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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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 (歴史区分4の話 旅先 エレンディア)

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 それはそれは美しい、美術館にある彫像のように、または愛らしい人形のように。 彼女はとても美しく、私は声も出なかった。

 リベルダムのスラムを歩いていた時だった。 少し前から私の前に現れ、たちの悪いちょっかいをかけてくる少年、シャリ。 彼が突然現れた。
「かわいそうなお姫さまを助けてあげて欲しい」
 騙されるのを覚悟で彼の話にのったのは、ケリュネイアに頼まれた闇の神器が関わっていたからだ。

 彼の言うとおりに闇の神器『色惑の瞳』を手に入れて指示された場所に行くと彼女がいた。 悲しげな憂いの顔、陰のある美しさ、先帝の娘、光を失った王女、アトレイア・リュー。 それが彼女だった。
「ありがとうございます、エレンディア様」
 その時に見た小さなかわいい笑み。 私は思った。 もっと彼女の笑顔を見てみたい、と。 だって、今でもこんなに綺麗でかわいいのだから、笑顔になればもっと綺麗なんだろうと思ったから。

 初めて出会った時から私は彼女に魅せられていた。



 それから私は彼女の元へ足しげく通うようになった。 だけど、彼女は彼女がここまで暮らしてきた陰に沈みこんでいた。

「外の世界を見に行こう」
 だから彼女を外へと誘ってみた。 今日は月がとても美しかったから。 見て欲しかった、世界を。



「あっ!?」
「うがっ!?」
 自分でも嬉しかったせいか、少し先に行き過ぎた。 アトレイアはまだ光を取り戻して間もない、このペースは無理か。 彼女が来るのを待つことにする。
 すると、来るはずの方向から小さな悲鳴が聞こえた。 見張りの兵士にでもぶつかったのだろうか。
「俺様にぶつかってくるとはどこに目をつけてやがるっ。 このクズがっ!」
「おやめください、タルテュバ様っ。 この方はアトレイア様ですっ、目が不自由なのですっ」
「アトレイア?」
 …タルテュバ? よくも王宮に顔が出せるものだ…いや、今はそれどころではない、そんな気がする。
「お前みたいな醜いのが外に出てくるんじゃねえっ。 ティアナとは段違いなんだよっ。 部屋で鏡でも見て来いっ!」
「…っ」
「このクズがっ、お前はどっかに引きこもってればいいんだっ。 その醜い面出すんじゃねえっ!」
「おやめください、タルテュバさまっ」
 あわててアトレイアの所へ駆け戻ると、タルテュバの正気とは思えない罵倒の言葉が聞こえてくる。
 そして私が目にしたのは、倒れたアトレイアに足を出すタルテュバの姿とその手をタルテュバに掴まれたティアナの姿だった。
「エレンディア様っ」
 倒れたアトレイアに駆け寄り、タルテュバの前に立つ。 アトレイアは小さく震えている。 その姿が私にはつらかった。
「なんだクズがっ。 お前ら俺様を誰だと思ってる!」
 怒りで肩が震える。 自分で思う限りの罵詈雑言をぶつけたくなる。 だけど精一杯抑える。 今そんなことをしても傷つくのはむしろアトレイアだから。
「戦場で部下を見捨て逃げ出した貴族、でしょう? それどころか王女に対する礼儀すらお持ちではないのですか」
「クズがっ! 平民上がりがまぐれで調子に乗りやがって…。 このクソっ、クソがっ! バカにしやがって、クズがっ!」
 言って剣を抜く。
「逃げたあなたにはまぐれすら起きません。 女になら勝てるとでもお思いですか?」
 暗いバルコニーを照らす月で、タルテュバの見開かれた瞳孔が見える。 そしてただ地面を見つめ震えるアトレイアの悲しい陰も。
 だから私は背中に背負った斧をタルテュバの目の前に振り下ろし、タルテュバを睨み付けて言う。
「ファーロス総司令副将、竜字将軍エレンディア・ロス。 尋常にお相手いたしますっ」
「このクズがあっっっ!!」

