数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
「うー、さっぱりしたー」
「ほんとほんと、気持ちいいーっ」
練習を終えてシャワーを浴びてきたようで、選手達がはしゃいでいる。 その様子は実に年相応で、場は明るく華やかである。 この時間の彼女達の色気を垣間見れる立場は社長の特権と言っていいだろう。
「あー、腹減ったー。 さっさと食堂行こうぜ、うっちー」
「もうっ。 やめてよ、それ」
「今夜は何かなー?」
洗い髪の色気もそこそこに、食欲へと転じる。 まあアレだ。 彼女達の中に私は見えてないのかもしれない。
「社長ー。 今日のメニュー知ってるー?」
気付くと目の前に優香が立っていた。 シャンプーの香りが漂い、子供っぽい彼女すら色っぽく見える。
「え? いやそういうのは把握してないな…」
不意に話し掛けられたものだから頭がついていかない。 いかんいかん、なんかあてられてしまっている。
とは言え、食堂のメニューなんて………そう言えば。
「メニューは知らんが、さっき祐希子がシャワーから出てきて、鼻歌歌いながらスキップで食堂に行ったぞ」
「…」
「…」
「…」
皆一様に沈黙する。 気持ちはわかる。 私もおそらく同じ気持ちだ。
「カレーか」
「カレーね」
「カレーっスねー」
「…カレー…」
「カレーだろうなー」
別にカレーに不満はないだろう。 ただ…そもそも皆の分が残っているのかあやしい。
「おい社長、こいつ気絶してるぞ」
「葛城、仮にも先輩に対してこいつというのはどうなんだ。 それに報告してないで起こしてやれ」
「…まあいいだろ」
かったるそうに葛城が優香を起こす。
「ううぅ…カレーはイヤ…」
どうも優香はカレーにトラウマを持ってしまったきらいがある。 気持ちはわからんでもないが。
「はあ…。 あの人際限無いからなあ…。 どうする? うっちー」
「そうねえ…どこか食べに行くしかないわね」
一様に困っている選手達を見て、私はふと思った。
「お前達自分で作ったりしないのか?」
「あー、アタシ無理」
「休みの日ならともかく、練習後は…」
「カップめんくらいなら」
「おにぎりならよく作るっスよ?」
「買えばいいじゃないか」
なんか微妙な返事が多い。 仕方ない、たまにはいいか。
「じゃあ、皆に飯を奢ろうっ。 今日は特別だ」
「おっ、社長マジかよっ! サンキュー」
「ありがとうございます」
「やったーっ。 何食べるんですかー?」
「ありがとうございますっ!」
「…よろしく頼む」
「…ん? 遥は今遠征中でいないのは当然だが…みことはどこだ?」
辺りを見回すが、みことの姿はない。
「えー? みことちゃんシャワーは一緒だったよ?」
「彼女髪長くて洗うのに時間かかるから、まだなんじゃない?」
「アタシも長いけど?」
「あなたはもっと気を使いなさいってば」
「いやみことは風呂行ってるから遅いですよ」
真田がわいわいと騒ぐ皆に向かって言う。
「そうなのか?」
「ええ。 いつも軽くシャワー浴びてから風呂に入るんスよ。 風呂が好きらしくて、長湯なんです」
「私練習後はお風呂使わないなー」
「誰も聞いてないと思うが」
「うーん…となると困ったな。 遅いなら尚の事飯が無くなる可能性が高いしな…。 ただ…皆待てるか?」
「無理。 腹減った」
「正直私もつらいです」
「お腹すいたーっ」
「はあ、きついっスね」
「自分でなんとかするだろ」
何気に言う事のきつい葛城が気になるが、皆の気持ちもわからんでもない。 とは言え、一人だけ置いていくのは…。 あ、そうだ。
「じゃあ、葛城。 社長室に井上クンがまだいるはずだから、彼女に言付けを頼んできてくれ。 みことが夕食に困るようならよろしく頼む、と」
「わかった」
「で、何食うかか…。 あんま無茶言わなければ何でもいいぞ」
「肉」
「パスタくらいで充分ですけど」
「ハンバーグっ」
「和食がいいっス」
「…お前ら悪意を感じるくらいバラバラだな…。 少し皆で話し合って決めてくれ。 ちょっと食堂見てくる」
食堂の入り口まで来た所で気付く。 確かに今日はカレーらしい、匂いがする。 覗きこむと一人かっこむ姿が見える。
「おっかわりー♪」
幸せそうだ。 ほうっておこう。
戻ってみると誰もいない。
「あれ?」
辺りを見回すがどう見てもいない。
「あいつらどこ行ったんだ?」
一人戸惑っていると、井上クンがやってくる。
「あら社長。 まだいらっしゃったんですか?」
「ああ。 皆で食事に行こうと思ったんだが…いなくなった」
「はあ?」
「ふう…」
そこにみことがやってくる。 上気した顔が艶っぽいが、今はそんなことどうでもいい。
「ああ、みこと。 今から皆で食事に行くんだが、お前も来るよな?」
「はあ。 私は別に食堂で構いませんが?」
「いやー…今日のメニューはカレーでなー…」
「なるほど」
もはやカレーで話が通じるようになっているのは果たしていいことなのだろうか。
「井上クンもどうだい?」
「まあ別に構いませんが…どこに行かれるのでしょうか?」
「それが皆バラバラだもんで、皆で決めてくれと言って私が少し外したらいなくなってたんだ」
「ジムは見ましたか?」
みことが口を挟む。
「なんでジムを?」
「はあ。 マッキーさんがいますから…」
「…あー…そっか…」
「へへっ…うっちーとは言え…譲れねえ、ぜ…」
「…全く…何でこんな…」
「ううっ…ま、まだまだ……」
「ううぅ…ハンバーグぅ…」
「…条件が…悪すぎるっ…」
リング上では無駄に激しい戦いが繰り広げられていた。
「おい、お前ら」
「あ? …社長、待ってな…今、ケリを…つけるから、よ」
「いや、話し合いで、と言ったじゃないか。 もうやめろ」
「…不本意では…ありますが…こうなった以上は、やめられません…」
「えーっと…」
「絶対…ハンバーグぅっ……」
「…白いご飯に…味噌汁…」
練習後の疲れた体にも関わらず実戦並みの…いや正に実戦か。 どうにも話を聞く気は無いらしい。
「えっと…井上クンどうしようか?」
こめかみに手をあて呆れ顔の彼女は私を含めた全員に言った。
「…各自出前じゃ駄目なんですか?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「………そういう手もあるね」
リングの上の5人がその場に崩れ落ちた。
余談になるが、食堂のカレーは予想通り残らなかった。 今度から食堂の人員を増やす事にしようと思う。
(終)
「ほんとほんと、気持ちいいーっ」
練習を終えてシャワーを浴びてきたようで、選手達がはしゃいでいる。 その様子は実に年相応で、場は明るく華やかである。 この時間の彼女達の色気を垣間見れる立場は社長の特権と言っていいだろう。
「あー、腹減ったー。 さっさと食堂行こうぜ、うっちー」
「もうっ。 やめてよ、それ」
「今夜は何かなー?」
洗い髪の色気もそこそこに、食欲へと転じる。 まあアレだ。 彼女達の中に私は見えてないのかもしれない。
「社長ー。 今日のメニュー知ってるー?」
気付くと目の前に優香が立っていた。 シャンプーの香りが漂い、子供っぽい彼女すら色っぽく見える。
「え? いやそういうのは把握してないな…」
不意に話し掛けられたものだから頭がついていかない。 いかんいかん、なんかあてられてしまっている。
とは言え、食堂のメニューなんて………そう言えば。
「メニューは知らんが、さっき祐希子がシャワーから出てきて、鼻歌歌いながらスキップで食堂に行ったぞ」
「…」
「…」
「…」
皆一様に沈黙する。 気持ちはわかる。 私もおそらく同じ気持ちだ。
「カレーか」
「カレーね」
「カレーっスねー」
「…カレー…」
「カレーだろうなー」
別にカレーに不満はないだろう。 ただ…そもそも皆の分が残っているのかあやしい。
「おい社長、こいつ気絶してるぞ」
「葛城、仮にも先輩に対してこいつというのはどうなんだ。 それに報告してないで起こしてやれ」
「…まあいいだろ」
かったるそうに葛城が優香を起こす。
「ううぅ…カレーはイヤ…」
どうも優香はカレーにトラウマを持ってしまったきらいがある。 気持ちはわからんでもないが。
「はあ…。 あの人際限無いからなあ…。 どうする? うっちー」
「そうねえ…どこか食べに行くしかないわね」
一様に困っている選手達を見て、私はふと思った。
「お前達自分で作ったりしないのか?」
「あー、アタシ無理」
「休みの日ならともかく、練習後は…」
「カップめんくらいなら」
「おにぎりならよく作るっスよ?」
「買えばいいじゃないか」
なんか微妙な返事が多い。 仕方ない、たまにはいいか。
「じゃあ、皆に飯を奢ろうっ。 今日は特別だ」
「おっ、社長マジかよっ! サンキュー」
「ありがとうございます」
「やったーっ。 何食べるんですかー?」
「ありがとうございますっ!」
「…よろしく頼む」
「…ん? 遥は今遠征中でいないのは当然だが…みことはどこだ?」
辺りを見回すが、みことの姿はない。
「えー? みことちゃんシャワーは一緒だったよ?」
