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数分で読める小話を置いてます。 暇潰しにはなるかもしれません。
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(桂×烏月)

 タイトル考えるのはめんどい…。 似た話はすでにいくつもありそうですが、なお話ですね

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 青々とした緑が日の光で輝く季節から茜色へと染まり舞い落ちる季節に、そして冷たい風が吹き始めた頃

「やあ、桂さん。 久しぶり」
 あの人はまた来てくれた。

 鬼を切ることを生業とした千羽党の鬼切り役、千羽烏月さん。 あの夏の日の約束通りに私のところへ忙しい合間をぬって来てくれる。
 いつ見ても長いきれいな黒髪を風に揺らし、それ以上にきれいな顔に優しい笑顔を浮かべて。

 近くの喫茶店に入る。 陽子ちゃんとであればハックにでもいくところだけど、烏月さんと一緒に行くには少々騒々しい気がして気が進まなかった。 ちなみにいつもなら一緒に帰る陽子ちゃんは進路相談だそうで。 …でもちょうどよかったかな?

「さすがに寒くなってきたね」
 そう言ってコートを脱ぐ烏月さんをじっと見てたら気づかれた。
「どうかしたかい? 桂さん」
「あ、あはは…。 そのコートも裏に書いてあるのかなー? なんて…」
 烏月さんはちょっと驚いた顔をした後、くすりと柔らかく笑ってコートをめくる。
「ふふ、書いてあるのはこっちだけだよ。 うかつに人前で脱げないからね」
「あははは。 そうだよね」
「元気そうでよかった」
「うん。 まだもちろん時々つらかったり寂しかったりするけど、陽子ちゃんとかもいるしサクヤさんもよく来てくれるし」
 最近のことを一所懸命私は話す。 もちろんそうでない日もあるけれど元気で楽しく過ごしている、と。 それが烏月さんのために私ができることだから。
 烏月さんは私の話を微笑みながら聞いてくれる。 と、そこに、
「おおっ!? はとちゃん発見っ!」
「って、陽子ちゃん…。 恥ずかしいからやめてよ…」
 喫茶店の窓の外、帰り際の陽子ちゃんが私を見つけて騒いでいた。
「やー、なんか珍しいとこにいるねー、はとちゃんってば。 って、うおっ、烏月さんだっ」
「奈良さんだったかな? こんにちは」
「烏月さん、こんにちは。 ほほぉー、はとちゃんてばこんなとこで逢い引きー?」
「もー、陽子ちゃんてばー…」
 すたすたとやってきて私の隣の席に座る。
「はぁー…。 長かったー…」
「進路相談たいへんだったんだ?」
「んー、まあいろいろうるさく言われただけよ。 はとちゃんはこれからでしょ? がんばってねー」
「うーん。 私何も考えてないからなー…。 烏月さんは進路ってどうするの?」
「私は…家業に専念することになるのかどうか、といったところかな。 なんせ家がうるさいからね、自由にはいかないかな」
「うへ、お凛みたいな感じなのかっ。 そらたいへんだわー」
「お凛さんとは違うと思うけど…」



 日が陰って来たのでそろそろ、といった感じでお店を出る。 夕暮れからの日の陰りは早く、改めて季節の変わりを感じてしまう。 冷たい風がそっと首元をなでるのに、肩をすくめる。
「そんじゃ私こっちだから。 はとちゃん、浮気はほどほどにしてよねー」
「う、浮気ってっ。 そ、そんなんじゃないよっ」
 そもそも浮気ってことは私と陽子ちゃんはどういう関係になるんですか?
「あはは。 じゃ、はとちゃんまた明日ー。 烏月さんもまたー」
「さようなら」
「またね、陽子ちゃん」

「なんかごめんね、陽子ちゃんが…」
「いや。 桂さんが楽しく過ごせてるのがわかって嬉しかったよ」
 私の家の方向へ二人で歩き始める。
「そう言えばケイくんはどうしてるのかな?」
「…。 彼なら千羽で鬼切りとしてがんばってくれてるよ。 人手不足なんで助かってるね」
「へー」
「会いたいかい?」
「え? そういうわけじゃないけど…」
 なんとなく気になった。 ただそれだけ…だと思う。
「えっと、まだ時間大丈夫なのかな?」
 そう聞くと携帯電話を手にとって烏月さんは少し難しい顔を浮かべる。
「ここからの時間が忙しいから約束はできないかな…。 どうなのか少し連絡してみるよ」

