数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
葛ちゃんがわたしのクラスメートになって、しばらく経ったある日の事。
「はとちゃーん、帰ろー」
「あ、うん」
自分の机でぼんやりとしていたら、陽子ちゃんが声をかけてきた。 横にはお凛さんもいる。
「あれ? 子供いないね?」
「あ、うん。 葛ちゃんは先に帰ったんだけど…。 陽子ちゃん、葛ちゃん、だってば。 まだそんな呼び方して…」
「いーのよ。 子供で充分でしょ。 誰がどー見たって子供なんだし」
数分前、
「では桂おねーさん、申し訳ありませんが、今日もお先に失礼させていただきますね」
授業が終わったと同時に帰る準備をしている葛ちゃんが言う。
「今日も? 昨日も一緒に帰ってないよね? どうかしたの?」
「現在の状況を劇的に変化させるでしょう悪魔のようなプロジェクトが、目下資材搬入まで進行しているわけなのですよ」
「……悪魔のような? 小悪魔のようなじゃないの?」
「小悪魔で済むような生易しいものではないので」
そう言って笑う葛ちゃんは悪魔と呼ぶにはかわいいと思うのですが。
「それではおねーさん。 快適な生活をお送りするために、申し訳ありませんが失礼させていただきますね」
「葛ちゃん、ホームルームまだだよ?」
「いえいえ、お構いなくー」
そう言ってあっという間に教室を出て行く。
以上回想終わり。
「珍しい事もあるのですね。 羽藤さんにべったりだと思っていたのですけど」
「まあうっとうしいのがいなくていーじゃない」
「陽子ちゃんっ」
「はいはい。 でもあの子いるとお凛が2人いるみたいでイヤなんだよねー」
「それはどういう意味かしら? 奈良さん」
「さ、はとちゃん、さっさと帰ろ」
「あはは…」
車でお出迎えのお凛さんと校門で別れ、陽子ちゃんと街を歩いてたら、携帯が鳴った。
「あ、陽子ちゃん、ごめん。 電話」
「うそん、はとちゃん。 あたし電話してないんですけど?」
陽子ちゃんの茶々を無視して電話を取る。
「もしもし?」
『あ…千羽烏月と申しますが、羽藤桂さんでいらっしゃいますか?』
「あ、烏月さんっ」
「うおっ、烏月って言うとアレだな! あのたまに会いに来る美人だなっ!」
人の電話に絡んでくるのは失礼だと思うのです。 マナーは大切に。 わたし羽藤桂は乗り物ではマナーモードを心がけています。
『やあ桂さん。 久しぶり』
「どうしたの? こっちに来てもらえるのかな?」
『いや…その逆でね。 しばらく沖縄に行かなくてはならなくなって、それを伝えようかと思って電話したんだ』
「そうなんだ…」
余程声に出てたのだろう。 烏月さんはとりなすように言ってくれる。
『用が済み次第顔を出させてもらうよ。 …それじゃあ桂さん、また』
「うん、気をつけてね」
『ああ』
「あらら、はとちゃん。 フラれちゃった?」
「違うよっ。 …烏月さん、しばらく来られないって」
「うんうん、かわいそうなはとちゃん。 わたしが愛してるから心配いらないわよ」
「もう、陽子ちゃんてば」
ーーー
翌朝、教室に入るなり陽子ちゃんが抱きついてきた。
「はとちゃんっ。 わたし達離れ離れになってもずっとこの愛は変わらないからねっ」
「わ。 よ、陽子ちゃんっ!? どうしたの?」
見ると陽子ちゃんは涙目だった。
「離れ離れ、って?」
「実は昨日帰ったら、急に引っ越すって話聞かされて…」
「ええっ!?」
「お家の方のご都合だそうで」
「それは大変ですねー」
「ううっ、はとちゃん、わたしのこと忘れないでねっ。 ずっとずっと愛してるからねっ」
「ううぅっ、陽子ちゃーん」
突然すぎる別れの話にわたしは泣き出してしまった。
その日の帰り、陽子ちゃんとも別れ一人家へと向かっていたら、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『ああ、桂かい? あたしだよ』
「あ、サクヤさん」
『ちょっとしばらく顔出せそうになくなったんでね。 連絡しとこうかと思ってさ』
「へ?」
『いやね、海外で蝶を撮ってくるっていう仕事なんだけど、やたらと報酬がよくってね。 土産になんかリクエストはあるかい?』
「…」
『桂?』
「サクヤさんもいなくなっちゃうんだ…」
『なんだい、『も』ってのは?』
「うん、烏月さんはお仕事でしばらくこれないって連絡あったし、陽子ちゃんは急に引っ越すことになっちゃったし…」
『葛は?』
「あ、葛ちゃんはいるよ。 今日もわたしが落ちこんでたから、泊まりにきてくれるって言ってたし」
『…』
「サクヤさん?」
『あたしの仕事、今日突然入ったんだよねえ…』
「?」
それがどうかしたのだろうか。 何を言っているのかわからない。
『最近葛の様子が変だった事はないかい?』
「別になかったけど…。 あ、何か悪魔のようなプロジェクトとか言ってたことはあったけど、葛ちゃんがどうかしたの?」
『フ、フフ、やってくれるねえ………あのガキっ!』
「え? サクヤさん?」
『桂っ、今どこだいっ? 今すぐ…』
「あれっ? サクヤさん?」
電話が切れた。 見ると圏外になっている。
「あれ? なんで?」
家の近くで圏外になったなんて初めてだ。
なんだか不安が高まる。
世界で一人になってしまったような喪失感。
お母さんが亡くなってしまった時のような寂寥感。
これからわたしはどうしたら…
「どーかしましたか? 桂おねーさん」
「わ、葛ちゃん!?」
ぼんやりと立ち止まっていた所に、唐突に声をかけられ驚く。
「はいです。 若杉葛でございます。 そんなに驚かれました?」
「う、うん。 突然だったから」
「でもおねーさん、こんな所でぼんやりしてたら車に轢かれちゃいますよ?」
「あ、うん。 そうなんだけど、携帯が圏外になってて…。 なんでかな? この辺りで圏外になるなんて今まで無かったのに…」
「さあ…。 この辺りだけ地磁気が乱れているのでは?」
「チジキ?」
「はい。 読んで字のごとく地の磁場ですね」
「それが乱れてると携帯が繋がらないの?」
「そうですねー。 一般に通信などに影響を与える、と言われてますねー」
「そうなんだー」
「なんか元気ないですね、桂おねーさん。 大丈夫ですか?」
くりくりしたかわいい大きな目がわたしを見つめている。 そうだよね、わたしはひとりぼっちではない。 葛ちゃんもいるし、皆だってしばらくすればすぐまた会える。
「ううん、大丈夫。 ありがと、葛ちゃん」
だから一応年上のわたしは精一杯の元気で葛ちゃんに応える。
「桂おねーさん…大丈夫、わたしがついてます」
わたしの手を両手で握り優しい目をして言ってくれる。
「葛ちゃんは優しいね」
「…ええ。 桂おねーさんには」
「え?」
「いえ、なんでもありません。 ささ、おねーさんの家に向かいましょう」
2人手を取り合って家に向かって歩き出した。
「ごちそうさま」
「ごちそーさまです」
夕食を食べ終わり、2人でお茶を飲む。
「あ、そうだ」
「どうかしましたか?」
「うん。 さっきね、葛ちゃんに会う前サクヤさんと携帯で話してる途中で切れちゃったんだけど、家の電話からなら通じるよね?」
「あー…、でもお仕事で海外なんでしょう? 今ごろは空の上でお休み中では?」
「ああ、そうか…」
時差対策は睡眠のタイミング次第、と誰かが言っていたような。 …あれ?
「わたし葛ちゃんにサクヤさんが海外に仕事で行く、って話してないよ?」
「…。 いえいえ、先ほど桂おねーさんが電話で話しているのを聞いたのですよ。 お話中だったので、声をかけられなかったのですが」
「あ、そうなんだ」
と、突然ピーッと音が鳴る。 でもわたしの携帯ではない、ということは…、
「あはは、すいません。 わたしのようですね」
「あ、気にしないで」
「では失礼して。 …わたしです」
葛ちゃんが取り出したのは携帯ではなく、トランシーバーのような見た目の物。 ああ、携帯じゃないからあんな音だったんだ。
話し出した葛ちゃんの顔色が変わる。
「逃がしたっ!? 何をやっているんですかっ、あなた達はっ!」
わたしより年下と思えない厳しく冷たい叱責の言葉。 よくわからないが、何かあったらしい。
「目的地はわかっています。 すぐに全員こちらに集めてください。 今の人数では足りないかもしれないですから」
こちら?
「桂おねーさん、今からドライブと参りましょう」
話を終えると葛ちゃんはわたしにこう言った。
「えっと…どうかしたの?」
「『鬼』がこちらに向かっているようなのです」
葛ちゃんの裏の顔(?)、鬼切頭としてのトラブルらしい。 葛ちゃんが話してくれないのでわたしはよく知らないのだけど、鬼退治のお仕事らしい。
「…えっと、どうして?」
「それは…ええ…鬼切頭のわたしを狙っているのですよ。 嫌われてますから、わたしは」
「ええっ!? たいへん、逃げなきゃっ!」
「そうなんですよ。 おねーさんまで巻き込んで申し訳ないのですが…」
「そんなの構わないよっ。 それより早く逃げないとっ」
そう言うと、葛ちゃんははたして余裕なのか、満足そうに笑って言った。
「そうですね。 桂おねーさん、早く逃げましょうー」
外に出るとおっきな黒い車が停まっていた。 それを見て葛ちゃんがため息をつく。
「はあ…役に立たない部下を持つと苦労しますね。 これでどうやって逃げるんですか」
「どうかした?」
「隠密と言う言葉があるように、逃げる時は如何にして目立たないか、は基本じゃないですか。 なのにこんな目立つ車を用意して」
「でも速そうだよ?」
「ですから、目立たなくて速い車を用意するのが当たり前だと言いたい訳です。 でもま、仕方ないですね、事は一刻を争いますから」
2人して車に乗りこみ、車は走り出す。
「ところで葛ちゃん、どこに逃げるの?」
「そうですねえ…」
ーーー
「うわー。 わたしこんな所初めて来たよー」
家からかなり離れた豪華なホテルのスイートルーム。 テレビで見た事ならあるが、実際に来る日が訪れようとは思わなかった。
「さすがに疲れましたねー。 今夜はもう休みましょうか」
わたしの手を握る手の力が弱い。 横を見ると葛ちゃんは眠そうにふらふらしている。 あまり見ることないけど年相応のその様子はとてもかわいい。
「そうだね。 でもその前にお風呂に入ろ?」
「え? いや…今夜はいいですよ。 なんだったら桂おねーさんだけでもどうぞ」
「だめだよ葛ちゃん。 お風呂はちゃんと入らなきゃ」
離れようとした手をしっかりと掴み直し、お風呂場へと連行。
「うわー、お代官様ご勘弁をー。 義朝公も湯殿で殺されちゃったんですよー」
「あー、さっぱりした」
「そうですねー」
入る前はごねていた葛ちゃんだが、どうやらお風呂が嫌いという訳ではないらしい。
備え付けのガウンを着てみるが、ちょっとわたしや葛ちゃんには大きすぎの様子。 仕方がないので、来た時の服を着る。 着の身着のままで来たのだから仕方ない。
「おやおや着替えくらい用意してなかったのかい?」
と、突然声がかかる。 聞きなれた声。
「サクヤさんっ!」
部屋のソファーにサクヤさんがぐったりした様子で座っていた。
「…どうして…」
葛ちゃんが呟く。 確かになんでここにサクヤさんがいるんだろう?
