数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
「はとちゃん、今日はどうする?」
「えっと今日は…」
学校も終わり、校門を出たところ。
「あ」
「え? あ、葛ちゃん♪」
少し離れた所から葛ちゃんが手を振っているのが見えた。
「くっ、出たわね子供。 またあたしとはとちゃんのラブのお邪魔にっ」
「子供じゃなくて、葛ちゃん。 もう陽子ちゃん、なんでそんなに葛ちゃんをいやがるの?」
「あたしとはとちゃんの間に割り込む者は全て敵だーっ!」
「お凛さんは?」
「お凛は車でお出迎えだからいーのよ」
「ふーん」
「桂おねーさん、お久しぶりです」
「葛ちゃん、いらっしゃい♪」
「…この前も来てたじゃないの…」
「陽子ちゃんっ」
「…はあ。 お邪魔でしたか?」
「お邪魔だー…ふがっ」
大人気ない陽子ちゃんの口を塞ぐ。
「今日はゆっくりできるの?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、泊まってってね♪」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。 葛ちゃんならいつでも大歓迎だよ」
「ふがっ、もがっ!」
葛ちゃんは何か喚く陽子ちゃんを見上げ、いたずらっぽく笑うと
「じゃあ毎日来ちゃいましょうかね♪」
そう言って、わたしに抱きついた。
「あたしのはとちゃんに何するかーっ、この子供ーっ」
わたしの抵抗もむなしく陽子ちゃんがわたしを振りほどいて叫ぶ。
「…別にわたし陽子ちゃんのものじゃないよ?」
「はーなーれーろーっ」
わたしの言葉を無視して、抱きついている葛ちゃんを離そうと陽子ちゃんが振り回す。
「ちょっと陽子ちゃん、やめてよー。 葛ちゃんがかわいそうでしょー」
ついでに一緒に振り回されてるわたしのことも考えて欲しいです。
「わたし、今離れるとたいへんなことになるんですけどー。 ご勘弁をー」
「勘弁ならーんっ」
「あ、なんか時代劇みたいだねー。 って、本当やめてよー、陽子ちゃーん」
学校帰りの道路でわたし達はくるくると回っていた。
(終)
「えっと今日は…」
学校も終わり、校門を出たところ。
「あ」
「え? あ、葛ちゃん♪」
少し離れた所から葛ちゃんが手を振っているのが見えた。
「くっ、出たわね子供。 またあたしとはとちゃんのラブのお邪魔にっ」
「子供じゃなくて、葛ちゃん。 もう陽子ちゃん、なんでそんなに葛ちゃんをいやがるの?」
「あたしとはとちゃんの間に割り込む者は全て敵だーっ!」
「お凛さんは?」
「お凛は車でお出迎えだからいーのよ」
「ふーん」
「桂おねーさん、お久しぶりです」
「葛ちゃん、いらっしゃい♪」
「…この前も来てたじゃないの…」
「陽子ちゃんっ」
「…はあ。 お邪魔でしたか?」
「お邪魔だー…ふがっ」
大人気ない陽子ちゃんの口を塞ぐ。
「今日はゆっくりできるの?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、泊まってってね♪」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。 葛ちゃんならいつでも大歓迎だよ」
「ふがっ、もがっ!」
葛ちゃんは何か喚く陽子ちゃんを見上げ、いたずらっぽく笑うと
「じゃあ毎日来ちゃいましょうかね♪」
そう言って、わたしに抱きついた。
「あたしのはとちゃんに何するかーっ、この子供ーっ」
わたしの抵抗もむなしく陽子ちゃんがわたしを振りほどいて叫ぶ。
「…別にわたし陽子ちゃんのものじゃないよ?」
「はーなーれーろーっ」
わたしの言葉を無視して、抱きついている葛ちゃんを離そうと陽子ちゃんが振り回す。
「ちょっと陽子ちゃん、やめてよー。 葛ちゃんがかわいそうでしょー」
ついでに一緒に振り回されてるわたしのことも考えて欲しいです。
「わたし、今離れるとたいへんなことになるんですけどー。 ご勘弁をー」
「勘弁ならーんっ」
「あ、なんか時代劇みたいだねー。 って、本当やめてよー、陽子ちゃーん」
学校帰りの道路でわたし達はくるくると回っていた。
(終)
「じーっ」
「うん? どうかしたかい、桂さん?」
お守りに力を入れに来てくれた烏月さんに、お茶を出して二人で飲んでいたのだが、ついついじっと見つめてしまっていた。
「えっと…その、楽にして欲しいなー、って」
「え? ああ、これのことかい?」
そう言って、烏月さんは自分の脚を見る。 きちんとした正座。
「脚つらくない?」
「いや、いつもこうだから。 この方が楽なんだよ」
「前に陽子ちゃんとお茶飲みに行った時も思ったんだけど、烏月さんって、いつも背筋がピンとしてて凄いな。 …だけど、疲れない?」
「…全く、というわけではないけど、慣れているからね」
やわらかい微笑みで烏月さんが答える。
「でも少しは疲れるんだ」
「ああ、そうだね」
ならば! 守られてばかりの羽藤桂、今こそ役に立つ時!
「じゃあ烏月さん、わたしが肩をお揉みしましょう♪」
「えっ?」
「さあさあ♪」
烏月さんの背中にまわり、肩を揉む。
「け、桂さん」
「うまくないと思うけど、その時は遠慮なく言ってね」
「いやでも…」
「嫌かな…?」
「…いや、ありがたくお受けするよ」
「うん♪」
やっぱり迷惑かけている気もするけれど、できることはしたい。
だって、大好きだから。
…だけど。
「う、ううー…」
華奢な体つきでも烏月さんは日々戦いの中に身を置く人、しっかりと筋肉があって、だらだら過ごしているわたしとは違う。
何が言いたいかというと、揉むわたしの手の方があっさり疲労負けのもよう。
「大丈夫かい? 桂さん」
後ろを振り返り心配そうな顔でわたしを見上げる烏月さん。
「ごめんなさい…烏月さん。 わたしって本当役立たずなんだね…」
自分の不甲斐なさに肩を落として烏月さんを見る。 なんだか泣きたくなってきた。
だけど、烏月さんは優しくて。
「そんなことないよ、桂さん。 充分なくらい楽になったよ」
やわらかく微笑んで、わたしの手に手を重ねてくれる。
「本当だよ」
「烏月さん…」
わたしはしゃがんで烏月さんの肩に頭を寄せる。
夕暮れ迫る午後、二人の影が重なっていた。
(終)
「うん? どうかしたかい、桂さん?」
お守りに力を入れに来てくれた烏月さんに、お茶を出して二人で飲んでいたのだが、ついついじっと見つめてしまっていた。
「えっと…その、楽にして欲しいなー、って」
「え? ああ、これのことかい?」
そう言って、烏月さんは自分の脚を見る。 きちんとした正座。
「脚つらくない?」
「いや、いつもこうだから。 この方が楽なんだよ」
「前に陽子ちゃんとお茶飲みに行った時も思ったんだけど、烏月さんって、いつも背筋がピンとしてて凄いな。 …だけど、疲れない?」
「…全く、というわけではないけど、慣れているからね」
やわらかい微笑みで烏月さんが答える。
「でも少しは疲れるんだ」
「ああ、そうだね」
ならば! 守られてばかりの羽藤桂、今こそ役に立つ時!
「じゃあ烏月さん、わたしが肩をお揉みしましょう♪」
「えっ?」
「さあさあ♪」
烏月さんの背中にまわり、肩を揉む。
「け、桂さん」
「うまくないと思うけど、その時は遠慮なく言ってね」
「いやでも…」
「嫌かな…?」
「…いや、ありがたくお受けするよ」
「うん♪」
やっぱり迷惑かけている気もするけれど、できることはしたい。
だって、大好きだから。
…だけど。
「う、ううー…」
華奢な体つきでも烏月さんは日々戦いの中に身を置く人、しっかりと筋肉があって、だらだら過ごしているわたしとは違う。
何が言いたいかというと、揉むわたしの手の方があっさり疲労負けのもよう。
「大丈夫かい? 桂さん」
後ろを振り返り心配そうな顔でわたしを見上げる烏月さん。
「ごめんなさい…烏月さん。 わたしって本当役立たずなんだね…」
自分の不甲斐なさに肩を落として烏月さんを見る。 なんだか泣きたくなってきた。
だけど、烏月さんは優しくて。
「そんなことないよ、桂さん。 充分なくらい楽になったよ」
やわらかく微笑んで、わたしの手に手を重ねてくれる。
「本当だよ」
「烏月さん…」
わたしはしゃがんで烏月さんの肩に頭を寄せる。
夕暮れ迫る午後、二人の影が重なっていた。
(終)
「桂おねーさん、何をしてるんですか?」
「あ、葛ちゃん。 今ね、落語の修業をしてたんだよ」
「はあ?」
なんかあからさまにバカにしたような問い返し。
「まあ桂おねーさんが落語が好きなのは知ってますけど…。 その座布団はなんなんです?」
「座布団を重ねて座った方が、その気になっていい修行になるのですよ」
「…えっと、それは『落語』ではないのではないでしょうか?」
さりげなく痛い所をつく。
「いーのっ、わたしはこの方が修行になるのっ」
「それで、具体的にはどういう修行なのでしょうか?」
「…」
「…」
「…落ちないように、かな?」
「尾花ーっ、どこ行ったんですかーっ?」
「って、ちょっと葛ちゃーんっ」
なんだか遠い目をして葛ちゃんはどこかに行ってしまった。
「…オチが無いだけに、落ちない修行?」
重ねた座布団の上でゆらゆら揺れながら、一人呟いた。
(終)
「あ、葛ちゃん。 今ね、落語の修業をしてたんだよ」
「はあ?」
なんかあからさまにバカにしたような問い返し。
「まあ桂おねーさんが落語が好きなのは知ってますけど…。 その座布団はなんなんです?」
「座布団を重ねて座った方が、その気になっていい修行になるのですよ」
「…えっと、それは『落語』ではないのではないでしょうか?」
さりげなく痛い所をつく。
「いーのっ、わたしはこの方が修行になるのっ」
「それで、具体的にはどういう修行なのでしょうか?」
「…」
「…」
「…落ちないように、かな?」
「尾花ーっ、どこ行ったんですかーっ?」
「って、ちょっと葛ちゃーんっ」
なんだか遠い目をして葛ちゃんはどこかに行ってしまった。
「…オチが無いだけに、落ちない修行?」
重ねた座布団の上でゆらゆら揺れながら、一人呟いた。
(終)
「特に桂おねーさんは、よろしくしてやってくださいね!」
そう言って、小さなクラスメートができたのだが…。
「桂おねーさん、お昼一緒に食べましょうっ」
