数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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「はーい」
扉を開けるとそこにはサクヤさんが立っていた。
浅間サクヤさん。 フリーのルポライター兼フォトグラファーで、いろんな所に飛び回っているという活動的な人。 およそ日本人離れした容姿で、あたかも外国の女優さんかと思う時もある。
お母さんの親友で、わたしも昔から顔馴染みだ。 本当お母さんとは仲が良かった。
だから、ついこの間お母さんが突然亡くなってしまった時から随分と助けてもらっている。
「やあ桂。 泣きやんだんだね」
「…いつまでも泣いてるわけにはいかない、から」
「そりゃそうさ。 まだ泣いてるようだったらあたしも困るからね」
そう言ってサクヤさんは優しく微笑む。
「…うん」
「さ、今日は七日参りで来たのさ。 ほら」
わたしの前に差し出された菊の花束を受け取り、サクヤさんを中へと誘う。
初七日の後は四十九日だと思っていたら、昔や信心深い人は七日ごとにお参りをするんだそうで。 サクヤさんに聞いて初めて知った。 つまり四十九日は七・七日なんだそうで。
狭い部屋に小さく置かれた祭壇、その上に置かれた白木の位牌と遺影。
その前にサクヤさんは座り、線香を焚く。 香りが部屋に漂う。 もう嗅ぎ慣れてきた、香り。
「えっと、お茶菓子がなくって…。 サクヤさんが持ってきたのでもいいかな?」
お茶の用意をしながら聞くと、サクヤさんは小さく笑って、
「そういう時は『おもたせですいませんが』って言うもんなんだよ」
と言った。
「少しは落ち着いたのかい?」
「…どうなんだろう」
正直わからない。
「お母さん、お仕事で夜遅いことも多かったし。 わたし一人でいることも多かったから、なんだかわからないよ」
「…」
「今留守にしてるだけ、そんな気分になったりもするし。 でも朝起きてご飯をお供えしてたりして、お母さんはいなくて」
少し声が震える。
「やっぱりいないんだ、亡くなっちゃったんだ、って思って」
「そうだね。 そんなすぐには受け入れられるもんじゃないさね、大切な人がいなくなるってのは」
「…うん……」
わたしは泣き出さないように耐えるので必死だったけど、サクヤさんはただ優しい眼差しで黙っていてくれていた。
「でもサクヤさん。 こんなに来てもらっていいのかな?」
「なんだい、あたしが来たら迷惑かい?」
「う、ううんっ。 そんなことないけど…」
ここずっと二日とあけず来てくれている。 わたしとしては一人になる時間が少なくて嬉しいけど、サクヤさんは社会人で働いているわけで。
「だってお仕事とか…」
「あたしはフリーだしね。 干されようと腕と美貌には自信があるから、桂に心配されるほどのことはないさ」
そう自信たっぷりに言い切るサクヤさんはかっこいいけれど、それでいいんですか?
「腕はともかく、美貌って…。 そういうのは自分で言うものじゃないんじゃないの? それに何の関係があるの?」
やはり日本人ですから、謙遜の美徳をとわたしは思うのです。
「そういう所、桂は真弓ゆずりだね。 あいつも固い家出身だから口うるさかったもんさ」
「そうなんだ」
「ああ、うるさいうるさい。 やれ目立つな、やれもっと控えめにだの、持って生まれたもんはしょうがないもんさね」
「…そうかもね」
サクヤさんは結構背もあるし、自分で言うだけの容姿だ。 目立つな、と言うのは無理かも。
「あとね、桂。 この美貌はちゃーんと関係あるんだよ。 いいかい? むさ苦しいおじさんとこんないい女がいたら、どっちに仕事を頼むさね?」
ああ、なるほど。 …って、
「別にむさ苦しいおじさんばかりじゃないでしょ、ルポライターもフォトグラファーも」
「わかりやすい例えだよ。 ま、つまりそういうことさ」
「ふーん」
日が暮れ、宵のころになるとサクヤさんに連れられて夕飯を食べに出かけた。 ずっと位牌のそばにいるのはわたしによくないって。
「いいのさ。 離れたくない気持ちもあるかもしれないけど、外の空気に触れて自分を思い出すことも大事なことだよ」
「自分を思い出す?」
サクヤさんの赤いクロカンブッシュに乗って移動しながら話す。
「そうさ。 桂はまだ生きていて、まだまだこれからいろんな人生が待っている。 それを思い出すんだよ」
「…」
「すぐには無理さね、それは構わない。 だけど、ずっとってわけにもいかないんだよ」
暗い夜道をぼんやりと見つめながらサクヤさんの言葉を聞く。
「友達だって心配してだろう? 連絡してないんじゃないかい?」
「うん…」
「焦る必要はないよ。 だけどゆっくりでも今までの自分も取り戻すのさ」
「そう、だよね。 時間が経てば、忘れちゃったりするよね」
「いや…」
否定の言葉にサクヤさんを見ると、悲しげな顔を浮かべていた。
「忘れやしないさ、大切な人との別れは…。 ずっと、ずっとね…」
そう言うサクヤさんの顔はとてもつらそうだった。
そしてその後二人とも食堂に着くまで口を開くことはなかった。