 戦う前から勝負はついている。 幾多の死線を越えてきた私と死線を逃げ続けた男。 戦いの際には一切の油断は禁物と肝に銘じここまで生きてきた私と格上すら見下す愚かな男。

 斧を縦に小さく揺らし牽制して、タルテュバの右へと廻る。 右手に構えた剣ではこちらには切り掛かれない。 もっともそれ以前に彼は私の動きを捉えることが出来ていない。
「うがあっ!」
 適当に振り上げた剣、無造作に開いた懐を私は斧で強く突いた。
「はあっ!」
「ぐああっ!!」
 そのたった一撃でタルテュバは倒れ転げてのたうち回る。 油断させる誘いかと警戒もしたが、剣すら落としているので大丈夫であろう。

「ぐ、ぐぐぐ…」
「消えて。 不快だから今すぐに」
「ク、クズがあ…クソクソクソっ! 俺様をバカにしやがってええぇっ…覚えていろっ!」
 最後まで汚い言葉を吐き続けタルテュバが逃げ去る。 後に残ったのはティアナとアトレイアと私の三人。
「大丈夫? アトレイア」
 ゆっくりとアトレイアを立たせる。 小刻みに震える彼女は月明かりの下蒼白の顔を浮かべていた。 そして次の瞬間には駆け出して走り去っていく。
「アトレイアっ」
「エレンディア様っ」
 ティアナが私を呼びかける。 だけど、あんな真っ青な顔をしていた彼女を放っては置けない。 私はアトレイアの後を追い駆け出した。
「…大切な物は皆私をすり抜けていく…。 そう、彼女は本当の王女……しょせん私は…」
 後ろからティアナが何か言うのが聞こえる。 ごめんね、ティアナ。

「アトレイアっ」
 彼女の部屋に行くとアトレイアは部屋の隅で虚ろな顔で佇んでいた。 その顔を見て私はどうしようもなく悲しくなる。
「…私はティアナ様に比べて醜い…。 ぶざまで醜い…。 …目なんて、見えなければよかった…」
「アトレイアっ!」
「ごめんなさい…醜い私のせいで、エレンディア様にまで恥をかかせて…ごめんなさい…」
 アトレイアの肩を掴んでぎゅっと抱きしめる。
「そんなことない。 そんなことないよ、アトレイア」
「私のせいで…」
 震える声で尚も俯き謝る彼女が悲しい。 私はアトレイアの頬を両手で挟んで顔を私に向けさせる。 その目は閉ざされ、涙だけがただ零れていく。
「アトレイア」
 そして私は彼女の額に口付ける。

「エレンディア…様…?」
「あなたは綺麗でかわいいお姫さまよ、アトレイア。 初めて会ったあの時から、あなたは私にとって届かない夢。 私が選ばなかった、選べなかった『可憐な花』そのものよ」
「そんな…エレンディア様は充分お綺麗で魅力的です…」
「こんな斧を振り回す女は魅力的じゃないわよ。 それに私が言ってるのは女の子のようなかわいさって意味よ。 それは私にはないわ」
「でも…」
「あなたはとても魅力的。 でも今はまだ、その魅力は陰ってるわ。 手に入れた光で少しずつでもいいから、明るい色に変えて欲しい」
 困ったような顔でアトレイアが私を見る。
「私があなたを光へと導く。 そうすればあなたはどこまでも輝くわ。 見せて欲しいの、あなたの本当の魅力を」
「私は、そんな魅力は…」
「あるわ。 絶対。 私は信じられないかな?」
「そんなこと…」
「だったら信じて、お願い。 私の分まで綺麗に美しくなって、アトレイア」
「エレンディア様…」
 私の体に回された彼女の腕に力がこもる。 だから私も彼女を強く抱きしめる。
「…でも、今日は…今は…泣いていいですか…」
「うん…」

 アトレイアが落ち着くまで、私は彼女を抱きしめ続けた。 暗い部屋の片隅で二人ずっと…。 強く、強く…。



(終)
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