思っていたけどさ。 うーん、ザギヴ大丈夫かなー」
旅立つ時城門前まで私を見送ってくれた彼女の淋しそうな顔が思い浮かばれてくる。
「彼女はなんだかんだ言ったって強いから平気だろうさ。 ベルゼーヴァもいるしな」
「そうだけど…」
「…」
ふと気づくとゼネテスが私をじっと見つめている。
「どうかした?」
尋ねると視線を逸らしてゼネテスは言う。
「…ま、アレだ。 こっちにも甘えん坊がいるから、しばらくはそっちに気を回してくれ。 お前さんが甘えん坊にしたんだからな」
「私なのかな?」
「はあ…。 そりゃ本気で言ってんのかい? お前さんは手に負えないな」
「ちょ、ちょっとっ。 何よ、それ」
ひどく人聞きの悪いことを言われる。 心外ですね。 …と思ったが、先日カルラが言ってたことを思い出す。
『エレンディアはさー。 誰彼構わずちょっかい出すんだよねー。 ひどいよねー』
『何よ、それ。 どういう意味よ』
『自覚無いのが手に負えないっての。 振り回される身にもなってもらいたいってー』
『私が、あなたに、振り回されてるのっ』
『ちっちっち。 ぜーんぜんわかってない。 あたしも振り回されてるんだってば、エレンディアには』
『どう振り回されてるって言うのよ』
『あたしの口からは言いづらいよねー。 一応振り回されてる内の一人だし』
『もうー。 何言ってるのかわかんないわよ』
…なんか同じ事言われてる? 皆ひどい…。 私が何したって言うのよ。
「ディンガル帝国近衛将軍、エレンディア・ロス殿をお連れしました」
随分と久方ぶりに訪れたロストール王宮は閑散としていた。 主だった者達は亡くなり、階級社会の撤廃を望んでいるからだとは思うが、なんだか淋しい気分になる。
「エレンディア様っ」
玉座にいた美しい少女が走り寄ってくる。 ロストールの新女王、アトレイア・リューだ。
「ふふ、久しぶり。 アトレイア」
胸に飛び込んだアトレイアを抱きしめ、私は囁く。
「エレンディア様ひどいです…。 あれから全然会いに来てくださらないなんて…」
「あはは…、ごめんね。 私も近衛将軍になったから前みたいには自由に動けるわけじゃないのよ」
「…どうしてディンガルの将軍になられたのですか?」
「えっと、それは…」
返答に困り、アトレイアから視線を逸らす。 どうしてって…えっと…。
「『陛下』。 あまり客人を困らせるもんじゃないぜ。 とりあえずひと月はいてくださるんだ、十分話す時間はあるだろ」
困り果てていると、ゼネテスが助け舟を出してくれた。
「あ、ゼネテス様…そう、そうですね。 ごめんなさい、エレンディア様。 私ったらエレンディア様に会えたのが嬉しくって…」
「…うん。 私もアトレイアに会えて嬉しいわよ? だから謝らないで、ね?」
「エレンディア様…」
うっすらと頬を赤らめアトレイアが熱っぽく私を見つめる。
「さあ陛下。 こちらも約束を果たしたし、しっかりやってもらわないと困るぜ?」
「あ…は、はいっ」
横からかかったゼネテスの声に、アトレイアは満面の笑みで答えた。
そしてそれから、とやかく理由をつけてロストールに連れて来られたものの、実際には私はただのお客様となっていた。
一応便宜上はアイリーン国防総司令代理の監督と言うことだが、彼女も青竜軍副将をやっていただけあって私が口を出す必要もない。 ま、たまに感情的になりやすい彼女にブレーキはかけるけど、特別することもなく、何かとアトレイアの所に顔を出してばかりの日々。
「どうですか、エレンディア様? 私少しはうまくなったでしょうか?」
今日も今日とてアトレイアお手製のお菓子を食べていたりする。
「『少し』じゃないわよ、『かなり』よ。 本当おいしい、凄いわねー、アトレイアは。 …って、あ、女王様は」
「やめてください。 エレンディア様にそう呼ばれるのは私嫌です」
拗ねた様子で私を睨む。 その顔を見て私は知らず微笑む。
「もう、エレンディア様っ。 どうして笑うんですのっ?」
「…うん、なんだろう…嬉しいなって思って、ね」
「どういう…ことですの?」
怪訝そうな顔でアトレイアが私に尋ねる。
「出会った時、アトレイアはきれいだけど陰が差していた。 それを越えたらすぐにまたいろいろな出来事があって、アトレイアはたいへんになっちゃって…」
「…」
「悲しい別れもあって、突然の重責もかかって、また陰が差してしまうんじゃないかなって不安だった。 だけど今こうして会って話してて、こんなにいろんな表情でかわいくなってて、本当嬉しいな、って思って」
もちろん実際私の見てない所で苦しんでいたりもするかもしれない。 だけど、こんな顔ができるのであれば、再び陰が差すことはないだろう。
「初めて会った時思ったもの、こんなきれいな子がこんな所で寂しそうにしてるなんておかしいって。 こんなきれいな子はもっといろんな人に愛されるべきだって」
「そ、そんな…エレンディア様」
「私は…こんなだから、あなたはもっと輝いてて欲しいの。 私がなれない眩しいくらいのいい女でいて、アトレイア」
例えるなら宝石。 輝く宝石は人の目を惹きつける。 私の目を奪う、心を惹きつける、そんな存在でいて欲しい。
「………」
「アトレイア?」
「…エレンディア様はご自分を理解されていませんわ」
アトレイアが私を真っ直ぐに、そして熱っぽく見つめ少し怒ったように言う。
「え?」
「エレンディア様こそ眩しいくらいに輝いてます。 そしていろんな方に愛されています」
言いながらアトレイアが椅子を離れ、ゆっくりと私に近寄る。
「…もちろん、私も愛しております」
そう言ってうっすら頬を染めたアトレイアは私に抱きつく。 座っているところに抱きつかれ、私は支えきれず椅子ごと倒れる。
「あ、たた…。 えっと、アトレイア大丈、夫?」
覆いかぶさるような体制のままアトレイアが私の顔を覗き込んでいる。
「エレンディア様、私は…」
「失礼するわっ!」
唐突に勢いよく扉が開かれる。
「きゃっ」
「何っ!?」
あわててそちらに目を向けると、扉のところでザギヴが怒った顔で睨んでいて、その後ろに困った顔で頭をかくゼネテスと呆れ顔のカルラがいた。
「あれ? えっと…ザギヴ、どうしたの?」
「どうしたの、ですって? それは私の台詞っ。 あなたいったい何をしてるの!? 何それはっ!」
「え? あ、ああ、今倒れちゃってね」
そっとアトレイアが離れる。
「まーまー、落ち着きなさいよ、陛下。 らしくないわよん」
カルラがザギヴに声をかける。 立場的には不適当な言い方の気もするけどカルラはやめない。 でもそこがカルラのいい所でもある。
「ん…そうね。 …突然に失礼したわ、アトレイア女王。 今日はロストールの復興の様子の確認と近衛将軍の仕事ぶりを見に来たのだけど、近衛将軍は女王と歓談中と聞いたので失礼させてもらったわ」
「それはようこそいらっしゃいました」
女王の顔になって挨拶を返すアトレイア。 私といる時との違いに驚いたけど、よく考えれば当然のこと。
「今将軍には休憩していただいていた所ですわ」
「休憩、ね」
カルラがニヤニヤ笑いながら私を見る。 何よ、何か言いたいわけ?
「…」
ザギヴが私とアトレイアを交互に睨み、口を開く。
「先ほど国防総司令代理アイリーン・エルメス殿の仕事ぶりは拝見させていただきました。 十分な仕事ぶりに関心させられましたわ。 もう将軍の力は必要としていないんじゃないのかしら?」
「お褒めに預かり恐悦至極です。 けれどアイリーン様はまだまだ未熟。 将軍様のお力に頼る部分が大きいです。 どうぞお約束の期日までお待ちください」
…えっと、なんか変な空気になってるような……。
「けれど実際アイリーン殿はディンガルで副将軍を務めた事のある方、そこまで補佐を必要とするのでしょうか?」
「今は軍ではなく国を相手にしていますので。 規模が大きくなった分負担が大きく変わっておりますでしょう? それは皇帝陛下も十分ご理解されているかと存じます」
「…しかし、あの有能な方がそこまで時間を必要とするのでしょうか?」
「普段であればファーロス卿の力も借りられますが、そうはいかないためにご協力をいただいております。 どうぞ長期的視野でお願いいたします」
「…」
「…」
睨みあいを続ける二人からそっと離れ、私はカルラとゼネテスに近寄る。
「…どうしよう?」
「いや、そう言われてもな」
困った顔で頭をかくゼネテス。 するとカルラが私を見て言った。
「だから言ったでしょ? みんなあんたに振り回されてる、ってさ」
「…私が何したって言うのよー…」
「自覚がないから救いがないやね。 そう思わない? ゼネテス」
「まあな。 これじゃ誰も報われんさ」
ひどい言われようにもほどがあると思うんだけど、どうなのかな二人とも?
