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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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 (この話は、文月の部屋へおいでよ!様のアカイイトSS「少女釘バット伝説」から着想した小話です。 文月様に感謝の念を捧げつつ、寛容な言葉をいただき申し訳ないとお詫び致します)

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 月の光と夜の色とに青紫に染められたリボンが、ひらひらと温い風に踊っている。
「お願い、葛ちゃん止まって!」
 あれはわたしがつけた危険信号。 危ないから停まれのサイン。



 だけどわたしの願いもむなしく、結局は二人とも枯れ井戸の中へと落ちてしまった。

「上まで目算五メートルってところでしょーか。 おねーさんの肩にわたしが立っても、全然高さが足りないですよ」
 眩しそうに遥か彼方に浮かぶ月を睨みながら葛ちゃんが言う。
「じゃあ出ようか」
「出ようかって、そんな簡単に…」
「うふふ、これなーんだ?」
 わたしは壁沿いに垂れ下がっていた蔦葛を手にとり、それが井戸の縁の向こうへと結びついているのをアピールして…、

 ふつっ

 引っ張った瞬間抵抗が無くなり、蔦が引っ張られるまま落ちてくる。
「…」
「…蔦ですね」
 何度も引っ張って試したのに…。 リボンといいこの蔦といい、備えあっても憂いありとは情けなくって泣きたくなる。
「お腹が減ってるところ、あんなにがんばったのに…」
「おねーさんまだお腹空いてるんですか?」
「違うよっ。 こんな時のために昨日のお昼に対処してあったのに…ってことでっ」
 葛ちゃんは少し小首を傾げると、思い出したかのように頷く。
「なるほど。 おねーさんは昨日のお昼頃森で迷っていた時にこの井戸を見つけ、落ちないようにリボンを、落ちた時のためにこの蔦を垂らしておいた、と」
「うん…」
「それで結果は見ての通りなわけですね」
 なんとなくいまだわたしが掴んでいた蔦を見て、葛ちゃんは肩を落とす。 そんな葛ちゃんの様子を見てわたしは少し冷静さを取り戻す。
 いけない、ここはお姉さんとして葛ちゃんを安心させてあげないと。
「だ、大丈夫。 まだこれがあるよっ」
 そう言ってわたしは切り札を葛ちゃんの目の前に差し出す。
「札…のように見えますが、それで何を?」
「これを四隅に貼っておけば、鬼は寄ってこれないんだよ」
「…ここ井戸ですよ?」
「あ…角ないね……」
 井戸によっては四角ものもあるのかもしれないけれど、残念ながらわたし達が今いる井戸はよくある円形のもの。
「いえいえ、待ってください。 えっと、これはどこからどれだけお聞きすればいいのでしょうか?」
 こめかみを押さえながら葛ちゃんが訴える。
「何を?」
「なぜいきなり鬼対策なんかしてるんですか?」
「とりあえず四角になるように貼ればいいのかな…」
 正方形になっているかはわからないが、四面にお札を貼る。
「おねーさん聞いてます?」
「だってほら今朝葛ちゃん言ってたじゃない、丹塗矢がどうのって。 こんな時に昨日の夜みたいなことがあっても困るし…」
 今は尾花ちゃんはいないし、来てくれてもこの狭い中で昨夜のような立ち回りをされてもたいへんだ。
「…なるほど、一応錯乱しているわけではないようですね」
 ため息をつきながら葛ちゃんはずいぶんとひどいことを言う。
「ではこの札はどこで手に入れたのですか?」
「え? 烏月さんに貰ったんだよ?」
「いつですかっ!」
 なぜだか葛ちゃんは興奮して叫ぶ。
「落ち着いてよ、葛ちゃん。 えっと…夜中に目が覚めて、廊下に出たら烏月さんがいて…」
「それはルートが違いますーっ!」

 閑話休題

「さっき葛ちゃんが来る前に貰ったんだよ?」
「あっさり意見を変えてきましたね」
 よくわからないけど葛ちゃんは不満そうだ。 狭い所にいるせいなのか、機嫌が悪い。
「鬼を切ることを生業としているって言ってたから、昨夜のことを相談したらこれをくれたの」
「…勝手にシーンを捏造しないでください」



「どうするの? ミカゲ。 あの子結界なんか張ったわよ」
「私達の存在に気づいたのでしょうか」
 井戸の傍に立つ小さな二つの影。
「これでは手が出せないわ。 なんとかしなさいな」
「では自ら結界の外に出てきてもらいましょう」
「どうやって?」
 そう片方が聞くと、聞かれた影は薄く笑った。


