数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
先日の興行でのフレイアの理沙子へのキスが雑誌に載って結構な騒ぎになった。
私やフレイアを知っている者であるならばわかると思うのだが、あれは別に愛情を意味するものではない。 まぁ親愛はあるであろうが、自分らしさを取り戻すための悪戯だろう。 が、まぁその時も予想できていたが同性愛と受け取りいろいろなところが取り上げることになる
ここまでならたいした問題ではなかったのだが…いや問題あったかな? 山ほど来たインタビューに対してフレイアの答えが煽りになった。
「あれはそんな気でしたことではありませんわ。 女王としての挨拶ですわね。 …まぁ、理沙子さんならお相手してもよろしいですけど」
「…本当あの子ったら…」
理沙子が疲れた顔をして団体ビルに来る。 最近はひたすらマスコミやファンに追い掛け回されているらしい。
「ああ、理沙子。 ご苦労さん…。 いやでもしょうがないってのもあるだろう。 フレイアのキャラクター的にも、な」
「それで追い掛け回される身にもなってください、社長。 ファンの子にまで『私も理沙子様になら~』とか言われる始末ですよ?」
ため息をつきながら更衣室へと向かおうとする。 その後ろ姿に、
「それは前からでは…」
つい言ってしまった。 だが実際こう言っているファンを見たことはある。
「社長」
「いやでもね。 こういうのは熱が冷めるのを待つしかないでしょう、実際」
「引退間近でこんなことになるなんて…」
そう言って深いため息をつく。
「で、だね、理沙子くん。 実は今ジムに行くのもやめた方がいいんだ」
「は? …ジムにまで何か来てるんですか?」
「えーっと、それについてとフレイアについてとどっちを聞きたい?」
「両方ですね。 あの子がどうかしました?」
「そこをどっちかに…」
「両方話してください、社長?」
笑顔で理沙子が迫る。 この笑顔に何度負けてきたか…霧子くんといい怖いからやめてくれないだろうか
少々マスコミやファンが過熱し始めた頃にフレイアを呼んで聞いてみた
「なんであんなこと言ったんだ? フレイア」
「あら、社長にもわからないことがありまして?」
嬉しそうに笑顔を向ける。 考えてることを言い当てるとすぐ不機嫌になるが、逆だとこのように嬉しそうにする。 フレイアは見た目のイメージに比べ案外子供っぽいところがある。
「キスはまぁ…悪戯のようなものだろうけど、こんな騒ぎにすることはなかったんじゃないのか? お前も追い掛け回されてるだろう」
少し不機嫌な顔になる。 キスのことを言い当てたからか? と思ったらそんなことではなかった。
「そうですわね、キスは別にたいしたことではありませんわ。 けれど本当におわかりになりませんの?」
真面目な顔になってフレイアが言葉を続ける。
「正直うちは理沙子さんが全てでしたわ。 結局この前の試合もぎりぎりで新女王なんて恥ずかしくて名乗れません」
「いやそんなことは…」
「最近JWIが勢いあります。 ベルトも奪い返しにこれないというのにですわ。 実際いらっしゃっても私が対戦するには値しませんけれど」
「は? JWI?」
確かにJWIは最近凄く力をつけている。 しばらく前にフロントではかなりの戦いがあった。 TWWAとの契約問題や新人選手の争奪などなど…
「なぜ力をつけているか、簡単なことです。 向こうはゴールデンでテレビ放送していてうちはしてないからですわ」
「いやそれは…」
「別にテレビ放送をしてほしいということではありませんわ、社長。 私もまだ芸能活動よりはこちらの方がやりがいがありますし、私ならいつでもそちらは行かれますから」
「たいした自信だな…」
とは言え事実ではある。 これまでも何冊か写真集が発売され相当の売り上げを出しているし、しばらく前の映画も好評だった。
「それはともかく、理沙子さんが抜ければその影響力ははかりしれませんわ。 ずっと大賞を取り続けてきた『リングの女王』、先日のあんな試合では理沙子さんの評価を上げただけで私はむしろ評価を下げましてよ」
意外に冷静に見ているフレイアに驚く。 どうも私はいまだ新人気分で見ていたかもしれない、思わず苦笑した。
「『女王』が消えて勢いの落ちたところをテレビ放送に乗ってJWIに持って行かれかねません。 ですのでうちに目を向けさせるためにちょっと煽らせていただいただけですわ」
「フレイア、お前…」
「まだまだ私の相手としては不足ですけれど、祐希子さんや桜井さんが着実に力をつけています。 うちは理沙子さんがいなくなってもこれまで以上の試合をしてみせます、そのためにはテレビ放送していない分この程度の話題作りはあった方がよろしいかと」
新女王、か…頼もしいな
「ま、とは言え理沙子さんには少々ご迷惑になって申し訳ありませんけど…。 まぁ女王としての最後の仕事と思っていただくしかないですわね」
「はははっ、まぁ理沙子なら平気だろう。 今までだって『お姉さまーっ』って言われてたんだしな」
「まぁ社長ったら。 私だって言われてますわよ?」
「お前のは男にだろ。 理沙子は女の子にだからな」
「…あの子も自覚できてきてたんですね……。 そんなに団体のことが考えられるように…」
理沙子が嬉しそうに瞳を潤ませる。
「ああ、正直私もまだまだと勝手に見ていたが、もう十分団体の柱として自覚持ってたんだな。 ま、女王の最後のライバルだしな?」
「ふふふっ」
理沙子が笑いながら流れそうになっていた涙を拭う。
「それはそれとして社長? 私は女の子、ってのはどういう意味かしら? 男性ファンだって私にもいますよ?」
そう言ってまた笑顔になる。 どうしてこのタイプは笑顔で怒るんだ。 霧子くんで慣れた、と言いたいところだが霧子くんも理沙子もいまだ慣れない…。
「それはだな…」
正直フロント側にも連日取材の電話対応などでげんなり気味ではある。 まぁこれも仕事と諦めて対応しているものの、疲れているのは事実。 そんな中コーチはいい気分転換だ、とジムへと向かう。
と、練習時間だと言うのに選手たちがいない。 見回すと端のベンチにみんな集まって話している。
「おーい、お前たちっ、もう練習時間だぞ。 ストレッチもしないで何をしてる」
言いながら近づくと祐希子を中心に件の記事をみんなで見ている。
「理沙子さんならお相手してもよろしいですわ、だぁってっ!」
「んー、でも理沙子さんとフレイアなら美人同士で結構ありかも?」
「ええーっ!? 小縞さんっ、そんなことないですよーっ」
祐希子が声をあげて反論する。
「だいたいですね、理沙子さんの美人とフレイアさんの美人は違いますよっ」
「うきゅ? どう違うのさね?」
「そ、それはー…理沙子さんはお姉さまでフレイアさんは女王様?」
「女王対女王になっちゃう?」
「そうじゃなくてそうじゃなくてっ。 理沙子さんはそんなフレイアさんみたいにやらしい感じではないですよっ」
「…くだらん」
いい加減付き合いきれないといった感じで突き放した桜井だったが
「何よ桜井っ! フレイアさんみたいなモデル体型だからって調子に乗るなーっ」
「意味がわから…ちょ、や、やめろっ! どこ触ってるっ!?」
「私だってキスくらいできるんだからーっ」
「え、ちょ、まっ、やめ…っ」
「おおー」
「いあいあソニちゃん、おおー、じゃないから…」
あれ、どうしようこれ。 なんかもう止めようがない感じに…。
「ぷはっ。 そうよっ、ソニックっ! あなただって小縞さんに勝ってキスしないとダメだよっ! そうじゃないといつまで経っても上には行かれないよっ!?」
キスというよりは呼吸を奪われたという感じで桜井がその場に崩れ落ちる。 かわいそうに…。
「ちょちょちょちょっとっ! 祐希子何言ってるのっ!?」
「むー。 だったら私はフレイアさんよりいっぱいキスするのさねっ」
「ちょっとちょっとちょっとっ! 何言ってるのっ、ソニちゃんっ!?」
小縞が物凄い勢いで窮地に陥っている。 それも間違いなくとばっちりだ。
「あー、えーと、君たちー…」
「うううーっ。 こうなったら私だってフレイアさんよりもっと強烈なキスを…っ。 そうだ! 次のWARSヘビーは私が対戦できるはずっ!!」
まあ、祐希子は理沙子に憧れてうちに入ったから刺激が強かったかな…。 ぼんやり現実逃避気味にそんなことを考えていた。
「なら私は小縞さんからWCWWJr取ったらにするさね!」
「えええーっ!?」
小縞ももう25でそろそろソニックを倒すのはきつそうだなー…。
「あっ、社長っ! 次! 次の理沙子さんの3冠は私が挑戦するわよっ!」
「いやお前、それは…」
言いかけたところで胸倉を掴まれる。
「わ・た・し・が・や・り・ま・すっ!!」
「はい」
「…という状態でな」
「という状態でな、じゃないでしょっ、社長っ!!」
普通に怒られた。 笑顔で怒られるのも怖いが結局怒られると怖い。
「いやだってお前、祐希子目が怖いんだもん…。 それに実際桜井か祐希子の予定だったろ…お前も言ってたじゃないか…」
「そんなおかしな状態で試合できますかっ!」
「えー…いちおーその後物凄い勢いで試合に向けて練習はしていますが…」
「社長っ!!」
その後東海・関西チャンピオンシリーズでJWIとWARSは防衛した理沙子であったが、寿総合文化ホールにてNJWPを祐希子に奪われ強烈なキスを受けることとなる。
ちなみに小縞はこれを受けてか、すでに全盛期を過ぎてきびしい中ソニックがこの件を忘れる1年後までWCWWJrを防衛し続けた。
まったくもって何がモチベーションになるかなんてわからんものだと考えさせられた、と後に引退した理沙子に言ったらいつもの笑顔でひっぱたかれた。
(終)
私やフレイアを知っている者であるならばわかると思うのだが、あれは別に愛情を意味するものではない。 まぁ親愛はあるであろうが、自分らしさを取り戻すための悪戯だろう。 が、まぁその時も予想できていたが同性愛と受け取りいろいろなところが取り上げることになる
ここまでならたいした問題ではなかったのだが…いや問題あったかな? 山ほど来たインタビューに対してフレイアの答えが煽りになった。
「あれはそんな気でしたことではありませんわ。 女王としての挨拶ですわね。 …まぁ、理沙子さんならお相手してもよろしいですけど」
「…本当あの子ったら…」
理沙子が疲れた顔をして団体ビルに来る。 最近はひたすらマスコミやファンに追い掛け回されているらしい。
「ああ、理沙子。 ご苦労さん…。 いやでもしょうがないってのもあるだろう。 フレイアのキャラクター的にも、な」
「それで追い掛け回される身にもなってください、社長。 ファンの子にまで『私も理沙子様になら~』とか言われる始末ですよ?」
ため息をつきながら更衣室へと向かおうとする。 その後ろ姿に、
「それは前からでは…」
つい言ってしまった。 だが実際こう言っているファンを見たことはある。
「社長」
「いやでもね。 こういうのは熱が冷めるのを待つしかないでしょう、実際」
「引退間近でこんなことになるなんて…」
そう言って深いため息をつく。
「で、だね、理沙子くん。 実は今ジムに行くのもやめた方がいいんだ」
「は? …ジムにまで何か来てるんですか?」
「えーっと、それについてとフレイアについてとどっちを聞きたい?」
「両方ですね。 あの子がどうかしました?」
「そこをどっちかに…」
「両方話してください、社長?」
笑顔で理沙子が迫る。 この笑顔に何度負けてきたか…霧子くんといい怖いからやめてくれないだろうか
少々マスコミやファンが過熱し始めた頃にフレイアを呼んで聞いてみた
「なんであんなこと言ったんだ? フレイア」
「あら、社長にもわからないことがありまして?」
嬉しそうに笑顔を向ける。 考えてることを言い当てるとすぐ不機嫌になるが、逆だとこのように嬉しそうにする。 フレイアは見た目のイメージに比べ案外子供っぽいところがある。
「キスはまぁ…悪戯のようなものだろうけど、こんな騒ぎにすることはなかったんじゃないのか? お前も追い掛け回されてるだろう」
少し不機嫌な顔になる。 キスのことを言い当てたからか? と思ったらそんなことではなかった。
「そうですわね、キスは別にたいしたことではありませんわ。 けれど本当におわかりになりませんの?」
真面目な顔になってフレイアが言葉を続ける。
「正直うちは理沙子さんが全てでしたわ。 結局この前の試合もぎりぎりで新女王なんて恥ずかしくて名乗れません」
「いやそんなことは…」
「最近JWIが勢いあります。 ベルトも奪い返しにこれないというのにですわ。 実際いらっしゃっても私が対戦するには値しませんけれど」
「は? JWI?」
確かにJWIは最近凄く力をつけている。 しばらく前にフロントではかなりの戦いがあった。 TWWAとの契約問題や新人選手の争奪などなど…
「なぜ力をつけているか、簡単なことです。 向こうはゴールデンでテレビ放送していてうちはしてないからですわ」
「いやそれは…」
「別にテレビ放送をしてほしいということではありませんわ、社長。 私もまだ芸能活動よりはこちらの方がやりがいがありますし、私ならいつでもそちらは行かれますから」
「たいした自信だな…」
とは言え事実ではある。 これまでも何冊か写真集が発売され相当の売り上げを出しているし、しばらく前の映画も好評だった。
「それはともかく、理沙子さんが抜ければその影響力ははかりしれませんわ。 ずっと大賞を取り続けてきた『リングの女王』、先日のあんな試合では理沙子さんの評価を上げただけで私はむしろ評価を下げましてよ」
意外に冷静に見ているフレイアに驚く。 どうも私はいまだ新人気分で見ていたかもしれない、思わず苦笑した。
「『女王』が消えて勢いの落ちたところをテレビ放送に乗ってJWIに持って行かれかねません。 ですのでうちに目を向けさせるためにちょっと煽らせていただいただけですわ」
「フレイア、お前…」
「まだまだ私の相手としては不足ですけれど、祐希子さんや桜井さんが着実に力をつけています。 うちは理沙子さんがいなくなってもこれまで以上の試合をしてみせます、そのためにはテレビ放送していない分この程度の話題作りはあった方がよろしいかと」
新女王、か…頼もしいな
「ま、とは言え理沙子さんには少々ご迷惑になって申し訳ありませんけど…。 まぁ女王としての最後の仕事と思っていただくしかないですわね」
「はははっ、まぁ理沙子なら平気だろう。 今までだって『お姉さまーっ』って言われてたんだしな」
「まぁ社長ったら。 私だって言われてますわよ?」
「お前のは男にだろ。 理沙子は女の子にだからな」
「…あの子も自覚できてきてたんですね……。 そんなに団体のことが考えられるように…」
理沙子が嬉しそうに瞳を潤ませる。
「ああ、正直私もまだまだと勝手に見ていたが、もう十分団体の柱として自覚持ってたんだな。 ま、女王の最後のライバルだしな?」
「ふふふっ」
理沙子が笑いながら流れそうになっていた涙を拭う。