「あたしの鼻は特別でね」
「…一応コロンを付けた囮も動いているはずなんですが」
「逆効果だね。 あんなに匂いが残ってるわけないんだよ」
「…なるほど。 つくづく使えない者達ですね。 機転のきの字も見つからない」
2人の会話についていけない。
「2人とも何言ってるの?」
「さあ? 葛に聞いてみればどうだい?」
葛ちゃんは窓の外を見て押し黙っている。 外の様子を伺っているのだろうか。
「あのね、サクヤさん。 今葛ちゃん、鬼から逃げてる所なんだよ」
「へええー」
どこまで人の話を聞いてるのか生返事で返しつつ、サクヤさんは葛ちゃんを見る。
「それはたいへんだねえ。 じゃああたしが守ってあげるよ」
葛ちゃんがサクヤさんを睨む。
突然鬼とか言っても信じられないだろうけど、あーゆー態度はよくないと思うのです。 葛ちゃんがムッとするのはよくわかる。
「本当なんだよ、サクヤさん」
「別に嘘ついてるなんて思ってないさ。 あたしもこの部屋で休ませてもらうから心配ないって。 なあ葛、問題あるかい?」
「………こうなっては仕方ないですね」
翌日学校に行くと陽子ちゃんがいて、引越しは中止になったとの事。 2人で抱き合って喜んだ。
そして帰り、今日一日落ちこんでいた葛ちゃんだったが、別れ際、
「桂おねーさん、わたしはあきらめませんからっ」
そう言って走っていってしまった。
「何を?」
何がなんだかわからないわたしは一人立ち尽くしていた。
それからさらに翌日。
「あれ? 葛ちゃん何してるの?」
「あ、桂おねーさん。 もうすぐ修学旅行じゃないですか。 奈良・京都の地理を調べているのですよ」
「え? もうすぐ、って…まだまだ一月以上先だよ?」
「いえいえ。 計画は早めに綿密に立てておくものなんですよ? コマの能力も今回で充分わかりましたし」
「え?」
「いえいえ、お気になさらず」
机にガイドブックや地図を広げ、メモをとる葛ちゃん。
「…そうだよね。 準備は早め早めだね、わたしにも見せて?」
わたしも『用意周到』をモットーにする身。 葛ちゃんの言葉に考えを改める。
2人でガイドブックを見ながら話す。
「楽しい修学旅行になるといいね?」
「そうですね。 楽しい旅行にしましょう」
「うんっ」
笑顔で返す。 すると葛ちゃんも笑顔で、
「今度は失敗はしませんから」
と言った。
何の事だかよくわからなくて、首をかしげるが、葛ちゃんは何も言わずに、
「うふふっ♪」
と微笑んだ。
それは魅入られてしまいそうなくらいかわいい、小悪魔のような微笑みだった。
(終)
「はとちゃーん、帰ろー」
「あ、うん」
自分の机でぼんやりとしていたら、陽子ちゃんが声をかけてきた。 横にはお凛さんもいる。
「あれ? 子供いないね?」
「あ、うん。 葛ちゃんは先に帰ったんだけど…。 陽子ちゃん、葛ちゃん、だってば。 まだそんな呼び方して…」
「いーのよ。 子供で充分でしょ。 誰がどー見たって子供なんだし」
数分前、
「では桂おねーさん、申し訳ありませんが、今日もお先に失礼させていただきますね」
授業が終わったと同時に帰る準備をしている葛ちゃんが言う。
「今日も? 昨日も一緒に帰ってないよね? どうかしたの?」
「現在の状況を劇的に変化させるでしょう悪魔のようなプロジェクトが、目下資材搬入まで進行しているわけなのですよ」
「……悪魔のような? 小悪魔のようなじゃないの?」
「小悪魔で済むような生易しいものではないので」
そう言って笑う葛ちゃんは悪魔と呼ぶにはかわいいと思うのですが。
「それではおねーさん。 快適な生活をお送りするために、申し訳ありませんが失礼させていただきますね」
「葛ちゃん、ホームルームまだだよ?」
「いえいえ、お構いなくー」
そう言ってあっという間に教室を出て行く。
以上回想終わり。
「珍しい事もあるのですね。 羽藤さんにべったりだと思っていたのですけど」
「まあうっとうしいのがいなくていーじゃない」
「陽子ちゃんっ」
「はいはい。 でもあの子いるとお凛が2人いるみたいでイヤなんだよねー」
「それはどういう意味かしら? 奈良さん」
「さ、はとちゃん、さっさと帰ろ」
「あはは…」
車でお出迎えのお凛さんと校門で別れ、陽子ちゃんと街を歩いてたら、携帯が鳴った。
「あ、陽子ちゃん、ごめん。 電話」
「うそん、はとちゃん。 あたし電話してないんですけど?」
陽子ちゃんの茶々を無視して電話を取る。
「もしもし?」
『あ…千羽烏月と申しますが、羽藤桂さんでいらっしゃいますか?』
「あ、烏月さんっ」
「うおっ、烏月って言うとアレだな! あのたまに会いに来る美人だなっ!」
人の電話に絡んでくるのは失礼だと思うのです。 マナーは大切に。 わたし羽藤桂は乗り物ではマナーモードを心がけています。
『やあ桂さん。 久しぶり』
「どうしたの? こっちに来てもらえるのかな?」
『いや…その逆でね。 しばらく沖縄に行かなくてはならなくなって、それを伝えようかと思って電話したんだ』
「そうなんだ…」
余程声に出てたのだろう。 烏月さんはとりなすように言ってくれる。
『用が済み次第顔を出させてもらうよ。 …それじゃあ桂さん、また』
「うん、気をつけてね」
『ああ』
「あらら、はとちゃん。 フラれちゃった?」
「違うよっ。 …烏月さん、しばらく来られないって」
「うんうん、かわいそうなはとちゃん。 わたしが愛してるから心配いらないわよ」
「もう、陽子ちゃんてば」
ーーー
翌朝、教室に入るなり陽子ちゃんが抱きついてきた。
「はとちゃんっ。 わたし達離れ離れになってもずっとこの愛は変わらないからねっ」
「わ。 よ、陽子ちゃんっ!? どうしたの?」
見ると陽子ちゃんは涙目だった。
「離れ離れ、って?」
「実は昨日帰ったら、急に引っ越すって話聞かされて…」
「ええっ!?」
「お家の方のご都合だそうで」
「それは大変ですねー」
「ううっ、はとちゃん、わたしのこと忘れないでねっ。 ずっとずっと愛してるからねっ」
「ううぅっ、陽子ちゃーん」
突然すぎる別れの話にわたしは泣き出してしまった。
その日の帰り、陽子ちゃんとも別れ一人家へと向かっていたら、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『ああ、桂かい? あたしだよ』
「あ、サクヤさん」
『ちょっとしばらく顔出せそうになくなったんでね。 連絡しとこうかと思ってさ』
「へ?」
『いやね、海外で蝶を撮ってくるっていう仕事なんだけど、やたらと報酬がよくってね。 土産になんかリクエストはあるかい?』
「…」
『桂?』
「サクヤさんもいなくなっちゃうんだ…」
『なんだい、『も』ってのは?』
「うん、烏月さんはお仕事でしばらくこれないって連絡あったし、陽子ちゃんは急に引っ越すことになっちゃったし…」
『葛は?』
「あ、葛ちゃんはいるよ。 今日もわたしが落ちこんでたから、泊まりにきてくれるって言ってたし」
『…』
「サクヤさん?」
『あたしの仕事、今日突然入ったんだよねえ…』
「?」
それがどうかしたのだろうか。 何を言っているのかわからない。
『最近葛の様子が変だった事はないかい?』
「別になかったけど…。 あ、何か悪魔のようなプロジェクトとか言ってたことはあったけど、葛ちゃんがどうかしたの?」
『フ、フフ、やってくれるねえ………あのガキっ!』
「え? サクヤさん?」
『桂っ、今どこだいっ? 今すぐ…』
「あれっ? サクヤさん?」
電話が切れた。 見ると圏外になっている。
「あれ? なんで?」
家の近くで圏外になったなんて初めてだ。
なんだか不安が高まる。
世界で一人になってしまったような喪失感。
お母さんが亡くなってしまった時のような寂寥感。
これからわたしはどうしたら…
「どーかしましたか? 桂おねーさん」
「わ、葛ちゃん!?」
ぼんやりと立ち止まっていた所に、唐突に声をかけられ驚く。
「はいです。 若杉葛でございます。 そんなに驚かれました?」
「う、うん。 突然だったから」
「でもおねーさん、こんな所でぼんやりしてたら車に轢かれちゃいますよ?」
「あ、うん。 そうなんだけど、携帯が圏外になってて…。 なんでかな? この辺りで圏外になるなんて今まで無かったのに…」
「さあ…。 この辺りだけ地磁気が乱れているのでは?」
「チジキ?」
「はい。 読んで字のごとく地の磁場ですね」
「それが乱れてると携帯が繋がらないの?」
「そうですねー。 一般に通信などに影響を与える、と言われてますねー」
「そうなんだー」
「なんか元気ないですね、桂おねーさん。 大丈夫ですか?」
くりくりしたかわいい大きな目がわたしを見つめている。 そうだよね、わたしはひとりぼっちではない。 葛ちゃんもいるし、皆だってしばらくすればすぐまた会える。
「ううん、大丈夫。 ありがと、葛ちゃん」
だから一応年上のわたしは精一杯の元気で葛ちゃんに応える。
「桂おねーさん…大丈夫、わたしがついてます」
わたしの手を両手で握り優しい目をして言ってくれる。
「葛ちゃんは優しいね」
「…ええ。 桂おねーさんには」
「え?」
「いえ、なんでもありません。 ささ、おねーさんの家に向かいましょう」
2人手を取り合って家に向かって歩き出した。
「ごちそうさま」
「ごちそーさまです」
夕食を食べ終わり、2人でお茶を飲む。
「あ、そうだ」
「どうかしましたか?」
「うん。 さっきね、葛ちゃんに会う前サクヤさんと携帯で話してる途中で切れちゃったんだけど、家の電話からなら通じるよね?」
「あー…、でもお仕事で海外なんでしょう? 今ごろは空の上でお休み中では?」
「ああ、そうか…」
時差対策は睡眠のタイミング次第、と誰かが言っていたような。 …あれ?
「わたし葛ちゃんにサクヤさんが海外に仕事で行く、って話してないよ?」
「…。 いえいえ、先ほど桂おねーさんが電話で話しているのを聞いたのですよ。 お話中だったので、声をかけられなかったのですが」
「あ、そうなんだ」
と、突然ピーッと音が鳴る。 でもわたしの携帯ではない、ということは…、
「あはは、すいません。 わたしのようですね」
「あ、気にしないで」
「では失礼して。 …わたしです」
葛ちゃんが取り出したのは携帯ではなく、トランシーバーのような見た目の物。 ああ、携帯じゃないからあんな音だったんだ。
話し出した葛ちゃんの顔色が変わる。
「逃がしたっ!? 何をやっているんですかっ、あなた達はっ!」
わたしより年下と思えない厳しく冷たい叱責の言葉。 よくわからないが、何かあったらしい。
「目的地はわかっています。 すぐに全員こちらに集めてください。 今の人数では足りないかもしれないですから」
こちら?
