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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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 (桂と葛)

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「ひっ、人違いじゃないですか?」
「わたし、尻尾の出てる知り合いなんて、人違いするほど多くないんだけど?」
「えっ!? 尻尾出てます!?」
「出てないよ」
「……え?」
「尻尾を出したな、葛ちゃん」
「たはは、これは一本とられました」
 後ろから抱きしめたまま、葛の首に桂は額をつける。
「ひどいよ、葛ちゃん…」
「桂おねーさん?」
 つい先程まで忘れていた、いや忘れさせられていた少女を強く抱きしめる。
「でも思い出せた…もう忘れない、忘れないよ葛ちゃん」
「たはは…桂おねーさんのためだったのですが…」
「嘘だよっ。 …そんなの嘘だよ」
「えっ?」
 即座にはっきりと否定され、葛は戸惑い首を後ろに回す。 すると、半泣きの顔が睨んでいた。
「どうして嘘なんですか?」
「それが本当だったら、葛ちゃんを思い出せてこんなに嬉しいわけないもの。 泣きたいくらいに嬉しいわけないものっ」
「桂おねーさん…」
「葛ちゃんだって、忘れたくなかったんだよね? だからここにいるんだよね?」
「…あ…」
 葛は戸惑いを隠せなかった。 そう、逢いたかったのだ。
「いいんだよ、葛ちゃん。 わたしも葛ちゃんに逢いたかったよ」
 桂の言葉に葛が顔を上げる。 くりくりとした大きなその目には桂同様涙が浮かんでいる。
「だから、だから逢いたい人を忘れさせるなんて、そんなひどい事しないで、葛ちゃんっ」
 そう言って桂は笑顔を向ける。 笑顔の端から涙がこぼれる。
「~っ、桂おねーさんっ」
 葛もまた涙を流しながら、自分より年上の少女の控えめな胸に正面から抱きついた。

ーーー

 お互い真っ赤になった目で向き合う。
「でもですね、本当にわたしに関わると碌な事になりませんよ?」
「葛ちゃん」
「はい?」
「わたしはね、後悔してる事はたくさんあるの。 だからね、わたしはずっとそういうふうに生きてるんだから、後悔するかもしれない予約が今更ひとつぐらい入ったって、全然構わないよ」
「…」
 少々呆気にとられた顔で桂を見ていた葛の顔が笑顔へと変わる。
「ふふふ、桂おねーさんには敵いませんね」

 並木道で抱き合う二人。 観客はいない、二人だけのステージ。 けれどまだ幕は降りない、ハッピーエンドは未来へのプロローグだから。

「…やっぱり桂おねーさんは心配です。 とてつもなく甘すぎです」
 ため息混じりに葛が呟く。
「そうかな?」
「やれやれですねー」
 と、またため息をひとつ。 けれどすぐ笑顔になって、
「でもその無用心さが桂おねーさんのいい所なんですよねっ」
 と嬉しそうに言った。

ーーー

 若杉の頭首のまま、全てを背負って葛は桂と暮らす事を決めた。
 誰の反対も許さなかった。
 葛は言った。
「何も問題はありません。 結果で示しましょう」

 かくして、若杉財閥会長にして鬼切頭、若杉葛は羽島桂と小さな安アパートで暮らし始めた。

ーーー

「ただいまー」

 冬も近付き寒さが一段と厳しくなり始めたとある日のこと。
 買い物袋を両手に下げて、桂が家に帰ってきた。

「おかえりなさい、桂おねーさん」
 奥からかわいい甲高い声が飛んでくる。 
「ううー、寒かったー」
「ご苦労様でした」
 さっきまで向き合っていたパソコンと書類の束から目を離し、桂を見つめる。
「わたしが言うべき事じゃないかもしれないけど…葛ちゃん、こんの詰めすぎはよくないよ?」
「わかってますよ、桂おねーさん。 気をつけますね」
 微笑を浮かべて葛が応える。
「でも桂おねーさんも体には気をつけてくださいね。 リップクリームを塗った方がいいですよ」
 言われて舌で唇を舐める。 この寒さでやられたらしい。
「あはは、そうだね。 気をつけます」
 そしてお互い笑いあう。
「じゃあ、夕飯の支度するね。 くれぐれも程ほどに」
「はい、わかりました」