「それはそれとして社長? 私は女の子、ってのはどういう意味かしら? 男性ファンだって私にもいますよ?」
そう言ってまた笑顔になる。 どうしてこのタイプは笑顔で怒るんだ。 霧子くんで慣れた、と言いたいところだが霧子くんも理沙子もいまだ慣れない…。
「それはだな…」
正直フロント側にも連日取材の電話対応などでげんなり気味ではある。 まぁこれも仕事と諦めて対応しているものの、疲れているのは事実。 そんな中コーチはいい気分転換だ、とジムへと向かう。
と、練習時間だと言うのに選手たちがいない。 見回すと端のベンチにみんな集まって話している。
「おーい、お前たちっ、もう練習時間だぞ。 ストレッチもしないで何をしてる」
言いながら近づくと祐希子を中心に件の記事をみんなで見ている。
「理沙子さんならお相手してもよろしいですわ、だぁってっ!」
「んー、でも理沙子さんとフレイアなら美人同士で結構ありかも?」
「ええーっ!? 小縞さんっ、そんなことないですよーっ」
祐希子が声をあげて反論する。
「だいたいですね、理沙子さんの美人とフレイアさんの美人は違いますよっ」
「うきゅ? どう違うのさね?」
「そ、それはー…理沙子さんはお姉さまでフレイアさんは女王様?」
「女王対女王になっちゃう?」
「そうじゃなくてそうじゃなくてっ。 理沙子さんはそんなフレイアさんみたいにやらしい感じではないですよっ」
「…くだらん」
いい加減付き合いきれないといった感じで突き放した桜井だったが
「何よ桜井っ! フレイアさんみたいなモデル体型だからって調子に乗るなーっ」
「意味がわから…ちょ、や、やめろっ! どこ触ってるっ!?」
「私だってキスくらいできるんだからーっ」
「え、ちょ、まっ、やめ…っ」
「おおー」
「いあいあソニちゃん、おおー、じゃないから…」
あれ、どうしようこれ。 なんかもう止めようがない感じに…。
「ぷはっ。 そうよっ、ソニックっ! あなただって小縞さんに勝ってキスしないとダメだよっ! そうじゃないといつまで経っても上には行かれないよっ!?」
キスというよりは呼吸を奪われたという感じで桜井がその場に崩れ落ちる。 かわいそうに…。
「ちょちょちょちょっとっ! 祐希子何言ってるのっ!?」
「むー。 だったら私はフレイアさんよりいっぱいキスするのさねっ」
「ちょっとちょっとちょっとっ! 何言ってるのっ、ソニちゃんっ!?」
小縞が物凄い勢いで窮地に陥っている。 それも間違いなくとばっちりだ。
「あー、えーと、君たちー…」
「うううーっ。 こうなったら私だってフレイアさんよりもっと強烈なキスを…っ。 そうだ! 次のWARSヘビーは私が対戦できるはずっ!!」
まあ、祐希子は理沙子に憧れてうちに入ったから刺激が強かったかな…。 ぼんやり現実逃避気味にそんなことを考えていた。
「なら私は小縞さんからWCWWJr取ったらにするさね!」
「えええーっ!?」
小縞ももう25でそろそろソニックを倒すのはきつそうだなー…。
「あっ、社長っ! 次! 次の理沙子さんの3冠は私が挑戦するわよっ!」
「いやお前、それは…」
言いかけたところで胸倉を掴まれる。
「わ・た・し・が・や・り・ま・すっ!!」
「はい」
「…という状態でな」
「という状態でな、じゃないでしょっ、社長っ!!」
普通に怒られた。 笑顔で怒られるのも怖いが結局怒られると怖い。
「いやだってお前、祐希子目が怖いんだもん…。 それに実際桜井か祐希子の予定だったろ…お前も言ってたじゃないか…」
「そんなおかしな状態で試合できますかっ!」
「えー…いちおーその後物凄い勢いで試合に向けて練習はしていますが…」
「社長っ!!」
その後東海・関西チャンピオンシリーズでJWIとWARSは防衛した理沙子であったが、寿総合文化ホールにてNJWPを祐希子に奪われ強烈なキスを受けることとなる。
ちなみに小縞はこれを受けてか、すでに全盛期を過ぎてきびしい中ソニックがこの件を忘れる1年後までWCWWJrを防衛し続けた。
まったくもって何がモチベーションになるかなんてわからんものだと考えさせられた、と後に引退した理沙子に言ったらいつもの笑顔でひっぱたかれた。
(終)
カンカンカンッ
新日本ドーム満員札止め。 駆け付けた大勢のファンの歓声が鳴り響く、それに混じってすすり泣く声も結構な数聞こえてくる。 ファンにはわかっているのだ、これが彼女の最後の挑戦であったことが
10代後半頃からリングに上がっていた。 その頃と言うとジャスティスとライジン、シャイニングに恵理の四つ巴の戦い真っ最中であった。 一段階上手の彼女らにただ負け続けながらも腐らず黙々と練習を続けていた
やがて恵理が引退し、シャイニングがフリー宣言をして離脱。 ジャスティスとライジンの二人にかろうじて食い下がると言ったその戦いぶりにファンが沸いた。 健闘ぶりが評価されたのかまだ二人の下でありながらもプロレス大賞を受賞する。 これが彼女の何かの転機になったのであろうか、ここから彼女の伝説は始まることとなる
誰もがどうしても勝てなく最長在位となったジャスティスのWCWWヘビー級王座を奪取。 一般的な評価値では負けていて通常興行では結構負けているにもかかわらずタイトルマッチで負けない。 後の話にはなるが、ジャスティスの在位記録を大幅に塗り替えることとなる。 タイトル奪取を境界線にジャスティスもライジンも見てわかるほど衰え始め、入れ替わりにJrたちが劇的に台頭してくる。 しかし彼女なりのこだわりだったのであろう、Jrにヘビーのベルトは渡さないと勝ち続ける
すでにJrでありながら彼女と同等に力をつけていたJr勢は幾度となく挑戦するも敵わず。 そんな彼女たちも引退するものも出て新たな世代が上がってくる…それが今日のリングでもあった
ここまで、実に10年連続のプロレス大賞受賞である
時には負け続け我慢の時間だった。 時には相手のいない時期もあった。 時には熾烈すぎる激闘の日々であった。 そして6冠王者へと上り詰めそのことごとくを防衛し続け、誰言うともなく「リングの女王」として君臨した
その強さ無双にして驕らず、常に自分と戦い、またファンへの感謝も忘れず。 まさに手本にして唯一の存在
パンサー理沙子。 彼女が何よりも重いと言った団体のベルトを取られて、今回が2回目の挑戦。 29歳の彼女にとって、自分への最後の挑戦だったことは誰の目にも明らかだった
サイドロープにもたれフレイアが勝ち名乗りを受けるのを見上げている。 その目はゴールを迎えていた。 ファンの多くは彼女との別れがついに来たのだと泣いているのであろう
するとフレイアがマイクを取った
『理沙子さん』
理沙子には珍しく退場すらせずぼんやりとしていた。 あっという顔をしてリングを出ようとする
『理沙子さん、勝手に終わらないでいただけます?』
ゆっくりと理沙子が振り返る
『まだあなたの腰には残ってるものがありましてよ。 例えその価値が今日のベルトに値しなくとも、それには価値があることをお忘れじゃなくて?』
そう言ってフレイアが理沙子に手を伸ばす。 もちろん今ここに他のベルトがあるわけではない。 フレイアの意図がわからず理沙子が考えているとフレイアが腕を引っ張り彼女を立たせる
『まだ、まだあなたのゴールはここではないですわ。 区切りではあるでしょう。 私はずっとあなたの背中を見続け追いかけてきた。 そして今日の試合も決して楽ではなかった、結局ぎりぎりの勝利ですわ』
自嘲するように軽くフレイアが笑う
『私こんなことを言うキャラじゃありませんことよ? フフッ。 …確かに今日あなたからバトンは受け取りました。 残りがいつまでかはわかりませんけれど、渡したバトンに間違いはなかったかこのリングで見ていってくださいな』
そう言うと彼女の手を取り勝ち名乗りのように上げる。 驚いた顔の理沙子に、さらにフレイアは顔を近づけキスをした
『新女王からキスを差し上げましてよ、フフフッ』
「はははっ」
思わず声に出して笑っていた。 いろいろとフレイアらしい理沙子へのリスペクトだ。 最後のキスは彼女流の照れ隠しだろう
もう年齢も年齢だ、理沙子も近いうちに引退を口にするだろう。 それでも、そうそれでもまだ今日ではない。 そういうことだ
キスをされた理沙子は顔を赤らめながらも笑っていた。 ドームの大スクリーンに彼女のはちきれんばかりの眩い笑顔と溢れだした涙が映し出されていた…
つられる様にフレイアも笑う、私も会場のファンも。 そして同様に涙を浮かべる。 偉大なリングの女王の雄姿にリスペクトして
後日、予想できていたことではあるが、フレイアと理沙子のキスのシーンが雑誌などに載り大騒動を巻き起こすことになる。 が、それはまた別の話…
(終)
新日本ドーム満員札止め。 駆け付けた大勢のファンの歓声が鳴り響く、それに混じってすすり泣く声も結構な数聞こえてくる。 ファンにはわかっているのだ、これが彼女の最後の挑戦であったことが
10代後半頃からリングに上がっていた。 その頃と言うとジャスティスとライジン、シャイニングに恵理の四つ巴の戦い真っ最中であった。 一段階上手の彼女らにただ負け続けながらも腐らず黙々と練習を続けていた
やがて恵理が引退し、シャイニングがフリー宣言をして離脱。 ジャスティスとライジンの二人にかろうじて食い下がると言ったその戦いぶりにファンが沸いた。 健闘ぶりが評価されたのかまだ二人の下でありながらもプロレス大賞を受賞する。 これが彼女の何かの転機になったのであろうか、ここから彼女の伝説は始まることとなる
誰もがどうしても勝てなく最長在位となったジャスティスのWCWWヘビー級王座を奪取。 一般的な評価値では負けていて通常興行では結構負けているにもかかわらずタイトルマッチで負けない。 後の話にはなるが、ジャスティスの在位記録を大幅に塗り替えることとなる。 タイトル奪取を境界線にジャスティスもライジンも見てわかるほど衰え始め、入れ替わりにJrたちが劇的に台頭してくる。 しかし彼女なりのこだわりだったのであろう、Jrにヘビーのベルトは渡さないと勝ち続ける
すでにJrでありながら彼女と同等に力をつけていたJr勢は幾度となく挑戦するも敵わず。 そんな彼女たちも引退するものも出て新たな世代が上がってくる…それが今日のリングでもあった
ここまで、実に10年連続のプロレス大賞受賞である
時には負け続け我慢の時間だった。 時には相手のいない時期もあった。 時には熾烈すぎる激闘の日々であった。 そして6冠王者へと上り詰めそのことごとくを防衛し続け、誰言うともなく「リングの女王」として君臨した
その強さ無双にして驕らず、常に自分と戦い、またファンへの感謝も忘れず。 まさに手本にして唯一の存在
パンサー理沙子。 彼女が何よりも重いと言った団体のベルトを取られて、今回が2回目の挑戦。 29歳の彼女にとって、自分への最後の挑戦だったことは誰の目にも明らかだった
サイドロープにもたれフレイアが勝ち名乗りを受けるのを見上げている。 その目はゴールを迎えていた。 ファンの多くは彼女との別れがついに来たのだと泣いているのであろう
するとフレイアがマイクを取った
『理沙子さん』
理沙子には珍しく退場すらせずぼんやりとしていた。 あっという顔をしてリングを出ようとする
『理沙子さん、勝手に終わらないでいただけます?』
ゆっくりと理沙子が振り返る
『まだあなたの腰には残ってるものがありましてよ。 例えその価値が今日のベルトに値しなくとも、それには価値があることをお忘れじゃなくて?』
そう言ってフレイアが理沙子に手を伸ばす。 もちろん今ここに他のベルトがあるわけではない。 フレイアの意図がわからず理沙子が考えているとフレイアが腕を引っ張り彼女を立たせる
『まだ、まだあなたのゴールはここではないですわ。 区切りではあるでしょう。 私はずっとあなたの背中を見続け追いかけてきた。 そして今日の試合も決して楽ではなかった、結局ぎりぎりの勝利ですわ』
自嘲するように軽くフレイアが笑う
『私こんなことを言うキャラじゃありませんことよ? フフッ。 …確かに今日あなたからバトンは受け取りました。 残りがいつまでかはわかりませんけれど、渡したバトンに間違いはなかったかこのリングで見ていってくださいな』
そう言うと彼女の手を取り勝ち名乗りのように上げる。 驚いた顔の理沙子に、さらにフレイアは顔を近づけキスをした
『新女王からキスを差し上げましてよ、フフフッ』
「はははっ」
思わず声に出して笑っていた。 いろいろとフレイアらしい理沙子へのリスペクトだ。 最後のキスは彼女流の照れ隠しだろう
もう年齢も年齢だ、理沙子も近いうちに引退を口にするだろう。 それでも、そうそれでもまだ今日ではない。 そういうことだ
キスをされた理沙子は顔を赤らめながらも笑っていた。 ドームの大スクリーンに彼女のはちきれんばかりの眩い笑顔と溢れだした涙が映し出されていた…
つられる様にフレイアも笑う、私も会場のファンも。 そして同様に涙を浮かべる。 偉大なリングの女王の雄姿にリスペクトして
後日、予想できていたことではあるが、フレイアと理沙子のキスのシーンが雑誌などに載り大騒動を巻き起こすことになる。 が、それはまた別の話…
(終)
練習時間が終わり、私はリングを降りる。 今日の練習パートナーをしていたスカーレットが意外そうな顔で言う。
「あれ? 終わっちゃっていいのぉ? 何か技の確認してたんじゃないの?」
「いいのよ。 終わり時間でしょ。 別に明日でも構わないわ」
「ふーん、そういうもん? バーニングちゃんなんかまだがんばってるけど?」
「人は人、私は私、ですわ。 スカーレットさんもバイトの時間はよろしいの?」
「ぅあっ!? そうだっ、急がなきゃっ!」
慌ててリングを降りジムを出て行く。 確かに練習を続ける者も何人かいるのが見える。 けれど…そんな努力は私には似つかわしくない。
ゆっくりとシャワールームへと入る。 空いている場所に入り、コックを回す。 熱いシャワーが火照った身体に気持ちいい。
「ふう…」
汗がシャワーの滴とともに流れていく。 練習なんて好きではないが、この瞬間の心地いい感覚は悪くない。
両手を全身に滑らす。 疲れを汗とともに落とすように。
「はあ…やっぱフレイアはええ身体しとるなぁ」
隣からクラリッジが覗きこんで言う。
「フフ、ありがとう」
「…否定せんのやな」
「自覚してますから」
シャワーを終え、髪を乾かし、食事をどうするか考えながら事務所の方まで行くと、秘書の井上さんに社長室へ呼ばれる。
「何かしら?」
「さあ。 社長に聞いてみてくれる?」
「そうですわね」
どうせ何の話か知っているでしょうに。 この人も相変わらず食えない人ね。
「ああ、疲れてる所悪いな、フレイア」
「いいえ。 社長のお呼びとあれば別に」
「この前のバーニング戦でお前の力は充分に見れた。 そろそろ一段上に昇る頃合いだと思ってな」
「はあ」
「時期シリーズでWWCAのカオスとやってみないか?」
カオス。 WWCAのトップにして現EWA、AACの2冠王者。