「あ、うん。 陽子ちゃんとお凛さんも一緒だけどいい? あ、陽子ちゃんって言うのは奈良陽子ちゃんで、お凛さんって言うのは東郷凛さんのことね」
「東郷?」
「どうかした?」
「いえいえ。 …まあ、いいですよ」
「まあ、ってのは何だ。 まあ、って」
近付いてきた陽子が葛に向かって言う。
「別に」
「失礼します」
と凛が近くの席に座り、桂の席とくっつける。
「そう言えば葛ちゃん、お弁当は?」
「…来る時にパンを買ってきました」
「あ、そ、そっか…。 …ごめんね、葛ちゃん」
葛の境遇を思い出し、謝る桂。
「いえ、構いませんよ。 自分だけが不幸だとか思っていませんし。 ただ、お弁当を作ってくれる親がいないのは寂しいですけどねー」
表情こそ明るいものの、声の方は暗い。
「…そうだ! わたし葛ちゃんの分も作ってきてあげようか?」
「え? いいんですか? 桂おねーさん」
「うん、いいよ。 大した物は作れないけど…」
「いえいえ構いませんよ。 嬉しいです♪」
満面の笑みで葛が応える。
「…」
そのやり取りを凛は黙って見つめていた。
「両親いない、って…。 じゃ、子供一人で暮らしてるの?」
「そう言えば葛ちゃん今どこに住んでるの?」
「えーっと、それは…」
と、何か思いついたのか、葛の眼が一瞬妖しく光る。
「…えー、少し離れた場所で家族も無く暮らしてるんです。 何かと心細いのですが…」
「ええっ、そうなのっ!?」
驚く桂。
「たいへんだねー」
おざなりの返事な陽子。
「…」
黙って聞いている凛。
三者三様の中、一番素直な反応をした桂が提案を挙げた。
「そうかー…。 じゃあ葛ちゃん、わたしと住む? 今わたしも一人暮しだし」
「本当ですかっ」
先程以上の笑顔で葛が応える。
「はとちゃん! いきなり同棲なんて、何考えてんの。 こんな小さい子をたぶらかすなんて…」
「たぶらかしてなんかないよっ。 変なこと言わないでよ、陽子ちゃんっ!」
「…」
黙ったまま葛の方を見る凛。
「葛ちゃんはね、その…いろいろとたいへんなんだよ」
「おっ? はとちゃん、何それ? この子の何を知ってるの?」
「それは…」
桂と陽子がやいやいと言い合いを始める。
「…何か? 東郷さん」
凛の視線を感じ、ここまで一度も見せたことの無い冷たく厳しい目と口調で、葛が凛に話しかける。
「嘘はよくないか、と」
「嘘?」
「食事を作ってくれる人がいないとか」
「わたしは作ってくれる『親』がいない、と言いましたよ?」
薄く笑い葛が答える。
「一人で暮らしているかのように言ってましたし」
「そう聞こえたかもしれませんが、そうは言ってないですね」
余裕の表情で返す。 凛にしては珍しく焦りの表情が浮かぶ。
「計算づく、というわけですか?」
「何のことでしょう?」
視線がぶつかる。
「葛ちゃん?」
「っ!? はい? なんですか? 桂おねーさん」
一瞬で表情を変え、桂の方を向く。
「お凛さんと何話してたの? 仲良くなれた?」
「ええ。 ねえ東郷さん」
笑顔で凛に話しかける。
「…羽藤さん」
「東郷さん。 東郷さんの家はたいそう大きいそうで、いろんな所とぶつかりあいなんかもあるんでしょうねえ」
「!?」
鋭い目で葛を見る。 葛は笑顔のままだ。 だが、どこかうすら怖い。
「お凛はねー、お嬢だからねー」
「あ、でも葛ちゃんも…」
「それはさておき。 そうなると敵も多いでしょうねえー…。 送り迎えの時に『誰か』に襲われたりとかするんでしょうかねえー」
「…どういう意味でしょう?」
「いいええー、別にぃー。 ただ、『親』が力を持ってると子供はたいへんだろうなー、と。 子供には力は無いのにねえ…」
余裕の表情の葛と少し苛立った表情の凛。 そしてなんだかよくわからない桂と陽子。
「二人ともどうかしたの?」
「いえいえ、別に何も。 それより早くお昼食べてしまわないと、休み時間終わっちゃいますよ?」
「えっ? もうそんな時間なの?」
「そうだねー。 とっとと食べますかー」
「…」
戦いはまだ始まったばかり、波乱の高校生活の始まりである。
(終)
そう言って、小さなクラスメートができたのだが…。
「桂おねーさん、お昼一緒に食べましょうっ」
「あ、うん。 陽子ちゃんとお凛さんも一緒だけどいい? あ、陽子ちゃんって言うのは奈良陽子ちゃんで、お凛さんって言うのは東郷凛さんのことね」
「東郷?」
「どうかした?」
「いえいえ。 …まあ、いいですよ」
「まあ、ってのは何だ。 まあ、って」
近付いてきた陽子が葛に向かって言う。
「別に」
「失礼します」
と凛が近くの席に座り、桂の席とくっつける。
「そう言えば葛ちゃん、お弁当は?」
「…来る時にパンを買ってきました」
「あ、そ、そっか…。 …ごめんね、葛ちゃん」
葛の境遇を思い出し、謝る桂。
「いえ、構いませんよ。 自分だけが不幸だとか思っていませんし。 ただ、お弁当を作ってくれる親がいないのは寂しいですけどねー」
表情こそ明るいものの、声の方は暗い。
「…そうだ! わたし葛ちゃんの分も作ってきてあげようか?」
「え? いいんですか? 桂おねーさん」
「うん、いいよ。 大した物は作れないけど…」
「いえいえ構いませんよ。 嬉しいです♪」
満面の笑みで葛が応える。
「…」
そのやり取りを凛は黙って見つめていた。
「両親いない、って…。 じゃ、子供一人で暮らしてるの?」
「そう言えば葛ちゃん今どこに住んでるの?」
「えーっと、それは…」
と、何か思いついたのか、葛の眼が一瞬妖しく光る。
「…えー、少し離れた場所で家族も無く暮らしてるんです。 何かと心細いのですが…」
「ええっ、そうなのっ!?」
驚く桂。
「たいへんだねー」
おざなりの返事な陽子。
「…」
黙って聞いている凛。
三者三様の中、一番素直な反応をした桂が提案を挙げた。
「そうかー…。 じゃあ葛ちゃん、わたしと住む? 今わたしも一人暮しだし」
「本当ですかっ」
先程以上の笑顔で葛が応える。
「はとちゃん! いきなり同棲なんて、何考えてんの。 こんな小さい子をたぶらかすなんて…」
「たぶらかしてなんかないよっ。 変なこと言わないでよ、陽子ちゃんっ!」
「…」
黙ったまま葛の方を見る凛。
「葛ちゃんはね、その…いろいろとたいへんなんだよ」
「おっ? はとちゃん、何それ? この子の何を知ってるの?」
「それは…」
桂と陽子がやいやいと言い合いを始める。
「…何か? 東郷さん」
凛の視線を感じ、ここまで一度も見せたことの無い冷たく厳しい目と口調で、葛が凛に話しかける。
「嘘はよくないか、と」
「嘘?」
「食事を作ってくれる人がいないとか」
「わたしは作ってくれる『親』がいない、と言いましたよ?」
薄く笑い葛が答える。
「一人で暮らしているかのように言ってましたし」
「そう聞こえたかもしれませんが、そうは言ってないですね」
余裕の表情で返す。 凛にしては珍しく焦りの表情が浮かぶ。
「計算づく、というわけですか?」
「何のことでしょう?」
視線がぶつかる。
「葛ちゃん?」
「っ!? はい? なんですか? 桂おねーさん」
一瞬で表情を変え、桂の方を向く。
「お凛さんと何話してたの? 仲良くなれた?」
「ええ。 ねえ東郷さん」
笑顔で凛に話しかける。
「…羽藤さん」
「東郷さん。 東郷さんの家はたいそう大きいそうで、いろんな所とぶつかりあいなんかもあるんでしょうねえ」
「!?」
鋭い目で葛を見る。 葛は笑顔のままだ。 だが、どこかうすら怖い。
「お凛はねー、お嬢だからねー」
「あ、でも葛ちゃんも…」
「それはさておき。 そうなると敵も多いでしょうねえー…。 送り迎えの時に『誰か』に襲われたりとかするんでしょうかねえー」
「…どういう意味でしょう?」
「いいええー、別にぃー。 ただ、『親』が力を持ってると子供はたいへんだろうなー、と。 子供には力は無いのにねえ…」
余裕の表情の葛と少し苛立った表情の凛。 そしてなんだかよくわからない桂と陽子。
「二人ともどうかしたの?」
「いえいえ、別に何も。 それより早くお昼食べてしまわないと、休み時間終わっちゃいますよ?」
「えっ? もうそんな時間なの?」
「そうだねー。 とっとと食べますかー」
「…」
戦いはまだ始まったばかり、波乱の高校生活の始まりである。
(終)
さてさて、落語好きの桂おねーさんのために、みんなで落語話をできるだけやってみましょうー。
「できるだけ、なんだ…」
まあ、何かと引っ掻き回す人もいることですし。
「こら、何他人のせいにしてんだい。 いつも引っ掻き回してるのは葛、あんただろ」
「同感ですね」
「今回はちゃんとやろうね」
さて、今回のお題なんですが…。
「何無視してんだい。 それともまた引っ掻き回すつもりかい? 葛」
一応候補は3つ程あったのですが、どれも苦しくて…。
「…どうやらそのつもりのようですね」
でたらめな落語であってもそれはそれで作り手には苦労があるわけで…。
「葛ちゃん何言ってるの?」
「最近お忙しいご様子でしたから…」
と言うわけで、桂おねーさんは狐役で。
「あ、うん。 がんばるね?」
サクヤさんはメインの町人役で。
「あたしかい? 桂じゃないのかい?」
ええ。 たまにはいいかと。 烏月さんは子狐役と料亭のおかみ役で。
「わかりました」
その他及び進行役はこの若杉葛でお送りしまーす。
「で、葛ちゃん。 もしかして今回のお題は…」
はいです、桂おねーさん。 王子の狐で。
「狐だったらあんたの方がお似合いじゃないかい?」
「どちらも犬科ですが」
「何と並べてんだい? 烏月」
「別に」
「ちょっと2人とも、まだ始めてもいないのに喧嘩しちゃダメだよ」
「わかったよ、桂」
「すまない、桂さん」
「それじゃあみんな、がんばろうねっ」
「へいへいっと」
「わかりました」
ーーー
王子の稲荷にお参りに来た男。 ふと物陰から聞こえた音に興味を持って、覗きこんでみると狐が女に化ける所であった。
「おや狐がえらいかわいい女に化けたよ。 狐は稲荷の使い姫っていうけど本当だよ。 あれじゃあ化かされるってもんさね。 けど見ちまったからになんてこたない、いっそこっちが化かしてやるかね」
いやらしい笑みを浮かべ男は狐の化けた女へと近寄った
「ちょいお待ち」
「どうしたの? サクヤさん」
「今悪意のある解説があったよ」
考えすぎですよ。 ええ、原典通りですよ。
「…」
「桂、桂」
あたかも誘拐犯のような猫なで声で男が声をかける。
「だからお待ちっ」
なんですか一体?