「彼女髪長くて洗うのに時間かかるから、まだなんじゃない?」
「アタシも長いけど?」
「あなたはもっと気を使いなさいってば」
「いやみことは風呂行ってるから遅いですよ」
真田がわいわいと騒ぐ皆に向かって言う。
「そうなのか?」
「ええ。 いつも軽くシャワー浴びてから風呂に入るんスよ。 風呂が好きらしくて、長湯なんです」
「私練習後はお風呂使わないなー」
「誰も聞いてないと思うが」
「うーん…となると困ったな。 遅いなら尚の事飯が無くなる可能性が高いしな…。 ただ…皆待てるか?」
「無理。 腹減った」
「正直私もつらいです」
「お腹すいたーっ」
「はあ、きついっスね」
「自分でなんとかするだろ」
何気に言う事のきつい葛城が気になるが、皆の気持ちもわからんでもない。 とは言え、一人だけ置いていくのは…。 あ、そうだ。
「じゃあ、葛城。 社長室に井上クンがまだいるはずだから、彼女に言付けを頼んできてくれ。 みことが夕食に困るようならよろしく頼む、と」
「わかった」
「で、何食うかか…。 あんま無茶言わなければ何でもいいぞ」
「肉」
「パスタくらいで充分ですけど」
「ハンバーグっ」
「和食がいいっス」
「…お前ら悪意を感じるくらいバラバラだな…。 少し皆で話し合って決めてくれ。 ちょっと食堂見てくる」
食堂の入り口まで来た所で気付く。 確かに今日はカレーらしい、匂いがする。 覗きこむと一人かっこむ姿が見える。
「おっかわりー♪」
幸せそうだ。 ほうっておこう。
戻ってみると誰もいない。
「あれ?」
辺りを見回すがどう見てもいない。
「あいつらどこ行ったんだ?」
一人戸惑っていると、井上クンがやってくる。
「あら社長。 まだいらっしゃったんですか?」
「ああ。 皆で食事に行こうと思ったんだが…いなくなった」
「はあ?」
「ふう…」
そこにみことがやってくる。 上気した顔が艶っぽいが、今はそんなことどうでもいい。
「ああ、みこと。 今から皆で食事に行くんだが、お前も来るよな?」
「はあ。 私は別に食堂で構いませんが?」
「いやー…今日のメニューはカレーでなー…」
「なるほど」
もはやカレーで話が通じるようになっているのは果たしていいことなのだろうか。
「井上クンもどうだい?」
「まあ別に構いませんが…どこに行かれるのでしょうか?」
「それが皆バラバラだもんで、皆で決めてくれと言って私が少し外したらいなくなってたんだ」
「ジムは見ましたか?」
みことが口を挟む。
「なんでジムを?」
「はあ。 マッキーさんがいますから…」
「…あー…そっか…」
「へへっ…うっちーとは言え…譲れねえ、ぜ…」
「…全く…何でこんな…」
「ううっ…ま、まだまだ……」
「ううぅ…ハンバーグぅ…」
「…条件が…悪すぎるっ…」
リング上では無駄に激しい戦いが繰り広げられていた。
「おい、お前ら」
「あ? …社長、待ってな…今、ケリを…つけるから、よ」
「いや、話し合いで、と言ったじゃないか。 もうやめろ」
「…不本意では…ありますが…こうなった以上は、やめられません…」
「えーっと…」
「絶対…ハンバーグぅっ……」
「…白いご飯に…味噌汁…」
練習後の疲れた体にも関わらず実戦並みの…いや正に実戦か。 どうにも話を聞く気は無いらしい。
「えっと…井上クンどうしようか?」
こめかみに手をあて呆れ顔の彼女は私を含めた全員に言った。
「…各自出前じゃ駄目なんですか?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「………そういう手もあるね」
リングの上の5人がその場に崩れ落ちた。
余談になるが、食堂のカレーは予想通り残らなかった。 今度から食堂の人員を増やす事にしようと思う。
(終)
「こぉれでっ、終わりだぁーーーっ!」
「1っ、2ぅっ………3ぃっ!」
試合の終わりを告げるゴングは揺れるような大歓声とともに私の耳に届いた。 それと同時に私とモーガンのリング外での攻防も終わりを告げる。
「優勝おめでとうございます。 長い死闘でしたがいかがでしたか?」
「あっはははっ、楽勝よっ」
こういう時、私はどう喋ればいいのかわからない。 未だに慣れない。
「去年は2位でしたが、見事今年は勝ち取りましたね」
「まあな。 去年の借りはきっちり返してやったよっ」
「最後の技はなんでしょうか? フィッシャーマンバスターのようでしたが」
「あれは今日初披露の新技、ヘラクレスバスターだ。 覚えとけっ」
「ラッキー選手、今日の優勝の感想を」
「今日の結果にはとりあえず満足してます。 今後に繋げたいと思います」
団体の垣根を越えての戦い、WWCAのカオスがいなかったのはもの足りないが、私達の力をアピールはできた。
「あっははは、硬いなうっちーは」
「ちょっと、それやめてよっ!」
「ま、アタシ達に勝てるチームはいねぇってこった。 勝てる気ならいつでも来いってな」
「では今年のExリーグ優勝おめでとうございます、マッキー選手、ラッキー選手」
「おいおい、アタシらはチームで呼びな、ジューシーペアだっ」
そう言い捨て私の肩を掴んで会見を切る。
「さっさと帰ろうぜ。 社長にこれ見せてやんねーとなっ?」
「…あ、うん…」
「でもうっちーよぉ、もっと威勢よくいこうぜー。 優勝したんだしよー」
控え室に戻る途中、彼女は私に不満そうに言ってきた。
「ちょっとその呼び方やめてってば」
「なんだよ、普段そう呼んでもなんも言わねーくせによ」
「仕事場ではやめてよ」
「なんで?」
それは…、それは…、
「…だってその内あなたと私でやるかもしれないのよ? 馴れ合いにはしたくないから」
「はあーん。 わかったよ、呼ばねーよ」
「あ、べ、別にプライベートだったら構わないのだけど…」
「はあ? よくわかんねーなー、うっちーは」
「………そう、ね」
私がWCWWという新興の小さなプロレス団体に入団した時の同期に彼女はいた。
背が高くスタイルがよくて、長い髪を燃えるような赤い色に染めていた。 見た目以上に猛々しい彼女を最初は敬遠していたが、その真っ直ぐで一所懸命な所は好感が持てた。
同期は6人いたが、1人は海外へ去っていった。 皆それぞれ情熱を持って上を目指す毎日を過ごしていた。 そんな中である日彼女が私に話しかけてきた。
『お前は器用でいいなー。 アタシにも分けてくれよ』
『あなたは力で押していくのが武器でしょ。 そんな必要無いわよ』
『そうだけどさ、お前とならできることもあると思ってよ』
『何よ』
『組むんだよ。 アタシは力で押す、押せない相手はお前が巧みにけりをつける。 お前に押せない相手はアタシがねじ伏せる。 最強だぜ?』
なるほど、と思った。 組む事で自分だけでは届かない上が見える。
『でも、あなたのフォローということなら優香でもいいんじゃないの?』
『はあ? なんで優香が出てくんだ? お前に言ってんじゃねーか』
『そうじゃなくて、別に私でなくても…』
『アタシはお前に言ってんだってばっ』
ひどく真剣な目で私に熱く語る。
『だからなんで私なの?』
そう言うと、彼女は少し考え込み出した。 うーん、と小さく唸る。 あまり見た事の無いその表情は滑稽で、だけどかわいいと思った。
『うーん…そうだなー…。 憧れかなー?』
『はあ?』
『ほらアタシは力押しのスタイルじゃねーか。 もちろん性に合ってるんだけどよ、この前お前の試合見てた時思ったんだ。 お前、かっこいいなって』
『…』
『攻撃の引出しは多いし、リズムも自在に変えてさ。 アタシにはできない芸当だから、すげー見入っちまった』
『そ、それは私のスタイルだから…』
『そうだろうさ。 でな、アタシがお前に憧れたって、それはできないし、できたらアタシはアタシじゃなくなる。 だったら一緒にやったらいいと思ってよ』
言わんとすることはわかった。 だけど、
『私なんかでいいの? 私より強くて上手い人なんかたくさんいるわよ。 私なんかまだ新人なわけだし…』
『んな事言ったらアタシも新人だっての。 アタシもお前もまだまだ強くなる。 組んだら相棒には負けられないしな? だからさらに強くなる』
そう言って彼女はニッと笑う。
元々別に断る理由はなかった。 ただ不安なだけだった。 彼女の期待に応えられるか自信が無かった。 でも私にとってもいい話だと思った。 だから、
『…いいわ、わかったわ』
『本当かよっ』
心底嬉しそうに笑うと彼女は私の肩を掴み抱き寄せる。 目の前に近付いた彼女はとても満足そうな笑みを浮かべている。
『まるで口説かれてるみたいね』
『口説いたんだよっ』
そう言って私の肩に置いた手に力を込めてくる。 なんか不思議な感じだった。
それからは私達はチームとしての練習をしつつ、実際に試合を重ねた。 けれど、もちろん私達がまだ弱いということを差し引いても、勝てない日々が続いた。
何戦かした頃に気付いた。 彼女がフォールを取られる事が多い。 初めは彼女の力が足りないと思っていたが、チームである事を忘れていた。
私が彼女を助けてやれていなかったのだ。
だから彼女ばかりフォールされていたのだ。 私は助けられていたから平気だったのだ。