「桂おねーさん、今からドライブと参りましょう」
話を終えると葛ちゃんはわたしにこう言った。
「えっと…どうかしたの?」
「『鬼』がこちらに向かっているようなのです」
葛ちゃんの裏の顔(?)、鬼切頭としてのトラブルらしい。 葛ちゃんが話してくれないのでわたしはよく知らないのだけど、鬼退治のお仕事らしい。
「…えっと、どうして?」
「それは…ええ…鬼切頭のわたしを狙っているのですよ。 嫌われてますから、わたしは」
「ええっ!? たいへん、逃げなきゃっ!」
「そうなんですよ。 おねーさんまで巻き込んで申し訳ないのですが…」
「そんなの構わないよっ。 それより早く逃げないとっ」
そう言うと、葛ちゃんははたして余裕なのか、満足そうに笑って言った。
「そうですね。 桂おねーさん、早く逃げましょうー」
外に出るとおっきな黒い車が停まっていた。 それを見て葛ちゃんがため息をつく。
「はあ…役に立たない部下を持つと苦労しますね。 これでどうやって逃げるんですか」
「どうかした?」
「隠密と言う言葉があるように、逃げる時は如何にして目立たないか、は基本じゃないですか。 なのにこんな目立つ車を用意して」
「でも速そうだよ?」
「ですから、目立たなくて速い車を用意するのが当たり前だと言いたい訳です。 でもま、仕方ないですね、事は一刻を争いますから」
2人して車に乗りこみ、車は走り出す。
「ところで葛ちゃん、どこに逃げるの?」
「そうですねえ…」
ーーー
「うわー。 わたしこんな所初めて来たよー」
家からかなり離れた豪華なホテルのスイートルーム。 テレビで見た事ならあるが、実際に来る日が訪れようとは思わなかった。
「さすがに疲れましたねー。 今夜はもう休みましょうか」
わたしの手を握る手の力が弱い。 横を見ると葛ちゃんは眠そうにふらふらしている。 あまり見ることないけど年相応のその様子はとてもかわいい。
「そうだね。 でもその前にお風呂に入ろ?」
「え? いや…今夜はいいですよ。 なんだったら桂おねーさんだけでもどうぞ」
「だめだよ葛ちゃん。 お風呂はちゃんと入らなきゃ」
離れようとした手をしっかりと掴み直し、お風呂場へと連行。
「うわー、お代官様ご勘弁をー。 義朝公も湯殿で殺されちゃったんですよー」
「あー、さっぱりした」
「そうですねー」
入る前はごねていた葛ちゃんだが、どうやらお風呂が嫌いという訳ではないらしい。
備え付けのガウンを着てみるが、ちょっとわたしや葛ちゃんには大きすぎの様子。 仕方がないので、来た時の服を着る。 着の身着のままで来たのだから仕方ない。
「おやおや着替えくらい用意してなかったのかい?」
と、突然声がかかる。 聞きなれた声。
「サクヤさんっ!」
部屋のソファーにサクヤさんがぐったりした様子で座っていた。
「…どうして…」
葛ちゃんが呟く。 確かになんでここにサクヤさんがいるんだろう?
「あたしの鼻は特別でね」
「…一応コロンを付けた囮も動いているはずなんですが」
「逆効果だね。 あんなに匂いが残ってるわけないんだよ」
「…なるほど。 つくづく使えない者達ですね。 機転のきの字も見つからない」
2人の会話についていけない。
「2人とも何言ってるの?」
「さあ? 葛に聞いてみればどうだい?」
葛ちゃんは窓の外を見て押し黙っている。 外の様子を伺っているのだろうか。
「あのね、サクヤさん。 今葛ちゃん、鬼から逃げてる所なんだよ」
「へええー」
どこまで人の話を聞いてるのか生返事で返しつつ、サクヤさんは葛ちゃんを見る。
「それはたいへんだねえ。 じゃああたしが守ってあげるよ」
葛ちゃんがサクヤさんを睨む。
突然鬼とか言っても信じられないだろうけど、あーゆー態度はよくないと思うのです。 葛ちゃんがムッとするのはよくわかる。
「本当なんだよ、サクヤさん」
「別に嘘ついてるなんて思ってないさ。 あたしもこの部屋で休ませてもらうから心配ないって。 なあ葛、問題あるかい?」
「………こうなっては仕方ないですね」
翌日学校に行くと陽子ちゃんがいて、引越しは中止になったとの事。 2人で抱き合って喜んだ。
そして帰り、今日一日落ちこんでいた葛ちゃんだったが、別れ際、
「桂おねーさん、わたしはあきらめませんからっ」
そう言って走っていってしまった。
「何を?」
何がなんだかわからないわたしは一人立ち尽くしていた。
それからさらに翌日。
「あれ? 葛ちゃん何してるの?」
「あ、桂おねーさん。 もうすぐ修学旅行じゃないですか。 奈良・京都の地理を調べているのですよ」
「え? もうすぐ、って…まだまだ一月以上先だよ?」
「いえいえ。 計画は早めに綿密に立てておくものなんですよ? コマの能力も今回で充分わかりましたし」
「え?」
「いえいえ、お気になさらず」
机にガイドブックや地図を広げ、メモをとる葛ちゃん。
「…そうだよね。 準備は早め早めだね、わたしにも見せて?」
わたしも『用意周到』をモットーにする身。 葛ちゃんの言葉に考えを改める。
2人でガイドブックを見ながら話す。
「楽しい修学旅行になるといいね?」
「そうですね。 楽しい旅行にしましょう」
「うんっ」
笑顔で返す。 すると葛ちゃんも笑顔で、
「今度は失敗はしませんから」
と言った。
何の事だかよくわからなくて、首をかしげるが、葛ちゃんは何も言わずに、
「うふふっ♪」
と微笑んだ。
それは魅入られてしまいそうなくらいかわいい、小悪魔のような微笑みだった。
(終)
カラコロ、と音を立て歩く。 音は二つ、寄り添って。
バスを降りる頃には祭囃子が聞こえていた。 駅の前に降り立つと、もう夕暮れ。 付近には一面に提灯が飾られていて、俄然お祭り気分が盛り上がってくる。
「おやおや、たいそうな美人が現れたと思ったらお嬢さん達か」
唐突に声をかけられ振り向くと、駅員さんだった。
「あ、こんばんは」
隣では烏月さんが会釈をしている。
「いやいや、見違えたねえ。 私が後10年若ければ声をかけているところだ」
「…声かけたじゃないですか」
それに10年で済ますのはいかがなものかと思うのです。
「はっはっは、確かに」
「あの、お祭りはどこでやってるんですか?」
「ああ、銀座通りを抜けた所に小さな社があるんだ。 そこでやっているよ」
「ありがとうございます」
「どれ、私が案内しよう」
「…そろそろ帰宅の人達が来るんじゃないんですか?」
「おっと、そうだった」
苦笑しつつ鋏をくるくると回す。
「まあ、都会とは違って小さな祭りだが、楽しんでらっしゃい」
「はいっ。 行こっ、烏月さんっ」
「ああ」
ほとんど同じ世代のいない経観塚とは言え、いないわけではなくて。 また同世代でなくとも、とても10代には見えない色気の今日の烏月さんは、この宴には過ぎた大輪の花なわけで。
何が言いたいのかと言うと、さっきから前に進めない状態になっている。
「なあ一緒に行かないか?」
「こっちも二人なんだけど」
「それ、何持ってんの?」
「せめて名前だけでもっ」
等など。 どこにこんなに人がいたのかと思うくらい男の人が集まっている。
烏月さんは無視をきめこんでカラコロと歩いていくが、こういう事態に慣れてないわたしは少々パニック状態なわけで。
「う、烏月さんー。 どうしようー」
「気にする事はない。 相手にしなければいいんだ」
そうは言っても。
「でもでも、人に話しかけられて無視するのは…」
「…そうだね。 でもここで一人一人相手をしていては祭りどころではなくなってしまうしね」
「あ、うん。 そうだね」
「とは言え、これでは埒があかないな」
と、さすがに烏月さんも閉口していた所、
「あら、千羽さんに羽藤さん」
群がっている男の人達の向こうに見えるのは、さかき旅館のおかみさんだった。
「二人とも素敵ねえ。 これじゃあこんな騒ぎにもなるわねえ」
「あはは…」
「おかみさん?」
おかみさんの隣の人が声をかける。
「あら、いけない。 …どうかしら、わたしは宿の者達と向かうところなんだけど、ご一緒にいかが?」
この状況を察してくれたようで、おかみさんが助け舟を出してくれる。
「あ、ぜひ。 ね、烏月さん?」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
おかみさんのおかげで普通に歩けるようになった。 まあまだ遠巻きにして皆様いらっしゃいますが。
「あっ、烏月さん。 おとといのクレープ屋さんだよ」
「ああ。 あの時は悪い事をしたね」
「ううん。 それはいいんだけど、あの時烏月さん全然食べられなかったでしょ? また今度一緒に食べに行こうね」
「…ああ、そうだね。 一緒に行こう」
今度がいつか、それはわからない。 明日行けるかもしれないし、何年も先かもしれない。 だから、わからないから、わたしは今約束をした。
約束は誓い。
いつになろうともわたしは烏月さんと一緒に行く。 烏月さんも行こうと言ってくれた。 わたしは烏月さんを信じている。
だから、この約束は必ず守られる。
祭囃子がすぐ近くに聞こえていた。
「ほら、奢りだ。 持ってきなっ」
「えっ? いいんですか?」
屋台のおじさんから、わたあめを差し出される。
「ああ。 こんなに人が集まるのは随分久しぶりだ。 べっぴんさん達のおかげだよ」
「ねえ。 本当千羽さんには感謝しています」
「い、いや私は…」
「ふふっ」
烏月さんには悪いけど笑ってしまう。 実際に烏月さんが何かしたわけではないのだが、今いる人達を集めたのは確かに烏月さんだ。
「ありがとうございます」
差し出されたわたあめをわたしが受け取る。
「楽しんでってくんな」
「はい」
「はい、烏月さん」
わたあめを烏月さんに差し出す。
「いや私は構わないから。 桂さんが食べてくれていいよ」
「だめだよ。 これは烏月さんへの奢りなんだから、ちゃんと烏月さんが食べなきゃ」
烏月さんは少し困った顔を浮かべたが、すぐに優しい笑顔を浮かべて、
「じゃあ二人で食べようか。 それならいいかな?」
そう言った。
「あ、うん。 ありがとう、烏月さん」
「はい」
わたあめを烏月さんの口元に向ける。 烏月さんの右手には維斗の剣、左手には先ほど同じように貰ったりんご飴、両手がふさがっている。
向けた後にりんご飴を自分が受け取ればよかったのだと気づく。
「あ、ごめんね。 わたし持つよ」
「いや、ありがとう桂さん」
そう言って烏月さんがわたあめを小さく含む。
はむっ
今度はわたしもわたあめを食べる。
「うん、甘くておいしー」
「そうだね」
二人で笑い合う。
大きなわたあめを二人で交互にゆっくりと食べる。
「桂さん、ちょっとこっちを向いて」
「ん?」
器用に右手に維斗とりんご飴を持って、烏月さんが左手の人差し指を伸ばしてくる。
「ぅんっ」
「鼻にわたあめが、ね」
「あ、ありがとう…」
小さな子のようで恥ずかしい。
カラコロ、と音を立て歩く。 音は二つ、寄り添って。
「…こんなに穏やかな時間を過ごすのはいつぶりだろう…」
と烏月さんが呟く。
「…うん」
その言葉にわたしはお母さんがいた頃を思い出す。 烏月さんの方がもっとたいへんな日々を暮らしているのだろうけど、悲しくてつらい時は誰にでもあるし、来る。
だけど、だから、
「じゃあ、もっと堪能しておこうねっ」
そう思う。 今を大切に、この時を大切に。
「ああ」
烏月さんも同じ想いを感じていてくれたのか、とても綺麗で優しい笑みを浮かべて、頷いた。
カラコロ、と音を立て歩く。 音は二つ、寄り添って。 ゆらゆらと揺れる二人の影も寄り添って。
お祭りの夜は穏やかに過ぎていった…。
…さかき旅館に辿り着くまで、皆さんに追い掛け回されたけど。
(終)
バスを降りる頃には祭囃子が聞こえていた。 駅の前に降り立つと、もう夕暮れ。 付近には一面に提灯が飾られていて、俄然お祭り気分が盛り上がってくる。
「おやおや、たいそうな美人が現れたと思ったらお嬢さん達か」
唐突に声をかけられ振り向くと、駅員さんだった。
「あ、こんばんは」
隣では烏月さんが会釈をしている。
「いやいや、見違えたねえ。 私が後10年若ければ声をかけているところだ」
「…声かけたじゃないですか」
それに10年で済ますのはいかがなものかと思うのです。
「はっはっは、確かに」
「あの、お祭りはどこでやってるんですか?」
「ああ、銀座通りを抜けた所に小さな社があるんだ。 そこでやっているよ」
「ありがとうございます」
「どれ、私が案内しよう」
「…そろそろ帰宅の人達が来るんじゃないんですか?」
「おっと、そうだった」
苦笑しつつ鋏をくるくると回す。
「まあ、都会とは違って小さな祭りだが、楽しんでらっしゃい」
「はいっ。 行こっ、烏月さんっ」
「ああ」
ほとんど同じ世代のいない経観塚とは言え、いないわけではなくて。 また同世代でなくとも、とても10代には見えない色気の今日の烏月さんは、この宴には過ぎた大輪の花なわけで。
