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 (歴史区分5の話 旅先 エレンディア)

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(エステルっ………!)

 私は宿屋へと駆け戻る。
「ルルアンタっ、フェティっ。 出るわよっ、今すぐっ!」
「はあ? 何言ってるのよ、あんた」
「どうしたのぉ? エレンディア」
 息を切らせたまま私は叫ぶ。
「いいから出るわよっ! 速くっ!」
「…わかったのぉ」
「なんだって言うのよ…」
 私の言葉にルルアンタが出発の準備を始める。 フェティも不満そうに準備しだす。 
「フェティちゃん、ごめんなさいなのぉ」
「…どうして、あなたが謝るのよ」
「エレンディアの代わりなの」
「だったらあの女に言わせなさいよっ。 あんたに言われても意味ないわよ」
「まだっ?」
「もうすぐなのぉ」
「ったく…」

「エステルちゃん、またシャリにさらわれたのぉ?」
 リベルダムへと向かう街道を駆けつつ私は事情を話す。 ギルドで聞いた話をそのまま二人に伝えた。
「これだから下等生物は嫌なのよ。 お互いに足を引っ張り合って生きているのね」
「そんなことはどうでもいいじゃないのよっ。 今はエステルを助けに行かなきゃっ!」
 いつもなら流せるフェティの憎まれ口が苛立たしい。
「…わかったわよっ。 だからこうしてアタクシまで急いでるんでしょっ」
「二人とも喧嘩しちゃダメなのぉ」
 ルルアンタがおろおろして言う。
 …いけない。 ルルアンタまで困らせて。 こういう時こそ落ち着いて行動しなくてはいけないのに、感情的になっている。
「…ごめん、ルルアンタ。 でも、私…心配で…。 フェティも…ごめん…」
「…あーっ、もういいわよっ。 とにかく急げばいいんでしょっ?」
「またあの洞窟なのぉ?」
「…ううん。 今、エステルの水晶が示しているのは………ラドラス、よ」



『招かれざる客が来たようだね。 彼女を追ってきたのかな?』
 ラドラスに入ると同時に声が響く。 聞いたことのある声。
「シャリっ! どういうつもりっ? エステルはどこっ?」
『アハハッ、そんなにいきりたたないでよ。 今日は特別な日なんだからさ』
 相変わらずシャリはからかうような喋り方をしてこちらを苛立たせる。
『だから、招かれざる客だけど特別に、歴史の目撃者にしてあげるよ』
 何? 何を言ってるの? なんなの、この子はっ!?
『今、いにしえの魔道文明の大いなる遺産、空中都市ラドラスが、四人の巫女の力でよみがえり、大空へと飛び立つのさ!!』
 シャリの謳いあげるような高らかな声とともに足場が揺れる。 縦に横に大きく、私達は立っているのがやっとだ。
 そして、転送機を使った時のような浮遊感、いやそれよりももっと直接的な浮遊感を感じる。 …まさか……本当に、飛んでる…の?
『この空中都市ラドラスってね、こう見えて実はものすごく大掛かりな兵器なんだよ。 それこそ、これひとつでこの大陸が沈んじゃうくらいのね』
 …そうなの? エステルや砂漠の民が細々と暮らしていたここが? でも確かに他に類を見ない技術だとは思っていたけど…兵器?
『…そうだ! それやっちゃおう!』
 …え?
 まるでいたずらを考えた子供のように無邪気にはしゃぐ声、だけどそれは、世界の終わりを伝える宣言。
 …バカなこと言わないで。 そんなこと許されないし、許さない。 あの子が何を考えているのかわからないけど、そんなことはさせないっ。
『あ、もし、僕にご意見ご感想があるならこの都市の制御の間まで来てよ。 …って、言わなくても君はここまで来るか。 じゃ、今、そこと、この制御の間を直結するよ。 さ、こっちに来なよ、エレンディア』
「言われなくても行くわよっ!」
 考えるよりも先に体が動く。 仲間を待たずに私は部屋を飛び出していた。

