数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「やあ、ようこそおいでくださいました」
丁寧ではあるものの慇懃な態度を隠そうともせず、その男は彼女を出迎えた。
「いえ。 今晩はお招きに預かり光栄です」
少女を中へと通し、男は口を開く。
「すぐに用意させますので少々お待ちを」
そう言って満足そうに上座へと座る。 少女の顔に一瞬嘲るような表情が浮かぶ。 だがすぐに表情は消えた。
「今から準備ですか?」
「招待しておいて作り置きというわけにはいけませんからな」
「様子を拝見してもよろしいですか?」
男の顔から張りついたような笑顔が消える。
「ほう…それはどうしてでしょうか?」
「わたしはまだ年若いので、多方面に興味があるので。 後学のために、ですかね」
「おお、いろんな事に興味を持つ事はよいでしょう。 しかしまあ、今は私とご歓談いただきたいですな。 それにそんなには待たせませんよ」
「…わかりました」
少女はちらと横目で扉の方を見る。 広い食堂は多くの花が飾られていて、甘い匂いが漂う。
「しかしなんですな。 会長の覚えがいいといろいろとお忙しいでしょうな」
「…そうですね。 このように食事の招待も多く、心休まる間を知りませんね」
「ほう…、食事はくつろぎの時間だと思いますが」
「確かにわたしより残り時間が無い方がくつろいでいて、わたしがくつろげないというのもおかしな話ですね」
「ははっ、これは手厳しい。 でもまあ、今夜はくつろいでいって欲しいものですな」
「そうですね。 わたしもまだまだ食事会も続く身ですから」
「ふふ、なるほど…」
やがて扉が開かれて、食事が運ばれてくる。
「今夜は才女を迎えられて光栄です。 これからの我々の未来に、乾杯」
そう言ってワインの入ったグラスを掲げる。
「乾杯」
相手に合わせるように、少女もグラスを掲げる。
「ではどうぞ遠慮なく。 腕は確かなシェフを連れてきていますので、お口に合うとよろしいですな」
「ではいただかせていただきます」
小さく会釈をすると、手元に持っていた小さなバッグから何か取り出す。
「いかがしました?」
「いえ。 自分用のナイフとフォークです」
「…ほう、ご持参ですか。 どうしてまた?」
「使い慣れた物の方がいいですから」
輝く銀色の光が辺りに散る。
「これは立派な逸品ですな。 そのような物をお持ちならば、当方の用意した物では物足りないかもしれませんな」
「別にそういうわけではありませんよ。 ただ、これは純銀製なんです」
「それはそれは高価な代物ですな」
「わかりませんか?」
「何がでしょうか?」
少女は答えず、ナイフを、フォークを目の前に広げられた料理へと差し入れる。
「…失礼ですが、テーブルマナーはご存知でしょうかな? そのように食べるのはいささか礼儀に欠けると思われますが」
「もちろんテーブルマナーは知っています」
やがて少女の動きが止まる。
「ご満足ですか? いやいやまだ幼くていらっしゃるとは言え…」
「これが見えますか?」
「なんでしょう?」
「このナイフは何色ですか?」
彼女が目の前に手に持ったナイフを掲げる。 先程まで辺りに光を放っていたそれは薄く黒ずんでしまっていた。
「…おや、そのような料理は無いように見えるのですが…黒く濁ってますな」
「銀という金属は化学変化を起こしやすく、ヒ素などの毒物に触れると黒ずんでしまうのですよ。 そのため中世では貴族はこぞって銀食器を有していたそうです」
「…」
男の顔が凍りつく。
「…つまり、この食事に毒が含まれている、と?」
「匂いの強い花を飾ってごまかしたつもりでしょうが、意味ありませんでしたね」
そう言って少女は席を立つ。
「食事会は終わりです」
放心したように俯く男に少女が語りかける。
「ではこちらの番です」
その言葉に男が顔を上げる。
「どういう意味だ」
先程までの繕った丁重さはすでにない。
「言葉通りですよ。 わたしはあなたの挑戦を受け、そして勝ったわけです。 今度はあなたがわたしの挑戦を受けてもらいます」
そう言ってバッグからそれを取り出す。
「リボルバー式の物には装弾数が5発の物と6発の物とがあります。 これは6発の方です」
「…」
「そしてこれが弾です」
そう言って彼女は小さな弾丸を一つ掲げる。
「これを入れます」
男の目にも見えるように弾を込める。 そしてリボルバーを軽く回す。
「どっちかが、までに致しましょう。 わたしはもうあなたと会う気はありませんし、あなたは元々そのつもりだったようですし」
「…し、しかし…」
「あなたに降りる権利はありません。 大丈夫ですよ、どうせもみ消すのですから。 先にやりますか? 後にしますか?」
「…」
「わたしの倍以上生きてても臆病は抜けませんか? ではわたしから始めましょうか?」
「………さ、先だっ」
少女はテーブルを滑らせてそれを渡す。
「…」
男は震える手でそれをこめかみへとあてがう。 そしてゆっくりと引き金を引いた。
どさり、と男が崩れ落ちる。 白いテーブルクロス、手をつけられていない料理、高価なカーペット、全てが赤く染まっていく。
少女はゆっくりと男に近寄ると、それを取る。
「最後まで愚かな方ですね。 確認もしないとは。 …最初から5発入っていると考えないとは話になりません」
暗い目で男を見下ろす。
「まあ勝ち試合を仕込むのはお互い様です。 その程度ではここまででしょう」
そう言い捨て、少女は扉を開け出て行く。
外の暗闇に溶け込むように彼女は消えていった。 いつ終わるともしれないコドクの果てへと向かって…。
(終)
