数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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もう船に乗って結構な時間が経つ。 見渡す限りただ海が広がる世界。 どこまでも、どこまでも海。
広がる無限の同じ世界に恐怖感も無いことはない。 そしてこれまで過ごした時間が夢だったのかという錯覚も覚える。 しかしそれは確かに錯覚に過ぎない。 バイアシオン大陸で過ごした駆け抜けるような時間はまごうことなき事実で、その現実があるからこその今にすぎない
「どしたん? エレンディア」
なにより不意に背中へ抱きついてきたこの子が、私がバイアシオン大陸で過ごした証人であり証拠である。 そして今こうしている原因でもあり理由だ。 カルラ・コルキア、私と共にバイアシオンを出た私の相棒さん。
「何ぼけらーっとしてんのよ。 今のうちだけだよー? そんな顔してられるのは」
言いながら私の頬を撫でる。 それに対応するように私も肩あたりに伺える彼女の頬へ手を伸ばすとその手を掴まれる。
「いつまでもこんなとこにいるから、冷え切ってるじゃない。 いい加減中入ったら?」
言いながら体を離し、私の手を引っ張り立たせる。
「そんな寒そうな格好してるあなたに言われたくないわよ、カルラ」
「素足出してるのはお互い様じゃない」
「私は足だけよ。 あなたみたいに他のとこは出してないもの」
「まーあたしはあたしの魅力も武器だから」
そう言ってくすくすと笑う。
「ふーん」
そう返し、私はまた海を見る。 実際には海は見てない。 考え事のためカルラから視線を外したにすぎない。
しかし困ったことに私の相棒は人の心の機微を感じることができる。
「何?」
「ん?」
考えようとした矢先に声をかけられ、生返事で返す。
「後悔してるの? 戻る? ううん、帰る?」
口調はいつもと変わらないけれど、さすがに誰でもわかりそうなほど彼女の心が波立っているのがわかる。
「そうじゃないわよ。 凄いわよね、この何も見えない世界って。 私、こんな光景初めて見るから」
「そう? すっきりしてていいじゃない」
言いながら近寄ってきて、背中から抱きついて私の腰に手を回す。
「でもエレンディアが考えてたことってそれじゃないよね」
「・・・そうね」
話を逸らしても悟られてては意味がない。
「あたしには言えないこと?」
「言えるわよ?」
「じゃ、言って」
「でもまだその時期じゃないから言わない」
耳元で彼女が小さく笑う。
「つまりあたしのことってわけだ。 くすくす」
「そうは言ってないでしょ」
「じゃ違うの?」
「・・・違わない」
左手は腰に回したまま右手で彼女が私の髪を撫でる。
「・・・ま、いっか」
そう言って体を離し、船室へと向かいだす。 振り返り言う。
「時期が来れば教えてくれるんでしょ?」
私はカルラの方を向いて返す。
「私、カルラと喧嘩したくないの」
そう言うと彼女は笑って言った。
「あはははは、そらあたしだって嫌よん。 バイアシオン救世の勇者様と戦うなんて怖いもんね」
それを聞いて思わず言ってしまった。
「・・・でもしないとダメみたいね」
その言葉と同時にカルラの目が変わる。辺りに緊張感が漂う。 彼女一人から発せられたその気配。
「どういう意味かな? エレンディア」
「カルラこそその目は何よ」
少し気圧されて、つい挑発的に言ってしまう。
「フフ、そうね・・・これから一緒にやっていこうって言うのに、あたしもちょっと緊張してんのかもね」
まただ。 それが私は嫌なんだ。 あっさりと感情を隠して笑い、緊張感を消す。
「カルラ・・・」
「反省してとっとと寝るわー。 んじゃね、エレンディア」
「待ってっ!」
言うだけ言って去ろうと踵を返した彼女に叫ぶ。 足を止め、顔だけこちらに向ける。 薄笑みを浮かべ彼女は言う。