「それはつまりタイトル戦ということですわね?」
「でなければお前の価値が下がる」
「あら。 社長にそんな評価していただいていたとは知りませんでしたわ」
「うちのホープだからな。 むしろカオスでいいのかと思ってるくらいだ」
フフ、この人は人をのせるのがうまい。
「いいですわ。 社長の期待に応えてみせましょう」
「わかった。 早速向こうに連絡を取る。 用件はこれで終わりだ。 わざわざすまなかった」
「これから食事ですの。 社長もご一緒にいかが?」
「あー…行きたい所なんだがちょっと時期シリーズの会場の件で揉めててな。 せっかくなんだが…」
「それではしょうがありませんわね」
「…ああ。 行きたいんだがなあ…」
「フフ、またお誘いしますわよ」
「その時は奢らさせてもらうよ」
「楽しみにしてますわ」
おもしろい。 私の誘いにのらないなんて。 口説かれた事はあの日の一度しかない。 だけど私の価値はわかっている。 本当におもしろい人。
私はいつもつまらない日々だった。 全てを手にしていたから。 美貌も、知性も、そして力も。 およそ人が欲しいもの全てを持っていた。
『今度映画でも行かない?』
『その…付き合ってくれないかな』
『どう? 一緒に食事でも』
一山いくらのくだらない男達が群がる。 こんなのに私の価値はわからない、わかるはずもない。 だから私は満たされない。
『ごめんなさい。 その日は予定があるの』
『ごめんなさい。 あなたにその気にはなれないの』
『ごめんなさい。 そういう気分じゃないわ』
だから私は軽くあしらう事にする。 追っ払った所で新しいのが寄ってくるだけだから。 踊っていたい者達は踊らせておけばいい。
『いいわよね。 鏡さんはモテて』
『男にしなつくってんじゃない?』
『ちょっと見た目いいからってさ』
無駄なやっかみ、嫉妬と羨望。 全てを持つが故に私は妬まれる。 幼い頃からのこと、今では何とも思わない。
『そうね。 でも別にあんなのどうでもいいわ』
『あなた程度ではしなもつくれないわね』
『私はちょっとではなくてよ?』
だから私は揺るがない。 私の自信と誇りはその程度では霞みすらしない。 輝きは色褪せない。
けれど退屈だった。 心が死んでいた。 何をしても満たされない。 ただうっとうしい周囲にうんざりし続ける日々。
そんな時にあの人に誘われた。 プロレス団体の社長。 そんな所に誘われるなんて想像もしなかった。 いろいろな誘いは受けていた。 モデルだけで何社からも。
だからおもしろいと思った。 プロレスが私にふさわしい場所とは思わなかったけど、おもしろかった。 こんな気持ちになれたのが嬉しかった。
だから、
『わかりました。 お引き受けしますわ。 交渉成立に乾杯しませんこと?』
私はのってみることにした。 つまらなければやめればいい、ただそれだけのこと。
そして私は初めて障害を知った。 負けるということを経験した。 おもしろい。 私に勝てる者に出会えた。 楽しい。 それを越えるのが。
今までする必要のなかった練習という名の努力、今まで考えたことの無い勝利への渇望、今まで経験したことの無い充実した時間。
私は私の場所に出会えた。 これが生きている実感。 そして喜び。
満たされる事で私にゆとりも生まれた。 以前より声はうっとうしくない。 取り巻く人達との交流も楽しめるようになっていた。
「オーホッホッホ、その女がわたくしの所に辿り着くのは不可能な話ですわっ」
「そうかなあー、そろそろ気をつけた方がいいんじゃないのー?」
「そうだよぅ、フレイア強いよ。 もう絞められたら終わりって感じだよぅ」
「自分も負けてられないっス!」
「そうだな。 そろそろ視界に入れておいてもいいだろう」
「まだまだですわよっ。 わたくしの相手なんか務まりませんわっ!」
「言ってらっしゃいな」
私には私の価値があるように、皆それぞれに価値がある。 時にぶつかり、時に組み、そんな時間も悪くないと思える。
愚かな連中と思う時もあるが、今は私もこの騒ぎの中にいることが楽しい時間と感じられる。
「さあ本日のメインイベントっ。 EWAヘビー級タイトルマッチを開始しますっ!」
だから私は今日も立つ。
「まずは青コーナー。 挑戦者、フレイア鏡ーっ!」
大歓声を身体に浴びて、花道を歩く。 スポットライトに照らされて私は一層輝く。
「続いて赤コーナー、チャンピオン、スーパーカオスーっ!」
もっと、もっと輝く。 全てに勝って私は上り詰める。 私の価値を、生きている実感を、この場所に感じる。
ここは私の全て。 求める物はここにある。
感じる悦楽、恍惚の瞬間。 私が求め欲した私の居場所に今日も立つ。
「ああっ…身体が火照ってきましたわっ!」
(終)
「あれ? 終わっちゃっていいのぉ? 何か技の確認してたんじゃないの?」
「いいのよ。 終わり時間でしょ。 別に明日でも構わないわ」
「ふーん、そういうもん? バーニングちゃんなんかまだがんばってるけど?」
「人は人、私は私、ですわ。 スカーレットさんもバイトの時間はよろしいの?」
「ぅあっ!? そうだっ、急がなきゃっ!」
慌ててリングを降りジムを出て行く。 確かに練習を続ける者も何人かいるのが見える。 けれど…そんな努力は私には似つかわしくない。
ゆっくりとシャワールームへと入る。 空いている場所に入り、コックを回す。 熱いシャワーが火照った身体に気持ちいい。
「ふう…」
汗がシャワーの滴とともに流れていく。 練習なんて好きではないが、この瞬間の心地いい感覚は悪くない。
両手を全身に滑らす。 疲れを汗とともに落とすように。
「はあ…やっぱフレイアはええ身体しとるなぁ」
隣からクラリッジが覗きこんで言う。
「フフ、ありがとう」
「…否定せんのやな」
「自覚してますから」
シャワーを終え、髪を乾かし、食事をどうするか考えながら事務所の方まで行くと、秘書の井上さんに社長室へ呼ばれる。
「何かしら?」
「さあ。 社長に聞いてみてくれる?」
「そうですわね」
どうせ何の話か知っているでしょうに。 この人も相変わらず食えない人ね。
「ああ、疲れてる所悪いな、フレイア」
「いいえ。 社長のお呼びとあれば別に」
「この前のバーニング戦でお前の力は充分に見れた。 そろそろ一段上に昇る頃合いだと思ってな」
「はあ」
「時期シリーズでWWCAのカオスとやってみないか?」
カオス。 WWCAのトップにして現EWA、AACの2冠王者。
「それはつまりタイトル戦ということですわね?」
「でなければお前の価値が下がる」
「あら。 社長にそんな評価していただいていたとは知りませんでしたわ」
「うちのホープだからな。 むしろカオスでいいのかと思ってるくらいだ」
フフ、この人は人をのせるのがうまい。
「いいですわ。 社長の期待に応えてみせましょう」
「わかった。 早速向こうに連絡を取る。 用件はこれで終わりだ。 わざわざすまなかった」
「これから食事ですの。 社長もご一緒にいかが?」
「あー…行きたい所なんだがちょっと時期シリーズの会場の件で揉めててな。 せっかくなんだが…」
「それではしょうがありませんわね」
「…ああ。 行きたいんだがなあ…」
「フフ、またお誘いしますわよ」
「その時は奢らさせてもらうよ」
「楽しみにしてますわ」
おもしろい。 私の誘いにのらないなんて。 口説かれた事はあの日の一度しかない。 だけど私の価値はわかっている。 本当におもしろい人。
私はいつもつまらない日々だった。 全てを手にしていたから。 美貌も、知性も、そして力も。 およそ人が欲しいもの全てを持っていた。
『今度映画でも行かない?』
『その…付き合ってくれないかな』
『どう? 一緒に食事でも』
一山いくらのくだらない男達が群がる。 こんなのに私の価値はわからない、わかるはずもない。 だから私は満たされない。
『ごめんなさい。 その日は予定があるの』
『ごめんなさい。 あなたにその気にはなれないの』
『ごめんなさい。 そういう気分じゃないわ』
だから私は軽くあしらう事にする。 追っ払った所で新しいのが寄ってくるだけだから。 踊っていたい者達は踊らせておけばいい。
『いいわよね。 鏡さんはモテて』
『男にしなつくってんじゃない?』
『ちょっと見た目いいからってさ』
無駄なやっかみ、嫉妬と羨望。 全てを持つが故に私は妬まれる。 幼い頃からのこと、今では何とも思わない。
『そうね。 でも別にあんなのどうでもいいわ』
『あなた程度ではしなもつくれないわね』
『私はちょっとではなくてよ?』
だから私は揺るがない。 私の自信と誇りはその程度では霞みすらしない。 輝きは色褪せない。
けれど退屈だった。 心が死んでいた。 何をしても満たされない。 ただうっとうしい周囲にうんざりし続ける日々。
そんな時にあの人に誘われた。 プロレス団体の社長。 そんな所に誘われるなんて想像もしなかった。 いろいろな誘いは受けていた。 モデルだけで何社からも。
だからおもしろいと思った。 プロレスが私にふさわしい場所とは思わなかったけど、おもしろかった。 こんな気持ちになれたのが嬉しかった。
だから、
『わかりました。 お引き受けしますわ。 交渉成立に乾杯しませんこと?』
私はのってみることにした。 つまらなければやめればいい、ただそれだけのこと。
そして私は初めて障害を知った。 負けるということを経験した。 おもしろい。 私に勝てる者に出会えた。 楽しい。 それを越えるのが。
今までする必要のなかった練習という名の努力、今まで考えたことの無い勝利への渇望、今まで経験したことの無い充実した時間。
私は私の場所に出会えた。 これが生きている実感。 そして喜び。
満たされる事で私にゆとりも生まれた。 以前より声はうっとうしくない。 取り巻く人達との交流も楽しめるようになっていた。
「オーホッホッホ、その女がわたくしの所に辿り着くのは不可能な話ですわっ」
「そうかなあー、そろそろ気をつけた方がいいんじゃないのー?」
「そうだよぅ、フレイア強いよ。 もう絞められたら終わりって感じだよぅ」
「自分も負けてられないっス!」
「そうだな。 そろそろ視界に入れておいてもいいだろう」
「まだまだですわよっ。 わたくしの相手なんか務まりませんわっ!」
「言ってらっしゃいな」
私には私の価値があるように、皆それぞれに価値がある。 時にぶつかり、時に組み、そんな時間も悪くないと思える。
愚かな連中と思う時もあるが、今は私もこの騒ぎの中にいることが楽しい時間と感じられる。
「さあ本日のメインイベントっ。 EWAヘビー級タイトルマッチを開始しますっ!」
だから私は今日も立つ。
「まずは青コーナー。 挑戦者、フレイア鏡ーっ!」
大歓声を身体に浴びて、花道を歩く。 スポットライトに照らされて私は一層輝く。
「続いて赤コーナー、チャンピオン、スーパーカオスーっ!」
もっと、もっと輝く。 全てに勝って私は上り詰める。 私の価値を、生きている実感を、この場所に感じる。
ここは私の全て。 求める物はここにある。
感じる悦楽、恍惚の瞬間。 私が求め欲した私の居場所に今日も立つ。
「ああっ…身体が火照ってきましたわっ!」
(終)
「やっぱり海外だとおいしいご飯食べられなくて嫌ですよねー」
無邪気に微笑みながら結城がご飯を食べている。
「ああ。 ふだんあんま気にしたことねぇけど、白いご飯が食いたくなるんだよなー」
「別にパンでもいいじゃない」
「そうだね。 ブレッドにミルクティー。 落ち着いていいじゃないか」
ジューシーペアの二人の会話にロイヤルが紅茶を飲みながら優雅に応える。
「ぶれっど、ってなんです? ロイヤルさん」
「上戸…。 あなたその程度の英語学校で習ったでしょう? パンのことよ」
「パンならパンでいいじゃねぇか…」
そんな様子を少し離れた席でぼんやり私は眺めていた。 ここは選手食堂、朝は私も利用することがある。
「おはよーございまーす」
金森が眠そうな顔で入ってくる。 その後から千春と富沢も入ってくる。
「社長、なんでそんなすみっこで食べてるの?」
朝食のトレーを持ちながら富沢が声をかけてきた。
「いあ…。 いちおうここは女子寮だから、すみっこで利用させてもらおうと…」
「何言ってんの、所長。 そんなこと気にするなら最初から利用しなければいいじゃないのー」
「近くに喫茶店でもあればそっちに行くんだが…」
朝食を扱うような飲食店は近場にはなかった。 夜は結構遅くまで開いている店はあるのだが…。
「あれー? 社長、誰か作ってくれる子とかいないわけー?」
「いたらここにはいないな」
「何なにー? 社長の相手って誰ー?」
興味津々といった感じで金森がトレーを持ってやってくる。 それはまあいいが、何気に内容が変わってるのはいかがなものか。
「誰も何も、いやしないよ、そんな相手」
「おやそうかい? 何かと『社長からですが~』とか言うあの女はいいのかい?」
ニヤニヤと笑いながら千春がトレーを持って後ろに立っていた。
「そら霧子くんは秘書だからそう言うのは当然だろう」
「そうですかー? でもお似合いかもしれませんよ?」
いつの間にか結城やジューシーペアの二人にロイヤルまで来ている。
というか、見事に囲まれてる。 正直逃げたい。
「まあ、一見社長の方が立場強そうで、実際は霧子さんの尻にしかれてるって感じだよなー、社長は」
いろんな意味でこのまま続けると自分の身が危うい気がしてきた。
コーヒーを飲み干す。
「さて、と。 あまり女子寮に男がいるのも望ましくないからそろそろ…」
「まあまあ社長」
立とうとした肩をロイヤルが押さえる。
「たまには選手との親睦を図るのも上司の仕事ってやつですよ」
逃げることもままならない。
「社長と霧子さんね…。 想像できるようなできないような…」
「うーん、そうだねー…」
みんなが黙り込む。 それはいったいどういう意味なのでしょうか?
「ほらお前たちも練習時間も近いんだから準備とか…」
「社長は霧子さんのことどう思ってるの?」
話を変えることもできない。
「どう、って…。 すごい有能な社員、ですよ?」
「まあ社長より有能な気もするけどな」
薄笑いで嫌味をさらりと言う千春。 ああ、そうだろうよ。 実際否定できないものもあるよっ!
「だよねー。 なんで霧子さんが社長じゃないの?」
「…富沢、それは年棒カットの要求か?」
「あ、あははは。 じょ、冗談じゃない、社長ー」
「何、じゃあ社長は霧子さんには興味ないの?」
「興味ない、って言うか…。 仕事中にそんなこと気にしてられないぞ? 仕事にならないじゃないか」
「霧子さんはどうなのかなあ?」
「気にしてないんじゃないんですかー? いつも定時でお帰りのようですしー」
微笑ながら結城が言う。 確かにそうなのだが、人に言われるとなぜか傷つくような気分になるものですね…。 いや構わないのだが。
時計を見ると結構な時間になってきてる。
「おい、お前たちそろそろ練習時間じゃないのか?」
「んー? そうだな、飯も食ったし社長からかうのもここらにするか」
なんですって?