何が言いたいのかと言うと、さっきから前に進めない状態になっている。
「なあ一緒に行かないか?」
「こっちも二人なんだけど」
「それ、何持ってんの?」
「せめて名前だけでもっ」
等など。 どこにこんなに人がいたのかと思うくらい男の人が集まっている。
烏月さんは無視をきめこんでカラコロと歩いていくが、こういう事態に慣れてないわたしは少々パニック状態なわけで。
「う、烏月さんー。 どうしようー」
「気にする事はない。 相手にしなければいいんだ」
そうは言っても。
「でもでも、人に話しかけられて無視するのは…」
「…そうだね。 でもここで一人一人相手をしていては祭りどころではなくなってしまうしね」
「あ、うん。 そうだね」
「とは言え、これでは埒があかないな」
と、さすがに烏月さんも閉口していた所、
「あら、千羽さんに羽藤さん」
群がっている男の人達の向こうに見えるのは、さかき旅館のおかみさんだった。
「二人とも素敵ねえ。 これじゃあこんな騒ぎにもなるわねえ」
「あはは…」
「おかみさん?」
おかみさんの隣の人が声をかける。
「あら、いけない。 …どうかしら、わたしは宿の者達と向かうところなんだけど、ご一緒にいかが?」
この状況を察してくれたようで、おかみさんが助け舟を出してくれる。
「あ、ぜひ。 ね、烏月さん?」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
おかみさんのおかげで普通に歩けるようになった。 まあまだ遠巻きにして皆様いらっしゃいますが。
「あっ、烏月さん。 おとといのクレープ屋さんだよ」
「ああ。 あの時は悪い事をしたね」
「ううん。 それはいいんだけど、あの時烏月さん全然食べられなかったでしょ? また今度一緒に食べに行こうね」
「…ああ、そうだね。 一緒に行こう」
今度がいつか、それはわからない。 明日行けるかもしれないし、何年も先かもしれない。 だから、わからないから、わたしは今約束をした。
約束は誓い。
いつになろうともわたしは烏月さんと一緒に行く。 烏月さんも行こうと言ってくれた。 わたしは烏月さんを信じている。
だから、この約束は必ず守られる。
祭囃子がすぐ近くに聞こえていた。
「ほら、奢りだ。 持ってきなっ」
「えっ? いいんですか?」
屋台のおじさんから、わたあめを差し出される。
「ああ。 こんなに人が集まるのは随分久しぶりだ。 べっぴんさん達のおかげだよ」
「ねえ。 本当千羽さんには感謝しています」
「い、いや私は…」
「ふふっ」
烏月さんには悪いけど笑ってしまう。 実際に烏月さんが何かしたわけではないのだが、今いる人達を集めたのは確かに烏月さんだ。
「ありがとうございます」
差し出されたわたあめをわたしが受け取る。
「楽しんでってくんな」
「はい」
「はい、烏月さん」
わたあめを烏月さんに差し出す。
「いや私は構わないから。 桂さんが食べてくれていいよ」
「だめだよ。 これは烏月さんへの奢りなんだから、ちゃんと烏月さんが食べなきゃ」
烏月さんは少し困った顔を浮かべたが、すぐに優しい笑顔を浮かべて、
「じゃあ二人で食べようか。 それならいいかな?」
そう言った。
「あ、うん。 ありがとう、烏月さん」
「はい」
わたあめを烏月さんの口元に向ける。 烏月さんの右手には維斗の剣、左手には先ほど同じように貰ったりんご飴、両手がふさがっている。
向けた後にりんご飴を自分が受け取ればよかったのだと気づく。
「あ、ごめんね。 わたし持つよ」
「いや、ありがとう桂さん」
そう言って烏月さんがわたあめを小さく含む。
はむっ
今度はわたしもわたあめを食べる。
「うん、甘くておいしー」
「そうだね」
二人で笑い合う。
大きなわたあめを二人で交互にゆっくりと食べる。
「桂さん、ちょっとこっちを向いて」
「ん?」
器用に右手に維斗とりんご飴を持って、烏月さんが左手の人差し指を伸ばしてくる。
「ぅんっ」
「鼻にわたあめが、ね」
「あ、ありがとう…」
小さな子のようで恥ずかしい。
カラコロ、と音を立て歩く。 音は二つ、寄り添って。
「…こんなに穏やかな時間を過ごすのはいつぶりだろう…」
と烏月さんが呟く。
「…うん」
その言葉にわたしはお母さんがいた頃を思い出す。 烏月さんの方がもっとたいへんな日々を暮らしているのだろうけど、悲しくてつらい時は誰にでもあるし、来る。
だけど、だから、
「じゃあ、もっと堪能しておこうねっ」
そう思う。 今を大切に、この時を大切に。
「ああ」
烏月さんも同じ想いを感じていてくれたのか、とても綺麗で優しい笑みを浮かべて、頷いた。
カラコロ、と音を立て歩く。 音は二つ、寄り添って。 ゆらゆらと揺れる二人の影も寄り添って。
お祭りの夜は穏やかに過ぎていった…。
…さかき旅館に辿り着くまで、皆さんに追い掛け回されたけど。
(終)
シュパッと風を切る音、衝撃。
…なるほど、これは痛い。 自分で言った事とは言え痛いものは痛い。 そもそもちゃんと鍛えている烏月さんが倒れ、起きなかった一撃なわけで、わたしに至っては何をか言わんや。
「桂さんっ」
駆け寄ってくる心配そうな顔の烏月さん。 ああ、そんなつらそうな顔をしないで。 烏月さんのおかげでわたしは大丈夫なんだから。
「う…ううぅっ、い、痛っ、あっ」
「大丈夫かい、桂さんっ」
烏月さんがわたしを抱き上げてくれる。 烏月さんは今にも泣き出しそうな顔を浮かべていて。 …だから、痛いけどわたしは言わなければならない。
「う、ぅう、烏月、さ、ん」
重くてなかなか上がらない腕を持ち上げ、烏月さんの手に重ねる。
「あり、が、とう」
言えた。
「桂さん…」
とりあえず言えた。 末期の台詞みたいになっちゃったけど、これが精一杯。 ごめんね、あとは起きてからいっぱい言うから、今はとりあえず休ませて…。
「それにしても烏月さん、本当にありがとうっ」
あれから羽様の屋敷で目覚めた後、わたしは烏月さんにずっとお礼を言っていた。
「桂さん、さっきからそればかりだよ。 それに桂さんのためだけではなく、私のためでもあったのだから当然のことをしただけだよ」
「…でも、あの『鬼切り』を立て続けに2回もやるのは大変だったでしょう?」
「うん?」
ケイくんの中にいた時に体験している。 体力・気力がごっそりと抜け落ちる感覚。
「凄い疲れるでしょう? それなのにわたしのために…」
「さっきから言っている通り、私のためでもあったのだからつらくはなかったよ。 むしろ桂さんの方が心配だった」
「どうして?」
「桂さんのような普通の人に『鬼切り』を振るって大丈夫なのか、と。 鬼だけを切るとわかっていても、少し不安だった」
「平気。 烏月さんを信じてたから」
「…ありがとう」
目を細めて嬉しそうに言う烏月さん。
いけない、お礼を言うのはわたしの方なのに、なぜかお礼を言われている。 いつも通りと言うか、情けない自分の会話能力。
これからは一人で頑張っていかなければならない身なのだから、もっとしっかりしなければ…。
「桂さん?」
「は、はいっ?」
考えてるそばからこの始末。 お母さん、不肖の娘をどうか見守っていてください。
「さて…話はつきないけれど、そろそろもう一つの約束を果たそうか」
気を遣ってくれたのか、烏月さんは話を変える。
「もう一つの約束?」
なんだったっけ?
「ああ。 ここからでは聞こえないけれど、そろそろ町の方では祭囃子が聞こえる時間じゃないかな」
「あっ、お祭りっ」
外はもう日も暮れかかっている時間。 言われてみれば今日お祭りがあると聞いていた。
「とは言え、サクヤさんもまだ動けないし。 私も顔を出しづらい立場ではあるのだがね」
「どうして?」
「いや、太刀を持って動くのに便利だと思って、祭りの関係者と言っているんでね。 いささか申し訳ないかと」
「いいんじゃないかな? オハシラサマを奉ってきた、と言えばさ」
部屋の入り口から声がかかる。 見るとケイくんが立っていた。
「行ってきなよ。 サクヤさんは僕とゆー…オハシラサマで診ているから」
「だが…」
「君は行きたいよね?」
とケイくんはわたしの方を見て言う。 その目は、わたしに頷いてと言ってるように見えた。 …もしかしたらわたしが行きたいだけだったのかもしれない。
サクヤさんも心配だけど、さっき聞いた話だとあとは休養が必要なだけで心配ないらしいし。 烏月さんとはもうすぐお別れだし…。
「うんっ。 じゃあお言葉に甘えて、行ってこようかな」
「桂さん?」
「なんだったら今夜は旅館に泊まってくるといい。 帰りにバスはなくなっているだろうし、サクヤさんは車を出せないからね」
「うん、わかった」
烏月さんはじっとケイくんを見つめて言った。
「いいのか?」
「…ああ」
「………わかった。 では行く事にしよう」
「じゃあ行こうっ、烏月さん」
勢いよく立ちあがるわたしに、烏月さんが優しい笑顔で言う。
「それじゃあ桂さん、着替えようか」
「えっ? …あっ!?」
なるほど、約束…しました。
ーーー
「うわー、綺麗ー」
探してみたらお婆ちゃんかお母さんが着てた物と思われる浴衣が出てきたので、烏月さんにも着てもらった。 わたしだけ浴衣というのも寂しいし、何より烏月さんの浴衣姿を見たかった。
綺麗なんだろうな、とは思っていたけど、想像以上に綺麗だった。
わたしの着ている浴衣と同じ物のようだけど、着こなした感じがあって多少青みが増している。
長く艶やかな黒髪をアップに纏め、襟足からのぞくうなじは同性のわたしから見ても凄く色っぽい。 普段から姿勢がいい事も合わさって、わたしと同じ年代とは思えない艶っぽさである。
「烏月さん、本当に綺麗ー」
「そんな…。 桂さんの方が綺麗だよ」
いえいえ、馬子にも衣装なわたしとは違います。 正に眼福。
「じゃあ行こうっ」
「ああ」
サクヤさんの部屋へ行くと、サクヤさんは眠っていて、ケイくんが水を換えていた。
「…やあ二人とも見違えたね。 とてもきれいだ」
「あ、あはは…。 ユ、ユメイさんは?」
「今の時間はまだ、ね」
「あ、そうか」
「行ってらっしゃい。 楽しんでくるといい」
「うん。 ごめんね、任せちゃって」
「いや、気にしないで。 いろいろ迷惑かけた罪ほろぼし…にもならないな」
「そんなことないよっ」
「まあこっちのことは任せて、早く行ってきな」
「うん。 ありがと、ケイくん」
「…」
そして二人でカラコロとつっかけつつバス停へと向かった。
(続く)
…なるほど、これは痛い。 自分で言った事とは言え痛いものは痛い。 そもそもちゃんと鍛えている烏月さんが倒れ、起きなかった一撃なわけで、わたしに至っては何をか言わんや。
「桂さんっ」
駆け寄ってくる心配そうな顔の烏月さん。 ああ、そんなつらそうな顔をしないで。 烏月さんのおかげでわたしは大丈夫なんだから。
「う…ううぅっ、い、痛っ、あっ」
「大丈夫かい、桂さんっ」
烏月さんがわたしを抱き上げてくれる。 烏月さんは今にも泣き出しそうな顔を浮かべていて。 …だから、痛いけどわたしは言わなければならない。
「う、ぅう、烏月、さ、ん」
重くてなかなか上がらない腕を持ち上げ、烏月さんの手に重ねる。
「あり、が、とう」
言えた。
「桂さん…」
とりあえず言えた。 末期の台詞みたいになっちゃったけど、これが精一杯。 ごめんね、あとは起きてからいっぱい言うから、今はとりあえず休ませて…。
「それにしても烏月さん、本当にありがとうっ」
あれから羽様の屋敷で目覚めた後、わたしは烏月さんにずっとお礼を言っていた。
「桂さん、さっきからそればかりだよ。 それに桂さんのためだけではなく、私のためでもあったのだから当然のことをしただけだよ」
「…でも、あの『鬼切り』を立て続けに2回もやるのは大変だったでしょう?」
「うん?」
ケイくんの中にいた時に体験している。 体力・気力がごっそりと抜け落ちる感覚。
「凄い疲れるでしょう? それなのにわたしのために…」
「さっきから言っている通り、私のためでもあったのだからつらくはなかったよ。 むしろ桂さんの方が心配だった」
「どうして?」
「桂さんのような普通の人に『鬼切り』を振るって大丈夫なのか、と。 鬼だけを切るとわかっていても、少し不安だった」
「平気。 烏月さんを信じてたから」
「…ありがとう」
目を細めて嬉しそうに言う烏月さん。
いけない、お礼を言うのはわたしの方なのに、なぜかお礼を言われている。 いつも通りと言うか、情けない自分の会話能力。
これからは一人で頑張っていかなければならない身なのだから、もっとしっかりしなければ…。
「桂さん?」
「は、はいっ?」
考えてるそばからこの始末。 お母さん、不肖の娘をどうか見守っていてください。
「さて…話はつきないけれど、そろそろもう一つの約束を果たそうか」
気を遣ってくれたのか、烏月さんは話を変える。
「もう一つの約束?」
なんだったっけ?
