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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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 (葛と桂と陽子と凛)

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「陽子ちゃん、おはよう」
「ハロー、はとちゃん。 今日はニュースがあるわよん♪」
「ニュース? どうかしたの?」
 予想通りの反応にニヤリと笑みを浮かべるのは、桂のクラスメート、奈良陽子。
「うちのクラスに転校生が来るそうですわ」
 と、あっさりネタばらしをしたのが、同じくクラスメートの東郷凛。
「お凛っ! なんでそんな簡単にバラしちゃうのっ!」
「あら、奈良さんのことですから、この後に嘘を吹き込むと思ってましたので。 だから転校生までで止めておいたのですけど?」
「ぐぬぬぬ…」
「へー。 どんな人だろうね?」
 言われて教室の中を伺うと、確かに皆一様にいつもよりざわついている。
「それが女装した男って話なのよ」
「ええっ! 陽子ちゃん、それ本当っ!?」
「…」
「…」
「…」
 時が止まったかのようなしばしの沈黙。
「く、くくく…あっはっはっはっ。 はとちゃん、あんた本当最高っ」
 陽子の隣で凛も苦笑を浮かべている。
「………陽子ちゃん」
「こんな嘘に騙されるなんて、今時はとちゃんしかいないって、あはははっ」
「確かにそうですわね」
「お凛さんまで…」
 恨みがましい目で見る桂に、凛が微笑みながらとりなす様に言う。
「羽藤さんが純粋な証拠ですわ」
「いやー、純粋で済ますのはどうかしら?」
 そんな話をしている内に予鈴が流れる。
「ま、もうすぐ会えるわよ。 女装男には」
「陽子ちゃんっ」
「あははっ。 ま、楽しみにしましょっ」

 やがて担任の教師がやって来て、HRが始まる。
「…今日は、このクラスに…転校生が来る事になりました。 えー…入ってきなさい」
 担任の案内で教室に入ってきたのは、女装した男ではもちろんなく、まだ幼い少女だった。 そう、まだあどけなさの残る少女、若杉葛であった。

 誰一人として想像すらできなかった転校生に教室がざわめく。
「はい、静かに。 静かにっ。 では自己紹介をしてください」
「はい。 わたくし、若杉葛と申します。 これから皆さんよろしくお願いします」
 ぺこっと頭を下げる。
「特に桂おねーさんはよろしくしてくださいねっ♪」
 そう言って、愛らしい満面の笑みを浮かべた。

「あら? 羽藤さんは知り合い? では若杉さんは羽藤さんの隣にした方がいいかしら」
「ありがとうございます♪」
 教師の指示に従い、隣の席が空けられる。 葛は教壇から下りるとちょこちょことやって来て座る。
「今後ともよろしくお願いしますね、桂おねーさん」
「えっと、でもどうして?」
「飛び級というやつで」
「うちの学校にそんなのあったっけ?」
「作らせました♪」
 笑顔であっさりと返され、桂の開いた口が塞がらない。
「まあ高校程度の学業なら実際できますし。 問題としては体育くらいでしょう」
「…高校程度」
 言われて桂は経観塚での葛を思い返す。 なんとなく納得。



 そんなこんなの内に休み時間へとなる。
「はとちゃーん、こんな子供と浮気だなんてー。 犯罪だよ、犯罪」
「陽子ちゃんっ」
 さっそくやって来た陽子とお凛の2人に、桂は葛を紹介する。