私はパートナーとして最低だった。 恥かしくて情けなかった。 自分で自分が許せなかった。
休日の朝、私は寮の彼女の部屋へ行った。 まだ眠そうな顔で出迎えた彼女に私は切り出した。
『マッキーっ』
『おぉ? どうした? …って、お前なんだよ。 何…泣きそうになってんだよ』
『ごめんなさい…私はパートナー失格だわ…。 あなたの期待に応えられそうに…ない…。 今まで足を引っ張って、ごめんなさい…』
『何言ってんだ? なんだよ突然、意味わかんねーぞ?』
『ずっと…ずっと、私のせいで負け続けて…本当にごめんなさい…。 チームは解散しましょう…』
『何バカ言ってんだ? 本当どうかしてるぞ、お前』
『だって…だってっ!』
『あんなあ…何でそんなこと言い出したのかわかんねーけど、チーム組んだからってそんなすぐ結果なんか出やしねーえって。 気にすんなよ』
頭を掻きながら彼女は言う。 そんなことはわかっている、けれど私が言いたいのはそんなことではない。
『私と組んであなたは何も得ていないじゃないっ。 私はあなたの足を引っ張っているだけっ! こんなの…あなたにも私にも…いいことないわよっ』
もう涙は止まらなかった。 すると、彼女はため息をついてこう言った。
『そうだな…形だけ組んでもしょうがなかったかもな…。 お前の負担にもなってたかもしんねー。 考えてなかったよ』
『ごめんなさい…』
『で、だ。 じゃあ改めて組みなおそう。 今度はちゃんとお互いを理解しよう。 それならお前もやりやすくなんだろ』
『え?』
『お前が何を気にしてんだかわかんねーけどよ。 確かにアタシ達はお互いの理解が足りてなかったよ。 ちゃんとチームになんなきゃな』
『わ、私は…』
そうじゃない。 私はあなたの役に立ってない。
『アタシはお前と組んでたい。 それは最初言った時から変わってない。 今は確かに結果が出てないけど、絶対出せると信じてる』
『で、でもっ』
『いやもちろんお前がどうしても嫌だってんならあきらめるけどよ。 …ダメか?』
『…いいの?』
『アタシが聞いてんだっての。 いいに決まってんだろ。 お前が…、そうだな、仲間にお前はねーな。 内田が必要だよ』
私を真っ直ぐに見つめそう彼女は言った。
『あ…あり、が、とう…』
『おいおい、泣くなよー。 なんで泣くんだ? わっかんねーなー』
許された。 いや彼女の中では私は罪すら無かった。 そしてその上彼女は私が必要だと言う。 ならばせめて、今までの分以上に彼女の期待に応えたい。
そしてそうする事が私が私を許せるたった一つの方法だった。
『じゃあさっそく、チームの親睦を深める事にするかっ』
『え?』
『飯でも食いに行こうぜ。 お互いを知ってなんぼよ』
『え、ええ』
『地元だろ? いい店紹介しろよなっ』
私の手を取り立たせながら、彼女は笑ってそう言う。
『あ…え、ええっ、どこにでも連れて行くわよっ』
立ちあがり彼女の部屋を2人で出て行く。
私の中の迷いはもう完全に消えていた。 彼女を信じてともに行く。 彼女が信じてくれる自分も信じる。
この時やっと、私は彼女とチームが組めたのだ。
それからというもの私達は一緒にいる時間が多くなった。 仕事だけでなくプライベートにおいてもともに過ごした。
短気でがさつで…だけどそんな自分を気にしてる。 男の子のような無邪気さで、女のかわいさを内包している。 ぶっきらぼうな話しぶりの中に本音を隠せない不器用さが伺える。
彼女のいろんな面が理解できてきて、私は彼女といる時間に安らぎを覚えるようになっていった。
もちろん喧嘩やぶつかり合いも何度となくした。 けれど、仲違いをすることは無かった。 それはお互いを認め合っていたから。
『お前達、今月新女がExリーグというのを開催するらしいんだが、参加するか?』
入団して初めての冬が差し迫ってきた頃、社長に呼び出された私達はこんなことを言われた。
『なんだそりゃ、社長?』
『なんでも各団体からタッグを出して最強を決める、だそうだ。 WARSや太平洋にも打診が行ったそうで、どうやらIWWFやEWAも噛んでくるみたいだな』
『おう、そりゃ楽しいじゃねえか。 なあうっちー?』
この頃には彼女は私を『お前』でも『内田』でもなく、こう呼ぶようになっていた。
『そうね。 でもそんな大きなイベント、私達でよろしいのですか?』
団体のトップを張っているのは夏に移籍入団したマイティ祐希子。 2番手につけているのは同期の伊達遥であった。
『うん…祐希子は先月からの休養で、今月のうちの興行には間に合いそうだが、これには無理みたいなんだ。 遥も今月には帰国するだろうが、まだ遠征中だしな』
言われてみれば状況はそうであった。
『でもあいつらが出れないからお前達ではない。 お前達ずっと組んでやって来たじゃないか。 力もついてきた。 結果を出す時じゃないか?』
『へへっ、言ってくれるねえ、社長』
『やれるだろう。 うちの力を見せてきてやれ。 新たなファンを連れて帰ってきなっ』
『任せなっ、社長っ。 いっちょやるかっ、うっちーっ』
『そうね。 やらせていただきます』
結果はIWWFのモーガン・ダダーン組の優勝で終わった。 私達は新女のパンサー理沙子・ボンバー来島組と同点2位であった。
マスコミやファンから多くの賞賛を受け、社長も誉めてくれたが、私達は不本意だった。 私達は本気で優勝を狙いにいっていたのだ。
『ちっ。 決め手に欠いたかな…。 新技を覚える必要があったな』
『そうね、それにもっと合体技を利用すべきだったかもしれなかったわ』
『ああ。 まあ、まだまだだったな。 モーガンは強えよ、確かに』
『今は確かに。 でも…』
『ああ、次は勝つ。 必ず勝つ』
既に私達はお互いの呼吸がわかっている。 彼女を見ている時間が長いからわかる。 彼女のタイミングが理解できる。 彼女といればどんな相手とも戦える。
そして2年目の春、私達はWWCAタッグ王者となった。
『へへっ。 これはアタシ達の伝説の始まりの印だな。 最強チーム、ジューシーペアの第1章よっ』
私達のチーム名はジューシーペア。 彼女が命名した。 正直異論もあったが、このチームは彼女が作ったものだから、彼女の意思を尊重した。
嬉しそうにベルトを抱え、彼女は私の肩に手を回す。 その手に私は自分の手を絡ませる。
『ええ、これが私達の始まりね』
充実した時間の中、ある日私は気付いてしまった。
ソロで戦った時か、それぞれが海外遠征に出た時なのか、別の選手と組んだ時か、どの時が契機かはわからない。 いやその全てが契機だったのかもしれない。
私は彼女と過ごさない、過ごせない日々が苦痛になっていることに気付いた。
『よう、うっちー。 飯食いに行こうぜ』
『あー、今日も疲れた…。 さっさとシャワー浴びに行こうぜ』
『いや待てよ、昨日の場合はよ…』
『お前どうしてそうイヤミばっか言うかなー』
『はあ? そんなのガラじゃねーよ』
いろんな時を過ごす中、私の中に常に彼女がいる。
『ちょっとまた肉なの? たまには違う物にして』
『そうね、早くさっぱりしましょう』
『あそこは私にタッチした方が…』
『あなたはもうちょっと頭を使いなさいよ』
『いいじゃない、たまには』
彼女のいない時間では私は空虚で、死んでいるも同然になる。
彼女の笑った顔、怒った顔、困った顔…様々な表情がいつもそばにある。 それが当たり前。
彼女の笑い声、怒鳴り声、弱気な声…様々な声が聞こえる場所にいる。 それが全て。
彼女が私の前に、傍に、いても、いなくても、私の中に常に彼女がいる。
私は…彼女をいつしか愛していた。
気付くべきではなかった。 気付いてはいけなかった。 だけど…気付いてしまった今、気付かなかった頃には戻れなかった。
途端に私は彼女といるのが怖くなった。 気付かれるのが怖かった。 でも感情は彼女から離れる事を拒んだ。
一緒にいたいけどいられない。 離れなければいけないけれど離れられない。 どうしたらいいのかわからなかった。
ただつらい日々を過ごしていた。
『なんかよー、最近うっちーおかしくないか?』
『えっ!?』
『試合中もそうだけどよー、フリーの日とかでもぼんやりしてるしよー』
『そ、そんなこと…』
『ごまかすなよ。 アタシにはわかるんだぜ? パートナーだからよ』
『あ…』
そう、私だけが見てるわけではない。 彼女も私を見てくれている。 そんな当たり前の事を気付いていなかった。
『なんでも言ってみ? このアタシが相談にのってやるからよっ…つっても男の話とかは厳しいかもしんねーけど…』
『…フ…フフフ、そうね。 パートナーにはわかるわよね』
『当たり前だろ…って、お前何泣いてんだよっ!?』
『フフ、ウフフ…ありがとう…』
『おいおい、なんだ? 本当に男か? なんだよ振られたのか? どうした?』
『違…う…わよ。 違う…。 ちょっと…嬉しくて…』
『嬉しい? 何が?』
『ウフフ…ひみつ…ウフフ』
私と彼女では見てる目線はおそらく違うだろう。 でもお互いにお互いを見てる。 完全な一方通行ではない。 ならばそれでいい。 私の中に閉まっておけばそれでいい。