「ほう…今のあからさまな悪意にシラを切るかい。 葛」
「ま、まあまあサクヤさん。 と、年上なんだしっ」
ま、いくつになっても心の成熟が見られない者も世の中にはいますが。
「困ったものですね」
「あんたらねぇ…」
「ね、ちょっとみんな仲良くやろうよ」
ーーー
「あ、サ、兄ィさん」
「いや、後ろ姿がよく似てたから声かけたんだけどさ。 こんな所で桂に会うとは思わなかったよ。 どうしてこんな所に?」
「ええ、稲荷にお参りに来てね。 天気がいいからそのままぶらぶら歩いてたの」
「そうかい。 あたしも稲荷にお参りに来たんだけどさ。 これも何かの縁だ。 桂、飯でも奢ろうじゃないか」
いよいよ人さらいの様相を呈してきましたね。
「…あんた、たまに真面目にやるとこの扱いかい。 なんか言いたい事があるならはっきり言ったらどうだい」
いいええー、別にー。
「葛ちゃんっ」
おねーさん、すいません。 少々疲れ気味で、つい。
「大丈夫? もううちで休む?」
うぅ…わたしのような招かれざる者にそんな暖かいお言葉を…。
「…白々しい…。 この企画やめた方がいいんじゃないかい?」
「最初から真面目にやる気は無かった気もしますしね」
閑話休題
「え? でもいいの? わたしとじゃ迷惑になるんじゃないかな…」
「そんなことないよ、桂。 あたしはあんたのためなら何でもするさ。 羽藤の血はあたしが守るからね」
「って、え? あの、サクヤさん?」
ちょっとちょっとサクヤさん。 おねーさん連れてどこに行くんですか? 真面目にやるんじゃないんですか?
「人の事は言えない気がしますが」
…何か言いました? 烏月さん。
「…いえ」
ちゃんとやりましょう、みなさん。
ーーー
「ああ、構わないさ。 じゃ、話は決まりだ。 すぐそこに茜屋って小料理店がある。 そこで一杯やりながら話そうじゃないか」
「うん、じゃあよろしくね」
「さ、じゃ行こうか…えぇ、ごめんよっ」
いらっしゃいませー。 どうぞお二人様、お二階へご案内ー。
「桂、二階だってさ。 …ああ、こりゃいい眺めだ。 春霞がかかって、鶯が鳴き…桂、どうぞ上座にお座りよ」
「え、えっと…」
「姐さん、まずはすぐに一本つけてもらえるかい? 早幕で申し訳ないけど、今日は盛大に行くからそれで勘弁さ。 酒はどんどん出してくんな」
一応言っておきますけど本物は出しませんから。
「なんだい、締まらないねえ。 いいじゃないのさ」
「サクヤさん、お酒は20を過ぎてからだよ」
「その人に言っても無駄かもしれませんが」
「何か言ったかい、烏月?」
「いや別に」
ーーー
「肴は刺身といきましょう。 桂はどうする? 油揚げ? はぁ、なるほど。 だけどこんな店で油揚げもいただけない、他にはどうだい? 天麩羅? なるほど揚げが好きでいらっしゃる、かな?」
「兄ィさん、お酌しましょう」
「いやあたしが誘ったんだ、まずは一杯。 ああ、しかし桂きれいになったねえ。 久しく見ないうちにいい毛並み…きれいな髪になって。 さてもう一杯」
「わたし、そんな飲めないよ」
「いやいや大丈夫大丈夫。 いざとなったら介抱するさ。 ほら天麩羅もきた、冷めない内におあがりなさい。 どれ、もう一杯…」
差し向かいで飲みつ飲まれつ、いつしか狐はほろ酔いだして…
「兄ィさん、わたしもう眠くて…」
「そうかい? じゃあ少し休むといい。 あたしは一人でやってるからさ」
狐が寝たのを見届けて、男はそっと部屋を抜け出す。
あら、お帰りですか?
「ああ、上で連れが眠ってるけど起こさないでやってくれ。 疲れてるみたいなんでね。 あたしは先にあがるけど、お代は連れからもらっておくれ。 大丈夫、紙入れは渡してあるからさ」
はあ、かしこまりました。
「ついでになんか包んでくれるかい? 近くの知り合いに土産にするからさ」
はい、ただいま。
「二階のお客はそろそろ起こした方がいいのではないですか?」
そうですね。 ではさっそく。
お客さま、お客さま。 あら本当によく寝てらっしゃる…でもこれ以上お休みでは体に障ります。 では失礼して…。
「…お待ち。何で耳と尻尾が出てんだい?」
ちゅっ♪
「~っ!? つ、葛ちゃんっ!?」
「こらっ!! 葛ぁっ!!」
「葛様っ、何をっ!!」
こうして姫は王子のくちづけで目を覚ましたのでしたー。 これぞ正に王子の狐。
と言う訳で、みんなで落語話をやってみようー、第3段、王子の狐でしたー。 お後がよろしいようで…。
「待ちなっ! 今日と言う今日は許さないよっ!!」
「葛様っ、今日はいろいろと納得がいかないのですがっ!」
「よろしくないーっ! 葛ちゃんーっ! これは落語じゃなくて童話でしょーっ!!」
(終)
「できるだけ、なんだ…」
まあ、何かと引っ掻き回す人もいることですし。
「こら、何他人のせいにしてんだい。 いつも引っ掻き回してるのは葛、あんただろ」
「同感ですね」
「今回はちゃんとやろうね」
さて、今回のお題なんですが…。
「何無視してんだい。 それともまた引っ掻き回すつもりかい? 葛」
一応候補は3つ程あったのですが、どれも苦しくて…。
「…どうやらそのつもりのようですね」
でたらめな落語であってもそれはそれで作り手には苦労があるわけで…。
「葛ちゃん何言ってるの?」
「最近お忙しいご様子でしたから…」
と言うわけで、桂おねーさんは狐役で。
「あ、うん。 がんばるね?」
サクヤさんはメインの町人役で。
「あたしかい? 桂じゃないのかい?」
ええ。 たまにはいいかと。 烏月さんは子狐役と料亭のおかみ役で。
「わかりました」
その他及び進行役はこの若杉葛でお送りしまーす。
「で、葛ちゃん。 もしかして今回のお題は…」
はいです、桂おねーさん。 王子の狐で。
「狐だったらあんたの方がお似合いじゃないかい?」
「どちらも犬科ですが」
「何と並べてんだい? 烏月」
「別に」
「ちょっと2人とも、まだ始めてもいないのに喧嘩しちゃダメだよ」
「わかったよ、桂」
「すまない、桂さん」
「それじゃあみんな、がんばろうねっ」
「へいへいっと」
「わかりました」
ーーー
王子の稲荷にお参りに来た男。 ふと物陰から聞こえた音に興味を持って、覗きこんでみると狐が女に化ける所であった。
「おや狐がえらいかわいい女に化けたよ。 狐は稲荷の使い姫っていうけど本当だよ。 あれじゃあ化かされるってもんさね。 けど見ちまったからになんてこたない、いっそこっちが化かしてやるかね」
いやらしい笑みを浮かべ男は狐の化けた女へと近寄った
「ちょいお待ち」
「どうしたの? サクヤさん」
「今悪意のある解説があったよ」
考えすぎですよ。 ええ、原典通りですよ。
「…」
「桂、桂」
あたかも誘拐犯のような猫なで声で男が声をかける。
「だからお待ちっ」
なんですか一体?
「ほう…今のあからさまな悪意にシラを切るかい。 葛」
「ま、まあまあサクヤさん。 と、年上なんだしっ」
ま、いくつになっても心の成熟が見られない者も世の中にはいますが。
「困ったものですね」
「あんたらねぇ…」
「ね、ちょっとみんな仲良くやろうよ」
ーーー
「あ、サ、兄ィさん」
「いや、後ろ姿がよく似てたから声かけたんだけどさ。 こんな所で桂に会うとは思わなかったよ。 どうしてこんな所に?」
「ええ、稲荷にお参りに来てね。 天気がいいからそのままぶらぶら歩いてたの」
「そうかい。 あたしも稲荷にお参りに来たんだけどさ。 これも何かの縁だ。 桂、飯でも奢ろうじゃないか」
いよいよ人さらいの様相を呈してきましたね。
「…あんた、たまに真面目にやるとこの扱いかい。 なんか言いたい事があるならはっきり言ったらどうだい」
いいええー、別にー。
「葛ちゃんっ」
おねーさん、すいません。 少々疲れ気味で、つい。
「大丈夫? もううちで休む?」
うぅ…わたしのような招かれざる者にそんな暖かいお言葉を…。
「…白々しい…。 この企画やめた方がいいんじゃないかい?」
「最初から真面目にやる気は無かった気もしますしね」
閑話休題
「え? でもいいの? わたしとじゃ迷惑になるんじゃないかな…」
「そんなことないよ、桂。 あたしはあんたのためなら何でもするさ。 羽藤の血はあたしが守るからね」
「って、え? あの、サクヤさん?」
ちょっとちょっとサクヤさん。 おねーさん連れてどこに行くんですか? 真面目にやるんじゃないんですか?
「人の事は言えない気がしますが」
…何か言いました? 烏月さん。
「…いえ」
ちゃんとやりましょう、みなさん。
ーーー
「ああ、構わないさ。 じゃ、話は決まりだ。 すぐそこに茜屋って小料理店がある。 そこで一杯やりながら話そうじゃないか」
「うん、じゃあよろしくね」
「さ、じゃ行こうか…えぇ、ごめんよっ」
いらっしゃいませー。 どうぞお二人様、お二階へご案内ー。
「桂、二階だってさ。 …ああ、こりゃいい眺めだ。 春霞がかかって、鶯が鳴き…桂、どうぞ上座にお座りよ」
「え、えっと…」
「姐さん、まずはすぐに一本つけてもらえるかい? 早幕で申し訳ないけど、今日は盛大に行くからそれで勘弁さ。 酒はどんどん出してくんな」
一応言っておきますけど本物は出しませんから。
「なんだい、締まらないねえ。 いいじゃないのさ」
「サクヤさん、お酒は20を過ぎてからだよ」
「その人に言っても無駄かもしれませんが」
「何か言ったかい、烏月?」
「いや別に」
ーーー
「肴は刺身といきましょう。 桂はどうする? 油揚げ? はぁ、なるほど。 だけどこんな店で油揚げもいただけない、他にはどうだい? 天麩羅? なるほど揚げが好きでいらっしゃる、かな?」
「兄ィさん、お酌しましょう」
「いやあたしが誘ったんだ、まずは一杯。 ああ、しかし桂きれいになったねえ。 久しく見ないうちにいい毛並み…きれいな髪になって。 さてもう一杯」
「わたし、そんな飲めないよ」
「いやいや大丈夫大丈夫。 いざとなったら介抱するさ。 ほら天麩羅もきた、冷めない内におあがりなさい。 どれ、もう一杯…」
差し向かいで飲みつ飲まれつ、いつしか狐はほろ酔いだして…
「兄ィさん、わたしもう眠くて…」
「そうかい? じゃあ少し休むといい。 あたしは一人でやってるからさ」
狐が寝たのを見届けて、男はそっと部屋を抜け出す。
あら、お帰りですか?