「何よー、エレンディア。 あたし何かした?」
そこで少し冷静になる。 本当自分で選んだとは言え、私の相棒は面倒極まりない。
「・・・心当たりあるんじゃないの?」
「無いねぇ。 だから聞いてるんじゃないー」
心理戦はハイレベルなものを要求される上に、本当のところは激情家。 うかつなことを口にすれば殺し合いにもなるだけに言葉は気を付けなければいけない。
「私、カルラのペットじゃないわよ?」
驚いたような顔を浮かべたあと、笑い出す。
「あははは、何バカなこと言ってんの? 勇者様をペットにできるほどあたしは立派じゃないわよ、あはははは。 そんなこと思ってもいないわよー」
「・・・だったらあなたの都合で触るのはやめて」
「・・・」
相変わらず貼り付けたような薄笑みのままではあるものの、瞳の奥から深い闇が漏れ出してきた。
「あら、抱きついたの嫌だった? ごめんねー、次からは・・・」
「そうじゃないわよ。 わかってるんでしょ?」
彼女がいつものようにはぐらかすのを遮るように言う。
彼女の瞳の奥に様々な感情がうごめいているのがわかる。 カルラの触れられたくないことに触れようとしているのはわかっている。 できればそっとしておきたい。 だけどそれではダメ、私の気持ちがそれでは持たない。
「・・・」
「・・・」
無言でお互いに言いあう。 彼女は眼で私に幾万幾千の罵声を浴びせている。 私は精一杯の思いを伝えている。
けれどわかっている。 どちらも意味は無い。 言葉にしない言葉は決して届かない。 わかって、なんてのは甘えにすぎなくて、相手のためを思った行為ではない。 だから私は言う。 彼女を傷つけ怒らせるものであったとしても言うしかない。
「・・・私にも触れさせてよ、カルラ・・・」
言うや彼女はぎりっと奥歯をかみしめ怒りの表情を露わにする。 剣呑な光が瞳に灯る。 だが言葉は発しない。 彼女の口から零れそうになっている呪言は私に向けてのものではないことを彼女自身がわかっているから。 けれど溢れそうにさせているのは私、だからその目は憎悪に燃えている。
「・・・っ。 ふっ・・・う・・・は・・・」
ふだん抑えつけて仕舞い込んでいるたくさんの負の感情の制御に苦しみ、カルラは息を荒くする。
苦しめているのはわかる。 だけどそこを踏まえて、そしてそこを越えて、私はカルラとこれからを共にしたい。 ずっと共に行く相棒なのだから。
だから彼女に向って一歩踏み出した。 けれどその瞬間カルラは大きく後ろに跳びすがった。
「・・・っ」
荒い息を吐きながら、何かを言おうと逡巡する彼女に私は言う。
「何も言わなくていいわよ」
そして再び彼女に向って一歩踏み出す。 私が言葉を口にしたことで、彼女のスイッチが切り替わったのか、燃えるような瞳だけを残し表情はいつもの薄笑みに変わっていく。
「ふ、ふふ・・・」
そして後ずさりながらゆっくりと鎌を構える。
「あたしとしたことが道連れを間違えたかな・・・? 確かに喧嘩になりそうね・・・でもあたしとの喧嘩は命がけよ?」
「間違えてないわよ。 私じゃないとダメでしょ。 カルラには私じゃないとダメなのよ」
「何それ。 何のつもり? 何言ってるの?」
口調にいら立ちが露わになっている。 私はまた一歩彼女に踏み出す。
「エンシェントの墓地で会った時に言ったこと覚えてる? 同情したら殺す、って言ったはずよ?」
「覚えてるわよ? それ何か関係あるの?」
カルラはすでに鎌を振りかぶった体勢で構えてる。 いつでも振りきれるように。 私はまた一歩踏み出す。
「何も言わなくていいってどういうこと? 私じゃないとダメって何様? あたしのことをわかったつもりにでもなった?」
瞳の奥の黒い炎が彼女の何もかもを燃やしているのを感じる。 今の彼女の眼には私はどう映っているのかな、なんて場違いなことを考えたりもした。
「私は私の問いの返事が欲しいだけ。 触れさせてくれるのかくれないのか。 それに対して言葉は別に必要としてないわ」
