わたしにいろんな時間があって、いろんな出会いがあって、いろんな思い出がある。
だけど、どんな時間か、どんな出会いか、どんな思い出かわからない、だけど心に痛みを残す何かもある。
「どうしたの? 姫子。 またそのアルバム?」
「あ、まこちゃん…」
「何ー、そぉんなに姫子は自分が好きなの? そんな自分しか写ってない写真ばっか見てー」
「ち、違うっ。 違うよ、まこちゃん」
わたしの手にある小さなアルバム。 中に入っている写真はいろんな場所で笑顔を浮かべる私「だけ」が写っている。
「これ…変だよね」
「まあねえー。 あんまアルバムに自分の写真ばかりは入れないねー」
「そうじゃなくてっ。 なんか誰かと写ってたような…そんな、感じが」
「んー? じゃあ姫子一緒に写ってた人消しちゃったの?」
「そんなことしないよっ」
「じょ、冗談よ。 何ムキになってんのよぉ?」
「え?」
なぜだろう。 何もかもわからない。 わたし一人しか写ってない写真にどうして誰かと写っていたと思うのか、どうして消したと言われて心が落ち着かないのか、わからない。
だけど、わかることもある。 これは大切な写真で、そして、とても悲しい何かだということが。
「よくわかんないけど、元気出しなっ」
「うん…がんばる」
そう返事をして精一杯の笑みを浮かべる。
部活のあるまこちゃんと別れて、とつとつと寮へ帰る。
途中、歓声が聞こえてきた。 テニスコート。 顔を向けるとそこには「乙橋学園の神さま」と呼ばれている幼馴染の大神くんがいた。
数日前、その大神くんに丘に呼び出されて行くと告白をされた。 けれどわたしはその告白を受けることは出来なかった。
なぜならわたしの中に大神くんではない誰かがいたから。
おそらくその誰かこそがわたしの心の痛み。 顔も声も思い出もないけれど、わたしにはわかる。 わたしには大好きな人がいる。
そしてわたしは再び寮の方へと向いて歩き出す。
時は流れる。
朝目が覚めると涙を流している時がある。 夢の中で大切な人と逢っていたような気がするけれど、どんな夢だったか思い出せない。
友達と話している時に誰かの姿が浮かびそうになって、息が詰まることがある。 だけど、結局その姿は浮かんでこない。
でも、逢えばわかる。 そしていつか必ず逢える。 だからわたしは一所懸命がんばって日々を生きていればいいのだと思う。
いつしかわたしは乙橋学園を卒業し、大学へと通うようになっていた。 長かった髪を短くし、わたしは待つことを忘れかかっていた。
大学の長い春休みで退屈していたわたしは、『少し買い物でもしてこようかな』そんな気分で近くの街へと向かった。
交差点で信号が変わるのを待つ。 春の息吹を乗せた風を感じる。
やがて信号は変わり、人々が歩き出す。 わたしも同様に歩き出す。
大きな交差点を四方八方から人が入り乱れて歩く。 交差点の中央に差し掛かった時、反対側から歩いてくる人が目に入った。
長い黒髪は風に踊り、均整の取れた体は美しく、その瞳はまるで水晶のように輝いていて、誰よりも美しい人だった。
だけどそうじゃない、そんなこと今はどうでもいい。 なぜかわかった。 この人がわたしが探していたわたしの大好きな人。 誰よりも何よりも大切なわたしの愛する人。
彼女はわたしに柔らかい笑みを浮かべる。 わたしの目には涙が浮かんでいた。
そしてわたし達は人目もはばからず、その場で抱き合った。
「また、逢えたね」
「…そう、ね」
「うん…」
お互い名前もわからないけれどわかる。 これは運命だと。 わたし達はただ愛し合う運命にある。 その先に待ち受けるものが何であれ、わたし達は共にある。
「わたし、来栖川姫子」
「私は姫宮千歌音」
初めて聞くはずのその名前はただ懐かしい。 体へと染み込んでいく。
信号が点滅をする。 だからわたしは彼女の手を引っ張る。
「行こう、千歌音ちゃんっ」
「ええ、姫子」
まるで昔からそう呼んでいたように彼女の名前を呼ぶと彼女もわたしの名前を呼ぶ。
二人で手を繋ぎ走り出す。 わたし達を取り巻く運命すら置いていくように、二人の想いは走り出す。
そう、無限の宇宙すら越えて、わたし達はただ愛し合う。
(終)