数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
『お盆なのでお父さんとお母さんのお墓参りに行ってきます。 一人で大丈夫なので心配しないでください。 そのまましばらく一人で考えたいと思います』
「…」
「…」
「…なんだい? これは」
「見ての通りだと思いますが」
「桂、確かついこの間まで風邪ひいて寝込んでなかったかい?」
「そうですね」
「で、治ったらこれかい?」
「…かなり気にしてましたから」
「…」
「…」
「つまり…逃げたんだね?」
「有体に言えばそうなるかと」
「まったくしょうがないねえ、桂は。 もうちょっと軽くやれないもんなのかねえ…」
「先月末の小話以来、どうにもアイデアが浮かばない、と苦しんでましたから」
「何が原因かねえ…」
「さあ…。 ただ桂さんは繊細な人ですから、いろいろと考えすぎているのかもしれません」
「いえいえ、そんなことないですよ?」
「…」
「…」
「どうかしましたか?」
「あんた、どこから…ああ、まあいいさね。 どうせ返事はわかってるから」
「…そうですね」
「何か奥歯に物の挟まったような言い方ですけど、まあいいとして。 おねーさんがアイデアに詰まっている理由は案外簡単ですようー」
「ほう…。 どういうことだい? 葛」
「まず第一に純粋に忙しいから、ということ」
「まあそうですね。 確かに最近桂さんはいろいろと動き回ってました」
「次に、チャットが創作の邪魔になってる、ということ」
「ちゃっと? それはいったいなんだい?」
「…フリーのライターがそれで大丈夫なんですか?」
「余計な心配は無用だよ。 あたしはあたしで十分やれているさね」
「…あの、葛様。 私もよくわからないのですが」
「…。 二人とも自分で調べてください」
「…つまりまだMMOはやっていたんだね」
「そうですねー」
「それが最大の原因なんじゃないかい?」
「当たらずとも遠からじ、ですかね。 結局は作品から離れてることが一番かと」
「でも理由がわかってるなら解決は楽ですね」
「いやいや、そうとも言えませんようー」
「なぜですか?」
「わかっててやらないからだろうさ。 そうだろ? 葛」
「はいです。 どうもお仲間ができて『飽きたらやめよう』という当初の予定がしづらくなったよー、なんておねーさんは言ってましたね」
「そんなんでよく先月のアレは書けたねえ」
「まああれは完成まで2ヶ月かかってますよ? 実際は」
「…まあかなり時期外れな感もありましたしね……」
「烏月さん、それは禁句です」
「で、桂はいつになったら帰ってくるんだい?」
「それは私も知りたいところですが」
「さあ…。 今本当におねーさん煮詰まってるのでどうか長い目で見てもらえますかね?」
「しかし、桂一人にしておくのは危ないだろうさ。 いつどこでどんな危ない目に遭うかもわからないんだよ?」
「そうですね。 私が桂さんの危機を守ろうにも居場所がわからなければそれもできないですし…」
「どこかの刃物バカに任せるかは別として、烏月の言う通りさね」
「…どこかの刃物バカとは誰のことでしょう、サクヤさん」
「まあまあ二人とも落ち着いて」
「けどっ」
「しかしっ」
「大丈夫ですよ、おねーさんの居場所はちゃんと押さえてますから。 何かあればすぐ若杉でフォローしますから」
「…やっぱりかい」
「…ですね」
「………あ。 い、今のはひとりごとです。 それではーっ」
「待ちなっ、葛っ。 桂の居場所を言ってから行きなーっ」
「葛さまっ」
「わたしは何も知らないですようーっ」
「だったら逃げるんじゃないよーっ」
(終)
「…」
「…」
「…なんだい? これは」
「見ての通りだと思いますが」
「桂、確かついこの間まで風邪ひいて寝込んでなかったかい?」
「そうですね」
「で、治ったらこれかい?」
「…かなり気にしてましたから」
「…」
「…」
「つまり…逃げたんだね?」
「有体に言えばそうなるかと」
「まったくしょうがないねえ、桂は。 もうちょっと軽くやれないもんなのかねえ…」
「先月末の小話以来、どうにもアイデアが浮かばない、と苦しんでましたから」
「何が原因かねえ…」
「さあ…。 ただ桂さんは繊細な人ですから、いろいろと考えすぎているのかもしれません」
「いえいえ、そんなことないですよ?」
「…」
「…」
「どうかしましたか?」
「あんた、どこから…ああ、まあいいさね。 どうせ返事はわかってるから」
「…そうですね」
「何か奥歯に物の挟まったような言い方ですけど、まあいいとして。 おねーさんがアイデアに詰まっている理由は案外簡単ですようー」
「ほう…。 どういうことだい? 葛」
「まず第一に純粋に忙しいから、ということ」
「まあそうですね。 確かに最近桂さんはいろいろと動き回ってました」
「次に、チャットが創作の邪魔になってる、ということ」
「ちゃっと? それはいったいなんだい?」
「…フリーのライターがそれで大丈夫なんですか?」
「余計な心配は無用だよ。 あたしはあたしで十分やれているさね」
「…あの、葛様。 私もよくわからないのですが」
「…。 二人とも自分で調べてください」
「…つまりまだMMOはやっていたんだね」
「そうですねー」
「それが最大の原因なんじゃないかい?」
「当たらずとも遠からじ、ですかね。 結局は作品から離れてることが一番かと」
「でも理由がわかってるなら解決は楽ですね」
「いやいや、そうとも言えませんようー」
「なぜですか?」
「わかっててやらないからだろうさ。 そうだろ? 葛」
「はいです。 どうもお仲間ができて『飽きたらやめよう』という当初の予定がしづらくなったよー、なんておねーさんは言ってましたね」
「そんなんでよく先月のアレは書けたねえ」
「まああれは完成まで2ヶ月かかってますよ? 実際は」
「…まあかなり時期外れな感もありましたしね……」
「烏月さん、それは禁句です」
「で、桂はいつになったら帰ってくるんだい?」
「それは私も知りたいところですが」
「さあ…。 今本当におねーさん煮詰まってるのでどうか長い目で見てもらえますかね?」
「しかし、桂一人にしておくのは危ないだろうさ。 いつどこでどんな危ない目に遭うかもわからないんだよ?」
「そうですね。 私が桂さんの危機を守ろうにも居場所がわからなければそれもできないですし…」
「どこかの刃物バカに任せるかは別として、烏月の言う通りさね」
「…どこかの刃物バカとは誰のことでしょう、サクヤさん」
「まあまあ二人とも落ち着いて」
「けどっ」
「しかしっ」
「大丈夫ですよ、おねーさんの居場所はちゃんと押さえてますから。 何かあればすぐ若杉でフォローしますから」
「…やっぱりかい」
「…ですね」
「………あ。 い、今のはひとりごとです。 それではーっ」
「待ちなっ、葛っ。 桂の居場所を言ってから行きなーっ」
「葛さまっ」
「わたしは何も知らないですようーっ」
「だったら逃げるんじゃないよーっ」
(終)
「こういうのはどうじゃ?」
多くの混乱を越え世界が再び平和に向かって歩みだし始めた頃、各国の首脳陣の集まる中でマシロ女王が言い出した。
彼女はこの短い中で成長し、最近では幼くつたないながらも女王としての責を理解し勤めているようだ。
「それはいいですね。 校長はどう思われますか?」
ヴィントブルーム王国と並び復興が進んでいるエアリーズ共和国のユキノ大統領が後押しをする。
「そうですね…。 いくつか難しい部分はありますが、賛同はできます」
「では決定じゃっ! さっそく準備にかかるといいっ。 協力は惜しまんぞ!」
「と言うわけで、皆に集まってもらったわけだが」
ガルデローベ学園そばに造られた建造物の一室に五人。
ガルデローベ学園長にして五柱の一人、『氷雪の銀水晶』ナツキ・クルーガーが四人を前にして言う。
「はあ? なんでそんなことしなくちゃいけないわけ?」
この中では一番年少にあたる新任、『破絃の尖晶石』ジュリエット・ナオ・チャンが不平をあげる。
「ま、立場上そうなるのは必然ですね」
即座に切り返したのは、言われたナツキではなく『銀河の藍玉』サラ・ギャラガー。
「そうねぇー。 しょうがないんじゃないのー。 あたしも気は進まないんだけどー」
続けて口をそろえるは『怜踊の蛍石』マーヤ・ブライス。
「なんでよ」
「我々五柱は各国に対し、中立の立場であることは以前と変わっていないからだ。 この計画の性質から言って、我々以外に適任な人材はいないと思う」
「はあ? つーかこれって何するわけ?」
態度からしてだるそうにナオが言う。
「お前、話を聞いてなかったのか?」
ナツキが顔をしかめる。
「あんたの堅苦しい説明は聞いてると疲れてくんのよ。 もっと簡単に話してくれない?」
「つまりここは情報発信基地になるわけどす」
微笑を浮かべいつの間にかナオの横に立っているのは、『嬌嫣の紫水晶』シズル・ヴィオーラ。
「情報発信?」
「ガルデローベの技術を各国にも提供するのが目的。 すでに各国に送った端末でこちらからの情報を受け取ることはできるようになった」
「受信だけねー。 でまあ、そういう重要な内容だから、ある程度責任ある立場でないといけないからあたし達なわけ」
「アスワドはんの協力もあって全ての国に通信できるようになっとります」
ナオ以外は理解している模様。 それぞれが解説を繋いでいく。
「それでここから各国が利用できそうな技術を伝える、ということだ」
「つっても、あたし何も知らないわよ。 何を伝えろっての」
「それについてはヨウコとアスワドの面々が考慮してくれてる。 この発信はだいたい月に一回で行う予定だが、その都度どの情報を送るかは連絡が来るから問題はない」
「月一ねー。 それでもわざわざここに来るのはめんどいわよねー」
薄笑みを浮かべながらマーヤがナツキの方を向いて言う。
「また、これはエアリーズ共和国のユキノ大統領の提唱で、公共連絡になることも決定している」
「どういう意味ですか?」
「つまり、国家首脳陣にだけ伝わる連絡ではなく、国全体への送信となるということだ」
「はあ?」
「要するに、月一で我々の声が世界中に流れるというわけですね」
「…げっ。 冗談でしょ?」
露骨に嫌そうな顔をしてナオがナツキを見るが、ナツキは小さく首を振る。
「それにこの計画はすでに決定事項だ。 このように専門の施設も用意された以上、我々に拒否することは許されない」
「そういうわけで、今回の内容はこれになる。 各自目を通してくれ」
そう言ってナツキは四人に紙を渡す。 それぞれ目を通し始める。
「放送は一週間後を予定している。 それでは皆頼む」
そう言い残し立ち去ろうとするナツキにナオが口を出す。
「これ、誰が喋るのよ」
「皆で決めてくれればいい。 特別誰と決めているわけではない」
「…なんか自分が入ってないみたいな物言いじゃない? あんたはどうなのよ」
「すまないが、私は学園の方で仕事があるのでこれには参加できない。 今後においては善処するつもりだ。 では後はよろしく頼む」
「ちょっと待ちなよ。 何勝手なこと言ってんのさ。 そんな自分勝手許されると思ってんの?」
「まあまあ。 ナツキは学園の仕事だけでなく、各国との折衝もあるさかい。 堪忍しておくれやす」
ナオがナツキに詰め寄ろうとした所、シズルが間に割ってはいる。
「止めなくていいのですか?」
サラがマーヤを見て尋ねる。 しかし彼女は薄笑みを浮かべながら楽しそうに答える。
「そう思うならあんたが止めればー? 楽しそうじゃない」
「全く…。 マーヤお姉さまは相変わらず趣味が悪いですね」
そう言ってサラはため息をついた。
「どいてよ、あたしは学園長様に話があるんだけど?」
「少し落ち着かれたらどうでっしゃろ? ナツキかて悪気はないんやし」
「ハッ、どうだか。 こんな勝手に話決められて黙ってなんかいらないわよ。 自分は高みの見物なんて、冗談じゃない。 口だけ学園長にはついていけないね」
怒りの表情でナオが言うと、シズルの顔に昏い影がさす。
「あー…」
「新任は考えが足りないわねー。 この前までここの生徒でしょうにー」
「外野うるさいわね、何か言いたいわけ?」
ナオは後ろを振り向き二人に言う。
「あんた、『嬌嫣の紫水晶』を知らないわけ?」
マーヤがナオに言うと同時に、
「…マテリアライズ」
シズルの静かな声が狭い一室に響く。 ジェムが輝き、紫のローブがシズルの身に纏われる。
「…そうどすなぁ…新任さんに五柱のあり方を指導せえへんといかんなぁ…」
薄笑みを浮かべシズルがゆっくりと口を開く。 だが目は昏い影がさしたままだ。
「マテリアライズっ」
その顔に畏怖を感じたナオも慌ててローブを着用する。
「ここではまずいと思いますが」
「そうねー。 ちょっとマズいわねー」
身の危険を感じローブを纏った二人が勝手なことを口にする。
「…そうどすなぁ…ここではナツキに迷惑がかかるかもしれまへんなぁ…。 …ほな…場所変えましょかぁ…」
言うやシズルが手に持った薙刀を振る。
ガズッ、という音とともに壁が崩れ去り、シズルが外へ出る。 唖然とする三人。
「あー…。 これは本当にマズいわねー。 なんか完全にスイッチ入っちゃってるじゃない」
「私、学園長を呼んできます。 それまでマーヤお姉さまお願いします」
壁に開いた穴から声が飛んでくる。
「…さあ…指導の時間どすえ…」
「う、うわっ!?」
声と同時に飛んできたシズルの蛇腹剣にナオが引きずりだされる。
「あたしじゃ無理だから、はやく頼むわねー」
「はい」
「ちょっとあんた…本気?」
先頃の混乱期の反省から、オトメはまだ各国にいるものの、基本的にオトメの軍事行為は厳禁になっている。
「…これは後進の指導ですから…」
「…そう…なら、あたしも手加減しないよっ」
「あの自信はどこからくるのかなー。 無駄だっての。 …それにしても嬌嫣の紫水晶がああも簡単にキレちゃうとはなー」
ナオが構え直す、と同時にシズルが動く。 右手の薙刀を水平に構えたかと思うと、薙ぐかのようにナオの右手方向へと高速で飛ぶ。
「くっ!?」
あわてて爪を振り回し、糸を繰り薙刀の刃を絡ませて止める。 しかし、シズルは刃を止められるや蛇腹に伸ばしナオを振り飛ばす。
「うあっ!」
糸を伸ばし近くの木に絡ませ体勢を立て直す。 そこにシズルの蛇腹剣が飛んでくる。
「そう何度も食らわないってのっ」
蛇腹の伸びた部分を糸で絡み取る。 そしてお互い力を出して動きが取れなくなる。
「くくく…」
「…」
無表情でシズルは片手で堪え、空いた手を懐へと伸ばす。
「ちょ、ちょっとっ! マズいって、嬌嫣の紫水晶っ。 それは本当にマズいってのっ!」
様子を伺ってたマーヤが飛び出しシズルの手を掴む。 ゆっくりとシズルがマーヤを見る。
「…」
「落ち着きなさいっての。 それやっちゃったら学園長も本当に困るわよっ」
「っ!」
シズルの動きが止まる。
「何をしているっ!」
ちょうどその時ナツキの声が飛んできた。
「いったいどういうことだ?」
四人を前にしてナツキが厳しい表情で問う。
「ちょーっと、新任の指導が行き過ぎちゃってねー」
「…何が指導だっての。 殺る気全開だったじゃないのっ」
「あー、あんたはちょっと黙ってて」
マーヤがナオを押しやり、サラが合わせて引っ張る。
「ちょっとっ。 何すんのっ、あんたらっ!」
「シズル、どういうことだっ?」
「ナツキ…」
肩を落とし、シズルは俯き加減にナツキを許しを乞うように見る。 その様子を見ながらマーヤがナツキに向かって言う。
「あー…、学園長。 嬌嫣の紫水晶の事情聴取はそっちでやってもらえるー? こっちで破絃の尖晶石についてはやるから」
「しかし…」
「一緒にやっててまた揉めたら意味ないでしょー。 基本、謹慎の方向で片つけといて。 つまり、この企画から嬌嫣の紫水晶を外して」
「それは…」
「こっちでなんとかするからさ。 そっちはなんとかお願いねん♪」
ため息をついてマーヤを見る。
「おもしろがって見てたんですね、『怜踊の蛍石』ともあろう方が。 どうしてあなたはそう…」
「だから悪かったってぇん。 だからそっちはよろしく」
「…仕方ないですね…」
「ちょっと。 あたしは納得できないんだけど」
ナツキに連れられシズルが去った後、マーヤとサラを睨んでナオが言う。
「あんたねぇ…。 嬌嫣の紫水晶の前で学園長に絡むんじゃないわよ、ここの生徒でしょうが」
「調べによると、この子は学園長としばらく一緒に動いていたらしいですわね。 学園長とエアリーズまで行き、その後カルデア、黒い谷を経て、ヴィントブルームに帰還」
「はぁん。 それで学園長にあーゆー態度がとれるわけか」
「元々の性格もあるでしょうけど」
「それがなんだってのよ」
自分の言葉を無視された上に目の前で自分について話されているのは気分がよくない。 不機嫌にナオが口を出す。
「で、嬌嫣の紫水晶はそれも気に入らないわけね」
「おそらく」
「ちょっとっ。 無視してんじゃないよっ」
「うるさいわねぇ。 あんたはあたしに貸しがあるんだから、黙ってなっての」
ひらひら手を振ってマーヤはナオの方すら見ずに返事をする。
「はあ? あたしが、いつあんたに貸しを作ったっての?」
「さっきよ。 あんた、あたしが嬌嫣の紫水晶止めなかったら死んでるわよ」
「あん? 別にそこまで追い詰められてなかったわよ」
「バカねぇ…。 あの時嬌嫣の紫水晶はスレイブ召還しようとしたのよ? どうやったら対処できんのよ」
「な、なんでスレイブなんか召還できんのよっ」
「アスワドにでも貰ったんじゃない? それに召還しなくても嬌嫣の紫水晶には勝てないわよ」
「…そこまで大事になってたんですか?」
呆れたようにサラが言う。 マーヤはため息をつきながら頷く。
「ま、最初の一手から殺る気だったからねぇ…。 これは当分あの二人はここに呼ばないことにするしかないわねー」