また一歩踏み出す。 あと2,3歩で彼女の鎌の射程範囲だ。
「ネメアさんや他の人ではあなたは自由でいられないでしょ? あなたが自由に振る舞えるのは私だけだと思うってこと」
カルラは薄笑みを浮かべたまま・・・のつもりであろうが、すでに溢れかえる怨嗟の思いでその笑みはひきつっている。
「何それ。 何わかったつもりになってるの? あんたにあたしの何がわかるの?」
それでもやはりカルラは尚カルラであった。 激情に流されず私との距離を測っている。 次の一歩で彼女は迷わず鎌を振るうであろう。
「・・・やだなー。 やめない? あたしエレンディアのこと気に入ってるからこれ以上はしたくないんだけど?」
嬉しい。 これだけ怒り、憎み、哀しみ、といろんな激情が蠢いているであろうに、まだ彼女は私と最後の一線を越えない関係でいたいと思ってくれている。 気に入ってるから。
だけど同時にくやしい。 それは気に入ってる、に留めているからの制止。 これ以上私も彼女も近づかない、不可侵の関係。 彼女はそれを理解して言ってはいない。 だから私は踏み込むしかない。
「やめない」
私は一歩踏み出した。
その目はすでに私と旅立つことにしたカルラのものではなく、『青い死神』『神速の戦術家』と呼ばれたディンガル青竜将軍カルラ・コルキアのものだった。 いや、それすらも異なるかもしれない。 その目はかつて滅ぼした彼らを見る目、幼いカルラのものだったのかもしれない。
「-っ」
私の一歩と同時に彼女が動く。 私が一歩踏み終わってからが彼女の鎌の間合いではあったものの、彼女は「待ち」の戦術をしない。 つまり足りない距離を自分が踏み込むことで埋め、私の一歩が終わる前に彼女の間合いに変える。
彼女は右構え、つまり私から見て左から鎌が薙ぎにくる。 彼女はやると決めたことはためらわない、その鎌は止まることなく振りぬくだろう。 速度重視の彼女の攻撃を完全に避けるのは力をつけた私でも容易なことではない。 ただし、それは普段なら、の話だ。 彼女はすでに構えていた。 その時点で薙ぐ鎌の軌道は限定されている。
私は一歩を踏み出すと同時に斧を左側に縦に振る。 正直賭けではあった。 彼女が足を狙ってきたなら間に合わない。 けれど今の彼女はそこまで冷静ではない、上半身だろうと賭けての行動だ。
ガキィン
私の斧が弾かれる。 弾かれた反動のままに右へと体を泳がす。 次の一手にも警戒はしていたが、カルラはそこで少し落ち着きを取り戻した。 状況としては悪化しているけれど。
「あーらら。 これから一緒にやっていくんじゃなかったっけー? なーんで勇者様とやりあわないとなんかねー」
もうこれで次の一手は読めない。 彼女は鎌、私は斧、どちらも大ぶりな武器だけど速度の面では彼女に分がある。
「・・・やめないんだよね?」
「・・・あなたもやめる気ないでしょ?」
「エレンディアがやめるなら私も考えるよ。 うん、本当」
「まぁやめないけどね」
言うや彼女に素早く踏み込む。 カルラも即座に位置を変えようと動く。 お互いの武器は近距離に弱い。 だから常にある一定の距離を保つ。 けれどそれは双方が戦う意思があれば、の話だ。 私はカルラと戦う気は無い。
私は彼女の左側から近づこうとする。 必然的にカルラは空間のある右側へ移動しようとする、がそこに私は斧を振る。 ただ振っただけ、薙ぐ意思はない。 移動先を奪うためだけのもの。 距離を維持することが大事なため、異物がある時点で対策を考える。 その異物をどかして場所を得るか別の場所を取るか。
下手に私の力を理解しているからこそ、彼女は他の場所を取ることを選んだ。 右に移動しようとし、後ろへ下がる。 後退は逃げ場を失うことにはなるが、現状の立ち位置を確保する分には問題ない。
私は追うように間を詰める。 彼女は場を手に入れ、鎌を薙ぐ。 すかさず私は斧の持ち手を中ほどまで滑らせ短く持ち、彼女の鎌を精一杯はじく。 かろうじてできたものの完全にはいかず、振り切った鎌は私の頬を裂いた。