「埒があかないわね。 もう十分だと思います。 近衛将軍、帰りましょう」
「あら。 エレンディア様はお仕事放棄なんてなさいませんわよね?」
「ほらお呼びよ」
カルラが私の背中を押す。
「ちょ、ちょっとっ。 あ、あの、二人とも落ち着いてさ…」
「エレンディアっ!」
「エレンディア様っ!」
世界の平穏は訪れても、私の平穏はまだまだ遠いみたい…
(終)
「では、ふたりの新たな旅立ちを祝して。 手始めに、まずどこに転送しましょうか?」
ルルアンタと私はお互いに目を交わす。 決まってる、あそこだ。 二人で転送機へと駆け出す。
転送機に立ち、私達は手を繋ぐ。
「それでは、二人ともお別れですね。 自由な旅を」
オルファウスさんの転送機で猫屋敷から飛んだ場所はここだった。
ロストールとノーブルを結ぶ街道の途中の林の中。 ひっそりと石が積み上げられている。
「お父さん。 久しぶり」
「フリントさん、久しぶりなの」
「こーら、ルルアンタ。 フリントさんじゃないでしょ、お父さん」
「…うん。 お父さん…久しぶり、なの」
そしてささやかな墓をきれいにする。
「その、お父さん。 私、お父さんみたいにはなれないみたい」
「…」
「旅商人できるほどの商才はないわ、私。 そして、スパイみたいな真似もできない」
正面から墓を見つめ、私は一言一句はっきりと口にする。
「私達を養い育て、守ってくれたお父さんには心から感謝してるし、尊敬もしてる。 でもお父さんのようにはなれないし、なりたくない」
「…エレンディア」
「私は私でありたい。 そうすることに決めました。 しばらくは会えなくなるけど、ごめんなさい」
お墓の前にお酒を置く。
「ふふっ、聞いてお父さん。 このお酒はね、私とルルアンタで採ってきたタレモルゲの汽水でできてるのよ? ね、ルルアンタ?」
「そうなの、酒場で作ってもらったのっ」
「こうやってルルアンタと二人で冒険者としてがんばっていきます。 心配かもしれないけど、私達を見守っててください」
そう言って祈りをささげる。 隣ではルルアンタも同じように祈りをささげてる。
「それじゃお父さん、私達行くね」
「お父さん、バイバイ」
「行こうか、ルルアンタ」
「うんっ」
二人手を繋ぎ歩き出す。
「さて、と。 とりあえずは報告もしたし…。 どこ行こうか?」
「うーん…。 エレンディアはどこ行きたいの?」
「そうねえ…」
「久しぶりっ、ヒルダリア」
「こんにちはっ」
「あら、あなた達。 本当久しぶりね。 元気だった?」
「ええ、もちろん。 ね、ルルアンタ」
「うんっ。 ヒルダリアお姉さんは元気?」
「ふふ、元気よ」
クスリと笑い、ヒルダリアがルルアンタの頭を優しく撫でる。 ルルアンタは笑顔で私達を見上げてる。
「船、頼んでいいかしら?」
「ええ、もちろん。 気にせず言って」
「どこ行くの? エレンディア」
「いい所、よ」
「うわぁ…。 凄い、きれいー。 凄いねー、エレンディアーっ」
しぶきの群島の端、輝く世界を望める場所。 かつてザギヴを救う時にオルファウスさんに連れてきてもらった場所だ。
あの時はルルアンタはいなかった。 だから連れてきてあげたかった。
「ね。 凄いよねー。 世界ってこんなにきれいだったんだねー…」
「エレンディア、どうしてこんな場所知ってるのぉ?」
「うん。 あのね、ルルアンタがいなかった時に知った場所なんだよ。 だからルルアンタにも教えてあげたかったんだ」
「そうなんだー。 うん、ルルアンタ教えてくれて嬉しいよっ」
満面の笑みでルルアンタは私を見る。 その笑顔が何より嬉しい。
「これからどうするか…。 ここでゆっくり考えましょう、この素敵な景色の前で」
「うんっ、そうするの」
二人、高台に腰掛け、瑪瑙色に輝く海を見つめる。
遠く海を見つめながら私は思う。 バイアシオンを出て行くべきか。
オルファウスさんも言っていた。 今の私は皆の脅威でもある。 ルルアンタがいなければ私は私が怖い、居場所がわからない。
私を知らない世界へ行くべきなのだろうか。
「エレンディア?」
ルルアンタが私の顔を覗き込んでいた。
「あ、ごめん。 ぼーっとしてた」
「エレンディア。 エレンディアがつらかったら、どこか遠くに行く?」
「!?」
「エレンディア震えてるの。 でも、皆はエレンディアのこと好きだよ? ルルアンタもオルファウスさんもぶさいくな猫ちゃんも今まで出会った皆も」
「…」
「皆お友達なの。 皆エレンディアの味方なの。 心配ないの、エレンディアが困ってたら、今までエレンディアが助けてくれたみたいに皆も助けてくれるのっ」
「あ…」
涙が浮かぶ。 溢れそうになる。
「エレンディアだって女の子なの。 かわいいの。 皆助けてくれるよ?」
「こ、こんな…斧振り回す女の子…を?」
「かわいいの」
「…神様だって…倒しちゃ…うん…だよ?」
「関係ないの」
「私…たぶん…大陸…で一番…強いん…だよ?」
「でも泣き虫なの。 大丈夫、ルルアンタがいるよ」
そう言ってルルアンタは立ち上がり、私の頭を抱きしめる。 涙が溢れ出す。
「遠くに行っても行かなくても、ルルアンタも皆もエレンディアの味方だよぉ。 一人じゃないよ」
「うん…うんっ」
私もルルアンタを抱きしめる。
ネメアさんのような気分だった。 一人高みに着き孤高の存在。 畏怖の象徴。 だけど、私はネメアさんにはなれない。 人の目が怖かった。
だけど、ルルアンタはそれをわかってくれていた。 皆もわかってくれていると言う。 正直それはわからない。
でも、ルルアンタはわかってくれている。 嬉しい。 ただ、嬉しい。
「…怖、かった…私が…」
「怖くないの。 エレンディアはかわいいの」
ルルアンタは優しい笑顔で私を見ながら、私の頭を撫でる。
「私が…お姉ちゃん、なのに…ね」
「お姉ちゃんだって、偉い人だって、ルルアンタだって、誰だって、つらい時はあるの。 気にしなくてもいいんだよぉ」
「そう、だよね…」
「そうなの」
ありがとう、傍にいてくれて。 ありがとう、私の大切な妹。
顔を上げルルアンタの頬にキスをする。
「エレンディア、甘えんぼさんなの」
ルルアンタは笑顔でそう言う。
「…うん。 今日は…甘えさせて」
「うん、いいよぉ」
日が落ちても、私はルルアンタに抱かれ動けずにいた。 その温もりに身を任せながら、私は強くなれる気がした。
お互いを守る。 私はあなたを、あなたは私を。 いかなる時も傍らに。
私は強くなれる気がした。 ルルアンタのために。 ルルアンタと共に。
(終)
ルルアンタと私はお互いに目を交わす。 決まってる、あそこだ。 二人で転送機へと駆け出す。
転送機に立ち、私達は手を繋ぐ。
「それでは、二人ともお別れですね。 自由な旅を」
オルファウスさんの転送機で猫屋敷から飛んだ場所はここだった。
ロストールとノーブルを結ぶ街道の途中の林の中。 ひっそりと石が積み上げられている。
「お父さん。 久しぶり」
「フリントさん、久しぶりなの」
「こーら、ルルアンタ。 フリントさんじゃないでしょ、お父さん」
「…うん。 お父さん…久しぶり、なの」
そしてささやかな墓をきれいにする。
「その、お父さん。 私、お父さんみたいにはなれないみたい」
「…」
「旅商人できるほどの商才はないわ、私。 そして、スパイみたいな真似もできない」
正面から墓を見つめ、私は一言一句はっきりと口にする。
「私達を養い育て、守ってくれたお父さんには心から感謝してるし、尊敬もしてる。 でもお父さんのようにはなれないし、なりたくない」
「…エレンディア」
「私は私でありたい。 そうすることに決めました。 しばらくは会えなくなるけど、ごめんなさい」
お墓の前にお酒を置く。
「ふふっ、聞いてお父さん。 このお酒はね、私とルルアンタで採ってきたタレモルゲの汽水でできてるのよ? ね、ルルアンタ?」
「そうなの、酒場で作ってもらったのっ」
「こうやってルルアンタと二人で冒険者としてがんばっていきます。 心配かもしれないけど、私達を見守っててください」
そう言って祈りをささげる。 隣ではルルアンタも同じように祈りをささげてる。
「それじゃお父さん、私達行くね」
「お父さん、バイバイ」
「行こうか、ルルアンタ」
「うんっ」
二人手を繋ぎ歩き出す。
「さて、と。 とりあえずは報告もしたし…。 どこ行こうか?」
「うーん…。 エレンディアはどこ行きたいの?」
「そうねえ…」
「久しぶりっ、ヒルダリア」
「こんにちはっ」
「あら、あなた達。 本当久しぶりね。 元気だった?」
「ええ、もちろん。 ね、ルルアンタ」
「うんっ。 ヒルダリアお姉さんは元気?」
「ふふ、元気よ」
クスリと笑い、ヒルダリアがルルアンタの頭を優しく撫でる。 ルルアンタは笑顔で私達を見上げてる。
「船、頼んでいいかしら?」
「ええ、もちろん。 気にせず言って」
「どこ行くの? エレンディア」
「いい所、よ」
「うわぁ…。 凄い、きれいー。 凄いねー、エレンディアーっ」
しぶきの群島の端、輝く世界を望める場所。 かつてザギヴを救う時にオルファウスさんに連れてきてもらった場所だ。
あの時はルルアンタはいなかった。 だから連れてきてあげたかった。
「ね。 凄いよねー。 世界ってこんなにきれいだったんだねー…」
「エレンディア、どうしてこんな場所知ってるのぉ?」
「うん。 あのね、ルルアンタがいなかった時に知った場所なんだよ。 だからルルアンタにも教えてあげたかったんだ」
「そうなんだー。 うん、ルルアンタ教えてくれて嬉しいよっ」
満面の笑みでルルアンタは私を見る。 その笑顔が何より嬉しい。
「これからどうするか…。 ここでゆっくり考えましょう、この素敵な景色の前で」
「うんっ、そうするの」
二人、高台に腰掛け、瑪瑙色に輝く海を見つめる。
遠く海を見つめながら私は思う。 バイアシオンを出て行くべきか。
オルファウスさんも言っていた。 今の私は皆の脅威でもある。 ルルアンタがいなければ私は私が怖い、居場所がわからない。
私を知らない世界へ行くべきなのだろうか。
「エレンディア?」
ルルアンタが私の顔を覗き込んでいた。
「あ、ごめん。 ぼーっとしてた」
「エレンディア。 エレンディアがつらかったら、どこか遠くに行く?」
「!?」
「エレンディア震えてるの。 でも、皆はエレンディアのこと好きだよ? ルルアンタもオルファウスさんもぶさいくな猫ちゃんも今まで出会った皆も」
「…」
「皆お友達なの。 皆エレンディアの味方なの。 心配ないの、エレンディアが困ってたら、今までエレンディアが助けてくれたみたいに皆も助けてくれるのっ」
「あ…」
涙が浮かぶ。 溢れそうになる。
「エレンディアだって女の子なの。 かわいいの。 皆助けてくれるよ?」
「こ、こんな…斧振り回す女の子…を?」
「かわいいの」
「…神様だって…倒しちゃ…うん…だよ?」
「関係ないの」
「私…たぶん…大陸…で一番…強いん…だよ?」
「でも泣き虫なの。 大丈夫、ルルアンタがいるよ」
そう言ってルルアンタは立ち上がり、私の頭を抱きしめる。 涙が溢れ出す。
「遠くに行っても行かなくても、ルルアンタも皆もエレンディアの味方だよぉ。 一人じゃないよ」
「うん…うんっ」
私もルルアンタを抱きしめる。
ネメアさんのような気分だった。 一人高みに着き孤高の存在。 畏怖の象徴。 だけど、私はネメアさんにはなれない。 人の目が怖かった。
だけど、ルルアンタはそれをわかってくれていた。 皆もわかってくれていると言う。 正直それはわからない。
でも、ルルアンタはわかってくれている。 嬉しい。 ただ、嬉しい。
「…怖、かった…私が…」
「怖くないの。 エレンディアはかわいいの」
ルルアンタは優しい笑顔で私を見ながら、私の頭を撫でる。
「私が…お姉ちゃん、なのに…ね」
「お姉ちゃんだって、偉い人だって、ルルアンタだって、誰だって、つらい時はあるの。 気にしなくてもいいんだよぉ」
「そう、だよね…」
「そうなの」
ありがとう、傍にいてくれて。 ありがとう、私の大切な妹。
顔を上げルルアンタの頬にキスをする。
「エレンディア、甘えんぼさんなの」
ルルアンタは笑顔でそう言う。
「…うん。 今日は…甘えさせて」
「うん、いいよぉ」
日が落ちても、私はルルアンタに抱かれ動けずにいた。 その温もりに身を任せながら、私は強くなれる気がした。
お互いを守る。 私はあなたを、あなたは私を。 いかなる時も傍らに。
私は強くなれる気がした。 ルルアンタのために。 ルルアンタと共に。
(終)
(エステルっ………!)
私は宿屋へと駆け戻る。
「ルルアンタっ、フェティっ。 出るわよっ、今すぐっ!」
「はあ? 何言ってるのよ、あんた」
「どうしたのぉ? エレンディア」
息を切らせたまま私は叫ぶ。
「いいから出るわよっ! 速くっ!」
「…わかったのぉ」
「なんだって言うのよ…」
私の言葉にルルアンタが出発の準備を始める。 フェティも不満そうに準備しだす。
「フェティちゃん、ごめんなさいなのぉ」
「…どうして、あなたが謝るのよ」
「エレンディアの代わりなの」
「だったらあの女に言わせなさいよっ。 あんたに言われても意味ないわよ」
「まだっ?」
「もうすぐなのぉ」
「ったく…」
「エステルちゃん、またシャリにさらわれたのぉ?」
リベルダムへと向かう街道を駆けつつ私は事情を話す。 ギルドで聞いた話をそのまま二人に伝えた。
「これだから下等生物は嫌なのよ。 お互いに足を引っ張り合って生きているのね」
「そんなことはどうでもいいじゃないのよっ。 今はエステルを助けに行かなきゃっ!」
いつもなら流せるフェティの憎まれ口が苛立たしい。
「…わかったわよっ。 だからこうしてアタクシまで急いでるんでしょっ」
「二人とも喧嘩しちゃダメなのぉ」
ルルアンタがおろおろして言う。
…いけない。 ルルアンタまで困らせて。 こういう時こそ落ち着いて行動しなくてはいけないのに、感情的になっている。
「…ごめん、ルルアンタ。 でも、私…心配で…。 フェティも…ごめん…」
「…あーっ、もういいわよっ。 とにかく急げばいいんでしょっ?」
「またあの洞窟なのぉ?」
「…ううん。 今、エステルの水晶が示しているのは………ラドラス、よ」
『招かれざる客が来たようだね。 彼女を追ってきたのかな?』
ラドラスに入ると同時に声が響く。 聞いたことのある声。
「シャリっ! どういうつもりっ? エステルはどこっ?」
『アハハッ、そんなにいきりたたないでよ。 今日は特別な日なんだからさ』
相変わらずシャリはからかうような喋り方をしてこちらを苛立たせる。
『だから、招かれざる客だけど特別に、歴史の目撃者にしてあげるよ』
何? 何を言ってるの? なんなの、この子はっ!?