「だいたいおねーさん、『鬼』ってなんですか。 丹塗矢の話は神様の話ですよ? 鬼なんて一言も言ってないですよ?」
 機嫌の悪い葛ちゃんはやたらと絡む。 こういう子供らしさを見てるとなんだか嬉しい。
「それはね、葛ちゃん。 烏月さんにお札を貰った時に聞いた話なんだけど、幽霊とかこの世のものではないものを総じて『鬼』って…」
「だからそれはルートが違いますっ!」
 その時上の方から声がかかった。
「桂さん、大丈夫かい? 今助ける」
 烏月さんの声に続いて蔦が垂らされる。 でもわたしの用意しておいた蔦より細いようにも見える。 とは言え、烏月さんが下ろしてくれたのだから大丈夫だろう。
「烏月さん、ありがとうっ」
「ちょっと待ってください、おねーさん」
 蔦を掴んだわたしの手を葛ちゃんが掴む。
「うん。 まずは葛ちゃん昇って。 わたしは後でいいよ」
「順番の話じゃありませんっ! おかしくないですか? どうして千羽さんはおねーさんの名前を呼ぶんですか? この場合わたしの名前を呼ぶんではないですか?」
「さすがわたしの好きになった人…」
「…おねーさん、やはり錯乱してますか?」
「そんなことは置いておいて、とにかくまずは出ようよ。 ね?」
 こんな所で押し問答していてもしょうがない。 狭い所から出れれば葛ちゃんも落ち着くかもしれないし。
 葛ちゃんはまだ言い足りなそうだったが、わたしの言う通り蔦を掴み壁に足をかける。

 ふつっ

 とさっと葛ちゃんが倒れ、その上に蔦が落ちてくる。
「…」
「…」



「姉さま、切れました」
「見ればわかるわよっ。 あ、あの子供が重かったのよっ」
「ですが姉さま。 あの子供は贄の血の娘よりは軽いと思いますが」
 淡々と不満そうに喋る影に、もう一つの影は少しうろたえながら叫ぶ。
「もっと太いのを垂らせばよいのでしょうっ? だいたい鬼の私に重さなんてわかるわけないのよっ!」
 仕方なしに手近にあった太い蔦に手を伸ばすと、その手を引っかかれる。
「つっ!」
 そこには白い子狐が立っていて、影を威嚇していた。 それを見た二つの影に緊張が走る。
「ミカゲっ」
 呼ばれた影が素早く寄り添ってくる。 二つの影と子狐は距離を保ち、その間に緊張が高まっていく。



「…切れちゃったね」
 烏月さんらしくない、とは思うものの、さっき持った時点で切れるような気もした。
「大丈夫、葛ちゃん?」
 倒れたまま起き上がらない葛ちゃんに声をかける。 どこか打ったのだろうか?
 すると、ゆっくりと葛ちゃんが起き上がり、ぼんやりとした様子で喋りだした。
「おねーさんはコドクを知ってますか?」
「葛ちゃんっ、それはここを出てからだよっ」
「どうして都合よく素に戻るんですかっ!」



「このっ!」
 影の声とともに暗闇に赤い光が線となって駆ける。 しかし子狐は地面を蹴って赤い光を散らす。
「くすくすくす」
 その様子を見ていたもう一つの影が嬉しそうに笑う。
「姉さま、どうやら封じは解かれていません」
「あら、そうなの。 それなら何も心配ないわね。 役行者の封じさえ解かれなければ」
「呪の根源たる言霊を封じられていては…」
「主さまの向こうを張る、あの恐ろしい鬼神とはいえ、ただの狐も同然ではなくて?」
「はい」
 自分達の優勢を確信したのか、二つの影が落ち着きを取り戻す。 子狐は臨戦態勢のまま二つの影を睨む。
「ならばそろそろ終わりにしましょうかしら」
「はい、姉さま」
 二つの影が子狐の方を向いて構える。 その次の瞬間、赤い無数の光が辺りを駆け回る。 しかし、
「させないわっ」
 声と共に無数の青い蝶が赤い光を散らす。
「なっ!?」
「昨日の夜助けてもらったお返しです」
 どこからか現れた青い着物姿の少女が子狐の傍らに立ち、子狐に向かって語りかける。 そして二つの影に向き直り、宣言するかのように高らかと言い放つ。
「桂ちゃんには指一本触れさせないわっ」



「わたし、葛ちゃんには強くなって欲しいよ」
 目をそらしたらきっと通じない。 だからわたしはじっと葛ちゃんの瞳を見つめる。
 だけど、脆すぎるわたしの涙腺は視界を眩ませる。 溢れる涙が零れたのが先かどうなのか。
「……わかりました」
「え?」
「とりあえずわたしは、ひとりのところに戻ります。 わたしひとりしかいない若杉を継いで、強くなります」
 なぜかさっぱりしたような明るい表情で葛ちゃんははっきりと宣言する。
「それはもう、メチャクチャ強くなりますよ?」