「奈良さんに東郷さんですね。 よろしくお願いします」
「どうぞよろしく。 ところで羽藤さんとはどこでお知り合いに?」
「お凛っ!」
 突然の大声に驚き、3人とも陽子を見る。
「なんですの? 奈良さん」
「こんな子供が転校してきて、最初に聞くことがそれってどーいうことだっ!」
「はあ。 では何を聞けばよろしいですの?」
「なんで転校してきたか、に決まってるでしょっ」
「…」
「…」
「…」
 しばしの沈黙の後、3人同時に口を開く。
「わたしに会いに来たんじゃないかな」
「桂おねーさんに会うために来ました」
「羽藤さんに会いに来たのではないかしら」
 こぼれた言葉はほぼ皆同じ内容であった。
「お凛さん、なんでわかるの!?」
「いや、はとちゃん。 そうじゃなくて…」
「それはですね。 今日来たばかりのおかしな転校生と仲のいい素振りで、かつその転校生の様子を見ていれば、自ずと答えは出てくるわけですよ」
「そういうことですわね」
「そうなの?」
 桂の疑問には答えず、葛は凛の方に向き直り言う。
「質問にお答えすると、しばらく前に桂おねーさんのご実家にやっかいになっていた縁でして」
「む!? はとちゃんの実家?」
 葛の言葉に凛ではなく陽子が反応する。
「じゃああん時の子供かっ!」
「陽子ちゃん、あの時も名前教えたよ?」
「そんなん覚えてるかーっ」
「力強く言えることではないと思いますわ、奈良さん」
 呆れた表情で凛が陽子に諭すように言う。
「と言うことは…奈良さんともお知り合いですの?」
「ううん。 陽子ちゃんには電話で話しただけで、会うのは初めてだよ」
「この子は不法入居者なのよっ」
 そう言って陽子は葛を力強く指差す。
「事後承諾ではありますが、許可は得ましたよ。 ですから問題はないと思いますけど」
 しれっと答える葛を不満そうに陽子が睨む。
「お話がよくわからないのですけど…」
「あ、お凛さんには話してなかったかも。 あのね、わたしの実家って誰も住んでなかったの。 そこに葛ちゃんが泊まりこんでたんだ」
「そうだったのですか。 でもどうして羽藤さんのご実家にいらしたのですか?」
「それは…」
 どう答えていいかわからず桂が葛を見る。
「その時わたしは行く当てもなく旅をしていたのですが、疲れ果てた所に桂おねーさんのご実家に辿り着きまして、これ幸いと宿を借りていたわけです」
「旅って、一人で?」
「いえ、友達と一緒でしたよ」
 さらっと答える葛に桂は複雑な表情を浮かべる。
「羽藤さん、どうかしましたか?」
「あ、ううん。 なんでもないなんでもない」
 ぱたぱたと桂は両手を振る。
「まあそういうわけで桂おねーさんとはお知り合いになったわけです」
「そうでしたの」
「で、あんた幾つなの?」
「そうですね…皆さんより年下ですね」
「…で、幾つなの?」
 苛立った表情で陽子ちゃんが繰り返し尋ねる。
「秘密です」
「なにおーっ!?」
「と言うよりも言っても意味ないと思われますが? 幾つであろうと奈良さんはご不満のようですし」
「ぐぬぬぬ…」
 先の展開を見越されて、陽子はくやしそうに歯噛みする。
「若杉さんの仰るとおりですわね。 奈良さんも年上なのですし、それらしく振舞う方がよろしいかと」
「お凛っ。 あんたこの子の味方なのっ?」
「もー、陽子ちゃんてばー。 葛ちゃんの何が気に入らないの?」
「ぐあっ。 はとちゃんまで…。 あたし達が今まで築いてきた絆は? 育ててきた愛は?」
「奈良さんは楽しい人ですねえ」
「まあ楽しいのは最初だけですけれど。 さすがに毎日見ると疲れてきますわね」
「あんたらねえ…」

 休み時間が終わり授業が始まる。
 やって来る各教科の教師達は知っていたらしく動揺は見せない。 淡々といつも通りな授業風景。 時折、葛を試す様子もあったが、自分で言っていた通り高校の学力は持っているらしく、事もなし。



 かくして昼休みにとなる。
「あれ? …はとちゃん、お弁当なんだ……その、どうして?」
 カバンから弁当を出す桂を見て陽子がためらいながらも聞く。 桂は少し前に母を亡くしたため、当然の疑問か。
「あ、これ? これは昨日サクヤさんが来てて、作ってくれたんだ」
「サクヤさんとはどちらの方でしょうか?」
「お母さんの親友で、わたしが小さい頃からのお付き合いの人だよ」
「ほほう、サクヤさんのお弁当ですか。 それは美味しそうですねー」
「あれ? 葛ちゃんはお弁当じゃないんだ?」
 桂が葛の方を見ると、葛の前には袋に入ったパンが3つ4つ。
「もしかして…葛ちゃん、まだあんな食事してるの?」
「あんな食事?」
「…なんだか蚊帳の外な気分がするんだけど」
「たはは…身に付いた習性はなかなか変えることは出来ないものでして…」
 肩をすくめて申し訳無さそうな表情を葛は浮かべる。
「サクヤさんも言ってたじゃない。 よくないよ、葛ちゃん。 …しょうがないなー、わたしのお弁当分けてあげるね」
「あら。 そのサクヤさんと若杉さんはお知り合いなのですか?」
「あ、うん。 その実家にいた時に」
「いえいえ、それには及びませんよ。 桂おねーさんはお気になさらずお食べください」
「ダメだよ、葛ちゃん。 ね、お願い。 一緒に食べよ?」
 そう言って桂は椅子を動かして葛に寄せ、二人の真ん中に弁当を置く。
「桂おねーさん…」
「ふふ、仲がよろしいのですわね」
「…」
 その様子を陽子が不機嫌そうに見つめる。