「やあ、エレンディア。 こんな所にまで君と一緒なんて、もうこれは、運命的な何かを感じるね」
「シャリ…エステルはどこっ!? それに、他の三人もいるのねっ、どこにいるのっ!」
 部屋を見回すが姿は見えない。
「今、彼女たちには、この都市の底にある動力の間で動力になってもらってるよ」
 動力? …この巨大なラドラスを彼女たちの魔力だけで動かしているの? …いや、今はそれどころじゃないっ。
 すかさず私は部屋の出口へと振り返る。
「行かせないよ。 言ったでしょ? 君は招かれざる客だって。 …僕はこれを使ってやるんだ。 それをジャマするのはほっとけないな」
 振り返る。 酷薄な笑みを浮かべるシャリと目が合う。 その目は昏く濁っている。
「あなたは…いつもそうね」
「…? 何を言ってるんだい? エレンディア」
「いつも楽しそうに、好き勝手に話して…でも誰とも話してはいない。 誰かと話そうとしていない」
 怪訝そうな顔を浮かべる。
「あなたの話を聞いてくれる人がいないの? 私は聞いてるわよ?」
「…」
 シャリの顔が不快な色を浮かべる。 だけど私は言葉を続ける。
「ただ話しているだけ、言葉を並べるだけでは何も変わらないし、変えられない。 あなたが何でこんなことをするのかわからない、そしてどんな理由があっても私は許さないけど…」
 片時もシャリと視線を離さずに私は強く言い放つ。
「話していかなきゃ何も変わりはしないのよっ! 一人遊びもいいかげんにしなさいっ!」
「…」
 昏い目のまま、シャリは宙に浮き私を見下ろしている。 だが、やがていつもの如く薄笑みを浮かべると言った。
「エレンディア、君が何と言おうと、僕はこれを使うよ。 どうしても止めたいなら僕を倒すしかないね」
「そうやって耳を塞いで済まそうなんて私は許さない。 エステルはどうして私と一緒に冒険してるか、巫女たちはどうして巫女なのか、そして私たちは何のために日々を生きているか。 見て見ぬふりは許さない」
 私は背中に背負った斧を取り出す。
「フフフ、やる気じゃないか、エレンディアっ。 いいよ、僕と踊ろうっ」
「ルルアンタ、フェティ、先に行ってっ。 エステル達を助けてきてっ」
 シャリから目を離さず私は叫ぶ。 シャリの目が見開かれる。
「でもっ、エレンディア!」
「いいから行ってっ!」
「そんなことはさせないよっ!」
「それはこっちも同じよっ!」
 わずかに動いたシャリに合わせて、私はシャリの懐に飛び込み斧を振る。
「っ!?」
 不意をついての一撃だったつもりだが、シャリはすかさず障壁を張って私の斧をはじく。
「二人とも早く行ってっ!」
「…エレンディア、別に一人でがんばる必要は無いさ。 ちゃんと皆一度に相手してあげるよ」
「あら、私の話はまだ終わってないわよ? あなたと戦うつもりもまだないわ」
「フフ…フフフ…アハハハハ、本当エレンディアは楽しいね。 でもそうさ、僕は君の言う通り人の話は聞かないんだ」
「くっ、また…」
 再び何かする様子のシャリに私は間合いを詰めようと飛び込む。 が、何か空気の膜みたいな物にぶつかり速度を落とす。
 …これは…さっきの障壁!?
「全部終わったあとで、ちゃんと彼女たちも送ってあげるし、先に逝って待っててよ」
 まずいっ…聞いたことのない呪文…魔力が高まっていくのが感じられる……大きなのが、来るっ!
「デモリッシュ」
 強大な闇が溢れ出す。 闇が覆い尽くす。 むせ返るような地獄の波動が私達を襲う。
「きゃああああっ」
「ああああっ」
「きゃあああっ」

