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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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 (時節ネタ。 ほんのりビターテイスト)

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「桂ちゃん、明日はバレンタインデーね」
 学校から帰ってのんびりとテレビを見ていたら、突然柚明お姉ちゃんが言ってきた。
「うん、そうだねー。 でもわたし女子校だからあまり関係ないかな」
「あら桂ちゃんはあげないの?」
「え? 柚明お姉ちゃんあげる人いるの?」
「あらあら。 桂ちゃんたらひどいわね」
「え? え?」
 わたしの知らない間に誰か好きな人ができたのだろうか。 驚いたわたしは言葉が出ない。
「さあ、そろそろ湯煎でも始めようかしら」
 そう言ってお姉ちゃんは台所へと向かう。
「え、お姉ちゃん誰にあげるのっ?」
「~♪」
 聞こえなかったのか、無視されたのか。 お姉ちゃんは鼻歌を歌いながら、湯煎を始めたらしい。
 何か大切な人を奪われたような気分。 なぜだか鼓動が早くなる。 …いやだ、気持ち悪い。

 ドンドンドンッ。
 不意に玄関口の扉が叩かれる。
「は、はーい」
「あら、どなたかしら。 悪いけど桂ちゃん出てくれる?」
 台所からお姉ちゃんの声が飛んでくる。 と同時に玄関口からも声が来た。
「おーい、いないのかーい」
「…サクヤさんみたい」
「…もう。 ベルを鳴らしてって言ってるのに」
「桂ー。 柚明ー」
「はーい、今出まーす」
 扉を開けるとサクヤさんが赤い大きな紙袋を抱えて立っていた。
「何それ、サクヤさん」
「よっ。 久しぶりだね、桂。 とりあえず中に入れとくれよ」
「あ、うん」

「もう…サクヤさんたらいつまでたっても扉を叩くのやめてくださらないんですね」
 お姉ちゃんがエプロンで手を拭きながら、サクヤさんを出迎える。
「そう固いこと言うんじゃないよ、柚明。 …って、やっぱりあんたも準備してたのかい」
「え? 何の話?」
「明日はバレンタインデーだろ?」
「うん」
 それは関係あるんですか?
「サクヤさん、桂ちゃんはあげる人いないんですって。 ひどいと思いません?」
 お姉ちゃんがサクヤさんにひどく真面目な顔で訴える。 わたしはさっきから心が落ち着かない程悩んでいるのに、お姉ちゃんってばひどい…。 だけど追い討ちをかけるように、
「ああー? 桂、いくらなんでもそりゃないんじゃないかい? あたしだってこうやって、ちゃーんと用意してるよ?」
 そうサクヤさんは言って紙袋を逆さにする。 と、たくさんのチョコレートが転がり落ちてくる。
「…サクヤさんのはお仕事先への義理チョコでしょ…」
「何言ってんだい。 義理用のは別に買ってあるよ。 これは別口さね」
「えっ! じゃあサクヤさんもあげる人いるの!?」
「当たり前じゃないか。 桂こそ本当にあげる人いないのかい?」
「…いないよ。 そんな人、誰も」
 わたしがそう言うと二人は揃ってため息をつく。 それって、なんかひどくないですか?
「柚明、よくないよ。 こういうのは」
「…ええ、そうですね。 …でも、こういうことは誰かに言われてすることでもありませんから」
 なんだか変な会話のような気がする上に、どうもわたしの事らしい。
「…わたし、誰かにあげなくちゃいけないのかな?」
「…そうじゃないけど……」
「あげなくちゃいけない、わけではないけど、あげる方がいいさね」
「誰に?」
 わたしが聞くと、二人は顔を見合わせる。
「そりゃあ…」
「サクヤさん」
 言おうとしたサクヤさんをお姉ちゃんが止める。
「桂ちゃん」
 わたしを真っ直ぐに見つめ、柚明お姉ちゃんは真剣な顔で言う。
「それをわたし達が言ったら、その時点で意味はないの。 これは義理でも義務でもないから。 桂ちゃんがわからないなら、わたし達は残念だなと思うけど誰にもあげなくていいのよ」
「でも…」
 答えどころか、問題すらわかってないようなわたしはもう頭がおかしくなりそうだった。
 なんで二人にはあげる人がいるの? どうしてわたしは責められてるの? 二人のチョコレートをあげる程好きな人って誰?

 こんな時に誰か相談できたら…例えば………あっ!!

「白花ちゃん…」
 忘れていた。 今のわたしを、わたし達を助けてくれた大切な人。 わたしの最も身近な異性、お兄ちゃん。
「…桂ちゃん」
「大切なお兄ちゃんじゃないか。 あげないでいいのかい、桂」
「ううん、ううんっ」
 大きく首を振る。 いいわけなんてない。 あげたい、心の底から。
「わ、わたし、チョコ買ってくるっ!」
「あたしの分けてあげようか?」
「ううんっ。 ちゃんと自分で買ってくるっ!」
「…そうかい」
「台所は準備しておくから大丈夫よ、桂ちゃん」
「ありがとう、お姉ちゃんっ」
 お財布を持って慌てて駆け出す。 



 大きなチョコレートを買いながら思う。 あげる人がいないなんてことはない。 誰かに助けられ、誰かに感謝して生きているのだから、あげたい人はいるに決まっている。
 わかっていなかった自分を反省して、白花ちゃんの分以外にもチョコレートを買う。

 明日渡そう。 白花ちゃんには思いを込めて手作りの大きなチョコを。 そして、わたしの大切な人達にも思いを込めて、感謝して。

 ありがとう、柚明お姉ちゃん。 ありがとう、サクヤさん。 ありがとう、陽子ちゃん、お凛さん。 ありがとう、烏月さん、葛ちゃん。 そして…ありがとう、お父さん、お母さん。

 槐の香りと共に、このチョコレートを渡そう。



(終) 
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