「ああ、上で連れが眠ってるけど起こさないでやってくれ。 疲れてるみたいなんでね。 あたしは先にあがるけど、お代は連れからもらっておくれ。 大丈夫、紙入れは渡してあるからさ」
はあ、かしこまりました。
「ついでになんか包んでくれるかい? 近くの知り合いに土産にするからさ」
はい、ただいま。
「二階のお客はそろそろ起こした方がいいのではないですか?」
そうですね。 ではさっそく。
お客さま、お客さま。 あら本当によく寝てらっしゃる…でもこれ以上お休みでは体に障ります。 では失礼して…。
「…お待ち。何で耳と尻尾が出てんだい?」
ちゅっ♪
「~っ!? つ、葛ちゃんっ!?」
「こらっ!! 葛ぁっ!!」
「葛様っ、何をっ!!」
こうして姫は王子のくちづけで目を覚ましたのでしたー。 これぞ正に王子の狐。
と言う訳で、みんなで落語話をやってみようー、第3段、王子の狐でしたー。 お後がよろしいようで…。
「待ちなっ! 今日と言う今日は許さないよっ!!」
「葛様っ、今日はいろいろと納得がいかないのですがっ!」
「よろしくないーっ! 葛ちゃんーっ! これは落語じゃなくて童話でしょーっ!!」
(終)
さてさて、落語好きの桂おねーさんのために、今度こそ落語話をみんなでやってみましょうー。
では若だんな役を桂おねーさん。
「う、うん。 がんばるね、葛ちゃん」
番頭役にサクヤさん。
「ああ、わかったよ」
父親のだんな役は烏月さん。
「わかりました」
進行役はこの若杉葛でお送りしまーす。
「…で、葛ちゃん、肝心のお題は?」
千両みかんで。
「あ、うん。 みんな、がんばろうねっ」
「へーい」
「はい」
ーーー
夏も最中のとある日のこと。 さる大家の若だんなが病の床についた。 とある医者の見立てでは、病の元は心だと。 なにはなんとも病は気からと申しまして…。
「えー、サク…番頭さん。 お医者様はああ言っていたが、桂さ…あの子は私には恥ずかしがって、胸の内を教えてくれない。 無駄かもしれないが、あなたから聞いてくれないですか?」
…。 烏月さん、微妙にニュアンスが間違ってます。
「ああいいさ。 なんせあたしは、こーんな小さな頃からあの子を知っているからねえ」
…。 サクヤさん、主従関係を忘れないでください。
「…。 小さな頃から知っているくせに悩みも知らないなんて、なんて使えない番頭でしょう」
「親なのに知らないよりかはマシだね」
…。 あのー、二人とも。
「ま、でも、小さな頃は何度もキスをかわした仲のあたしが聞けば、すぐに教えてくれるさね」
「ちょ、ちょっと、サクヤさんっ!」
「ほう。 それは羨ましい。 私は先日初めてしたばかりですからね」
「なっ、烏月さんまでっ!?」
…いいですね。 わたしはまだしたこと無いです…。 まあいいです。 今一緒に住んでいるのはわたしですから。 いずれは必ず。
「葛ちゃんまでーっ」
「…桂、あんた誰が本命なんだい?」
「そうですね。 はっきりさせましょう、私だと」
当然わたしに決まってますよね、桂おねーさん?
「…えっと、その…お、お噺の続きをしようよ?」
「桂っ!」
「桂さんっ!」
桂おねーさんっ!
「わたしのための落語話じゃなかったのーっ?」
閑話休題
「それで? 若だんな、一体何をそんなに思いつめているんだい?」
「そ、そんな事恥ずかしくって言えない…。 だって、絶対笑うもん…」
「笑いやしないさ。 あたしに言ってごらん。 なんとかしてみせるさ」
「そ、それじゃあ言うけど…」
恥じらいの顔を浮かべ、若だんなが口を開く。
「艶があって、やわらかく、丸々とした…」
「あーあーあー、皆まで言わなくてもわかるよ。 そうだね、不安になる気持ちはわかるよ」
「え?」
「?」
は?
「でも心配ならいらないよ。 真弓だってあれで結構大きかったよ。 桂にだって十分素養はあるさ。 …ま、でも、しょうがないね。 今日はあたしので我慢しておくれ」
「わ、ちょ、ちょっとサクヤさんっ、何で脱ぐのっ!?」
「さあ桂、好きなだけ触るなり、吸うなり、揉むなり…」
「オン・マカ・シリエイ・ジリベイ・ソワカっ!!」
閑話休題
…いつまでたっても話が進みませんね。
「この人を入れたのが間違いですね」
「何あたしだけが悪いみたいに言ってんだい。 桂がちゃんと続けてれば、問題無かったはずじゃないか」
「えーっ、わたしなのっ?」
…続けさせる気なんか無かったくせに。
「サカってるだけでしょう」
「何か言ったかい? 烏月」
いいかげんにして、ちゃんとやってください。
ーーー
「実は…みかん」
「みかん?」
「そう、みかんが欲しいの」
「はい。 もっといるなら買ってくるから待ってな」
「…」
「…」
…。
「サクヤさん、いくらなんでも…」
…誰でも考えつく現代オチですね。
「くだらなすぎる」
「こんな古い話今時誰が笑えるってんだい。 夏にみかんが無いなんてのは、今じゃ説得力が無いんだよっ」
「サクヤさん、話じゃなくて噺だよ」
逆ギレしましたね。
「話になりませんね」
「そんなに言うなら、烏月、あたしと代わりな」
「どうしてそうなるのかわかりませんが」
「天下の千羽党の力を見せてもらいたいもんだね」
…まあ、話も進みませんし、そうしましょうか。
ーーー
「実は…みかん」
「みかん、ですか?」
「そう、みかんが欲しいの」
「ではこれを」
「…。 『明暗』夏目漱石? …えっと…」
未完、ですか。
「さすが真面目ぶった烏月らしいオチだね」
「あなたのよりよっぽど知的だと思いますが」
「二人とも…」
二人とも、勝手にこんな所でオチをつけるのはやめてもらえませんか?
ーーー
全く話が進みませんね。
「二人とも真面目にやってよ…」
「…面目無い」
「へいへい」
このままではらちがあかないので、配役を大幅に変更しましょう。
「それじゃあ、若だんなは僕が…」
閑話休題
「…今ケイくんがいなかった?」
いませんよ。
「…」
「知らないねえ」
「あれ?」
では配役ですが、桂おねーさんには番頭役をやってもらって…。
「あたしが若だんなをやるよ」
「…。 何かよからぬことを考えていませんか?」
「どう言う意味だい?」
「みかんではなく、桂さんと言い出すとか…」
「烏月、あんたそんな事考えてたのかい? あんたには若だんな役はやらせられないね」
…なんで否定はしないんですか、サクヤさん?
「…」
これ以上お遊びはやってられないので、わたしが若だんな役をやります。 だんな役は烏月さん。 サクヤさんは進行役で。
「とか言って、あんたが言うつもりなんだろ?」
言いませんよ、そんな事。
「そうだよ、サクヤさんは不真面目すぎなの」
では続きから始めましょうか。
ーーー
実は…桂おねーさんの唇。
「えっ!?」
ちゅっ♪
「~っ!!??」
「葛あっ!!」
「つ、葛様っ!?」
ごちそうさまでした♪
と言う訳で、みんなで落語話をやってみようー、第2段、千両みかん、でしたー。 お後がよろしいようで…。
「待ちなっ、葛ーっ!」
「つ、つ、つ、葛様っ! 今のはいくらなんでもっ!!」
「全然よろしくないーっ、千両が出てきてないでしょーっ、葛ちゃんーっ!!」
「………んーっ、んーっ、んーーーっ!(ちょっとーっ、僕を置いてみんな行かないでくれよーっ!)」
(終)
(続けてアカイイト落語3を読む)
では若だんな役を桂おねーさん。
「う、うん。 がんばるね、葛ちゃん」
番頭役にサクヤさん。
「ああ、わかったよ」
父親のだんな役は烏月さん。
「わかりました」
進行役はこの若杉葛でお送りしまーす。
「…で、葛ちゃん、肝心のお題は?」
千両みかんで。
「あ、うん。 みんな、がんばろうねっ」
「へーい」
「はい」
ーーー
夏も最中のとある日のこと。 さる大家の若だんなが病の床についた。 とある医者の見立てでは、病の元は心だと。 なにはなんとも病は気からと申しまして…。
「えー、サク…番頭さん。 お医者様はああ言っていたが、桂さ…あの子は私には恥ずかしがって、胸の内を教えてくれない。 無駄かもしれないが、あなたから聞いてくれないですか?」
…。 烏月さん、微妙にニュアンスが間違ってます。
「ああいいさ。 なんせあたしは、こーんな小さな頃からあの子を知っているからねえ」
…。 サクヤさん、主従関係を忘れないでください。
「…。 小さな頃から知っているくせに悩みも知らないなんて、なんて使えない番頭でしょう」
「親なのに知らないよりかはマシだね」
…。 あのー、二人とも。
「ま、でも、小さな頃は何度もキスをかわした仲のあたしが聞けば、すぐに教えてくれるさね」
「ちょ、ちょっと、サクヤさんっ!」
「ほう。 それは羨ましい。 私は先日初めてしたばかりですからね」
「なっ、烏月さんまでっ!?」
…いいですね。 わたしはまだしたこと無いです…。 まあいいです。 今一緒に住んでいるのはわたしですから。 いずれは必ず。
「葛ちゃんまでーっ」
「…桂、あんた誰が本命なんだい?」
「そうですね。 はっきりさせましょう、私だと」
当然わたしに決まってますよね、桂おねーさん?
「…えっと、その…お、お噺の続きをしようよ?」
「桂っ!」
「桂さんっ!」
桂おねーさんっ!
「わたしのための落語話じゃなかったのーっ?」
閑話休題
「それで? 若だんな、一体何をそんなに思いつめているんだい?」
「そ、そんな事恥ずかしくって言えない…。 だって、絶対笑うもん…」
「笑いやしないさ。 あたしに言ってごらん。 なんとかしてみせるさ」
「そ、それじゃあ言うけど…」
恥じらいの顔を浮かべ、若だんなが口を開く。
「艶があって、やわらかく、丸々とした…」
「あーあーあー、皆まで言わなくてもわかるよ。 そうだね、不安になる気持ちはわかるよ」
「え?」
「?」
は?
