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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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(フレイア鏡視点)

 あまりにも更新が滞ってるので、出さないつもりだった過去作を再掲載
 不甲斐ない…

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 練習時間が終わり、私はリングを降りる。 今日の練習パートナーをしていたスカーレットが意外そうな顔で言う。
「あれ? 終わっちゃっていいのぉ? 何か技の確認してたんじゃないの?」
「いいのよ。 終わり時間でしょ。 別に明日でも構わないわ」
「ふーん、そういうもん? バーニングちゃんなんかまだがんばってるけど?」
「人は人、私は私、ですわ。 スカーレットさんもバイトの時間はよろしいの?」
「ぅあっ!? そうだっ、急がなきゃっ!」
 慌ててリングを降りジムを出て行く。 確かに練習を続ける者も何人かいるのが見える。 けれど…そんな努力は私には似つかわしくない。

 ゆっくりとシャワールームへと入る。 空いている場所に入り、コックを回す。 熱いシャワーが火照った身体に気持ちいい。
「ふう…」
 汗がシャワーの滴とともに流れていく。 練習なんて好きではないが、この瞬間の心地いい感覚は悪くない。
 両手を全身に滑らす。 疲れを汗とともに落とすように。
「はあ…やっぱフレイアはええ身体しとるなぁ」
 隣からクラリッジが覗きこんで言う。
「フフ、ありがとう」
「…否定せんのやな」
「自覚してますから」

 シャワーを終え、髪を乾かし、食事をどうするか考えながら事務所の方まで行くと、秘書の井上さんに社長室へ呼ばれる。
「何かしら?」
「さあ。 社長に聞いてみてくれる?」
「そうですわね」
 どうせ何の話か知っているでしょうに。 この人も相変わらず食えない人ね。

「ああ、疲れてる所悪いな、フレイア」
「いいえ。 社長のお呼びとあれば別に」
「この前のバーニング戦でお前の力は充分に見れた。 そろそろ一段上に昇る頃合いだと思ってな」
「はあ」
「時期シリーズでWWCAのカオスとやってみないか?」
 カオス。 WWCAのトップにして現EWA、AACの2冠王者。
「それはつまりタイトル戦ということですわね?」
「でなければお前の価値が下がる」
「あら。 社長にそんな評価していただいていたとは知りませんでしたわ」
「うちのホープだからな。 むしろカオスでいいのかと思ってるくらいだ」
 フフ、この人は人をのせるのがうまい。
「いいですわ。 社長の期待に応えてみせましょう」
「わかった。 早速向こうに連絡を取る。 用件はこれで終わりだ。 わざわざすまなかった」
「これから食事ですの。 社長もご一緒にいかが?」
「あー…行きたい所なんだがちょっと時期シリーズの会場の件で揉めててな。 せっかくなんだが…」
「それではしょうがありませんわね」
「…ああ。 行きたいんだがなあ…」
「フフ、またお誘いしますわよ」
「その時は奢らさせてもらうよ」
「楽しみにしてますわ」
 おもしろい。 私の誘いにのらないなんて。 口説かれた事はあの日の一度しかない。 だけど私の価値はわかっている。 本当におもしろい人。



 私はいつもつまらない日々だった。 全てを手にしていたから。 美貌も、知性も、そして力も。 およそ人が欲しいもの全てを持っていた。
『今度映画でも行かない?』
『その…付き合ってくれないかな』
『どう? 一緒に食事でも』
 一山いくらのくだらない男達が群がる。 こんなのに私の価値はわからない、わかるはずもない。 だから私は満たされない。
『ごめんなさい。 その日は予定があるの』
『ごめんなさい。 あなたにその気にはなれないの』
『ごめんなさい。 そういう気分じゃないわ』
 だから私は軽くあしらう事にする。 追っ払った所で新しいのが寄ってくるだけだから。 踊っていたい者達は踊らせておけばいい。

『いいわよね。 鏡さんはモテて』
『男にしなつくってんじゃない?』
『ちょっと見た目いいからってさ』
 無駄なやっかみ、嫉妬と羨望。 全てを持つが故に私は妬まれる。 幼い頃からのこと、今では何とも思わない。
『そうね。 でも別にあんなのどうでもいいわ』
『あなた程度ではしなもつくれないわね』
『私はちょっとではなくてよ?』
 だから私は揺るがない。 私の自信と誇りはその程度では霞みすらしない。 輝きは色褪せない。

 けれど退屈だった。 心が死んでいた。 何をしても満たされない。 ただうっとうしい周囲にうんざりし続ける日々。

 そんな時にあの人に誘われた。 プロレス団体の社長。 そんな所に誘われるなんて想像もしなかった。 いろいろな誘いは受けていた。 モデルだけで何社からも。
 だからおもしろいと思った。 プロレスが私にふさわしい場所とは思わなかったけど、おもしろかった。 こんな気持ちになれたのが嬉しかった。
 だから、
『わかりました。 お引き受けしますわ。 交渉成立に乾杯しませんこと?』
 私はのってみることにした。 つまらなければやめればいい、ただそれだけのこと。



 そして私は初めて障害を知った。 負けるということを経験した。 おもしろい。 私に勝てる者に出会えた。 楽しい。 それを越えるのが。
 今までする必要のなかった練習という名の努力、今まで考えたことの無い勝利への渇望、今まで経験したことの無い充実した時間。

 私は私の場所に出会えた。 これが生きている実感。 そして喜び。

 満たされる事で私にゆとりも生まれた。 以前より声はうっとうしくない。 取り巻く人達との交流も楽しめるようになっていた。

「オーホッホッホ、その女がわたくしの所に辿り着くのは不可能な話ですわっ」
「そうかなあー、そろそろ気をつけた方がいいんじゃないのー?」
「そうだよぅ、フレイア強いよ。 もう絞められたら終わりって感じだよぅ」
「自分も負けてられないっス!」
「そうだな。 そろそろ視界に入れておいてもいいだろう」
「まだまだですわよっ。 わたくしの相手なんか務まりませんわっ!」
「言ってらっしゃいな」
 私には私の価値があるように、皆それぞれに価値がある。 時にぶつかり、時に組み、そんな時間も悪くないと思える。
 愚かな連中と思う時もあるが、今は私もこの騒ぎの中にいることが楽しい時間と感じられる。



「さあ本日のメインイベントっ。 EWAヘビー級タイトルマッチを開始しますっ!」

 だから私は今日も立つ。

「まずは青コーナー。 挑戦者、フレイア鏡ーっ!」

 大歓声を身体に浴びて、花道を歩く。 スポットライトに照らされて私は一層輝く。

「続いて赤コーナー、チャンピオン、スーパーカオスーっ!」

 もっと、もっと輝く。 全てに勝って私は上り詰める。 私の価値を、生きている実感を、この場所に感じる。
 ここは私の全て。 求める物はここにある。

 感じる悦楽、恍惚の瞬間。 私が求め欲した私の居場所に今日も立つ。 



「ああっ…身体が火照ってきましたわっ!」



(終)
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