「やれやれっと。 やっと、おとなしくしてくれる気になったみたいだね」
 シャリが虚空を渡り私の傍らに立つ。 と同時にラドラスが大きく揺れる。
「ん? この振動、外から!? 来たね…」
 次の瞬間、衝撃が間近を襲う。 部屋に風穴が開けられる。
「お出ましだね…。 竜王…」
『虚無の子よ、ここはお前の世界ではない…。 この世界は汝を望まぬ…。 己があるべき場所へと帰るがよい…』
「やんなっちゃうな、もう。 子供の遊びに出てきてほしくないね」
 やれやれとばかりに手をあげ、シャリは風穴を覗く
「それにあいかわらずだよね、竜王。 この世界のために巫女たちや無限のソウルを殺すのかい?」
『笑止な。 他人の心配をしてみせるか? 汝は虚無の子。 ただのうつろな人形に過ぎぬのだ』
「違う! シャリは人形なんかじゃないっ!」
 傷が痛む。 口の中に血の味がする。 体が動かない。 傍でルルアンタとフェティも倒れている。 それでも声を出した。
「…まだ、私が話してるっ。 邪魔しないでっ!」
「…? ハハハ、何言ってるんだい? エレンディア、僕はあれの言う通りの人形なんだよ。 かなえられなかった望みが僕を生んだんだ」
 痛みに顔をしかめながら、私はシャリを真っ直ぐに見つめる。 シャリの目に私の目は写らないの?
「望み…僕の、願い…?」
 戸惑いをわずかに見せて、シャリは姿を消す。
 だめだった…。 あの子に世界を知って欲しかった。 例えあの子とは敵対し相容れなくても、ただ自分だけで生きているつもりなのは考え直して欲しかった。
 この世界が望んでない? 人形? そんなことはどうでもいい。 今、存在している以上、この世界のものなのだ。 世界とともにあるんだっ。

 もう体は動かない。 気力もついえ、言葉も出ない。
 エステル…エステル…。 ごめん、助けに来たはずなのに、私じゃ力不足だったみたい。 ルルアンタとフェティも巻き込んじゃってごめん。 みんな、みんなごめん…。
『…エレンディア。 無限のソウルを持つ者よ…。 我が再び戦う力を授けてやろう』
 体に力が注がれる。 暗くなりかけていた目の前が明るくなる。
「う、うう…」
 シャリの台詞じゃないけど、さっきまで私達もろとも消し去ろうとしていたのが何のつもりだか。 高みで話す点ではシャリと変わらない。
「う、ううぅ…」
「な、なんだっての…よ…」
 二人も回復してくれたらしい。 こんな時までフェティは憎まれ口だ。
 シャリも竜王も気に入らないけど、今は助かる。 ありがたくこの力使わせてもらう。 私が失いかけたものを取り戻すため。
『では、さらばだ。 無限のソウルを持つ者よ』
「…ありがとう」
 ラドラスが揺れる。 もう長くはもたない。 急がなければ、私は今度こそ何もかも失ってしまう。
 私達は出口へと振り返り、走り出した。



 走る、走る、揺れ動くラドラスを疾風の如く駆ける。
 見覚えのある場所へ出る。 砂漠の民が案内に立つ転送機の場所。
「動力の間に繋がってるのはどこっ?」
「えっ!? あ、えーと、一番端のものですっ」
「ありがとっ!」
 無人の野を行くが如く、私は走る。 邪魔立てするゴーレムを無視してただ真っ直ぐに走る。

 そして私はたどり着いた。

「エステルっ!」
 いた。 みんな、四人の巫女がいた。 ただし何か捕らえられているように拘束されている。 そして部屋の中心には何やらおかしなものもある。
『動力部、不要生命体、混入。 自動排除反応……動作開始。 排除終了条件……生命活動停止』
 斧を構える。
「ねえねえっ、エレンディアっ。 あれ壊しちゃって平気なのぉっ?」
「わからない…けどっ、あれを壊さないとエステル達を助けられないじゃないっ。 助けてから考えるわよっ!」
「壊したと同時にこれ落ちないでしょうねえっ! 落ちたらあんた責任取りなさいよっ!」
「私にできる範囲で責任取るわよっ!」

 おそらく防衛用の設置物と思われる物を壊すと、エステル達の拘束が解け、四人が倒れ伏している。
「エステルっ!」
 私の声にエステルが反応する。 ゆっくりと起き上がると頭を振り、私の方を見たと思うと駆け寄ってくる。
「エレンディア…。 エレンディア! エレンディア! エレンディアっ!!」
「エステルっ!!」
 私も思わずエステルに向かって駆け出す。 そして私達は抱き合った。 私の肩に顔をくっつけてエステルは泣きそうな声で言う。
「さすがに…今回は、ものすっごく恐かったよーっ」
「うん…うん、本当に…よかった」
 私も少し泣きそうだった。
「ボク、ここでラドラスに魔力吸い取られて…、もうダメかと…あ!!」
 大きな声を出してエステルが顔を上げる。
「みんな! 大丈夫!?」
「そなたに心配されるほど弱くはないわ、地の巫女よ」
 エアがそう言いながらゆっくりと立ち上がる。 次いでフレアとイークレムンもよろよろと立ち上がる。
 その時、辺りが大きく揺れた。
「ラドラスが…落ちる…。 このままじゃ、ボク達、ラドラスの皆、それに他にもたくさん被害が出る…。 エア、つらいとは思うけどっ…」
「ふっ、気軽に言うてくれるわ。 よかろう、制御の間へと転送しようぞ」