「ああ。 ここからでは聞こえないけれど、そろそろ町の方では祭囃子が聞こえる時間じゃないかな」
「あっ、お祭りっ」
外はもう日も暮れかかっている時間。 言われてみれば今日お祭りがあると聞いていた。
「とは言え、サクヤさんもまだ動けないし。 私も顔を出しづらい立場ではあるのだがね」
「どうして?」
「いや、太刀を持って動くのに便利だと思って、祭りの関係者と言っているんでね。 いささか申し訳ないかと」
「いいんじゃないかな? オハシラサマを奉ってきた、と言えばさ」
部屋の入り口から声がかかる。 見るとケイくんが立っていた。
「行ってきなよ。 サクヤさんは僕とゆー…オハシラサマで診ているから」
「だが…」
「君は行きたいよね?」
とケイくんはわたしの方を見て言う。 その目は、わたしに頷いてと言ってるように見えた。 …もしかしたらわたしが行きたいだけだったのかもしれない。
サクヤさんも心配だけど、さっき聞いた話だとあとは休養が必要なだけで心配ないらしいし。 烏月さんとはもうすぐお別れだし…。
「うんっ。 じゃあお言葉に甘えて、行ってこようかな」
「桂さん?」
「なんだったら今夜は旅館に泊まってくるといい。 帰りにバスはなくなっているだろうし、サクヤさんは車を出せないからね」
「うん、わかった」
烏月さんはじっとケイくんを見つめて言った。
「いいのか?」
「…ああ」
「………わかった。 では行く事にしよう」
「じゃあ行こうっ、烏月さん」
勢いよく立ちあがるわたしに、烏月さんが優しい笑顔で言う。
「それじゃあ桂さん、着替えようか」
「えっ? …あっ!?」
なるほど、約束…しました。
ーーー
「うわー、綺麗ー」
探してみたらお婆ちゃんかお母さんが着てた物と思われる浴衣が出てきたので、烏月さんにも着てもらった。 わたしだけ浴衣というのも寂しいし、何より烏月さんの浴衣姿を見たかった。
綺麗なんだろうな、とは思っていたけど、想像以上に綺麗だった。
わたしの着ている浴衣と同じ物のようだけど、着こなした感じがあって多少青みが増している。
長く艶やかな黒髪をアップに纏め、襟足からのぞくうなじは同性のわたしから見ても凄く色っぽい。 普段から姿勢がいい事も合わさって、わたしと同じ年代とは思えない艶っぽさである。
「烏月さん、本当に綺麗ー」
「そんな…。 桂さんの方が綺麗だよ」
いえいえ、馬子にも衣装なわたしとは違います。 正に眼福。
「じゃあ行こうっ」
「ああ」
サクヤさんの部屋へ行くと、サクヤさんは眠っていて、ケイくんが水を換えていた。
「…やあ二人とも見違えたね。 とてもきれいだ」
「あ、あはは…。 ユ、ユメイさんは?」
「今の時間はまだ、ね」
「あ、そうか」
「行ってらっしゃい。 楽しんでくるといい」
「うん。 ごめんね、任せちゃって」
「いや、気にしないで。 いろいろ迷惑かけた罪ほろぼし…にもならないな」
「そんなことないよっ」
「まあこっちのことは任せて、早く行ってきな」
「うん。 ありがと、ケイくん」
「…」
そして二人でカラコロとつっかけつつバス停へと向かった。
(続く)
「やあ、ようこそおいでくださいました」
丁寧ではあるものの慇懃な態度を隠そうともせず、その男は彼女を出迎えた。
「いえ。 今晩はお招きに預かり光栄です」
少女を中へと通し、男は口を開く。
「すぐに用意させますので少々お待ちを」
そう言って満足そうに上座へと座る。 少女の顔に一瞬嘲るような表情が浮かぶ。 だがすぐに表情は消えた。
「今から準備ですか?」
「招待しておいて作り置きというわけにはいけませんからな」
「様子を拝見してもよろしいですか?」
男の顔から張りついたような笑顔が消える。
「ほう…それはどうしてでしょうか?」
「わたしはまだ年若いので、多方面に興味があるので。 後学のために、ですかね」
「おお、いろんな事に興味を持つ事はよいでしょう。 しかしまあ、今は私とご歓談いただきたいですな。 それにそんなには待たせませんよ」
「…わかりました」
少女はちらと横目で扉の方を見る。 広い食堂は多くの花が飾られていて、甘い匂いが漂う。
「しかしなんですな。 会長の覚えがいいといろいろとお忙しいでしょうな」
「…そうですね。 このように食事の招待も多く、心休まる間を知りませんね」
「ほう…、食事はくつろぎの時間だと思いますが」
「確かにわたしより残り時間が無い方がくつろいでいて、わたしがくつろげないというのもおかしな話ですね」
「ははっ、これは手厳しい。 でもまあ、今夜はくつろいでいって欲しいものですな」
「そうですね。 わたしもまだまだ食事会も続く身ですから」
「ふふ、なるほど…」
やがて扉が開かれて、食事が運ばれてくる。
「今夜は才女を迎えられて光栄です。 これからの我々の未来に、乾杯」
そう言ってワインの入ったグラスを掲げる。
「乾杯」
相手に合わせるように、少女もグラスを掲げる。
「ではどうぞ遠慮なく。 腕は確かなシェフを連れてきていますので、お口に合うとよろしいですな」
「ではいただかせていただきます」
小さく会釈をすると、手元に持っていた小さなバッグから何か取り出す。
「いかがしました?」
「いえ。 自分用のナイフとフォークです」
「…ほう、ご持参ですか。 どうしてまた?」
「使い慣れた物の方がいいですから」
輝く銀色の光が辺りに散る。
「これは立派な逸品ですな。 そのような物をお持ちならば、当方の用意した物では物足りないかもしれませんな」
「別にそういうわけではありませんよ。 ただ、これは純銀製なんです」
「それはそれは高価な代物ですな」
「わかりませんか?」
「何がでしょうか?」
少女は答えず、ナイフを、フォークを目の前に広げられた料理へと差し入れる。
「…失礼ですが、テーブルマナーはご存知でしょうかな? そのように食べるのはいささか礼儀に欠けると思われますが」
「もちろんテーブルマナーは知っています」
やがて少女の動きが止まる。
「ご満足ですか? いやいやまだ幼くていらっしゃるとは言え…」
「これが見えますか?」
「なんでしょう?」
「このナイフは何色ですか?」
彼女が目の前に手に持ったナイフを掲げる。 先程まで辺りに光を放っていたそれは薄く黒ずんでしまっていた。
「…おや、そのような料理は無いように見えるのですが…黒く濁ってますな」
「銀という金属は化学変化を起こしやすく、ヒ素などの毒物に触れると黒ずんでしまうのですよ。 そのため中世では貴族はこぞって銀食器を有していたそうです」
「…」
男の顔が凍りつく。
「…つまり、この食事に毒が含まれている、と?」
「匂いの強い花を飾ってごまかしたつもりでしょうが、意味ありませんでしたね」
そう言って少女は席を立つ。
「食事会は終わりです」
放心したように俯く男に少女が語りかける。
「ではこちらの番です」
その言葉に男が顔を上げる。
「どういう意味だ」
先程までの繕った丁重さはすでにない。
「言葉通りですよ。 わたしはあなたの挑戦を受け、そして勝ったわけです。 今度はあなたがわたしの挑戦を受けてもらいます」
そう言ってバッグからそれを取り出す。
「リボルバー式の物には装弾数が5発の物と6発の物とがあります。 これは6発の方です」
「…」
「そしてこれが弾です」
そう言って彼女は小さな弾丸を一つ掲げる。
「これを入れます」
男の目にも見えるように弾を込める。 そしてリボルバーを軽く回す。
「どっちかが、までに致しましょう。 わたしはもうあなたと会う気はありませんし、あなたは元々そのつもりだったようですし」
「…し、しかし…」
「あなたに降りる権利はありません。 大丈夫ですよ、どうせもみ消すのですから。 先にやりますか? 後にしますか?」
「…」
「わたしの倍以上生きてても臆病は抜けませんか? ではわたしから始めましょうか?」
「………さ、先だっ」
少女はテーブルを滑らせてそれを渡す。
「…」
男は震える手でそれをこめかみへとあてがう。 そしてゆっくりと引き金を引いた。
どさり、と男が崩れ落ちる。 白いテーブルクロス、手をつけられていない料理、高価なカーペット、全てが赤く染まっていく。
少女はゆっくりと男に近寄ると、それを取る。
「最後まで愚かな方ですね。 確認もしないとは。 …最初から5発入っていると考えないとは話になりません」
暗い目で男を見下ろす。
「まあ勝ち試合を仕込むのはお互い様です。 その程度ではここまででしょう」
そう言い捨て、少女は扉を開け出て行く。
外の暗闇に溶け込むように彼女は消えていった。 いつ終わるともしれないコドクの果てへと向かって…。
(終)
註・銀についてのくだりは、一応調べましたが保証の限りではありません。 あしからず。
丁寧ではあるものの慇懃な態度を隠そうともせず、その男は彼女を出迎えた。
「いえ。 今晩はお招きに預かり光栄です」
少女を中へと通し、男は口を開く。
「すぐに用意させますので少々お待ちを」
そう言って満足そうに上座へと座る。 少女の顔に一瞬嘲るような表情が浮かぶ。 だがすぐに表情は消えた。
「今から準備ですか?」
「招待しておいて作り置きというわけにはいけませんからな」
「様子を拝見してもよろしいですか?」
男の顔から張りついたような笑顔が消える。
「ほう…それはどうしてでしょうか?」
「わたしはまだ年若いので、多方面に興味があるので。 後学のために、ですかね」
「おお、いろんな事に興味を持つ事はよいでしょう。 しかしまあ、今は私とご歓談いただきたいですな。 それにそんなには待たせませんよ」
「…わかりました」
少女はちらと横目で扉の方を見る。 広い食堂は多くの花が飾られていて、甘い匂いが漂う。
「しかしなんですな。 会長の覚えがいいといろいろとお忙しいでしょうな」
「…そうですね。 このように食事の招待も多く、心休まる間を知りませんね」
「ほう…、食事はくつろぎの時間だと思いますが」
「確かにわたしより残り時間が無い方がくつろいでいて、わたしがくつろげないというのもおかしな話ですね」
「ははっ、これは手厳しい。 でもまあ、今夜はくつろいでいって欲しいものですな」
「そうですね。 わたしもまだまだ食事会も続く身ですから」
「ふふ、なるほど…」
やがて扉が開かれて、食事が運ばれてくる。
「今夜は才女を迎えられて光栄です。 これからの我々の未来に、乾杯」
そう言ってワインの入ったグラスを掲げる。
「乾杯」
相手に合わせるように、少女もグラスを掲げる。
「ではどうぞ遠慮なく。 腕は確かなシェフを連れてきていますので、お口に合うとよろしいですな」
「ではいただかせていただきます」
小さく会釈をすると、手元に持っていた小さなバッグから何か取り出す。
「いかがしました?」
「いえ。 自分用のナイフとフォークです」
「…ほう、ご持参ですか。 どうしてまた?」
「使い慣れた物の方がいいですから」
輝く銀色の光が辺りに散る。
「これは立派な逸品ですな。 そのような物をお持ちならば、当方の用意した物では物足りないかもしれませんな」
「別にそういうわけではありませんよ。 ただ、これは純銀製なんです」