「…仕方ないですね…」
と、サラは何か考えついたかのように笑みを浮かべる。
「では代わりを用意しましょう。 少し連絡してきます」
そう言って部屋を出て行く。
「よく理解できないんだけど」
「まあつまり、あたしら三人でこれやらなきゃいけなくなったから、銀河の藍玉が学園長と嬌嫣の紫水晶の代わりになるのを呼ぶってさ」
「なんで三人でやんの。 あいつらにだってやる義務があんでしょっ」
「あんた嬌嫣の紫水晶に目ぇつけられといて、よくまだそんな口きけるわねー。 生憎あたしはそんな修羅場にいたくないんで却下」
「…」
「マーヤお姉さま、何か連絡が来てますよ」
「んー?」
戻ってきたサラがマーヤに手紙を渡す。 それを受け取り見ている内に、サラが目を見開く。
「ごっめーん。 あたし一旦帰るわー」
「は?」
「うん、すぐ戻るからー。 後よろしくー」
言うやいなやマーヤが出て行く。
「ちょっと待ちなよ、あんたっ。 あんたも止めなくていいの!?」
ナオがサラに問うもサラは動じずあっさりと答える。
「マーヤお姉さまは人の言うこと聞きませんから。 それにだいたい理由はわかりますし」
「何だっての」
「今マーヤお姉さまはカルデアに駐留しているらしいんですが、そこでオトメの監視をしているらしくて」
「あ、あー…アカネか…」
少し前に久しぶりに会ったアカネの様子が思い出される。
てっきり男と逃げ切ったと思っていたが、いまだオトメであった彼女。 あの微笑みをたやさなかった彼女は存外荒んでいた。
「ここに来る際に影武者を置いてきた、とさっき言ってましたから、それがバレたのでしょう」
「…アカネ苦労してんのね」
「…」
「今日が放送日というわけですけど…」
「あたしとあんたの二人でどうすんのよ」
シズルが壊した壁の修復は済んだものの、人は減ったまま当日を迎えてしまった。
「おかしいわね…。 私の方は来るはずなんだけど」
サラが呟くと同時にこの施設のスタッフが飛び込んでくる。
「『銀河の藍玉』サラ・ギャラガー様、エアリーズより使者がいらっしゃってます」
「ああ、来たようね。 ここに通してください」
「はっ」
「何?」
「五柱の代理を呼んだのよ」
「…」
「…チエじゃない、何やってんの?」
入ってきたのはナオの学生時代同級であったチエ・ハラードであった。
「ええ…、エアリーズ共和国ユキノ・クリサント大統領のお言葉を。 『銀河の藍玉のご意向ですが、現状アーミテージ准将には外交及び国防の任があり、そのような大役は務まりかねます。 代理としてチエ・ハラード少尉が受けさせていただきます』」
「はあ? チエ、あんたもたいへんねー…」
「…私、ハルカお姉さまに直接連絡したのですけど?」
「つまり、勢い込んで出て行こうとしたアーミテージ准将をユキノ大統領が発見し、事の次第を聞いてこうなったと」
淡々と答えるチエ。 サラの目が妖しく光る。
「随分と勝手なことされますね、大統領閣下も。 これは公的命令のつもりでしたが。 そもそも現在の状況で国防のためとは…」
「まあ、連合会議になっても勝てる目算はありそうですが」
「…すでに手を打ってますか。 さすがに一筋縄ではいかない方ですね。 いいでしょう、直接話します」
「って、ちょっとあんたっ」
ナオの声を無視してサラが出て行く。 後にはナオとチエだけが残る。
「どうなってんのこれ…」
「ま、いろいろ、ね。 アーミテージ准将は人気者だから。 それよりシズルお姉さまとやりあったんだって? 無茶するね、君は」
「…そんなつもりじゃなかったけどさ、なりゆきよ。 …で、何。 あんたやるの?」
「一応国家命令だしね。 ま、仕方ないさ。 むしろ渡りに舟だったかな?」
「はあ? 何が楽しくてこんなのやんのよ?」
呆れた顔でチエを見てナオが言う。
「いや、別にこれがやりたいわけではないけど。 ヴィントブルームに来るのは嫌じゃなかったんでね」
「どうしてよ」
「かわいい後輩達に会いたかったしね」
そう言って昔のようにどこからか取り出した青い薔薇をナオに差し出してウインクする。
「はっ。 相変わらずお盛んね」
差し出された薔薇を軽く払ってナオはそっぽを向く。 払われたチエは機嫌を悪くするでもなく笑い、窓の外に見えるヴィントブルーム城を見つめる。
「すいません。 『破絃の尖晶石』ジュリエット・ナオ・チャン様、『怜踊の蛍石』マーヤ・ブライス様の使いがいらっしゃってますが」
「はあ?」
「おやおや、アカネもかわいそうに」
哀れむようにチエが言うと同時に『清恋の孔雀石』アカネ・ソワールがむくれ顔で部屋に入ってくる。
「…」
「アカネじゃない。 どうしたの?」
「聞くのは野暮ってもんだよ、ナオ。 建前上は『怜踊の蛍石』様に都合ができたので代理で使わされたって所…ま、つまりは私と同じようなものかな。 アカネは正式に五柱代理ではあるけど」
「…で、本音は面倒だし邪魔も出来て、一石二鳥ってとこ? 大したタマね、あの人も」
「まあ、マーヤお姉さまはああいう人だから。 とは言え、本当になんらかの事情が出来たのも事実だろうね。 仮にも五柱がそれだけで職務放棄は出来ないだろうから」
黙って立っていたアカネだったが、ぶるぶる震えたかと思うと叫んだ。
「私が何したって言うのよーっ。 もうなんでーっ!」
「したじゃない、あんた」
「うん…しょうがないんじゃないかな」
「何がしょうがないのよーっ。 うう…カズくん…」
今度は座り込んでしまう。
「なーにー? アカネってばそんなにエッチしたかったのー?」
笑いながらナオが言うとアカネは顔を赤くして手を振りながら言い訳する。
「ち、違うわよっ! わ、私はただ、カズくんと…」
「したかったんだよね」
「うう…」
チエの身もふたも無い一言にアカネは俯く。
「アカネ・ソワール様、『怜踊の蛍石』マーヤ・ブライス様よりメッセージが届いてます」
「へ?」
アカネが顔を上げて、スタッフから手紙を受け取る。 開いて目を通す。
「…」
アカネの肩が震え出す。 その背中越しに二人が覗き込む。
「なになに…。 『ちゃーんとあたしの代わりを務めないとカズくんにハーレム勧めちゃうわよー♪』」
「『そういうわけでよろしくー♪ 同級生の『破絃の尖晶石』と仲良くがんばってねー』か…」
アカネは肩を震わせたまま俯いていて表情は見えない。
「本当性格悪いわねー」
「…そうだね。 アカネもたいへんだな…」
「あのー…。 もう時間なのですが…」
困った顔でスタッフが声かける。 ナオとチエが顔を見合わせる。
「えっと…私はまだ何をするか具体的にわかってないんだけど。 だいたいはわかってるけど、何を話すかは…」
「それよりアカネが使い物になんないんだけど」
「でも実際時間ぎりぎりなんです。 世界的に今日の放送は注目を集めていますから、中止や延期はできないんですけど…」
「とりあえず資料をくれるかい? なんとかやってみるよ」
やれやれといった感じではあるがチエが姿勢を正してスタッフに指示する。 切り替えの速さは昔と変わらない、いやむしろ昔以上かもしれない。
「あ、あたしが持ってるわ。 はい。 …結局五柱はあたし一人じゃない」
「それじゃ、メインはナオに任せるよ。 精一杯フォローはさせてもらうからさ」
「はあ…。 とんだ貧乏くじよ。 五柱に指名されてからこっち、碌な目にあってないわ」
「ぼやかないぼやかない。 ほらアカネも。 いい加減あきらめて手伝って」
「…」
ゆっくりとアカネが立ち上がる。
「それでは放送開始しますっ」
スタッフがそう言い合図を送る。 それを見てうんざりした顔でナオがマイクに向かって口を開く。
「えー…。 では、ガルデローベ学園より全国へ…」
「何がハーレムよーっ! ふざけないでよーっ!!」
記念すべき第一回放送を飾ったのはアカネの大絶叫であった。
後日計画は見直しが決定され、いまだ再開のめどは立っていない。
(終)
註・すいません、シズルの方言間違ってるかもしれません。 あしからず。
多くの混乱を越え世界が再び平和に向かって歩みだし始めた頃、各国の首脳陣の集まる中でマシロ女王が言い出した。
彼女はこの短い中で成長し、最近では幼くつたないながらも女王としての責を理解し勤めているようだ。
「それはいいですね。 校長はどう思われますか?」
ヴィントブルーム王国と並び復興が進んでいるエアリーズ共和国のユキノ大統領が後押しをする。
「そうですね…。 いくつか難しい部分はありますが、賛同はできます」
「では決定じゃっ! さっそく準備にかかるといいっ。 協力は惜しまんぞ!」
「と言うわけで、皆に集まってもらったわけだが」
ガルデローベ学園そばに造られた建造物の一室に五人。
ガルデローベ学園長にして五柱の一人、『氷雪の銀水晶』ナツキ・クルーガーが四人を前にして言う。
「はあ? なんでそんなことしなくちゃいけないわけ?」
この中では一番年少にあたる新任、『破絃の尖晶石』ジュリエット・ナオ・チャンが不平をあげる。
「ま、立場上そうなるのは必然ですね」
即座に切り返したのは、言われたナツキではなく『銀河の藍玉』サラ・ギャラガー。
「そうねぇー。 しょうがないんじゃないのー。 あたしも気は進まないんだけどー」
続けて口をそろえるは『怜踊の蛍石』マーヤ・ブライス。
「なんでよ」
「我々五柱は各国に対し、中立の立場であることは以前と変わっていないからだ。 この計画の性質から言って、我々以外に適任な人材はいないと思う」
「はあ? つーかこれって何するわけ?」
態度からしてだるそうにナオが言う。
「お前、話を聞いてなかったのか?」
ナツキが顔をしかめる。
「あんたの堅苦しい説明は聞いてると疲れてくんのよ。 もっと簡単に話してくれない?」
「つまりここは情報発信基地になるわけどす」
微笑を浮かべいつの間にかナオの横に立っているのは、『嬌嫣の紫水晶』シズル・ヴィオーラ。
「情報発信?」
「ガルデローベの技術を各国にも提供するのが目的。 すでに各国に送った端末でこちらからの情報を受け取ることはできるようになった」
「受信だけねー。 でまあ、そういう重要な内容だから、ある程度責任ある立場でないといけないからあたし達なわけ」
「アスワドはんの協力もあって全ての国に通信できるようになっとります」
ナオ以外は理解している模様。 それぞれが解説を繋いでいく。
「それでここから各国が利用できそうな技術を伝える、ということだ」
「つっても、あたし何も知らないわよ。 何を伝えろっての」
「それについてはヨウコとアスワドの面々が考慮してくれてる。 この発信はだいたい月に一回で行う予定だが、その都度どの情報を送るかは連絡が来るから問題はない」
「月一ねー。 それでもわざわざここに来るのはめんどいわよねー」
薄笑みを浮かべながらマーヤがナツキの方を向いて言う。
「また、これはエアリーズ共和国のユキノ大統領の提唱で、公共連絡になることも決定している」
「どういう意味ですか?」
「つまり、国家首脳陣にだけ伝わる連絡ではなく、国全体への送信となるということだ」
「はあ?」
「要するに、月一で我々の声が世界中に流れるというわけですね」
「…げっ。 冗談でしょ?」
露骨に嫌そうな顔をしてナオがナツキを見るが、ナツキは小さく首を振る。
「それにこの計画はすでに決定事項だ。 このように専門の施設も用意された以上、我々に拒否することは許されない」
「そういうわけで、今回の内容はこれになる。 各自目を通してくれ」
そう言ってナツキは四人に紙を渡す。 それぞれ目を通し始める。
「放送は一週間後を予定している。 それでは皆頼む」
そう言い残し立ち去ろうとするナツキにナオが口を出す。
「これ、誰が喋るのよ」
「皆で決めてくれればいい。 特別誰と決めているわけではない」
「…なんか自分が入ってないみたいな物言いじゃない? あんたはどうなのよ」
「すまないが、私は学園の方で仕事があるのでこれには参加できない。 今後においては善処するつもりだ。 では後はよろしく頼む」
「ちょっと待ちなよ。 何勝手なこと言ってんのさ。 そんな自分勝手許されると思ってんの?」
「まあまあ。 ナツキは学園の仕事だけでなく、各国との折衝もあるさかい。 堪忍しておくれやす」
ナオがナツキに詰め寄ろうとした所、シズルが間に割ってはいる。
「止めなくていいのですか?」
サラがマーヤを見て尋ねる。 しかし彼女は薄笑みを浮かべながら楽しそうに答える。
「そう思うならあんたが止めればー? 楽しそうじゃない」
「全く…。 マーヤお姉さまは相変わらず趣味が悪いですね」
そう言ってサラはため息をついた。
「どいてよ、あたしは学園長様に話があるんだけど?」
「少し落ち着かれたらどうでっしゃろ? ナツキかて悪気はないんやし」
「ハッ、どうだか。 こんな勝手に話決められて黙ってなんかいらないわよ。 自分は高みの見物なんて、冗談じゃない。 口だけ学園長にはついていけないね」
怒りの表情でナオが言うと、シズルの顔に昏い影がさす。
「あー…」
「新任は考えが足りないわねー。 この前までここの生徒でしょうにー」
「外野うるさいわね、何か言いたいわけ?」
ナオは後ろを振り向き二人に言う。
「あんた、『嬌嫣の紫水晶』を知らないわけ?」
マーヤがナオに言うと同時に、
「…マテリアライズ」
シズルの静かな声が狭い一室に響く。 ジェムが輝き、紫のローブがシズルの身に纏われる。
「…そうどすなぁ…新任さんに五柱のあり方を指導せえへんといかんなぁ…」
薄笑みを浮かべシズルがゆっくりと口を開く。 だが目は昏い影がさしたままだ。
「マテリアライズっ」
その顔に畏怖を感じたナオも慌ててローブを着用する。
「ここではまずいと思いますが」
「そうねー。 ちょっとマズいわねー」
身の危険を感じローブを纏った二人が勝手なことを口にする。
「…そうどすなぁ…ここではナツキに迷惑がかかるかもしれまへんなぁ…。 …ほな…場所変えましょかぁ…」
言うやシズルが手に持った薙刀を振る。
ガズッ、という音とともに壁が崩れ去り、シズルが外へ出る。 唖然とする三人。
「あー…。 これは本当にマズいわねー。 なんか完全にスイッチ入っちゃってるじゃない」
「私、学園長を呼んできます。 それまでマーヤお姉さまお願いします」
壁に開いた穴から声が飛んでくる。
「…さあ…指導の時間どすえ…」
「う、うわっ!?」
声と同時に飛んできたシズルの蛇腹剣にナオが引きずりだされる。
「あたしじゃ無理だから、はやく頼むわねー」
「はい」
「ちょっとあんた…本気?」
先頃の混乱期の反省から、オトメはまだ各国にいるものの、基本的にオトメの軍事行為は厳禁になっている。
「…これは後進の指導ですから…」
「…そう…なら、あたしも手加減しないよっ」
「あの自信はどこからくるのかなー。 無駄だっての。 …それにしても嬌嫣の紫水晶がああも簡単にキレちゃうとはなー」
ナオが構え直す、と同時にシズルが動く。 右手の薙刀を水平に構えたかと思うと、薙ぐかのようにナオの右手方向へと高速で飛ぶ。
「くっ!?」
あわてて爪を振り回し、糸を繰り薙刀の刃を絡ませて止める。 しかし、シズルは刃を止められるや蛇腹に伸ばしナオを振り飛ばす。
「うあっ!」
糸を伸ばし近くの木に絡ませ体勢を立て直す。 そこにシズルの蛇腹剣が飛んでくる。
「そう何度も食らわないってのっ」
蛇腹の伸びた部分を糸で絡み取る。 そしてお互い力を出して動きが取れなくなる。
「くくく…」
「…」
無表情でシズルは片手で堪え、空いた手を懐へと伸ばす。
「ちょ、ちょっとっ! マズいって、嬌嫣の紫水晶っ。 それは本当にマズいってのっ!」
様子を伺ってたマーヤが飛び出しシズルの手を掴む。 ゆっくりとシズルがマーヤを見る。
「…」
「落ち着きなさいっての。 それやっちゃったら学園長も本当に困るわよっ」
「っ!」
シズルの動きが止まる。
「何をしているっ!」
ちょうどその時ナツキの声が飛んできた。
「いったいどういうことだ?」
四人を前にしてナツキが厳しい表情で問う。
「ちょーっと、新任の指導が行き過ぎちゃってねー」
「…何が指導だっての。 殺る気全開だったじゃないのっ」
「あー、あんたはちょっと黙ってて」
マーヤがナオを押しやり、サラが合わせて引っ張る。
「ちょっとっ。 何すんのっ、あんたらっ!」
「シズル、どういうことだっ?」
「ナツキ…」
肩を落とし、シズルは俯き加減にナツキを許しを乞うように見る。 その様子を見ながらマーヤがナツキに向かって言う。
「あー…、学園長。 嬌嫣の紫水晶の事情聴取はそっちでやってもらえるー? こっちで破絃の尖晶石についてはやるから」
「しかし…」
「一緒にやっててまた揉めたら意味ないでしょー。 基本、謹慎の方向で片つけといて。 つまり、この企画から嬌嫣の紫水晶を外して」
「それは…」
「こっちでなんとかするからさ。 そっちはなんとかお願いねん♪」
ため息をついてマーヤを見る。
「おもしろがって見てたんですね、『怜踊の蛍石』ともあろう方が。 どうしてあなたはそう…」
「だから悪かったってぇん。 だからそっちはよろしく」
「…仕方ないですね…」
「ちょっと。 あたしは納得できないんだけど」
ナツキに連れられシズルが去った後、マーヤとサラを睨んでナオが言う。
「あんたねぇ…。 嬌嫣の紫水晶の前で学園長に絡むんじゃないわよ、ここの生徒でしょうが」
「調べによると、この子は学園長としばらく一緒に動いていたらしいですわね。 学園長とエアリーズまで行き、その後カルデア、黒い谷を経て、ヴィントブルームに帰還」
「はぁん。 それで学園長にあーゆー態度がとれるわけか」
「元々の性格もあるでしょうけど」
「それがなんだってのよ」
自分の言葉を無視された上に目の前で自分について話されているのは気分がよくない。 不機嫌にナオが口を出す。
「で、嬌嫣の紫水晶はそれも気に入らないわけね」
「おそらく」
「ちょっとっ。 無視してんじゃないよっ」