「でも心配ならいらないよ。 真弓だってあれで結構大きかったよ。 桂にだって十分素養はあるさ。 …ま、でも、しょうがないね。 今日はあたしので我慢しておくれ」
「わ、ちょ、ちょっとサクヤさんっ、何で脱ぐのっ!?」
「さあ桂、好きなだけ触るなり、吸うなり、揉むなり…」
「オン・マカ・シリエイ・ジリベイ・ソワカっ!!」
閑話休題
…いつまでたっても話が進みませんね。
「この人を入れたのが間違いですね」
「何あたしだけが悪いみたいに言ってんだい。 桂がちゃんと続けてれば、問題無かったはずじゃないか」
「えーっ、わたしなのっ?」
…続けさせる気なんか無かったくせに。
「サカってるだけでしょう」
「何か言ったかい? 烏月」
いいかげんにして、ちゃんとやってください。
ーーー
「実は…みかん」
「みかん?」
「そう、みかんが欲しいの」
「はい。 もっといるなら買ってくるから待ってな」
「…」
「…」
…。
「サクヤさん、いくらなんでも…」
…誰でも考えつく現代オチですね。
「くだらなすぎる」
「こんな古い話今時誰が笑えるってんだい。 夏にみかんが無いなんてのは、今じゃ説得力が無いんだよっ」
「サクヤさん、話じゃなくて噺だよ」
逆ギレしましたね。
「話になりませんね」
「そんなに言うなら、烏月、あたしと代わりな」
「どうしてそうなるのかわかりませんが」
「天下の千羽党の力を見せてもらいたいもんだね」
…まあ、話も進みませんし、そうしましょうか。
ーーー
「実は…みかん」
「みかん、ですか?」
「そう、みかんが欲しいの」
「ではこれを」
「…。 『明暗』夏目漱石? …えっと…」
未完、ですか。
「さすが真面目ぶった烏月らしいオチだね」
「あなたのよりよっぽど知的だと思いますが」
「二人とも…」
二人とも、勝手にこんな所でオチをつけるのはやめてもらえませんか?
ーーー
全く話が進みませんね。
「二人とも真面目にやってよ…」
「…面目無い」
「へいへい」
このままではらちがあかないので、配役を大幅に変更しましょう。
「それじゃあ、若だんなは僕が…」
閑話休題
「…今ケイくんがいなかった?」
いませんよ。
「…」
「知らないねえ」
「あれ?」
では配役ですが、桂おねーさんには番頭役をやってもらって…。
「あたしが若だんなをやるよ」
「…。 何かよからぬことを考えていませんか?」
「どう言う意味だい?」
「みかんではなく、桂さんと言い出すとか…」
「烏月、あんたそんな事考えてたのかい? あんたには若だんな役はやらせられないね」
…なんで否定はしないんですか、サクヤさん?
「…」
これ以上お遊びはやってられないので、わたしが若だんな役をやります。 だんな役は烏月さん。 サクヤさんは進行役で。
「とか言って、あんたが言うつもりなんだろ?」
言いませんよ、そんな事。
「そうだよ、サクヤさんは不真面目すぎなの」
では続きから始めましょうか。
ーーー
実は…桂おねーさんの唇。
「えっ!?」
ちゅっ♪
「~っ!!??」
「葛あっ!!」
「つ、葛様っ!?」
ごちそうさまでした♪
と言う訳で、みんなで落語話をやってみようー、第2段、千両みかん、でしたー。 お後がよろしいようで…。
「待ちなっ、葛ーっ!」
「つ、つ、つ、葛様っ! 今のはいくらなんでもっ!!」
「全然よろしくないーっ、千両が出てきてないでしょーっ、葛ちゃんーっ!!」
「………んーっ、んーっ、んーーーっ!(ちょっとーっ、僕を置いてみんな行かないでくれよーっ!)」
(終)
(続けてアカイイト落語3を読む)
さてさて、落語好きの桂おねーさんのために、落語噺をみんなでやってみましょうー。
まず主人公は桂おねーさん。
「う、うん。 がんばるね、葛ちゃん」
その妻役にサクヤさん。
「ふうん。 ま、悪くないね」
そして、女郎役に烏月さん。
「なっ!? …わ、わかりました」
進行役はこの若杉葛でお送りしまーす。
「…で、葛ちゃん。 肝心のお噺は?」
返し馬で。
「…」
…
「……」
…
「………」
…
「できませんっ!!」
「えーっ、いいじゃん。 やろうよ、桂ー」
「何を考えているんですか、あなたは」
以上、みんなで落語噺第1回、「返し馬」でした。 お後がよろしいようで…。
「よろしくないーっ、葛ちゃんーっ!!」
(終)
(続けてアカイイト落語2を読む)
まず主人公は桂おねーさん。
「う、うん。 がんばるね、葛ちゃん」
その妻役にサクヤさん。
「ふうん。 ま、悪くないね」
そして、女郎役に烏月さん。
「なっ!? …わ、わかりました」
進行役はこの若杉葛でお送りしまーす。
「…で、葛ちゃん。 肝心のお噺は?」
返し馬で。
「…」
…
「……」
…
「………」
…
「できませんっ!!」
「えーっ、いいじゃん。 やろうよ、桂ー」
「何を考えているんですか、あなたは」
以上、みんなで落語噺第1回、「返し馬」でした。 お後がよろしいようで…。
「よろしくないーっ、葛ちゃんーっ!!」
(終)
(続けてアカイイト落語2を読む)
訪れた夜のとばり、見え始めた煌く数多の星、その中に薄く光る青い宝玉。
「ノゾミちゃんっ! これっ、これならっ!?」
「…桂」
「これだったら平気なんじゃないのかなっ!? ねえっ!」
流れる涙もいとわずに、必死にわたしに問いかけてくる。
目の前で振られる宝玉に目を向ける。 確かに呪力を、そして『力』を感じる。 けれど…、
「…あなたわかっているの? 鬼を永らえさせて…」
「ノゾミちゃんは鬼なんかじゃないよっ!」
強い否定に驚く。
「ううん、鬼かもしれないけど…鬼じゃないっ。 だって、だってっ…」
何を言っているのかわからない。 だけど、心地よかった。 凄く心地よかった。
「桂」
「消えちゃだめだよっ。 ノゾミちゃんっ」
「…わかったわ」
もう充分だったけど、充分な時を過ごしたけど、まだ消えられない理由はできた。
こんなにも誰かに懇願されたことはなかった。
こんなにも望まれたことはなかった。
わたしは初めて必要とされた。
わたしが『人』として生きていた時、わたしが『鬼』として過ごしてきた時、わたしが求め続けたのはただ、ただひたすら『自由』であった。
だけど、ずっと一人だったからわからなかった。 親の顔を知らず、妹の顔も知らず、主様もミカゲも相槌しかくれなかったからわからなかった。
自分以外の感情をぶつけられることを
こんなにも愉快なこととは、こんなにも………幸せな気持ちになることだとは。
だからわたしは消えるわけにはいかない。 わたしはまだ満足していないのだから。
浅はかで愚鈍な、けれどいとおしく暖かいこの娘がわたしを必要とするのだから。
その時を共に過ごそう。
依り代となる宝玉に意識を延ばし、魂を送る。 依って立つ力場に崩れかかっていた魂が安定を取り戻していく。
そして、中にあった『力』は魂へと運ばれ、わたしは…現世に残った。
「ノゾミちゃんっ!?」
桂からすればわたしの姿は消え失せたようにしか見えないことを忘れていた。 泣き喚く桂にあわてて声をかける。
『落ちつきなさいな、桂っ。 わたしはちゃんといるわっ』
「…ノゾミ、ちゃん?」
『全くもう、ちゃんと人の話はお聞きなさいな。 わたしはわかったと言ったでしょう?』
「うう…ごめんなさい…」
『今現身を出すから』
そう言って力を具現化していく。
「ノゾミちゃんっ!」
形になったと同時に桂が抱きついてくる。 触れられている場所が暖かい。 桂の髪、桂の手、桂の身体…全てが心地よい。
ゆっくりとわたしも桂に触れる。 ゆっくりと桂の背中に手を回す。 抱きしめる。
今まで血を貰う時に人を抱いた事はあった。 だけど違う、そしてなぜかわかる。 わたしは、今、初めて、人を抱きしめた、と。
暖かい、暖かい、暖かい…温もりが魂に染みてゆく。
「ノゾミちゃん…」
「桂…」
しばらくそうしていたが、しなければならないこともある。 それにわたしには時間ができた。 また抱きしめる事はできる。 名残惜しい気持ちはあったが、桂の体からゆっくり離れる。
「桂、わたしが依ったせいで宝玉の力が無くなってしまったわ。 すぐに『力』をこめなければいけないの。 わかるわね?」
「あ、うん。 わたしの血が必要なんだね、うん、いいよ、吸って?」
「いいこね。 大丈夫、痛くはしないわ」
首筋へと顔を近づける。 桂の甘い香りが鼻をくすぐる。 その瞬間を恐れ緊張する桂の頬に手を回す。
「…大丈夫よ」
そのわたしの手に桂が手を重ねる。 もう片方の手で肩を掴む。 そして白くやわらかい肌に歯を立てた。
「んっ」
ほんのわずかな滴から、溢れるような『力』が宝玉に流れていく。
…うん、もう充分。
そっと歯を離す。 わずかに傷ついた肌を舐める、『力』をこめて。
「ひゃっ」
やってみるのは初めてだが、うまく傷を消せた。
「あれ? もういいの?」
「ええ、もう充分よ。 別に『力』はまだ入るのだけれど、今はこんなところでいいでしょう」
「大丈夫? なんだったらもっと吸っても…」
「あなたさっきわたしとミカゲに吸われた事をわかっていて? わたしのことより少しは自分のことも心配なさいなっ」
「あ、そっか」
「全く仕様のない子ね」
「…だって、ノゾミちゃんさっきまで消えそうだったわけだし。 わたし心配で…」
桂の言葉がわたしに響く。 温もりを与える。 だけど、わたしはどうすれば、どう応えるべきなのかよくわからない。
「もう大丈夫よ。 心配ならいらないわ」
うまく伝えられない。 もどかしい気分ではあるが、いずれできるようになるだろう。 時を経て、多くを語り合ううちにわかるだろう。 そう、思う。
そうなれば今度はわたしが桂に温もりを与える事ができるだろう。 そう考えると楽しかった。
わたしはノゾミ。 果てなく続く新たな望みは今桂とともにある。
(終)
「ノゾミちゃんっ! これっ、これならっ!?」
「…桂」
「これだったら平気なんじゃないのかなっ!? ねえっ!」
流れる涙もいとわずに、必死にわたしに問いかけてくる。
目の前で振られる宝玉に目を向ける。 確かに呪力を、そして『力』を感じる。 けれど…、
「…あなたわかっているの? 鬼を永らえさせて…」
「ノゾミちゃんは鬼なんかじゃないよっ!」
強い否定に驚く。
「ううん、鬼かもしれないけど…鬼じゃないっ。 だって、だってっ…」
何を言っているのかわからない。 だけど、心地よかった。 凄く心地よかった。
「桂」
「消えちゃだめだよっ。 ノゾミちゃんっ」
「…わかったわ」
もう充分だったけど、充分な時を過ごしたけど、まだ消えられない理由はできた。
こんなにも誰かに懇願されたことはなかった。
こんなにも望まれたことはなかった。
わたしは初めて必要とされた。
わたしが『人』として生きていた時、わたしが『鬼』として過ごしてきた時、わたしが求め続けたのはただ、ただひたすら『自由』であった。