「それはそれは高価な代物ですな」
「わかりませんか?」
「何がでしょうか?」
少女は答えず、ナイフを、フォークを目の前に広げられた料理へと差し入れる。
「…失礼ですが、テーブルマナーはご存知でしょうかな? そのように食べるのはいささか礼儀に欠けると思われますが」
「もちろんテーブルマナーは知っています」
やがて少女の動きが止まる。
「ご満足ですか? いやいやまだ幼くていらっしゃるとは言え…」
「これが見えますか?」
「なんでしょう?」
「このナイフは何色ですか?」
彼女が目の前に手に持ったナイフを掲げる。 先程まで辺りに光を放っていたそれは薄く黒ずんでしまっていた。
「…おや、そのような料理は無いように見えるのですが…黒く濁ってますな」
「銀という金属は化学変化を起こしやすく、ヒ素などの毒物に触れると黒ずんでしまうのですよ。 そのため中世では貴族はこぞって銀食器を有していたそうです」
「…」
男の顔が凍りつく。
「…つまり、この食事に毒が含まれている、と?」
「匂いの強い花を飾ってごまかしたつもりでしょうが、意味ありませんでしたね」
そう言って少女は席を立つ。
「食事会は終わりです」
放心したように俯く男に少女が語りかける。
「ではこちらの番です」
その言葉に男が顔を上げる。
「どういう意味だ」
先程までの繕った丁重さはすでにない。
「言葉通りですよ。 わたしはあなたの挑戦を受け、そして勝ったわけです。 今度はあなたがわたしの挑戦を受けてもらいます」
そう言ってバッグからそれを取り出す。
「リボルバー式の物には装弾数が5発の物と6発の物とがあります。 これは6発の方です」
「…」
「そしてこれが弾です」
そう言って彼女は小さな弾丸を一つ掲げる。
「これを入れます」
男の目にも見えるように弾を込める。 そしてリボルバーを軽く回す。
「どっちかが、までに致しましょう。 わたしはもうあなたと会う気はありませんし、あなたは元々そのつもりだったようですし」
「…し、しかし…」
「あなたに降りる権利はありません。 大丈夫ですよ、どうせもみ消すのですから。 先にやりますか? 後にしますか?」
「…」
「わたしの倍以上生きてても臆病は抜けませんか? ではわたしから始めましょうか?」
「………さ、先だっ」
少女はテーブルを滑らせてそれを渡す。
「…」
男は震える手でそれをこめかみへとあてがう。 そしてゆっくりと引き金を引いた。
どさり、と男が崩れ落ちる。 白いテーブルクロス、手をつけられていない料理、高価なカーペット、全てが赤く染まっていく。
少女はゆっくりと男に近寄ると、それを取る。
「最後まで愚かな方ですね。 確認もしないとは。 …最初から5発入っていると考えないとは話になりません」
暗い目で男を見下ろす。
「まあ勝ち試合を仕込むのはお互い様です。 その程度ではここまででしょう」
そう言い捨て、少女は扉を開け出て行く。
外の暗闇に溶け込むように彼女は消えていった。 いつ終わるともしれないコドクの果てへと向かって…。
(終)
註・銀についてのくだりは、一応調べましたが保証の限りではありません。 あしからず。
「ねえサクヤさん」
「なんだい桂?」
食事も終わりお茶を飲みながらくつろいでいた所で、ずっと聞きたかった事を聞いてみる。
「お父さんのこと教えて欲しいな」
「…ああ」
ほんの少し迷った顔を浮かべた後、優しい笑顔になって話してくれた。
「笑子さんに似てきれいな顔しててね。 子供の頃は女の子のようだったよ」
「かっこよかったんだ」
「いやかっこいい、ってのとは違ったかなー」
「そうなの?」
「ああ。 きれいな顔してた」
遠い目をして笑みを浮かべる。
「…もしかしてサクヤさん、お父さん好きだった?」
「生憎とあいつが寝小便してる頃から知ってるんで、そんな気にはなれなかったね。 さしずめ年の離れた弟だったね」
「ふーん」
「まあ顔だけでなく、よく笑子さんに似ててね。 暢気な子だったさ」
「そうなんだー」
「ま、暢気なのは羽藤の血筋なんだね」
「へー」
「…」
「…」
「…」
「…」
「わたしも?」
「そういう所が、だよ」
そう言うと、サクヤさんは笑いながらわたしの頭をぐりぐりと撫でまわした。
「どうしてサクヤさんはお母さんとお父さんを…その…」
「ああ、それはね…」
懐かしげな表情でサクヤさんは語った。
「前にも話したと思うが、真弓とは敵として出会った。 あたしは鬼で真弓は鬼切り、当然さね。 ただ…ま、その内意気投合してね」
「どうして? お母さんとサクヤさんって、全然性格違うのに?」
「桂にもその内わかるさ。 自分に無い物を持ってる者には惹かれるもんだよ」
「それで…」
「ああ、紹介したわけだったね。 真弓はね、若い頃から責任やら義務やら期待やらでがんじがらめでね。 烏月見りゃわかるだろ?」
「烏月さん、たいへんそうだもんね」
「事実たいへんなのさ。 だけど、真弓は人には笑顔を見せて、つらいことは一人抱え込むタイプでね」
今はわかる。 お母さんはつらい顔を人に見せない人なんだと。
「だから、あいつとひき会わせたのさ」
「?」
「代々羽藤の者は、よくわかりもしないくせに相手の背負ってる物ごと相手を抱きとめる癖があってね…。 それで真弓もコロッと落ちちまった、ってわけさ」
「…よくわからない…」
「フフッ、あたしは経験者だからね。 親友を助けてやっただけさ」
「わたしもなのかな?」
そう問うと、サクヤさんは答えず、優しい笑顔でわたしを抱きしめた。
(終)
「なんだい桂?」
食事も終わりお茶を飲みながらくつろいでいた所で、ずっと聞きたかった事を聞いてみる。
「お父さんのこと教えて欲しいな」
「…ああ」
ほんの少し迷った顔を浮かべた後、優しい笑顔になって話してくれた。
「笑子さんに似てきれいな顔しててね。 子供の頃は女の子のようだったよ」
「かっこよかったんだ」
「いやかっこいい、ってのとは違ったかなー」
「そうなの?」
「ああ。 きれいな顔してた」
遠い目をして笑みを浮かべる。
「…もしかしてサクヤさん、お父さん好きだった?」
「生憎とあいつが寝小便してる頃から知ってるんで、そんな気にはなれなかったね。 さしずめ年の離れた弟だったね」
「ふーん」
「まあ顔だけでなく、よく笑子さんに似ててね。 暢気な子だったさ」
「そうなんだー」
「ま、暢気なのは羽藤の血筋なんだね」
「へー」
「…」
「…」
「…」
「…」
「わたしも?」
「そういう所が、だよ」
そう言うと、サクヤさんは笑いながらわたしの頭をぐりぐりと撫でまわした。
「どうしてサクヤさんはお母さんとお父さんを…その…」
「ああ、それはね…」
懐かしげな表情でサクヤさんは語った。
「前にも話したと思うが、真弓とは敵として出会った。 あたしは鬼で真弓は鬼切り、当然さね。 ただ…ま、その内意気投合してね」
「どうして? お母さんとサクヤさんって、全然性格違うのに?」
「桂にもその内わかるさ。 自分に無い物を持ってる者には惹かれるもんだよ」
「それで…」
「ああ、紹介したわけだったね。 真弓はね、若い頃から責任やら義務やら期待やらでがんじがらめでね。 烏月見りゃわかるだろ?」
「烏月さん、たいへんそうだもんね」
「事実たいへんなのさ。 だけど、真弓は人には笑顔を見せて、つらいことは一人抱え込むタイプでね」
今はわかる。 お母さんはつらい顔を人に見せない人なんだと。
「だから、あいつとひき会わせたのさ」
「?」
「代々羽藤の者は、よくわかりもしないくせに相手の背負ってる物ごと相手を抱きとめる癖があってね…。 それで真弓もコロッと落ちちまった、ってわけさ」
「…よくわからない…」
「フフッ、あたしは経験者だからね。 親友を助けてやっただけさ」
「わたしもなのかな?」
そう問うと、サクヤさんは答えず、優しい笑顔でわたしを抱きしめた。
(終)
白い花が舞い落ちる。 今年もいつもと変わらずきれいに咲いている。
蝉の鳴き声も聞かず、小鳥のさえずりも聞こえない。 ただ風が草木をなびかせる音だけ。 存在はその音が全て。
流れる月日は時の夢。 変わらぬ夏が繰り返される。
茂るに任せた草叢を掻き分け、歩く者がいる。 真っ直ぐに、一点を見つめて。
辿り着いた先には、天へと向かう大きな木が立っていた。 槐の花びらが舞う。
その花びらをただ黙って眺める。
滴が落ちる。 声をあげることもなく泣く。 ただ、泣く。 顔を覆い、泣き崩れる。
槐の花びらは舞う。 包み込むように、さらさらと、降りそそぐ。
槐の木に片手をつけ、顔を上げる。 肩で揃えた髪、そして髪に留まる青い蝶。
「…久しぶり。 本当に、久しぶり」
無理に浮かべた笑顔に花びらがくっつく。 振り払う事も泣き止む事もせず、ただそのままの体勢でいる。
木にかけた手、その手首には包帯が巻かれている。
「もう1年か…。 ごめんね、白花ちゃん」
木を見上げ呟く。
「そして…」
振り向く。 何もない木のふもと、何もないその空間に語りかける。
「ごめんね、柚明お姉ちゃん」
淡々と一人喋る。 音の無い中、その声は風にさらわれていく。
「わたし…やっぱり無理だよ。 …もう…無理だよ」
泣き笑いの顔を浮かべ呟き、うな垂れる。
「多分、会えないんだろうね…。 でも、もう、無理…だよ」
スカートのポケットからそれを取り出す。 太陽に照らされて、それは辺りに銀色の光を振りまく。
「…会えなくても、ここでなら…いいや…」
ざあっ
槐の花びらが舞う。 降りそそぐ。 風もなく、花びらは舞う。
「…ごめんね…」
「桂ーーーーーっ!!!」
びくっと体を震わせ、動きが止まる。 銀の刃を構えたまま。
草叢を駆ける音に硬直が解ける。 それを包帯の上へと運ぶ。
「殺すのかいっ、柚明をっ!」
「違うっ!」
「違わないさっ!」
「違うっ、違うっ!! お姉ちゃんはもういないっ!!」
目を瞑ってそれを持った手に力を込める。 が、その手を掴まれる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「いない…いない…いない…」
「はぁっ、いるさ……いるとも」
耳を塞いで俯く顔に鏡を差し出す。
「目を開けて見なっ」
「嫌」
「いいから見なっ!」
「嫌っ!」
「見ながらでもバカなことができるかいっ!?」
「うるさいっ!!」
風が流れる。
「…桂。 あんたが死んだら、柚明も死ぬんだよ?」
「…」
「なんのために柱になり…そして消えていったんだい?」
「…」
「全部あんたのためだろう? もうやめておくれっ!」
「…そうよ」
ぼんやりと顔を上げる。
「全部わたしのせいでお姉ちゃんは…」
「違うっ! そうじゃないっ!」
「違わないよっ! わたしのせいなんだよっ! お姉ちゃんも白花ちゃんもっ!!」
「誰も桂を恨んじゃいないさっ! ただあんたに…あんたに生きて欲しいだけだったんだよ…」
「できないよっ!」
悲鳴とも思える叫びが響く。
視界に入った鏡から目を逸らす。
「柚明は生きてる。 …桂、あんたの中に」
鏡を顔の前に送る。 鏡の中にはあの日別れた愛しい顔と似た泣き顔があった。
「ずっと一緒さ。 あんたが生きてる限り」