「うるさいわねぇ。 あんたはあたしに貸しがあるんだから、黙ってなっての」
ひらひら手を振ってマーヤはナオの方すら見ずに返事をする。
「はあ? あたしが、いつあんたに貸しを作ったっての?」
「さっきよ。 あんた、あたしが嬌嫣の紫水晶止めなかったら死んでるわよ」
「あん? 別にそこまで追い詰められてなかったわよ」
「バカねぇ…。 あの時嬌嫣の紫水晶はスレイブ召還しようとしたのよ? どうやったら対処できんのよ」
「な、なんでスレイブなんか召還できんのよっ」
「アスワドにでも貰ったんじゃない? それに召還しなくても嬌嫣の紫水晶には勝てないわよ」
「…そこまで大事になってたんですか?」
呆れたようにサラが言う。 マーヤはため息をつきながら頷く。
「ま、最初の一手から殺る気だったからねぇ…。 これは当分あの二人はここに呼ばないことにするしかないわねー」
「…仕方ないですね…」
と、サラは何か考えついたかのように笑みを浮かべる。
「では代わりを用意しましょう。 少し連絡してきます」
そう言って部屋を出て行く。
「よく理解できないんだけど」
「まあつまり、あたしら三人でこれやらなきゃいけなくなったから、銀河の藍玉が学園長と嬌嫣の紫水晶の代わりになるのを呼ぶってさ」
「なんで三人でやんの。 あいつらにだってやる義務があんでしょっ」
「あんた嬌嫣の紫水晶に目ぇつけられといて、よくまだそんな口きけるわねー。 生憎あたしはそんな修羅場にいたくないんで却下」
「…」
「マーヤお姉さま、何か連絡が来てますよ」
「んー?」
戻ってきたサラがマーヤに手紙を渡す。 それを受け取り見ている内に、サラが目を見開く。
「ごっめーん。 あたし一旦帰るわー」
「は?」
「うん、すぐ戻るからー。 後よろしくー」
言うやいなやマーヤが出て行く。
「ちょっと待ちなよ、あんたっ。 あんたも止めなくていいの!?」
ナオがサラに問うもサラは動じずあっさりと答える。
「マーヤお姉さまは人の言うこと聞きませんから。 それにだいたい理由はわかりますし」
「何だっての」
「今マーヤお姉さまはカルデアに駐留しているらしいんですが、そこでオトメの監視をしているらしくて」
「あ、あー…アカネか…」
少し前に久しぶりに会ったアカネの様子が思い出される。
てっきり男と逃げ切ったと思っていたが、いまだオトメであった彼女。 あの微笑みをたやさなかった彼女は存外荒んでいた。
「ここに来る際に影武者を置いてきた、とさっき言ってましたから、それがバレたのでしょう」
「…アカネ苦労してんのね」
「…」
「今日が放送日というわけですけど…」
「あたしとあんたの二人でどうすんのよ」
シズルが壊した壁の修復は済んだものの、人は減ったまま当日を迎えてしまった。
「おかしいわね…。 私の方は来るはずなんだけど」
サラが呟くと同時にこの施設のスタッフが飛び込んでくる。
「『銀河の藍玉』サラ・ギャラガー様、エアリーズより使者がいらっしゃってます」
「ああ、来たようね。 ここに通してください」
「はっ」
「何?」
「五柱の代理を呼んだのよ」
「…」
「…チエじゃない、何やってんの?」
入ってきたのはナオの学生時代同級であったチエ・ハラードであった。
「ええ…、エアリーズ共和国ユキノ・クリサント大統領のお言葉を。 『銀河の藍玉のご意向ですが、現状アーミテージ准将には外交及び国防の任があり、そのような大役は務まりかねます。 代理としてチエ・ハラード少尉が受けさせていただきます』」
「はあ? チエ、あんたもたいへんねー…」
「…私、ハルカお姉さまに直接連絡したのですけど?」
「つまり、勢い込んで出て行こうとしたアーミテージ准将をユキノ大統領が発見し、事の次第を聞いてこうなったと」
淡々と答えるチエ。 サラの目が妖しく光る。
「随分と勝手なことされますね、大統領閣下も。 これは公的命令のつもりでしたが。 そもそも現在の状況で国防のためとは…」
「まあ、連合会議になっても勝てる目算はありそうですが」
「…すでに手を打ってますか。 さすがに一筋縄ではいかない方ですね。 いいでしょう、直接話します」
「って、ちょっとあんたっ」
ナオの声を無視してサラが出て行く。 後にはナオとチエだけが残る。
「どうなってんのこれ…」
「ま、いろいろ、ね。 アーミテージ准将は人気者だから。 それよりシズルお姉さまとやりあったんだって? 無茶するね、君は」
「…そんなつもりじゃなかったけどさ、なりゆきよ。 …で、何。 あんたやるの?」
「一応国家命令だしね。 ま、仕方ないさ。 むしろ渡りに舟だったかな?」
「はあ? 何が楽しくてこんなのやんのよ?」
呆れた顔でチエを見てナオが言う。
「いや、別にこれがやりたいわけではないけど。 ヴィントブルームに来るのは嫌じゃなかったんでね」
「どうしてよ」
「かわいい後輩達に会いたかったしね」
そう言って昔のようにどこからか取り出した青い薔薇をナオに差し出してウインクする。
「はっ。 相変わらずお盛んね」
差し出された薔薇を軽く払ってナオはそっぽを向く。 払われたチエは機嫌を悪くするでもなく笑い、窓の外に見えるヴィントブルーム城を見つめる。
「すいません。 『破絃の尖晶石』ジュリエット・ナオ・チャン様、『怜踊の蛍石』マーヤ・ブライス様の使いがいらっしゃってますが」
「はあ?」
「おやおや、アカネもかわいそうに」
哀れむようにチエが言うと同時に『清恋の孔雀石』アカネ・ソワールがむくれ顔で部屋に入ってくる。
「…」
「アカネじゃない。 どうしたの?」
「聞くのは野暮ってもんだよ、ナオ。 建前上は『怜踊の蛍石』様に都合ができたので代理で使わされたって所…ま、つまりは私と同じようなものかな。 アカネは正式に五柱代理ではあるけど」
「…で、本音は面倒だし邪魔も出来て、一石二鳥ってとこ? 大したタマね、あの人も」
「まあ、マーヤお姉さまはああいう人だから。 とは言え、本当になんらかの事情が出来たのも事実だろうね。 仮にも五柱がそれだけで職務放棄は出来ないだろうから」
黙って立っていたアカネだったが、ぶるぶる震えたかと思うと叫んだ。
「私が何したって言うのよーっ。 もうなんでーっ!」
「したじゃない、あんた」
「うん…しょうがないんじゃないかな」
「何がしょうがないのよーっ。 うう…カズくん…」
今度は座り込んでしまう。
「なーにー? アカネってばそんなにエッチしたかったのー?」
笑いながらナオが言うとアカネは顔を赤くして手を振りながら言い訳する。
「ち、違うわよっ! わ、私はただ、カズくんと…」
「したかったんだよね」
「うう…」
チエの身もふたも無い一言にアカネは俯く。
「アカネ・ソワール様、『怜踊の蛍石』マーヤ・ブライス様よりメッセージが届いてます」
「へ?」
アカネが顔を上げて、スタッフから手紙を受け取る。 開いて目を通す。
「…」
アカネの肩が震え出す。 その背中越しに二人が覗き込む。
「なになに…。 『ちゃーんとあたしの代わりを務めないとカズくんにハーレム勧めちゃうわよー♪』」
「『そういうわけでよろしくー♪ 同級生の『破絃の尖晶石』と仲良くがんばってねー』か…」
アカネは肩を震わせたまま俯いていて表情は見えない。
「本当性格悪いわねー」
「…そうだね。 アカネもたいへんだな…」
「あのー…。 もう時間なのですが…」
困った顔でスタッフが声かける。 ナオとチエが顔を見合わせる。
「えっと…私はまだ何をするか具体的にわかってないんだけど。 だいたいはわかってるけど、何を話すかは…」
「それよりアカネが使い物になんないんだけど」
「でも実際時間ぎりぎりなんです。 世界的に今日の放送は注目を集めていますから、中止や延期はできないんですけど…」
「とりあえず資料をくれるかい? なんとかやってみるよ」
やれやれといった感じではあるがチエが姿勢を正してスタッフに指示する。 切り替えの速さは昔と変わらない、いやむしろ昔以上かもしれない。
「あ、あたしが持ってるわ。 はい。 …結局五柱はあたし一人じゃない」
「それじゃ、メインはナオに任せるよ。 精一杯フォローはさせてもらうからさ」
「はあ…。 とんだ貧乏くじよ。 五柱に指名されてからこっち、碌な目にあってないわ」
「ぼやかないぼやかない。 ほらアカネも。 いい加減あきらめて手伝って」
「…」
ゆっくりとアカネが立ち上がる。
「それでは放送開始しますっ」
スタッフがそう言い合図を送る。 それを見てうんざりした顔でナオがマイクに向かって口を開く。
「えー…。 では、ガルデローベ学園より全国へ…」
「何がハーレムよーっ! ふざけないでよーっ!!」
記念すべき第一回放送を飾ったのはアカネの大絶叫であった。
後日計画は見直しが決定され、いまだ再開のめどは立っていない。
(終)
註・すいません、シズルの方言間違ってるかもしれません。 あしからず。
「エレンディア、またゲーム?」
「いやあのね、強くなって少し楽しくなってきちゃって…」
「まあまあアイリーン。 そんなこと言ったって私らだってゲームなんだからさ」
「そ、それはそうですけどっ」
「そうだよ。 そんな目くじら立てないでよ」
「でもエレンディアはやりすぎ」
「…」
「今弓使いなんだけどさ」
「それがどうかした? 別のゲームの話をされても私たちにはわからないし関係ないわよ」
「いや私考えてみるとバイアシオンで弓を使った覚えがないなーって思ったんだよね」
「ふーん。 そうなの?」
「ああレルラ=ロントンが一緒だからかしら」
「…」
「一緒じゃないみたいよ、アイリーン」
「それならオイフェかしら」
「………」
「…やっぱり違うみたいね」
「いやだって大抵ハイグライドもロングショットも習得するじゃない?」
「うん、そうだね」
「そうすると弓の意味ってない気もして…。 それに弓の強い武器って手に入るのがかなり後の方だし」
「まあ武器は好みの問題だから。 あたしは鎌だし」
「私はオッシ先生仕込みの剣ね」
「私は斧」
「…」
「…」
「なによっ、好みでしょっ。 いいじゃないのっ」
「あー、まー、うん、そうだね」
「そ、そうね。 いいんじゃない?」
「…なんか気に入らない返事ね」
「それにさ、なんかスタート次第で武器って決まっちゃう感じしない?」
「? 言ってる意味がわからないんだけど」
「ほら王城とか黄金畑だと剣に決定かな? とかさ」
「そう? 気にすることないんじゃない?」
「じゃあアイリーンは彼氏が弓でもいいの?」
「あ、あいつは彼氏なんかじゃっ」
「ほらほらアイリーン。 すぐ乗せられないの。 そんなこと言ってたら全て剣じゃない?」
「そんなことないわよ。 旅先とかだったら比較的自由かな」
「ミイスは?」
「あ、あれなら弓でもいいかな。 セラがいるから」
「田舎町なら?」
「…」
「どうかした?」
「…エレンディアは僕らと一緒に旅って1回しかやってないんだよね」
「そうなんだ? どうして?」
「…だって男の子限定だし。 それにその…」
「エレンディアは僕が嫌いなんだよ」
「ち、違うわよっ。 そうじゃないけどっ」
「だったらどうしてっ」
「コーンスの角って高く売れるんだってねー」
「本当っ!?」
「エレンディアっ!」
「…ごめんなさい」
「まあスタート格差はあるよね」
「そうかもね」
「私アトレイアが好きだから、旅先が一番多いのよね」
「別に旅先じゃなくてもいいんじゃないの?」
「あと黄金畑とか」
「…無視のようですね」
「黄金畑は不便だったりもしない?」
「お義兄さまが素敵だったりもするけど、ついアトレイアがほっとけなくて、いまだに吸血シーン見てないのよね」
「…無視なわけだ」
「だからいつも悩むのよね。 青竜軍にも入りたいけど、そうしたらお義兄さまがっ、って」
「でもあまりレムオンを連れてる所も見たことないわよね? アイリーン」
「そう言えばそうですね」
「いつもザギヴとエステルがいるわよね。 あと一人がいろいろで」
「ザギヴのセクシーさとエステルのラブリーさがわからないの?」
「あら、セクシーなら負けてないわよ」
「あのカルラ様、くだらないことで張り合うのは…」
「ここは譲れないのよっ」
「お義兄さまはあのままで一緒に旅したかったのよね。 エステルみたいに選択させて欲しかった…」
「別に変わらないじゃない」
「全然違うでしょっ!」
「そんなムキにならなくても…」
「ここは譲れないのよっ」
「…ちょっと真似しないでくれる?」
「…なんか中身のない話ね」
「いやたまにはゲーム語りっぽいのもいいかなって」
「なってるかしら?」
「それじゃ久しぶりにアトレイアに会いに行ってくるわねっ」
「…やっぱり僕には会いに来てくれないんだね……」
(終)
「いやあのね、強くなって少し楽しくなってきちゃって…」
「まあまあアイリーン。 そんなこと言ったって私らだってゲームなんだからさ」
「そ、それはそうですけどっ」
「そうだよ。 そんな目くじら立てないでよ」
「でもエレンディアはやりすぎ」
「…」
「今弓使いなんだけどさ」
「それがどうかした? 別のゲームの話をされても私たちにはわからないし関係ないわよ」
「いや私考えてみるとバイアシオンで弓を使った覚えがないなーって思ったんだよね」
「ふーん。 そうなの?」
「ああレルラ=ロントンが一緒だからかしら」
「…」
「一緒じゃないみたいよ、アイリーン」
「それならオイフェかしら」
「………」
「…やっぱり違うみたいね」
「いやだって大抵ハイグライドもロングショットも習得するじゃない?」
「うん、そうだね」
「そうすると弓の意味ってない気もして…。 それに弓の強い武器って手に入るのがかなり後の方だし」
「まあ武器は好みの問題だから。 あたしは鎌だし」
「私はオッシ先生仕込みの剣ね」
「私は斧」
「…」
「…」
「なによっ、好みでしょっ。 いいじゃないのっ」
「あー、まー、うん、そうだね」
「そ、そうね。 いいんじゃない?」
「…なんか気に入らない返事ね」
「それにさ、なんかスタート次第で武器って決まっちゃう感じしない?」
「? 言ってる意味がわからないんだけど」
「ほら王城とか黄金畑だと剣に決定かな? とかさ」
「そう? 気にすることないんじゃない?」
「じゃあアイリーンは彼氏が弓でもいいの?」
「あ、あいつは彼氏なんかじゃっ」
「ほらほらアイリーン。 すぐ乗せられないの。 そんなこと言ってたら全て剣じゃない?」
「そんなことないわよ。 旅先とかだったら比較的自由かな」
「ミイスは?」
「あ、あれなら弓でもいいかな。 セラがいるから」
「田舎町なら?」
「…」
「どうかした?」
「…エレンディアは僕らと一緒に旅って1回しかやってないんだよね」
「そうなんだ? どうして?」
「…だって男の子限定だし。 それにその…」
「エレンディアは僕が嫌いなんだよ」
「ち、違うわよっ。 そうじゃないけどっ」
「だったらどうしてっ」
「コーンスの角って高く売れるんだってねー」
「本当っ!?」
「エレンディアっ!」
「…ごめんなさい」
「まあスタート格差はあるよね」
「そうかもね」
「私アトレイアが好きだから、旅先が一番多いのよね」
「別に旅先じゃなくてもいいんじゃないの?」
「あと黄金畑とか」
「…無視のようですね」
「黄金畑は不便だったりもしない?」
「お義兄さまが素敵だったりもするけど、ついアトレイアがほっとけなくて、いまだに吸血シーン見てないのよね」
「…無視なわけだ」
「だからいつも悩むのよね。 青竜軍にも入りたいけど、そうしたらお義兄さまがっ、って」
「でもあまりレムオンを連れてる所も見たことないわよね? アイリーン」
「そう言えばそうですね」
「いつもザギヴとエステルがいるわよね。 あと一人がいろいろで」
「ザギヴのセクシーさとエステルのラブリーさがわからないの?」
「あら、セクシーなら負けてないわよ」
「あのカルラ様、くだらないことで張り合うのは…」
「ここは譲れないのよっ」
「お義兄さまはあのままで一緒に旅したかったのよね。 エステルみたいに選択させて欲しかった…」
「別に変わらないじゃない」
「全然違うでしょっ!」
「そんなムキにならなくても…」
「ここは譲れないのよっ」
「…ちょっと真似しないでくれる?」
「…なんか中身のない話ね」
「いやたまにはゲーム語りっぽいのもいいかなって」
「なってるかしら?」
「それじゃ久しぶりにアトレイアに会いに行ってくるわねっ」
「…やっぱり僕には会いに来てくれないんだね……」
(終)
揺れる車内。
ガタンゴトンと線路の音が聞こえるとつい外を見てしまう。
あの赤い風景がそこに見えるような気がして…
「どしたん? はとちゃん。 なんかあった?」
「ううん、なんでもないよ、陽子ちゃん」
でも今いる電車はあの時とは全然違う、周りには多くのお客さんがいて人の息吹がある。 それに時間帯も違う。 まだ日は高い。
今わたしは陽子ちゃんと街へお買い物へと向かう電車の中。
「もうすぐ夏だよねー」
そう言って陽子ちゃんは手でひらひらと扇ぐ。 車内なのでそんな暑くはないけど、気持ち的なものなのかもしれない。
「そうだね、最近少し暑くなってきたもんね」
「こりゃーあれよ。 地球温暖化ってやつよね。 はとちゃんもエコロジーしなきゃダメよー?」
「わたしは普段からエコロジーには気をつけてるよ?」
冷暖房は控えめ、電気水道も控えめに。 ついでに車内なので携帯電話はマナーモード。
「ふっ」
「陽子ちゃん、何かな? その『あんたはやっぱり甘ちゃんね』みたいな笑いは何かな?」
「あんたはやっぱり甘ちゃんね」
「わ。 陽子ちゃんやっぱりひねりなし」
以前にもした掛け合いだけど、陽子ちゃんの態度はやっぱり変わっていなかった。
「と言うか、そこでそういうこと言われるのがわからないんだけど?」
「はとちゃんみたいなおボケの気をつけてるなんてたかがしれてる、って言いたいのよ」
それは冤罪に当たりませんか?