時には我慢できない時があっても、時には想いはちきれそうになっても、もう堪えられる。
私はあなたの傍にいられるのだから。
あなたの心に私はいるのだから。
私は夢であなたとの逢瀬を過ごす。 眠れない夜に涙することがあっても、私は幸せでいられる。 幸せでいることにする。
あなたの特別である限り、ずっと。
「へへっ、社長喜ぶぜ? アタシ達は遂に最強になったんだ」
「ええ。 これからもずっと、ね」
Exリーグ優勝のトロフィーを抱え喜ぶ彼女を私は見つめる。
「そうさ、アタシ達が最強なんだっ」
「ええっ」
空いた手をいつものように私の肩に回す。 私はその手に自分の手を重ね、力強く頷く。
団体事務所へと向かう道すがら、私はささやかな望みを願う。
「お腹…空かない?」
「ああ、もうたまんねーよ。 だからさっさと帰ろうぜ?」
「どこかで…食べていきましょうよ、祝勝会兼ねて」
「いやでも帰んねーとマズいだろ。 祝勝会だって準備してくれてんだろーしよ?」
「…ええ…そう、よね…」
ささやかな望みは現実にはささやかではない。 わかっていたけれど気付かないふりをしていた。
「らしくねーなー。 いつもと逆だろ? それはアタシが言う台詞じゃないかよ」
「そう…そう、よね」
「でも、ま、いっか。 たまにはな。 初優勝だしよ、大目に見てくれんだろ」
「えっ?」
「行こうぜっ。 今日は派手にやるぞーっ」
「…い、いいの?」
「んだよ、うっちーが言い出しっぺだろーが。 今更引くなよ」
肩に回した手に力を入れられ私は彼女に引き寄せられる。
「ど派手にいくからな、覚悟しとけよっ」
そう言って頭をぶつける。 額と額が合わさって、彼女の顔がすぐ近くにある。 彼女の体温を感じる。
「ええっ!」
こみ上げる嬉しさを満面の笑みに変えて応える。
2人だけで過ごす宴。 あなたと過ごすこの夜。 今日の日に与えられた特権。
この幸せが何よりの祝福だった。
あなたが私を必要とする限り、私があなたの特別でいる限り、私はあなたの傍らに立つ。
あなたへの想い、自分への誓い。 これが、私があなたと組む理由。
(終)
「1っ、2ぅっ………3ぃっ!」
試合の終わりを告げるゴングは揺れるような大歓声とともに私の耳に届いた。 それと同時に私とモーガンのリング外での攻防も終わりを告げる。
「優勝おめでとうございます。 長い死闘でしたがいかがでしたか?」
「あっはははっ、楽勝よっ」
こういう時、私はどう喋ればいいのかわからない。 未だに慣れない。
「去年は2位でしたが、見事今年は勝ち取りましたね」
「まあな。 去年の借りはきっちり返してやったよっ」
「最後の技はなんでしょうか? フィッシャーマンバスターのようでしたが」
「あれは今日初披露の新技、ヘラクレスバスターだ。 覚えとけっ」
「ラッキー選手、今日の優勝の感想を」
「今日の結果にはとりあえず満足してます。 今後に繋げたいと思います」
団体の垣根を越えての戦い、WWCAのカオスがいなかったのはもの足りないが、私達の力をアピールはできた。
「あっははは、硬いなうっちーは」
「ちょっと、それやめてよっ!」
「ま、アタシ達に勝てるチームはいねぇってこった。 勝てる気ならいつでも来いってな」
「では今年のExリーグ優勝おめでとうございます、マッキー選手、ラッキー選手」
「おいおい、アタシらはチームで呼びな、ジューシーペアだっ」
そう言い捨て私の肩を掴んで会見を切る。
「さっさと帰ろうぜ。 社長にこれ見せてやんねーとなっ?」
「…あ、うん…」
「でもうっちーよぉ、もっと威勢よくいこうぜー。 優勝したんだしよー」
控え室に戻る途中、彼女は私に不満そうに言ってきた。
「ちょっとその呼び方やめてってば」
「なんだよ、普段そう呼んでもなんも言わねーくせによ」
「仕事場ではやめてよ」
「なんで?」
それは…、それは…、
「…だってその内あなたと私でやるかもしれないのよ? 馴れ合いにはしたくないから」
「はあーん。 わかったよ、呼ばねーよ」
「あ、べ、別にプライベートだったら構わないのだけど…」
「はあ? よくわかんねーなー、うっちーは」
「………そう、ね」
私がWCWWという新興の小さなプロレス団体に入団した時の同期に彼女はいた。
背が高くスタイルがよくて、長い髪を燃えるような赤い色に染めていた。 見た目以上に猛々しい彼女を最初は敬遠していたが、その真っ直ぐで一所懸命な所は好感が持てた。
同期は6人いたが、1人は海外へ去っていった。 皆それぞれ情熱を持って上を目指す毎日を過ごしていた。 そんな中である日彼女が私に話しかけてきた。
『お前は器用でいいなー。 アタシにも分けてくれよ』
『あなたは力で押していくのが武器でしょ。 そんな必要無いわよ』
『そうだけどさ、お前とならできることもあると思ってよ』
『何よ』
『組むんだよ。 アタシは力で押す、押せない相手はお前が巧みにけりをつける。 お前に押せない相手はアタシがねじ伏せる。 最強だぜ?』
なるほど、と思った。 組む事で自分だけでは届かない上が見える。
『でも、あなたのフォローということなら優香でもいいんじゃないの?』
『はあ? なんで優香が出てくんだ? お前に言ってんじゃねーか』
『そうじゃなくて、別に私でなくても…』
『アタシはお前に言ってんだってばっ』
ひどく真剣な目で私に熱く語る。
『だからなんで私なの?』
そう言うと、彼女は少し考え込み出した。 うーん、と小さく唸る。 あまり見た事の無いその表情は滑稽で、だけどかわいいと思った。
『うーん…そうだなー…。 憧れかなー?』
『はあ?』
『ほらアタシは力押しのスタイルじゃねーか。 もちろん性に合ってるんだけどよ、この前お前の試合見てた時思ったんだ。 お前、かっこいいなって』
『…』
『攻撃の引出しは多いし、リズムも自在に変えてさ。 アタシにはできない芸当だから、すげー見入っちまった』
『そ、それは私のスタイルだから…』
『そうだろうさ。 でな、アタシがお前に憧れたって、それはできないし、できたらアタシはアタシじゃなくなる。 だったら一緒にやったらいいと思ってよ』
言わんとすることはわかった。 だけど、
『私なんかでいいの? 私より強くて上手い人なんかたくさんいるわよ。 私なんかまだ新人なわけだし…』
『んな事言ったらアタシも新人だっての。 アタシもお前もまだまだ強くなる。 組んだら相棒には負けられないしな? だからさらに強くなる』
そう言って彼女はニッと笑う。
元々別に断る理由はなかった。 ただ不安なだけだった。 彼女の期待に応えられるか自信が無かった。 でも私にとってもいい話だと思った。 だから、
『…いいわ、わかったわ』
『本当かよっ』
心底嬉しそうに笑うと彼女は私の肩を掴み抱き寄せる。 目の前に近付いた彼女はとても満足そうな笑みを浮かべている。
『まるで口説かれてるみたいね』
『口説いたんだよっ』
そう言って私の肩に置いた手に力を込めてくる。 なんか不思議な感じだった。
それからは私達はチームとしての練習をしつつ、実際に試合を重ねた。 けれど、もちろん私達がまだ弱いということを差し引いても、勝てない日々が続いた。
何戦かした頃に気付いた。 彼女がフォールを取られる事が多い。 初めは彼女の力が足りないと思っていたが、チームである事を忘れていた。
私が彼女を助けてやれていなかったのだ。
だから彼女ばかりフォールされていたのだ。 私は助けられていたから平気だったのだ。
私はパートナーとして最低だった。 恥かしくて情けなかった。 自分で自分が許せなかった。
休日の朝、私は寮の彼女の部屋へ行った。 まだ眠そうな顔で出迎えた彼女に私は切り出した。
『マッキーっ』
『おぉ? どうした? …って、お前なんだよ。 何…泣きそうになってんだよ』
『ごめんなさい…私はパートナー失格だわ…。 あなたの期待に応えられそうに…ない…。 今まで足を引っ張って、ごめんなさい…』
『何言ってんだ? なんだよ突然、意味わかんねーぞ?』
『ずっと…ずっと、私のせいで負け続けて…本当にごめんなさい…。 チームは解散しましょう…』
『何バカ言ってんだ? 本当どうかしてるぞ、お前』
『だって…だってっ!』
『あんなあ…何でそんなこと言い出したのかわかんねーけど、チーム組んだからってそんなすぐ結果なんか出やしねーえって。 気にすんなよ』
頭を掻きながら彼女は言う。 そんなことはわかっている、けれど私が言いたいのはそんなことではない。
『私と組んであなたは何も得ていないじゃないっ。 私はあなたの足を引っ張っているだけっ! こんなの…あなたにも私にも…いいことないわよっ』
もう涙は止まらなかった。 すると、彼女はため息をついてこう言った。
『そうだな…形だけ組んでもしょうがなかったかもな…。 お前の負担にもなってたかもしんねー。 考えてなかったよ』
『ごめんなさい…』
『で、だ。 じゃあ改めて組みなおそう。 今度はちゃんとお互いを理解しよう。 それならお前もやりやすくなんだろ』
『え?』
『お前が何を気にしてんだかわかんねーけどよ。 確かにアタシ達はお互いの理解が足りてなかったよ。 ちゃんとチームになんなきゃな』