「あ、でもお箸が一膳しかないよ、どうしようか?」
「では食堂にでも行っていただいてきますね」
「陽子ちゃん達を待たせちゃうから…あ、なら、葛ちゃんが嫌じゃなかったら、わたしが食べさせてあげるよ」
「嫌っ!」
 陽子が力強く口を挟む。
「…なんで陽子ちゃんが言うのかな?」
「奈良さん、大人気ないですわよ」
「ううーっ、大人気があろうがなかろうが嫌なもんは嫌っ! ダメよ、はとちゃんっ。 そんないやらしいっ」
「どうして?」
「間接キスじゃないっ。 ダメダメっ、絶対ダメっ!」
 大げさに手を振るジェスチャー付きで陽子が力説する。 その様子を桂と葛は呆気に取られた顔で、凛はため息混じりに見つめる。
「でもわたし、よく陽子ちゃんから飲み物貰ったりしてるよ? あれはいいの?」
「あたしはいいのっ」
「奈良さん、いい加減にしたらどうですか? みっともないですわよ」
「…えっと、時間が勿体無いので箸をいただいてきますね。 わたしに構わず、お先にいただいててください」
 そう言って葛は教室を出て行く。
「あ、葛ちゃんっ」
「…奈良さん」
「だって。 …だって、嫌なんだもん……」
「陽子ちゃんひどいよ。 葛ちゃん、かわいそう…」
「…うう、はとちゃんこそひどいよ」
 口を尖らせて不満そうな声を陽子が漏らす。
「奈良さんにも困りましたね…」
「陽子ちゃん、仲良くしてよ。 …葛ちゃんはいろいろたいへんなんだよ?」
「何がよ」
「葛ちゃんは若杉グループの後継ぎで…あれ? 今は違うのかな?」
「先日、正式に会長に就任していますわね」
 よくわからなくなって頭を抱える桂に凛が助け舟を出すかのように言葉を繋ぐ。
「なんでお凛が知ってるの」
「結構なニュースになりましたから。 奈良さんも少しは新聞やニュースをご覧になった方がよろしいですわ」
「若杉グループって何なのよ」
「あの若杉ですわ」
「あの若杉って………え? 銀行とかなんとかの? あの?」
「そうだよ、陽子ちゃん。 凄いよね、お嬢さまなんだよ」
「…お嬢の何がたいへんなのよ。 変わって欲しいくらいよ」
 ふてくされた顔のまま二人から視線を逸らし陽子は言う。
「でも葛ちゃんお父さんもお母さんもいないから…」
「…」
「でなければあのように幼くして会長に就任されることも無いでしょう」
「…」
 理解はできたが感情が納得しない。 言葉を出すことなく俯き黙る陽子。
「仲良くして。 ね? 陽子ちゃん」
「…」
「『子供』と呼んでらっしゃったではないですか。 あなたが大人なのでしょう? どっちが大人かわかりませんわよ?」
「…わかったわよ」
 ようやく顔を上げ呟くように応える。 そして桂を見つめ陽子が問う。
「はとちゃん。 あの子のこと…好き?」
「うん、好きだよ」
「あたしは?」
「好きだよ?」
「…そっか」
 ふう、と大きく息をつく。 そして首を振っていつもの表情に戻って陽子が言う。
「そだねっ。 年上なんだからお姉さまとして振舞わなくっちゃねっ!」
「うんっ」
「手のかかる方ですわね」
「なんか言った? お凛」
「いえ。 別に何も」
 すると、教室の入り口に小さな姿が帰ってくる。
「ただいま戻りましたー。 …あれ? 皆さん召し上がってらっしゃらなかったので?」
「うん。 やっぱりみんなで食べた方がおいしいよ」
「そうですわね」
「ほら時間無くなっちゃうから、さっさと座りな、子供」

 雨は降らねど地固まる、か。 新たに増えた友との絆はこれから紡ぐもの。 一風変わった転校生との時間は始まったばかり。

「ほれ。 特別にあたしのピーマンもくれてやろう」
「…陽子ちゃん。 それ嫌いなだけじゃ…」
「本当困った方ですわね…」

 歓迎されるかされざるか、いろいろな出来事を経て時間が答えを出すであろう。 どちらにせよ選んだのは葛自身である。

「では奈良さんにはお礼にジャムパンのジャムを差し上げましょうー」
「いるかーっ!」
「若杉さんの方が一枚上手ですわね」
「もー、二人とも仲良くしてってば」

 だから葛は、自分が選んだ道を正しいと思えるように、全てに立ち向かうことに決めたあの日のために、

 やりたい放題好き放題。



(終)
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