「そういう先入観で勝手に人を決め付けるのはよくないよ、陽子ちゃん」
「でもあながち間違っていないのではなくて?」
不意に肩口から声がかかる。
「そんなことないよっ。 わたしはちゃんと気をつけてるよっ」
「どしたん、はとちゃん? 私何も言ってないんですけど?」
「全く。 本当桂は私に恥をかかせるのね。 しっかりしなさいな」
「うう…」
肩口からかかった声の主はノゾミちゃん。 ふわふわと宙に浮いている。 とは言え風船とかではなくて、その正体はなんと『鬼』なのである。
去年の夏にいろいろあって、今はわたしの携帯のストラップに『憑いている』のである。
それはいいのだけれども、いろいろ口うるさく、わたしの都合お構いなしなのはいかがなものかと。
「(ノ、ノゾミちゃんっ。 声かけるなら鈴を鳴らしてって言ったでしょ?)」
「鳴らしたわよ? 桂が気づかなかっただけではなくて?」
ちなみにノゾミちゃんは鬼なだけあって、普通の人には姿は見えず声も聞こえないらしい。 でもそれってつまりわたしがおかしな独り言を言ってるように見えるということなのです。
「(だって鳴ってないよ?)」
「そんなの知らないわよ。 私はちゃんと鳴らしたわ、桂がぼんやりしてるからいけないのよ」
「はとちゃん、何ぶつぶつ言ってるの? なんか電波来ちゃった?」
陽子ちゃん、確かに放っておいて悪いとは思うんだけど、それってひどくないですか?
「でんぱって何かしら?」
「(…説明したくないです)」
「はとちゃん」
「何かな、陽子ちゃん」
急に真面目な顔をして陽子ちゃんがわたしを見る。
「ママさんがいなくなってつらいのはわかるけど、電波を受け取るようになっちゃダメよっ。 つらいことがあるならなんでも相談してくれていいからっ」
「…」
「もちろん私じゃ大して役には立たないかもしれないけど、それでも私たち友達じゃないっ」
言ってることは嬉しいけど、感謝できないのはなぜなんでしょうか。
「陽子ちゃん、こんな人もいっぱいいる所で電波とか言うのってひどくない?」
「でんぱというのは悪いものなの?」
「そうじゃないけど、この場合は悪い意味で言われてるんだよ」
って、うっかりそのままノゾミちゃんに言葉を返してしまった。
「はとちゃんっ、しっかりしてっ!」
そう言うと陽子ちゃんがわたしの肩を持って揺さぶる。
「よ、陽子ちゃんっ。 大丈夫だからやめてやめて」
首が前後に揺らされてくらくらする。
「桂、どうかしたの?」
「(ノゾミちゃんのせいでしょーっ)」
「私が何をしたと言うの? 桂が気をつけてないのがいけないではなくて?」
「そうだけど、わかってるんだったらもうちょっと気をつかってよーっ」
「はとちゃーんっ。 帰ってきてーっ」
結局車内でプチ騒ぎを起こし恥ずかしくていたたまれなくなったので、お買い物を中止して帰ることにしました。
「本当大丈夫? はとちゃん」
「大丈夫だよ、陽子ちゃん。 と言うか誤解だから本当に」
「誤解なのかしら?」
「誤解だよっ!」
…あ。
「…はとちゃん」
「…えっと、今日は調子が悪いので帰るよ。 明日は大丈夫だって本当心配かけてごめんね、陽子ちゃん」
「全く仕様がない子ね、桂は」
「…」
友達にいらない誤解を与えた、そんな悲しい一日でした。
一人になった帰り道、
「それで、でんぱって何かしら?」
「…説明したくないです」
(終)
ガタンゴトンと線路の音が聞こえるとつい外を見てしまう。
あの赤い風景がそこに見えるような気がして…
「どしたん? はとちゃん。 なんかあった?」
「ううん、なんでもないよ、陽子ちゃん」
でも今いる電車はあの時とは全然違う、周りには多くのお客さんがいて人の息吹がある。 それに時間帯も違う。 まだ日は高い。
今わたしは陽子ちゃんと街へお買い物へと向かう電車の中。
「もうすぐ夏だよねー」
そう言って陽子ちゃんは手でひらひらと扇ぐ。 車内なのでそんな暑くはないけど、気持ち的なものなのかもしれない。
「そうだね、最近少し暑くなってきたもんね」
「こりゃーあれよ。 地球温暖化ってやつよね。 はとちゃんもエコロジーしなきゃダメよー?」
「わたしは普段からエコロジーには気をつけてるよ?」
冷暖房は控えめ、電気水道も控えめに。 ついでに車内なので携帯電話はマナーモード。
「ふっ」
「陽子ちゃん、何かな? その『あんたはやっぱり甘ちゃんね』みたいな笑いは何かな?」
「あんたはやっぱり甘ちゃんね」
「わ。 陽子ちゃんやっぱりひねりなし」
以前にもした掛け合いだけど、陽子ちゃんの態度はやっぱり変わっていなかった。
「と言うか、そこでそういうこと言われるのがわからないんだけど?」
「はとちゃんみたいなおボケの気をつけてるなんてたかがしれてる、って言いたいのよ」
それは冤罪に当たりませんか?
「そういう先入観で勝手に人を決め付けるのはよくないよ、陽子ちゃん」
「でもあながち間違っていないのではなくて?」
不意に肩口から声がかかる。
「そんなことないよっ。 わたしはちゃんと気をつけてるよっ」
「どしたん、はとちゃん? 私何も言ってないんですけど?」
「全く。 本当桂は私に恥をかかせるのね。 しっかりしなさいな」
「うう…」
肩口からかかった声の主はノゾミちゃん。 ふわふわと宙に浮いている。 とは言え風船とかではなくて、その正体はなんと『鬼』なのである。
去年の夏にいろいろあって、今はわたしの携帯のストラップに『憑いている』のである。
それはいいのだけれども、いろいろ口うるさく、わたしの都合お構いなしなのはいかがなものかと。
「(ノ、ノゾミちゃんっ。 声かけるなら鈴を鳴らしてって言ったでしょ?)」
「鳴らしたわよ? 桂が気づかなかっただけではなくて?」
ちなみにノゾミちゃんは鬼なだけあって、普通の人には姿は見えず声も聞こえないらしい。 でもそれってつまりわたしがおかしな独り言を言ってるように見えるということなのです。
「(だって鳴ってないよ?)」
「そんなの知らないわよ。 私はちゃんと鳴らしたわ、桂がぼんやりしてるからいけないのよ」
「はとちゃん、何ぶつぶつ言ってるの? なんか電波来ちゃった?」
陽子ちゃん、確かに放っておいて悪いとは思うんだけど、それってひどくないですか?
「でんぱって何かしら?」
「(…説明したくないです)」
「はとちゃん」
「何かな、陽子ちゃん」
急に真面目な顔をして陽子ちゃんがわたしを見る。
「ママさんがいなくなってつらいのはわかるけど、電波を受け取るようになっちゃダメよっ。 つらいことがあるならなんでも相談してくれていいからっ」
「…」
「もちろん私じゃ大して役には立たないかもしれないけど、それでも私たち友達じゃないっ」
言ってることは嬉しいけど、感謝できないのはなぜなんでしょうか。
「陽子ちゃん、こんな人もいっぱいいる所で電波とか言うのってひどくない?」
「でんぱというのは悪いものなの?」
「そうじゃないけど、この場合は悪い意味で言われてるんだよ」
って、うっかりそのままノゾミちゃんに言葉を返してしまった。
「はとちゃんっ、しっかりしてっ!」
そう言うと陽子ちゃんがわたしの肩を持って揺さぶる。
「よ、陽子ちゃんっ。 大丈夫だからやめてやめて」
首が前後に揺らされてくらくらする。
「桂、どうかしたの?」
「(ノゾミちゃんのせいでしょーっ)」
「私が何をしたと言うの? 桂が気をつけてないのがいけないではなくて?」
「そうだけど、わかってるんだったらもうちょっと気をつかってよーっ」
「はとちゃーんっ。 帰ってきてーっ」
結局車内でプチ騒ぎを起こし恥ずかしくていたたまれなくなったので、お買い物を中止して帰ることにしました。
「本当大丈夫? はとちゃん」
「大丈夫だよ、陽子ちゃん。 と言うか誤解だから本当に」
「誤解なのかしら?」
「誤解だよっ!」
…あ。
「…はとちゃん」
「…えっと、今日は調子が悪いので帰るよ。 明日は大丈夫だって本当心配かけてごめんね、陽子ちゃん」
「全く仕様がない子ね、桂は」
「…」
友達にいらない誤解を与えた、そんな悲しい一日でした。
一人になった帰り道、
「それで、でんぱって何かしら?」
「…説明したくないです」
(終)
「なんか急に気温が上がった感じがするわねー」
「そうですね、エレンディアさん」
「…」
「どうかしましたか?」
「ノエル、プレートアーマーは蒸れない?」
「えっ…その、少しつらいですけど」
「どうするの?」
「よく水浴びしてますから大丈夫ですよ」
「…」
「何かまだ?」
「レイヴンはどうしてるのかなって…」
「周囲を見張っててくれてますけど?」
「いや見張りがむしろ…」
「そんなことはしないっ!」
「うわっ」
「あ、レイヴン」
「やあノエル。 ちゃんと付き合う人間は選ぶべきだと前から言ってるじゃないか」
「…それどういう意味?」
「そっくりそのままお返ししたいね」
「ふ、二人とも落ち着いて…」
「私はノエルの身の安全のために言ってるのよ。 どこに狼さんがいるかはわからないものねー」
「僕もノエルのために言ってあげているのさ。 勝手な憶測で人を覗きよばわりするような友達はどうかとね」
「さあどうかしら?」
「一緒に旅もしてないくせに何をわかったような口の聞き方をしてるんだい、エレンディア。 君はそんな人間だとは思わなかったよ」
「じゃあ言わせてもらうけど、なんで今の話を聞いてたのよ?」
「そ、それはレイヴンは周囲に気を配っているからで…」
「ノエル、あなたは優しいのね。 でもね女同士の話に聞き耳をたてるなんてどうかと思った方がいいわよ?」
「え、えっと…」
「さあレイヴン? …って、いないっ!?」
「レ、レイヴンは今日は来てませんよっ、エレンディアさんっ」
「…」
「エレンディアさん、何言ってるんですか?」
「…いいリーダーね、ノエル」
「…」
「でも私暑いのは結構平気なんですよ」
「話を変えたわね」
「そ、そんなことないですよ。 今日のエレンディアさん変ですよっ?」
「でも水浴びするにも竜骨の砂漠みたいな場所だとどうにもならないでしょ?」
「あ、でもあそこの奥に地下水脈があってそこで水浴びをしたらいいってレイヴンが」
「ほほー、水場へと誘うのね。 レイヴンが」
「違うっ!!」
「ダメっ、レイヴンっ」
「あらー、いるじゃないレイヴンー」
「…ノエル、本当に付き合う人間は選んだ方がいい」
「でもエレンディアさんいつもはこんなこと言わないんだけど…」
「エレンディアさっき間違ってデータの上書きしちゃったのー」
「…」
「…」
「…ルルアンタ、ちょっとこっちに来なさい」
「エレンディア、目が怖いの」
「いいから来なさいっ」
「うっぷん晴らしに絡まれたと言うわけか…」
「そうみたいですね…」
「エレンディアが自分でやったことなのーっ」
「本当のことだから腹が立つってわかりなさいっ!」
(終)
註・レイヴン好きな人ごめんなさい。
「そうですね、エレンディアさん」
「…」
「どうかしましたか?」
「ノエル、プレートアーマーは蒸れない?」
「えっ…その、少しつらいですけど」
「どうするの?」
「よく水浴びしてますから大丈夫ですよ」
「…」
「何かまだ?」
「レイヴンはどうしてるのかなって…」
「周囲を見張っててくれてますけど?」
「いや見張りがむしろ…」
「そんなことはしないっ!」
「うわっ」
「あ、レイヴン」
「やあノエル。 ちゃんと付き合う人間は選ぶべきだと前から言ってるじゃないか」
「…それどういう意味?」
「そっくりそのままお返ししたいね」
「ふ、二人とも落ち着いて…」
「私はノエルの身の安全のために言ってるのよ。 どこに狼さんがいるかはわからないものねー」
「僕もノエルのために言ってあげているのさ。 勝手な憶測で人を覗きよばわりするような友達はどうかとね」
「さあどうかしら?」
「一緒に旅もしてないくせに何をわかったような口の聞き方をしてるんだい、エレンディア。 君はそんな人間だとは思わなかったよ」
「じゃあ言わせてもらうけど、なんで今の話を聞いてたのよ?」
「そ、それはレイヴンは周囲に気を配っているからで…」
「ノエル、あなたは優しいのね。 でもね女同士の話に聞き耳をたてるなんてどうかと思った方がいいわよ?」
「え、えっと…」
「さあレイヴン? …って、いないっ!?」
「レ、レイヴンは今日は来てませんよっ、エレンディアさんっ」
「…」
「エレンディアさん、何言ってるんですか?」
「…いいリーダーね、ノエル」
「…」
「でも私暑いのは結構平気なんですよ」
「話を変えたわね」
「そ、そんなことないですよ。 今日のエレンディアさん変ですよっ?」
「でも水浴びするにも竜骨の砂漠みたいな場所だとどうにもならないでしょ?」
「あ、でもあそこの奥に地下水脈があってそこで水浴びをしたらいいってレイヴンが」
「ほほー、水場へと誘うのね。 レイヴンが」
「違うっ!!」
「ダメっ、レイヴンっ」
「あらー、いるじゃないレイヴンー」
「…ノエル、本当に付き合う人間は選んだ方がいい」
「でもエレンディアさんいつもはこんなこと言わないんだけど…」
「エレンディアさっき間違ってデータの上書きしちゃったのー」
「…」
「…」
「…ルルアンタ、ちょっとこっちに来なさい」
「エレンディア、目が怖いの」
「いいから来なさいっ」
「うっぷん晴らしに絡まれたと言うわけか…」
「そうみたいですね…」
「エレンディアが自分でやったことなのーっ」
「本当のことだから腹が立つってわかりなさいっ!」
(終)
註・レイヴン好きな人ごめんなさい。
「………さんっ」
「…」
「…おねーさんっ」
「…」
「桂おねーさんっ!」
「わっ、つ、葛ちゃんっ。 突然大きな声で呼ばないでよ。 凄いびっくりしたんだよ?」
「さっきから何度も呼びましたよ?」
「あれ?」
「先日アイデアが出ないとか言いながらもPCに向かってるからお邪魔しないようにと思っていたのですが…」
「うん」
「…おねーさんゲームしてるだけじゃないですか」
「そ、そんなことないよ?」
「いろいろお忙しいとは思いますけど、ちゃんと続けるんですよね?」
「うん、そうだよ」
「でもゲームばかりしてるじゃないですか。 書かないとダメですようー」
「うん、わかってるんだけど、アイデアがなかなか…。 それで気晴らしに少しやってるだけだよ」
「あら、いつも熱心にやっているのではなくて?」
「そうなんですか?」
「ええ、考えてる様子なんてなくってよ」
「ノ、ノゾミちゃんっ。 しーっ」
「…おねーさん」
「話すお友達ができたとか言って、私とも満足に話していないわ」
「え、えっと、それは…」
「観月の娘や鬼切りの娘が来た時も同じだったわね」
「ノゾミちゃん。 しーっ、しーっ」
「おねーさんっ」
「うう、ごめんなさい…」
「全く困ったものですねー」
「で、でもっ。 なんかもうすぐ終わるってうわさもあるから、それまでだよ」
「もうすぐっていつ頃なんですか?」
「来年って言ってたわね」
「ノゾミちゃんっ。 しーっ」
「おねーさんっ!」
「ううう、ごめんなさい…」
「仕方ないですねー。 とりあえずサバイバーの残りでも出したらいかがですか?」
「えっと、それが…」
「どうかしましたか?」
「どれがどの団体の話かわからないそうよ。 タイトルも覚えていないみたいね」
「…」
「…どういう管理をしてるんですか、おねーさんは?」
「でも一応かなり遅いペースだけど一本書いてるから…月末には書ける、かな?」
「無理じゃないの? 一日一行程度じゃないの」
「それに月末まで更新なしなんですか?」
「…。 えっと戯言だけでもがんばりたいと思います…」
「もうそんなこといいわ。 私がいるのだからちゃんと私と話しなさいな」
「そうですねー。 鬼と話すのはともかくとして、もっとわたしと外に出るようにしましょう、おねーさん」
「あら、幾ばくも生きてない小娘の分際で私をないがしろにするつもり?」
「これでも鬼切りの頭を務めていますので、鬼との交流は歓迎しかねますねー」
「なんですってっ」
「わたしも個人的にノゾミさんには遺恨があるんですよねー」
「なんでいつもみんな喧嘩するのかな?」