『今、いにしえの魔道文明の大いなる遺産、空中都市ラドラスが、四人の巫女の力でよみがえり、大空へと飛び立つのさ!!』
シャリの謳いあげるような高らかな声とともに足場が揺れる。 縦に横に大きく、私達は立っているのがやっとだ。
そして、転送機を使った時のような浮遊感、いやそれよりももっと直接的な浮遊感を感じる。 …まさか……本当に、飛んでる…の?
『この空中都市ラドラスってね、こう見えて実はものすごく大掛かりな兵器なんだよ。 それこそ、これひとつでこの大陸が沈んじゃうくらいのね』
…そうなの? エステルや砂漠の民が細々と暮らしていたここが? でも確かに他に類を見ない技術だとは思っていたけど…兵器?
『…そうだ! それやっちゃおう!』
…え?
まるでいたずらを考えた子供のように無邪気にはしゃぐ声、だけどそれは、世界の終わりを伝える宣言。
…バカなこと言わないで。 そんなこと許されないし、許さない。 あの子が何を考えているのかわからないけど、そんなことはさせないっ。
『あ、もし、僕にご意見ご感想があるならこの都市の制御の間まで来てよ。 …って、言わなくても君はここまで来るか。 じゃ、今、そこと、この制御の間を直結するよ。 さ、こっちに来なよ、エレンディア』
「言われなくても行くわよっ!」
考えるよりも先に体が動く。 仲間を待たずに私は部屋を飛び出していた。
「やあ、エレンディア。 こんな所にまで君と一緒なんて、もうこれは、運命的な何かを感じるね」
「シャリ…エステルはどこっ!? それに、他の三人もいるのねっ、どこにいるのっ!」
部屋を見回すが姿は見えない。
「今、彼女たちには、この都市の底にある動力の間で動力になってもらってるよ」
動力? …この巨大なラドラスを彼女たちの魔力だけで動かしているの? …いや、今はそれどころじゃないっ。
すかさず私は部屋の出口へと振り返る。
「行かせないよ。 言ったでしょ? 君は招かれざる客だって。 …僕はこれを使ってやるんだ。 それをジャマするのはほっとけないな」
振り返る。 酷薄な笑みを浮かべるシャリと目が合う。 その目は昏く濁っている。
「あなたは…いつもそうね」
「…? 何を言ってるんだい? エレンディア」
「いつも楽しそうに、好き勝手に話して…でも誰とも話してはいない。 誰かと話そうとしていない」
怪訝そうな顔を浮かべる。
「あなたの話を聞いてくれる人がいないの? 私は聞いてるわよ?」
「…」
シャリの顔が不快な色を浮かべる。 だけど私は言葉を続ける。
「ただ話しているだけ、言葉を並べるだけでは何も変わらないし、変えられない。 あなたが何でこんなことをするのかわからない、そしてどんな理由があっても私は許さないけど…」
片時もシャリと視線を離さずに私は強く言い放つ。
「話していかなきゃ何も変わりはしないのよっ! 一人遊びもいいかげんにしなさいっ!」
「…」
昏い目のまま、シャリは宙に浮き私を見下ろしている。 だが、やがていつもの如く薄笑みを浮かべると言った。
「エレンディア、君が何と言おうと、僕はこれを使うよ。 どうしても止めたいなら僕を倒すしかないね」
「そうやって耳を塞いで済まそうなんて私は許さない。 エステルはどうして私と一緒に冒険してるか、巫女たちはどうして巫女なのか、そして私たちは何のために日々を生きているか。 見て見ぬふりは許さない」
私は背中に背負った斧を取り出す。
「フフフ、やる気じゃないか、エレンディアっ。 いいよ、僕と踊ろうっ」
「ルルアンタ、フェティ、先に行ってっ。 エステル達を助けてきてっ」
シャリから目を離さず私は叫ぶ。 シャリの目が見開かれる。
「でもっ、エレンディア!」
「いいから行ってっ!」
「そんなことはさせないよっ!」
「それはこっちも同じよっ!」
わずかに動いたシャリに合わせて、私はシャリの懐に飛び込み斧を振る。
「っ!?」
不意をついての一撃だったつもりだが、シャリはすかさず障壁を張って私の斧をはじく。
「二人とも早く行ってっ!」
「…エレンディア、別に一人でがんばる必要は無いさ。 ちゃんと皆一度に相手してあげるよ」
「あら、私の話はまだ終わってないわよ? あなたと戦うつもりもまだないわ」
「フフ…フフフ…アハハハハ、本当エレンディアは楽しいね。 でもそうさ、僕は君の言う通り人の話は聞かないんだ」
「くっ、また…」
再び何かする様子のシャリに私は間合いを詰めようと飛び込む。 が、何か空気の膜みたいな物にぶつかり速度を落とす。
…これは…さっきの障壁!?
「全部終わったあとで、ちゃんと彼女たちも送ってあげるし、先に逝って待っててよ」
まずいっ…聞いたことのない呪文…魔力が高まっていくのが感じられる……大きなのが、来るっ!
「デモリッシュ」
強大な闇が溢れ出す。 闇が覆い尽くす。 むせ返るような地獄の波動が私達を襲う。
「きゃああああっ」
「ああああっ」
「きゃあああっ」
「やれやれっと。 やっと、おとなしくしてくれる気になったみたいだね」
シャリが虚空を渡り私の傍らに立つ。 と同時にラドラスが大きく揺れる。
「ん? この振動、外から!? 来たね…」
次の瞬間、衝撃が間近を襲う。 部屋に風穴が開けられる。
「お出ましだね…。 竜王…」
『虚無の子よ、ここはお前の世界ではない…。 この世界は汝を望まぬ…。 己があるべき場所へと帰るがよい…』
「やんなっちゃうな、もう。 子供の遊びに出てきてほしくないね」
やれやれとばかりに手をあげ、シャリは風穴を覗く
「それにあいかわらずだよね、竜王。 この世界のために巫女たちや無限のソウルを殺すのかい?」
『笑止な。 他人の心配をしてみせるか? 汝は虚無の子。 ただのうつろな人形に過ぎぬのだ』
「違う! シャリは人形なんかじゃないっ!」
傷が痛む。 口の中に血の味がする。 体が動かない。 傍でルルアンタとフェティも倒れている。 それでも声を出した。
「…まだ、私が話してるっ。 邪魔しないでっ!」
「…? ハハハ、何言ってるんだい? エレンディア、僕はあれの言う通りの人形なんだよ。 かなえられなかった望みが僕を生んだんだ」
痛みに顔をしかめながら、私はシャリを真っ直ぐに見つめる。 シャリの目に私の目は写らないの?
「望み…僕の、願い…?」
戸惑いをわずかに見せて、シャリは姿を消す。
だめだった…。 あの子に世界を知って欲しかった。 例えあの子とは敵対し相容れなくても、ただ自分だけで生きているつもりなのは考え直して欲しかった。
この世界が望んでない? 人形? そんなことはどうでもいい。 今、存在している以上、この世界のものなのだ。 世界とともにあるんだっ。
もう体は動かない。 気力もついえ、言葉も出ない。
エステル…エステル…。 ごめん、助けに来たはずなのに、私じゃ力不足だったみたい。 ルルアンタとフェティも巻き込んじゃってごめん。 みんな、みんなごめん…。
『…エレンディア。 無限のソウルを持つ者よ…。 我が再び戦う力を授けてやろう』
体に力が注がれる。 暗くなりかけていた目の前が明るくなる。
「う、うう…」
シャリの台詞じゃないけど、さっきまで私達もろとも消し去ろうとしていたのが何のつもりだか。 高みで話す点ではシャリと変わらない。
「う、ううぅ…」
「な、なんだっての…よ…」
二人も回復してくれたらしい。 こんな時までフェティは憎まれ口だ。
シャリも竜王も気に入らないけど、今は助かる。 ありがたくこの力使わせてもらう。 私が失いかけたものを取り戻すため。
『では、さらばだ。 無限のソウルを持つ者よ』
「…ありがとう」
ラドラスが揺れる。 もう長くはもたない。 急がなければ、私は今度こそ何もかも失ってしまう。
私達は出口へと振り返り、走り出した。
走る、走る、揺れ動くラドラスを疾風の如く駆ける。
見覚えのある場所へ出る。 砂漠の民が案内に立つ転送機の場所。
「動力の間に繋がってるのはどこっ?」
「えっ!? あ、えーと、一番端のものですっ」
「ありがとっ!」
無人の野を行くが如く、私は走る。 邪魔立てするゴーレムを無視してただ真っ直ぐに走る。
そして私はたどり着いた。
「エステルっ!」
いた。 みんな、四人の巫女がいた。 ただし何か捕らえられているように拘束されている。 そして部屋の中心には何やらおかしなものもある。
『動力部、不要生命体、混入。 自動排除反応……動作開始。 排除終了条件……生命活動停止』
斧を構える。
「ねえねえっ、エレンディアっ。 あれ壊しちゃって平気なのぉっ?」
「わからない…けどっ、あれを壊さないとエステル達を助けられないじゃないっ。 助けてから考えるわよっ!」
「壊したと同時にこれ落ちないでしょうねえっ! 落ちたらあんた責任取りなさいよっ!」
「私にできる範囲で責任取るわよっ!」
おそらく防衛用の設置物と思われる物を壊すと、エステル達の拘束が解け、四人が倒れ伏している。
「エステルっ!」
私の声にエステルが反応する。 ゆっくりと起き上がると頭を振り、私の方を見たと思うと駆け寄ってくる。
「エレンディア…。 エレンディア! エレンディア! エレンディアっ!!」
「エステルっ!!」
私も思わずエステルに向かって駆け出す。 そして私達は抱き合った。 私の肩に顔をくっつけてエステルは泣きそうな声で言う。
「さすがに…今回は、ものすっごく恐かったよーっ」
「うん…うん、本当に…よかった」
私も少し泣きそうだった。
「ボク、ここでラドラスに魔力吸い取られて…、もうダメかと…あ!!」
大きな声を出してエステルが顔を上げる。
「みんな! 大丈夫!?」
「そなたに心配されるほど弱くはないわ、地の巫女よ」
エアがそう言いながらゆっくりと立ち上がる。 次いでフレアとイークレムンもよろよろと立ち上がる。
その時、辺りが大きく揺れた。
「ラドラスが…落ちる…。 このままじゃ、ボク達、ラドラスの皆、それに他にもたくさん被害が出る…。 エア、つらいとは思うけどっ…」
「ふっ、気軽に言うてくれるわ。 よかろう、制御の間へと転送しようぞ」
エアの強大な魔力で私達は制御の間へと飛ぶ。 着くなりエステルが叫ぶ。
「みんなっ、ボクに魔力を貸してっ! それでみんな脱出してっ。 あとはボクがラドラスを操って砂漠へ沈めるっ!」
「何言ってるのっ!? それじゃあエステルはどうなるのっ!?」
「よいのです。 エレンディア様」
「何がいいのよっ、イークレムンっ! 何もよくないわよっ! 全然よくないっ!」
巫女達は黙って首を振る。 エステルは制御を始め出す。
「よーしっ、いくよっ!」
「私の言うこと聞きなさいよっ!」
「……………。 これ、結構集中しなきゃいけないんだ。 悪いけど、出て行ってくれる?」
私の方をわずかに見てエステルが言う。 だけど、
「エステルっ!」
「このままじゃボクもエレンディアも…ううん、それだけじゃない。 もっと多くの人が被害に合うんだよ」
「わかるけど…でも、じゃあエステルはどうなるのっ!?」
「エレンディア…」
顔も知らない人なんかどうなったっていい、とまでは言わない。 けれど目の前で知っている好きな人に死なれたくはない。 まだ生きている彼女を目の前にして死なせるわけにはいかない。
「エアっ、あなたの魔力でどうにかできない? 何か他に手はない?」
「…エレンディア、ラドラスは地の巫女であるボクにしか動かせないんだよ」
だがエステルは淡々と無情な言葉を語る。 それでも私は諦められない。
「な、ならっ。 落ちる寸前に脱出する私達の所に呼び出すとかはっ!」
「そんなこと…」
「わかった。 やってみよう、エレンディア」
エステルが何か言おうとした所、エアが口を挟む。
「本当っ!? できるのっ?」
「エア………。 うん、任せたよっ」
エステルの言葉を聞いて、みんな出て行く。 仕方なしに私も歩き出す。 でも…、
「っ!?」
エステルの背中に手をつく。
「…エステル。 死んだら許さないから…。 まだ…お別れはしないから、ね…」
頬を涙が伝う。 エアはああ言ったが、どうしようもない不安が私の中に渦巻いている。