 エアの強大な魔力で私達は制御の間へと飛ぶ。 着くなりエステルが叫ぶ。
「みんなっ、ボクに魔力を貸してっ! それでみんな脱出してっ。 あとはボクがラドラスを操って砂漠へ沈めるっ!」
「何言ってるのっ!? それじゃあエステルはどうなるのっ!?」
「よいのです。 エレンディア様」
「何がいいのよっ、イークレムンっ! 何もよくないわよっ! 全然よくないっ!」
 巫女達は黙って首を振る。 エステルは制御を始め出す。
「よーしっ、いくよっ!」
「私の言うこと聞きなさいよっ!」
「……………。 これ、結構集中しなきゃいけないんだ。 悪いけど、出て行ってくれる?」
 私の方をわずかに見てエステルが言う。 だけど、
「エステルっ!」
「このままじゃボクもエレンディアも…ううん、それだけじゃない。 もっと多くの人が被害に合うんだよ」
「わかるけど…でも、じゃあエステルはどうなるのっ!?」
「エレンディア…」
 顔も知らない人なんかどうなったっていい、とまでは言わない。 けれど目の前で知っている好きな人に死なれたくはない。 まだ生きている彼女を目の前にして死なせるわけにはいかない。
「エアっ、あなたの魔力でどうにかできない? 何か他に手はない?」
「…エレンディア、ラドラスは地の巫女であるボクにしか動かせないんだよ」
 だがエステルは淡々と無情な言葉を語る。 それでも私は諦められない。
「な、ならっ。 落ちる寸前に脱出する私達の所に呼び出すとかはっ!」
「そんなこと…」
「わかった。 やってみよう、エレンディア」
 エステルが何か言おうとした所、エアが口を挟む。
「本当っ!? できるのっ?」
「エア………。 うん、任せたよっ」
 エステルの言葉を聞いて、みんな出て行く。 仕方なしに私も歩き出す。 でも…、
「っ!?」
 エステルの背中に手をつく。
「…エステル。 死んだら許さないから…。 まだ…お別れはしないから、ね…」
 頬を涙が伝う。 エアはああ言ったが、どうしようもない不安が私の中に渦巻いている。
「絶対…絶対、生きるのよ。 私、あなたのこと好きなんだから、まだまだ一緒に冒険したいんだから…」
「…」
 そして制御の間を出る。 三人の巫女の力で私達は外へと脱出する。 転送の瞬間、制御の間から小さな声が聞こえた。
「…さよなら…エレンディア」
 一気に血の気が引く。
「エステルっ!!」
 消える視界に向かって手を伸ばす。 姿も見えないエステルを掴もうと。
「エステルーーーっ!!」



 広い砂漠で私達はそれを見ていた。 それはスローモーションのようにゆっくりと、そこかしこ崩壊しながら落ちてきた。
 残骸が降り注ぐ中、私はただ呆然とそれを見つめていた。

「すまぬが、魔力を使い果たした。 もはや先程の策はできぬ」
 砂漠に出るなり、エアは言った。 話し出した瞬間になってやっと気づいた、私を外へ出すために言ったのだ。 最初からできないことだったのだ。

 凄まじい轟音とともにラドラスが砂漠に沈む。 私の目からは涙が溢れ出し止まらなかった。
「…エステル……」
 ただじっと見つめていた。 騙したエアが許せない、かっこつけて強がって意地はったエステルも許せない、でも…何より結局不甲斐ないだけだった自分が一番…許せない。
「…うっ……ううっ、うっ……」
「エレンディア様、エステルさんは…」
「言わずともよい、水の巫女よ。 エレンディアならばよい答えを見つけるであろう」
 …聞き流しそうになった言葉が引っかかる。
「よい…答え…?」
「それは自分で見つけるとよい。 何が正しいかは誰にも分からぬ」
 まだ涙は止まらない。 でも何かが私の頭に訴えている。
「そろそろ我らは元の場所へと帰る。 さらばだ、エレンディア。 礼を言う。 そなたのおかげでわらわにも未来が楽しめそうだ」
 そう言うとエアは皆を転送する。 私達も。 最後に見えたエアの笑みは本物の笑みであった。