「仕様ですー」
「…」
(終)
「…」
「…おねーさんっ」
「…」
「桂おねーさんっ!」
「わっ、つ、葛ちゃんっ。 突然大きな声で呼ばないでよ。 凄いびっくりしたんだよ?」
「さっきから何度も呼びましたよ?」
「あれ?」
「先日アイデアが出ないとか言いながらもPCに向かってるからお邪魔しないようにと思っていたのですが…」
「うん」
「…おねーさんゲームしてるだけじゃないですか」
「そ、そんなことないよ?」
「いろいろお忙しいとは思いますけど、ちゃんと続けるんですよね?」
「うん、そうだよ」
「でもゲームばかりしてるじゃないですか。 書かないとダメですようー」
「うん、わかってるんだけど、アイデアがなかなか…。 それで気晴らしに少しやってるだけだよ」
「あら、いつも熱心にやっているのではなくて?」
「そうなんですか?」
「ええ、考えてる様子なんてなくってよ」
「ノ、ノゾミちゃんっ。 しーっ」
「…おねーさん」
「話すお友達ができたとか言って、私とも満足に話していないわ」
「え、えっと、それは…」
「観月の娘や鬼切りの娘が来た時も同じだったわね」
「ノゾミちゃん。 しーっ、しーっ」
「おねーさんっ」
「うう、ごめんなさい…」
「全く困ったものですねー」
「で、でもっ。 なんかもうすぐ終わるってうわさもあるから、それまでだよ」
「もうすぐっていつ頃なんですか?」
「来年って言ってたわね」
「ノゾミちゃんっ。 しーっ」
「おねーさんっ!」
「ううう、ごめんなさい…」
「仕方ないですねー。 とりあえずサバイバーの残りでも出したらいかがですか?」
「えっと、それが…」
「どうかしましたか?」
「どれがどの団体の話かわからないそうよ。 タイトルも覚えていないみたいね」
「…」
「…どういう管理をしてるんですか、おねーさんは?」
「でも一応かなり遅いペースだけど一本書いてるから…月末には書ける、かな?」
「無理じゃないの? 一日一行程度じゃないの」
「それに月末まで更新なしなんですか?」
「…。 えっと戯言だけでもがんばりたいと思います…」
「もうそんなこといいわ。 私がいるのだからちゃんと私と話しなさいな」
「そうですねー。 鬼と話すのはともかくとして、もっとわたしと外に出るようにしましょう、おねーさん」
「あら、幾ばくも生きてない小娘の分際で私をないがしろにするつもり?」
「これでも鬼切りの頭を務めていますので、鬼との交流は歓迎しかねますねー」
「なんですってっ」
「わたしも個人的にノゾミさんには遺恨があるんですよねー」
「なんでいつもみんな喧嘩するのかな?」
「仕様ですー」
「…」
(終)
「うー、さっぱりしたー」
「ほんとほんと、気持ちいいーっ」
練習を終えてシャワーを浴びてきたようで、選手達がはしゃいでいる。 その様子は実に年相応で、場は明るく華やかである。 この時間の彼女達の色気を垣間見れる立場は社長の特権と言っていいだろう。
「あー、腹減ったー。 さっさと食堂行こうぜ、うっちー」
「もうっ。 やめてよ、それ」
「今夜は何かなー?」
洗い髪の色気もそこそこに、食欲へと転じる。 まあアレだ。 彼女達の中に私は見えてないのかもしれない。
「社長ー。 今日のメニュー知ってるー?」
気付くと目の前に優香が立っていた。 シャンプーの香りが漂い、子供っぽい彼女すら色っぽく見える。
「え? いやそういうのは把握してないな…」
不意に話し掛けられたものだから頭がついていかない。 いかんいかん、なんかあてられてしまっている。
とは言え、食堂のメニューなんて………そう言えば。
「メニューは知らんが、さっき祐希子がシャワーから出てきて、鼻歌歌いながらスキップで食堂に行ったぞ」
「…」
「…」
「…」
皆一様に沈黙する。 気持ちはわかる。 私もおそらく同じ気持ちだ。
「カレーか」
「カレーね」
「カレーっスねー」
「…カレー…」
「カレーだろうなー」
別にカレーに不満はないだろう。 ただ…そもそも皆の分が残っているのかあやしい。
「おい社長、こいつ気絶してるぞ」
「葛城、仮にも先輩に対してこいつというのはどうなんだ。 それに報告してないで起こしてやれ」
「…まあいいだろ」
かったるそうに葛城が優香を起こす。
「ううぅ…カレーはイヤ…」
どうも優香はカレーにトラウマを持ってしまったきらいがある。 気持ちはわからんでもないが。
「はあ…。 あの人際限無いからなあ…。 どうする? うっちー」
「そうねえ…どこか食べに行くしかないわね」
一様に困っている選手達を見て、私はふと思った。
「お前達自分で作ったりしないのか?」
「あー、アタシ無理」
「休みの日ならともかく、練習後は…」
「カップめんくらいなら」
「おにぎりならよく作るっスよ?」
「買えばいいじゃないか」
なんか微妙な返事が多い。 仕方ない、たまにはいいか。
「じゃあ、皆に飯を奢ろうっ。 今日は特別だ」
「おっ、社長マジかよっ! サンキュー」
「ありがとうございます」
「やったーっ。 何食べるんですかー?」
「ありがとうございますっ!」
「…よろしく頼む」
「…ん? 遥は今遠征中でいないのは当然だが…みことはどこだ?」
辺りを見回すが、みことの姿はない。
「えー? みことちゃんシャワーは一緒だったよ?」
「彼女髪長くて洗うのに時間かかるから、まだなんじゃない?」
「アタシも長いけど?」
「あなたはもっと気を使いなさいってば」
「いやみことは風呂行ってるから遅いですよ」
真田がわいわいと騒ぐ皆に向かって言う。
「そうなのか?」
「ええ。 いつも軽くシャワー浴びてから風呂に入るんスよ。 風呂が好きらしくて、長湯なんです」
「私練習後はお風呂使わないなー」
「誰も聞いてないと思うが」
「うーん…となると困ったな。 遅いなら尚の事飯が無くなる可能性が高いしな…。 ただ…皆待てるか?」
「無理。 腹減った」
「正直私もつらいです」
「お腹すいたーっ」
「はあ、きついっスね」
「自分でなんとかするだろ」
何気に言う事のきつい葛城が気になるが、皆の気持ちもわからんでもない。 とは言え、一人だけ置いていくのは…。 あ、そうだ。
「じゃあ、葛城。 社長室に井上クンがまだいるはずだから、彼女に言付けを頼んできてくれ。 みことが夕食に困るようならよろしく頼む、と」
「わかった」
「で、何食うかか…。 あんま無茶言わなければ何でもいいぞ」
「肉」
「パスタくらいで充分ですけど」
「ハンバーグっ」
「和食がいいっス」
「…お前ら悪意を感じるくらいバラバラだな…。 少し皆で話し合って決めてくれ。 ちょっと食堂見てくる」
食堂の入り口まで来た所で気付く。 確かに今日はカレーらしい、匂いがする。 覗きこむと一人かっこむ姿が見える。
「おっかわりー♪」
幸せそうだ。 ほうっておこう。
戻ってみると誰もいない。
「あれ?」
辺りを見回すがどう見てもいない。
「あいつらどこ行ったんだ?」
一人戸惑っていると、井上クンがやってくる。
「あら社長。 まだいらっしゃったんですか?」
「ああ。 皆で食事に行こうと思ったんだが…いなくなった」
「はあ?」
「ふう…」
そこにみことがやってくる。 上気した顔が艶っぽいが、今はそんなことどうでもいい。
「ああ、みこと。 今から皆で食事に行くんだが、お前も来るよな?」
「はあ。 私は別に食堂で構いませんが?」
「いやー…今日のメニューはカレーでなー…」
「なるほど」
もはやカレーで話が通じるようになっているのは果たしていいことなのだろうか。
「井上クンもどうだい?」
「まあ別に構いませんが…どこに行かれるのでしょうか?」
「それが皆バラバラだもんで、皆で決めてくれと言って私が少し外したらいなくなってたんだ」
「ジムは見ましたか?」
みことが口を挟む。
「なんでジムを?」
「はあ。 マッキーさんがいますから…」
「…あー…そっか…」
「へへっ…うっちーとは言え…譲れねえ、ぜ…」
「…全く…何でこんな…」
「ううっ…ま、まだまだ……」
「ううぅ…ハンバーグぅ…」
「…条件が…悪すぎるっ…」
リング上では無駄に激しい戦いが繰り広げられていた。
「おい、お前ら」
「あ? …社長、待ってな…今、ケリを…つけるから、よ」
「いや、話し合いで、と言ったじゃないか。 もうやめろ」
「…不本意では…ありますが…こうなった以上は、やめられません…」
「えーっと…」
「絶対…ハンバーグぅっ……」
「…白いご飯に…味噌汁…」
練習後の疲れた体にも関わらず実戦並みの…いや正に実戦か。 どうにも話を聞く気は無いらしい。
「えっと…井上クンどうしようか?」
こめかみに手をあて呆れ顔の彼女は私を含めた全員に言った。
「…各自出前じゃ駄目なんですか?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「………そういう手もあるね」
リングの上の5人がその場に崩れ落ちた。
余談になるが、食堂のカレーは予想通り残らなかった。 今度から食堂の人員を増やす事にしようと思う。
(終)
「ほんとほんと、気持ちいいーっ」
練習を終えてシャワーを浴びてきたようで、選手達がはしゃいでいる。 その様子は実に年相応で、場は明るく華やかである。 この時間の彼女達の色気を垣間見れる立場は社長の特権と言っていいだろう。
「あー、腹減ったー。 さっさと食堂行こうぜ、うっちー」
「もうっ。 やめてよ、それ」
「今夜は何かなー?」
洗い髪の色気もそこそこに、食欲へと転じる。 まあアレだ。 彼女達の中に私は見えてないのかもしれない。
「社長ー。 今日のメニュー知ってるー?」
気付くと目の前に優香が立っていた。 シャンプーの香りが漂い、子供っぽい彼女すら色っぽく見える。
「え? いやそういうのは把握してないな…」
不意に話し掛けられたものだから頭がついていかない。 いかんいかん、なんかあてられてしまっている。
とは言え、食堂のメニューなんて………そう言えば。
「メニューは知らんが、さっき祐希子がシャワーから出てきて、鼻歌歌いながらスキップで食堂に行ったぞ」
「…」
「…」
「…」
皆一様に沈黙する。 気持ちはわかる。 私もおそらく同じ気持ちだ。
「カレーか」
「カレーね」
「カレーっスねー」
「…カレー…」
「カレーだろうなー」
別にカレーに不満はないだろう。 ただ…そもそも皆の分が残っているのかあやしい。
「おい社長、こいつ気絶してるぞ」
「葛城、仮にも先輩に対してこいつというのはどうなんだ。 それに報告してないで起こしてやれ」
「…まあいいだろ」
かったるそうに葛城が優香を起こす。
「ううぅ…カレーはイヤ…」
どうも優香はカレーにトラウマを持ってしまったきらいがある。 気持ちはわからんでもないが。
「はあ…。 あの人際限無いからなあ…。 どうする? うっちー」
「そうねえ…どこか食べに行くしかないわね」
一様に困っている選手達を見て、私はふと思った。
「お前達自分で作ったりしないのか?」
「あー、アタシ無理」
「休みの日ならともかく、練習後は…」
「カップめんくらいなら」
「おにぎりならよく作るっスよ?」
「買えばいいじゃないか」
なんか微妙な返事が多い。 仕方ない、たまにはいいか。
「じゃあ、皆に飯を奢ろうっ。 今日は特別だ」
「おっ、社長マジかよっ! サンキュー」
「ありがとうございます」
「やったーっ。 何食べるんですかー?」
「ありがとうございますっ!」
「…よろしく頼む」
「…ん? 遥は今遠征中でいないのは当然だが…みことはどこだ?」
辺りを見回すが、みことの姿はない。
「えー? みことちゃんシャワーは一緒だったよ?」
「彼女髪長くて洗うのに時間かかるから、まだなんじゃない?」
「アタシも長いけど?」
「あなたはもっと気を使いなさいってば」
「いやみことは風呂行ってるから遅いですよ」
真田がわいわいと騒ぐ皆に向かって言う。
「そうなのか?」
「ええ。 いつも軽くシャワー浴びてから風呂に入るんスよ。 風呂が好きらしくて、長湯なんです」
「私練習後はお風呂使わないなー」
「誰も聞いてないと思うが」
「うーん…となると困ったな。 遅いなら尚の事飯が無くなる可能性が高いしな…。 ただ…皆待てるか?」
「無理。 腹減った」
「正直私もつらいです」
「お腹すいたーっ」
「はあ、きついっスね」
「自分でなんとかするだろ」
何気に言う事のきつい葛城が気になるが、皆の気持ちもわからんでもない。 とは言え、一人だけ置いていくのは…。 あ、そうだ。
「じゃあ、葛城。 社長室に井上クンがまだいるはずだから、彼女に言付けを頼んできてくれ。 みことが夕食に困るようならよろしく頼む、と」
「わかった」
「で、何食うかか…。 あんま無茶言わなければ何でもいいぞ」
「肉」
「パスタくらいで充分ですけど」
「ハンバーグっ」
「和食がいいっス」
「…お前ら悪意を感じるくらいバラバラだな…。 少し皆で話し合って決めてくれ。 ちょっと食堂見てくる」
食堂の入り口まで来た所で気付く。 確かに今日はカレーらしい、匂いがする。 覗きこむと一人かっこむ姿が見える。
「おっかわりー♪」
幸せそうだ。 ほうっておこう。
戻ってみると誰もいない。
「あれ?」
辺りを見回すがどう見てもいない。
「あいつらどこ行ったんだ?」
一人戸惑っていると、井上クンがやってくる。
「あら社長。 まだいらっしゃったんですか?」
「ああ。 皆で食事に行こうと思ったんだが…いなくなった」
「はあ?」
「ふう…」
そこにみことがやってくる。 上気した顔が艶っぽいが、今はそんなことどうでもいい。
「ああ、みこと。 今から皆で食事に行くんだが、お前も来るよな?」
「はあ。 私は別に食堂で構いませんが?」
「いやー…今日のメニューはカレーでなー…」
「なるほど」
もはやカレーで話が通じるようになっているのは果たしていいことなのだろうか。
「井上クンもどうだい?」
「まあ別に構いませんが…どこに行かれるのでしょうか?」
「それが皆バラバラだもんで、皆で決めてくれと言って私が少し外したらいなくなってたんだ」
「ジムは見ましたか?」
みことが口を挟む。
「なんでジムを?」
「はあ。 マッキーさんがいますから…」
「…あー…そっか…」
「へへっ…うっちーとは言え…譲れねえ、ぜ…」
「…全く…何でこんな…」
「ううっ…ま、まだまだ……」
「ううぅ…ハンバーグぅ…」
「…条件が…悪すぎるっ…」
リング上では無駄に激しい戦いが繰り広げられていた。
「おい、お前ら」
「あ? …社長、待ってな…今、ケリを…つけるから、よ」
「いや、話し合いで、と言ったじゃないか。 もうやめろ」
「…不本意では…ありますが…こうなった以上は、やめられません…」
「えーっと…」
「絶対…ハンバーグぅっ……」
「…白いご飯に…味噌汁…」
練習後の疲れた体にも関わらず実戦並みの…いや正に実戦か。 どうにも話を聞く気は無いらしい。
「えっと…井上クンどうしようか?」
こめかみに手をあて呆れ顔の彼女は私を含めた全員に言った。
「…各自出前じゃ駄目なんですか?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「………そういう手もあるね」
リングの上の5人がその場に崩れ落ちた。
余談になるが、食堂のカレーは予想通り残らなかった。 今度から食堂の人員を増やす事にしようと思う。
(終)
「こぉれでっ、終わりだぁーーーっ!」
「1っ、2ぅっ………3ぃっ!」
試合の終わりを告げるゴングは揺れるような大歓声とともに私の耳に届いた。 それと同時に私とモーガンのリング外での攻防も終わりを告げる。
「優勝おめでとうございます。 長い死闘でしたがいかがでしたか?」
「あっはははっ、楽勝よっ」
こういう時、私はどう喋ればいいのかわからない。 未だに慣れない。
「去年は2位でしたが、見事今年は勝ち取りましたね」
「まあな。 去年の借りはきっちり返してやったよっ」
「最後の技はなんでしょうか? フィッシャーマンバスターのようでしたが」
「あれは今日初披露の新技、ヘラクレスバスターだ。 覚えとけっ」