だけど彼女の懐には入れた。 もう鎌も斧も振れない。 私と同じように柄を短く持とうとする手を掴む。
その瞬間彼女の身体がびくっと震える。
「っ!」
息をのむ音と同時に蹴りが飛んでくる。 かろうじて足を上げて防ぎ体勢は崩していないものの、受けた部分がじんじんとする。
「・・・捕まえた」
「・・・は・・・はな、ふっ、離して・・・っ」
震える声、荒い息、その状態でも尚蹴りをもって状況打開しようとする。
「離しなさいよっっ!!」
掴んでいる私の手への嫌悪で集中がそこに向う。 その刹那の瞬間に私は手を離し斧を捨て、さらに踏み込んでその勢いのまま彼女を抱え込んで押し倒す。
「~っ!!」
その倒れこむわずか数秒の時、カルラは委縮し硬くなった体を無理に動かし、手に持った鎌を捨て私の胸を突いて離す。 私は懸命にその突いた両手を掴み、二人は倒れこんだ。
倒れた衝撃はなんでもない。 だけどカルラは目をつぶり歯を食いしばり体を小さく震わせている。 武器もなく押し倒され、嫌な記憶が駆け巡っているのかもしれない
「カルラ」
呼びかけた声にびくっと怯える。 それが私の声でも、彼女には耳鳴りのようになっているのだろうか。 小さく、小さく身体を丸めようとする。
「カルラ。 私よ、触れるのは私。 私だけよ」
恐る恐るといった感じで目を開く。
「あなたに触れるのは私だけ。 怯えないで。 あなたの中に例外を作って。 あなたに触れる者は私だけって」
「・・・」
「全てを拒絶しないで・・・私を、拒絶しないで?」
「・・・か、勝手なこと言うわね・・・エレンディアは・・・」
「私に触れて?」
掴んだ彼女の手を私の顔へと持っていく。 頬に触れた右手が裂かれた傷に触れ血に塗れる。
「・・・えぐってあげようか?」
「さんざん意地悪したからそれくらいは耐えるわよ・・・しないでくれる方が助かるけど」
「・・・どうしてここまでしなきゃいけないの? わかってるんでしょ?」
「私が、あなたに触れたいからよ」
「・・・そんな簡単な話じゃない・・・」
いまだ掴んだ両手は小さく震えている。
「エレンディアに私の闇はわかるわけがない・・・っ」
「そうね・・・わからない。 だけどそれをわかる必要は無いでしょ? もちろんあなたがわかって欲しいなら私は聞く。 でもいいのよ、そんなことは」
「そんなことっ!?」
「そんなこと、にしなよ。 もうここはバイアシオンじゃないの。 あなたの過去はもうここにもこれからにもない。 そしてあなたと過ごす未来のために私はあなたに触れたい」
彼女は私から視線を外し、耐えるように顔をしかめる。
「・・・」
「すぐには無理だってわかってる。 ゆっくりでいいから。 だからせめて許可して、触っていいって」
「・・・本当なんでこんなのを旅の道連れにしたんだか、あたしは・・・」
「・・・こんなのだからでしょ?」
「そうね・・・本当腹立つけど、そうなんだろうね・・・」
そう言って傷口に触れた右手の親指が傷を荒くなぞる。
「いっ」
「触れて・・・いいんでしょ?」
「いいよ・・・」
答える前に彼女の顔が近づき傷口へと触れる。 優しく、柔らかく。
「ん・・・それで、返事は・・・?」
すぐ隣にある彼女の耳にそっと言う。
「嫌って言ったら?」
「・・・いいって言うまで相手するわ」
そう答えるとカルラはわざとらしくうんざりしたように大きくため息をつく。
「ま、負けたんだししゃーないか。 すぐにってわけにはいかないけど」
「じゃあ最初に慣れてほしいところから・・・」
そう言って彼女の方を向く。
「目、あけててもいいよ」
「・・・ムード台無しね」
「そんなものとっくにないわよ」
そして彼女の唇に私はそっと顔を寄せる。
私とカルラのファーストキスは血の味がした。
(終)
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