「そうね。 じゃあそろそろ」
「ああ、社長私のコーチなんだからお互いさまだよ? むしろ選手より先じゃないの?」
「かったるいなー、まあ適当にやっか…」
好き放題言ってみんな去っていく。
「…。 なんだったんだ…」
「まあ彼女たちも年頃ですからその手の話はいい肴、ということですね」
「うわあっ! 霧子くんいつからっ!」
「金森さんの『社長は霧子さんのことどう思ってるの?』あたりからでしょうか」
なんか納得。 どうりでみんな霧子くんへは何も言わないわけだ…。
「まあこれでみんな今日も一日がんばってくれることでしょう」
「…私は?」
「『社長』ですから何があろうと毎日がんばってください」
これだから霧子くんの方が有能とか言われるんだろうな…。
コーチプランを立てながらジムへ向かう途中ぼんやり考える。 リングで戦う彼女たちも、霧子くんの言う通り年頃の女の子、なんだな、と。
それぞれいろいろな理由でリングに立っているけども、そこを忘れないでいよう、と改めて思ったのだった。
(終)
無邪気に微笑みながら結城がご飯を食べている。
「ああ。 ふだんあんま気にしたことねぇけど、白いご飯が食いたくなるんだよなー」
「別にパンでもいいじゃない」
「そうだね。 ブレッドにミルクティー。 落ち着いていいじゃないか」
ジューシーペアの二人の会話にロイヤルが紅茶を飲みながら優雅に応える。
「ぶれっど、ってなんです? ロイヤルさん」
「上戸…。 あなたその程度の英語学校で習ったでしょう? パンのことよ」
「パンならパンでいいじゃねぇか…」
そんな様子を少し離れた席でぼんやり私は眺めていた。 ここは選手食堂、朝は私も利用することがある。
「おはよーございまーす」
金森が眠そうな顔で入ってくる。 その後から千春と富沢も入ってくる。
「社長、なんでそんなすみっこで食べてるの?」
朝食のトレーを持ちながら富沢が声をかけてきた。
「いあ…。 いちおうここは女子寮だから、すみっこで利用させてもらおうと…」
「何言ってんの、所長。 そんなこと気にするなら最初から利用しなければいいじゃないのー」
「近くに喫茶店でもあればそっちに行くんだが…」
朝食を扱うような飲食店は近場にはなかった。 夜は結構遅くまで開いている店はあるのだが…。
「あれー? 社長、誰か作ってくれる子とかいないわけー?」
「いたらここにはいないな」
「何なにー? 社長の相手って誰ー?」
興味津々といった感じで金森がトレーを持ってやってくる。 それはまあいいが、何気に内容が変わってるのはいかがなものか。
「誰も何も、いやしないよ、そんな相手」
「おやそうかい? 何かと『社長からですが~』とか言うあの女はいいのかい?」
ニヤニヤと笑いながら千春がトレーを持って後ろに立っていた。
「そら霧子くんは秘書だからそう言うのは当然だろう」
「そうですかー? でもお似合いかもしれませんよ?」
いつの間にか結城やジューシーペアの二人にロイヤルまで来ている。
というか、見事に囲まれてる。 正直逃げたい。
「まあ、一見社長の方が立場強そうで、実際は霧子さんの尻にしかれてるって感じだよなー、社長は」
いろんな意味でこのまま続けると自分の身が危うい気がしてきた。
コーヒーを飲み干す。
「さて、と。 あまり女子寮に男がいるのも望ましくないからそろそろ…」
「まあまあ社長」
立とうとした肩をロイヤルが押さえる。
「たまには選手との親睦を図るのも上司の仕事ってやつですよ」
逃げることもままならない。
「社長と霧子さんね…。 想像できるようなできないような…」
「うーん、そうだねー…」
みんなが黙り込む。 それはいったいどういう意味なのでしょうか?
「ほらお前たちも練習時間も近いんだから準備とか…」
「社長は霧子さんのことどう思ってるの?」
話を変えることもできない。
「どう、って…。 すごい有能な社員、ですよ?」
「まあ社長より有能な気もするけどな」
薄笑いで嫌味をさらりと言う千春。 ああ、そうだろうよ。 実際否定できないものもあるよっ!
「だよねー。 なんで霧子さんが社長じゃないの?」
「…富沢、それは年棒カットの要求か?」
「あ、あははは。 じょ、冗談じゃない、社長ー」
「何、じゃあ社長は霧子さんには興味ないの?」
「興味ない、って言うか…。 仕事中にそんなこと気にしてられないぞ? 仕事にならないじゃないか」
「霧子さんはどうなのかなあ?」
「気にしてないんじゃないんですかー? いつも定時でお帰りのようですしー」
微笑ながら結城が言う。 確かにそうなのだが、人に言われるとなぜか傷つくような気分になるものですね…。 いや構わないのだが。
時計を見ると結構な時間になってきてる。
「おい、お前たちそろそろ練習時間じゃないのか?」
「んー? そうだな、飯も食ったし社長からかうのもここらにするか」
なんですって?
「そうね。 じゃあそろそろ」
「ああ、社長私のコーチなんだからお互いさまだよ? むしろ選手より先じゃないの?」
「かったるいなー、まあ適当にやっか…」
好き放題言ってみんな去っていく。
「…。 なんだったんだ…」
「まあ彼女たちも年頃ですからその手の話はいい肴、ということですね」
「うわあっ! 霧子くんいつからっ!」
「金森さんの『社長は霧子さんのことどう思ってるの?』あたりからでしょうか」
なんか納得。 どうりでみんな霧子くんへは何も言わないわけだ…。
「まあこれでみんな今日も一日がんばってくれることでしょう」
「…私は?」
「『社長』ですから何があろうと毎日がんばってください」
これだから霧子くんの方が有能とか言われるんだろうな…。
コーチプランを立てながらジムへ向かう途中ぼんやり考える。 リングで戦う彼女たちも、霧子くんの言う通り年頃の女の子、なんだな、と。
それぞれいろいろな理由でリングに立っているけども、そこを忘れないでいよう、と改めて思ったのだった。
(終)
ジューシーペア主導によるWCWWの業界での旋風により、破竹の勢いで各地域での人気が高まる中、彼女らのように一人海外で力をつけている選手がいた。
結城千種。 ぼんやりとした少女なのだが、ひたむきさがある。 そして投げ技に入る巧みさに目を奪われた。
「これは…大化けするかもしれないな…」
さすがにジューシーペアのふたりには敵わないかもしれないが、その対抗選手として期待できる。 そう踏んだのだが…
「ただいま戻りましたー」
いつも通りのぼんやりとした言葉と微笑みでいつも通りで帰ってきた。
「よく戻った。 どうだ? 手ごたえは感じたか?」
「ご飯のありがたさがわかりましたー」
「…」
相変わらずではあるが…。
「では、私が相手してあげましょう。 結城、リングに来なさい」
前回のジューシーペアの例もあるからか、ロイヤルがスパーリングパートナーをかってでる。 最近ではジューシーペアのおかげでポジションが微妙ゆえのあせりもあるのかもしれない。
「いやロイヤル、いくらなんでもお前が相手しなくともいいだろう」
「社長は黙っててください。 さあ結城」
「はーい」
戻ったばかりだと言うのに、更衣室へと向かっていく。 そして…
「これは…」
ロイヤルが呆然とする。 いや私もだ。 彼女の力はすでにロイヤルを超えていた。 まさかここまで腕を上げているとは…。
元々得意であったバックドロップ。 しかし背後を取り投げるまでの流れは速く、威力もロイヤルを見る限り相当のものだろう。
投げだけでなく他の技も巧みにこなす技術もいつの間にか身につけ、正直脅威とすら言えよう。 現時点でこそスターダムに乗り勢いのあるジューシーペアの二人に勝てないとしても、遠くない未来に越えていく。 そう思えるほどの輝きを彼女に感じていた。
さて、ジューシーペアの二人についても考えていたのだがここに結城まで加わって、社長として考えなければいけない、と思う。 実際波に乗っているとは言え、資本金としてはさしてないからだ。 というのも、先日のジューシーペアの売り出しにかなりの投資をさいたせいで、各地の人気が上がり集客はよくなったのが資本金回収にはまだしばらくかかる。
「…他所から客を奪う、その程度の心構えは私の義務かもしれないな……」
「どうかなさりましたか? 社長」
「去年の大々的勝負は成功したわけだが」
「ええ、そうですね。 作戦成功、というわけですね」
笑顔でこたえる霧子くんに私は言う。
「少々強引だが今年も続けて勝負しようと思う」
言うと霧子くんの笑顔が引きつる。
「…。 え、でも…まだ昨年の投資で資本金確保はできていませんが…」
「そう。 確保ができてない、であってないわけではないな?」
「しかし…」
「チャンスでもあるのだよ、霧子くん。 他団体及びそのファンたちの目も今うちに向いている。 当然マスコミもだ。 だからこそ畳み掛ける必要がある」
「どう…ですか?」
「クリス・モーガンを呼ぶ」
「!? あ、IWWFのっ!? しかしあそこは現在新女と契約している団体ですし…」
「そう、だから契約金を大幅に出すつもりだ」
フロントの抗争と言えよう。
「しかしっ…これから新年の契約更改も迎えるというのに…」
「ああ、そうだな。 でも霧子くん、忘れてないか? その前に何がある?」
「その前…ですか?」
「EXとプロレス大賞だよ。 正直賭けになってしまうが、今年のジューシーペアならいけると思うんだ。 およそ優勝と大賞を奪ってくると信じてる。 だからこそ、なんだよ。 結城も加わりモーガンもとなれば、完全に新女を抜くことができる」
「その…。 失礼ですが結城さんはそんなに?」
「ジューシーたちの持っているGWAを返還してもよいくらいに、だな」
「それはつまり…?」
「もっと高いレベルのうちを見せよう、ということさっ」
海外の団体と言えばここかWWCAというくらいの大団体IWWF。 そしてそこの絶対王者として君臨するクリス・モーガン。 あのパンサー理沙子すら子供扱いする彼女を迎えて、うちは新たなステージを目指す。
ジューシーペアの目の色も変わる。
「社長っ、マジか? あのモーガンと戦えるってのはっ!?」
「クリス・モーガン…。 あのクリス・モーガンと…」
「ああ、それだけじゃないぞ。 誰よりファンが待ってたものも用意した」
怪訝な顔を浮かべる二人。
「WCWW認定ヘビー級王座。 マスコミにも連絡した」
「!?」
「これにあわせて海外団体3団体を含めたリーグ戦を行う。 うちからは6選手。 2リーグ制で決勝のカードで最初のタイトル戦を行う。 抽選会の日程は近いうちに連絡する、と。 まあこんな感じだ」
「お、おいおい、社長。 楽しいことになってきたじゃねぇか…」
緊張も伺えるが相変わらずの強気なマッキー。
「タイトル戦は年明け…ってことですね?」
冷静に分析で返すマッキー。 お互い相変わらずでなんだかおかしい。
「その通り。 これは当然お前たちがEXのトロフィーを持ち帰ること前提の大プロジェクトだ。 12月『興行としては』新女に華を持たせるが、主役はうち、そして年明けからそのまま話題独占、というフロントの勝負というわけさ」
「完璧な計画、というわけですね…」
ニヤリと笑うロイヤルに力強く頷く。
「またその前段階として、ラッキーには申し訳ないがGWAヘビーのベルトを返還する」
「! …それは…なんででしょうか?」
「まあ不満に思うのはわかるが、アジア王者でもあるお前が巻くベルトではない、と思ってな」
「けど…」
「まあ待て。 お前にはむしろIWWFを見てくれ、ということだ。 もちろんラッキーだけでなくみんな、だが」
「なるほど…そういうことなら、まあ仕方ないですね…。 確かにそちらの方が魅力ではありますし」
「で、だ。 そのGWAタイトルを来月、凱旋興行として結城にローズとやってもらう」
「え、え? わ、私ですか?」
「社長、それって私とタイトル戦すればいいだけなんじゃないのですか?」
「悪いな、ラッキー。 会社としてはそんなおもしろいカードは今はまだ組むわけにはいかないんだ」
「…。 わかりました。 でもこれは会社への貸しにしておきますから」
不承不承ラッキーが折れる。 申し訳ないけども万一この時点でラッキーが負けようものなら後の流れに影響する。 およそラッキーは負けるわけないと思ってるからこそ、だろうが私としてはそうはいかない。 可能性だけならありうる。
「そういうわけで、君らには更なるハイレベルな試合、フロントとしては更なる集客というはっきりとした大きなステージが用意されることになる。 みんな気を引き締めてがんばって欲しい」
「はいっ!」
かくして一大プロジェクトはスタートし、選手たちのがんばりのおかげではあるが、おもしろいほど予定通りに事は運んだ。
リーグ戦は見事に抽選で別れたジューシーペアが決勝戦を行い、優勝したのはマッキー。 実力が均衡しているだけあって結果は予想も難しいほどだ。 とは言え王者は以前ラッキーのままなのだが。
GWA挑戦の結城はこれもまた見事にタイトルを獲得。 およそ会場のファンも驚いたろうが対戦したローズはもっと驚いていた。 圧倒的な結城のその強さに。
そしてEX。 こちらも圧倒的な強さでもってジューシーペアが優勝。 新女勢はそろそろ引退を視野に入れた選手たち。 対してジューシーペアは今が旬。 勝負になりようがないのは言うまでもなかった。
最後に新年早々の年明け興行最終日。 日本武闘館満員札止めの中、ラッキー内田が初代WCWW認定ヘビー級王者となった。
どうも彼女はここぞ、と言う時に強い。 あの冷静さがタイトル戦で生きている、と言うのだろうか? そんな風に思いながら試合を見ていた。
わずか4年。 WCWWは再び女子プロレスをリードする位置に戻っていた…
(終)
結城千種。 ぼんやりとした少女なのだが、ひたむきさがある。 そして投げ技に入る巧みさに目を奪われた。
「これは…大化けするかもしれないな…」
さすがにジューシーペアのふたりには敵わないかもしれないが、その対抗選手として期待できる。 そう踏んだのだが…
「ただいま戻りましたー」
いつも通りのぼんやりとした言葉と微笑みでいつも通りで帰ってきた。
「よく戻った。 どうだ? 手ごたえは感じたか?」
「ご飯のありがたさがわかりましたー」
「…」
相変わらずではあるが…。
「では、私が相手してあげましょう。 結城、リングに来なさい」
前回のジューシーペアの例もあるからか、ロイヤルがスパーリングパートナーをかってでる。 最近ではジューシーペアのおかげでポジションが微妙ゆえのあせりもあるのかもしれない。
「いやロイヤル、いくらなんでもお前が相手しなくともいいだろう」
「社長は黙っててください。 さあ結城」
「はーい」
戻ったばかりだと言うのに、更衣室へと向かっていく。 そして…
「これは…」
ロイヤルが呆然とする。 いや私もだ。 彼女の力はすでにロイヤルを超えていた。 まさかここまで腕を上げているとは…。
元々得意であったバックドロップ。 しかし背後を取り投げるまでの流れは速く、威力もロイヤルを見る限り相当のものだろう。
投げだけでなく他の技も巧みにこなす技術もいつの間にか身につけ、正直脅威とすら言えよう。 現時点でこそスターダムに乗り勢いのあるジューシーペアの二人に勝てないとしても、遠くない未来に越えていく。 そう思えるほどの輝きを彼女に感じていた。
さて、ジューシーペアの二人についても考えていたのだがここに結城まで加わって、社長として考えなければいけない、と思う。 実際波に乗っているとは言え、資本金としてはさしてないからだ。 というのも、先日のジューシーペアの売り出しにかなりの投資をさいたせいで、各地の人気が上がり集客はよくなったのが資本金回収にはまだしばらくかかる。
「…他所から客を奪う、その程度の心構えは私の義務かもしれないな……」
「どうかなさりましたか? 社長」
「去年の大々的勝負は成功したわけだが」
「ええ、そうですね。 作戦成功、というわけですね」
笑顔でこたえる霧子くんに私は言う。
「少々強引だが今年も続けて勝負しようと思う」
言うと霧子くんの笑顔が引きつる。
「…。 え、でも…まだ昨年の投資で資本金確保はできていませんが…」
「そう。 確保ができてない、であってないわけではないな?」
「しかし…」
「チャンスでもあるのだよ、霧子くん。 他団体及びそのファンたちの目も今うちに向いている。 当然マスコミもだ。 だからこそ畳み掛ける必要がある」
「どう…ですか?」
「クリス・モーガンを呼ぶ」
「!? あ、IWWFのっ!? しかしあそこは現在新女と契約している団体ですし…」
「そう、だから契約金を大幅に出すつもりだ」
フロントの抗争と言えよう。
「しかしっ…これから新年の契約更改も迎えるというのに…」
「ああ、そうだな。 でも霧子くん、忘れてないか? その前に何がある?」
「その前…ですか?」
「EXとプロレス大賞だよ。 正直賭けになってしまうが、今年のジューシーペアならいけると思うんだ。 およそ優勝と大賞を奪ってくると信じてる。 だからこそ、なんだよ。 結城も加わりモーガンもとなれば、完全に新女を抜くことができる」
「その…。 失礼ですが結城さんはそんなに?」
「ジューシーたちの持っているGWAを返還してもよいくらいに、だな」
「それはつまり…?」