「ラッキー選手、今日の優勝の感想を」
「今日の結果にはとりあえず満足してます。 今後に繋げたいと思います」
団体の垣根を越えての戦い、WWCAのカオスがいなかったのはもの足りないが、私達の力をアピールはできた。
「あっははは、硬いなうっちーは」
「ちょっと、それやめてよっ!」
「ま、アタシ達に勝てるチームはいねぇってこった。 勝てる気ならいつでも来いってな」
「では今年のExリーグ優勝おめでとうございます、マッキー選手、ラッキー選手」
「おいおい、アタシらはチームで呼びな、ジューシーペアだっ」
そう言い捨て私の肩を掴んで会見を切る。
「さっさと帰ろうぜ。 社長にこれ見せてやんねーとなっ?」
「…あ、うん…」
「でもうっちーよぉ、もっと威勢よくいこうぜー。 優勝したんだしよー」
控え室に戻る途中、彼女は私に不満そうに言ってきた。
「ちょっとその呼び方やめてってば」
「なんだよ、普段そう呼んでもなんも言わねーくせによ」
「仕事場ではやめてよ」
「なんで?」
それは…、それは…、
「…だってその内あなたと私でやるかもしれないのよ? 馴れ合いにはしたくないから」
「はあーん。 わかったよ、呼ばねーよ」
「あ、べ、別にプライベートだったら構わないのだけど…」
「はあ? よくわかんねーなー、うっちーは」
「………そう、ね」
私がWCWWという新興の小さなプロレス団体に入団した時の同期に彼女はいた。
背が高くスタイルがよくて、長い髪を燃えるような赤い色に染めていた。 見た目以上に猛々しい彼女を最初は敬遠していたが、その真っ直ぐで一所懸命な所は好感が持てた。
同期は6人いたが、1人は海外へ去っていった。 皆それぞれ情熱を持って上を目指す毎日を過ごしていた。 そんな中である日彼女が私に話しかけてきた。
『お前は器用でいいなー。 アタシにも分けてくれよ』
『あなたは力で押していくのが武器でしょ。 そんな必要無いわよ』
『そうだけどさ、お前とならできることもあると思ってよ』
『何よ』
『組むんだよ。 アタシは力で押す、押せない相手はお前が巧みにけりをつける。 お前に押せない相手はアタシがねじ伏せる。 最強だぜ?』
なるほど、と思った。 組む事で自分だけでは届かない上が見える。
『でも、あなたのフォローということなら優香でもいいんじゃないの?』
『はあ? なんで優香が出てくんだ? お前に言ってんじゃねーか』
『そうじゃなくて、別に私でなくても…』
『アタシはお前に言ってんだってばっ』
ひどく真剣な目で私に熱く語る。
『だからなんで私なの?』
そう言うと、彼女は少し考え込み出した。 うーん、と小さく唸る。 あまり見た事の無いその表情は滑稽で、だけどかわいいと思った。
『うーん…そうだなー…。 憧れかなー?』
『はあ?』
『ほらアタシは力押しのスタイルじゃねーか。 もちろん性に合ってるんだけどよ、この前お前の試合見てた時思ったんだ。 お前、かっこいいなって』
『…』
『攻撃の引出しは多いし、リズムも自在に変えてさ。 アタシにはできない芸当だから、すげー見入っちまった』
『そ、それは私のスタイルだから…』
『そうだろうさ。 でな、アタシがお前に憧れたって、それはできないし、できたらアタシはアタシじゃなくなる。 だったら一緒にやったらいいと思ってよ』
言わんとすることはわかった。 だけど、
『私なんかでいいの? 私より強くて上手い人なんかたくさんいるわよ。 私なんかまだ新人なわけだし…』
『んな事言ったらアタシも新人だっての。 アタシもお前もまだまだ強くなる。 組んだら相棒には負けられないしな? だからさらに強くなる』
そう言って彼女はニッと笑う。
元々別に断る理由はなかった。 ただ不安なだけだった。 彼女の期待に応えられるか自信が無かった。 でも私にとってもいい話だと思った。 だから、
『…いいわ、わかったわ』
『本当かよっ』
心底嬉しそうに笑うと彼女は私の肩を掴み抱き寄せる。 目の前に近付いた彼女はとても満足そうな笑みを浮かべている。
『まるで口説かれてるみたいね』
『口説いたんだよっ』
そう言って私の肩に置いた手に力を込めてくる。 なんか不思議な感じだった。
それからは私達はチームとしての練習をしつつ、実際に試合を重ねた。 けれど、もちろん私達がまだ弱いということを差し引いても、勝てない日々が続いた。
何戦かした頃に気付いた。 彼女がフォールを取られる事が多い。 初めは彼女の力が足りないと思っていたが、チームである事を忘れていた。
私が彼女を助けてやれていなかったのだ。
だから彼女ばかりフォールされていたのだ。 私は助けられていたから平気だったのだ。
私はパートナーとして最低だった。 恥かしくて情けなかった。 自分で自分が許せなかった。
休日の朝、私は寮の彼女の部屋へ行った。 まだ眠そうな顔で出迎えた彼女に私は切り出した。
『マッキーっ』
『おぉ? どうした? …って、お前なんだよ。 何…泣きそうになってんだよ』
『ごめんなさい…私はパートナー失格だわ…。 あなたの期待に応えられそうに…ない…。 今まで足を引っ張って、ごめんなさい…』
『何言ってんだ? なんだよ突然、意味わかんねーぞ?』
『ずっと…ずっと、私のせいで負け続けて…本当にごめんなさい…。 チームは解散しましょう…』
『何バカ言ってんだ? 本当どうかしてるぞ、お前』
『だって…だってっ!』
『あんなあ…何でそんなこと言い出したのかわかんねーけど、チーム組んだからってそんなすぐ結果なんか出やしねーえって。 気にすんなよ』
頭を掻きながら彼女は言う。 そんなことはわかっている、けれど私が言いたいのはそんなことではない。
『私と組んであなたは何も得ていないじゃないっ。 私はあなたの足を引っ張っているだけっ! こんなの…あなたにも私にも…いいことないわよっ』
もう涙は止まらなかった。 すると、彼女はため息をついてこう言った。
『そうだな…形だけ組んでもしょうがなかったかもな…。 お前の負担にもなってたかもしんねー。 考えてなかったよ』
『ごめんなさい…』
『で、だ。 じゃあ改めて組みなおそう。 今度はちゃんとお互いを理解しよう。 それならお前もやりやすくなんだろ』
『え?』
『お前が何を気にしてんだかわかんねーけどよ。 確かにアタシ達はお互いの理解が足りてなかったよ。 ちゃんとチームになんなきゃな』
『わ、私は…』
そうじゃない。 私はあなたの役に立ってない。
『アタシはお前と組んでたい。 それは最初言った時から変わってない。 今は確かに結果が出てないけど、絶対出せると信じてる』
『で、でもっ』
『いやもちろんお前がどうしても嫌だってんならあきらめるけどよ。 …ダメか?』
『…いいの?』
『アタシが聞いてんだっての。 いいに決まってんだろ。 お前が…、そうだな、仲間にお前はねーな。 内田が必要だよ』
私を真っ直ぐに見つめそう彼女は言った。
『あ…あり、が、とう…』
『おいおい、泣くなよー。 なんで泣くんだ? わっかんねーなー』
許された。 いや彼女の中では私は罪すら無かった。 そしてその上彼女は私が必要だと言う。 ならばせめて、今までの分以上に彼女の期待に応えたい。
そしてそうする事が私が私を許せるたった一つの方法だった。
『じゃあさっそく、チームの親睦を深める事にするかっ』
『え?』
『飯でも食いに行こうぜ。 お互いを知ってなんぼよ』
『え、ええ』
『地元だろ? いい店紹介しろよなっ』
私の手を取り立たせながら、彼女は笑ってそう言う。
『あ…え、ええっ、どこにでも連れて行くわよっ』
立ちあがり彼女の部屋を2人で出て行く。
私の中の迷いはもう完全に消えていた。 彼女を信じてともに行く。 彼女が信じてくれる自分も信じる。
この時やっと、私は彼女とチームが組めたのだ。
それからというもの私達は一緒にいる時間が多くなった。 仕事だけでなくプライベートにおいてもともに過ごした。
短気でがさつで…だけどそんな自分を気にしてる。 男の子のような無邪気さで、女のかわいさを内包している。 ぶっきらぼうな話しぶりの中に本音を隠せない不器用さが伺える。
彼女のいろんな面が理解できてきて、私は彼女といる時間に安らぎを覚えるようになっていった。
もちろん喧嘩やぶつかり合いも何度となくした。 けれど、仲違いをすることは無かった。 それはお互いを認め合っていたから。
『お前達、今月新女がExリーグというのを開催するらしいんだが、参加するか?』
入団して初めての冬が差し迫ってきた頃、社長に呼び出された私達はこんなことを言われた。
『なんだそりゃ、社長?』
『なんでも各団体からタッグを出して最強を決める、だそうだ。 WARSや太平洋にも打診が行ったそうで、どうやらIWWFやEWAも噛んでくるみたいだな』
『おう、そりゃ楽しいじゃねえか。 なあうっちー?』
この頃には彼女は私を『お前』でも『内田』でもなく、こう呼ぶようになっていた。
『そうね。 でもそんな大きなイベント、私達でよろしいのですか?』
団体のトップを張っているのは夏に移籍入団したマイティ祐希子。 2番手につけているのは同期の伊達遥であった。
『うん…祐希子は先月からの休養で、今月のうちの興行には間に合いそうだが、これには無理みたいなんだ。 遥も今月には帰国するだろうが、まだ遠征中だしな』
言われてみれば状況はそうであった。
『でもあいつらが出れないからお前達ではない。 お前達ずっと組んでやって来たじゃないか。 力もついてきた。 結果を出す時じゃないか?』
『へへっ、言ってくれるねえ、社長』
『やれるだろう。 うちの力を見せてきてやれ。 新たなファンを連れて帰ってきなっ』
『任せなっ、社長っ。 いっちょやるかっ、うっちーっ』
『そうね。 やらせていただきます』
結果はIWWFのモーガン・ダダーン組の優勝で終わった。 私達は新女のパンサー理沙子・ボンバー来島組と同点2位であった。
マスコミやファンから多くの賞賛を受け、社長も誉めてくれたが、私達は不本意だった。 私達は本気で優勝を狙いにいっていたのだ。
『ちっ。 決め手に欠いたかな…。 新技を覚える必要があったな』
『そうね、それにもっと合体技を利用すべきだったかもしれなかったわ』
『ああ。 まあ、まだまだだったな。 モーガンは強えよ、確かに』
『今は確かに。 でも…』
『ああ、次は勝つ。 必ず勝つ』
既に私達はお互いの呼吸がわかっている。 彼女を見ている時間が長いからわかる。 彼女のタイミングが理解できる。 彼女といればどんな相手とも戦える。
そして2年目の春、私達はWWCAタッグ王者となった。
『へへっ。 これはアタシ達の伝説の始まりの印だな。 最強チーム、ジューシーペアの第1章よっ』
私達のチーム名はジューシーペア。 彼女が命名した。 正直異論もあったが、このチームは彼女が作ったものだから、彼女の意思を尊重した。
嬉しそうにベルトを抱え、彼女は私の肩に手を回す。 その手に私は自分の手を絡ませる。
『ええ、これが私達の始まりね』
充実した時間の中、ある日私は気付いてしまった。
ソロで戦った時か、それぞれが海外遠征に出た時なのか、別の選手と組んだ時か、どの時が契機かはわからない。 いやその全てが契機だったのかもしれない。
私は彼女と過ごさない、過ごせない日々が苦痛になっていることに気付いた。
『よう、うっちー。 飯食いに行こうぜ』
『あー、今日も疲れた…。 さっさとシャワー浴びに行こうぜ』
『いや待てよ、昨日の場合はよ…』
『お前どうしてそうイヤミばっか言うかなー』
『はあ? そんなのガラじゃねーよ』
いろんな時を過ごす中、私の中に常に彼女がいる。
『ちょっとまた肉なの? たまには違う物にして』
『そうね、早くさっぱりしましょう』
『あそこは私にタッチした方が…』
『あなたはもうちょっと頭を使いなさいよ』
『いいじゃない、たまには』
彼女のいない時間では私は空虚で、死んでいるも同然になる。
彼女の笑った顔、怒った顔、困った顔…様々な表情がいつもそばにある。 それが当たり前。
彼女の笑い声、怒鳴り声、弱気な声…様々な声が聞こえる場所にいる。 それが全て。
彼女が私の前に、傍に、いても、いなくても、私の中に常に彼女がいる。
私は…彼女をいつしか愛していた。
気付くべきではなかった。 気付いてはいけなかった。 だけど…気付いてしまった今、気付かなかった頃には戻れなかった。
途端に私は彼女といるのが怖くなった。 気付かれるのが怖かった。 でも感情は彼女から離れる事を拒んだ。
一緒にいたいけどいられない。 離れなければいけないけれど離れられない。 どうしたらいいのかわからなかった。
ただつらい日々を過ごしていた。
『なんかよー、最近うっちーおかしくないか?』
『えっ!?』
『試合中もそうだけどよー、フリーの日とかでもぼんやりしてるしよー』
『そ、そんなこと…』
『ごまかすなよ。 アタシにはわかるんだぜ? パートナーだからよ』
『あ…』
そう、私だけが見てるわけではない。 彼女も私を見てくれている。 そんな当たり前の事を気付いていなかった。
『なんでも言ってみ? このアタシが相談にのってやるからよっ…つっても男の話とかは厳しいかもしんねーけど…』
『…フ…フフフ、そうね。 パートナーにはわかるわよね』
『当たり前だろ…って、お前何泣いてんだよっ!?』
『フフ、ウフフ…ありがとう…』
『おいおい、なんだ? 本当に男か? なんだよ振られたのか? どうした?』
『違…う…わよ。 違う…。 ちょっと…嬉しくて…』
『嬉しい? 何が?』
『ウフフ…ひみつ…ウフフ』
私と彼女では見てる目線はおそらく違うだろう。 でもお互いにお互いを見てる。 完全な一方通行ではない。 ならばそれでいい。 私の中に閉まっておけばそれでいい。
時には我慢できない時があっても、時には想いはちきれそうになっても、もう堪えられる。
私はあなたの傍にいられるのだから。
あなたの心に私はいるのだから。
私は夢であなたとの逢瀬を過ごす。 眠れない夜に涙することがあっても、私は幸せでいられる。 幸せでいることにする。
あなたの特別である限り、ずっと。
「へへっ、社長喜ぶぜ? アタシ達は遂に最強になったんだ」
「ええ。 これからもずっと、ね」
Exリーグ優勝のトロフィーを抱え喜ぶ彼女を私は見つめる。
「そうさ、アタシ達が最強なんだっ」
「ええっ」
空いた手をいつものように私の肩に回す。 私はその手に自分の手を重ね、力強く頷く。
団体事務所へと向かう道すがら、私はささやかな望みを願う。
「お腹…空かない?」
「ああ、もうたまんねーよ。 だからさっさと帰ろうぜ?」
「どこかで…食べていきましょうよ、祝勝会兼ねて」
「いやでも帰んねーとマズいだろ。 祝勝会だって準備してくれてんだろーしよ?」
「…ええ…そう、よね…」
ささやかな望みは現実にはささやかではない。 わかっていたけれど気付かないふりをしていた。
「らしくねーなー。 いつもと逆だろ? それはアタシが言う台詞じゃないかよ」
「そう…そう、よね」
「でも、ま、いっか。 たまにはな。 初優勝だしよ、大目に見てくれんだろ」
「えっ?」
「行こうぜっ。 今日は派手にやるぞーっ」
「…い、いいの?」
「んだよ、うっちーが言い出しっぺだろーが。 今更引くなよ」
肩に回した手に力を入れられ私は彼女に引き寄せられる。
「ど派手にいくからな、覚悟しとけよっ」
そう言って頭をぶつける。 額と額が合わさって、彼女の顔がすぐ近くにある。 彼女の体温を感じる。
「ええっ!」
こみ上げる嬉しさを満面の笑みに変えて応える。
2人だけで過ごす宴。 あなたと過ごすこの夜。 今日の日に与えられた特権。
この幸せが何よりの祝福だった。
あなたが私を必要とする限り、私があなたの特別でいる限り、私はあなたの傍らに立つ。
あなたへの想い、自分への誓い。 これが、私があなたと組む理由。
(終)
「1っ、2ぅっ………3ぃっ!」
試合の終わりを告げるゴングは揺れるような大歓声とともに私の耳に届いた。 それと同時に私とモーガンのリング外での攻防も終わりを告げる。