『わ、私は…』
そうじゃない。 私はあなたの役に立ってない。
『アタシはお前と組んでたい。 それは最初言った時から変わってない。 今は確かに結果が出てないけど、絶対出せると信じてる』
『で、でもっ』
『いやもちろんお前がどうしても嫌だってんならあきらめるけどよ。 …ダメか?』
『…いいの?』
『アタシが聞いてんだっての。 いいに決まってんだろ。 お前が…、そうだな、仲間にお前はねーな。 内田が必要だよ』
私を真っ直ぐに見つめそう彼女は言った。
『あ…あり、が、とう…』
『おいおい、泣くなよー。 なんで泣くんだ? わっかんねーなー』
許された。 いや彼女の中では私は罪すら無かった。 そしてその上彼女は私が必要だと言う。 ならばせめて、今までの分以上に彼女の期待に応えたい。
そしてそうする事が私が私を許せるたった一つの方法だった。
『じゃあさっそく、チームの親睦を深める事にするかっ』
『え?』
『飯でも食いに行こうぜ。 お互いを知ってなんぼよ』
『え、ええ』
『地元だろ? いい店紹介しろよなっ』
私の手を取り立たせながら、彼女は笑ってそう言う。
『あ…え、ええっ、どこにでも連れて行くわよっ』
立ちあがり彼女の部屋を2人で出て行く。
私の中の迷いはもう完全に消えていた。 彼女を信じてともに行く。 彼女が信じてくれる自分も信じる。
この時やっと、私は彼女とチームが組めたのだ。
それからというもの私達は一緒にいる時間が多くなった。 仕事だけでなくプライベートにおいてもともに過ごした。
短気でがさつで…だけどそんな自分を気にしてる。 男の子のような無邪気さで、女のかわいさを内包している。 ぶっきらぼうな話しぶりの中に本音を隠せない不器用さが伺える。
彼女のいろんな面が理解できてきて、私は彼女といる時間に安らぎを覚えるようになっていった。
もちろん喧嘩やぶつかり合いも何度となくした。 けれど、仲違いをすることは無かった。 それはお互いを認め合っていたから。
『お前達、今月新女がExリーグというのを開催するらしいんだが、参加するか?』
入団して初めての冬が差し迫ってきた頃、社長に呼び出された私達はこんなことを言われた。
『なんだそりゃ、社長?』
『なんでも各団体からタッグを出して最強を決める、だそうだ。 WARSや太平洋にも打診が行ったそうで、どうやらIWWFやEWAも噛んでくるみたいだな』
『おう、そりゃ楽しいじゃねえか。 なあうっちー?』
この頃には彼女は私を『お前』でも『内田』でもなく、こう呼ぶようになっていた。
『そうね。 でもそんな大きなイベント、私達でよろしいのですか?』
団体のトップを張っているのは夏に移籍入団したマイティ祐希子。 2番手につけているのは同期の伊達遥であった。
『うん…祐希子は先月からの休養で、今月のうちの興行には間に合いそうだが、これには無理みたいなんだ。 遥も今月には帰国するだろうが、まだ遠征中だしな』
言われてみれば状況はそうであった。
『でもあいつらが出れないからお前達ではない。 お前達ずっと組んでやって来たじゃないか。 力もついてきた。 結果を出す時じゃないか?』
『へへっ、言ってくれるねえ、社長』
『やれるだろう。 うちの力を見せてきてやれ。 新たなファンを連れて帰ってきなっ』
『任せなっ、社長っ。 いっちょやるかっ、うっちーっ』
『そうね。 やらせていただきます』
結果はIWWFのモーガン・ダダーン組の優勝で終わった。 私達は新女のパンサー理沙子・ボンバー来島組と同点2位であった。
マスコミやファンから多くの賞賛を受け、社長も誉めてくれたが、私達は不本意だった。 私達は本気で優勝を狙いにいっていたのだ。
『ちっ。 決め手に欠いたかな…。 新技を覚える必要があったな』
『そうね、それにもっと合体技を利用すべきだったかもしれなかったわ』
『ああ。 まあ、まだまだだったな。 モーガンは強えよ、確かに』
『今は確かに。 でも…』
『ああ、次は勝つ。 必ず勝つ』
既に私達はお互いの呼吸がわかっている。 彼女を見ている時間が長いからわかる。 彼女のタイミングが理解できる。 彼女といればどんな相手とも戦える。
そして2年目の春、私達はWWCAタッグ王者となった。
『へへっ。 これはアタシ達の伝説の始まりの印だな。 最強チーム、ジューシーペアの第1章よっ』
私達のチーム名はジューシーペア。 彼女が命名した。 正直異論もあったが、このチームは彼女が作ったものだから、彼女の意思を尊重した。
嬉しそうにベルトを抱え、彼女は私の肩に手を回す。 その手に私は自分の手を絡ませる。
『ええ、これが私達の始まりね』
充実した時間の中、ある日私は気付いてしまった。
ソロで戦った時か、それぞれが海外遠征に出た時なのか、別の選手と組んだ時か、どの時が契機かはわからない。 いやその全てが契機だったのかもしれない。
私は彼女と過ごさない、過ごせない日々が苦痛になっていることに気付いた。
『よう、うっちー。 飯食いに行こうぜ』
『あー、今日も疲れた…。 さっさとシャワー浴びに行こうぜ』
『いや待てよ、昨日の場合はよ…』
『お前どうしてそうイヤミばっか言うかなー』
『はあ? そんなのガラじゃねーよ』
いろんな時を過ごす中、私の中に常に彼女がいる。
『ちょっとまた肉なの? たまには違う物にして』
『そうね、早くさっぱりしましょう』
『あそこは私にタッチした方が…』
『あなたはもうちょっと頭を使いなさいよ』
『いいじゃない、たまには』
彼女のいない時間では私は空虚で、死んでいるも同然になる。
彼女の笑った顔、怒った顔、困った顔…様々な表情がいつもそばにある。 それが当たり前。
彼女の笑い声、怒鳴り声、弱気な声…様々な声が聞こえる場所にいる。 それが全て。
彼女が私の前に、傍に、いても、いなくても、私の中に常に彼女がいる。
私は…彼女をいつしか愛していた。
気付くべきではなかった。 気付いてはいけなかった。 だけど…気付いてしまった今、気付かなかった頃には戻れなかった。
途端に私は彼女といるのが怖くなった。 気付かれるのが怖かった。 でも感情は彼女から離れる事を拒んだ。
一緒にいたいけどいられない。 離れなければいけないけれど離れられない。 どうしたらいいのかわからなかった。
ただつらい日々を過ごしていた。
『なんかよー、最近うっちーおかしくないか?』
『えっ!?』
『試合中もそうだけどよー、フリーの日とかでもぼんやりしてるしよー』
『そ、そんなこと…』
『ごまかすなよ。 アタシにはわかるんだぜ? パートナーだからよ』
『あ…』
そう、私だけが見てるわけではない。 彼女も私を見てくれている。 そんな当たり前の事を気付いていなかった。
『なんでも言ってみ? このアタシが相談にのってやるからよっ…つっても男の話とかは厳しいかもしんねーけど…』
『…フ…フフフ、そうね。 パートナーにはわかるわよね』
『当たり前だろ…って、お前何泣いてんだよっ!?』
『フフ、ウフフ…ありがとう…』
『おいおい、なんだ? 本当に男か? なんだよ振られたのか? どうした?』
『違…う…わよ。 違う…。 ちょっと…嬉しくて…』
『嬉しい? 何が?』
『ウフフ…ひみつ…ウフフ』
私と彼女では見てる目線はおそらく違うだろう。 でもお互いにお互いを見てる。 完全な一方通行ではない。 ならばそれでいい。 私の中に閉まっておけばそれでいい。
時には我慢できない時があっても、時には想いはちきれそうになっても、もう堪えられる。
私はあなたの傍にいられるのだから。
あなたの心に私はいるのだから。
私は夢であなたとの逢瀬を過ごす。 眠れない夜に涙することがあっても、私は幸せでいられる。 幸せでいることにする。
あなたの特別である限り、ずっと。
「へへっ、社長喜ぶぜ? アタシ達は遂に最強になったんだ」
「ええ。 これからもずっと、ね」
Exリーグ優勝のトロフィーを抱え喜ぶ彼女を私は見つめる。
「そうさ、アタシ達が最強なんだっ」
「ええっ」
空いた手をいつものように私の肩に回す。 私はその手に自分の手を重ね、力強く頷く。
団体事務所へと向かう道すがら、私はささやかな望みを願う。
「お腹…空かない?」
「ああ、もうたまんねーよ。 だからさっさと帰ろうぜ?」
「どこかで…食べていきましょうよ、祝勝会兼ねて」
「いやでも帰んねーとマズいだろ。 祝勝会だって準備してくれてんだろーしよ?」
「…ええ…そう、よね…」
ささやかな望みは現実にはささやかではない。 わかっていたけれど気付かないふりをしていた。
「らしくねーなー。 いつもと逆だろ? それはアタシが言う台詞じゃないかよ」
「そう…そう、よね」
「でも、ま、いっか。 たまにはな。 初優勝だしよ、大目に見てくれんだろ」
「えっ?」
「行こうぜっ。 今日は派手にやるぞーっ」
「…い、いいの?」
「んだよ、うっちーが言い出しっぺだろーが。 今更引くなよ」
肩に回した手に力を入れられ私は彼女に引き寄せられる。
「ど派手にいくからな、覚悟しとけよっ」
そう言って頭をぶつける。 額と額が合わさって、彼女の顔がすぐ近くにある。 彼女の体温を感じる。