ーーー

 深夜、声が聞こえた気がして、桂は目を覚ます。

「はい、ご苦労様です。 詳細は彼に伝えておいてください」
「…葛ちゃん?」
 窓際、月明かりに照らされて葛が携帯電話を掛けていた。
「…桂おねーさん。 起こしちゃいました?」
 体だけ起こして、桂は少し怒り気味に言う。
「起こしちゃいました?じゃないよ、葛ちゃんっ。 そんなに…そんなに頑張らないとダメなの? 葛ちゃんがそんなに頑張らないとわたしとは暮らせないの? こんな時間まで葛ちゃんが起きてなきゃいけないなんて、わたしつらいよっ!」
 最後の方は涙声になっていた。
「ねえ、わたしに何か手伝えない? 何でも手伝うから。 だから葛ちゃんあんまり無理しないで…お願いだから…」
 黙って聞いていた葛は優しい笑顔を浮かべ桂に近付く。 桂の布団にまたがり膝をつく。 目線はほぼ同じ高さ。
「残念ながら、桂おねーさんに手伝える事は何もありません」
「でもっ」
 葛の言葉につい涙がこぼれる。 わかっていた、自分が手伝えるわけが無いと。 でもわかっているからこそつらかった。
「桂おねーさん」
 優しい笑顔のまま、葛は桂を正面から見つめる。 しかし、もはや止まらなくなった涙のせいで桂は返事すらできない。
「わたしはつらいと思った事は無いですよ。 幸せですから」
「しあ…わ…せ?」
 戸惑う桂に小さく頷いて言葉を続ける。
「だって好きな人と一緒に暮らしているんですから。 これを幸せと言わずに何と言うんですか」
「でも…」
 喋ろうとする桂の唇に人差し指が置かれる。
「わたしは桂おねーさんが好きです。 大好きです」
「あ…」
 桂の口が小さく動く。
 桂の唇の上に置いていた指を離し、桂の耳もとの髪を梳きながら、葛は言葉を紡ぐ。
「その髪が好きです。 さらさらと風に流れるやわらかく美しい髪が好きです」
 すでに泣き止んだ桂の涙の跡を拭いながら
「その瞳が好きです。 どこにいてもわたしを見つけてくれる綺麗な瞳が好きです」
 首に両手を回し、抱きつきながら
「その声が好きです。 優しく甘い、心を虜にする声が好きです」
 そのまま首筋にキスをしながら
「その匂いが好きです。 どんな花も敵わない、甘くとろける匂いが好きです」
「ぅんっ」
 胸元にキスをしながら
「その体が好きです。 ぎゅっとしたら折れてしまいそうな繊細で華奢な体が好きです」
「あっ」
「そして…その血が好きです。 連綿と紡がれる運命と力を秘めていながら、誰よりも暖かいその血も…好きです」
 そう言って葛はうっとりとした顔を上げる。
「え?」
「桂おねーさんも人の事ばかりは言えませんよ。 リップ塗らなかったんですね?」
「え? え?」
「切れちゃってますよ、く・ち・び・る」
 そう言ったかと思うと葛は顔を一気に近づけて、桂の下唇をついばむ。
「ん、んんっ」
 次いで上唇を同じようについばむ。 そしてそのままキスをする。
「ぅんん…」
 桂の唇を舌でなぞる。 優しく、そして柔らかく。 そしてまたキスをする。
「好きです、桂おねーさん。 誰よりも何よりも」
「…わたしも好きだよ。 葛ちゃん、大好き…」
 そして今度は桂の方から葛の唇を求める。
「…ぅん、だから、桂おねーさんのための努力は惜しみません。 例え桂おねーさんを不安にしてもです」
 強い目で葛が口にする。
「そうなんだ…」
「ごめんなさいです、桂おねーさん」
「でも、ね」
「?」
 ぐっ、と葛を抱き寄せる。
「こんなに体冷えきって…こういう無理をしないで欲しいんだけどな」
 抱きしめたまま倒れこむ。
「さあ寝よう、葛ちゃん…」
「ええ、このままで…」
 片方の布団は主不在のまま、ひとつ布団で抱き合って二人は眠る。 夢の中まで抱きしめて。

 朝が来て、また夜が来て、繰り返す日常が幸せ。

 艱難辛苦を乗り越えて、二人を繋ぐ赤い糸。




(終)

ータイトル命名 葉崎紅弥様ー 多謝
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