「うっ…ううぅっ…うっ…」
白い花びらが、空に、二人に、舞う。
鏡を抱いて泣き崩れる少女をやわらかく抱きしめる。
静かなその場所にただ泣き声だけが聞こえていた。
(終)
蝉の鳴き声も聞かず、小鳥のさえずりも聞こえない。 ただ風が草木をなびかせる音だけ。 存在はその音が全て。
流れる月日は時の夢。 変わらぬ夏が繰り返される。
茂るに任せた草叢を掻き分け、歩く者がいる。 真っ直ぐに、一点を見つめて。
辿り着いた先には、天へと向かう大きな木が立っていた。 槐の花びらが舞う。
その花びらをただ黙って眺める。
滴が落ちる。 声をあげることもなく泣く。 ただ、泣く。 顔を覆い、泣き崩れる。
槐の花びらは舞う。 包み込むように、さらさらと、降りそそぐ。
槐の木に片手をつけ、顔を上げる。 肩で揃えた髪、そして髪に留まる青い蝶。
「…久しぶり。 本当に、久しぶり」
無理に浮かべた笑顔に花びらがくっつく。 振り払う事も泣き止む事もせず、ただそのままの体勢でいる。
木にかけた手、その手首には包帯が巻かれている。
「もう1年か…。 ごめんね、白花ちゃん」
木を見上げ呟く。
「そして…」
振り向く。 何もない木のふもと、何もないその空間に語りかける。
「ごめんね、柚明お姉ちゃん」
淡々と一人喋る。 音の無い中、その声は風にさらわれていく。
「わたし…やっぱり無理だよ。 …もう…無理だよ」
泣き笑いの顔を浮かべ呟き、うな垂れる。
「多分、会えないんだろうね…。 でも、もう、無理…だよ」
スカートのポケットからそれを取り出す。 太陽に照らされて、それは辺りに銀色の光を振りまく。
「…会えなくても、ここでなら…いいや…」
ざあっ
槐の花びらが舞う。 降りそそぐ。 風もなく、花びらは舞う。
「…ごめんね…」
「桂ーーーーーっ!!!」
びくっと体を震わせ、動きが止まる。 銀の刃を構えたまま。
草叢を駆ける音に硬直が解ける。 それを包帯の上へと運ぶ。
「殺すのかいっ、柚明をっ!」
「違うっ!」
「違わないさっ!」
「違うっ、違うっ!! お姉ちゃんはもういないっ!!」
目を瞑ってそれを持った手に力を込める。 が、その手を掴まれる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「いない…いない…いない…」
「はぁっ、いるさ……いるとも」
耳を塞いで俯く顔に鏡を差し出す。
「目を開けて見なっ」
「嫌」
「いいから見なっ!」
「嫌っ!」
「見ながらでもバカなことができるかいっ!?」
「うるさいっ!!」
風が流れる。
「…桂。 あんたが死んだら、柚明も死ぬんだよ?」
「…」
「なんのために柱になり…そして消えていったんだい?」
「…」
「全部あんたのためだろう? もうやめておくれっ!」
「…そうよ」
ぼんやりと顔を上げる。
「全部わたしのせいでお姉ちゃんは…」
「違うっ! そうじゃないっ!」
「違わないよっ! わたしのせいなんだよっ! お姉ちゃんも白花ちゃんもっ!!」
「誰も桂を恨んじゃいないさっ! ただあんたに…あんたに生きて欲しいだけだったんだよ…」
「できないよっ!」
悲鳴とも思える叫びが響く。
視界に入った鏡から目を逸らす。
「柚明は生きてる。 …桂、あんたの中に」
鏡を顔の前に送る。 鏡の中にはあの日別れた愛しい顔と似た泣き顔があった。
「ずっと一緒さ。 あんたが生きてる限り」
「うっ…ううぅっ…うっ…」
白い花びらが、空に、二人に、舞う。
鏡を抱いて泣き崩れる少女をやわらかく抱きしめる。
静かなその場所にただ泣き声だけが聞こえていた。
(終)
『もしもし。 東郷さんのお宅でしょうか? わたし奈良と言いますが、凛さんはご在宅でしょうか?』
「…奈良さん、ちゃんとした言い方もできるのですわね」
『うげっ、なんだお凛かっ』
露骨な口調の変化に凛は顔をしかめる。 普段ならば顔には出さないところだが、電話なので遠慮はない。
「いきなり態度を変えるのもいかがなものかと思いますけど…何か用事かしら?」
『んー…暇』
「…」
『ひまー』
「羽藤さんはいらっしゃらないの?」
いつも凛と同じくクラスメートの羽藤桂をからかってばかりいる彼女が、電話を掛けてきている時点で予想はできているのだが、一応聞いてみる。
『なんかねー、はとちゃんパパさんの実家に行ってるらしんだけど…電波悪いみたいで全然連絡つかないんだよねー』
「あら、お父様のご実家? それって…」
『あー、へーきへーき。 転校とかって話じゃないみたい』
「…そうですの。 それは奈良さんも一安心ですわね」
『そうそう…って、それってどーいう意味よっ、お凛っ!』
「特別他意はありませんわ。 私も羽藤さんとお別れするのは望みませんし」
『むー』
くすくすと笑う凛。
いつも桂をからかっている陽子ではあるが、その実かまってもらいたがっているのは陽子自身に他ならない。 それを凛はからかっているのだ。
「それで? 羽藤さんが戻られるのはいつのご予定ですの?」
『わかんない…。 もう満足に話す前に切れちゃったんだってば』
「あら。 相当不便な場所なんですのね」
『そうねー、乗ってるすっごくローカルな電車は貸し切り状態だ、って言ってたし』
「はあ」
あまりぴんとこない。 電車も満足に乗ったことが無いため、その説明が理解はできるが、感覚的に理解できないのだ。
『もしかしたらはとちゃん、もう帰ってこないかも…』
「どうしてですの?」
『向こうで偶然出会ったかっこいい男の子と恋に落ちて、そのまま2人は愛の逃避行に…とか』
「…。 羽藤さんが何から逃げると言うんですの?」
『え? そりゃー、その男の子が村の名主の跡取息子とかで、『そんなどこの馬の骨ともわからん娘と一緒になるなんて許さんっ』とかいう展開になって…』
「…」
『連れ添って逃げるはとちゃんと馬の骨っ。 そしてやがて逃げ切れないと悟った2人は『どうせ一緒になれないのなら…』とかって展開で、崖から身投げをっ』
「…」
いつの間にか馬の骨が桂から男の子の方にになっている事も含め、呆れて声も出ない凛。
『うわ。 お凛っ、どうする!? はとちゃん、ヤバいよっ!』
「…」
『…』
「…」
『ノリ悪いわねー、お凛。 もうちょっとノってこれない? なんかあたし一人でバカみたいじゃない』
ふう、とため息一つ。
「そんなこと起こり得るとは思いませんけど」
『うわ、お凛ってばひどいこと言うわねー。 はとちゃんが男の子に声なんかかけられる訳ないってこと? くわ、これだからお嬢は…』
「そうではなくて、羽藤さんがいきなりそんな急展開についていけるとは思えないのですけれど」
『いやいや、はとちゃんは流されやすいからねー。 今頃どんな濡れ場を迎えてるかわからんよー』
「あら。 羽藤さんに先を越されてしまいますわね」
『んぐっ!? …むむむ』
真剣に悩む電話越しの陽子にあきれつつも笑みがこぼれる。
『はとちゃん…大丈夫かなー…』
心配そうな声。 元々母子家庭の桂は少し前に母親を亡くした。 凛も桂のことは気にかけていたが、それ以上に陽子は気にしていた。
だから今一人でいるであろう桂の事が心配で仕方ないのであろう。
「大丈夫ですわよ。 羽藤さんはあれでも結構強い方ですから」
相当つらいはずなのに、自分達といる時にその様子を見せない。 少し悲しそうな顔を浮かべる時もあったが、すぐにいつも通りになる。
もちろん自分達に見せてない部分があるという事は凛も承知はしているが、彼女なら平気だろうという凛なりの信頼であった。
『甘いっ。 あんたは甘いわっ、お凛っ!』
けれど電話越しの彼女は納得できないようで。
『あんたははとちゃんの繊細な部分がわかってないっ。 はとちゃんはねえ…とてもか弱いのよっ!』
「でしたら羽藤さんについて行かれればよかったのではないですの?」
『だって、はとちゃん、いつの間にか一人で行ってたんだもん…』
「それではしょうがないですわね。 私達にできることは無事お帰りになるのを待つだけですわ」
『ぐぬぬ…』
確かに全く心配がないとは凛も思ってない。 けれど、何もできない現状ならばせめて無事を祈るだけ。 大切な友人とまた会えるように。
「どうしました、奈良さん?」
『…』
「奈良さん?」
『暇』
つまりは桂に会えないから、心配で落ち着かないから。 だから気持ちを分かち合える者と不安を分かち合いたかったのだろう。
「ふう…。 電話で話してても埒があきませんわ。 家にいらしてください」
『ええー。 お凛の家は緊張してイヤなんだよねー』
「いいから、お待ちしておりますわ」
『んー、わかった。 じゃ、後で』
そう言って、電話が切れる。
今いない友人のために、今から来る友人と語り合おう。
それは人に羨まれることの多い満たされた環境の彼女にとって、何よりも望む、価値のある、幸せな時間でもあった。
(終)
「…奈良さん、ちゃんとした言い方もできるのですわね」
『うげっ、なんだお凛かっ』
露骨な口調の変化に凛は顔をしかめる。 普段ならば顔には出さないところだが、電話なので遠慮はない。
「いきなり態度を変えるのもいかがなものかと思いますけど…何か用事かしら?」
『んー…暇』
「…」
『ひまー』
「羽藤さんはいらっしゃらないの?」
いつも凛と同じくクラスメートの羽藤桂をからかってばかりいる彼女が、電話を掛けてきている時点で予想はできているのだが、一応聞いてみる。
『なんかねー、はとちゃんパパさんの実家に行ってるらしんだけど…電波悪いみたいで全然連絡つかないんだよねー』
「あら、お父様のご実家? それって…」
『あー、へーきへーき。 転校とかって話じゃないみたい』
「…そうですの。 それは奈良さんも一安心ですわね」
『そうそう…って、それってどーいう意味よっ、お凛っ!』
「特別他意はありませんわ。 私も羽藤さんとお別れするのは望みませんし」
『むー』
くすくすと笑う凛。
いつも桂をからかっている陽子ではあるが、その実かまってもらいたがっているのは陽子自身に他ならない。 それを凛はからかっているのだ。
「それで? 羽藤さんが戻られるのはいつのご予定ですの?」
『わかんない…。 もう満足に話す前に切れちゃったんだってば』
「あら。 相当不便な場所なんですのね」
『そうねー、乗ってるすっごくローカルな電車は貸し切り状態だ、って言ってたし』
「はあ」
あまりぴんとこない。 電車も満足に乗ったことが無いため、その説明が理解はできるが、感覚的に理解できないのだ。
『もしかしたらはとちゃん、もう帰ってこないかも…』
「どうしてですの?」
『向こうで偶然出会ったかっこいい男の子と恋に落ちて、そのまま2人は愛の逃避行に…とか』
「…。 羽藤さんが何から逃げると言うんですの?」
『え? そりゃー、その男の子が村の名主の跡取息子とかで、『そんなどこの馬の骨ともわからん娘と一緒になるなんて許さんっ』とかいう展開になって…』
「…」
『連れ添って逃げるはとちゃんと馬の骨っ。 そしてやがて逃げ切れないと悟った2人は『どうせ一緒になれないのなら…』とかって展開で、崖から身投げをっ』
「…」
いつの間にか馬の骨が桂から男の子の方にになっている事も含め、呆れて声も出ない凛。