「ええっ!」
こみ上げる嬉しさを満面の笑みに変えて応える。
2人だけで過ごす宴。 あなたと過ごすこの夜。 今日の日に与えられた特権。
この幸せが何よりの祝福だった。
あなたが私を必要とする限り、私があなたの特別でいる限り、私はあなたの傍らに立つ。
あなたへの想い、自分への誓い。 これが、私があなたと組む理由。
(終)
「前回はいきあたりばったりで適当過ぎた。 リベンジとなる今回はちゃんと配役から丁寧にいこう」
「それはいいけど社長」
「なんだ、祐希子」
「なんで霧子さんいないの?」
「…有休だ」
「有休ー? 前回もそうじゃなかったっけ? ねえ真田?」
「そっスよ」
「ほら、逃げた人間の事話してもしょうがない。 さっさと決めていくぞ」
「んー」
「じゃあまずヒロインの羽藤桂役だが…まあ前回と同じく遥でいいだろ」
「…えっ!?……い、いや……」
「で、次に子ど…若杉葛役は優香」
「イヤですっ」
「…なんでだよ」
「…わ、私も……い、いや…」
「こんなのやってたら呪われちゃいますよう。 怖いじゃないですかーっ」
「大丈夫、大丈夫。 なんてことないって」
「だいたい今名前の前になんて言おうとしましたっ、社長っ」
「…いや? 別に何も?」
「子供って言おうとしたじゃないですかーっ。 ひどいですよー、社長っ」
「まあ優香はお子様だしねー」
「祐希子さんまでなんですかーっ。 私イヤですーっ」
「さて次は浅間サクヤ役だが…マッキーで」
「無視すんなーっ」
「…わ、私も……い、いや…」
「うえ、かったりー」
「いいじゃない。 あなたにぴったりよ」
「そりゃどういう意味だい?」
「力任せで粗暴で出るとこ出てるくせに色気が無いなんて、あなたのハマり役じゃない」
「ほう…うっちー言うじゃない」
「人の事変な名前で呼ばないでくれるかしら」
「あー、そこ。 勝手に喧嘩すんなー。 で、次ー、ユメイ役はラッキーな」
「社長話聞けーっ」
「まあまあ優香落ち着いて。 後でカレー奢ってあげるから♪」
「………」
「あれ? 優香? もしもーし?」
「社長、優香さんが気絶しましたが」
「ああいい、みことほっとけ。 必要な時起こせばそれでいい。 それまで静かで助かる」
「なんか社長やさぐれてないっスか…?」
「…あ、あの……わ、私も……」
「私がですか? 社長」
「へっ。 存在感の無いお化けみたいなもんってこった」
「ああ。 うちは清楚な人材が少ないんで拒否権はなしだ。 代替要員がまるでいないんでな」
「ちょっと待て、コラ、社長っ」
「うん。 今のは聞き捨てならないなー、社長。 私がいるじゃない?」
「…」
「…」
「…」
「ちょっと何よ。 皆黙っちゃってー」
「……わ、私も……い、いや…」
「で、千羽烏月役なんだがー…、って、祐希子さん何で机に乗るのかな?」
「ねえ社長? 私じゃ不満なのかしら?」
「えーっと………あ、そ、そうっ! ほら次の『アオイシロ』で人魚とかでるかもしれないし、その時祐希子にはお願いしたいなーって! ほら、お前、人魚似合うし!」
「あら? そう? んもうっ、社長ってばー。 私照れちゃうじゃないー」
「何スか? 人魚って」
「ウフフ、それは私と社長のひ・み・つ♪ ね、社長?」
「この前のバカンスで人魚のマネして貝殻を…」
「こらーっ、何バラしてんだーっ!」
「……あ、あの……あの……」
「それはさておいて、千羽烏月役なんだが、当初みことを予定していたのだが…まあ新人披露を兼ねて今月入った葛城で」
「なっ!?」
「ええー? じゃあ社長、私は?」
「えっ? お前は前回同様友達の奈良陽子役で…」
「ちょっとー。 仮にも団体トップに対してそれはないんじゃないのー?」
「いや、真田より出番あるし…」
「自分は誰をやるんですか?」
「えーっと…同じく友達の東郷凛」
「声すらないじゃないっスかーっ! どういうことですかーっ!!」
「…あ、あの……わ、私も…」
「社長」
「なんだ? 葛城」
「断る」
「ダメ。 それでみことは…あー、その前にそこの逃げようとする新人を誰か捕まえろ」
「断るっ。 なんでそんなことをしなければならないんだっ」
「これも仕事ですから」
「社長っ。 こいつで予定していたならこいつにすればいいじゃないかっ」
「そうか? じゃあ千羽烏月役はみことで」
「はい」
「で、葛城はケイ役に変更」
「待て」
「ちょっと社長っ? 私の話終わってないんだけどっ」
「なんで自分だけ出番ないんですかーっ」
「あー、じゃちょうどいいや、祐希子と真田は双子の鬼ノゾミとミカゲ役も兼役で」
「祐希子さんと双子っスか?」
「社長、それは無理よ」
「まあほら、人数いないし多少は無理もあるさ。 それに真田は髪を下ろすとかわいいと思うんだが」
「そ、そんなことないですよ…」
「こら社長っ、何真田口説いてんのよっ!!」
「……わ、私も……い、いや…」
「だいたい私にそんな子供の役なんて多少の無理ですまないでしょっ」
「平気平気。 頭は…さ、じゃ皆衣装合わせ始めて…」
「こらーっ! 今頭の中子供、って言おうとしただろーっ!」
「衣装はこの中に用意してあるから着替え終わったら呼んでくれっ。 じゃっ」
「待てこらーっ! 社長ーっ!」
「……あうぅ……」
「おー、いいじゃないかー」
「……あ、あの……しゃ、社長…わ、私……」
「おお、遥かわいいじゃないか」
「……あ、あの……その……」
「ラッキーの着物姿もいいなー。 いや綺麗だよ」
「そんなこと…」
「よう社長、アタシは?」
「なんか自然だな。 結構意外だ」
「まあな。 普段ならジーパンだけどな。 ちょい胸目立ちすぎじゃねえか?」
「平気でしょ。 胸というより胸筋なんだし」
「…おいうっちー喧嘩売ってんなら買うぞ?」
「だから変な名前で呼ばないでって言ってるでしょっ」
「みことのスカート姿は新鮮だな」
「はあ。 …ただどうも落ち着きません」
「ま、慣れだ。 我慢してくれ」
「はあ」
「優香は…ああ、着せてくれたのか。 さすがにハマってるな、うん」
「…しゃ、社長……わ、私…」
「社長」
「うん? おお、葛城かっこいいぞ」
「…」
「どこから見ても美少年だ。 いいぞ、葛城」
「どこを見て言っている」
「さて、あの2人は…」
「待て、社長」
「ほら、やっぱり真田は髪下ろすとかわいいじゃないか」
「そ、そんなこと…」
「私は? 社長」
「ああ似合ってるよ」
「でも社長、これ動いたら見えちゃうんだけど」
「何が?」
「え? そ、そんなこと言えないよ…しゃ、社長のバカ…」
「はい?」
「……あ、あの……い、いや…」
「お? なんだようっちー。 着物は下着つけないんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっとっ! 何捲ってんのよっ、あなたっ!?」
「ブラは場合によりけりですが、普通は着てますよ、マッキーさん」
「なんだ、そうなのか」
「はい」
「いいから放しなさいよっ!」
「えっ!? 着けてていいのっ、みこと!」
「はい」
「ええーーーっ!? マズいよっ、真田っ!」
「だから言ったじゃないっスかーーーっ!」
「なんだ?」
「あ、あはは、はは。 な、なんでもないなんでもないっ」
「そ、そそ、そうっス。 なんでもないっス」
「おい社長っ! っと、スマン」
「え!?」
「あ!?」
「ん? うわっ!」
「痛つ………って、キャーーーーーーーーっ!!!」
「ううぅ……い、いやあーーーーーっ!!!」
「え? あ」
「見るなーーーーーっ!!!」
「いやぁーーーーっ!!!」
「え、ちょ、ちょっと待てっ! ここは床の上っ…」
「あー…」
「おお、いい合体技じゃねえかっ。 見ろ、うっちー」
「だから離しなさいってのっ!」
「…あ……しゃ、社長……?」
入院中の経営は井上クンがしっかりやってくれているらしい。 選手達は代わる代わる見舞いにやって来たが、祐希子と真田は未だに来ない。
井上クンによると、選手総意で特別公演は反対となり、今後は拒否とのこと。 準備だけでも結構金かかっているんだが………まあいいか。 なぜだか全てを許せる自分がいた。
幸せはどこからやってくるかはわからんもんだ。 病院のベッドで一人頷いた。
(終)
「それはいいけど社長」
「なんだ、祐希子」
「なんで霧子さんいないの?」
「…有休だ」
「有休ー? 前回もそうじゃなかったっけ? ねえ真田?」
「そっスよ」
「ほら、逃げた人間の事話してもしょうがない。 さっさと決めていくぞ」
「んー」
「じゃあまずヒロインの羽藤桂役だが…まあ前回と同じく遥でいいだろ」
「…えっ!?……い、いや……」
「で、次に子ど…若杉葛役は優香」
「イヤですっ」
「…なんでだよ」
「…わ、私も……い、いや…」
「こんなのやってたら呪われちゃいますよう。 怖いじゃないですかーっ」
「大丈夫、大丈夫。 なんてことないって」
「だいたい今名前の前になんて言おうとしましたっ、社長っ」
「…いや? 別に何も?」
「子供って言おうとしたじゃないですかーっ。 ひどいですよー、社長っ」
「まあ優香はお子様だしねー」
