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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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 (初年度~2年目? 内田視点)

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「ふーん、内田は器用だな…。 慣れがはやいのかな?」
「そんなことないですよ、社長」
「今は社長ではなく、コーチだ」

 弱小団体のWCWWに入団してまだわずか。 世界へ通じるレスラーへとなりたい、という私はこの小さな団体の新人テストに合格し、今は社長兼コーチからトレーニングを受けている。 幼い頃に見たWCWWの熱い戦いが今は弱小となったこの団体へ入った理由なのかもしれない。 特にどこ、というものはなかった。 まずプロになりたかった。

「おい、上戸。 お前は少し筋トレばかりしすぎだぞ?」
「いいじゃねえか、社長ー。 あたしは力押しが向いてんだって」
「今は社長ではなく、コーチだっての…」

 同じく社長兼コーチから指導を受けているマッキー上戸。 同期の新人だ。 私がいろんな局面に対応しようとするタイプなら彼女は力でねじ伏せるタイプ、私とはあまりにも違いすぎて馴染めない。

「力だけでどうにかなると思ってるのかしら」
「んだと? なんでもこいに得意なしって言うのも知らねえか?」
「あら。 ただの力バカってわけでもないのね」
「…言ってくれんじゃねえか、内田ぁ」
「はいはい、お前たち今がトレーニング中なことは忘れるな」

 数ヶ月コーチを受けた段階で社長に呼ばれた。
「お前たち二人を今日呼んだのは他でもない」
 呼ばれたのは私と上戸だった。 言いあいばかりしているから? なんて思っていたら想像だにしないことを言われた。
「お前たちは今うちにいる新人たちの中ではかなり才能を感じる。 とは言え基礎のないお前たちを実戦に送りだしても、才能をうまく伸ばせないだろう」
「んなことねぇよ、社長。 あたしは実戦じゃないと伸びないタイプなんだって」
 くってかかった上戸に社長がため息をつく。
「それならありがたいんだがな。 お前とロイヤルで試合しても一瞬だ。 それで何が学べるんだ?」
「ん、んなもんやってみないとわからないだろっ」
「それ見ろ。 わからないんじゃないか。 少なくともお前よりコーチもしてる私の方がお前たちの状態はわかっているつもりだ。 そこで、だ。 お前たち海外で学んでこないか?」
「海外…ですか?」
 二人ともまだこの団体での実戦すら経験していない。 まだジムでデビューを前に練習の日々を暮らしてる新人にすぎない。 それが海外修行?
「二人とも国内のプロレスは見てきてるだろう。 練習というものも今学んでいる。 だが外のプロレスは知らないだろう。 いずれうちの看板を背負う選手になってくれると思うからこそ、早い段階から外を学んできてほしい」
「…なるほど」
 私はもとより海外に行くのは興味があるから願ったりだ。
「あたしはここで暴れたいんだけどね…」
「ふん、なんだ、怖いか? 上戸」
「おーおー。 言ってくれるじゃねえか、社長。 行ってやんよ、どこへでもっ」
 …単純。 簡単にのせられてる。 やっぱりこの人とはわかりあえそうもない。

 そして二人ともまだデビューすらしてないまま海外へと行くことになった。 とりあえず行く先はアメリカということで多少安心した。 およそ学校英語とは言え、全くわからない言語圏ではないから。
「とは言え、苦労しそうね…。 実際にネイティブと会話したことなんてないから…」
「んだよ。 ボディランゲージでなんとかなるってもんよ、そんなんはよっ」
「あなたのそういうとこって羨ましいわ…」
「…なんかバカにされてねぇか?」
「気のせいよ」
 実際羨ましい。 その根拠のない自信が。

 そして外国での暮らしが始まった。 上戸とは同居生活になった。 まあ現状弱小団体のうちでは私達二人を海外派遣するのも厳しいだろうから、ここは仕方のないとこだろう。
 確かにこっちのプロレスは日本とは違う。 学ぶことは多く時間が風のようにすぎていく。 試合こそ出ていないものの、セコンドなどで会場入りし試合を見ていると自分たちの不足しているものが見えてくる。
 連夜、二人で話す時間が増えてきた。

「うっちー。 見せ技が足りねーんじゃねえか?」
「うん、そうみたい。 そこが課題ね。 でも関節に見せ技は少ないし、関節以外で魅せることを考えた方がいいかも」
「だな」
「あなたの場合、派手さはあるけどまだ粗すぎよね。 精度を上げないと上の選手には返されるだけかもしれないわ」
「そうなんだよな…。 入りが見え見えになってるかもしれねー」