 気づくとリベルダムの正門前だった。
「エレンディア…」
 いまだ涙を流し呆然と佇む私をルルアンタが心配そうに見上げる。
「…」
 フェティはただ黙って立っている。

 そして、私は気づいた。 そう、私は気づいた。 涙は止まった。
「行くわよっ」
「え? エレンディア、どこに行くのぉ?」
「ラドラスよっ!」
「何をっ!? 今見てたでしょっ! …その…沈んだ、のを…」
 私は二人に振り返り言う。
「見たわ。 だけど…まだ、エステルが死んだって見たわけじゃないっ。 崩れたラドラスで助けを求めてるかもしれないっ。 だから…だから、行くわ、私はっ」
 希望。 そして、僅かな希望へと向かう勇気。 これが私が気づいた答え。 正しいかはわからない。
 だけど、ただ絶望しても何も動かない。 動いて絶望するかもしれない。 でも、いつか新たに動き出せる。 逃げては何も動かない。
 さっきシャリに言いたかった言葉がそのまま自分に返ってくるとは思わなかった。
「…うん、わかった。 行こぉ、エレンディア」
 ルルアンタが私を見てやさしく微笑む。
「…行けばいいんでしょっ。 行ってあげるわよっ」
 フェティも仕方なさそうに答える。
「ええ、エステルを………連れ帰る。 絶対…生きてるっ」

 生きてる。 エステルは生きてる。 
 勇気を振り絞り、私はラドラスに希望を探しに出た。



 照りつける太陽に体中の水分が奪われていく。 砂に足を取られながらも私達はラドラスへとたどり着いた。

 砂漠の民達も疲労の影が色濃い。 エステルの部屋へと足を伸ばす。 当然誰もいない。 ささやかながらかわいく部屋造りしてあったこの部屋も今は墜落のショックでぐちゃぐちゃになってしまっている。
「エステル、これ見たら泣いちゃいそうね」
 誰にもともなく一人呟き、知らず私は片付け始める。 その内、他の部屋を探していたルルアンタとフェティがやってきた。
「エレンディア何してるのぉ?」
「うん…。 片付けてるの。 エステル、いつもきれいにしてたから…こんなぐちゃぐちゃじゃかわいそうだなって」
「…。 うん、ルルアンタも手伝うのぉ!」
 そう言ってルルアンタが近くの本を拾い片付けを手伝ってくれる。
「ア、アタクシはやらないわよっ」
「うん。 別に無理してやってもらわなくていいわよ」
「…。 だ、だいたい、そんなことする暇があるなら、ゴーレムをなんとかしなさいよっ」
「ゴーレム?」
「なんだかゴーレムがうようよいる部屋があるのよっ。 うっとうしくて仕方ないわっ」
「ゴーレム…」
 そんな部屋………あっ!? 精霊神の座所っ!
「精霊神なら、エステルがどこにいるかわかるかもしれないわっ!」
 私は立ち上がる。
「行くわよっ!」
「うんっ」



「エステルっ!?」
 ゴーレムをかいくぐりたどり着くと、そこには座所に祀られているかのように宙に横たわり、微動だにしないエステルの姿があった。
「エステルっ? エステルっ!?」
『…来たか。 無限のソウルを持つ者よ。 我は待っておった』
 辺りに声が響く。 地の精霊神、グラジェオン。 前に一度エステルと声を聞いた。
「エステルは…どうなったのっ? ………死ん…で…しまっ……た、の?」
 口にするのもつらい、返事を聞くのも怖い。 だけど聞くためにここに来た。
『地の巫女、エステルは、空中都市崩壊による魔法力場の嵐より世界を守るため、この地にて、自ら封印になっている』
「…それって…人柱、ってこと…?」
『生命活動はしている。 ただしその全ては封印のための魔力に注がれている』
 生きてる。 …生きてるっ。 嬉しくて涙が出る。 だけど、
「でも、一生このままってことなのっ?」
『…。 エステルを救う方法、なきにしもあらず。 我が力が完全に復活したならば力場の乱れ、収めてしんぜよう』
「どうすればいいのっ?」
『巨人パンタ・レイを倒すがよい。 さすればエステルは封印に縛られる必要なし。 汝とともに再び旅だつこともできよう』
「わかった。 やるわ」
 考えなかったわけじゃない。 だけど、二つ返事で決断した。 目の前に救える命があるのに、放っておけるわけがなかったからだ。
『よし。 ならば、汝を精霊の座へと導かん』