車の窓から空を見上げると、小さく星が瞬いていた。
(終)
扉を開けるとそこにはサクヤさんが立っていた。
浅間サクヤさん。 フリーのルポライター兼フォトグラファーで、いろんな所に飛び回っているという活動的な人。 およそ日本人離れした容姿で、あたかも外国の女優さんかと思う時もある。
お母さんの親友で、わたしも昔から顔馴染みだ。 本当お母さんとは仲が良かった。
だから、ついこの間お母さんが突然亡くなってしまった時から随分と助けてもらっている。
「やあ桂。 泣きやんだんだね」
「…いつまでも泣いてるわけにはいかない、から」
「そりゃそうさ。 まだ泣いてるようだったらあたしも困るからね」
そう言ってサクヤさんは優しく微笑む。
「…うん」
「さ、今日は七日参りで来たのさ。 ほら」
わたしの前に差し出された菊の花束を受け取り、サクヤさんを中へと誘う。
初七日の後は四十九日だと思っていたら、昔や信心深い人は七日ごとにお参りをするんだそうで。 サクヤさんに聞いて初めて知った。 つまり四十九日は七・七日なんだそうで。
狭い部屋に小さく置かれた祭壇、その上に置かれた白木の位牌と遺影。
その前にサクヤさんは座り、線香を焚く。 香りが部屋に漂う。 もう嗅ぎ慣れてきた、香り。
「えっと、お茶菓子がなくって…。 サクヤさんが持ってきたのでもいいかな?」
お茶の用意をしながら聞くと、サクヤさんは小さく笑って、
「そういう時は『おもたせですいませんが』って言うもんなんだよ」
と言った。
「少しは落ち着いたのかい?」
「…どうなんだろう」
正直わからない。
「お母さん、お仕事で夜遅いことも多かったし。 わたし一人でいることも多かったから、なんだかわからないよ」
「…」
「今留守にしてるだけ、そんな気分になったりもするし。 でも朝起きてご飯をお供えしてたりして、お母さんはいなくて」
少し声が震える。
「やっぱりいないんだ、亡くなっちゃったんだ、って思って」
「そうだね。 そんなすぐには受け入れられるもんじゃないさね、大切な人がいなくなるってのは」
「…うん……」
わたしは泣き出さないように耐えるので必死だったけど、サクヤさんはただ優しい眼差しで黙っていてくれていた。
「でもサクヤさん。 こんなに来てもらっていいのかな?」
「なんだい、あたしが来たら迷惑かい?」
「う、ううんっ。 そんなことないけど…」
ここずっと二日とあけず来てくれている。 わたしとしては一人になる時間が少なくて嬉しいけど、サクヤさんは社会人で働いているわけで。
「だってお仕事とか…」
「あたしはフリーだしね。 干されようと腕と美貌には自信があるから、桂に心配されるほどのことはないさ」
そう自信たっぷりに言い切るサクヤさんはかっこいいけれど、それでいいんですか?
「腕はともかく、美貌って…。 そういうのは自分で言うものじゃないんじゃないの? それに何の関係があるの?」
やはり日本人ですから、謙遜の美徳をとわたしは思うのです。
「そういう所、桂は真弓ゆずりだね。 あいつも固い家出身だから口うるさかったもんさ」
「そうなんだ」
「ああ、うるさいうるさい。 やれ目立つな、やれもっと控えめにだの、持って生まれたもんはしょうがないもんさね」
「…そうかもね」
サクヤさんは結構背もあるし、自分で言うだけの容姿だ。 目立つな、と言うのは無理かも。
「あとね、桂。 この美貌はちゃーんと関係あるんだよ。 いいかい? むさ苦しいおじさんとこんないい女がいたら、どっちに仕事を頼むさね?」
ああ、なるほど。 …って、
「別にむさ苦しいおじさんばかりじゃないでしょ、ルポライターもフォトグラファーも」
「わかりやすい例えだよ。 ま、つまりそういうことさ」
「ふーん」
日が暮れ、宵のころになるとサクヤさんに連れられて夕飯を食べに出かけた。 ずっと位牌のそばにいるのはわたしによくないって。
「いいのさ。 離れたくない気持ちもあるかもしれないけど、外の空気に触れて自分を思い出すことも大事なことだよ」
「自分を思い出す?」
サクヤさんの赤いクロカンブッシュに乗って移動しながら話す。
「そうさ。 桂はまだ生きていて、まだまだこれからいろんな人生が待っている。 それを思い出すんだよ」
「…」
「すぐには無理さね、それは構わない。 だけど、ずっとってわけにもいかないんだよ」
暗い夜道をぼんやりと見つめながらサクヤさんの言葉を聞く。
「友達だって心配してだろう? 連絡してないんじゃないかい?」
「うん…」
「焦る必要はないよ。 だけどゆっくりでも今までの自分も取り戻すのさ」
「そう、だよね。 時間が経てば、忘れちゃったりするよね」
「いや…」
否定の言葉にサクヤさんを見ると、悲しげな顔を浮かべていた。
「忘れやしないさ、大切な人との別れは…。 ずっと、ずっとね…」
そう言うサクヤさんの顔はとてもつらそうだった。
そしてその後二人とも食堂に着くまで口を開くことはなかった。
車の窓から空を見上げると、小さく星が瞬いていた。
(終)
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