「優勝おめでとうございます。 長い死闘でしたがいかがでしたか?」
「あっはははっ、楽勝よっ」
こういう時、私はどう喋ればいいのかわからない。 未だに慣れない。
「去年は2位でしたが、見事今年は勝ち取りましたね」
「まあな。 去年の借りはきっちり返してやったよっ」
「最後の技はなんでしょうか? フィッシャーマンバスターのようでしたが」
「あれは今日初披露の新技、ヘラクレスバスターだ。 覚えとけっ」
「ラッキー選手、今日の優勝の感想を」
「今日の結果にはとりあえず満足してます。 今後に繋げたいと思います」
団体の垣根を越えての戦い、WWCAのカオスがいなかったのはもの足りないが、私達の力をアピールはできた。
「あっははは、硬いなうっちーは」
「ちょっと、それやめてよっ!」
「ま、アタシ達に勝てるチームはいねぇってこった。 勝てる気ならいつでも来いってな」
「では今年のExリーグ優勝おめでとうございます、マッキー選手、ラッキー選手」
「おいおい、アタシらはチームで呼びな、ジューシーペアだっ」
そう言い捨て私の肩を掴んで会見を切る。
「さっさと帰ろうぜ。 社長にこれ見せてやんねーとなっ?」
「…あ、うん…」
「でもうっちーよぉ、もっと威勢よくいこうぜー。 優勝したんだしよー」
控え室に戻る途中、彼女は私に不満そうに言ってきた。
「ちょっとその呼び方やめてってば」
「なんだよ、普段そう呼んでもなんも言わねーくせによ」
「仕事場ではやめてよ」
「なんで?」
それは…、それは…、
「…だってその内あなたと私でやるかもしれないのよ? 馴れ合いにはしたくないから」
「はあーん。 わかったよ、呼ばねーよ」
「あ、べ、別にプライベートだったら構わないのだけど…」
「はあ? よくわかんねーなー、うっちーは」
「………そう、ね」
私がWCWWという新興の小さなプロレス団体に入団した時の同期に彼女はいた。
背が高くスタイルがよくて、長い髪を燃えるような赤い色に染めていた。 見た目以上に猛々しい彼女を最初は敬遠していたが、その真っ直ぐで一所懸命な所は好感が持てた。
同期は6人いたが、1人は海外へ去っていった。 皆それぞれ情熱を持って上を目指す毎日を過ごしていた。 そんな中である日彼女が私に話しかけてきた。
『お前は器用でいいなー。 アタシにも分けてくれよ』
『あなたは力で押していくのが武器でしょ。 そんな必要無いわよ』
『そうだけどさ、お前とならできることもあると思ってよ』
『何よ』
『組むんだよ。 アタシは力で押す、押せない相手はお前が巧みにけりをつける。 お前に押せない相手はアタシがねじ伏せる。 最強だぜ?』
なるほど、と思った。 組む事で自分だけでは届かない上が見える。
『でも、あなたのフォローということなら優香でもいいんじゃないの?』
『はあ? なんで優香が出てくんだ? お前に言ってんじゃねーか』
『そうじゃなくて、別に私でなくても…』
『アタシはお前に言ってんだってばっ』
ひどく真剣な目で私に熱く語る。
『だからなんで私なの?』
そう言うと、彼女は少し考え込み出した。 うーん、と小さく唸る。 あまり見た事の無いその表情は滑稽で、だけどかわいいと思った。
『うーん…そうだなー…。 憧れかなー?』
『はあ?』
『ほらアタシは力押しのスタイルじゃねーか。 もちろん性に合ってるんだけどよ、この前お前の試合見てた時思ったんだ。 お前、かっこいいなって』
『…』
『攻撃の引出しは多いし、リズムも自在に変えてさ。 アタシにはできない芸当だから、すげー見入っちまった』
『そ、それは私のスタイルだから…』
『そうだろうさ。 でな、アタシがお前に憧れたって、それはできないし、できたらアタシはアタシじゃなくなる。 だったら一緒にやったらいいと思ってよ』
言わんとすることはわかった。 だけど、
『私なんかでいいの? 私より強くて上手い人なんかたくさんいるわよ。 私なんかまだ新人なわけだし…』
『んな事言ったらアタシも新人だっての。 アタシもお前もまだまだ強くなる。 組んだら相棒には負けられないしな? だからさらに強くなる』
そう言って彼女はニッと笑う。
元々別に断る理由はなかった。 ただ不安なだけだった。 彼女の期待に応えられるか自信が無かった。 でも私にとってもいい話だと思った。 だから、
『…いいわ、わかったわ』
『本当かよっ』
心底嬉しそうに笑うと彼女は私の肩を掴み抱き寄せる。 目の前に近付いた彼女はとても満足そうな笑みを浮かべている。
『まるで口説かれてるみたいね』
『口説いたんだよっ』
そう言って私の肩に置いた手に力を込めてくる。 なんか不思議な感じだった。
それからは私達はチームとしての練習をしつつ、実際に試合を重ねた。 けれど、もちろん私達がまだ弱いということを差し引いても、勝てない日々が続いた。
何戦かした頃に気付いた。 彼女がフォールを取られる事が多い。 初めは彼女の力が足りないと思っていたが、チームである事を忘れていた。
私が彼女を助けてやれていなかったのだ。
だから彼女ばかりフォールされていたのだ。 私は助けられていたから平気だったのだ。
私はパートナーとして最低だった。 恥かしくて情けなかった。 自分で自分が許せなかった。
休日の朝、私は寮の彼女の部屋へ行った。 まだ眠そうな顔で出迎えた彼女に私は切り出した。
『マッキーっ』
『おぉ? どうした? …って、お前なんだよ。 何…泣きそうになってんだよ』
『ごめんなさい…私はパートナー失格だわ…。 あなたの期待に応えられそうに…ない…。 今まで足を引っ張って、ごめんなさい…』
『何言ってんだ? なんだよ突然、意味わかんねーぞ?』
『ずっと…ずっと、私のせいで負け続けて…本当にごめんなさい…。 チームは解散しましょう…』
『何バカ言ってんだ? 本当どうかしてるぞ、お前』
『だって…だってっ!』
『あんなあ…何でそんなこと言い出したのかわかんねーけど、チーム組んだからってそんなすぐ結果なんか出やしねーえって。 気にすんなよ』
頭を掻きながら彼女は言う。 そんなことはわかっている、けれど私が言いたいのはそんなことではない。
『私と組んであなたは何も得ていないじゃないっ。 私はあなたの足を引っ張っているだけっ! こんなの…あなたにも私にも…いいことないわよっ』
もう涙は止まらなかった。 すると、彼女はため息をついてこう言った。
『そうだな…形だけ組んでもしょうがなかったかもな…。 お前の負担にもなってたかもしんねー。 考えてなかったよ』
『ごめんなさい…』
『で、だ。 じゃあ改めて組みなおそう。 今度はちゃんとお互いを理解しよう。 それならお前もやりやすくなんだろ』
『え?』
『お前が何を気にしてんだかわかんねーけどよ。 確かにアタシ達はお互いの理解が足りてなかったよ。 ちゃんとチームになんなきゃな』
『わ、私は…』
そうじゃない。 私はあなたの役に立ってない。
『アタシはお前と組んでたい。 それは最初言った時から変わってない。 今は確かに結果が出てないけど、絶対出せると信じてる』
『で、でもっ』
『いやもちろんお前がどうしても嫌だってんならあきらめるけどよ。 …ダメか?』
『…いいの?』
『アタシが聞いてんだっての。 いいに決まってんだろ。 お前が…、そうだな、仲間にお前はねーな。 内田が必要だよ』
私を真っ直ぐに見つめそう彼女は言った。
『あ…あり、が、とう…』
『おいおい、泣くなよー。 なんで泣くんだ? わっかんねーなー』
許された。 いや彼女の中では私は罪すら無かった。 そしてその上彼女は私が必要だと言う。 ならばせめて、今までの分以上に彼女の期待に応えたい。
そしてそうする事が私が私を許せるたった一つの方法だった。
『じゃあさっそく、チームの親睦を深める事にするかっ』
『え?』
『飯でも食いに行こうぜ。 お互いを知ってなんぼよ』
『え、ええ』
『地元だろ? いい店紹介しろよなっ』
私の手を取り立たせながら、彼女は笑ってそう言う。
『あ…え、ええっ、どこにでも連れて行くわよっ』
立ちあがり彼女の部屋を2人で出て行く。
私の中の迷いはもう完全に消えていた。 彼女を信じてともに行く。 彼女が信じてくれる自分も信じる。
この時やっと、私は彼女とチームが組めたのだ。
それからというもの私達は一緒にいる時間が多くなった。 仕事だけでなくプライベートにおいてもともに過ごした。
短気でがさつで…だけどそんな自分を気にしてる。 男の子のような無邪気さで、女のかわいさを内包している。 ぶっきらぼうな話しぶりの中に本音を隠せない不器用さが伺える。
彼女のいろんな面が理解できてきて、私は彼女といる時間に安らぎを覚えるようになっていった。
もちろん喧嘩やぶつかり合いも何度となくした。 けれど、仲違いをすることは無かった。 それはお互いを認め合っていたから。
『お前達、今月新女がExリーグというのを開催するらしいんだが、参加するか?』
入団して初めての冬が差し迫ってきた頃、社長に呼び出された私達はこんなことを言われた。
『なんだそりゃ、社長?』
『なんでも各団体からタッグを出して最強を決める、だそうだ。 WARSや太平洋にも打診が行ったそうで、どうやらIWWFやEWAも噛んでくるみたいだな』
『おう、そりゃ楽しいじゃねえか。 なあうっちー?』
この頃には彼女は私を『お前』でも『内田』でもなく、こう呼ぶようになっていた。
『そうね。 でもそんな大きなイベント、私達でよろしいのですか?』
団体のトップを張っているのは夏に移籍入団したマイティ祐希子。 2番手につけているのは同期の伊達遥であった。
『うん…祐希子は先月からの休養で、今月のうちの興行には間に合いそうだが、これには無理みたいなんだ。 遥も今月には帰国するだろうが、まだ遠征中だしな』
言われてみれば状況はそうであった。
『でもあいつらが出れないからお前達ではない。 お前達ずっと組んでやって来たじゃないか。 力もついてきた。 結果を出す時じゃないか?』
『へへっ、言ってくれるねえ、社長』
『やれるだろう。 うちの力を見せてきてやれ。 新たなファンを連れて帰ってきなっ』
『任せなっ、社長っ。 いっちょやるかっ、うっちーっ』
『そうね。 やらせていただきます』
結果はIWWFのモーガン・ダダーン組の優勝で終わった。 私達は新女のパンサー理沙子・ボンバー来島組と同点2位であった。
マスコミやファンから多くの賞賛を受け、社長も誉めてくれたが、私達は不本意だった。 私達は本気で優勝を狙いにいっていたのだ。
『ちっ。 決め手に欠いたかな…。 新技を覚える必要があったな』
『そうね、それにもっと合体技を利用すべきだったかもしれなかったわ』
『ああ。 まあ、まだまだだったな。 モーガンは強えよ、確かに』
『今は確かに。 でも…』
『ああ、次は勝つ。 必ず勝つ』
既に私達はお互いの呼吸がわかっている。 彼女を見ている時間が長いからわかる。 彼女のタイミングが理解できる。 彼女といればどんな相手とも戦える。
そして2年目の春、私達はWWCAタッグ王者となった。
『へへっ。 これはアタシ達の伝説の始まりの印だな。 最強チーム、ジューシーペアの第1章よっ』
私達のチーム名はジューシーペア。 彼女が命名した。 正直異論もあったが、このチームは彼女が作ったものだから、彼女の意思を尊重した。
嬉しそうにベルトを抱え、彼女は私の肩に手を回す。 その手に私は自分の手を絡ませる。
『ええ、これが私達の始まりね』
充実した時間の中、ある日私は気付いてしまった。
ソロで戦った時か、それぞれが海外遠征に出た時なのか、別の選手と組んだ時か、どの時が契機かはわからない。 いやその全てが契機だったのかもしれない。
私は彼女と過ごさない、過ごせない日々が苦痛になっていることに気付いた。
『よう、うっちー。 飯食いに行こうぜ』
『あー、今日も疲れた…。 さっさとシャワー浴びに行こうぜ』
『いや待てよ、昨日の場合はよ…』
『お前どうしてそうイヤミばっか言うかなー』
『はあ? そんなのガラじゃねーよ』
いろんな時を過ごす中、私の中に常に彼女がいる。
『ちょっとまた肉なの? たまには違う物にして』
『そうね、早くさっぱりしましょう』
『あそこは私にタッチした方が…』
『あなたはもうちょっと頭を使いなさいよ』
『いいじゃない、たまには』
彼女のいない時間では私は空虚で、死んでいるも同然になる。
彼女の笑った顔、怒った顔、困った顔…様々な表情がいつもそばにある。 それが当たり前。
彼女の笑い声、怒鳴り声、弱気な声…様々な声が聞こえる場所にいる。 それが全て。
彼女が私の前に、傍に、いても、いなくても、私の中に常に彼女がいる。
私は…彼女をいつしか愛していた。
気付くべきではなかった。 気付いてはいけなかった。 だけど…気付いてしまった今、気付かなかった頃には戻れなかった。
途端に私は彼女といるのが怖くなった。 気付かれるのが怖かった。 でも感情は彼女から離れる事を拒んだ。
一緒にいたいけどいられない。 離れなければいけないけれど離れられない。 どうしたらいいのかわからなかった。
ただつらい日々を過ごしていた。
『なんかよー、最近うっちーおかしくないか?』
『えっ!?』
『試合中もそうだけどよー、フリーの日とかでもぼんやりしてるしよー』
『そ、そんなこと…』
『ごまかすなよ。 アタシにはわかるんだぜ? パートナーだからよ』
『あ…』
そう、私だけが見てるわけではない。 彼女も私を見てくれている。 そんな当たり前の事を気付いていなかった。
『なんでも言ってみ? このアタシが相談にのってやるからよっ…つっても男の話とかは厳しいかもしんねーけど…』
『…フ…フフフ、そうね。 パートナーにはわかるわよね』
『当たり前だろ…って、お前何泣いてんだよっ!?』
『フフ、ウフフ…ありがとう…』
『おいおい、なんだ? 本当に男か? なんだよ振られたのか? どうした?』
『違…う…わよ。 違う…。 ちょっと…嬉しくて…』
『嬉しい? 何が?』
『ウフフ…ひみつ…ウフフ』
私と彼女では見てる目線はおそらく違うだろう。 でもお互いにお互いを見てる。 完全な一方通行ではない。 ならばそれでいい。 私の中に閉まっておけばそれでいい。
時には我慢できない時があっても、時には想いはちきれそうになっても、もう堪えられる。
私はあなたの傍にいられるのだから。
あなたの心に私はいるのだから。
私は夢であなたとの逢瀬を過ごす。 眠れない夜に涙することがあっても、私は幸せでいられる。 幸せでいることにする。
あなたの特別である限り、ずっと。
「へへっ、社長喜ぶぜ? アタシ達は遂に最強になったんだ」
「ええ。 これからもずっと、ね」
Exリーグ優勝のトロフィーを抱え喜ぶ彼女を私は見つめる。
「そうさ、アタシ達が最強なんだっ」
「ええっ」
空いた手をいつものように私の肩に回す。 私はその手に自分の手を重ね、力強く頷く。
団体事務所へと向かう道すがら、私はささやかな望みを願う。
「お腹…空かない?」
「ああ、もうたまんねーよ。 だからさっさと帰ろうぜ?」
「どこかで…食べていきましょうよ、祝勝会兼ねて」
「いやでも帰んねーとマズいだろ。 祝勝会だって準備してくれてんだろーしよ?」
「…ええ…そう、よね…」
ささやかな望みは現実にはささやかではない。 わかっていたけれど気付かないふりをしていた。
「らしくねーなー。 いつもと逆だろ? それはアタシが言う台詞じゃないかよ」
「そう…そう、よね」
「でも、ま、いっか。 たまにはな。 初優勝だしよ、大目に見てくれんだろ」
「えっ?」
「行こうぜっ。 今日は派手にやるぞーっ」
「…い、いいの?」
「んだよ、うっちーが言い出しっぺだろーが。 今更引くなよ」
肩に回した手に力を入れられ私は彼女に引き寄せられる。
「ど派手にいくからな、覚悟しとけよっ」
そう言って頭をぶつける。 額と額が合わさって、彼女の顔がすぐ近くにある。 彼女の体温を感じる。
「ええっ!」
こみ上げる嬉しさを満面の笑みに変えて応える。
2人だけで過ごす宴。 あなたと過ごすこの夜。 今日の日に与えられた特権。