「絶対…絶対、生きるのよ。 私、あなたのこと好きなんだから、まだまだ一緒に冒険したいんだから…」
「…」
そして制御の間を出る。 三人の巫女の力で私達は外へと脱出する。 転送の瞬間、制御の間から小さな声が聞こえた。
「…さよなら…エレンディア」
一気に血の気が引く。
「エステルっ!!」
消える視界に向かって手を伸ばす。 姿も見えないエステルを掴もうと。
「エステルーーーっ!!」
広い砂漠で私達はそれを見ていた。 それはスローモーションのようにゆっくりと、そこかしこ崩壊しながら落ちてきた。
残骸が降り注ぐ中、私はただ呆然とそれを見つめていた。
「すまぬが、魔力を使い果たした。 もはや先程の策はできぬ」
砂漠に出るなり、エアは言った。 話し出した瞬間になってやっと気づいた、私を外へ出すために言ったのだ。 最初からできないことだったのだ。
凄まじい轟音とともにラドラスが砂漠に沈む。 私の目からは涙が溢れ出し止まらなかった。
「…エステル……」
ただじっと見つめていた。 騙したエアが許せない、かっこつけて強がって意地はったエステルも許せない、でも…何より結局不甲斐ないだけだった自分が一番…許せない。
「…うっ……ううっ、うっ……」
「エレンディア様、エステルさんは…」
「言わずともよい、水の巫女よ。 エレンディアならばよい答えを見つけるであろう」
…聞き流しそうになった言葉が引っかかる。
「よい…答え…?」
「それは自分で見つけるとよい。 何が正しいかは誰にも分からぬ」
まだ涙は止まらない。 でも何かが私の頭に訴えている。
「そろそろ我らは元の場所へと帰る。 さらばだ、エレンディア。 礼を言う。 そなたのおかげでわらわにも未来が楽しめそうだ」
そう言うとエアは皆を転送する。 私達も。 最後に見えたエアの笑みは本物の笑みであった。
気づくとリベルダムの正門前だった。
「エレンディア…」
いまだ涙を流し呆然と佇む私をルルアンタが心配そうに見上げる。
「…」
フェティはただ黙って立っている。
そして、私は気づいた。 そう、私は気づいた。 涙は止まった。
「行くわよっ」
「え? エレンディア、どこに行くのぉ?」
「ラドラスよっ!」
「何をっ!? 今見てたでしょっ! …その…沈んだ、のを…」
私は二人に振り返り言う。
「見たわ。 だけど…まだ、エステルが死んだって見たわけじゃないっ。 崩れたラドラスで助けを求めてるかもしれないっ。 だから…だから、行くわ、私はっ」
希望。 そして、僅かな希望へと向かう勇気。 これが私が気づいた答え。 正しいかはわからない。
だけど、ただ絶望しても何も動かない。 動いて絶望するかもしれない。 でも、いつか新たに動き出せる。 逃げては何も動かない。
さっきシャリに言いたかった言葉がそのまま自分に返ってくるとは思わなかった。
「…うん、わかった。 行こぉ、エレンディア」
ルルアンタが私を見てやさしく微笑む。
「…行けばいいんでしょっ。 行ってあげるわよっ」
フェティも仕方なさそうに答える。
「ええ、エステルを………連れ帰る。 絶対…生きてるっ」
生きてる。 エステルは生きてる。
勇気を振り絞り、私はラドラスに希望を探しに出た。
照りつける太陽に体中の水分が奪われていく。 砂に足を取られながらも私達はラドラスへとたどり着いた。
砂漠の民達も疲労の影が色濃い。 エステルの部屋へと足を伸ばす。 当然誰もいない。 ささやかながらかわいく部屋造りしてあったこの部屋も今は墜落のショックでぐちゃぐちゃになってしまっている。
「エステル、これ見たら泣いちゃいそうね」
誰にもともなく一人呟き、知らず私は片付け始める。 その内、他の部屋を探していたルルアンタとフェティがやってきた。
「エレンディア何してるのぉ?」
「うん…。 片付けてるの。 エステル、いつもきれいにしてたから…こんなぐちゃぐちゃじゃかわいそうだなって」
「…。 うん、ルルアンタも手伝うのぉ!」
そう言ってルルアンタが近くの本を拾い片付けを手伝ってくれる。
「ア、アタクシはやらないわよっ」
「うん。 別に無理してやってもらわなくていいわよ」
「…。 だ、だいたい、そんなことする暇があるなら、ゴーレムをなんとかしなさいよっ」
「ゴーレム?」
「なんだかゴーレムがうようよいる部屋があるのよっ。 うっとうしくて仕方ないわっ」
「ゴーレム…」
そんな部屋………あっ!? 精霊神の座所っ!
「精霊神なら、エステルがどこにいるかわかるかもしれないわっ!」
私は立ち上がる。
「行くわよっ!」
「うんっ」
「エステルっ!?」
ゴーレムをかいくぐりたどり着くと、そこには座所に祀られているかのように宙に横たわり、微動だにしないエステルの姿があった。
「エステルっ? エステルっ!?」
『…来たか。 無限のソウルを持つ者よ。 我は待っておった』
辺りに声が響く。 地の精霊神、グラジェオン。 前に一度エステルと声を聞いた。
「エステルは…どうなったのっ? ………死ん…で…しまっ……た、の?」
口にするのもつらい、返事を聞くのも怖い。 だけど聞くためにここに来た。
『地の巫女、エステルは、空中都市崩壊による魔法力場の嵐より世界を守るため、この地にて、自ら封印になっている』
「…それって…人柱、ってこと…?」
『生命活動はしている。 ただしその全ては封印のための魔力に注がれている』
生きてる。 …生きてるっ。 嬉しくて涙が出る。 だけど、
「でも、一生このままってことなのっ?」
『…。 エステルを救う方法、なきにしもあらず。 我が力が完全に復活したならば力場の乱れ、収めてしんぜよう』
「どうすればいいのっ?」
『巨人パンタ・レイを倒すがよい。 さすればエステルは封印に縛られる必要なし。 汝とともに再び旅だつこともできよう』
「わかった。 やるわ」
考えなかったわけじゃない。 だけど、二つ返事で決断した。 目の前に救える命があるのに、放っておけるわけがなかったからだ。
『よし。 ならば、汝を精霊の座へと導かん』
「行くわよっ。 二人ともっ」
「うんっ」
「仕方ないから、やってあげるわよっ」
私達はそれぞれ武器を構え、立ちふさがる巨人に向かって駆け出した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
激戦の末、巨人を打ち破る。 辺りに濃い魔力がたち込めてくる。 次の瞬間、私達は再び座所へと転送された。
『よくぞ、巨人パンタ・レイを倒した。 これで、我の力を妨げる者はない。 礼を言うぞ、無限のソウルを持つ者よ』
「…はぁっ、あなたの…ため、じゃない。 私のため、よ」
『これでエステルも解放されよう。 目覚めるがよい、地の巫女よ…』
まばゆい光が辺りを照らす。 そして、次の瞬間にはエステルが立っていた。
ぼんやりと首をめぐらし、私と目が合う。
「エレンディア…。 どうして…?」
『ではさらばだ。 無限のソウルを持つ者よ…』
強大な魔力により再び転送される。 目を開くと、座所への道の入り口付近だった。
「エステルっ」
近づこうとした私にエステルがこわばった顔で問い掛ける。
「どうしてパンタ・レイを倒したの?」
「…エステルを…あなたを助けるためよっ」
「ボクを助ける…ため…?」
驚いた顔をしたと思うとエステルはがっくりと肩を落とす。
「エレンディア、キミはボクを助けるべきじゃなかったんだ。 ボクは巫女として完全に覚醒し全てを知った。 そう、エアのように」
そして悲しげな目で私を見る。
「キミは…利用されていたんだ。 地の精霊神グラジェオンにね。 闇の聖母神ティラを封じる巨人が邪魔だったグラジェオンの策略にね」
「…」
「…せっかくボクが、封じていたのに…。 悲しみと怒りと憎しみで闇に落ちたティラの封じを…キミは解いてしまったんだ…」
エステルがぎりっと奥歯を噛みしめ俯く。
「キミはボクを助けるべきじゃ、なかったのに…。 だのに…」
「…嫌よ」
「…エレンディア?」
「…どうして助けられる大切な人を放っておけるのよ。 そんなの…私は嫌よっ!」
エステルはうっすら涙を浮かべながら、怒りの表情へと変わる。
「世界中の人たちの命がかかってるんだよっ! エレンディアはボク一人のために世界中の人たちを不幸にするのかいっ!?」
「世界はあなたのものじゃないでしょうっ!? なんであなただけが世界のために犠牲になるのよっ!!」
エステルの叫びに私も叫ぶ。
「あなたも…世界中の人たちの一人なのよっ! 世界中の人たちで立ち向かうべきことを勝手に一人で背負わないでよっ! 勝手に…諦めてるんじゃないわよっ!!」
「そんなこと言ったって、あの時ラドラスを動かせたのはボクだけなんだよっ!? ボクがやるしかないじゃないかっ! そういうことだってあるんだよっ!!」
「…そう、かもしれない。 でも今エステルを救えたのも私だけなのっ。 だから助けたのよっ、同じじゃないっ!!」
「…っ」
エステルが泣きながら私に抱きついてくる。
「バカだよ…。 本当にバカだよ、キミは…」
私も泣きながらエステルを抱き返す。
「生きててよかった…。 また会えて…本当に、よかった…」
「ゴメン…。 ゴメン…。 本当はうれしいです。 ゴメン…。 ありがとう…」
胸の中でエステルが呟く。 腕に感じるエステルのやわらかく暖かい感触。 もう会えないかもしれないと泣いたのは無駄になってくれた。
「大好きよ、エステル…。 会いたかった…」
だから私もエステルの首もとに顔をうずめ、泣きながら呟いた。
「ううぅ…あああぁぁ」
「うっうぅ…うぅぅ…」
二人抱き合ってしばらく泣き続けた。
何が大切な人と別れをもたらすかはわからない。 けれど思いはけっして別れない。 絆はけして離さない。
切れ掛かった絆を再び繋ぎとめた私は涙とともに誓った。
(終)
私は宿屋へと駆け戻る。
「ルルアンタっ、フェティっ。 出るわよっ、今すぐっ!」
「はあ? 何言ってるのよ、あんた」
「どうしたのぉ? エレンディア」
息を切らせたまま私は叫ぶ。
「いいから出るわよっ! 速くっ!」
「…わかったのぉ」
「なんだって言うのよ…」
私の言葉にルルアンタが出発の準備を始める。 フェティも不満そうに準備しだす。
「フェティちゃん、ごめんなさいなのぉ」
「…どうして、あなたが謝るのよ」
「エレンディアの代わりなの」
「だったらあの女に言わせなさいよっ。 あんたに言われても意味ないわよ」
「まだっ?」
「もうすぐなのぉ」
「ったく…」
「エステルちゃん、またシャリにさらわれたのぉ?」
リベルダムへと向かう街道を駆けつつ私は事情を話す。 ギルドで聞いた話をそのまま二人に伝えた。
「これだから下等生物は嫌なのよ。 お互いに足を引っ張り合って生きているのね」
「そんなことはどうでもいいじゃないのよっ。 今はエステルを助けに行かなきゃっ!」
いつもなら流せるフェティの憎まれ口が苛立たしい。
「…わかったわよっ。 だからこうしてアタクシまで急いでるんでしょっ」
「二人とも喧嘩しちゃダメなのぉ」
ルルアンタがおろおろして言う。
…いけない。 ルルアンタまで困らせて。 こういう時こそ落ち着いて行動しなくてはいけないのに、感情的になっている。
「…ごめん、ルルアンタ。 でも、私…心配で…。 フェティも…ごめん…」
「…あーっ、もういいわよっ。 とにかく急げばいいんでしょっ?」
「またあの洞窟なのぉ?」
「…ううん。 今、エステルの水晶が示しているのは………ラドラス、よ」
『招かれざる客が来たようだね。 彼女を追ってきたのかな?』
ラドラスに入ると同時に声が響く。 聞いたことのある声。
「シャリっ! どういうつもりっ? エステルはどこっ?」
『アハハッ、そんなにいきりたたないでよ。 今日は特別な日なんだからさ』
相変わらずシャリはからかうような喋り方をしてこちらを苛立たせる。
『だから、招かれざる客だけど特別に、歴史の目撃者にしてあげるよ』
何? 何を言ってるの? なんなの、この子はっ!?