 彼女は私のことを『うっちー』と呼ぶようになっていた。 私は変わらない。 けれど彼女との間の壁はなくなった、と感じる。 二人で過ごす時間が多かったから。


 生活用品を買いに二人でマーケットに出かける。 肌寒くなってきていて、冬が目前に迫ってきてるのを感じた。
「もう1年近くになるのね…こっちにきて」
「へへ、なんだよ。 今更ホームシックか?」
 たくさんの荷物を抱えながら上戸が笑いかける。
「何言ってるのよ。 あなたなんか早々に『米が食いてぇーっ』とか喚いてたじゃない」
「ん、んだよっ。 そんな昔のこと蒸し返すなよっ」
「フフフ」

 12月、私たちがお世話になっている団体へ新日本女子からEXタッグリーグへの招待があった。 けれどギャラの方で折り合いがつかなかったようで不参加らしい。
「EX…。 あの年末にテレビでやってたやつか…」
「そうね。 うちはどうしたのかしら。 ロイヤルさんは出るのかしら」
「つってもうちにタッグチームなんてねえだろう…」
「そうよねえ…。 やっぱり不参加かしらね」
「…」
 上戸が黙り込む。 顔を覗き込むとなにやら真剣に考え込んでいる。 眉をひそめて子供のようでなんだかかわいかった。
 その様子に微笑を浮かべていたら、不意に上戸が顔をこちらに向け瞳を輝かせる。

 …なぜだかドキっとした

「なあうっちーっ」
「な、なによ…」
「あたし達がタッグ組めばいいんじゃねー?」
「え?」
 よくわからない胸の高鳴りに戸惑ってる中、上戸が楽しげに言う。
「わからねえか? うちにはタッグチームがいねーし、あたし達が組んでEX目指そうぜっ」
「え、な、え…。 ええっ!? そ、そんなロイヤルさんを差し置いて私達でっ!?」
「タッグ、ってのは『呼吸』の方が大事だろ。 お互いの呼吸を感じる。 今まで見てきてわかったじゃねえか」
「え、ええ。 確かにそれはそうだけど…」
「一緒にやってきてうっちーの呼吸はあたしわかるようになったつもりだぜ? 少なくともロイヤルさんより、な」
「確かに私…もあなたの呼吸は感じられる…けど…」
 なぜだろう、なぜ私はこんなにも胸が高鳴るのだろう。
「あたし達のポジションも手に入れられるし、最高じゃねえ?」
 実際問題、国内では私達だけ同期の中ではデビューしていないことになる。 戻ってからの立場は一番下とも言える。
「実際あたしとうっちーは組むとすげえと思うんだよ。 うっちーは器用でなんでもこなすし、あたしはパワーファイトでよ」
 そう言ってニッと笑う。

 ドキン、とする。 その笑顔から目が離せない。 胸がドキドキする。 顔が火照ってくる…。
 これって、これって…。

「どうだ? よくねえか?」
「え、ええ…。 そ、そうね…」
 返事をするのが精一杯。 今私はそれどころじゃなかった。
「おっけーっ。 決まりだなっ。 よろしく頼むぜ、相棒っ」
 そう言って腕を私の肩にまわしてくる。 されるがままに引き寄せられて肩が触れ合う。
 触れたところが熱い。 火照るような感覚が全身に回る。 心臓が早鐘をうつ。
 私は…私は…。


 練習の中にタッグとしての動きを加えることにする。 お互いの間、動きは見慣れてきたこともあってだいぶわかる。
 タッチワーク、合体技、フォロー、カット…。 チームとして完成の形も見えてくる。
「上戸っ、やりすぎは禁物よっ。 マズくなる前に交代を意識してっ」
「ああ、すまねえ。 つい夢中になっちまう」

「おいうっちーっ、作戦通りに運ぶとは限らねえんだ。 ちょい理屈っぽすぎるぜ?」
「ごめんなさい、確かにそうね…」


 タッグとしての形が固まりつつある中、私は戸惑いと弾む気持ちとに揺れていた。 この高揚感はレスラーとして完成を感じてるから? チームが完成に近づいているから?
 わからない。 わからない…。