「行くわよっ。 二人ともっ」
「うんっ」
「仕方ないから、やってあげるわよっ」
 私達はそれぞれ武器を構え、立ちふさがる巨人に向かって駆け出した。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
 激戦の末、巨人を打ち破る。 辺りに濃い魔力がたち込めてくる。 次の瞬間、私達は再び座所へと転送された。
『よくぞ、巨人パンタ・レイを倒した。 これで、我の力を妨げる者はない。 礼を言うぞ、無限のソウルを持つ者よ』
「…はぁっ、あなたの…ため、じゃない。 私のため、よ」
『これでエステルも解放されよう。 目覚めるがよい、地の巫女よ…』
 まばゆい光が辺りを照らす。 そして、次の瞬間にはエステルが立っていた。
 ぼんやりと首をめぐらし、私と目が合う。
「エレンディア…。 どうして…?」
『ではさらばだ。 無限のソウルを持つ者よ…』
 強大な魔力により再び転送される。 目を開くと、座所への道の入り口付近だった。

「エステルっ」
 近づこうとした私にエステルがこわばった顔で問い掛ける。
「どうしてパンタ・レイを倒したの?」
「…エステルを…あなたを助けるためよっ」
「ボクを助ける…ため…?」
 驚いた顔をしたと思うとエステルはがっくりと肩を落とす。
「エレンディア、キミはボクを助けるべきじゃなかったんだ。 ボクは巫女として完全に覚醒し全てを知った。 そう、エアのように」
 そして悲しげな目で私を見る。
「キミは…利用されていたんだ。 地の精霊神グラジェオンにね。 闇の聖母神ティラを封じる巨人が邪魔だったグラジェオンの策略にね」
「…」
「…せっかくボクが、封じていたのに…。 悲しみと怒りと憎しみで闇に落ちたティラの封じを…キミは解いてしまったんだ…」
 エステルがぎりっと奥歯を噛みしめ俯く。
「キミはボクを助けるべきじゃ、なかったのに…。 だのに…」
「…嫌よ」
「…エレンディア?」
「…どうして助けられる大切な人を放っておけるのよ。 そんなの…私は嫌よっ!」
 エステルはうっすら涙を浮かべながら、怒りの表情へと変わる。
「世界中の人たちの命がかかってるんだよっ! エレンディアはボク一人のために世界中の人たちを不幸にするのかいっ!?」
「世界はあなたのものじゃないでしょうっ!? なんであなただけが世界のために犠牲になるのよっ!!」
 エステルの叫びに私も叫ぶ。
「あなたも…世界中の人たちの一人なのよっ! 世界中の人たちで立ち向かうべきことを勝手に一人で背負わないでよっ! 勝手に…諦めてるんじゃないわよっ!!」
「そんなこと言ったって、あの時ラドラスを動かせたのはボクだけなんだよっ!? ボクがやるしかないじゃないかっ! そういうことだってあるんだよっ!!」
「…そう、かもしれない。 でも今エステルを救えたのも私だけなのっ。 だから助けたのよっ、同じじゃないっ!!」
「…っ」
 エステルが泣きながら私に抱きついてくる。
「バカだよ…。 本当にバカだよ、キミは…」
 私も泣きながらエステルを抱き返す。
「生きててよかった…。 また会えて…本当に、よかった…」
「ゴメン…。 ゴメン…。 本当はうれしいです。 ゴメン…。 ありがとう…」
 胸の中でエステルが呟く。 腕に感じるエステルのやわらかく暖かい感触。 もう会えないかもしれないと泣いたのは無駄になってくれた。
「大好きよ、エステル…。 会いたかった…」
 だから私もエステルの首もとに顔をうずめ、泣きながら呟いた。
「ううぅ…あああぁぁ」
「うっうぅ…うぅぅ…」
 二人抱き合ってしばらく泣き続けた。

 何が大切な人と別れをもたらすかはわからない。 けれど思いはけっして別れない。 絆はけして離さない。

 切れ掛かった絆を再び繋ぎとめた私は涙とともに誓った。



(終)
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