「もっと高いレベルのうちを見せよう、ということさっ」
海外の団体と言えばここかWWCAというくらいの大団体IWWF。 そしてそこの絶対王者として君臨するクリス・モーガン。 あのパンサー理沙子すら子供扱いする彼女を迎えて、うちは新たなステージを目指す。
ジューシーペアの目の色も変わる。
「社長っ、マジか? あのモーガンと戦えるってのはっ!?」
「クリス・モーガン…。 あのクリス・モーガンと…」
「ああ、それだけじゃないぞ。 誰よりファンが待ってたものも用意した」
怪訝な顔を浮かべる二人。
「WCWW認定ヘビー級王座。 マスコミにも連絡した」
「!?」
「これにあわせて海外団体3団体を含めたリーグ戦を行う。 うちからは6選手。 2リーグ制で決勝のカードで最初のタイトル戦を行う。 抽選会の日程は近いうちに連絡する、と。 まあこんな感じだ」
「お、おいおい、社長。 楽しいことになってきたじゃねぇか…」
緊張も伺えるが相変わらずの強気なマッキー。
「タイトル戦は年明け…ってことですね?」
冷静に分析で返すマッキー。 お互い相変わらずでなんだかおかしい。
「その通り。 これは当然お前たちがEXのトロフィーを持ち帰ること前提の大プロジェクトだ。 12月『興行としては』新女に華を持たせるが、主役はうち、そして年明けからそのまま話題独占、というフロントの勝負というわけさ」
「完璧な計画、というわけですね…」
ニヤリと笑うロイヤルに力強く頷く。
「またその前段階として、ラッキーには申し訳ないがGWAヘビーのベルトを返還する」
「! …それは…なんででしょうか?」
「まあ不満に思うのはわかるが、アジア王者でもあるお前が巻くベルトではない、と思ってな」
「けど…」
「まあ待て。 お前にはむしろIWWFを見てくれ、ということだ。 もちろんラッキーだけでなくみんな、だが」
「なるほど…そういうことなら、まあ仕方ないですね…。 確かにそちらの方が魅力ではありますし」
「で、だ。 そのGWAタイトルを来月、凱旋興行として結城にローズとやってもらう」
「え、え? わ、私ですか?」
「社長、それって私とタイトル戦すればいいだけなんじゃないのですか?」
「悪いな、ラッキー。 会社としてはそんなおもしろいカードは今はまだ組むわけにはいかないんだ」
「…。 わかりました。 でもこれは会社への貸しにしておきますから」
不承不承ラッキーが折れる。 申し訳ないけども万一この時点でラッキーが負けようものなら後の流れに影響する。 およそラッキーは負けるわけないと思ってるからこそ、だろうが私としてはそうはいかない。 可能性だけならありうる。
「そういうわけで、君らには更なるハイレベルな試合、フロントとしては更なる集客というはっきりとした大きなステージが用意されることになる。 みんな気を引き締めてがんばって欲しい」
「はいっ!」
かくして一大プロジェクトはスタートし、選手たちのがんばりのおかげではあるが、おもしろいほど予定通りに事は運んだ。
リーグ戦は見事に抽選で別れたジューシーペアが決勝戦を行い、優勝したのはマッキー。 実力が均衡しているだけあって結果は予想も難しいほどだ。 とは言え王者は以前ラッキーのままなのだが。
GWA挑戦の結城はこれもまた見事にタイトルを獲得。 およそ会場のファンも驚いたろうが対戦したローズはもっと驚いていた。 圧倒的な結城のその強さに。
そしてEX。 こちらも圧倒的な強さでもってジューシーペアが優勝。 新女勢はそろそろ引退を視野に入れた選手たち。 対してジューシーペアは今が旬。 勝負になりようがないのは言うまでもなかった。
最後に新年早々の年明け興行最終日。 日本武闘館満員札止めの中、ラッキー内田が初代WCWW認定ヘビー級王者となった。
どうも彼女はここぞ、と言う時に強い。 あの冷静さがタイトル戦で生きている、と言うのだろうか? そんな風に思いながら試合を見ていた。
わずか4年。 WCWWは再び女子プロレスをリードする位置に戻っていた…
(終)
「うりゃあーっ」
「くっ、せいっ」
「…」
正直言葉がない。 長く海外遠征に出していたマッキー上戸・ラッキー内田をそろそろデビューさせたい、と思って呼び戻し、ジムでどれだけ力をつけたか見させてもらったのだが…。
まさかこんなに力をつけていたとは…。
「ふふ、これは…私も完璧に打ちのめす、とはいかなそうですね…」
隣で見ていたロイヤルもその言葉以上にあせりを感じる。 それもそうだろう、ほぼ同じレベルになっている。 およそロイヤルも苦戦は必至であろう。
小会場でのメインを考えていたが、こうなってくると話は違う。 業界やファンへのサプライズを起こせば、一気に流れがうちに来る。 これはフロントの勝負どころ、か…。
「霧子くん、GWAのフロントにアポを取ってくれ。 日が決まったら連絡を、私はこれからアメリカに行ってくる」
「え、社長? カードや会場は?」
「戻り次第すぐに行う。 とりあえず来月はフロントとして勝負することになった。 あと宣伝の手配も頼むよ」
私の言葉に霧子くんも緊張する。
「わかりました。 早急に手配します」
翌月寸前のスポーツ新聞にこのことは掲載された。
『デビュー戦がタイトルマッチ! WCWWの隠し玉がGWAタッグタイトル戦』
負けてもおよそ問題はない。 が、問題は負け方だろう。 これがマスコミやファンの考えるところに違いない。 しかし…
カンカンカンッ!
『3カウントっ! デビュー戦の新人二人がなんとGWAタッグベルト戴冠ーっ!』
大方の予想を覆すデビュータイトル戦勝利。 当然この勢いでこの年のEXにも参加。 残念ながら3位に終わったが、まだデビューしたばかりにも関わらずパンサーやサンダーと渡り合い、他団体・ファンに鮮烈なものを与えたことだろう。
事実ここからうちは一気にファンが増えていく。
この二人の快進撃によりロイヤルや他の選手の知名度も相対的に上がり、それまでドサ周り的であった興行が、3倍以上の集客に至りフロントの勝負は大成功となった、と言えよう。
中堅どころとして活躍してたコスレスラー富沢、ヒールらしさが売りの村上には写真集やCDなどの芸能界からの声もかかりだす。 そしてさらに別のファン層がつき、完全に流れを手に入れた。
上手くいきだすといい流れは続くもので、翌年早々にラッキーがGWAヘビーのベルトを奪う。
そして夏。 これが最大の流れと言えるだろう。 あきらかに業界内で乗りに乗っていたうちを潰そうと考えたのだろう。 出る杭をうつのは常套手段だ。
「社長っ」
珍しく霧子くんがあせりの表情を浮かべやってくる。
「どうしたんだい?」
「それが…先ほど新女から電話があって…」
「うん? EXはまだ先だろうに…」
「いえ…。 パンサー理沙子のアジアヘビー級ベルトに挑戦しないか、と…」
「なんだって!?」
「ジューシーペア参戦要請です…」
「なるほど…わざわざ今売り出し中のジューシーを挑戦者にして叩き潰そう、しょせんうちは新女以下、というアピールか…」
「…まあ、そうでしょうね。 断っておいた方がいいでしょうか?」
「すでに引けないよ、霧子くん。 こんなネタ、あちらさんがマスコミに流してないわけもないだろう。 おそらく数日以内に来るよ」
「そう、ですね…。 ではどう致しますか?」
「とりあえず二人を呼んでくれ」
「なんだい? 社長ー。 また海外とか冗談はやめてくれよな?」
「ちょっとあなた、いいかげんまず話を聞くってこと覚えなさいよ」
「それがだな…」
先ほど霧子くんと話した予想を含めて二人に話す。
「おーおー。 バカにされたもんだね、あたしら」
「それで社長はどうお考えなのですか?」
「こんなもん引いたらうちはこの業界でやっていけない。 当然受ける」
「そうこなくっちゃなっ、社長っ!」
得たり、とばかりに喜ぶマッキー。 実にこいつはわかりやすい。
「いいか、これはただの軍団抗争じゃあない。 ある意味うちの勝負どころになる。 ポイントはシングルだ。 どっちが出る?」
まあ普段の二人を見る限り予想はつくが…。
「んー…じゃあここはうっちーに任すか」
「え?」
「お?」
予想だにしなかったマッキーの言葉にラッキーも私も驚きを隠せない。
「珍しいな…。 絶対自分、と言うかと思ったが…」
「私も…そう、思ったんだけど…」
するとマッキーがニヤリと笑う。
「ああ、うちのファンだって向こうさんだってそう思うだろうさ。 だからうっちーじゃねえか」
「ふむ」
「みんなあたしが出ると思ってるからあたし対策してるつーの。 実際問題今のあたしじゃちょいきつい。 ただの引き立て役にされかねねー。 その点うっちーなら予想外な上にテクニシャンだからな、そうはならねー」
思わず私も笑みを浮かべる。
「おもしろい。 本気で奪うつもりだな?」
「当たり前だろっ。 バカにしてる向こうさんの鼻へし折ってやらねーとなっ」
「私、が…」
「なんだよ、うっちー。 いけんだろ? 本当はあたしがやりたいんだぜ?」
そう言ってマッキーがとん、とラッキーの肩をつく。 振り返るラッキーの目が変わっていた。
「ええっ」
「よしっ、お前たち。 時間は短いが特訓といくかっ。 やれるだけのことはやっておこうっ!」
「おうよっ!」
「はいっ!」
そして翌月の代々木体育センター。 8000人の観客の前でその瞬間が訪れた。 第4代アジアヘビー級王者、ラッキー内田の誕生だ。
うちだけでなく、業界全体にジューシーペア旋風が巻き起こっていったのだった。
(終)
「くっ、せいっ」
「…」
正直言葉がない。 長く海外遠征に出していたマッキー上戸・ラッキー内田をそろそろデビューさせたい、と思って呼び戻し、ジムでどれだけ力をつけたか見させてもらったのだが…。
まさかこんなに力をつけていたとは…。
「ふふ、これは…私も完璧に打ちのめす、とはいかなそうですね…」
隣で見ていたロイヤルもその言葉以上にあせりを感じる。 それもそうだろう、ほぼ同じレベルになっている。 およそロイヤルも苦戦は必至であろう。
小会場でのメインを考えていたが、こうなってくると話は違う。 業界やファンへのサプライズを起こせば、一気に流れがうちに来る。 これはフロントの勝負どころ、か…。
「霧子くん、GWAのフロントにアポを取ってくれ。 日が決まったら連絡を、私はこれからアメリカに行ってくる」
「え、社長? カードや会場は?」
「戻り次第すぐに行う。 とりあえず来月はフロントとして勝負することになった。 あと宣伝の手配も頼むよ」
私の言葉に霧子くんも緊張する。
「わかりました。 早急に手配します」
翌月寸前のスポーツ新聞にこのことは掲載された。
『デビュー戦がタイトルマッチ! WCWWの隠し玉がGWAタッグタイトル戦』
負けてもおよそ問題はない。 が、問題は負け方だろう。 これがマスコミやファンの考えるところに違いない。 しかし…
カンカンカンッ!
『3カウントっ! デビュー戦の新人二人がなんとGWAタッグベルト戴冠ーっ!』
大方の予想を覆すデビュータイトル戦勝利。 当然この勢いでこの年のEXにも参加。 残念ながら3位に終わったが、まだデビューしたばかりにも関わらずパンサーやサンダーと渡り合い、他団体・ファンに鮮烈なものを与えたことだろう。
事実ここからうちは一気にファンが増えていく。
この二人の快進撃によりロイヤルや他の選手の知名度も相対的に上がり、それまでドサ周り的であった興行が、3倍以上の集客に至りフロントの勝負は大成功となった、と言えよう。
中堅どころとして活躍してたコスレスラー富沢、ヒールらしさが売りの村上には写真集やCDなどの芸能界からの声もかかりだす。 そしてさらに別のファン層がつき、完全に流れを手に入れた。
上手くいきだすといい流れは続くもので、翌年早々にラッキーがGWAヘビーのベルトを奪う。
そして夏。 これが最大の流れと言えるだろう。 あきらかに業界内で乗りに乗っていたうちを潰そうと考えたのだろう。 出る杭をうつのは常套手段だ。
「社長っ」
珍しく霧子くんがあせりの表情を浮かべやってくる。
「どうしたんだい?」
「それが…先ほど新女から電話があって…」
「うん? EXはまだ先だろうに…」
「いえ…。 パンサー理沙子のアジアヘビー級ベルトに挑戦しないか、と…」
「なんだって!?」
「ジューシーペア参戦要請です…」
「なるほど…わざわざ今売り出し中のジューシーを挑戦者にして叩き潰そう、しょせんうちは新女以下、というアピールか…」
「…まあ、そうでしょうね。 断っておいた方がいいでしょうか?」
「すでに引けないよ、霧子くん。 こんなネタ、あちらさんがマスコミに流してないわけもないだろう。 おそらく数日以内に来るよ」
「そう、ですね…。 ではどう致しますか?」
「とりあえず二人を呼んでくれ」
「なんだい? 社長ー。 また海外とか冗談はやめてくれよな?」
「ちょっとあなた、いいかげんまず話を聞くってこと覚えなさいよ」
「それがだな…」
先ほど霧子くんと話した予想を含めて二人に話す。
「おーおー。 バカにされたもんだね、あたしら」
「それで社長はどうお考えなのですか?」
「こんなもん引いたらうちはこの業界でやっていけない。 当然受ける」
「そうこなくっちゃなっ、社長っ!」
得たり、とばかりに喜ぶマッキー。 実にこいつはわかりやすい。
「いいか、これはただの軍団抗争じゃあない。 ある意味うちの勝負どころになる。 ポイントはシングルだ。 どっちが出る?」
まあ普段の二人を見る限り予想はつくが…。
「んー…じゃあここはうっちーに任すか」
「え?」
「お?」
予想だにしなかったマッキーの言葉にラッキーも私も驚きを隠せない。
「珍しいな…。 絶対自分、と言うかと思ったが…」
「私も…そう、思ったんだけど…」
するとマッキーがニヤリと笑う。
「ああ、うちのファンだって向こうさんだってそう思うだろうさ。 だからうっちーじゃねえか」
「ふむ」
「みんなあたしが出ると思ってるからあたし対策してるつーの。 実際問題今のあたしじゃちょいきつい。 ただの引き立て役にされかねねー。 その点うっちーなら予想外な上にテクニシャンだからな、そうはならねー」
思わず私も笑みを浮かべる。
「おもしろい。 本気で奪うつもりだな?」
「当たり前だろっ。 バカにしてる向こうさんの鼻へし折ってやらねーとなっ」
「私、が…」
「なんだよ、うっちー。 いけんだろ? 本当はあたしがやりたいんだぜ?」
そう言ってマッキーがとん、とラッキーの肩をつく。 振り返るラッキーの目が変わっていた。
「ええっ」
「よしっ、お前たち。 時間は短いが特訓といくかっ。 やれるだけのことはやっておこうっ!」
「おうよっ!」
「はいっ!」
そして翌月の代々木体育センター。 8000人の観客の前でその瞬間が訪れた。 第4代アジアヘビー級王者、ラッキー内田の誕生だ。
うちだけでなく、業界全体にジューシーペア旋風が巻き起こっていったのだった。
(終)
「ふーん、内田は器用だな…。 慣れがはやいのかな?」
「そんなことないですよ、社長」
「今は社長ではなく、コーチだ」
弱小団体のWCWWに入団してまだわずか。 世界へ通じるレスラーへとなりたい、という私はこの小さな団体の新人テストに合格し、今は社長兼コーチからトレーニングを受けている。 幼い頃に見たWCWWの熱い戦いが今は弱小となったこの団体へ入った理由なのかもしれない。 特にどこ、というものはなかった。 まずプロになりたかった。
「おい、上戸。 お前は少し筋トレばかりしすぎだぞ?」
「いいじゃねえか、社長ー。 あたしは力押しが向いてんだって」
「今は社長ではなく、コーチだっての…」
同じく社長兼コーチから指導を受けているマッキー上戸。 同期の新人だ。 私がいろんな局面に対応しようとするタイプなら彼女は力でねじ伏せるタイプ、私とはあまりにも違いすぎて馴染めない。
「力だけでどうにかなると思ってるのかしら」
「んだと? なんでもこいに得意なしって言うのも知らねえか?」
「あら。 ただの力バカってわけでもないのね」
「…言ってくれんじゃねえか、内田ぁ」
「はいはい、お前たち今がトレーニング中なことは忘れるな」
数ヶ月コーチを受けた段階で社長に呼ばれた。
「お前たち二人を今日呼んだのは他でもない」
呼ばれたのは私と上戸だった。 言いあいばかりしているから? なんて思っていたら想像だにしないことを言われた。
「お前たちは今うちにいる新人たちの中ではかなり才能を感じる。 とは言え基礎のないお前たちを実戦に送りだしても、才能をうまく伸ばせないだろう」
「んなことねぇよ、社長。 あたしは実戦じゃないと伸びないタイプなんだって」
くってかかった上戸に社長がため息をつく。
「それならありがたいんだがな。 お前とロイヤルで試合しても一瞬だ。 それで何が学べるんだ?」
「ん、んなもんやってみないとわからないだろっ」
「それ見ろ。 わからないんじゃないか。 少なくともお前よりコーチもしてる私の方がお前たちの状態はわかっているつもりだ。 そこで、だ。 お前たち海外で学んでこないか?」
「海外…ですか?」
二人ともまだこの団体での実戦すら経験していない。 まだジムでデビューを前に練習の日々を暮らしてる新人にすぎない。 それが海外修行?