『今、いにしえの魔道文明の大いなる遺産、空中都市ラドラスが、四人の巫女の力でよみがえり、大空へと飛び立つのさ!!』
シャリの謳いあげるような高らかな声とともに足場が揺れる。 縦に横に大きく、私達は立っているのがやっとだ。
そして、転送機を使った時のような浮遊感、いやそれよりももっと直接的な浮遊感を感じる。 …まさか……本当に、飛んでる…の?
『この空中都市ラドラスってね、こう見えて実はものすごく大掛かりな兵器なんだよ。 それこそ、これひとつでこの大陸が沈んじゃうくらいのね』
…そうなの? エステルや砂漠の民が細々と暮らしていたここが? でも確かに他に類を見ない技術だとは思っていたけど…兵器?
『…そうだ! それやっちゃおう!』
…え?
まるでいたずらを考えた子供のように無邪気にはしゃぐ声、だけどそれは、世界の終わりを伝える宣言。
…バカなこと言わないで。 そんなこと許されないし、許さない。 あの子が何を考えているのかわからないけど、そんなことはさせないっ。
『あ、もし、僕にご意見ご感想があるならこの都市の制御の間まで来てよ。 …って、言わなくても君はここまで来るか。 じゃ、今、そこと、この制御の間を直結するよ。 さ、こっちに来なよ、エレンディア』
「言われなくても行くわよっ!」
考えるよりも先に体が動く。 仲間を待たずに私は部屋を飛び出していた。
「やあ、エレンディア。 こんな所にまで君と一緒なんて、もうこれは、運命的な何かを感じるね」
「シャリ…エステルはどこっ!? それに、他の三人もいるのねっ、どこにいるのっ!」
部屋を見回すが姿は見えない。
「今、彼女たちには、この都市の底にある動力の間で動力になってもらってるよ」
動力? …この巨大なラドラスを彼女たちの魔力だけで動かしているの? …いや、今はそれどころじゃないっ。
すかさず私は部屋の出口へと振り返る。
「行かせないよ。 言ったでしょ? 君は招かれざる客だって。 …僕はこれを使ってやるんだ。 それをジャマするのはほっとけないな」
振り返る。 酷薄な笑みを浮かべるシャリと目が合う。 その目は昏く濁っている。
「あなたは…いつもそうね」
「…? 何を言ってるんだい? エレンディア」
「いつも楽しそうに、好き勝手に話して…でも誰とも話してはいない。 誰かと話そうとしていない」
怪訝そうな顔を浮かべる。
「あなたの話を聞いてくれる人がいないの? 私は聞いてるわよ?」
「…」
シャリの顔が不快な色を浮かべる。 だけど私は言葉を続ける。
「ただ話しているだけ、言葉を並べるだけでは何も変わらないし、変えられない。 あなたが何でこんなことをするのかわからない、そしてどんな理由があっても私は許さないけど…」
片時もシャリと視線を離さずに私は強く言い放つ。
「話していかなきゃ何も変わりはしないのよっ! 一人遊びもいいかげんにしなさいっ!」
「…」
昏い目のまま、シャリは宙に浮き私を見下ろしている。 だが、やがていつもの如く薄笑みを浮かべると言った。
「エレンディア、君が何と言おうと、僕はこれを使うよ。 どうしても止めたいなら僕を倒すしかないね」
「そうやって耳を塞いで済まそうなんて私は許さない。 エステルはどうして私と一緒に冒険してるか、巫女たちはどうして巫女なのか、そして私たちは何のために日々を生きているか。 見て見ぬふりは許さない」
私は背中に背負った斧を取り出す。
「フフフ、やる気じゃないか、エレンディアっ。 いいよ、僕と踊ろうっ」
「ルルアンタ、フェティ、先に行ってっ。 エステル達を助けてきてっ」
シャリから目を離さず私は叫ぶ。 シャリの目が見開かれる。
「でもっ、エレンディア!」
「いいから行ってっ!」
「そんなことはさせないよっ!」
「それはこっちも同じよっ!」
わずかに動いたシャリに合わせて、私はシャリの懐に飛び込み斧を振る。
「っ!?」
不意をついての一撃だったつもりだが、シャリはすかさず障壁を張って私の斧をはじく。
「二人とも早く行ってっ!」
「…エレンディア、別に一人でがんばる必要は無いさ。 ちゃんと皆一度に相手してあげるよ」
「あら、私の話はまだ終わってないわよ? あなたと戦うつもりもまだないわ」
「フフ…フフフ…アハハハハ、本当エレンディアは楽しいね。 でもそうさ、僕は君の言う通り人の話は聞かないんだ」
「くっ、また…」
再び何かする様子のシャリに私は間合いを詰めようと飛び込む。 が、何か空気の膜みたいな物にぶつかり速度を落とす。
…これは…さっきの障壁!?
「全部終わったあとで、ちゃんと彼女たちも送ってあげるし、先に逝って待っててよ」
まずいっ…聞いたことのない呪文…魔力が高まっていくのが感じられる……大きなのが、来るっ!
「デモリッシュ」
強大な闇が溢れ出す。 闇が覆い尽くす。 むせ返るような地獄の波動が私達を襲う。
「きゃああああっ」
「ああああっ」
「きゃあああっ」
「やれやれっと。 やっと、おとなしくしてくれる気になったみたいだね」
シャリが虚空を渡り私の傍らに立つ。 と同時にラドラスが大きく揺れる。
「ん? この振動、外から!? 来たね…」
次の瞬間、衝撃が間近を襲う。 部屋に風穴が開けられる。
「お出ましだね…。 竜王…」
『虚無の子よ、ここはお前の世界ではない…。 この世界は汝を望まぬ…。 己があるべき場所へと帰るがよい…』
「やんなっちゃうな、もう。 子供の遊びに出てきてほしくないね」
やれやれとばかりに手をあげ、シャリは風穴を覗く
「それにあいかわらずだよね、竜王。 この世界のために巫女たちや無限のソウルを殺すのかい?」
『笑止な。 他人の心配をしてみせるか? 汝は虚無の子。 ただのうつろな人形に過ぎぬのだ』
「違う! シャリは人形なんかじゃないっ!」
傷が痛む。 口の中に血の味がする。 体が動かない。 傍でルルアンタとフェティも倒れている。 それでも声を出した。
「…まだ、私が話してるっ。 邪魔しないでっ!」
「…? ハハハ、何言ってるんだい? エレンディア、僕はあれの言う通りの人形なんだよ。 かなえられなかった望みが僕を生んだんだ」
痛みに顔をしかめながら、私はシャリを真っ直ぐに見つめる。 シャリの目に私の目は写らないの?
「望み…僕の、願い…?」
戸惑いをわずかに見せて、シャリは姿を消す。
だめだった…。 あの子に世界を知って欲しかった。 例えあの子とは敵対し相容れなくても、ただ自分だけで生きているつもりなのは考え直して欲しかった。
この世界が望んでない? 人形? そんなことはどうでもいい。 今、存在している以上、この世界のものなのだ。 世界とともにあるんだっ。
もう体は動かない。 気力もついえ、言葉も出ない。
エステル…エステル…。 ごめん、助けに来たはずなのに、私じゃ力不足だったみたい。 ルルアンタとフェティも巻き込んじゃってごめん。 みんな、みんなごめん…。
『…エレンディア。 無限のソウルを持つ者よ…。 我が再び戦う力を授けてやろう』
体に力が注がれる。 暗くなりかけていた目の前が明るくなる。
「う、うう…」
シャリの台詞じゃないけど、さっきまで私達もろとも消し去ろうとしていたのが何のつもりだか。 高みで話す点ではシャリと変わらない。
「う、ううぅ…」
「な、なんだっての…よ…」
二人も回復してくれたらしい。 こんな時までフェティは憎まれ口だ。
シャリも竜王も気に入らないけど、今は助かる。 ありがたくこの力使わせてもらう。 私が失いかけたものを取り戻すため。
『では、さらばだ。 無限のソウルを持つ者よ』
「…ありがとう」
ラドラスが揺れる。 もう長くはもたない。 急がなければ、私は今度こそ何もかも失ってしまう。
私達は出口へと振り返り、走り出した。
走る、走る、揺れ動くラドラスを疾風の如く駆ける。
見覚えのある場所へ出る。 砂漠の民が案内に立つ転送機の場所。
「動力の間に繋がってるのはどこっ?」
「えっ!? あ、えーと、一番端のものですっ」
「ありがとっ!」
無人の野を行くが如く、私は走る。 邪魔立てするゴーレムを無視してただ真っ直ぐに走る。
そして私はたどり着いた。
「エステルっ!」
いた。 みんな、四人の巫女がいた。 ただし何か捕らえられているように拘束されている。 そして部屋の中心には何やらおかしなものもある。
『動力部、不要生命体、混入。 自動排除反応……動作開始。 排除終了条件……生命活動停止』
斧を構える。
「ねえねえっ、エレンディアっ。 あれ壊しちゃって平気なのぉっ?」
「わからない…けどっ、あれを壊さないとエステル達を助けられないじゃないっ。 助けてから考えるわよっ!」
「壊したと同時にこれ落ちないでしょうねえっ! 落ちたらあんた責任取りなさいよっ!」
「私にできる範囲で責任取るわよっ!」
おそらく防衛用の設置物と思われる物を壊すと、エステル達の拘束が解け、四人が倒れ伏している。
「エステルっ!」
私の声にエステルが反応する。 ゆっくりと起き上がると頭を振り、私の方を見たと思うと駆け寄ってくる。
「エレンディア…。 エレンディア! エレンディア! エレンディアっ!!」
「エステルっ!!」
私も思わずエステルに向かって駆け出す。 そして私達は抱き合った。 私の肩に顔をくっつけてエステルは泣きそうな声で言う。
「さすがに…今回は、ものすっごく恐かったよーっ」
「うん…うん、本当に…よかった」
私も少し泣きそうだった。
「ボク、ここでラドラスに魔力吸い取られて…、もうダメかと…あ!!」
大きな声を出してエステルが顔を上げる。
「みんな! 大丈夫!?」
「そなたに心配されるほど弱くはないわ、地の巫女よ」
エアがそう言いながらゆっくりと立ち上がる。 次いでフレアとイークレムンもよろよろと立ち上がる。
その時、辺りが大きく揺れた。
「ラドラスが…落ちる…。 このままじゃ、ボク達、ラドラスの皆、それに他にもたくさん被害が出る…。 エア、つらいとは思うけどっ…」
「ふっ、気軽に言うてくれるわ。 よかろう、制御の間へと転送しようぞ」
エアの強大な魔力で私達は制御の間へと飛ぶ。 着くなりエステルが叫ぶ。
「みんなっ、ボクに魔力を貸してっ! それでみんな脱出してっ。 あとはボクがラドラスを操って砂漠へ沈めるっ!」
「何言ってるのっ!? それじゃあエステルはどうなるのっ!?」
「よいのです。 エレンディア様」
「何がいいのよっ、イークレムンっ! 何もよくないわよっ! 全然よくないっ!」
巫女達は黙って首を振る。 エステルは制御を始め出す。
「よーしっ、いくよっ!」
「私の言うこと聞きなさいよっ!」
「……………。 これ、結構集中しなきゃいけないんだ。 悪いけど、出て行ってくれる?」
私の方をわずかに見てエステルが言う。 だけど、
「エステルっ!」
「このままじゃボクもエレンディアも…ううん、それだけじゃない。 もっと多くの人が被害に合うんだよ」
「わかるけど…でも、じゃあエステルはどうなるのっ!?」
「エレンディア…」
顔も知らない人なんかどうなったっていい、とまでは言わない。 けれど目の前で知っている好きな人に死なれたくはない。 まだ生きている彼女を目の前にして死なせるわけにはいかない。
「エアっ、あなたの魔力でどうにかできない? 何か他に手はない?」
「…エレンディア、ラドラスは地の巫女であるボクにしか動かせないんだよ」