註・銀についてのくだりは、一応調べましたが保証の限りではありません。 あしからず。
丁寧ではあるものの慇懃な態度を隠そうともせず、その男は彼女を出迎えた。
「いえ。 今晩はお招きに預かり光栄です」
少女を中へと通し、男は口を開く。
「すぐに用意させますので少々お待ちを」
そう言って満足そうに上座へと座る。 少女の顔に一瞬嘲るような表情が浮かぶ。 だがすぐに表情は消えた。
「今から準備ですか?」
「招待しておいて作り置きというわけにはいけませんからな」
「様子を拝見してもよろしいですか?」
男の顔から張りついたような笑顔が消える。
「ほう…それはどうしてでしょうか?」
「わたしはまだ年若いので、多方面に興味があるので。 後学のために、ですかね」
「おお、いろんな事に興味を持つ事はよいでしょう。 しかしまあ、今は私とご歓談いただきたいですな。 それにそんなには待たせませんよ」
「…わかりました」
少女はちらと横目で扉の方を見る。 広い食堂は多くの花が飾られていて、甘い匂いが漂う。
「しかしなんですな。 会長の覚えがいいといろいろとお忙しいでしょうな」
「…そうですね。 このように食事の招待も多く、心休まる間を知りませんね」
「ほう…、食事はくつろぎの時間だと思いますが」
「確かにわたしより残り時間が無い方がくつろいでいて、わたしがくつろげないというのもおかしな話ですね」
「ははっ、これは手厳しい。 でもまあ、今夜はくつろいでいって欲しいものですな」
「そうですね。 わたしもまだまだ食事会も続く身ですから」
「ふふ、なるほど…」
やがて扉が開かれて、食事が運ばれてくる。
「今夜は才女を迎えられて光栄です。 これからの我々の未来に、乾杯」
そう言ってワインの入ったグラスを掲げる。
「乾杯」
相手に合わせるように、少女もグラスを掲げる。
「ではどうぞ遠慮なく。 腕は確かなシェフを連れてきていますので、お口に合うとよろしいですな」
「ではいただかせていただきます」
小さく会釈をすると、手元に持っていた小さなバッグから何か取り出す。
「いかがしました?」
「いえ。 自分用のナイフとフォークです」
「…ほう、ご持参ですか。 どうしてまた?」
「使い慣れた物の方がいいですから」
輝く銀色の光が辺りに散る。
「これは立派な逸品ですな。 そのような物をお持ちならば、当方の用意した物では物足りないかもしれませんな」
「別にそういうわけではありませんよ。 ただ、これは純銀製なんです」
「それはそれは高価な代物ですな」
「わかりませんか?」
「何がでしょうか?」
少女は答えず、ナイフを、フォークを目の前に広げられた料理へと差し入れる。
「…失礼ですが、テーブルマナーはご存知でしょうかな? そのように食べるのはいささか礼儀に欠けると思われますが」
「もちろんテーブルマナーは知っています」
やがて少女の動きが止まる。
「ご満足ですか? いやいやまだ幼くていらっしゃるとは言え…」
「これが見えますか?」
「なんでしょう?」
「このナイフは何色ですか?」
彼女が目の前に手に持ったナイフを掲げる。 先程まで辺りに光を放っていたそれは薄く黒ずんでしまっていた。
「…おや、そのような料理は無いように見えるのですが…黒く濁ってますな」
「銀という金属は化学変化を起こしやすく、ヒ素などの毒物に触れると黒ずんでしまうのですよ。 そのため中世では貴族はこぞって銀食器を有していたそうです」
「…」
男の顔が凍りつく。
「…つまり、この食事に毒が含まれている、と?」
「匂いの強い花を飾ってごまかしたつもりでしょうが、意味ありませんでしたね」
そう言って少女は席を立つ。
「食事会は終わりです」
放心したように俯く男に少女が語りかける。
「ではこちらの番です」
その言葉に男が顔を上げる。
「どういう意味だ」
先程までの繕った丁重さはすでにない。
「言葉通りですよ。 わたしはあなたの挑戦を受け、そして勝ったわけです。 今度はあなたがわたしの挑戦を受けてもらいます」
そう言ってバッグからそれを取り出す。
「リボルバー式の物には装弾数が5発の物と6発の物とがあります。 これは6発の方です」
「…」
「そしてこれが弾です」
そう言って彼女は小さな弾丸を一つ掲げる。
「これを入れます」
男の目にも見えるように弾を込める。 そしてリボルバーを軽く回す。
「どっちかが、までに致しましょう。 わたしはもうあなたと会う気はありませんし、あなたは元々そのつもりだったようですし」
「…し、しかし…」
「あなたに降りる権利はありません。 大丈夫ですよ、どうせもみ消すのですから。 先にやりますか? 後にしますか?」
「…」
「わたしの倍以上生きてても臆病は抜けませんか? ではわたしから始めましょうか?」
「………さ、先だっ」
少女はテーブルを滑らせてそれを渡す。
「…」
男は震える手でそれをこめかみへとあてがう。 そしてゆっくりと引き金を引いた。
どさり、と男が崩れ落ちる。 白いテーブルクロス、手をつけられていない料理、高価なカーペット、全てが赤く染まっていく。
少女はゆっくりと男に近寄ると、それを取る。
「最後まで愚かな方ですね。 確認もしないとは。 …最初から5発入っていると考えないとは話になりません」
暗い目で男を見下ろす。
「まあ勝ち試合を仕込むのはお互い様です。 その程度ではここまででしょう」
そう言い捨て、少女は扉を開け出て行く。
外の暗闇に溶け込むように彼女は消えていった。 いつ終わるともしれないコドクの果てへと向かって…。
(終)
註・銀についてのくだりは、一応調べましたが保証の限りではありません。 あしからず。
PR