「二人とも国内のプロレスは見てきてるだろう。 練習というものも今学んでいる。 だが外のプロレスは知らないだろう。 いずれうちの看板を背負う選手になってくれると思うからこそ、早い段階から外を学んできてほしい」
「…なるほど」
私はもとより海外に行くのは興味があるから願ったりだ。
「あたしはここで暴れたいんだけどね…」
「ふん、なんだ、怖いか? 上戸」
「おーおー。 言ってくれるじゃねえか、社長。 行ってやんよ、どこへでもっ」
…単純。 簡単にのせられてる。 やっぱりこの人とはわかりあえそうもない。
そして二人ともまだデビューすらしてないまま海外へと行くことになった。 とりあえず行く先はアメリカということで多少安心した。 およそ学校英語とは言え、全くわからない言語圏ではないから。
「とは言え、苦労しそうね…。 実際にネイティブと会話したことなんてないから…」
「んだよ。 ボディランゲージでなんとかなるってもんよ、そんなんはよっ」
「あなたのそういうとこって羨ましいわ…」
「…なんかバカにされてねぇか?」
「気のせいよ」
実際羨ましい。 その根拠のない自信が。
そして外国での暮らしが始まった。 上戸とは同居生活になった。 まあ現状弱小団体のうちでは私達二人を海外派遣するのも厳しいだろうから、ここは仕方のないとこだろう。
確かにこっちのプロレスは日本とは違う。 学ぶことは多く時間が風のようにすぎていく。 試合こそ出ていないものの、セコンドなどで会場入りし試合を見ていると自分たちの不足しているものが見えてくる。
連夜、二人で話す時間が増えてきた。
「うっちー。 見せ技が足りねーんじゃねえか?」
「うん、そうみたい。 そこが課題ね。 でも関節に見せ技は少ないし、関節以外で魅せることを考えた方がいいかも」
「だな」
「あなたの場合、派手さはあるけどまだ粗すぎよね。 精度を上げないと上の選手には返されるだけかもしれないわ」
「そうなんだよな…。 入りが見え見えになってるかもしれねー」
彼女は私のことを『うっちー』と呼ぶようになっていた。 私は変わらない。 けれど彼女との間の壁はなくなった、と感じる。 二人で過ごす時間が多かったから。
生活用品を買いに二人でマーケットに出かける。 肌寒くなってきていて、冬が目前に迫ってきてるのを感じた。
「もう1年近くになるのね…こっちにきて」
「へへ、なんだよ。 今更ホームシックか?」
たくさんの荷物を抱えながら上戸が笑いかける。
「何言ってるのよ。 あなたなんか早々に『米が食いてぇーっ』とか喚いてたじゃない」
「ん、んだよっ。 そんな昔のこと蒸し返すなよっ」
「フフフ」
12月、私たちがお世話になっている団体へ新日本女子からEXタッグリーグへの招待があった。 けれどギャラの方で折り合いがつかなかったようで不参加らしい。
「EX…。 あの年末にテレビでやってたやつか…」
「そうね。 うちはどうしたのかしら。 ロイヤルさんは出るのかしら」
「つってもうちにタッグチームなんてねえだろう…」
「そうよねえ…。 やっぱり不参加かしらね」
「…」
上戸が黙り込む。 顔を覗き込むとなにやら真剣に考え込んでいる。 眉をひそめて子供のようでなんだかかわいかった。
その様子に微笑を浮かべていたら、不意に上戸が顔をこちらに向け瞳を輝かせる。
…なぜだかドキっとした
「なあうっちーっ」
「な、なによ…」
「あたし達がタッグ組めばいいんじゃねー?」
「え?」
よくわからない胸の高鳴りに戸惑ってる中、上戸が楽しげに言う。
「わからねえか? うちにはタッグチームがいねーし、あたし達が組んでEX目指そうぜっ」
「え、な、え…。 ええっ!? そ、そんなロイヤルさんを差し置いて私達でっ!?」
「タッグ、ってのは『呼吸』の方が大事だろ。 お互いの呼吸を感じる。 今まで見てきてわかったじゃねえか」
「え、ええ。 確かにそれはそうだけど…」
「一緒にやってきてうっちーの呼吸はあたしわかるようになったつもりだぜ? 少なくともロイヤルさんより、な」
「確かに私…もあなたの呼吸は感じられる…けど…」
なぜだろう、なぜ私はこんなにも胸が高鳴るのだろう。
「あたし達のポジションも手に入れられるし、最高じゃねえ?」
実際問題、国内では私達だけ同期の中ではデビューしていないことになる。 戻ってからの立場は一番下とも言える。
「実際あたしとうっちーは組むとすげえと思うんだよ。 うっちーは器用でなんでもこなすし、あたしはパワーファイトでよ」
そう言ってニッと笑う。
ドキン、とする。 その笑顔から目が離せない。 胸がドキドキする。 顔が火照ってくる…。
これって、これって…。
「どうだ? よくねえか?」
「え、ええ…。 そ、そうね…」
返事をするのが精一杯。 今私はそれどころじゃなかった。
「おっけーっ。 決まりだなっ。 よろしく頼むぜ、相棒っ」
そう言って腕を私の肩にまわしてくる。 されるがままに引き寄せられて肩が触れ合う。
触れたところが熱い。 火照るような感覚が全身に回る。 心臓が早鐘をうつ。
私は…私は…。
練習の中にタッグとしての動きを加えることにする。 お互いの間、動きは見慣れてきたこともあってだいぶわかる。
タッチワーク、合体技、フォロー、カット…。 チームとして完成の形も見えてくる。
「上戸っ、やりすぎは禁物よっ。 マズくなる前に交代を意識してっ」
「ああ、すまねえ。 つい夢中になっちまう」
「おいうっちーっ、作戦通りに運ぶとは限らねえんだ。 ちょい理屈っぽすぎるぜ?」
「ごめんなさい、確かにそうね…」
タッグとしての形が固まりつつある中、私は戸惑いと弾む気持ちとに揺れていた。 この高揚感はレスラーとして完成を感じてるから? チームが完成に近づいているから?
わからない。 わからない…。
「おいうっちー。 どうしたんだ? なんか難しい顔して」
休日ベッドで考え込んでいたら起き抜けにシャワーを浴びた上戸が話しかけてきた。
「…。 そんな顔してたかしら?」
「ああ、眉間にしわ寄せてめっちゃくちゃ悩んでまーす、って顔してたぜ?」
「ん…。 シャツくらい着なさいよ、あなた」
バスタオルを巻いてタオルで頭をがしがしと吹く。 大雑把な彼女らしい。
「いいじゃんかよ、うっちーしか見てねーんだし」
「…型崩れしても知らないわよ」
「お前ひどいこと言うな…」
自分の気持ちがわからない、いやわからないでいたい。 わかりそうな、実はわかっていそうな自分の気持ちが怖い。 だけど…。
「まああれよ。 うちらはチームで同居人。 悩みもなんでもわけあおうぜ? なんでも言ってくれよな」
そう言って笑いかける彼女。 この時間が幸せ。
「ありがとう…。 でもこれは私でなんとかするわ」
「そ、っか。 じゃあまあパートナーの私としては、だ」
「うん?」
「気晴らしでもしよーぜ、ってとこだなっ」
楽しい。 彼女と一緒の時間が楽しい。 深く考えると不安になるけれど、今はそれでいいような気がする。
「そうね。 それがいいかも、ね」
二人でいい加減慣れた異国の地を歩く。 近所のおばさんと軽く挨拶を交わす。 言葉もだいたいは話せるようになった。 彼女は相変わらず片言だけども。
「あなたもいい加減言葉覚えなさいよね」
「い、いいじゃんよ。 うっちーが話せるんだからよ…」
少し頬を赤らめて顔を伏せる彼女。 輝いて見える彼女のいろんな顔。 本当はわかっている私の気持ち。
でもわからない。 わからないことにしておこう。
たぶん、それが、いいと、思う。
『よお、がんばってるか? 二人とも』
社長から定期的に来る電話。
「おお、楽しみにしてろよ、社長。 驚かせてやるぜ?」
『そら頼もしい。 実はいよいよお前たちのデビューを考えてる』
「本当ですか!?」
『近いうちに霧子くんが迎えに行く。 戻ったら君達のみやげ話と腕を見せてもらうとして…。 予定ではメインでデビュー戦のつもりだ』
「お、おおっ。 いきなりメインもらえるのかよっ!?」
「メインで…」
『お前たちにかけた投資はしゃれでやってたものじゃないからな。 いいもの見せてくれると信じてるぞ?』
「お、おおっ。 受けてやるさっ、見てな、社長」
「メインかぁ…。 なんかすげえことになったな、うっちー」
「そうね…。 できる…かしら」
「ん…」
少し顔をこわばらせて上戸が黙る。 そんなかわいい様子に思わずくすりと笑う。
「バカね、らしくないわよ。 いつものように思いっきりやればいいのよ。 それしかできないでしょ?」
「な、なんだよ。 うっちーだって不安げな顔してたくせによー」
唇を尖らせ顔を赤らめて拗ねる。
「でも…そうだな。 確かにそうだ。 あたしは思いっきりやる、それだけだなっ」
「ん、そうよ。 私も私でいままでを見せればいいだけ。 デビュー戦だからね。 例え無様だったとしてもいいのよ。 メインかどうかなんて関係ない、そこからが始まりなのだから」
「だったらチームでデビューしてえな」
「…帰ったら社長に言ってみましょう」
「だなっ」
チーム名はジューシーペア。 彼女のネーミングだ。 インパクトとして悪くはない。 私のセンスとは少し違うけどもチーム発足は彼女の案だし、彼女に任せる。
過ごした時間の積み重ね。 彼女の呼吸を感じ彼女を知って、私もいろいろ変わったかと思う。 今私が彼女に感じているものの答えは出てない、出せてない、出せない…けど、それでいいのかもしれない。 私達はまだ始まってもいないのだから。
まもなく私達の時間は動き出す。 本当の意味でこれから私達は始まる。 その時私が彼女に感じてるものの答えは出てしまうのかもしれない。 おそらくそういうものだろう。 であるならば、その時まであせらなくてもいい、その時までは今のままで。
重ねた時間の答えは新たに重ねる時間に委ねることにしよう。
「よーしっ、今日は記念にちょい派手にいこうぜっ」
「はいはい。 いいわよ、どこに行く?」
「あれだ、あの肉食おうぜっ」
「あぁもうっ、あなたはいつもあそこなんだからっ」
「いいじゃねえか、上手いだろー?」
「まあ、そう、ね」
そう言って笑いかける。 彼女がそれに応えて笑う。
今はこの幸せをただ感じるままで…。
(終)
「そんなことないですよ、社長」
「今は社長ではなく、コーチだ」
弱小団体のWCWWに入団してまだわずか。 世界へ通じるレスラーへとなりたい、という私はこの小さな団体の新人テストに合格し、今は社長兼コーチからトレーニングを受けている。 幼い頃に見たWCWWの熱い戦いが今は弱小となったこの団体へ入った理由なのかもしれない。 特にどこ、というものはなかった。 まずプロになりたかった。
「おい、上戸。 お前は少し筋トレばかりしすぎだぞ?」
「いいじゃねえか、社長ー。 あたしは力押しが向いてんだって」
「今は社長ではなく、コーチだっての…」
同じく社長兼コーチから指導を受けているマッキー上戸。 同期の新人だ。 私がいろんな局面に対応しようとするタイプなら彼女は力でねじ伏せるタイプ、私とはあまりにも違いすぎて馴染めない。
「力だけでどうにかなると思ってるのかしら」
「んだと? なんでもこいに得意なしって言うのも知らねえか?」
「あら。 ただの力バカってわけでもないのね」
「…言ってくれんじゃねえか、内田ぁ」
「はいはい、お前たち今がトレーニング中なことは忘れるな」
数ヶ月コーチを受けた段階で社長に呼ばれた。
「お前たち二人を今日呼んだのは他でもない」
呼ばれたのは私と上戸だった。 言いあいばかりしているから? なんて思っていたら想像だにしないことを言われた。
「お前たちは今うちにいる新人たちの中ではかなり才能を感じる。 とは言え基礎のないお前たちを実戦に送りだしても、才能をうまく伸ばせないだろう」
「んなことねぇよ、社長。 あたしは実戦じゃないと伸びないタイプなんだって」
くってかかった上戸に社長がため息をつく。
「それならありがたいんだがな。 お前とロイヤルで試合しても一瞬だ。 それで何が学べるんだ?」
「ん、んなもんやってみないとわからないだろっ」
「それ見ろ。 わからないんじゃないか。 少なくともお前よりコーチもしてる私の方がお前たちの状態はわかっているつもりだ。 そこで、だ。 お前たち海外で学んでこないか?」
「海外…ですか?」
二人ともまだこの団体での実戦すら経験していない。 まだジムでデビューを前に練習の日々を暮らしてる新人にすぎない。 それが海外修行?