だがエステルは淡々と無情な言葉を語る。 それでも私は諦められない。
「な、ならっ。 落ちる寸前に脱出する私達の所に呼び出すとかはっ!」
「そんなこと…」
「わかった。 やってみよう、エレンディア」
エステルが何か言おうとした所、エアが口を挟む。
「本当っ!? できるのっ?」
「エア………。 うん、任せたよっ」
エステルの言葉を聞いて、みんな出て行く。 仕方なしに私も歩き出す。 でも…、
「っ!?」
エステルの背中に手をつく。
「…エステル。 死んだら許さないから…。 まだ…お別れはしないから、ね…」
頬を涙が伝う。 エアはああ言ったが、どうしようもない不安が私の中に渦巻いている。
「絶対…絶対、生きるのよ。 私、あなたのこと好きなんだから、まだまだ一緒に冒険したいんだから…」
「…」
そして制御の間を出る。 三人の巫女の力で私達は外へと脱出する。 転送の瞬間、制御の間から小さな声が聞こえた。
「…さよなら…エレンディア」
一気に血の気が引く。
「エステルっ!!」
消える視界に向かって手を伸ばす。 姿も見えないエステルを掴もうと。
「エステルーーーっ!!」
広い砂漠で私達はそれを見ていた。 それはスローモーションのようにゆっくりと、そこかしこ崩壊しながら落ちてきた。
残骸が降り注ぐ中、私はただ呆然とそれを見つめていた。
「すまぬが、魔力を使い果たした。 もはや先程の策はできぬ」
砂漠に出るなり、エアは言った。 話し出した瞬間になってやっと気づいた、私を外へ出すために言ったのだ。 最初からできないことだったのだ。
凄まじい轟音とともにラドラスが砂漠に沈む。 私の目からは涙が溢れ出し止まらなかった。
「…エステル……」
ただじっと見つめていた。 騙したエアが許せない、かっこつけて強がって意地はったエステルも許せない、でも…何より結局不甲斐ないだけだった自分が一番…許せない。
「…うっ……ううっ、うっ……」
「エレンディア様、エステルさんは…」
「言わずともよい、水の巫女よ。 エレンディアならばよい答えを見つけるであろう」
…聞き流しそうになった言葉が引っかかる。
「よい…答え…?」
「それは自分で見つけるとよい。 何が正しいかは誰にも分からぬ」
まだ涙は止まらない。 でも何かが私の頭に訴えている。
「そろそろ我らは元の場所へと帰る。 さらばだ、エレンディア。 礼を言う。 そなたのおかげでわらわにも未来が楽しめそうだ」
そう言うとエアは皆を転送する。 私達も。 最後に見えたエアの笑みは本物の笑みであった。
気づくとリベルダムの正門前だった。
「エレンディア…」
いまだ涙を流し呆然と佇む私をルルアンタが心配そうに見上げる。
「…」
フェティはただ黙って立っている。
そして、私は気づいた。 そう、私は気づいた。 涙は止まった。
「行くわよっ」
「え? エレンディア、どこに行くのぉ?」
「ラドラスよっ!」
「何をっ!? 今見てたでしょっ! …その…沈んだ、のを…」
私は二人に振り返り言う。
「見たわ。 だけど…まだ、エステルが死んだって見たわけじゃないっ。 崩れたラドラスで助けを求めてるかもしれないっ。 だから…だから、行くわ、私はっ」
希望。 そして、僅かな希望へと向かう勇気。 これが私が気づいた答え。 正しいかはわからない。
だけど、ただ絶望しても何も動かない。 動いて絶望するかもしれない。 でも、いつか新たに動き出せる。 逃げては何も動かない。
さっきシャリに言いたかった言葉がそのまま自分に返ってくるとは思わなかった。
「…うん、わかった。 行こぉ、エレンディア」
ルルアンタが私を見てやさしく微笑む。
「…行けばいいんでしょっ。 行ってあげるわよっ」
フェティも仕方なさそうに答える。
「ええ、エステルを………連れ帰る。 絶対…生きてるっ」
生きてる。 エステルは生きてる。
勇気を振り絞り、私はラドラスに希望を探しに出た。
照りつける太陽に体中の水分が奪われていく。 砂に足を取られながらも私達はラドラスへとたどり着いた。
砂漠の民達も疲労の影が色濃い。 エステルの部屋へと足を伸ばす。 当然誰もいない。 ささやかながらかわいく部屋造りしてあったこの部屋も今は墜落のショックでぐちゃぐちゃになってしまっている。
「エステル、これ見たら泣いちゃいそうね」
誰にもともなく一人呟き、知らず私は片付け始める。 その内、他の部屋を探していたルルアンタとフェティがやってきた。
「エレンディア何してるのぉ?」
「うん…。 片付けてるの。 エステル、いつもきれいにしてたから…こんなぐちゃぐちゃじゃかわいそうだなって」
「…。 うん、ルルアンタも手伝うのぉ!」
そう言ってルルアンタが近くの本を拾い片付けを手伝ってくれる。
「ア、アタクシはやらないわよっ」
「うん。 別に無理してやってもらわなくていいわよ」
「…。 だ、だいたい、そんなことする暇があるなら、ゴーレムをなんとかしなさいよっ」
「ゴーレム?」
「なんだかゴーレムがうようよいる部屋があるのよっ。 うっとうしくて仕方ないわっ」
「ゴーレム…」
そんな部屋………あっ!? 精霊神の座所っ!
「精霊神なら、エステルがどこにいるかわかるかもしれないわっ!」
私は立ち上がる。
「行くわよっ!」
「うんっ」
「エステルっ!?」
ゴーレムをかいくぐりたどり着くと、そこには座所に祀られているかのように宙に横たわり、微動だにしないエステルの姿があった。
「エステルっ? エステルっ!?」
『…来たか。 無限のソウルを持つ者よ。 我は待っておった』
辺りに声が響く。 地の精霊神、グラジェオン。 前に一度エステルと声を聞いた。
「エステルは…どうなったのっ? ………死ん…で…しまっ……た、の?」
口にするのもつらい、返事を聞くのも怖い。 だけど聞くためにここに来た。
『地の巫女、エステルは、空中都市崩壊による魔法力場の嵐より世界を守るため、この地にて、自ら封印になっている』
「…それって…人柱、ってこと…?」
『生命活動はしている。 ただしその全ては封印のための魔力に注がれている』
生きてる。 …生きてるっ。 嬉しくて涙が出る。 だけど、
「でも、一生このままってことなのっ?」
『…。 エステルを救う方法、なきにしもあらず。 我が力が完全に復活したならば力場の乱れ、収めてしんぜよう』
「どうすればいいのっ?」
『巨人パンタ・レイを倒すがよい。 さすればエステルは封印に縛られる必要なし。 汝とともに再び旅だつこともできよう』
「わかった。 やるわ」
考えなかったわけじゃない。 だけど、二つ返事で決断した。 目の前に救える命があるのに、放っておけるわけがなかったからだ。
『よし。 ならば、汝を精霊の座へと導かん』
「行くわよっ。 二人ともっ」
「うんっ」
「仕方ないから、やってあげるわよっ」
私達はそれぞれ武器を構え、立ちふさがる巨人に向かって駆け出した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
激戦の末、巨人を打ち破る。 辺りに濃い魔力がたち込めてくる。 次の瞬間、私達は再び座所へと転送された。
『よくぞ、巨人パンタ・レイを倒した。 これで、我の力を妨げる者はない。 礼を言うぞ、無限のソウルを持つ者よ』
「…はぁっ、あなたの…ため、じゃない。 私のため、よ」
『これでエステルも解放されよう。 目覚めるがよい、地の巫女よ…』
まばゆい光が辺りを照らす。 そして、次の瞬間にはエステルが立っていた。
ぼんやりと首をめぐらし、私と目が合う。
「エレンディア…。 どうして…?」
『ではさらばだ。 無限のソウルを持つ者よ…』
強大な魔力により再び転送される。 目を開くと、座所への道の入り口付近だった。
「エステルっ」
近づこうとした私にエステルがこわばった顔で問い掛ける。
「どうしてパンタ・レイを倒したの?」
「…エステルを…あなたを助けるためよっ」
「ボクを助ける…ため…?」
驚いた顔をしたと思うとエステルはがっくりと肩を落とす。
「エレンディア、キミはボクを助けるべきじゃなかったんだ。 ボクは巫女として完全に覚醒し全てを知った。 そう、エアのように」
そして悲しげな目で私を見る。
「キミは…利用されていたんだ。 地の精霊神グラジェオンにね。 闇の聖母神ティラを封じる巨人が邪魔だったグラジェオンの策略にね」
「…」
「…せっかくボクが、封じていたのに…。 悲しみと怒りと憎しみで闇に落ちたティラの封じを…キミは解いてしまったんだ…」
エステルがぎりっと奥歯を噛みしめ俯く。
「キミはボクを助けるべきじゃ、なかったのに…。 だのに…」
「…嫌よ」
「…エレンディア?」
「…どうして助けられる大切な人を放っておけるのよ。 そんなの…私は嫌よっ!」
エステルはうっすら涙を浮かべながら、怒りの表情へと変わる。
「世界中の人たちの命がかかってるんだよっ! エレンディアはボク一人のために世界中の人たちを不幸にするのかいっ!?」
「世界はあなたのものじゃないでしょうっ!? なんであなただけが世界のために犠牲になるのよっ!!」
エステルの叫びに私も叫ぶ。
「あなたも…世界中の人たちの一人なのよっ! 世界中の人たちで立ち向かうべきことを勝手に一人で背負わないでよっ! 勝手に…諦めてるんじゃないわよっ!!」
「そんなこと言ったって、あの時ラドラスを動かせたのはボクだけなんだよっ!? ボクがやるしかないじゃないかっ! そういうことだってあるんだよっ!!」
「…そう、かもしれない。 でも今エステルを救えたのも私だけなのっ。 だから助けたのよっ、同じじゃないっ!!」
「…っ」
エステルが泣きながら私に抱きついてくる。
「バカだよ…。 本当にバカだよ、キミは…」
私も泣きながらエステルを抱き返す。
「生きててよかった…。 また会えて…本当に、よかった…」
「ゴメン…。 ゴメン…。 本当はうれしいです。 ゴメン…。 ありがとう…」
胸の中でエステルが呟く。 腕に感じるエステルのやわらかく暖かい感触。 もう会えないかもしれないと泣いたのは無駄になってくれた。
「大好きよ、エステル…。 会いたかった…」
だから私もエステルの首もとに顔をうずめ、泣きながら呟いた。
「ううぅ…あああぁぁ」
「うっうぅ…うぅぅ…」
二人抱き合ってしばらく泣き続けた。
何が大切な人と別れをもたらすかはわからない。 けれど思いはけっして別れない。 絆はけして離さない。
切れ掛かった絆を再び繋ぎとめた私は涙とともに誓った。
(終)
それはそれは美しい、美術館にある彫像のように、または愛らしい人形のように。 彼女はとても美しく、私は声も出なかった。
リベルダムのスラムを歩いていた時だった。 少し前から私の前に現れ、たちの悪いちょっかいをかけてくる少年、シャリ。 彼が突然現れた。
「かわいそうなお姫さまを助けてあげて欲しい」
騙されるのを覚悟で彼の話にのったのは、ケリュネイアに頼まれた闇の神器が関わっていたからだ。
彼の言うとおりに闇の神器『色惑の瞳』を手に入れて指示された場所に行くと彼女がいた。 悲しげな憂いの顔、陰のある美しさ、先帝の娘、光を失った王女、アトレイア・リュー。 それが彼女だった。
「ありがとうございます、エレンディア様」