だけど、ずっと一人だったからわからなかった。 親の顔を知らず、妹の顔も知らず、主様もミカゲも相槌しかくれなかったからわからなかった。
自分以外の感情をぶつけられることを
こんなにも愉快なこととは、こんなにも………幸せな気持ちになることだとは。
だからわたしは消えるわけにはいかない。 わたしはまだ満足していないのだから。
浅はかで愚鈍な、けれどいとおしく暖かいこの娘がわたしを必要とするのだから。
その時を共に過ごそう。
依り代となる宝玉に意識を延ばし、魂を送る。 依って立つ力場に崩れかかっていた魂が安定を取り戻していく。
そして、中にあった『力』は魂へと運ばれ、わたしは…現世に残った。
「ノゾミちゃんっ!?」
桂からすればわたしの姿は消え失せたようにしか見えないことを忘れていた。 泣き喚く桂にあわてて声をかける。
『落ちつきなさいな、桂っ。 わたしはちゃんといるわっ』
「…ノゾミ、ちゃん?」
『全くもう、ちゃんと人の話はお聞きなさいな。 わたしはわかったと言ったでしょう?』
「うう…ごめんなさい…」
『今現身を出すから』
そう言って力を具現化していく。
「ノゾミちゃんっ!」
形になったと同時に桂が抱きついてくる。 触れられている場所が暖かい。 桂の髪、桂の手、桂の身体…全てが心地よい。
ゆっくりとわたしも桂に触れる。 ゆっくりと桂の背中に手を回す。 抱きしめる。
今まで血を貰う時に人を抱いた事はあった。 だけど違う、そしてなぜかわかる。 わたしは、今、初めて、人を抱きしめた、と。
暖かい、暖かい、暖かい…温もりが魂に染みてゆく。
「ノゾミちゃん…」
「桂…」
しばらくそうしていたが、しなければならないこともある。 それにわたしには時間ができた。 また抱きしめる事はできる。 名残惜しい気持ちはあったが、桂の体からゆっくり離れる。
「桂、わたしが依ったせいで宝玉の力が無くなってしまったわ。 すぐに『力』をこめなければいけないの。 わかるわね?」
「あ、うん。 わたしの血が必要なんだね、うん、いいよ、吸って?」
「いいこね。 大丈夫、痛くはしないわ」
首筋へと顔を近づける。 桂の甘い香りが鼻をくすぐる。 その瞬間を恐れ緊張する桂の頬に手を回す。
「…大丈夫よ」
そのわたしの手に桂が手を重ねる。 もう片方の手で肩を掴む。 そして白くやわらかい肌に歯を立てた。
「んっ」
ほんのわずかな滴から、溢れるような『力』が宝玉に流れていく。
…うん、もう充分。
そっと歯を離す。 わずかに傷ついた肌を舐める、『力』をこめて。
「ひゃっ」
やってみるのは初めてだが、うまく傷を消せた。
「あれ? もういいの?」
「ええ、もう充分よ。 別に『力』はまだ入るのだけれど、今はこんなところでいいでしょう」
「大丈夫? なんだったらもっと吸っても…」
「あなたさっきわたしとミカゲに吸われた事をわかっていて? わたしのことより少しは自分のことも心配なさいなっ」
「あ、そっか」
「全く仕様のない子ね」
「…だって、ノゾミちゃんさっきまで消えそうだったわけだし。 わたし心配で…」
桂の言葉がわたしに響く。 温もりを与える。 だけど、わたしはどうすれば、どう応えるべきなのかよくわからない。
「もう大丈夫よ。 心配ならいらないわ」
うまく伝えられない。 もどかしい気分ではあるが、いずれできるようになるだろう。 時を経て、多くを語り合ううちにわかるだろう。 そう、思う。
そうなれば今度はわたしが桂に温もりを与える事ができるだろう。 そう考えると楽しかった。
わたしはノゾミ。 果てなく続く新たな望みは今桂とともにある。
(終)
葛ちゃんがわたしのクラスメートになって、しばらく経ったある日の事。
「はとちゃーん、帰ろー」
「あ、うん」
自分の机でぼんやりとしていたら、陽子ちゃんが声をかけてきた。 横にはお凛さんもいる。
「あれ? 子供いないね?」
「あ、うん。 葛ちゃんは先に帰ったんだけど…。 陽子ちゃん、葛ちゃん、だってば。 まだそんな呼び方して…」
「いーのよ。 子供で充分でしょ。 誰がどー見たって子供なんだし」
数分前、
「では桂おねーさん、申し訳ありませんが、今日もお先に失礼させていただきますね」
授業が終わったと同時に帰る準備をしている葛ちゃんが言う。
「今日も? 昨日も一緒に帰ってないよね? どうかしたの?」
「現在の状況を劇的に変化させるでしょう悪魔のようなプロジェクトが、目下資材搬入まで進行しているわけなのですよ」
「……悪魔のような? 小悪魔のようなじゃないの?」
「小悪魔で済むような生易しいものではないので」
そう言って笑う葛ちゃんは悪魔と呼ぶにはかわいいと思うのですが。
「それではおねーさん。 快適な生活をお送りするために、申し訳ありませんが失礼させていただきますね」
「葛ちゃん、ホームルームまだだよ?」
「いえいえ、お構いなくー」
そう言ってあっという間に教室を出て行く。
以上回想終わり。
「珍しい事もあるのですね。 羽藤さんにべったりだと思っていたのですけど」
「まあうっとうしいのがいなくていーじゃない」
「陽子ちゃんっ」
「はいはい。 でもあの子いるとお凛が2人いるみたいでイヤなんだよねー」
「それはどういう意味かしら? 奈良さん」
「さ、はとちゃん、さっさと帰ろ」
「あはは…」
車でお出迎えのお凛さんと校門で別れ、陽子ちゃんと街を歩いてたら、携帯が鳴った。
「あ、陽子ちゃん、ごめん。 電話」
「うそん、はとちゃん。 あたし電話してないんですけど?」
陽子ちゃんの茶々を無視して電話を取る。
「もしもし?」
『あ…千羽烏月と申しますが、羽藤桂さんでいらっしゃいますか?』
「あ、烏月さんっ」
「うおっ、烏月って言うとアレだな! あのたまに会いに来る美人だなっ!」
人の電話に絡んでくるのは失礼だと思うのです。 マナーは大切に。 わたし羽藤桂は乗り物ではマナーモードを心がけています。
『やあ桂さん。 久しぶり』
「どうしたの? こっちに来てもらえるのかな?」
『いや…その逆でね。 しばらく沖縄に行かなくてはならなくなって、それを伝えようかと思って電話したんだ』
「そうなんだ…」
余程声に出てたのだろう。 烏月さんはとりなすように言ってくれる。
『用が済み次第顔を出させてもらうよ。 …それじゃあ桂さん、また』
「うん、気をつけてね」
『ああ』
「あらら、はとちゃん。 フラれちゃった?」
「違うよっ。 …烏月さん、しばらく来られないって」
「うんうん、かわいそうなはとちゃん。 わたしが愛してるから心配いらないわよ」
「もう、陽子ちゃんてば」
ーーー
翌朝、教室に入るなり陽子ちゃんが抱きついてきた。
「はとちゃんっ。 わたし達離れ離れになってもずっとこの愛は変わらないからねっ」
「わ。 よ、陽子ちゃんっ!? どうしたの?」
見ると陽子ちゃんは涙目だった。
「離れ離れ、って?」
「実は昨日帰ったら、急に引っ越すって話聞かされて…」
「ええっ!?」
「お家の方のご都合だそうで」
「それは大変ですねー」
「ううっ、はとちゃん、わたしのこと忘れないでねっ。 ずっとずっと愛してるからねっ」
「ううぅっ、陽子ちゃーん」
突然すぎる別れの話にわたしは泣き出してしまった。
その日の帰り、陽子ちゃんとも別れ一人家へと向かっていたら、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『ああ、桂かい? あたしだよ』
「あ、サクヤさん」
『ちょっとしばらく顔出せそうになくなったんでね。 連絡しとこうかと思ってさ』
「へ?」
『いやね、海外で蝶を撮ってくるっていう仕事なんだけど、やたらと報酬がよくってね。 土産になんかリクエストはあるかい?』
「…」
『桂?』
「サクヤさんもいなくなっちゃうんだ…」
『なんだい、『も』ってのは?』
「うん、烏月さんはお仕事でしばらくこれないって連絡あったし、陽子ちゃんは急に引っ越すことになっちゃったし…」
『葛は?』
「あ、葛ちゃんはいるよ。 今日もわたしが落ちこんでたから、泊まりにきてくれるって言ってたし」
『…』
「サクヤさん?」
『あたしの仕事、今日突然入ったんだよねえ…』
「?」
それがどうかしたのだろうか。 何を言っているのかわからない。
『最近葛の様子が変だった事はないかい?』
「別になかったけど…。 あ、何か悪魔のようなプロジェクトとか言ってたことはあったけど、葛ちゃんがどうかしたの?」
『フ、フフ、やってくれるねえ………あのガキっ!』
「え? サクヤさん?」
『桂っ、今どこだいっ? 今すぐ…』
「あれっ? サクヤさん?」
電話が切れた。 見ると圏外になっている。
「あれ? なんで?」
家の近くで圏外になったなんて初めてだ。
なんだか不安が高まる。
世界で一人になってしまったような喪失感。
お母さんが亡くなってしまった時のような寂寥感。
これからわたしはどうしたら…
「どーかしましたか? 桂おねーさん」
「わ、葛ちゃん!?」
ぼんやりと立ち止まっていた所に、唐突に声をかけられ驚く。
「はいです。 若杉葛でございます。 そんなに驚かれました?」
「う、うん。 突然だったから」
「でもおねーさん、こんな所でぼんやりしてたら車に轢かれちゃいますよ?」
「あ、うん。 そうなんだけど、携帯が圏外になってて…。 なんでかな? この辺りで圏外になるなんて今まで無かったのに…」
「さあ…。 この辺りだけ地磁気が乱れているのでは?」
「チジキ?」
「はい。 読んで字のごとく地の磁場ですね」
「それが乱れてると携帯が繋がらないの?」
「そうですねー。 一般に通信などに影響を与える、と言われてますねー」
「そうなんだー」
「なんか元気ないですね、桂おねーさん。 大丈夫ですか?」
くりくりしたかわいい大きな目がわたしを見つめている。 そうだよね、わたしはひとりぼっちではない。 葛ちゃんもいるし、皆だってしばらくすればすぐまた会える。
「ううん、大丈夫。 ありがと、葛ちゃん」
だから一応年上のわたしは精一杯の元気で葛ちゃんに応える。
「桂おねーさん…大丈夫、わたしがついてます」
わたしの手を両手で握り優しい目をして言ってくれる。
「葛ちゃんは優しいね」
「…ええ。 桂おねーさんには」
「え?」
「いえ、なんでもありません。 ささ、おねーさんの家に向かいましょう」
2人手を取り合って家に向かって歩き出した。
「ごちそうさま」
「ごちそーさまです」
夕食を食べ終わり、2人でお茶を飲む。
「あ、そうだ」
「どうかしましたか?」
「うん。 さっきね、葛ちゃんに会う前サクヤさんと携帯で話してる途中で切れちゃったんだけど、家の電話からなら通じるよね?」
「あー…、でもお仕事で海外なんでしょう? 今ごろは空の上でお休み中では?」
「ああ、そうか…」
時差対策は睡眠のタイミング次第、と誰かが言っていたような。 …あれ?