「二人とも国内のプロレスは見てきてるだろう。 練習というものも今学んでいる。 だが外のプロレスは知らないだろう。 いずれうちの看板を背負う選手になってくれると思うからこそ、早い段階から外を学んできてほしい」
「…なるほど」
私はもとより海外に行くのは興味があるから願ったりだ。
「あたしはここで暴れたいんだけどね…」
「ふん、なんだ、怖いか? 上戸」
「おーおー。 言ってくれるじゃねえか、社長。 行ってやんよ、どこへでもっ」
…単純。 簡単にのせられてる。 やっぱりこの人とはわかりあえそうもない。
そして二人ともまだデビューすらしてないまま海外へと行くことになった。 とりあえず行く先はアメリカということで多少安心した。 およそ学校英語とは言え、全くわからない言語圏ではないから。
「とは言え、苦労しそうね…。 実際にネイティブと会話したことなんてないから…」
「んだよ。 ボディランゲージでなんとかなるってもんよ、そんなんはよっ」
「あなたのそういうとこって羨ましいわ…」
「…なんかバカにされてねぇか?」
「気のせいよ」
実際羨ましい。 その根拠のない自信が。
そして外国での暮らしが始まった。 上戸とは同居生活になった。 まあ現状弱小団体のうちでは私達二人を海外派遣するのも厳しいだろうから、ここは仕方のないとこだろう。
確かにこっちのプロレスは日本とは違う。 学ぶことは多く時間が風のようにすぎていく。 試合こそ出ていないものの、セコンドなどで会場入りし試合を見ていると自分たちの不足しているものが見えてくる。
連夜、二人で話す時間が増えてきた。
「うっちー。 見せ技が足りねーんじゃねえか?」
「うん、そうみたい。 そこが課題ね。 でも関節に見せ技は少ないし、関節以外で魅せることを考えた方がいいかも」
「だな」
「あなたの場合、派手さはあるけどまだ粗すぎよね。 精度を上げないと上の選手には返されるだけかもしれないわ」
「そうなんだよな…。 入りが見え見えになってるかもしれねー」
彼女は私のことを『うっちー』と呼ぶようになっていた。 私は変わらない。 けれど彼女との間の壁はなくなった、と感じる。 二人で過ごす時間が多かったから。
生活用品を買いに二人でマーケットに出かける。 肌寒くなってきていて、冬が目前に迫ってきてるのを感じた。
「もう1年近くになるのね…こっちにきて」
「へへ、なんだよ。 今更ホームシックか?」
たくさんの荷物を抱えながら上戸が笑いかける。
「何言ってるのよ。 あなたなんか早々に『米が食いてぇーっ』とか喚いてたじゃない」
「ん、んだよっ。 そんな昔のこと蒸し返すなよっ」
「フフフ」
12月、私たちがお世話になっている団体へ新日本女子からEXタッグリーグへの招待があった。 けれどギャラの方で折り合いがつかなかったようで不参加らしい。
「EX…。 あの年末にテレビでやってたやつか…」
「そうね。 うちはどうしたのかしら。 ロイヤルさんは出るのかしら」
「つってもうちにタッグチームなんてねえだろう…」
「そうよねえ…。 やっぱり不参加かしらね」
「…」
上戸が黙り込む。 顔を覗き込むとなにやら真剣に考え込んでいる。 眉をひそめて子供のようでなんだかかわいかった。
その様子に微笑を浮かべていたら、不意に上戸が顔をこちらに向け瞳を輝かせる。
…なぜだかドキっとした
「なあうっちーっ」
「な、なによ…」
「あたし達がタッグ組めばいいんじゃねー?」
「え?」
よくわからない胸の高鳴りに戸惑ってる中、上戸が楽しげに言う。
「わからねえか? うちにはタッグチームがいねーし、あたし達が組んでEX目指そうぜっ」
「え、な、え…。 ええっ!? そ、そんなロイヤルさんを差し置いて私達でっ!?」
「タッグ、ってのは『呼吸』の方が大事だろ。 お互いの呼吸を感じる。 今まで見てきてわかったじゃねえか」
「え、ええ。 確かにそれはそうだけど…」
「一緒にやってきてうっちーの呼吸はあたしわかるようになったつもりだぜ? 少なくともロイヤルさんより、な」
「確かに私…もあなたの呼吸は感じられる…けど…」
なぜだろう、なぜ私はこんなにも胸が高鳴るのだろう。
「あたし達のポジションも手に入れられるし、最高じゃねえ?」
実際問題、国内では私達だけ同期の中ではデビューしていないことになる。 戻ってからの立場は一番下とも言える。
「実際あたしとうっちーは組むとすげえと思うんだよ。 うっちーは器用でなんでもこなすし、あたしはパワーファイトでよ」
そう言ってニッと笑う。
ドキン、とする。 その笑顔から目が離せない。 胸がドキドキする。 顔が火照ってくる…。
これって、これって…。
「どうだ? よくねえか?」
「え、ええ…。 そ、そうね…」
返事をするのが精一杯。 今私はそれどころじゃなかった。
「おっけーっ。 決まりだなっ。 よろしく頼むぜ、相棒っ」
そう言って腕を私の肩にまわしてくる。 されるがままに引き寄せられて肩が触れ合う。
触れたところが熱い。 火照るような感覚が全身に回る。 心臓が早鐘をうつ。
私は…私は…。
練習の中にタッグとしての動きを加えることにする。 お互いの間、動きは見慣れてきたこともあってだいぶわかる。
タッチワーク、合体技、フォロー、カット…。 チームとして完成の形も見えてくる。
「上戸っ、やりすぎは禁物よっ。 マズくなる前に交代を意識してっ」
「ああ、すまねえ。 つい夢中になっちまう」
「おいうっちーっ、作戦通りに運ぶとは限らねえんだ。 ちょい理屈っぽすぎるぜ?」
「ごめんなさい、確かにそうね…」
タッグとしての形が固まりつつある中、私は戸惑いと弾む気持ちとに揺れていた。 この高揚感はレスラーとして完成を感じてるから? チームが完成に近づいているから?
わからない。 わからない…。
「おいうっちー。 どうしたんだ? なんか難しい顔して」
休日ベッドで考え込んでいたら起き抜けにシャワーを浴びた上戸が話しかけてきた。
「…。 そんな顔してたかしら?」
「ああ、眉間にしわ寄せてめっちゃくちゃ悩んでまーす、って顔してたぜ?」
「ん…。 シャツくらい着なさいよ、あなた」
バスタオルを巻いてタオルで頭をがしがしと吹く。 大雑把な彼女らしい。
「いいじゃんかよ、うっちーしか見てねーんだし」
「…型崩れしても知らないわよ」
「お前ひどいこと言うな…」
自分の気持ちがわからない、いやわからないでいたい。 わかりそうな、実はわかっていそうな自分の気持ちが怖い。 だけど…。
「まああれよ。 うちらはチームで同居人。 悩みもなんでもわけあおうぜ? なんでも言ってくれよな」
そう言って笑いかける彼女。 この時間が幸せ。
「ありがとう…。 でもこれは私でなんとかするわ」
「そ、っか。 じゃあまあパートナーの私としては、だ」
「うん?」
「気晴らしでもしよーぜ、ってとこだなっ」
楽しい。 彼女と一緒の時間が楽しい。 深く考えると不安になるけれど、今はそれでいいような気がする。
「そうね。 それがいいかも、ね」
二人でいい加減慣れた異国の地を歩く。 近所のおばさんと軽く挨拶を交わす。 言葉もだいたいは話せるようになった。 彼女は相変わらず片言だけども。
「あなたもいい加減言葉覚えなさいよね」
「い、いいじゃんよ。 うっちーが話せるんだからよ…」
少し頬を赤らめて顔を伏せる彼女。 輝いて見える彼女のいろんな顔。 本当はわかっている私の気持ち。
でもわからない。 わからないことにしておこう。
たぶん、それが、いいと、思う。
『よお、がんばってるか? 二人とも』
社長から定期的に来る電話。
「おお、楽しみにしてろよ、社長。 驚かせてやるぜ?」
『そら頼もしい。 実はいよいよお前たちのデビューを考えてる』
「本当ですか!?」
『近いうちに霧子くんが迎えに行く。 戻ったら君達のみやげ話と腕を見せてもらうとして…。 予定ではメインでデビュー戦のつもりだ』
「お、おおっ。 いきなりメインもらえるのかよっ!?」
「メインで…」
『お前たちにかけた投資はしゃれでやってたものじゃないからな。 いいもの見せてくれると信じてるぞ?』
「お、おおっ。 受けてやるさっ、見てな、社長」
「メインかぁ…。 なんかすげえことになったな、うっちー」
「そうね…。 できる…かしら」
「ん…」
少し顔をこわばらせて上戸が黙る。 そんなかわいい様子に思わずくすりと笑う。
「バカね、らしくないわよ。 いつものように思いっきりやればいいのよ。 それしかできないでしょ?」
「な、なんだよ。 うっちーだって不安げな顔してたくせによー」
唇を尖らせ顔を赤らめて拗ねる。
「でも…そうだな。 確かにそうだ。 あたしは思いっきりやる、それだけだなっ」
「ん、そうよ。 私も私でいままでを見せればいいだけ。 デビュー戦だからね。 例え無様だったとしてもいいのよ。 メインかどうかなんて関係ない、そこからが始まりなのだから」
「だったらチームでデビューしてえな」
「…帰ったら社長に言ってみましょう」
「だなっ」
チーム名はジューシーペア。 彼女のネーミングだ。 インパクトとして悪くはない。 私のセンスとは少し違うけどもチーム発足は彼女の案だし、彼女に任せる。
過ごした時間の積み重ね。 彼女の呼吸を感じ彼女を知って、私もいろいろ変わったかと思う。 今私が彼女に感じているものの答えは出てない、出せてない、出せない…けど、それでいいのかもしれない。 私達はまだ始まってもいないのだから。
まもなく私達の時間は動き出す。 本当の意味でこれから私達は始まる。 その時私が彼女に感じてるものの答えは出てしまうのかもしれない。 おそらくそういうものだろう。 であるならば、その時まであせらなくてもいい、その時までは今のままで。
重ねた時間の答えは新たに重ねる時間に委ねることにしよう。
「よーしっ、今日は記念にちょい派手にいこうぜっ」
「はいはい。 いいわよ、どこに行く?」
「あれだ、あの肉食おうぜっ」
「あぁもうっ、あなたはいつもあそこなんだからっ」
「いいじゃねえか、上手いだろー?」
「まあ、そう、ね」
そう言って笑いかける。 彼女がそれに応えて笑う。
今はこの幸せをただ感じるままで…。
(終)
小さな建物。 過去に毎日通った道。 感慨に耽りながら目の前の扉を開く。
狭い建物の中はいくつかの机、書類棚、ロッカー…そして一人の女性。
「久しぶり、霧子くん」
「お久しぶりです、社長」
動き出した時間に自分の心がどうしようもないほどわくわくと高鳴っているのを感じる。
「さて、早速動きたいところだが、WCWWの現状はどういう状態なんだ?」
「はあ…。 それなのですが…」
過去頂点に立ったとは思えない没落ぶり。 シェアは消え去りおよそ地元以外の支持も碌々なく、選手はちょうど私が来る前にまた去ったようで現在1名。 シェアも選手もないために施設は売り払い、コーチも去った、と。
「これはまた…。 もはや1からの出直しと言っていいな…」
「そう、なりますね…」
「残っている1名というのは?」
「ロイヤル北条さんです。 彼女もやめるところだったのですが、私が間に合って説得して留まってもらっています」
「この状態でよく説得できたもんだな…」
「彼女は昔のWCWWを見てた選手なんです。 社長が戻られる、と言って留まってもらったんですよ」
「おやおや、それは見込まれたものだ。 これは返り咲かないといけないな」
「もとよりそのおつもりでしょう?」
「だな」
そう言って二人で笑いあう。
「幸い異動の間にコーチを学んだから、私がコーチもできる。 社長としての仕事もあるので本業のコーチのように複数は教えきれないが、今はこの力が生かせるというのは嬉しいもんだな」
そうして私の女プロ界への殴りこみの時間が再び幕を開けたのだった。
早々に必要だったのは人員。 会長は口を出さないとは言っていたが、やはり結果は出していってこそのフロント。 ただし口を出さない、の一言を盾に早期ではなく長期的プランを練る。
主に新人を集め、数年後の結果を見据えるわけだ。
新人テスト、スカウト等を行い若手を集める。 さらに海外との提携も行った。 新人たちには荷が重い相手ではあるが、若手ではロイヤルの相手はできない。
「ふむ。 社長、就任早々と矢継ぎ早にいろいろと行っておりますが…、うちの経営事情は必ずしもよろしい状態ではなかったと思いましたが?」
「ん? ロイヤル、そこはフロントの仕事さ。 選手はそこまで気にしなくてもいいさ」
「そうですが…またフロント交代、などなられても困りますし。 私には個人的にスポンサーがついておりますので、些少ながら支援していただけますけど?」
「気持ちだけもらっとく…と、言いたいとこだが、ここは甘えておこう。 近いうちに紹介してくれ。 スケジュールは合わせるようにする。 このお礼は数年後、とさせてもらうがね」
「わかりました。 期待してますよ、社長」
さらに新人を集め、見所を感じたマッキー上戸、ラッキー内田の二人を海外へと修行に出させる。 世界のレベルを肌で感じて戻った時身になってることを信じて。
「社長、まだ経営もおぼつかないのに二人を海外へ送るのは…。 よろしいのですか?」
「大丈夫。 あの二人は立派になって帰ってくるさ」
「では行ってまいります」
「社長、あっちで問題起こしたらあたしどうすればいいんだ?」
「問題を起こすなっ!」
「戻ってくる頃にはあなたはヒール転向かしらね」
「なんだと? 喧嘩売るなら買うぜ? 内田」
「行く前から問題起こすなっての…」
ロイヤルを軸に残った選手たちでドサ回りのごとく認知度を高めていく。 営業をしているうちに気づいた。 ロイヤルはなかなか華があっていい、問題はその力をどう世間にアピールするか、だ。 現状提携海外もうちの規模からトップ選手は相手にもしてくれない。 およそ戦えばロイヤルの実力に驚くのだろうが…。
そしてまたたく間に時が流れていく。
「社長、12月です」
「ああ、カレンダーなら見たよ」
「お忘れですか?」
「ん? …あ、ああ。 EXか…」
「はい。 新日本女子よりうちにも出場枠を用意してる、と連絡が来ましたがいかが致しますか?」
「うーん…。 ロイヤルの実力を見せるいい場ではあるのだが…。 いかんせん、彼女はシングルの選手だからなー…。 タッグの経験もないし、急造タッグで参加というのもあちらに失礼だ。 今年は見送ろう」
「そうですね…。 ではそのように」
今は力をつける段階、若手たちが一人前になった時こそうちが表舞台に立つ時だ。 未来を見据えてただ今は地道に行こう…。
私はジムで選手たちに指導しながら、輝く未来絵図を描いていた…。
(終)
狭い建物の中はいくつかの机、書類棚、ロッカー…そして一人の女性。
「久しぶり、霧子くん」
「お久しぶりです、社長」
動き出した時間に自分の心がどうしようもないほどわくわくと高鳴っているのを感じる。
「さて、早速動きたいところだが、WCWWの現状はどういう状態なんだ?」
「はあ…。 それなのですが…」
過去頂点に立ったとは思えない没落ぶり。 シェアは消え去りおよそ地元以外の支持も碌々なく、選手はちょうど私が来る前にまた去ったようで現在1名。 シェアも選手もないために施設は売り払い、コーチも去った、と。
「これはまた…。 もはや1からの出直しと言っていいな…」
「そう、なりますね…」
「残っている1名というのは?」
「ロイヤル北条さんです。 彼女もやめるところだったのですが、私が間に合って説得して留まってもらっています」
「この状態でよく説得できたもんだな…」
「彼女は昔のWCWWを見てた選手なんです。 社長が戻られる、と言って留まってもらったんですよ」
「おやおや、それは見込まれたものだ。 これは返り咲かないといけないな」
「もとよりそのおつもりでしょう?」
「だな」
そう言って二人で笑いあう。
「幸い異動の間にコーチを学んだから、私がコーチもできる。 社長としての仕事もあるので本業のコーチのように複数は教えきれないが、今はこの力が生かせるというのは嬉しいもんだな」
そうして私の女プロ界への殴りこみの時間が再び幕を開けたのだった。