その時に見た小さなかわいい笑み。 私は思った。 もっと彼女の笑顔を見てみたい、と。 だって、今でもこんなに綺麗でかわいいのだから、笑顔になればもっと綺麗なんだろうと思ったから。
初めて出会った時から私は彼女に魅せられていた。
それから私は彼女の元へ足しげく通うようになった。 だけど、彼女は彼女がここまで暮らしてきた陰に沈みこんでいた。
「外の世界を見に行こう」
だから彼女を外へと誘ってみた。 今日は月がとても美しかったから。 見て欲しかった、世界を。
「あっ!?」
「うがっ!?」
自分でも嬉しかったせいか、少し先に行き過ぎた。 アトレイアはまだ光を取り戻して間もない、このペースは無理か。 彼女が来るのを待つことにする。
すると、来るはずの方向から小さな悲鳴が聞こえた。 見張りの兵士にでもぶつかったのだろうか。
「俺様にぶつかってくるとはどこに目をつけてやがるっ。 このクズがっ!」
「おやめください、タルテュバ様っ。 この方はアトレイア様ですっ、目が不自由なのですっ」
「アトレイア?」
…タルテュバ? よくも王宮に顔が出せるものだ…いや、今はそれどころではない、そんな気がする。
「お前みたいな醜いのが外に出てくるんじゃねえっ。 ティアナとは段違いなんだよっ。 部屋で鏡でも見て来いっ!」
「…っ」
「このクズがっ、お前はどっかに引きこもってればいいんだっ。 その醜い面出すんじゃねえっ!」
「おやめください、タルテュバさまっ」
あわててアトレイアの所へ駆け戻ると、タルテュバの正気とは思えない罵倒の言葉が聞こえてくる。
そして私が目にしたのは、倒れたアトレイアに足を出すタルテュバの姿とその手をタルテュバに掴まれたティアナの姿だった。
「エレンディア様っ」
倒れたアトレイアに駆け寄り、タルテュバの前に立つ。 アトレイアは小さく震えている。 その姿が私にはつらかった。
「なんだクズがっ。 お前ら俺様を誰だと思ってる!」
怒りで肩が震える。 自分で思う限りの罵詈雑言をぶつけたくなる。 だけど精一杯抑える。 今そんなことをしても傷つくのはむしろアトレイアだから。
「戦場で部下を見捨て逃げ出した貴族、でしょう? それどころか王女に対する礼儀すらお持ちではないのですか」
「クズがっ! 平民上がりがまぐれで調子に乗りやがって…。 このクソっ、クソがっ! バカにしやがって、クズがっ!」
言って剣を抜く。
「逃げたあなたにはまぐれすら起きません。 女になら勝てるとでもお思いですか?」
暗いバルコニーを照らす月で、タルテュバの見開かれた瞳孔が見える。 そしてただ地面を見つめ震えるアトレイアの悲しい陰も。
だから私は背中に背負った斧をタルテュバの目の前に振り下ろし、タルテュバを睨み付けて言う。
「ファーロス総司令副将、竜字将軍エレンディア・ロス。 尋常にお相手いたしますっ」
「このクズがあっっっ!!」
戦う前から勝負はついている。 幾多の死線を越えてきた私と死線を逃げ続けた男。 戦いの際には一切の油断は禁物と肝に銘じここまで生きてきた私と格上すら見下す愚かな男。
斧を縦に小さく揺らし牽制して、タルテュバの右へと廻る。 右手に構えた剣ではこちらには切り掛かれない。 もっともそれ以前に彼は私の動きを捉えることが出来ていない。
「うがあっ!」
適当に振り上げた剣、無造作に開いた懐を私は斧で強く突いた。
「はあっ!」
「ぐああっ!!」
そのたった一撃でタルテュバは倒れ転げてのたうち回る。 油断させる誘いかと警戒もしたが、剣すら落としているので大丈夫であろう。
「ぐ、ぐぐぐ…」
「消えて。 不快だから今すぐに」
「ク、クズがあ…クソクソクソっ! 俺様をバカにしやがってええぇっ…覚えていろっ!」
最後まで汚い言葉を吐き続けタルテュバが逃げ去る。 後に残ったのはティアナとアトレイアと私の三人。
「大丈夫? アトレイア」
ゆっくりとアトレイアを立たせる。 小刻みに震える彼女は月明かりの下蒼白の顔を浮かべていた。 そして次の瞬間には駆け出して走り去っていく。
「アトレイアっ」
「エレンディア様っ」
ティアナが私を呼びかける。 だけど、あんな真っ青な顔をしていた彼女を放っては置けない。 私はアトレイアの後を追い駆け出した。
「…大切な物は皆私をすり抜けていく…。 そう、彼女は本当の王女……しょせん私は…」
後ろからティアナが何か言うのが聞こえる。 ごめんね、ティアナ。
「アトレイアっ」
彼女の部屋に行くとアトレイアは部屋の隅で虚ろな顔で佇んでいた。 その顔を見て私はどうしようもなく悲しくなる。
「…私はティアナ様に比べて醜い…。 ぶざまで醜い…。 …目なんて、見えなければよかった…」
「アトレイアっ!」
「ごめんなさい…醜い私のせいで、エレンディア様にまで恥をかかせて…ごめんなさい…」
アトレイアの肩を掴んでぎゅっと抱きしめる。
「そんなことない。 そんなことないよ、アトレイア」
「私のせいで…」
震える声で尚も俯き謝る彼女が悲しい。 私はアトレイアの頬を両手で挟んで顔を私に向けさせる。 その目は閉ざされ、涙だけがただ零れていく。
「アトレイア」
そして私は彼女の額に口付ける。
「エレンディア…様…?」
「あなたは綺麗でかわいいお姫さまよ、アトレイア。 初めて会ったあの時から、あなたは私にとって届かない夢。 私が選ばなかった、選べなかった『可憐な花』そのものよ」
「そんな…エレンディア様は充分お綺麗で魅力的です…」
「こんな斧を振り回す女は魅力的じゃないわよ。 それに私が言ってるのは女の子のようなかわいさって意味よ。 それは私にはないわ」
「でも…」
「あなたはとても魅力的。 でも今はまだ、その魅力は陰ってるわ。 手に入れた光で少しずつでもいいから、明るい色に変えて欲しい」
困ったような顔でアトレイアが私を見る。
「私があなたを光へと導く。 そうすればあなたはどこまでも輝くわ。 見せて欲しいの、あなたの本当の魅力を」
「私は、そんな魅力は…」
「あるわ。 絶対。 私は信じられないかな?」
「そんなこと…」
「だったら信じて、お願い。 私の分まで綺麗に美しくなって、アトレイア」
「エレンディア様…」
私の体に回された彼女の腕に力がこもる。 だから私も彼女を強く抱きしめる。
「…でも、今日は…今は…泣いていいですか…」
「うん…」
アトレイアが落ち着くまで、私は彼女を抱きしめ続けた。 暗い部屋の片隅で二人ずっと…。 強く、強く…。
(終)
リベルダムのスラムを歩いていた時だった。 少し前から私の前に現れ、たちの悪いちょっかいをかけてくる少年、シャリ。 彼が突然現れた。
「かわいそうなお姫さまを助けてあげて欲しい」
騙されるのを覚悟で彼の話にのったのは、ケリュネイアに頼まれた闇の神器が関わっていたからだ。
彼の言うとおりに闇の神器『色惑の瞳』を手に入れて指示された場所に行くと彼女がいた。 悲しげな憂いの顔、陰のある美しさ、先帝の娘、光を失った王女、アトレイア・リュー。 それが彼女だった。
「ありがとうございます、エレンディア様」
その時に見た小さなかわいい笑み。 私は思った。 もっと彼女の笑顔を見てみたい、と。 だって、今でもこんなに綺麗でかわいいのだから、笑顔になればもっと綺麗なんだろうと思ったから。
初めて出会った時から私は彼女に魅せられていた。
それから私は彼女の元へ足しげく通うようになった。 だけど、彼女は彼女がここまで暮らしてきた陰に沈みこんでいた。
「外の世界を見に行こう」
だから彼女を外へと誘ってみた。 今日は月がとても美しかったから。 見て欲しかった、世界を。
「あっ!?」
「うがっ!?」
自分でも嬉しかったせいか、少し先に行き過ぎた。 アトレイアはまだ光を取り戻して間もない、このペースは無理か。 彼女が来るのを待つことにする。
すると、来るはずの方向から小さな悲鳴が聞こえた。 見張りの兵士にでもぶつかったのだろうか。
「俺様にぶつかってくるとはどこに目をつけてやがるっ。 このクズがっ!」
「おやめください、タルテュバ様っ。 この方はアトレイア様ですっ、目が不自由なのですっ」
「アトレイア?」
…タルテュバ? よくも王宮に顔が出せるものだ…いや、今はそれどころではない、そんな気がする。
「お前みたいな醜いのが外に出てくるんじゃねえっ。 ティアナとは段違いなんだよっ。 部屋で鏡でも見て来いっ!」
「…っ」
「このクズがっ、お前はどっかに引きこもってればいいんだっ。 その醜い面出すんじゃねえっ!」
「おやめください、タルテュバさまっ」
あわててアトレイアの所へ駆け戻ると、タルテュバの正気とは思えない罵倒の言葉が聞こえてくる。
そして私が目にしたのは、倒れたアトレイアに足を出すタルテュバの姿とその手をタルテュバに掴まれたティアナの姿だった。
「エレンディア様っ」
倒れたアトレイアに駆け寄り、タルテュバの前に立つ。 アトレイアは小さく震えている。 その姿が私にはつらかった。
「なんだクズがっ。 お前ら俺様を誰だと思ってる!」
怒りで肩が震える。 自分で思う限りの罵詈雑言をぶつけたくなる。 だけど精一杯抑える。 今そんなことをしても傷つくのはむしろアトレイアだから。
「戦場で部下を見捨て逃げ出した貴族、でしょう? それどころか王女に対する礼儀すらお持ちではないのですか」
「クズがっ! 平民上がりがまぐれで調子に乗りやがって…。 このクソっ、クソがっ! バカにしやがって、クズがっ!」
言って剣を抜く。
「逃げたあなたにはまぐれすら起きません。 女になら勝てるとでもお思いですか?」
暗いバルコニーを照らす月で、タルテュバの見開かれた瞳孔が見える。 そしてただ地面を見つめ震えるアトレイアの悲しい陰も。
だから私は背中に背負った斧をタルテュバの目の前に振り下ろし、タルテュバを睨み付けて言う。
「ファーロス総司令副将、竜字将軍エレンディア・ロス。 尋常にお相手いたしますっ」
「このクズがあっっっ!!」
戦う前から勝負はついている。 幾多の死線を越えてきた私と死線を逃げ続けた男。 戦いの際には一切の油断は禁物と肝に銘じここまで生きてきた私と格上すら見下す愚かな男。
斧を縦に小さく揺らし牽制して、タルテュバの右へと廻る。 右手に構えた剣ではこちらには切り掛かれない。 もっともそれ以前に彼は私の動きを捉えることが出来ていない。
「うがあっ!」
適当に振り上げた剣、無造作に開いた懐を私は斧で強く突いた。
「はあっ!」
「ぐああっ!!」
そのたった一撃でタルテュバは倒れ転げてのたうち回る。 油断させる誘いかと警戒もしたが、剣すら落としているので大丈夫であろう。
「ぐ、ぐぐぐ…」
「消えて。 不快だから今すぐに」
「ク、クズがあ…クソクソクソっ! 俺様をバカにしやがってええぇっ…覚えていろっ!」
最後まで汚い言葉を吐き続けタルテュバが逃げ去る。 後に残ったのはティアナとアトレイアと私の三人。
「大丈夫? アトレイア」
ゆっくりとアトレイアを立たせる。 小刻みに震える彼女は月明かりの下蒼白の顔を浮かべていた。 そして次の瞬間には駆け出して走り去っていく。
「アトレイアっ」
「エレンディア様っ」
ティアナが私を呼びかける。 だけど、あんな真っ青な顔をしていた彼女を放っては置けない。 私はアトレイアの後を追い駆け出した。
「…大切な物は皆私をすり抜けていく…。 そう、彼女は本当の王女……しょせん私は…」
後ろからティアナが何か言うのが聞こえる。 ごめんね、ティアナ。