「祐希子さんまでなんですかーっ。 私イヤですーっ」
「さて次は浅間サクヤ役だが…マッキーで」
「無視すんなーっ」
「…わ、私も……い、いや…」
「うえ、かったりー」
「いいじゃない。 あなたにぴったりよ」
「そりゃどういう意味だい?」
「力任せで粗暴で出るとこ出てるくせに色気が無いなんて、あなたのハマり役じゃない」
「ほう…うっちー言うじゃない」
「人の事変な名前で呼ばないでくれるかしら」
「あー、そこ。 勝手に喧嘩すんなー。 で、次ー、ユメイ役はラッキーな」
「社長話聞けーっ」
「まあまあ優香落ち着いて。 後でカレー奢ってあげるから♪」
「………」
「あれ? 優香? もしもーし?」
「社長、優香さんが気絶しましたが」
「ああいい、みことほっとけ。 必要な時起こせばそれでいい。 それまで静かで助かる」
「なんか社長やさぐれてないっスか…?」
「…あ、あの……わ、私も……」
「私がですか? 社長」
「へっ。 存在感の無いお化けみたいなもんってこった」
「ああ。 うちは清楚な人材が少ないんで拒否権はなしだ。 代替要員がまるでいないんでな」
「ちょっと待て、コラ、社長っ」
「うん。 今のは聞き捨てならないなー、社長。 私がいるじゃない?」
「…」
「…」
「…」
「ちょっと何よ。 皆黙っちゃってー」
「……わ、私も……い、いや…」
「で、千羽烏月役なんだがー…、って、祐希子さん何で机に乗るのかな?」
「ねえ社長? 私じゃ不満なのかしら?」
「えーっと………あ、そ、そうっ! ほら次の『アオイシロ』で人魚とかでるかもしれないし、その時祐希子にはお願いしたいなーって! ほら、お前、人魚似合うし!」
「あら? そう? んもうっ、社長ってばー。 私照れちゃうじゃないー」
「何スか? 人魚って」
「ウフフ、それは私と社長のひ・み・つ♪ ね、社長?」
「この前のバカンスで人魚のマネして貝殻を…」
「こらーっ、何バラしてんだーっ!」
「……あ、あの……あの……」
「それはさておいて、千羽烏月役なんだが、当初みことを予定していたのだが…まあ新人披露を兼ねて今月入った葛城で」
「なっ!?」
「ええー? じゃあ社長、私は?」
「えっ? お前は前回同様友達の奈良陽子役で…」
「ちょっとー。 仮にも団体トップに対してそれはないんじゃないのー?」
「いや、真田より出番あるし…」
「自分は誰をやるんですか?」
「えーっと…同じく友達の東郷凛」
「声すらないじゃないっスかーっ! どういうことですかーっ!!」
「…あ、あの……わ、私も…」
「社長」
「なんだ? 葛城」
「断る」
「ダメ。 それでみことは…あー、その前にそこの逃げようとする新人を誰か捕まえろ」
「断るっ。 なんでそんなことをしなければならないんだっ」
「これも仕事ですから」
「社長っ。 こいつで予定していたならこいつにすればいいじゃないかっ」
「そうか? じゃあ千羽烏月役はみことで」
「はい」
「で、葛城はケイ役に変更」
「待て」
「ちょっと社長っ? 私の話終わってないんだけどっ」
「なんで自分だけ出番ないんですかーっ」
「あー、じゃちょうどいいや、祐希子と真田は双子の鬼ノゾミとミカゲ役も兼役で」
「祐希子さんと双子っスか?」
「社長、それは無理よ」
「まあほら、人数いないし多少は無理もあるさ。 それに真田は髪を下ろすとかわいいと思うんだが」
「そ、そんなことないですよ…」
「こら社長っ、何真田口説いてんのよっ!!」
「……わ、私も……い、いや…」
「だいたい私にそんな子供の役なんて多少の無理ですまないでしょっ」
「平気平気。 頭は…さ、じゃ皆衣装合わせ始めて…」
「こらーっ! 今頭の中子供、って言おうとしただろーっ!」
「衣装はこの中に用意してあるから着替え終わったら呼んでくれっ。 じゃっ」
「待てこらーっ! 社長ーっ!」
「……あうぅ……」
「おー、いいじゃないかー」
「……あ、あの……しゃ、社長…わ、私……」
「おお、遥かわいいじゃないか」
「……あ、あの……その……」
「ラッキーの着物姿もいいなー。 いや綺麗だよ」
「そんなこと…」
「よう社長、アタシは?」
「なんか自然だな。 結構意外だ」
「まあな。 普段ならジーパンだけどな。 ちょい胸目立ちすぎじゃねえか?」
「平気でしょ。 胸というより胸筋なんだし」
「…おいうっちー喧嘩売ってんなら買うぞ?」
「だから変な名前で呼ばないでって言ってるでしょっ」
「みことのスカート姿は新鮮だな」
「はあ。 …ただどうも落ち着きません」
「ま、慣れだ。 我慢してくれ」
「はあ」
「優香は…ああ、着せてくれたのか。 さすがにハマってるな、うん」
「…しゃ、社長……わ、私…」
「社長」
「うん? おお、葛城かっこいいぞ」
「…」
「どこから見ても美少年だ。 いいぞ、葛城」
「どこを見て言っている」
「さて、あの2人は…」
「待て、社長」
「ほら、やっぱり真田は髪下ろすとかわいいじゃないか」
「そ、そんなこと…」
「私は? 社長」
「ああ似合ってるよ」
「でも社長、これ動いたら見えちゃうんだけど」
「何が?」
「え? そ、そんなこと言えないよ…しゃ、社長のバカ…」
「はい?」
「……あ、あの……い、いや…」
「お? なんだようっちー。 着物は下着つけないんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっとっ! 何捲ってんのよっ、あなたっ!?」
「ブラは場合によりけりですが、普通は着てますよ、マッキーさん」
「なんだ、そうなのか」
「はい」
「いいから放しなさいよっ!」
「えっ!? 着けてていいのっ、みこと!」
「はい」
「ええーーーっ!? マズいよっ、真田っ!」
「だから言ったじゃないっスかーーーっ!」
「なんだ?」
「あ、あはは、はは。 な、なんでもないなんでもないっ」
「そ、そそ、そうっス。 なんでもないっス」
「おい社長っ! っと、スマン」
「え!?」
「あ!?」
「ん? うわっ!」
「痛つ………って、キャーーーーーーーーっ!!!」
「ううぅ……い、いやあーーーーーっ!!!」
「え? あ」
「見るなーーーーーっ!!!」
「いやぁーーーーっ!!!」
「え、ちょ、ちょっと待てっ! ここは床の上っ…」
「あー…」
「おお、いい合体技じゃねえかっ。 見ろ、うっちー」
「だから離しなさいってのっ!」
「…あ……しゃ、社長……?」
入院中の経営は井上クンがしっかりやってくれているらしい。 選手達は代わる代わる見舞いにやって来たが、祐希子と真田は未だに来ない。
井上クンによると、選手総意で特別公演は反対となり、今後は拒否とのこと。 準備だけでも結構金かかっているんだが………まあいいか。 なぜだか全てを許せる自分がいた。
幸せはどこからやってくるかはわからんもんだ。 病院のベッドで一人頷いた。
(終)
たいせつなひとが いなくなってしまった
ー電話の音ー
マナーモードに変えていなかったという事実が焦らせる。 周りに迷惑顔の人がいないと知って落ちつきを取り戻す。
「…は、はい……も、もしもし……?」
『やっほー、はとちゃん』
「……あ……よ、陽子さん…」
顔の見えない電話越しの一言だけで人となりがわかってしまう彼女は、クラスメートの奈良陽子ちゃん。
『元気だった?』
「…え、ええ…バタバタしてたのも……な、なんとか…一段落……」
『そ? なら丁度良かった。 さすがは私、絶妙なタイミング』
「…」
『…』
「…」
『…でぇ、はとちゃん今、暇?』
「…ひ、暇といえば……暇…かな…?」
『カレー食べにいこっ♪』
ー中断ー
「台詞を変えるな、祐希子」
「いやー、なんだか飽きてきちゃったー。 私声だけだしー。 お腹空いてきちゃったしー」
「お前なぁ…」
「……あ、あの……」
「もういいじゃん、社長。 私のシーンはすっ飛ばしちゃっていいからさ」
「いやお前人気あるし。 いてくれた方ウケがいいんだよ」
「……あの………あの………」
「お腹空いたーっ。 カレー食べに行くっ!」
「あーあ…。 ま、しょうがないか。 じゃ、次行こう」
「………あうぅ……」
ー再開ー
「……ん……?」
ーその人は、いきなり視界に現れた。
「…う、うわ……」
思わず見とれてしまっていた。
「自分に何か用事っスか?」
ー中断ー
「社長、ダメっ! 真田ちゃんは配役ミスですっ!」
「…うん。 なんかそんな気もする」
「ひどいっスよー…自分、一所懸命やってるっスよ?」
「……あ、あの…」
「じゃあ、真田を変更。 ダメ出しした優香、行け」
「えっ!? …あの…わたしこういう怖いのは……」
「平気だ。 まだ先のシーンだよ」
「………あの……あの……」
「嘘ーっ! ぜったい嘘っ、イヤっ! わたしもカレー食べに行くっ!」
「あっコラ! …逃げ足の速い……これだからルチャの選手は…」
「どうするっスか?」
「…あ、あの……」
「じゃあ、入団したばかりだが…。 みこと、頼む」
「わかりました」
「………あうぅ…」
ー再開ー
「…あ……あの……その………」
(おお、迫真の演技だな、遥)
(単にいつも通りなだけじゃないですか?)
