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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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 (桂と烏月 どうぞ前編からお読みください)

 カラコロ、と音を立て歩く。 音は二つ、寄り添って。

 バスを降りる頃には祭囃子が聞こえていた。 駅の前に降り立つと、もう夕暮れ。 付近には一面に提灯が飾られていて、俄然お祭り気分が盛り上がってくる。
「おやおや、たいそうな美人が現れたと思ったらお嬢さん達か」
 唐突に声をかけられ振り向くと、駅員さんだった。
「あ、こんばんは」
 隣では烏月さんが会釈をしている。
「いやいや、見違えたねえ。 私が後10年若ければ声をかけているところだ」
「…声かけたじゃないですか」
 それに10年で済ますのはいかがなものかと思うのです。
「はっはっは、確かに」
「あの、お祭りはどこでやってるんですか?」
「ああ、銀座通りを抜けた所に小さな社があるんだ。 そこでやっているよ」
「ありがとうございます」
「どれ、私が案内しよう」
「…そろそろ帰宅の人達が来るんじゃないんですか?」
「おっと、そうだった」
 苦笑しつつ鋏をくるくると回す。
「まあ、都会とは違って小さな祭りだが、楽しんでらっしゃい」
「はいっ。 行こっ、烏月さんっ」
「ああ」



 ほとんど同じ世代のいない経観塚とは言え、いないわけではなくて。 また同世代でなくとも、とても10代には見えない色気の今日の烏月さんは、この宴には過ぎた大輪の花なわけで。
 何が言いたいのかと言うと、さっきから前に進めない状態になっている。

「なあ一緒に行かないか?」
「こっちも二人なんだけど」
「それ、何持ってんの?」
「せめて名前だけでもっ」
 等など。 どこにこんなに人がいたのかと思うくらい男の人が集まっている。
 烏月さんは無視をきめこんでカラコロと歩いていくが、こういう事態に慣れてないわたしは少々パニック状態なわけで。

「う、烏月さんー。 どうしようー」
「気にする事はない。 相手にしなければいいんだ」
 そうは言っても。
「でもでも、人に話しかけられて無視するのは…」
「…そうだね。 でもここで一人一人相手をしていては祭りどころではなくなってしまうしね」
「あ、うん。 そうだね」
「とは言え、これでは埒があかないな」
 と、さすがに烏月さんも閉口していた所、
「あら、千羽さんに羽藤さん」
 群がっている男の人達の向こうに見えるのは、さかき旅館のおかみさんだった。
「二人とも素敵ねえ。 これじゃあこんな騒ぎにもなるわねえ」
「あはは…」
「おかみさん?」
 おかみさんの隣の人が声をかける。
「あら、いけない。 …どうかしら、わたしは宿の者達と向かうところなんだけど、ご一緒にいかが?」
 この状況を察してくれたようで、おかみさんが助け舟を出してくれる。
「あ、ぜひ。 ね、烏月さん?」
「ありがとうございます」
「いえいえ」



 おかみさんのおかげで普通に歩けるようになった。 まあまだ遠巻きにして皆様いらっしゃいますが。
「あっ、烏月さん。 おとといのクレープ屋さんだよ」
「ああ。 あの時は悪い事をしたね」
「ううん。 それはいいんだけど、あの時烏月さん全然食べられなかったでしょ? また今度一緒に食べに行こうね」
「…ああ、そうだね。 一緒に行こう」

 今度がいつか、それはわからない。 明日行けるかもしれないし、何年も先かもしれない。 だから、わからないから、わたしは今約束をした。
 約束は誓い。
 いつになろうともわたしは烏月さんと一緒に行く。 烏月さんも行こうと言ってくれた。 わたしは烏月さんを信じている。
 だから、この約束は必ず守られる。

 祭囃子がすぐ近くに聞こえていた。



「ほら、奢りだ。 持ってきなっ」
「えっ? いいんですか?」
 屋台のおじさんから、わたあめを差し出される。
「ああ。 こんなに人が集まるのは随分久しぶりだ。 べっぴんさん達のおかげだよ」
「ねえ。 本当千羽さんには感謝しています」
「い、いや私は…」
「ふふっ」
 烏月さんには悪いけど笑ってしまう。 実際に烏月さんが何かしたわけではないのだが、今いる人達を集めたのは確かに烏月さんだ。
「ありがとうございます」
 差し出されたわたあめをわたしが受け取る。
「楽しんでってくんな」
「はい」

「はい、烏月さん」
 わたあめを烏月さんに差し出す。
「いや私は構わないから。 桂さんが食べてくれていいよ」
「だめだよ。 これは烏月さんへの奢りなんだから、ちゃんと烏月さんが食べなきゃ」
 烏月さんは少し困った顔を浮かべたが、すぐに優しい笑顔を浮かべて、
「じゃあ二人で食べようか。 それならいいかな?」
 そう言った。
「あ、うん。 ありがとう、烏月さん」

「はい」
 わたあめを烏月さんの口元に向ける。 烏月さんの右手には維斗の剣、左手には先ほど同じように貰ったりんご飴、両手がふさがっている。
 向けた後にりんご飴を自分が受け取ればよかったのだと気づく。
「あ、ごめんね。 わたし持つよ」
「いや、ありがとう桂さん」
 そう言って烏月さんがわたあめを小さく含む。
 はむっ
 今度はわたしもわたあめを食べる。
「うん、甘くておいしー」
「そうだね」
 二人で笑い合う。
 大きなわたあめを二人で交互にゆっくりと食べる。

「桂さん、ちょっとこっちを向いて」
「ん?」
 器用に右手に維斗とりんご飴を持って、烏月さんが左手の人差し指を伸ばしてくる。
「ぅんっ」
「鼻にわたあめが、ね」
「あ、ありがとう…」
 小さな子のようで恥ずかしい。

 カラコロ、と音を立て歩く。 音は二つ、寄り添って。

「…こんなに穏やかな時間を過ごすのはいつぶりだろう…」
 と烏月さんが呟く。
「…うん」
 その言葉にわたしはお母さんがいた頃を思い出す。 烏月さんの方がもっとたいへんな日々を暮らしているのだろうけど、悲しくてつらい時は誰にでもあるし、来る。
 だけど、だから、
「じゃあ、もっと堪能しておこうねっ」
 そう思う。 今を大切に、この時を大切に。
「ああ」
 烏月さんも同じ想いを感じていてくれたのか、とても綺麗で優しい笑みを浮かべて、頷いた。

 カラコロ、と音を立て歩く。 音は二つ、寄り添って。 ゆらゆらと揺れる二人の影も寄り添って。

 お祭りの夜は穏やかに過ぎていった…。











 …さかき旅館に辿り着くまで、皆さんに追い掛け回されたけど。



(終)

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