「わたし葛ちゃんにサクヤさんが海外に仕事で行く、って話してないよ?」
「…。 いえいえ、先ほど桂おねーさんが電話で話しているのを聞いたのですよ。 お話中だったので、声をかけられなかったのですが」
「あ、そうなんだ」
と、突然ピーッと音が鳴る。 でもわたしの携帯ではない、ということは…、
「あはは、すいません。 わたしのようですね」
「あ、気にしないで」
「では失礼して。 …わたしです」
葛ちゃんが取り出したのは携帯ではなく、トランシーバーのような見た目の物。 ああ、携帯じゃないからあんな音だったんだ。
話し出した葛ちゃんの顔色が変わる。
「逃がしたっ!? 何をやっているんですかっ、あなた達はっ!」
わたしより年下と思えない厳しく冷たい叱責の言葉。 よくわからないが、何かあったらしい。
「目的地はわかっています。 すぐに全員こちらに集めてください。 今の人数では足りないかもしれないですから」
こちら?
「桂おねーさん、今からドライブと参りましょう」
話を終えると葛ちゃんはわたしにこう言った。
「えっと…どうかしたの?」
「『鬼』がこちらに向かっているようなのです」
葛ちゃんの裏の顔(?)、鬼切頭としてのトラブルらしい。 葛ちゃんが話してくれないのでわたしはよく知らないのだけど、鬼退治のお仕事らしい。
「…えっと、どうして?」
「それは…ええ…鬼切頭のわたしを狙っているのですよ。 嫌われてますから、わたしは」
「ええっ!? たいへん、逃げなきゃっ!」
「そうなんですよ。 おねーさんまで巻き込んで申し訳ないのですが…」
「そんなの構わないよっ。 それより早く逃げないとっ」
そう言うと、葛ちゃんははたして余裕なのか、満足そうに笑って言った。
「そうですね。 桂おねーさん、早く逃げましょうー」
外に出るとおっきな黒い車が停まっていた。 それを見て葛ちゃんがため息をつく。
「はあ…役に立たない部下を持つと苦労しますね。 これでどうやって逃げるんですか」
「どうかした?」
「隠密と言う言葉があるように、逃げる時は如何にして目立たないか、は基本じゃないですか。 なのにこんな目立つ車を用意して」
「でも速そうだよ?」
「ですから、目立たなくて速い車を用意するのが当たり前だと言いたい訳です。 でもま、仕方ないですね、事は一刻を争いますから」
2人して車に乗りこみ、車は走り出す。
「ところで葛ちゃん、どこに逃げるの?」
「そうですねえ…」
ーーー
「うわー。 わたしこんな所初めて来たよー」
家からかなり離れた豪華なホテルのスイートルーム。 テレビで見た事ならあるが、実際に来る日が訪れようとは思わなかった。
「さすがに疲れましたねー。 今夜はもう休みましょうか」
わたしの手を握る手の力が弱い。 横を見ると葛ちゃんは眠そうにふらふらしている。 あまり見ることないけど年相応のその様子はとてもかわいい。
「そうだね。 でもその前にお風呂に入ろ?」
「え? いや…今夜はいいですよ。 なんだったら桂おねーさんだけでもどうぞ」
「だめだよ葛ちゃん。 お風呂はちゃんと入らなきゃ」
離れようとした手をしっかりと掴み直し、お風呂場へと連行。
「うわー、お代官様ご勘弁をー。 義朝公も湯殿で殺されちゃったんですよー」
「あー、さっぱりした」
「そうですねー」
入る前はごねていた葛ちゃんだが、どうやらお風呂が嫌いという訳ではないらしい。
備え付けのガウンを着てみるが、ちょっとわたしや葛ちゃんには大きすぎの様子。 仕方がないので、来た時の服を着る。 着の身着のままで来たのだから仕方ない。
「おやおや着替えくらい用意してなかったのかい?」
と、突然声がかかる。 聞きなれた声。
「サクヤさんっ!」
部屋のソファーにサクヤさんがぐったりした様子で座っていた。
「…どうして…」
葛ちゃんが呟く。 確かになんでここにサクヤさんがいるんだろう?
「あたしの鼻は特別でね」
「…一応コロンを付けた囮も動いているはずなんですが」
「逆効果だね。 あんなに匂いが残ってるわけないんだよ」
「…なるほど。 つくづく使えない者達ですね。 機転のきの字も見つからない」
2人の会話についていけない。
「2人とも何言ってるの?」
「さあ? 葛に聞いてみればどうだい?」
葛ちゃんは窓の外を見て押し黙っている。 外の様子を伺っているのだろうか。
「あのね、サクヤさん。 今葛ちゃん、鬼から逃げてる所なんだよ」
「へええー」
どこまで人の話を聞いてるのか生返事で返しつつ、サクヤさんは葛ちゃんを見る。
「それはたいへんだねえ。 じゃああたしが守ってあげるよ」
葛ちゃんがサクヤさんを睨む。
突然鬼とか言っても信じられないだろうけど、あーゆー態度はよくないと思うのです。 葛ちゃんがムッとするのはよくわかる。
「本当なんだよ、サクヤさん」
「別に嘘ついてるなんて思ってないさ。 あたしもこの部屋で休ませてもらうから心配ないって。 なあ葛、問題あるかい?」
「………こうなっては仕方ないですね」
翌日学校に行くと陽子ちゃんがいて、引越しは中止になったとの事。 2人で抱き合って喜んだ。
そして帰り、今日一日落ちこんでいた葛ちゃんだったが、別れ際、
「桂おねーさん、わたしはあきらめませんからっ」
そう言って走っていってしまった。
「何を?」
何がなんだかわからないわたしは一人立ち尽くしていた。
それからさらに翌日。
「あれ? 葛ちゃん何してるの?」
「あ、桂おねーさん。 もうすぐ修学旅行じゃないですか。 奈良・京都の地理を調べているのですよ」
「え? もうすぐ、って…まだまだ一月以上先だよ?」
「いえいえ。 計画は早めに綿密に立てておくものなんですよ? コマの能力も今回で充分わかりましたし」
「え?」
「いえいえ、お気になさらず」
机にガイドブックや地図を広げ、メモをとる葛ちゃん。
「…そうだよね。 準備は早め早めだね、わたしにも見せて?」
わたしも『用意周到』をモットーにする身。 葛ちゃんの言葉に考えを改める。
2人でガイドブックを見ながら話す。
「楽しい修学旅行になるといいね?」
「そうですね。 楽しい旅行にしましょう」
「うんっ」
笑顔で返す。 すると葛ちゃんも笑顔で、
「今度は失敗はしませんから」
と言った。
何の事だかよくわからなくて、首をかしげるが、葛ちゃんは何も言わずに、
「うふふっ♪」
と微笑んだ。
それは魅入られてしまいそうなくらいかわいい、小悪魔のような微笑みだった。
(終)
「はとちゃーん、帰ろー」
「あ、うん」
自分の机でぼんやりとしていたら、陽子ちゃんが声をかけてきた。 横にはお凛さんもいる。
「あれ? 子供いないね?」
「あ、うん。 葛ちゃんは先に帰ったんだけど…。 陽子ちゃん、葛ちゃん、だってば。 まだそんな呼び方して…」
「いーのよ。 子供で充分でしょ。 誰がどー見たって子供なんだし」
数分前、
「では桂おねーさん、申し訳ありませんが、今日もお先に失礼させていただきますね」
授業が終わったと同時に帰る準備をしている葛ちゃんが言う。
「今日も? 昨日も一緒に帰ってないよね? どうかしたの?」
「現在の状況を劇的に変化させるでしょう悪魔のようなプロジェクトが、目下資材搬入まで進行しているわけなのですよ」
「……悪魔のような? 小悪魔のようなじゃないの?」
「小悪魔で済むような生易しいものではないので」
そう言って笑う葛ちゃんは悪魔と呼ぶにはかわいいと思うのですが。
「それではおねーさん。 快適な生活をお送りするために、申し訳ありませんが失礼させていただきますね」
「葛ちゃん、ホームルームまだだよ?」
「いえいえ、お構いなくー」
そう言ってあっという間に教室を出て行く。
以上回想終わり。
「珍しい事もあるのですね。 羽藤さんにべったりだと思っていたのですけど」
「まあうっとうしいのがいなくていーじゃない」
「陽子ちゃんっ」
「はいはい。 でもあの子いるとお凛が2人いるみたいでイヤなんだよねー」
「それはどういう意味かしら? 奈良さん」
「さ、はとちゃん、さっさと帰ろ」
「あはは…」
車でお出迎えのお凛さんと校門で別れ、陽子ちゃんと街を歩いてたら、携帯が鳴った。
「あ、陽子ちゃん、ごめん。 電話」
「うそん、はとちゃん。 あたし電話してないんですけど?」
陽子ちゃんの茶々を無視して電話を取る。
「もしもし?」
『あ…千羽烏月と申しますが、羽藤桂さんでいらっしゃいますか?』
「あ、烏月さんっ」
「うおっ、烏月って言うとアレだな! あのたまに会いに来る美人だなっ!」
人の電話に絡んでくるのは失礼だと思うのです。 マナーは大切に。 わたし羽藤桂は乗り物ではマナーモードを心がけています。
『やあ桂さん。 久しぶり』
「どうしたの? こっちに来てもらえるのかな?」
『いや…その逆でね。 しばらく沖縄に行かなくてはならなくなって、それを伝えようかと思って電話したんだ』
「そうなんだ…」
余程声に出てたのだろう。 烏月さんはとりなすように言ってくれる。
『用が済み次第顔を出させてもらうよ。 …それじゃあ桂さん、また』
「うん、気をつけてね」
『ああ』
「あらら、はとちゃん。 フラれちゃった?」
「違うよっ。 …烏月さん、しばらく来られないって」
「うんうん、かわいそうなはとちゃん。 わたしが愛してるから心配いらないわよ」
「もう、陽子ちゃんてば」
ーーー
翌朝、教室に入るなり陽子ちゃんが抱きついてきた。
「はとちゃんっ。 わたし達離れ離れになってもずっとこの愛は変わらないからねっ」
「わ。 よ、陽子ちゃんっ!? どうしたの?」
見ると陽子ちゃんは涙目だった。
「離れ離れ、って?」
「実は昨日帰ったら、急に引っ越すって話聞かされて…」
「ええっ!?」
「お家の方のご都合だそうで」
「それは大変ですねー」
「ううっ、はとちゃん、わたしのこと忘れないでねっ。 ずっとずっと愛してるからねっ」
「ううぅっ、陽子ちゃーん」
突然すぎる別れの話にわたしは泣き出してしまった。
その日の帰り、陽子ちゃんとも別れ一人家へと向かっていたら、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『ああ、桂かい? あたしだよ』
