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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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(柚明と桂。 タブン)



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「じゃあお姉ちゃん、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

 経観塚の件が終わり、あの子のおかげで、今わたしは桂ちゃんと一緒に暮らしている。
 当時は騒ぎになり、テレビや新聞の取材がやってきて大変だったけど、最近はだいぶ落ちついた。

 桂ちゃんを送り出した後、洗い物を済ませ勉強を始める。

 あまりにも離れていた「人」の世界。 そこで暮らしていく事は幸せだけではないから。
 だけどやはり、わたしは幸せなのだと思う。 傍らには桂ちゃんがいて、頻繁にサクヤさんも来ていろいろ教えてくれる。
 …そう、幸せ。

 だからわたしもがんばって、今に順応しなければならないと思う。

ーーー

 ドンドン、と扉を叩く音。
「柚明ー、いるかいー?」
「もう、サクヤさん。 戸を叩くのはやめてください」
「すまないね。 でもわかりやすくていいじゃないか」
「ご近所の迷惑になります」
 すると、サクヤさんはニヤリとして
「わかってきたじゃないか」
 なんて軽口を言う。
「こんなこと、わたしが『柱』になる前からの常識です」
「さいですか」
「どうぞ」
 いつものように軽口を交わし、部屋へ誘う。

「すぐお茶を入れますね」
「すまないね」
 腰を下ろしたサクヤさんが、テーブルの上の本に目を止める。
「ああ、勉強中だったかい。 悪かったね」
「気にしないでください。 本よりサクヤさんのお話の方が勉強になりますから」
 実際言葉通りで、古い新聞や本を読んだりするよりも、サクヤさんの話の方が学ぶ事は多い。
「そうかい? まあ教えるなんて、ガラじゃないけどさ」
「ウフフ」

ーーー

「ふう」
「5回目」
「え?」
「さっきからため息が5回目だよ。 どうしたんだい、疲れたかい?」
 気がつかなかった。 自分がため息をついていたなんて。
「い、いえ。 そういう訳では…」
「なんか悩みかい?」
 悩み…。 そう、悩みはある。 けれど誰にも口にする事はできない悩み。
「悩みなんて無いですよ。 幸せですから」
 チクリと胸が痛む。 幸せ、なのに…。

ーーー

 しばらく後にサクヤさんは仕事のため帰り、わたしは一人勉強を続ける。

 外に子供の声を聞き、ふと時計を見ると夕方近かった。
「そろそろお夕飯の支度しなくちゃ」
 机を片付け、かばんを持って外へ出る。 冷たくなり始めた秋風が髪をなびく。
「今日は暖かいものがいいかしら」
 ゆっくりと商店街へと向かう。

 何か考え事をしているはずなのに、何を考えていたのかわからない、思い出せない。
 気がつけば立ち止まっている。 そして、またゆっくりと歩き出す。
 …悩み。 それはつまらないこと。 そう、つまらないこと、なのに。

「あなた大丈夫?」
 八百屋のおばさんが顔を覗きこんでいた。 いけない、またぼんやりとして。
「あ、大丈夫です。 すいません」
「でもほら、目」
 言われて目に手をやると濡れている。 …気がつかなかった、自分が涙を流していたなんて。
「ちょっとゴミが入ってしまったみたいで」
 ごまかして足早に立ち去る。

 …バカみたい。 こんなことではいけない。 みんなに心配かけて、迷惑かけて。 こんなことではいけない…。

ーーー

「ただいま」
「あ、お帰り、お姉ちゃん」

「寒くなってきたわね」
「そうだねー。 あ、わたし手伝うよ」
 ぱたぱたと桂ちゃんが近寄ってくる。
「ウフフ、ありがとう。 でも大丈夫よ」
「でも…」
「…そうね。 少しずつ桂ちゃんにもお料理を教えなくちゃね」
「うんっ」

ーーー

「…すー…すー…」
 隣では桂ちゃんが寝ている。 わたしはと言うと、真弓さんの服を仕立て直している。 桂ちゃんは「お姉ちゃんの着たい物を買ってきて」と言ってくれたけど、少し寸法を整えれば着る事ができる服があるのだから、もったいない。 現状真弓さんの遺産で暮らしているのだから、無駄は抑えたい。
 それになにより、わたしが着たかった。 わたしにとっても真弓さんは大切な人だったから。 
「…すー…すー…」
 桂ちゃんを見る。 安らかに眠る顔を眺めて思う。 わたしは幸せなのだ、と。

 そっと髪に触れる。
「ん…」
 少し前までは寝ながら泣いてたりもしたが、最近はあまり無い。 夢の中で真弓さんに会わなくなったのか、泣かずに会えるようになったのか。
 桂ちゃんを見る。 …わたしは、幸せ…。

「お姉ちゃん…」
 どくん。
 鼓動が鳴る。 胸が痛む。

 経観塚の間はわたしは「ユメイさん」だった。 少し他人行儀ではあるけれど、桂ちゃんと近くに感じられた。
 今は「お姉ちゃん」。 前より近くにいるはずなのに、なぜか遠くなったように感じてしまう。
 くだらなく、つまらないことだと自分でも思う。 桂ちゃんの近くにいられることは幸せで、また従姉のわたしは確かに「お姉ちゃん」だとも思う。

 だけど…だけどっ。 愚かしいとは思うけれど、名前を呼んで欲しい。 大切な人だから、愛しい人だから、名前で呼ばれたい。

 そんな、つまらない悩み。 誰にも言えない哀しい悩み。

 手を止めて裁縫道具を片付ける。 明かりを消して、桂ちゃんの隣の布団に入る。
 悩みを胸の奥へと押し込み、布団の中で桂ちゃんの手をやわらかく握る。

 わたしは、今、幸せ。
 幸せを噛み締めて、悩みを忘却の彼方へと飛ばす。 すぐには無理だけど、きっとそうしてみせる。 何よりも大切なあなたのために。
 手から伝わる温もりに誓いを立て、「明日」へと心を向ける。

 だから…だから今、この時は、泣かせてください。

 布団を頭までかぶり、わたしはそっと涙を流した。




(終)
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