『うわ。 お凛っ、どうする!? はとちゃん、ヤバいよっ!』
「…」
『…』
「…」
『ノリ悪いわねー、お凛。 もうちょっとノってこれない? なんかあたし一人でバカみたいじゃない』
ふう、とため息一つ。
「そんなこと起こり得るとは思いませんけど」
『うわ、お凛ってばひどいこと言うわねー。 はとちゃんが男の子に声なんかかけられる訳ないってこと? くわ、これだからお嬢は…』
「そうではなくて、羽藤さんがいきなりそんな急展開についていけるとは思えないのですけれど」
『いやいや、はとちゃんは流されやすいからねー。 今頃どんな濡れ場を迎えてるかわからんよー』
「あら。 羽藤さんに先を越されてしまいますわね」
『んぐっ!? …むむむ』
真剣に悩む電話越しの陽子にあきれつつも笑みがこぼれる。
『はとちゃん…大丈夫かなー…』
心配そうな声。 元々母子家庭の桂は少し前に母親を亡くした。 凛も桂のことは気にかけていたが、それ以上に陽子は気にしていた。
だから今一人でいるであろう桂の事が心配で仕方ないのであろう。
「大丈夫ですわよ。 羽藤さんはあれでも結構強い方ですから」
相当つらいはずなのに、自分達といる時にその様子を見せない。 少し悲しそうな顔を浮かべる時もあったが、すぐにいつも通りになる。
もちろん自分達に見せてない部分があるという事は凛も承知はしているが、彼女なら平気だろうという凛なりの信頼であった。
『甘いっ。 あんたは甘いわっ、お凛っ!』
けれど電話越しの彼女は納得できないようで。
『あんたははとちゃんの繊細な部分がわかってないっ。 はとちゃんはねえ…とてもか弱いのよっ!』
「でしたら羽藤さんについて行かれればよかったのではないですの?」
『だって、はとちゃん、いつの間にか一人で行ってたんだもん…』
「それではしょうがないですわね。 私達にできることは無事お帰りになるのを待つだけですわ」
『ぐぬぬ…』
確かに全く心配がないとは凛も思ってない。 けれど、何もできない現状ならばせめて無事を祈るだけ。 大切な友人とまた会えるように。
「どうしました、奈良さん?」
『…』
「奈良さん?」
『暇』
つまりは桂に会えないから、心配で落ち着かないから。 だから気持ちを分かち合える者と不安を分かち合いたかったのだろう。
「ふう…。 電話で話してても埒があきませんわ。 家にいらしてください」
『ええー。 お凛の家は緊張してイヤなんだよねー』
「いいから、お待ちしておりますわ」
『んー、わかった。 じゃ、後で』
そう言って、電話が切れる。
今いない友人のために、今から来る友人と語り合おう。
それは人に羨まれることの多い満たされた環境の彼女にとって、何よりも望む、価値のある、幸せな時間でもあった。
(終)
「うーん、どの本がいいかなー」
お料理の本を手にとっては戻す。
「どうせどれでも変わらないのだから、早く決めてしまいなさいな」
「そんなことないよ。 ノゾミちゃん、いじわるだよ…」
「あの不出来な子も言ってたじゃないの。 『桂の包丁は見てるだけで怖い』って。 どうせ今日も来るんでしょうから、作ってもらいなさいな」
「ううー…って、ノゾミちゃんっ、携帯!」
「ああ、そういえば忘れていたわ。 まあ桂も忘れていたんだし、構わないじゃない」
辺りを見回す。 …幸い、近くには誰もおらず、ほっと胸を撫で下ろす。
「もー、いつも言ってるでしょっ」
「だけど桂、わたしずっと見ていたけれど、そのケータイを使って書を見てる者なんか、一人もいないわ。 桂の言う通りにしたら、その方が目立つのではなくて?」
「そうかな?」
あれこれとノゾミちゃんと言い合いをしながら、なんとか一冊に絞り込み会計を済ます。
「まずは煮物からかなー」
「わたし鬼になっていてよかったわ」
「どうして?」
「口にしないでいいからよ」
「…平気だもん、ちゃんと美味しいのつくるよ」
「どうかしら」
家までの帰り道、ずっとノゾミちゃんにからかわれ続けた。
そして翌朝。
「おっはよーっ、はとちゃんっ」
「あ、陽子ちゃん、おはよー」
「ねね、昨日の見た? あれ見た?」
「へ?」
いつも通りとも言えるが、やたらとテンションの高い陽子ちゃん。
「心霊特番やってたじゃないっ、見なかったのー?」
「あはは、昨日はちょっとそれどころじゃなくて…」
「どうして?」
「お料理の練習をしてたら、もう大変で…」
「片付けの方が時間かかっていたけれど」
肩越しにノゾミちゃんが何か言ってるのは無視。
「あれ? でもママさんの親友さんが来てくれるんじゃないの?」
「そうだけど…。 サクヤさんも仕事あるし、自分でやれるようにならなくちゃ、って思ってね」
「…偉いっ! はとちゃん、何でも言ってね。 あたしも協力するから!」
「うんっ。 ありがとう、陽子ちゃん。 わたし、がんばるよっ」
「とりあえず、甘いのが砂糖で、しょっぱいのが塩だからね♪」
「…陽子ちゃん、それ誰でもわかる…」
「でも昨日は間違えたわよね」
またノゾミちゃんが茶々を入れてくる。 ええ、そうです。 間違えましたとも。
「って、はとちゃん。 何ヘコんでんの?」
「うう…」
「だーい丈夫、ちゃーんと教えてあげるから。 …お凛が」
「…陽子ちゃんじゃないんだ」
「あたしが教えられるわけないじゃないー。 無理無理ー」
話をしながら昇降口へと向かう。
「ちゃんと食べれる物を作れるようになるのはいつかしらね?」
ううぅ。ノゾミちゃんだって、どうせ作れないくせに…。
(終)
お料理の本を手にとっては戻す。
「どうせどれでも変わらないのだから、早く決めてしまいなさいな」
「そんなことないよ。 ノゾミちゃん、いじわるだよ…」
「あの不出来な子も言ってたじゃないの。 『桂の包丁は見てるだけで怖い』って。 どうせ今日も来るんでしょうから、作ってもらいなさいな」
「ううー…って、ノゾミちゃんっ、携帯!」
「ああ、そういえば忘れていたわ。 まあ桂も忘れていたんだし、構わないじゃない」
辺りを見回す。 …幸い、近くには誰もおらず、ほっと胸を撫で下ろす。
「もー、いつも言ってるでしょっ」
「だけど桂、わたしずっと見ていたけれど、そのケータイを使って書を見てる者なんか、一人もいないわ。 桂の言う通りにしたら、その方が目立つのではなくて?」
「そうかな?」
あれこれとノゾミちゃんと言い合いをしながら、なんとか一冊に絞り込み会計を済ます。
「まずは煮物からかなー」
「わたし鬼になっていてよかったわ」
「どうして?」
「口にしないでいいからよ」
「…平気だもん、ちゃんと美味しいのつくるよ」
「どうかしら」
家までの帰り道、ずっとノゾミちゃんにからかわれ続けた。
そして翌朝。
「おっはよーっ、はとちゃんっ」
「あ、陽子ちゃん、おはよー」
「ねね、昨日の見た? あれ見た?」
「へ?」
いつも通りとも言えるが、やたらとテンションの高い陽子ちゃん。
「心霊特番やってたじゃないっ、見なかったのー?」
「あはは、昨日はちょっとそれどころじゃなくて…」
「どうして?」
「お料理の練習をしてたら、もう大変で…」
「片付けの方が時間かかっていたけれど」
肩越しにノゾミちゃんが何か言ってるのは無視。
「あれ? でもママさんの親友さんが来てくれるんじゃないの?」
「そうだけど…。 サクヤさんも仕事あるし、自分でやれるようにならなくちゃ、って思ってね」
「…偉いっ! はとちゃん、何でも言ってね。 あたしも協力するから!」
「うんっ。 ありがとう、陽子ちゃん。 わたし、がんばるよっ」
「とりあえず、甘いのが砂糖で、しょっぱいのが塩だからね♪」
「…陽子ちゃん、それ誰でもわかる…」
「でも昨日は間違えたわよね」
またノゾミちゃんが茶々を入れてくる。 ええ、そうです。 間違えましたとも。
「って、はとちゃん。 何ヘコんでんの?」
「うう…」
「だーい丈夫、ちゃーんと教えてあげるから。 …お凛が」
「…陽子ちゃんじゃないんだ」
「あたしが教えられるわけないじゃないー。 無理無理ー」
話をしながら昇降口へと向かう。
「ちゃんと食べれる物を作れるようになるのはいつかしらね?」
ううぅ。ノゾミちゃんだって、どうせ作れないくせに…。
(終)
「いいのか?」
「ああ」
新幹線の車内。 向かい合って座る高校生くらいの男女。
「…なんとかすることなら出来るが」
「だったら僕を連れていってくれないか」
「しかし桂さんは…」
「烏月さん、君はだいたいの事情を知っているだろう。 なら桂が僕を知らないのは何故だと思う?」
「それは何年も会っていないからで…」
「いや違うんだ。 桂は記憶をしまいこんだんだよ。 僕らのせいで、父さんもゆーねぇもこの世からいなくなってしまった。 その事実に堪えられなかったんだよ」
「なら…尚の事、お前が支えてやるべきではないのか?」
少女の声に少し力が入る。
「無理を言わないでくれ。 僕だって正直自分の罪が重い。 原因は君のおかげで消えたけど、罪は消えてない」
「…だからそれは私が…」
「鬼切部や鬼切頭の力を使ってまでしてもらえる立場にはないよ。 だから烏月さん、君が桂の事を思ってくれるのなら、君が桂を支えてくれないか」
「…」
「君には迷惑ばかりかけて悪いとは思うけど…」
「…」
重苦しい空気が二人の間に流れる。 それを吹き飛ばすかのように少年は言葉を繋ぐ。
「それに兄妹とは言え、年頃の男女二人きりで暮らすのはマズいだろ?」
「………そうだな」
二人とも小さく笑みを浮かべる。 少し空気が和らいだ。
(終)
「ああ」
新幹線の車内。 向かい合って座る高校生くらいの男女。
「…なんとかすることなら出来るが」
「だったら僕を連れていってくれないか」
「しかし桂さんは…」
「烏月さん、君はだいたいの事情を知っているだろう。 なら桂が僕を知らないのは何故だと思う?」
「それは何年も会っていないからで…」
「いや違うんだ。 桂は記憶をしまいこんだんだよ。 僕らのせいで、父さんもゆーねぇもこの世からいなくなってしまった。 その事実に堪えられなかったんだよ」
「なら…尚の事、お前が支えてやるべきではないのか?」
少女の声に少し力が入る。
「無理を言わないでくれ。 僕だって正直自分の罪が重い。 原因は君のおかげで消えたけど、罪は消えてない」
「…だからそれは私が…」
「鬼切部や鬼切頭の力を使ってまでしてもらえる立場にはないよ。 だから烏月さん、君が桂の事を思ってくれるのなら、君が桂を支えてくれないか」
「…」
「君には迷惑ばかりかけて悪いとは思うけど…」
「…」
重苦しい空気が二人の間に流れる。 それを吹き飛ばすかのように少年は言葉を繋ぐ。
「それに兄妹とは言え、年頃の男女二人きりで暮らすのはマズいだろ?」
「………そうだな」
二人とも小さく笑みを浮かべる。 少し空気が和らいだ。
(終)
<<
前のページ
カレンダー
06 | 2025/07 | 08 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
ブックマーク
カウンター
プロフィール
HN:
あらた
性別:
非公開
忍者ブログ [PR]