「おいうっちー。 どうしたんだ? なんか難しい顔して」
 休日ベッドで考え込んでいたら起き抜けにシャワーを浴びた上戸が話しかけてきた。
「…。 そんな顔してたかしら?」
「ああ、眉間にしわ寄せてめっちゃくちゃ悩んでまーす、って顔してたぜ?」
「ん…。 シャツくらい着なさいよ、あなた」
 バスタオルを巻いてタオルで頭をがしがしと吹く。 大雑把な彼女らしい。
「いいじゃんかよ、うっちーしか見てねーんだし」
「…型崩れしても知らないわよ」
「お前ひどいこと言うな…」

 自分の気持ちがわからない、いやわからないでいたい。 わかりそうな、実はわかっていそうな自分の気持ちが怖い。 だけど…。

「まああれよ。 うちらはチームで同居人。 悩みもなんでもわけあおうぜ? なんでも言ってくれよな」
 そう言って笑いかける彼女。 この時間が幸せ。
「ありがとう…。 でもこれは私でなんとかするわ」
「そ、っか。 じゃあまあパートナーの私としては、だ」
「うん?」
「気晴らしでもしよーぜ、ってとこだなっ」
 楽しい。 彼女と一緒の時間が楽しい。 深く考えると不安になるけれど、今はそれでいいような気がする。
「そうね。 それがいいかも、ね」

 二人でいい加減慣れた異国の地を歩く。 近所のおばさんと軽く挨拶を交わす。 言葉もだいたいは話せるようになった。 彼女は相変わらず片言だけども。
「あなたもいい加減言葉覚えなさいよね」
「い、いいじゃんよ。 うっちーが話せるんだからよ…」
 少し頬を赤らめて顔を伏せる彼女。 輝いて見える彼女のいろんな顔。 本当はわかっている私の気持ち。

 でもわからない。 わからないことにしておこう。
 たぶん、それが、いいと、思う。



『よお、がんばってるか? 二人とも』
 社長から定期的に来る電話。
「おお、楽しみにしてろよ、社長。 驚かせてやるぜ?」
『そら頼もしい。 実はいよいよお前たちのデビューを考えてる』
「本当ですか!?」
『近いうちに霧子くんが迎えに行く。 戻ったら君達のみやげ話と腕を見せてもらうとして…。 予定ではメインでデビュー戦のつもりだ』
「お、おおっ。 いきなりメインもらえるのかよっ!?」
「メインで…」
『お前たちにかけた投資はしゃれでやってたものじゃないからな。 いいもの見せてくれると信じてるぞ?』
「お、おおっ。 受けてやるさっ、見てな、社長」

「メインかぁ…。 なんかすげえことになったな、うっちー」
「そうね…。 できる…かしら」
「ん…」
 少し顔をこわばらせて上戸が黙る。 そんなかわいい様子に思わずくすりと笑う。
「バカね、らしくないわよ。 いつものように思いっきりやればいいのよ。 それしかできないでしょ?」
「な、なんだよ。 うっちーだって不安げな顔してたくせによー」
 唇を尖らせ顔を赤らめて拗ねる。
「でも…そうだな。 確かにそうだ。 あたしは思いっきりやる、それだけだなっ」
「ん、そうよ。 私も私でいままでを見せればいいだけ。 デビュー戦だからね。 例え無様だったとしてもいいのよ。 メインかどうかなんて関係ない、そこからが始まりなのだから」
「だったらチームでデビューしてえな」
「…帰ったら社長に言ってみましょう」
「だなっ」

 チーム名はジューシーペア。 彼女のネーミングだ。 インパクトとして悪くはない。 私のセンスとは少し違うけどもチーム発足は彼女の案だし、彼女に任せる。

 過ごした時間の積み重ね。 彼女の呼吸を感じ彼女を知って、私もいろいろ変わったかと思う。 今私が彼女に感じているものの答えは出てない、出せてない、出せない…けど、それでいいのかもしれない。 私達はまだ始まってもいないのだから。
 まもなく私達の時間は動き出す。 本当の意味でこれから私達は始まる。 その時私が彼女に感じてるものの答えは出てしまうのかもしれない。 おそらくそういうものだろう。 であるならば、その時まであせらなくてもいい、その時までは今のままで。

 重ねた時間の答えは新たに重ねる時間に委ねることにしよう。

「よーしっ、今日は記念にちょい派手にいこうぜっ」
「はいはい。 いいわよ、どこに行く?」
「あれだ、あの肉食おうぜっ」
「あぁもうっ、あなたはいつもあそこなんだからっ」
「いいじゃねえか、上手いだろー?」
「まあ、そう、ね」
 そう言って笑いかける。 彼女がそれに応えて笑う。

 今はこの幸せをただ感じるままで…。



(終)
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