「アトレイアっ」
彼女の部屋に行くとアトレイアは部屋の隅で虚ろな顔で佇んでいた。 その顔を見て私はどうしようもなく悲しくなる。
「…私はティアナ様に比べて醜い…。 ぶざまで醜い…。 …目なんて、見えなければよかった…」
「アトレイアっ!」
「ごめんなさい…醜い私のせいで、エレンディア様にまで恥をかかせて…ごめんなさい…」
アトレイアの肩を掴んでぎゅっと抱きしめる。
「そんなことない。 そんなことないよ、アトレイア」
「私のせいで…」
震える声で尚も俯き謝る彼女が悲しい。 私はアトレイアの頬を両手で挟んで顔を私に向けさせる。 その目は閉ざされ、涙だけがただ零れていく。
「アトレイア」
そして私は彼女の額に口付ける。
「エレンディア…様…?」
「あなたは綺麗でかわいいお姫さまよ、アトレイア。 初めて会ったあの時から、あなたは私にとって届かない夢。 私が選ばなかった、選べなかった『可憐な花』そのものよ」
「そんな…エレンディア様は充分お綺麗で魅力的です…」
「こんな斧を振り回す女は魅力的じゃないわよ。 それに私が言ってるのは女の子のようなかわいさって意味よ。 それは私にはないわ」
「でも…」
「あなたはとても魅力的。 でも今はまだ、その魅力は陰ってるわ。 手に入れた光で少しずつでもいいから、明るい色に変えて欲しい」
困ったような顔でアトレイアが私を見る。
「私があなたを光へと導く。 そうすればあなたはどこまでも輝くわ。 見せて欲しいの、あなたの本当の魅力を」
「私は、そんな魅力は…」
「あるわ。 絶対。 私は信じられないかな?」
「そんなこと…」
「だったら信じて、お願い。 私の分まで綺麗に美しくなって、アトレイア」
「エレンディア様…」
私の体に回された彼女の腕に力がこもる。 だから私も彼女を強く抱きしめる。
「…でも、今日は…今は…泣いていいですか…」
「うん…」
アトレイアが落ち着くまで、私は彼女を抱きしめ続けた。 暗い部屋の片隅で二人ずっと…。 強く、強く…。
(終)
こうして今旅をしているのは不思議な気分。 一緒に歩いているパーティの顔を見ながら思う。
「どうしたの、エレンディア? どこか痛いのぉ?」
すぐ横を歩く私の大切な妹であるルルアンタが心配そうに私を見上げている。
「ううん、大丈夫。 どこも痛くないわよ」
「でもなんか今ぼーっとしてたよぉ?」
「うん…。 お父さんが亡くなってもうすぐ一年になるかな、ってね」
「フリントさん…」
ルルアンタが悲しそうに俯く。
「あ、でもそれで落ち込んでたってわけじゃないのよ? もちろん悲しいけど、今こうしているのが不思議だなあって思ってたの」
「不思議?」
「ええ。 私ずっとお父さんやルルアンタと旅をする人生なんだろうな、って思ってたけど、こんな風になることは考えもしなかったから」
「ふーん?」
自分自身でもよくわからない言い方だったため、ルルアンタは返事に困っている。
「よくわからないけどぉ、ルルアンタはエレンディアとずっと一緒にいるよっ」
そう言ってルルアンタは笑顔を見せる。
「うん。 ずっと一緒ね」
私も笑顔で返した。
「どうでもいいけど今どこに向かってるわけ?」
後ろから声がかかる。 わがままエルフのフェティだ。
「今はとりあえず仕事でエンシャントだけど…。 そのままウルカーンに行こうかと思ってるわ」
「はあ? なんであんな辺境に行かなきゃいけないのよっ。 アタクシはあんな暑苦しい場所はイヤよっ」
「フレアちゃんに会いに行くのぉ? エレンディア」
「うん…。 いろんな巫女さんに会ったけど…イークレムンさんやエアとか。 なんかフレアは見ててつらそうなんだよね」
「フレアちゃん、悲しそうな顔してたね」
「ちょっとあんた達アタクシの話を聞いてるのっ?」
「だからね、友達になりたいなって思ってね」
「うんっ。 ルルアンタも友達になるっ」
「このアタクシを無視するんじゃないわよっ!」
「…だってどうせフェティはどこ行くにも文句ばかりじゃない」
フェティの方を向いて私は言う。
「だ・か・らっ、こんな世界はつまらないって言ってんでしょっ。 あなたが『世界は驚きに満ちている』って言ったんだから、責任取りなさいっ」
「エンシャントに着いたらエステルちゃんも帰ってくるかなぁ?」
「どうかなー。 ま、彼女は彼女で忙しいみたいだから。 カルラはいるかな?」
「エレンディア、カルラちゃんと会ったのぉ?」
「うん。 何回か会ってるわよ」
「だから無視するんじゃないわよっ! あんな小娘どもなんかどうでもいいわよっ!」
「小娘って…」
ほとんど同じ位の年齢にしか見えないエステルやカルラをそう呼ぶフェティに呆れたが、
「フェティちゃんはとっても長生きだからねー」
ルルアンタが私を見上げ言う。
「そうなの?」
「千年以上なのぉ」
「そんなに!?」
「…どうしてリルビー風情がアタクシの年齢を知ってるのっ」
「この前猫屋敷に行った時にオルファウスさんが教えてくれたのぉ」
「なんであいつがそんなこと知ってんのよっ!」
「それは聞いてないのぉ」
ルルアンタと言い合いをしているフェティを見ながら、空に思いを馳せる。 けれどわずか数十年の命の身としては想像も及ばない。
「千年以上、か…。 フェティもたいへんなんだな…」
と、遠くにエンシャントの町並みが見えてきた。
「二人とも、エンシャントが見えてきたわよっ」
「わーい、ルルアンタ、カルラちゃんに会うのー」
そう言ってルルアンタは私に寄ってきて手を握る。
「だからなんだと言うのよ。 くだらない」
いつものように不満顔でフェティは切り捨てる。
「フフフ」
「何がおかしいの」
「ウフフフフ」
「どうしたのぉ? エレンディア」
「冒険は楽しいわね、ってね」
「うんっ」
「何が楽しいって言うのよ、バカじゃないの?」
「ウフフフフ」
みんないろいろな悲しみや苦しみを背負っている。 ルルアンタ、フェティ、今はいないエステル、出会った人達、これから出会う人達、そして私。
だけど、悲しみや苦しみだけではないし、だけにはしたくない。 笑顔でいられる時間を必ず手に入れる。
今は不満そうなフェティにだって、これから会いに行くフレアにだって、笑顔になって欲しい。 生きている今を楽しんで欲しい。
風を体に浴びて、大地を踏みしめ、清流のせせらぎを聞き、情熱の炎を心に灯す。 無限に広がる世界を生きる、それこそが冒険。
時に悲しみ合い、時に笑い合う、仲間はいつも側にいる。
「エレンディアどうしたのー? ルルアンタ先に行っちゃうよぉー」
「何ぼんやりしてるのよ、早くしなさいよっ」
お父さん、私は元気にがんばっていますっ。
「待ちなさいよ、二人ともーっ」
(終)
「どうしたの、エレンディア? どこか痛いのぉ?」
すぐ横を歩く私の大切な妹であるルルアンタが心配そうに私を見上げている。
「ううん、大丈夫。 どこも痛くないわよ」
「でもなんか今ぼーっとしてたよぉ?」
「うん…。 お父さんが亡くなってもうすぐ一年になるかな、ってね」
「フリントさん…」
ルルアンタが悲しそうに俯く。
「あ、でもそれで落ち込んでたってわけじゃないのよ? もちろん悲しいけど、今こうしているのが不思議だなあって思ってたの」
「不思議?」
「ええ。 私ずっとお父さんやルルアンタと旅をする人生なんだろうな、って思ってたけど、こんな風になることは考えもしなかったから」
「ふーん?」
自分自身でもよくわからない言い方だったため、ルルアンタは返事に困っている。
「よくわからないけどぉ、ルルアンタはエレンディアとずっと一緒にいるよっ」
そう言ってルルアンタは笑顔を見せる。
「うん。 ずっと一緒ね」
私も笑顔で返した。
「どうでもいいけど今どこに向かってるわけ?」
後ろから声がかかる。 わがままエルフのフェティだ。
「今はとりあえず仕事でエンシャントだけど…。 そのままウルカーンに行こうかと思ってるわ」
「はあ? なんであんな辺境に行かなきゃいけないのよっ。 アタクシはあんな暑苦しい場所はイヤよっ」
「フレアちゃんに会いに行くのぉ? エレンディア」
「うん…。 いろんな巫女さんに会ったけど…イークレムンさんやエアとか。 なんかフレアは見ててつらそうなんだよね」
「フレアちゃん、悲しそうな顔してたね」
「ちょっとあんた達アタクシの話を聞いてるのっ?」
「だからね、友達になりたいなって思ってね」
「うんっ。 ルルアンタも友達になるっ」
「このアタクシを無視するんじゃないわよっ!」
「…だってどうせフェティはどこ行くにも文句ばかりじゃない」
フェティの方を向いて私は言う。
「だ・か・らっ、こんな世界はつまらないって言ってんでしょっ。 あなたが『世界は驚きに満ちている』って言ったんだから、責任取りなさいっ」
「エンシャントに着いたらエステルちゃんも帰ってくるかなぁ?」
「どうかなー。 ま、彼女は彼女で忙しいみたいだから。 カルラはいるかな?」
「エレンディア、カルラちゃんと会ったのぉ?」
「うん。 何回か会ってるわよ」
「だから無視するんじゃないわよっ! あんな小娘どもなんかどうでもいいわよっ!」
「小娘って…」
ほとんど同じ位の年齢にしか見えないエステルやカルラをそう呼ぶフェティに呆れたが、
「フェティちゃんはとっても長生きだからねー」
ルルアンタが私を見上げ言う。
「そうなの?」
「千年以上なのぉ」
「そんなに!?」
「…どうしてリルビー風情がアタクシの年齢を知ってるのっ」
「この前猫屋敷に行った時にオルファウスさんが教えてくれたのぉ」
「なんであいつがそんなこと知ってんのよっ!」
「それは聞いてないのぉ」
ルルアンタと言い合いをしているフェティを見ながら、空に思いを馳せる。 けれどわずか数十年の命の身としては想像も及ばない。
「千年以上、か…。 フェティもたいへんなんだな…」
と、遠くにエンシャントの町並みが見えてきた。
「二人とも、エンシャントが見えてきたわよっ」
「わーい、ルルアンタ、カルラちゃんに会うのー」
そう言ってルルアンタは私に寄ってきて手を握る。
「だからなんだと言うのよ。 くだらない」
いつものように不満顔でフェティは切り捨てる。
「フフフ」
「何がおかしいの」
「ウフフフフ」
「どうしたのぉ? エレンディア」
「冒険は楽しいわね、ってね」
「うんっ」
「何が楽しいって言うのよ、バカじゃないの?」
「ウフフフフ」
みんないろいろな悲しみや苦しみを背負っている。 ルルアンタ、フェティ、今はいないエステル、出会った人達、これから出会う人達、そして私。
だけど、悲しみや苦しみだけではないし、だけにはしたくない。 笑顔でいられる時間を必ず手に入れる。
今は不満そうなフェティにだって、これから会いに行くフレアにだって、笑顔になって欲しい。 生きている今を楽しんで欲しい。
風を体に浴びて、大地を踏みしめ、清流のせせらぎを聞き、情熱の炎を心に灯す。 無限に広がる世界を生きる、それこそが冒険。
時に悲しみ合い、時に笑い合う、仲間はいつも側にいる。
「エレンディアどうしたのー? ルルアンタ先に行っちゃうよぉー」
「何ぼんやりしてるのよ、早くしなさいよっ」
お父さん、私は元気にがんばっていますっ。
「待ちなさいよ、二人ともーっ」
(終)
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