「いえ…それで、私に用事ですか?」
「…し、失礼しました……ご、ごきげんよう……」
ー暗転中ー
「しかし進行悪いな…。 省略してるのに終わりが見えないんだが…いっそここで終わっとこうか?」
「そうですねー。 …って、社長っ! なんスかそれはっ! 男が一度始めたことを投げだすんスかっ!?」
「……わ、私も……や、やめたい……」
「…いいじゃんよー。 みんな逃げてくしさー。 井上クンなんか今日の話聞いたら有休取ったぞ?」
「そうですけど…で、でも出番待ちの上戸と内田だって………あれ?」
「………いないな」
「……あ、あの……わ、私も……」
「マッキーさんとラッキーさんなら祐希子さんより前に連れ立って出ていきましたが」
「…それじゃ最初からじゃないか。 気付いてたなら話せ、みこと」
「はあ」
「……あ、あの…わ、私も………」
「しょうがないなぁ…。 じゃあシーン飛ばそうっ、かったるいし」
「なんか社長投げやりですね…」
「じゃあもう翌日の昼で」
「昼? あのシーンっスか? …あれ誰がやるんですか? 自分っスか?」
「ふっ。 お前には期待できん」
「ひどいっスよー…じゃあ、誰がやるんですか?」
「心配はいらん。 このためにWARSから人を呼んでおいたっ」
「呼んでおいて、さっき『終わっとこうか』とか言ったんスか…?」
「…」
「……あうぅ………」
ー再開ー
大きな木の下に男の子が立っている。
「……あ、あれ………?」
見たことのある人だった。
「私の顔がどうかしたのかい? バンビちゃん?」
ー中断ー
「帰れ、ミシェール」
「おお、軽い挨拶だよ、社長さん。 それに別に間違ってはいないだろうに」
「………や、やめたい……」
「なんとか言ってやれ、真田」
「い、いや…一応ミシェールさんは元役者さんですし、それにこの業界でも先輩ですし…自分はちょっと…」
「真田。 上に噛み付く気概がなくてどうする? そんなんじゃいつまでたっても上には上がれないぞ!?」
「はっ!? そ、そうっスねっ! 自分が間違ってましたっ!」
「……あ、あの………」
「ミシェールっ、役に立たないからとっとと帰れっ…ス!」
「言いきれてないあたり、まだまだだな」
「……ほう…人の団体から無理やり人を借り出してそういう扱いか、この団体は…」
「あ」
「わ」
「……や、やめたい……」
「それならこっちにも考えというものが…」
「い、いや龍子。 そうは言うけどな…」
「もうイヤーっ! 助けてーっ!」
「なんだっ!?」
「あれ? 優香、もう帰ってきたのか」
「ちょっとー、優香。 まだ食べ始めたばかりじゃないのー」
「もう食べられないですぅ…ゆるしてくださいぃぃ」
「………。 あいつ、今まで一緒に行ったことなかったのか?」
「……そうみたいですね」
「あっ、龍子じゃないっ。 久しぶりー♪」
「げっ。 新女のカレー女っ」
「もう移籍して1年経つわよっ。 それにそのカレー女って何っ!」
「…そのまんまじゃないか」
「…そっスね」
「じゃあ邪魔したな。 帰るぞ、ミシェール」
「早いな」
「経験あるんスね」
「ちょっとちょっと。 久しぶりに会ったんだからご飯でも食べに行こっ」
「…遠慮しておく」
「いいからいいから♪ 今日は私の奢りだー♪」
「やめろっ、離せーっ!!」
「それでは失礼するよ、諸君」
「…」
「…」
「……や、やめたい……」
「そ、そうか遥っ。 じゃあ終わろうっ」
「そっスねっ。 いつ帰ってくるかわからないっスからっ」
「…カレーはイヤ……」
「みことっ、そのくたばった奴、遥と2人で運んでくれっ。 撤収っ!」
「了解っス!」
「わかりました」
「…カレーは……イヤ…」
「……お、終わった……よ、よかった……」
後日、サンダー龍子が海老名市運動公園ホールにて試合途中に突如乱入。 マイティ祐希子が重症を負った。
その後半年に渡るWARSとの対抗戦は、今思えばこの日が原因だったのかもしれない。
(終)
ー電話の音ー
マナーモードに変えていなかったという事実が焦らせる。 周りに迷惑顔の人がいないと知って落ちつきを取り戻す。
「…は、はい……も、もしもし……?」
『やっほー、はとちゃん』
「……あ……よ、陽子さん…」
顔の見えない電話越しの一言だけで人となりがわかってしまう彼女は、クラスメートの奈良陽子ちゃん。
『元気だった?』
「…え、ええ…バタバタしてたのも……な、なんとか…一段落……」
『そ? なら丁度良かった。 さすがは私、絶妙なタイミング』
「…」
『…』
「…」
『…でぇ、はとちゃん今、暇?』
「…ひ、暇といえば……暇…かな…?」
『カレー食べにいこっ♪』
ー中断ー
「台詞を変えるな、祐希子」
「いやー、なんだか飽きてきちゃったー。 私声だけだしー。 お腹空いてきちゃったしー」
「お前なぁ…」
「……あ、あの……」
「もういいじゃん、社長。 私のシーンはすっ飛ばしちゃっていいからさ」
「いやお前人気あるし。 いてくれた方ウケがいいんだよ」
「……あの………あの………」
「お腹空いたーっ。 カレー食べに行くっ!」
「あーあ…。 ま、しょうがないか。 じゃ、次行こう」
「………あうぅ……」
ー再開ー
「……ん……?」
ーその人は、いきなり視界に現れた。
「…う、うわ……」
思わず見とれてしまっていた。
「自分に何か用事っスか?」
ー中断ー
「社長、ダメっ! 真田ちゃんは配役ミスですっ!」
「…うん。 なんかそんな気もする」
「ひどいっスよー…自分、一所懸命やってるっスよ?」
「……あ、あの…」
「じゃあ、真田を変更。 ダメ出しした優香、行け」
「えっ!? …あの…わたしこういう怖いのは……」
「平気だ。 まだ先のシーンだよ」
「………あの……あの……」
「嘘ーっ! ぜったい嘘っ、イヤっ! わたしもカレー食べに行くっ!」
「あっコラ! …逃げ足の速い……これだからルチャの選手は…」
「どうするっスか?」
「…あ、あの……」
「じゃあ、入団したばかりだが…。 みこと、頼む」
「わかりました」
「………あうぅ…」
ー再開ー
「…あ……あの……その………」
(おお、迫真の演技だな、遥)
(単にいつも通りなだけじゃないですか?)
「いえ…それで、私に用事ですか?」
「…し、失礼しました……ご、ごきげんよう……」
ー暗転中ー
「しかし進行悪いな…。 省略してるのに終わりが見えないんだが…いっそここで終わっとこうか?」
「そうですねー。 …って、社長っ! なんスかそれはっ! 男が一度始めたことを投げだすんスかっ!?」
「……わ、私も……や、やめたい……」
「…いいじゃんよー。 みんな逃げてくしさー。 井上クンなんか今日の話聞いたら有休取ったぞ?」
「そうですけど…で、でも出番待ちの上戸と内田だって………あれ?」
「………いないな」
「……あ、あの……わ、私も……」
「マッキーさんとラッキーさんなら祐希子さんより前に連れ立って出ていきましたが」
「…それじゃ最初からじゃないか。 気付いてたなら話せ、みこと」
「はあ」
「……あ、あの…わ、私も………」
「しょうがないなぁ…。 じゃあシーン飛ばそうっ、かったるいし」
「なんか社長投げやりですね…」
「じゃあもう翌日の昼で」
「昼? あのシーンっスか? …あれ誰がやるんですか? 自分っスか?」
「ふっ。 お前には期待できん」
「ひどいっスよー…じゃあ、誰がやるんですか?」
「心配はいらん。 このためにWARSから人を呼んでおいたっ」
「呼んでおいて、さっき『終わっとこうか』とか言ったんスか…?」
「…」
「……あうぅ………」
ー再開ー
大きな木の下に男の子が立っている。
「……あ、あれ………?」
見たことのある人だった。
「私の顔がどうかしたのかい? バンビちゃん?」
ー中断ー
「帰れ、ミシェール」
「おお、軽い挨拶だよ、社長さん。 それに別に間違ってはいないだろうに」
「………や、やめたい……」
「なんとか言ってやれ、真田」
「い、いや…一応ミシェールさんは元役者さんですし、それにこの業界でも先輩ですし…自分はちょっと…」
「真田。 上に噛み付く気概がなくてどうする? そんなんじゃいつまでたっても上には上がれないぞ!?」
「はっ!? そ、そうっスねっ! 自分が間違ってましたっ!」
「……あ、あの………」
「ミシェールっ、役に立たないからとっとと帰れっ…ス!」
「言いきれてないあたり、まだまだだな」
「……ほう…人の団体から無理やり人を借り出してそういう扱いか、この団体は…」
「あ」
「わ」
「……や、やめたい……」
「それならこっちにも考えというものが…」
「い、いや龍子。 そうは言うけどな…」
「もうイヤーっ! 助けてーっ!」
「なんだっ!?」
「あれ? 優香、もう帰ってきたのか」
「ちょっとー、優香。 まだ食べ始めたばかりじゃないのー」
「もう食べられないですぅ…ゆるしてくださいぃぃ」
「………。 あいつ、今まで一緒に行ったことなかったのか?」
「……そうみたいですね」
「あっ、龍子じゃないっ。 久しぶりー♪」
「げっ。 新女のカレー女っ」
「もう移籍して1年経つわよっ。 それにそのカレー女って何っ!」
「…そのまんまじゃないか」
「…そっスね」
「じゃあ邪魔したな。 帰るぞ、ミシェール」
「早いな」
「経験あるんスね」
「ちょっとちょっと。 久しぶりに会ったんだからご飯でも食べに行こっ」
「…遠慮しておく」
「いいからいいから♪ 今日は私の奢りだー♪」
「やめろっ、離せーっ!!」
「それでは失礼するよ、諸君」
「…」
「…」
「……や、やめたい……」
「そ、そうか遥っ。 じゃあ終わろうっ」
「そっスねっ。 いつ帰ってくるかわからないっスからっ」
「…カレーはイヤ……」
「みことっ、そのくたばった奴、遥と2人で運んでくれっ。 撤収っ!」
「了解っス!」
「わかりました」
「…カレーは……イヤ…」
「……お、終わった……よ、よかった……」
後日、サンダー龍子が海老名市運動公園ホールにて試合途中に突如乱入。 マイティ祐希子が重症を負った。
その後半年に渡るWARSとの対抗戦は、今思えばこの日が原因だったのかもしれない。
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