 ♪ほしのひかーりーはー



「ちょっと待ちなさいなっ、あなた達っ!」
「何かな?」
「もうEDテーマも流れてますよ?」
 二人で歌い始めたら、見たことの無い着物姿の女の子が息を切らしながら突然現れ叫ぶ。
「まだ井戸からも出てないし、かなりはしょっているし、そもそもそのEDだったら歌は流れないでしょうっ!」
「ちょっと落ち着いてよ、ノゾミちゃん」
「まだ名乗ってもいないわよっ!」
 するとそこに井戸の上から声がかかる。
「姉さまっ、私ひとりではさすがにっ…」
「もうちょっとがんばりなさいなっ。 私は情けない子は嫌いよっ」
 どうやらこの子はお姉ちゃんらしい。 でも妹さんが助けを求めてるんだから助けてあげた方がいいと思うのです。
「ノゾミちゃん、行ってあげたら?」
「だからあなたはなんで私の名前を知っているのっ!」
「えっと…今おねーさんは錯乱しているようですので…」
 葛ちゃんがフォローになってないフォローを入れる。
「姉さまっ!」
「わかったわよっ、今行くわっ!」
 そう言って女の子はふっといなくなる。
「つ、つ、葛ちゃんっ。 き、消えたよっ、ゆ、幽霊っ!?」
「すいませんけどおねーさん、これ以上付き合いきれません」
 嫌なものを見るような目で葛ちゃんはわたしを見ながら深いため息をつく。 どうやら本格的に機嫌が悪いらしい。



「くっ。 これはどうしたらいいかしら、ミカゲ」
「ここは一旦引くしかないかと」
 青い着物姿の少女が現れたことで優位だったはずの立場が崩れた。 少しずつ押されてきている。
「あなた達覚えていなさいっ」
 くやしそうな顔を浮かべながら二つの影は闇へと消える。
「…行ったようね」
 辺りの様子を伺い、青い着物姿の少女が一息つく。 そして井戸の方を向く。
「どうしましょう。 わたしの力ではあそこから出してあげることはできないし…それに結界も張ってあるし…」
 そう呟き子狐を見る。
「あなたも無理ですね…」
 子狐はすまなそうに耳を垂れる。
「そうだわ」



 井戸の上から再び蔦が垂らされてきた。 結構太い。 これなら大丈夫だろうか。
「ありがとうっ、烏月さんっ」
「…この期に及んで桂おねーさんはあれを千羽さんだと思っているんですね」
「え? 違うの?」
「いえ、なんかもうどーでもいいです」
 ご機嫌斜めの葛ちゃんは絡むを通り越して流すになったらしい。 なんだか葛ちゃんとの距離が開いたようで少し悲しい。
 でも今はそれどころではない。 ここを出ることの方が大切だ。
「とにかく出ようか」
「…わかりました」
 太い蔦を掴み葛ちゃんが壁に足をかける。

 ふつっ

 とさっと葛ちゃんが倒れ、その上に太い蔦が落ちてくる。
「…」
「…」



「あらあら、駄目だったようね。 仕方ないわ。 サクヤさんを呼んできますから、それまでお願いします」
 子狐に一言言うと、青い着物姿の少女の姿が消える。 その言葉に応えるように子狐は小さく頷いた。



「大丈夫、葛ちゃん?」
 倒れたまま起き上がらない葛ちゃんに声をかける。 どこか打ったのだろうか?
 すると、ゆっくりと蔦にまみれた葛ちゃんが起き上がり、心底うんざりした様子で喋りだした。
「おねーさんはコドクを知ってますか?」
「……ひとりで取り残されること?」
「どうして続けるんですかーっ!」
「なんで怒るのーっ?」



 夜の闇の中、息も切らさず全力でサクヤは走る。 ただ一点を目指して。
 やがて少し開けた場所へたどり着く。 月明かりと闇に照らされて青紫色に染まったリボンがひらひらと舞っている。
 そしてその側には生い茂った草に隠されるように井戸があった。
「桂っ!?」
 サクヤは井戸へと駆け寄り覗き込みながら叫ぶ。
 けれど、目に入ってきたのは寄り添って横たわる二人の少女の姿であった。
「あたしは…また、間に合わなかったって言うのかいっ…」
 がっくりと肩を落とし、俯くサクヤの目に光るものが浮かぶ。
「…サクヤさん、二人とも寝ているだけよ?」
 傍らに立つ青い着物姿の少女は呆れたように呟いた。

 井戸の底では少女達の安らかな寝息が響いていた。 桂は葛を抱き、葛は桂にしがみついて。
「むにゃ……葛ちゃん、見ーつけたっ…」
「…それは………もっと…後です…」

 それはとても幸せそうな寝顔であった。



(終)

 註・主観・客観入り乱れ。 読みにくくてすみません。
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