「あ、サクヤさん」
『ちょっとしばらく顔出せそうになくなったんでね。 連絡しとこうかと思ってさ』
「へ?」
『いやね、海外で蝶を撮ってくるっていう仕事なんだけど、やたらと報酬がよくってね。 土産になんかリクエストはあるかい?』
「…」
『桂?』
「サクヤさんもいなくなっちゃうんだ…」
『なんだい、『も』ってのは?』
「うん、烏月さんはお仕事でしばらくこれないって連絡あったし、陽子ちゃんは急に引っ越すことになっちゃったし…」
『葛は?』
「あ、葛ちゃんはいるよ。 今日もわたしが落ちこんでたから、泊まりにきてくれるって言ってたし」
『…』
「サクヤさん?」
『あたしの仕事、今日突然入ったんだよねえ…』
「?」
それがどうかしたのだろうか。 何を言っているのかわからない。
『最近葛の様子が変だった事はないかい?』
「別になかったけど…。 あ、何か悪魔のようなプロジェクトとか言ってたことはあったけど、葛ちゃんがどうかしたの?」
『フ、フフ、やってくれるねえ………あのガキっ!』
「え? サクヤさん?」
『桂っ、今どこだいっ? 今すぐ…』
「あれっ? サクヤさん?」
電話が切れた。 見ると圏外になっている。
「あれ? なんで?」
家の近くで圏外になったなんて初めてだ。
なんだか不安が高まる。
世界で一人になってしまったような喪失感。
お母さんが亡くなってしまった時のような寂寥感。
これからわたしはどうしたら…
「どーかしましたか? 桂おねーさん」
「わ、葛ちゃん!?」
ぼんやりと立ち止まっていた所に、唐突に声をかけられ驚く。
「はいです。 若杉葛でございます。 そんなに驚かれました?」
「う、うん。 突然だったから」
「でもおねーさん、こんな所でぼんやりしてたら車に轢かれちゃいますよ?」
「あ、うん。 そうなんだけど、携帯が圏外になってて…。 なんでかな? この辺りで圏外になるなんて今まで無かったのに…」
「さあ…。 この辺りだけ地磁気が乱れているのでは?」
「チジキ?」
「はい。 読んで字のごとく地の磁場ですね」
「それが乱れてると携帯が繋がらないの?」
「そうですねー。 一般に通信などに影響を与える、と言われてますねー」
「そうなんだー」
「なんか元気ないですね、桂おねーさん。 大丈夫ですか?」
くりくりしたかわいい大きな目がわたしを見つめている。 そうだよね、わたしはひとりぼっちではない。 葛ちゃんもいるし、皆だってしばらくすればすぐまた会える。
「ううん、大丈夫。 ありがと、葛ちゃん」
だから一応年上のわたしは精一杯の元気で葛ちゃんに応える。
「桂おねーさん…大丈夫、わたしがついてます」
わたしの手を両手で握り優しい目をして言ってくれる。
「葛ちゃんは優しいね」
「…ええ。 桂おねーさんには」
「え?」
「いえ、なんでもありません。 ささ、おねーさんの家に向かいましょう」
2人手を取り合って家に向かって歩き出した。
「ごちそうさま」
「ごちそーさまです」
夕食を食べ終わり、2人でお茶を飲む。
「あ、そうだ」
「どうかしましたか?」
「うん。 さっきね、葛ちゃんに会う前サクヤさんと携帯で話してる途中で切れちゃったんだけど、家の電話からなら通じるよね?」
「あー…、でもお仕事で海外なんでしょう? 今ごろは空の上でお休み中では?」
「ああ、そうか…」
時差対策は睡眠のタイミング次第、と誰かが言っていたような。 …あれ?
「わたし葛ちゃんにサクヤさんが海外に仕事で行く、って話してないよ?」
「…。 いえいえ、先ほど桂おねーさんが電話で話しているのを聞いたのですよ。 お話中だったので、声をかけられなかったのですが」
「あ、そうなんだ」
と、突然ピーッと音が鳴る。 でもわたしの携帯ではない、ということは…、
「あはは、すいません。 わたしのようですね」
「あ、気にしないで」
「では失礼して。 …わたしです」
葛ちゃんが取り出したのは携帯ではなく、トランシーバーのような見た目の物。 ああ、携帯じゃないからあんな音だったんだ。
話し出した葛ちゃんの顔色が変わる。
「逃がしたっ!? 何をやっているんですかっ、あなた達はっ!」
わたしより年下と思えない厳しく冷たい叱責の言葉。 よくわからないが、何かあったらしい。
「目的地はわかっています。 すぐに全員こちらに集めてください。 今の人数では足りないかもしれないですから」
こちら?
「桂おねーさん、今からドライブと参りましょう」
話を終えると葛ちゃんはわたしにこう言った。
「えっと…どうかしたの?」
「『鬼』がこちらに向かっているようなのです」
葛ちゃんの裏の顔(?)、鬼切頭としてのトラブルらしい。 葛ちゃんが話してくれないのでわたしはよく知らないのだけど、鬼退治のお仕事らしい。
「…えっと、どうして?」
「それは…ええ…鬼切頭のわたしを狙っているのですよ。 嫌われてますから、わたしは」
「ええっ!? たいへん、逃げなきゃっ!」
「そうなんですよ。 おねーさんまで巻き込んで申し訳ないのですが…」
「そんなの構わないよっ。 それより早く逃げないとっ」
そう言うと、葛ちゃんははたして余裕なのか、満足そうに笑って言った。
「そうですね。 桂おねーさん、早く逃げましょうー」
外に出るとおっきな黒い車が停まっていた。 それを見て葛ちゃんがため息をつく。
「はあ…役に立たない部下を持つと苦労しますね。 これでどうやって逃げるんですか」
「どうかした?」
「隠密と言う言葉があるように、逃げる時は如何にして目立たないか、は基本じゃないですか。 なのにこんな目立つ車を用意して」
「でも速そうだよ?」
「ですから、目立たなくて速い車を用意するのが当たり前だと言いたい訳です。 でもま、仕方ないですね、事は一刻を争いますから」
2人して車に乗りこみ、車は走り出す。
「ところで葛ちゃん、どこに逃げるの?」
「そうですねえ…」
ーーー
「うわー。 わたしこんな所初めて来たよー」
家からかなり離れた豪華なホテルのスイートルーム。 テレビで見た事ならあるが、実際に来る日が訪れようとは思わなかった。
「さすがに疲れましたねー。 今夜はもう休みましょうか」
わたしの手を握る手の力が弱い。 横を見ると葛ちゃんは眠そうにふらふらしている。 あまり見ることないけど年相応のその様子はとてもかわいい。
「そうだね。 でもその前にお風呂に入ろ?」
「え? いや…今夜はいいですよ。 なんだったら桂おねーさんだけでもどうぞ」
「だめだよ葛ちゃん。 お風呂はちゃんと入らなきゃ」
離れようとした手をしっかりと掴み直し、お風呂場へと連行。
「うわー、お代官様ご勘弁をー。 義朝公も湯殿で殺されちゃったんですよー」
「あー、さっぱりした」
「そうですねー」
入る前はごねていた葛ちゃんだが、どうやらお風呂が嫌いという訳ではないらしい。
備え付けのガウンを着てみるが、ちょっとわたしや葛ちゃんには大きすぎの様子。 仕方がないので、来た時の服を着る。 着の身着のままで来たのだから仕方ない。
「おやおや着替えくらい用意してなかったのかい?」
と、突然声がかかる。 聞きなれた声。
「サクヤさんっ!」
部屋のソファーにサクヤさんがぐったりした様子で座っていた。
「…どうして…」
葛ちゃんが呟く。 確かになんでここにサクヤさんがいるんだろう?
「あたしの鼻は特別でね」
「…一応コロンを付けた囮も動いているはずなんですが」
「逆効果だね。 あんなに匂いが残ってるわけないんだよ」
「…なるほど。 つくづく使えない者達ですね。 機転のきの字も見つからない」
2人の会話についていけない。
「2人とも何言ってるの?」
「さあ? 葛に聞いてみればどうだい?」
葛ちゃんは窓の外を見て押し黙っている。 外の様子を伺っているのだろうか。
「あのね、サクヤさん。 今葛ちゃん、鬼から逃げてる所なんだよ」
「へええー」
どこまで人の話を聞いてるのか生返事で返しつつ、サクヤさんは葛ちゃんを見る。
「それはたいへんだねえ。 じゃああたしが守ってあげるよ」
葛ちゃんがサクヤさんを睨む。
突然鬼とか言っても信じられないだろうけど、あーゆー態度はよくないと思うのです。 葛ちゃんがムッとするのはよくわかる。
「本当なんだよ、サクヤさん」
「別に嘘ついてるなんて思ってないさ。 あたしもこの部屋で休ませてもらうから心配ないって。 なあ葛、問題あるかい?」
「………こうなっては仕方ないですね」
翌日学校に行くと陽子ちゃんがいて、引越しは中止になったとの事。 2人で抱き合って喜んだ。
そして帰り、今日一日落ちこんでいた葛ちゃんだったが、別れ際、
「桂おねーさん、わたしはあきらめませんからっ」
そう言って走っていってしまった。
「何を?」
何がなんだかわからないわたしは一人立ち尽くしていた。
それからさらに翌日。
「あれ? 葛ちゃん何してるの?」
「あ、桂おねーさん。 もうすぐ修学旅行じゃないですか。 奈良・京都の地理を調べているのですよ」
「え? もうすぐ、って…まだまだ一月以上先だよ?」
「いえいえ。 計画は早めに綿密に立てておくものなんですよ? コマの能力も今回で充分わかりましたし」
「え?」
「いえいえ、お気になさらず」
机にガイドブックや地図を広げ、メモをとる葛ちゃん。
「…そうだよね。 準備は早め早めだね、わたしにも見せて?」
わたしも『用意周到』をモットーにする身。 葛ちゃんの言葉に考えを改める。
2人でガイドブックを見ながら話す。
「楽しい修学旅行になるといいね?」
「そうですね。 楽しい旅行にしましょう」
「うんっ」
笑顔で返す。 すると葛ちゃんも笑顔で、
「今度は失敗はしませんから」
と言った。
何の事だかよくわからなくて、首をかしげるが、葛ちゃんは何も言わずに、
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と微笑んだ。
それは魅入られてしまいそうなくらいかわいい、小悪魔のような微笑みだった。
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