早々に必要だったのは人員。 会長は口を出さないとは言っていたが、やはり結果は出していってこそのフロント。 ただし口を出さない、の一言を盾に早期ではなく長期的プランを練る。
主に新人を集め、数年後の結果を見据えるわけだ。
新人テスト、スカウト等を行い若手を集める。 さらに海外との提携も行った。 新人たちには荷が重い相手ではあるが、若手ではロイヤルの相手はできない。
「ふむ。 社長、就任早々と矢継ぎ早にいろいろと行っておりますが…、うちの経営事情は必ずしもよろしい状態ではなかったと思いましたが?」
「ん? ロイヤル、そこはフロントの仕事さ。 選手はそこまで気にしなくてもいいさ」
「そうですが…またフロント交代、などなられても困りますし。 私には個人的にスポンサーがついておりますので、些少ながら支援していただけますけど?」
「気持ちだけもらっとく…と、言いたいとこだが、ここは甘えておこう。 近いうちに紹介してくれ。 スケジュールは合わせるようにする。 このお礼は数年後、とさせてもらうがね」
「わかりました。 期待してますよ、社長」
さらに新人を集め、見所を感じたマッキー上戸、ラッキー内田の二人を海外へと修行に出させる。 世界のレベルを肌で感じて戻った時身になってることを信じて。
「社長、まだ経営もおぼつかないのに二人を海外へ送るのは…。 よろしいのですか?」
「大丈夫。 あの二人は立派になって帰ってくるさ」
「では行ってまいります」
「社長、あっちで問題起こしたらあたしどうすればいいんだ?」
「問題を起こすなっ!」
「戻ってくる頃にはあなたはヒール転向かしらね」
「なんだと? 喧嘩売るなら買うぜ? 内田」
「行く前から問題起こすなっての…」
ロイヤルを軸に残った選手たちでドサ回りのごとく認知度を高めていく。 営業をしているうちに気づいた。 ロイヤルはなかなか華があっていい、問題はその力をどう世間にアピールするか、だ。 現状提携海外もうちの規模からトップ選手は相手にもしてくれない。 およそ戦えばロイヤルの実力に驚くのだろうが…。
そしてまたたく間に時が流れていく。
「社長、12月です」
「ああ、カレンダーなら見たよ」
「お忘れですか?」
「ん? …あ、ああ。 EXか…」
「はい。 新日本女子よりうちにも出場枠を用意してる、と連絡が来ましたがいかが致しますか?」
「うーん…。 ロイヤルの実力を見せるいい場ではあるのだが…。 いかんせん、彼女はシングルの選手だからなー…。 タッグの経験もないし、急造タッグで参加というのもあちらに失礼だ。 今年は見送ろう」
「そうですね…。 ではそのように」
今は力をつける段階、若手たちが一人前になった時こそうちが表舞台に立つ時だ。 未来を見据えてただ今は地道に行こう…。
私はジムで選手たちに指導しながら、輝く未来絵図を描いていた…。
(終)
過去女子プロレスブームというものがあった。
世間がリングに立つ少女たちを天使と呼び、マスコミにおいても映画や写真集など天使たちの姿を見ないことはなかった。
その火付け役となったのが新日本女子プロレスという団体とそこでリングの女王として女プロ界の代表とも言える存在だったパンサー理沙子。
後を追うようにして天使ではなく戦士でありたい選手、筆頭にサンダー龍子置いて集めたサバイバル路線のWARSが立ち上げ、世間を賑わせていた。
当時私はとある巨大コンツェルン傘下の企業で働いていたのだが、どういう過程かはわからなかったが、大抜擢により新興団体の経営を任された。 世間を賑わす市場をほうっておくわけにはいかなかったのは当然で、他にも新興団体はあったと思う。 会社は違うが同コンツェルン傘下の会社からも人材は送られてきた。 私には社長という地位、彼女は秘書。 お互い大抜擢なのは変わらなかったと思う。
かくして業界に殴りこみといった感じで四苦八苦しながらも、数年後業界トップの位置まで上り詰めたが、そこでその手腕を買われ今度は男子の方へと移動を要請された。 拒んだものの再三の要請にも疲れ、団体に変化も必要かと思うようになって結局異動した。 秘書の彼女も本社へと戻ったらしい。
だがその結果、私のせいか新社長のせいか選手の大量離脱を招き、折りしも女プロの人気自体が落ちてきていた。 WCWWは名前だけを残すインディー団体へと落ちていった。
その事実に私はフロントにいる自信を失い、またもっと選手理解を深めたいと男子プロレスにおいてコーチ業へと異動した。
日々選手たちと触れあい、指導することで当時わからなかったことが少しわかるようになった、そう感じるようになっていた。
そんなある日のことだった。
いつものようにジムへと向かう途中で、目の前にリムジンが止まった。 ドアが開く。
「どうぞ」
中から少女の声が聞こえてきた。 唐突な出来事に戸惑ったものの思い当たるものがあった。
「…会長…です、か?」
「ご存知なら話は早そうです。 どうぞお乗りくださいー」
幼いとは聞いていたが、想像以上に幼かった。 けれど年齢に似つかわしくない強引さ、威圧感に負けリムジンへと乗る。
「では出してください」
走り出すリムジン。
「どこへ行くのですか?」
「それについては話終わってから、にいたしましょうー。 まずはお詫びを」
「お詫び?」
まだあどけない少女は大きな目をこちらに向ける。 その目は会長としての威厳に満ちている。
「まあ、私のとこにまでなかなか話というのは回ってこないせいで、今のような状態になっているわけでして。 あなたの異動はコンツェルンの意思ではなかったのですよ」
「なんですって?」
「簡単に言うならば身内人事というやつです。 当然すでに責務を払っていただきましたが」
確かに正直不思議ではあった。 男子への異動は業界トップになって早々の話で、タイミングとして理解しがたかった。
「あなたとしては不本意でこちらへの不信・不満もあるかと思いますが、再び戻り再生へと協力していただけないでしょうか?」
そういうと目の前の少女は深々と頭を下げる。
「あ、いやいや頭を上げてください、会長。 …けれどそのお話は受けることができません」
「ええ、ここで二つ返事で受ける方ならお任せできませんねー」
顔を上げるとにこっと笑う。
「…試したわけですか?」
「そうではありませんようー。 ただ仰いたいことは少なからずわかるつもりです。 今のコーチの件などですね?」
「そうです。 私にはすでに担当している選手たちがいます。 彼らを見放すのであれば私は前と同じことをすることになるからです」
「その件につきましては、あなたを通さず失礼ではありましたが、すでに選手のみなさんに話だけはさせていただきました」
「…」
「またコーチの後任としてすでに3人ほど確保させていただいてます」
「私には戻る場所がない、ということですか?」
彼女が私を見る。 強い光を放つ目で。
「そうではありません。 けれど、失礼を承知で言わせていただきますが、確保しているのはあなたより実績のあるコーチです。 選手たちには問題ありません。 またあなたはすでに社長として実績を上げている。 適所にて活躍していただきたい、との願いです」
ムッとはするものの、確かに私はコーチとしてまだ一流というわけではない。 上の人間として言ってることは間違いでもないだろう。
「当然こちらからも最大限のバックアップはさせていただきます。 あなたとしても不満な点があるのはわかりますが、戻ってやってみたいこともあるかと思ったのであなたに初めに話をしています」
「?」
「こちらとしてはとばっちりで異動し不満があるであろうあなたでなくても、他の人選の候補もあります。 けれどあなたもまだ団体に対しての愛着はあるかと思いまして」
「…」
確かに、ある。
「ちなみに秘書の方には承諾をいただきましたよ?」
「霧子くんが?」
「ええ、あなたが戻られるだろう、と」
「…」
ふいに運転席との間のガラスがノックされ開く。
「会長、到着いたしました」
「ありがとうございます。 では少々息抜きを致しませんか?」
いつの間にかリムジンは停車していたらしい。 乗りなれていないため気づかなかった。
…息抜き?
「え…っと?」
「どうぞ?」
降りるとそこは、およそ6000人ほど収容のドーム。 目の前には人の列とダフ屋。 そして新日本女子の看板。
「これは…」
「チケットはありますので」
歓声の中、ファンに手を振り花道を歩くパンサー理沙子の姿。 リングには次世代を担うと呼ばれているマイティ祐希子。
「活気あるものですねー。 会場で見るのは初めてですよー」
「ずるいやり方しますね…あなたは…」
「たはは、バレバレですよねー。 けれど一番効果的かと思いましてー」
会長の言う通り、心が奪われてしまっている。 もっと大きな舞台に立つ彼女達の姿が脳裏に見える。 閉まったはずの思い出も駆け抜ける。
「返事は今でなくとも結構ですようー。 また後日に伺いますから」
「霧子くんまでやる気になってて、ここに立ったら、断りようがないじゃないですか…。 やりますよ、やればいいんでしょう」
「ふふ、今度は潰れない限りは横槍は来ませんのでー」
「はは、それは随分とご親切なことで」
リングを舞う天使たちに目を奪われたまま、私の決意は固まった。 戻ろう、ここへ…この世界へ。
Wakasugi Corporation Woman Wrestling 略称WCWW
新たな旅立ちのことで私はすでに頭がいっぱいになっていた…
(終)
世間がリングに立つ少女たちを天使と呼び、マスコミにおいても映画や写真集など天使たちの姿を見ないことはなかった。
その火付け役となったのが新日本女子プロレスという団体とそこでリングの女王として女プロ界の代表とも言える存在だったパンサー理沙子。
後を追うようにして天使ではなく戦士でありたい選手、筆頭にサンダー龍子置いて集めたサバイバル路線のWARSが立ち上げ、世間を賑わせていた。
当時私はとある巨大コンツェルン傘下の企業で働いていたのだが、どういう過程かはわからなかったが、大抜擢により新興団体の経営を任された。 世間を賑わす市場をほうっておくわけにはいかなかったのは当然で、他にも新興団体はあったと思う。 会社は違うが同コンツェルン傘下の会社からも人材は送られてきた。 私には社長という地位、彼女は秘書。 お互い大抜擢なのは変わらなかったと思う。
かくして業界に殴りこみといった感じで四苦八苦しながらも、数年後業界トップの位置まで上り詰めたが、そこでその手腕を買われ今度は男子の方へと移動を要請された。 拒んだものの再三の要請にも疲れ、団体に変化も必要かと思うようになって結局異動した。 秘書の彼女も本社へと戻ったらしい。
だがその結果、私のせいか新社長のせいか選手の大量離脱を招き、折りしも女プロの人気自体が落ちてきていた。 WCWWは名前だけを残すインディー団体へと落ちていった。
その事実に私はフロントにいる自信を失い、またもっと選手理解を深めたいと男子プロレスにおいてコーチ業へと異動した。
日々選手たちと触れあい、指導することで当時わからなかったことが少しわかるようになった、そう感じるようになっていた。
そんなある日のことだった。
いつものようにジムへと向かう途中で、目の前にリムジンが止まった。 ドアが開く。
「どうぞ」
中から少女の声が聞こえてきた。 唐突な出来事に戸惑ったものの思い当たるものがあった。
「…会長…です、か?」
「ご存知なら話は早そうです。 どうぞお乗りくださいー」
幼いとは聞いていたが、想像以上に幼かった。 けれど年齢に似つかわしくない強引さ、威圧感に負けリムジンへと乗る。
「では出してください」
走り出すリムジン。
「どこへ行くのですか?」
「それについては話終わってから、にいたしましょうー。 まずはお詫びを」
「お詫び?」
まだあどけない少女は大きな目をこちらに向ける。 その目は会長としての威厳に満ちている。
「まあ、私のとこにまでなかなか話というのは回ってこないせいで、今のような状態になっているわけでして。 あなたの異動はコンツェルンの意思ではなかったのですよ」
「なんですって?」
「簡単に言うならば身内人事というやつです。 当然すでに責務を払っていただきましたが」
確かに正直不思議ではあった。 男子への異動は業界トップになって早々の話で、タイミングとして理解しがたかった。
「あなたとしては不本意でこちらへの不信・不満もあるかと思いますが、再び戻り再生へと協力していただけないでしょうか?」
そういうと目の前の少女は深々と頭を下げる。
「あ、いやいや頭を上げてください、会長。 …けれどそのお話は受けることができません」
「ええ、ここで二つ返事で受ける方ならお任せできませんねー」
顔を上げるとにこっと笑う。
「…試したわけですか?」
「そうではありませんようー。 ただ仰いたいことは少なからずわかるつもりです。 今のコーチの件などですね?」
「そうです。 私にはすでに担当している選手たちがいます。 彼らを見放すのであれば私は前と同じことをすることになるからです」
「その件につきましては、あなたを通さず失礼ではありましたが、すでに選手のみなさんに話だけはさせていただきました」
「…」
「またコーチの後任としてすでに3人ほど確保させていただいてます」
「私には戻る場所がない、ということですか?」
彼女が私を見る。 強い光を放つ目で。
「そうではありません。 けれど、失礼を承知で言わせていただきますが、確保しているのはあなたより実績のあるコーチです。 選手たちには問題ありません。 またあなたはすでに社長として実績を上げている。 適所にて活躍していただきたい、との願いです」
ムッとはするものの、確かに私はコーチとしてまだ一流というわけではない。 上の人間として言ってることは間違いでもないだろう。
「当然こちらからも最大限のバックアップはさせていただきます。 あなたとしても不満な点があるのはわかりますが、戻ってやってみたいこともあるかと思ったのであなたに初めに話をしています」
「?」
「こちらとしてはとばっちりで異動し不満があるであろうあなたでなくても、他の人選の候補もあります。 けれどあなたもまだ団体に対しての愛着はあるかと思いまして」
「…」
確かに、ある。
「ちなみに秘書の方には承諾をいただきましたよ?」
「霧子くんが?」
「ええ、あなたが戻られるだろう、と」
「…」
ふいに運転席との間のガラスがノックされ開く。
「会長、到着いたしました」
「ありがとうございます。 では少々息抜きを致しませんか?」
いつの間にかリムジンは停車していたらしい。 乗りなれていないため気づかなかった。
…息抜き?
「え…っと?」
「どうぞ?」
降りるとそこは、およそ6000人ほど収容のドーム。 目の前には人の列とダフ屋。 そして新日本女子の看板。
「これは…」
「チケットはありますので」
歓声の中、ファンに手を振り花道を歩くパンサー理沙子の姿。 リングには次世代を担うと呼ばれているマイティ祐希子。
「活気あるものですねー。 会場で見るのは初めてですよー」
「ずるいやり方しますね…あなたは…」
「たはは、バレバレですよねー。 けれど一番効果的かと思いましてー」
会長の言う通り、心が奪われてしまっている。 もっと大きな舞台に立つ彼女達の姿が脳裏に見える。 閉まったはずの思い出も駆け抜ける。
「返事は今でなくとも結構ですようー。 また後日に伺いますから」
「霧子くんまでやる気になってて、ここに立ったら、断りようがないじゃないですか…。 やりますよ、やればいいんでしょう」
「ふふ、今度は潰れない限りは横槍は来ませんのでー」
「はは、それは随分とご親切なことで」
リングを舞う天使たちに目を奪われたまま、私の決意は固まった。 戻ろう、ここへ…この世界へ。
Wakasugi Corporation Woman Wrestling 略称WCWW
新たな旅立ちのことで私はすでに頭がいっぱいになっていた…
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