この幸せが何よりの祝福だった。
あなたが私を必要とする限り、私があなたの特別でいる限り、私はあなたの傍らに立つ。
あなたへの想い、自分への誓い。 これが、私があなたと組む理由。
(終)
「前回はいきあたりばったりで適当過ぎた。 リベンジとなる今回はちゃんと配役から丁寧にいこう」
「それはいいけど社長」
「なんだ、祐希子」
「なんで霧子さんいないの?」
「…有休だ」
「有休ー? 前回もそうじゃなかったっけ? ねえ真田?」
「そっスよ」
「ほら、逃げた人間の事話してもしょうがない。 さっさと決めていくぞ」
「んー」
「じゃあまずヒロインの羽藤桂役だが…まあ前回と同じく遥でいいだろ」
「…えっ!?……い、いや……」
「で、次に子ど…若杉葛役は優香」
「イヤですっ」
「…なんでだよ」
「…わ、私も……い、いや…」
「こんなのやってたら呪われちゃいますよう。 怖いじゃないですかーっ」
「大丈夫、大丈夫。 なんてことないって」
「だいたい今名前の前になんて言おうとしましたっ、社長っ」
「…いや? 別に何も?」
「子供って言おうとしたじゃないですかーっ。 ひどいですよー、社長っ」
「まあ優香はお子様だしねー」
「祐希子さんまでなんですかーっ。 私イヤですーっ」
「さて次は浅間サクヤ役だが…マッキーで」
「無視すんなーっ」
「…わ、私も……い、いや…」
「うえ、かったりー」
「いいじゃない。 あなたにぴったりよ」
「そりゃどういう意味だい?」
「力任せで粗暴で出るとこ出てるくせに色気が無いなんて、あなたのハマり役じゃない」
「ほう…うっちー言うじゃない」
「人の事変な名前で呼ばないでくれるかしら」
「あー、そこ。 勝手に喧嘩すんなー。 で、次ー、ユメイ役はラッキーな」
「社長話聞けーっ」
「まあまあ優香落ち着いて。 後でカレー奢ってあげるから♪」
「………」
「あれ? 優香? もしもーし?」
「社長、優香さんが気絶しましたが」
「ああいい、みことほっとけ。 必要な時起こせばそれでいい。 それまで静かで助かる」
「なんか社長やさぐれてないっスか…?」
「…あ、あの……わ、私も……」
「私がですか? 社長」
「へっ。 存在感の無いお化けみたいなもんってこった」
「ああ。 うちは清楚な人材が少ないんで拒否権はなしだ。 代替要員がまるでいないんでな」
「ちょっと待て、コラ、社長っ」
「うん。 今のは聞き捨てならないなー、社長。 私がいるじゃない?」
「…」
「…」
「…」
「ちょっと何よ。 皆黙っちゃってー」
「……わ、私も……い、いや…」
「で、千羽烏月役なんだがー…、って、祐希子さん何で机に乗るのかな?」
「ねえ社長? 私じゃ不満なのかしら?」
「えーっと………あ、そ、そうっ! ほら次の『アオイシロ』で人魚とかでるかもしれないし、その時祐希子にはお願いしたいなーって! ほら、お前、人魚似合うし!」
「あら? そう? んもうっ、社長ってばー。 私照れちゃうじゃないー」
「何スか? 人魚って」
「ウフフ、それは私と社長のひ・み・つ♪ ね、社長?」
「この前のバカンスで人魚のマネして貝殻を…」
「こらーっ、何バラしてんだーっ!」
「……あ、あの……あの……」
「それはさておいて、千羽烏月役なんだが、当初みことを予定していたのだが…まあ新人披露を兼ねて今月入った葛城で」
「なっ!?」
「ええー? じゃあ社長、私は?」
「えっ? お前は前回同様友達の奈良陽子役で…」
「ちょっとー。 仮にも団体トップに対してそれはないんじゃないのー?」
「いや、真田より出番あるし…」
「自分は誰をやるんですか?」
「えーっと…同じく友達の東郷凛」
「声すらないじゃないっスかーっ! どういうことですかーっ!!」
「…あ、あの……わ、私も…」
「社長」
「なんだ? 葛城」
「断る」
「ダメ。 それでみことは…あー、その前にそこの逃げようとする新人を誰か捕まえろ」
「断るっ。 なんでそんなことをしなければならないんだっ」
「これも仕事ですから」
「社長っ。 こいつで予定していたならこいつにすればいいじゃないかっ」
「そうか? じゃあ千羽烏月役はみことで」
「はい」
「で、葛城はケイ役に変更」
「待て」
「ちょっと社長っ? 私の話終わってないんだけどっ」
「なんで自分だけ出番ないんですかーっ」
「あー、じゃちょうどいいや、祐希子と真田は双子の鬼ノゾミとミカゲ役も兼役で」
「祐希子さんと双子っスか?」
「社長、それは無理よ」
「まあほら、人数いないし多少は無理もあるさ。 それに真田は髪を下ろすとかわいいと思うんだが」
「そ、そんなことないですよ…」
「こら社長っ、何真田口説いてんのよっ!!」
「……わ、私も……い、いや…」
「だいたい私にそんな子供の役なんて多少の無理ですまないでしょっ」
「平気平気。 頭は…さ、じゃ皆衣装合わせ始めて…」
「こらーっ! 今頭の中子供、って言おうとしただろーっ!」
「衣装はこの中に用意してあるから着替え終わったら呼んでくれっ。 じゃっ」
「待てこらーっ! 社長ーっ!」
「……あうぅ……」
「おー、いいじゃないかー」
「……あ、あの……しゃ、社長…わ、私……」
「おお、遥かわいいじゃないか」
「……あ、あの……その……」
「ラッキーの着物姿もいいなー。 いや綺麗だよ」
「そんなこと…」
「よう社長、アタシは?」
「なんか自然だな。 結構意外だ」
「まあな。 普段ならジーパンだけどな。 ちょい胸目立ちすぎじゃねえか?」
「平気でしょ。 胸というより胸筋なんだし」
「…おいうっちー喧嘩売ってんなら買うぞ?」
「だから変な名前で呼ばないでって言ってるでしょっ」
「みことのスカート姿は新鮮だな」
「はあ。 …ただどうも落ち着きません」
「ま、慣れだ。 我慢してくれ」
「はあ」
「優香は…ああ、着せてくれたのか。 さすがにハマってるな、うん」
「…しゃ、社長……わ、私…」
「社長」
「うん? おお、葛城かっこいいぞ」
「…」
「どこから見ても美少年だ。 いいぞ、葛城」
「どこを見て言っている」
「さて、あの2人は…」
「待て、社長」
「ほら、やっぱり真田は髪下ろすとかわいいじゃないか」
「そ、そんなこと…」
「私は? 社長」
「ああ似合ってるよ」
「でも社長、これ動いたら見えちゃうんだけど」
「何が?」
「え? そ、そんなこと言えないよ…しゃ、社長のバカ…」
「はい?」
「……あ、あの……い、いや…」
「お? なんだようっちー。 着物は下着つけないんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっとっ! 何捲ってんのよっ、あなたっ!?」
「ブラは場合によりけりですが、普通は着てますよ、マッキーさん」
「なんだ、そうなのか」
「はい」
「いいから放しなさいよっ!」
「えっ!? 着けてていいのっ、みこと!」
「はい」
「ええーーーっ!? マズいよっ、真田っ!」
「だから言ったじゃないっスかーーーっ!」
「なんだ?」
「あ、あはは、はは。 な、なんでもないなんでもないっ」
「そ、そそ、そうっス。 なんでもないっス」
「おい社長っ! っと、スマン」
「え!?」
「あ!?」
「ん? うわっ!」
「痛つ………って、キャーーーーーーーーっ!!!」
「ううぅ……い、いやあーーーーーっ!!!」
「え? あ」
「見るなーーーーーっ!!!」
「いやぁーーーーっ!!!」
「え、ちょ、ちょっと待てっ! ここは床の上っ…」
「あー…」
「おお、いい合体技じゃねえかっ。 見ろ、うっちー」
「だから離しなさいってのっ!」
「…あ……しゃ、社長……?」
入院中の経営は井上クンがしっかりやってくれているらしい。 選手達は代わる代わる見舞いにやって来たが、祐希子と真田は未だに来ない。
井上クンによると、選手総意で特別公演は反対となり、今後は拒否とのこと。 準備だけでも結構金かかっているんだが………まあいいか。 なぜだか全てを許せる自分がいた。
幸せはどこからやってくるかはわからんもんだ。 病院のベッドで一人頷いた。
(終)
「それはいいけど社長」
「なんだ、祐希子」
「なんで霧子さんいないの?」
「…有休だ」
「有休ー? 前回もそうじゃなかったっけ? ねえ真田?」
「そっスよ」
「ほら、逃げた人間の事話してもしょうがない。 さっさと決めていくぞ」
「んー」
「じゃあまずヒロインの羽藤桂役だが…まあ前回と同じく遥でいいだろ」
「…えっ!?……い、いや……」
「で、次に子ど…若杉葛役は優香」
「イヤですっ」
「…なんでだよ」
「…わ、私も……い、いや…」
「こんなのやってたら呪われちゃいますよう。 怖いじゃないですかーっ」
「大丈夫、大丈夫。 なんてことないって」
「だいたい今名前の前になんて言おうとしましたっ、社長っ」
「…いや? 別に何も?」
「子供って言おうとしたじゃないですかーっ。 ひどいですよー、社長っ」
「まあ優香はお子様だしねー」
「祐希子さんまでなんですかーっ。 私イヤですーっ」
「さて次は浅間サクヤ役だが…マッキーで」
「無視すんなーっ」
「…わ、私も……い、いや…」
「うえ、かったりー」
「いいじゃない。 あなたにぴったりよ」
「そりゃどういう意味だい?」
「力任せで粗暴で出るとこ出てるくせに色気が無いなんて、あなたのハマり役じゃない」
「ほう…うっちー言うじゃない」
「人の事変な名前で呼ばないでくれるかしら」
「あー、そこ。 勝手に喧嘩すんなー。 で、次ー、ユメイ役はラッキーな」
「社長話聞けーっ」
「まあまあ優香落ち着いて。 後でカレー奢ってあげるから♪」
「………」
「あれ? 優香? もしもーし?」
「社長、優香さんが気絶しましたが」
「ああいい、みことほっとけ。 必要な時起こせばそれでいい。 それまで静かで助かる」
「なんか社長やさぐれてないっスか…?」
「…あ、あの……わ、私も……」
「私がですか? 社長」
「へっ。 存在感の無いお化けみたいなもんってこった」
「ああ。 うちは清楚な人材が少ないんで拒否権はなしだ。 代替要員がまるでいないんでな」
「ちょっと待て、コラ、社長っ」
「うん。 今のは聞き捨てならないなー、社長。 私がいるじゃない?」
「…」
「…」
「…」
「ちょっと何よ。 皆黙っちゃってー」
「……わ、私も……い、いや…」
「で、千羽烏月役なんだがー…、って、祐希子さん何で机に乗るのかな?」
「ねえ社長? 私じゃ不満なのかしら?」
「えーっと………あ、そ、そうっ! ほら次の『アオイシロ』で人魚とかでるかもしれないし、その時祐希子にはお願いしたいなーって! ほら、お前、人魚似合うし!」
「あら? そう? んもうっ、社長ってばー。 私照れちゃうじゃないー」
「何スか? 人魚って」
「ウフフ、それは私と社長のひ・み・つ♪ ね、社長?」
「この前のバカンスで人魚のマネして貝殻を…」
「こらーっ、何バラしてんだーっ!」
「……あ、あの……あの……」
「それはさておいて、千羽烏月役なんだが、当初みことを予定していたのだが…まあ新人披露を兼ねて今月入った葛城で」
「なっ!?」
「ええー? じゃあ社長、私は?」
「えっ? お前は前回同様友達の奈良陽子役で…」
「ちょっとー。 仮にも団体トップに対してそれはないんじゃないのー?」
「いや、真田より出番あるし…」
「自分は誰をやるんですか?」
「えーっと…同じく友達の東郷凛」
「声すらないじゃないっスかーっ! どういうことですかーっ!!」
「…あ、あの……わ、私も…」
「社長」
「なんだ? 葛城」
「断る」
「ダメ。 それでみことは…あー、その前にそこの逃げようとする新人を誰か捕まえろ」
「断るっ。 なんでそんなことをしなければならないんだっ」
「これも仕事ですから」
「社長っ。 こいつで予定していたならこいつにすればいいじゃないかっ」
「そうか? じゃあ千羽烏月役はみことで」
「はい」
「で、葛城はケイ役に変更」
「待て」
「ちょっと社長っ? 私の話終わってないんだけどっ」
「なんで自分だけ出番ないんですかーっ」
「あー、じゃちょうどいいや、祐希子と真田は双子の鬼ノゾミとミカゲ役も兼役で」
「祐希子さんと双子っスか?」
「社長、それは無理よ」
「まあほら、人数いないし多少は無理もあるさ。 それに真田は髪を下ろすとかわいいと思うんだが」
「そ、そんなことないですよ…」
「こら社長っ、何真田口説いてんのよっ!!」
「……わ、私も……い、いや…」
「だいたい私にそんな子供の役なんて多少の無理ですまないでしょっ」
「平気平気。 頭は…さ、じゃ皆衣装合わせ始めて…」
「こらーっ! 今頭の中子供、って言おうとしただろーっ!」
「衣装はこの中に用意してあるから着替え終わったら呼んでくれっ。 じゃっ」
「待てこらーっ! 社長ーっ!」
「……あうぅ……」
「おー、いいじゃないかー」
「……あ、あの……しゃ、社長…わ、私……」
「おお、遥かわいいじゃないか」
「……あ、あの……その……」
「ラッキーの着物姿もいいなー。 いや綺麗だよ」
「そんなこと…」
「よう社長、アタシは?」
「なんか自然だな。 結構意外だ」
「まあな。 普段ならジーパンだけどな。 ちょい胸目立ちすぎじゃねえか?」
「平気でしょ。 胸というより胸筋なんだし」
「…おいうっちー喧嘩売ってんなら買うぞ?」
「だから変な名前で呼ばないでって言ってるでしょっ」
「みことのスカート姿は新鮮だな」
「はあ。 …ただどうも落ち着きません」
「ま、慣れだ。 我慢してくれ」
「はあ」
「優香は…ああ、着せてくれたのか。 さすがにハマってるな、うん」
「…しゃ、社長……わ、私…」
「社長」
「うん? おお、葛城かっこいいぞ」
「…」
「どこから見ても美少年だ。 いいぞ、葛城」
「どこを見て言っている」
「さて、あの2人は…」
「待て、社長」
「ほら、やっぱり真田は髪下ろすとかわいいじゃないか」
「そ、そんなこと…」
「私は? 社長」
「ああ似合ってるよ」
「でも社長、これ動いたら見えちゃうんだけど」
「何が?」
「え? そ、そんなこと言えないよ…しゃ、社長のバカ…」
「はい?」
「……あ、あの……い、いや…」
「お? なんだようっちー。 着物は下着つけないんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっとっ! 何捲ってんのよっ、あなたっ!?」
「ブラは場合によりけりですが、普通は着てますよ、マッキーさん」
「なんだ、そうなのか」
「はい」
「いいから放しなさいよっ!」
「えっ!? 着けてていいのっ、みこと!」
「はい」
「ええーーーっ!? マズいよっ、真田っ!」
「だから言ったじゃないっスかーーーっ!」
「なんだ?」
「あ、あはは、はは。 な、なんでもないなんでもないっ」
「そ、そそ、そうっス。 なんでもないっス」
「おい社長っ! っと、スマン」
「え!?」
「あ!?」
「ん? うわっ!」
「痛つ………って、キャーーーーーーーーっ!!!」
「ううぅ……い、いやあーーーーーっ!!!」
「え? あ」
「見るなーーーーーっ!!!」
「いやぁーーーーっ!!!」
「え、ちょ、ちょっと待てっ! ここは床の上っ…」
「あー…」
「おお、いい合体技じゃねえかっ。 見ろ、うっちー」
「だから離しなさいってのっ!」
「…あ……しゃ、社長……?」
入院中の経営は井上クンがしっかりやってくれているらしい。 選手達は代わる代わる見舞いにやって来たが、祐希子と真田は未だに来ない。
井上クンによると、選手総意で特別公演は反対となり、今後は拒否とのこと。 準備だけでも結構金かかっているんだが………まあいいか。 なぜだか全てを許せる自分がいた。
幸せはどこからやってくるかはわからんもんだ。 病院のベッドで一人頷いた。
(終)
カレンダー
04 | 2024/05 | 06 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
ブックマーク
カウンター
プロフィール
HN:
あらた
性別:
非公開
忍者ブログ [PR]