『もしもし』
「私だがまだ時間は大丈夫なのだろうか?」
『鬼切り頭からは今夜ひとつ頼まれてる件があるね』
「わかった。 では…」
『いや』
「うん?」
『とりあえず僕が一人で行ってみるよ。 手に負えないようなら連絡する。 それまでは桂と一緒にいてあげてくれないか』
「しかしお前は…」
『わかってる。 役付きではないからね、無理はしないさ。 無理なら連絡する。 凌ぐくらいならできる自信はあるし。 会えない僕の代わりを君にお願いするのは卑怯かい?』
「すまない」
『謝るのも礼を言うのも僕の方さ。 じゃあよろしく』

「えっと…」
「とりあえずは大丈夫そうだ。 桂さんのところにお邪魔してもいいかな?」
「あ、うんっ」

 ささやかな仏壇に祈りを捧げ、烏月さんは遺影をじっと見つめている。 その間に私はというと、どうにも狭い家なので、すぐそばでばたばたと着替えていたりする。
「じゃあ少し待っててね」
「うん?」
「私が夕ご飯作るから。 あ、でも、あまり期待しないでね…。 サクヤさんに習ったりしてるけどまだまだだと思うから…」
 エプロンをつけながら流しに向かう。 烏月さんは優しく笑って
「ああ。 楽しみにしているよ」
 と言ってくれた。



 嬉しい時と言うのは往々にして、自分の能力以上のことをしようとしてしまうものです。 素敵な烏月さんのため、と思ったのがむしろいけなかったか、悲しいくらいに現状は悲劇を招いてしまって…。
「桂さん? 鍋は大丈夫かい? 少し焦げ臭い匂いがするけど」
「え? きゃーっ。 お水お水…あ、こっちにこれ入れないと…あああああ」

 結局食べられる物は作れたものの、普段よりひどい見た目なものになってしまったわけで。
「うう…ごめんね、烏月さん…」
「いや、桂さんの作った物が食べられるだけでも嬉しいよ」
「味付けおかしかったら言ってね? 焦げてるのは食べなくていいから」
「大丈夫だよ。 少しくらいはかえっておいしかったりするものだよ」
 笑いあって食べる。 たまにちょっと眉をしかめるだけで黙って食べようとする烏月さんに声かけたり。 うっかり口の端についたご飯を取ってもらったり…。
 …でも楽しい時間にも終わりはある。

 聞きなれない音が楽しい時間の終わりを告げる。
「すまない桂さん、電話のようだ」

『…すまない。 ちょっと僕だけでは無理のようだ』
「わかった。 すぐ行く」
『凌ぐのなら当分平気だから慌てることはないけど、来てもらいたい』
「ああ」

「すまない。 鬼が出て手の者では無理のようだ。 また会いに来るよ」
 そう言って烏月さんが立ち上がる。
 仕方の無いこと、なのはわかってる、だけど…だけど…。 維斗を手に携え玄関に向かう烏月さんに、私は慌ててコートを手に取る。
「烏月さん、コートっ」
「ああ、すまない。 忘れていたよ」
 コートは忘れるのに維斗は忘れない烏月さんを見て、やっぱり烏月さんは烏月さんなんだな、と私は少しおかしくなる。
「維斗は忘れないくせに烏月さんってば」
「はは、桂さんの言う通りだ」
 受け取ろうとする烏月さんを遮って私はコートを広げる。
「ん、ありがとう、桂さん」
 そしてコートを着せると私はその背中にしがみつく。
「桂さん?」
「急いでるのにごめんね、烏月さん…。 でも少しだけ、ほんの少しだけこのままで…」
「…ああ。 私も、そうしたい…」

 ほんの少し、だったと思う。 私のために無理をしてくれる烏月さんをあまり困らせてもいけない。
「…ありがとう。 もう、大丈夫っ。 ごめんね、急いでるのに」
「桂さん」
 烏月さんが振り返る。 私より背の高い烏月さんがそっと私を抱きしめる。
 そして私の額にやわらかな感触を残し、烏月さんが離れる。
「あ…わ…」
 見ると烏月さんの顔も赤い。
「お守り、かな?」
「…鬼切り役のお守りだったら安心だね」
「じゃあもっと安心できるようにこれも渡しておくよ」
 赤い顔でいたずらっぽく笑い烏月さんはあの夏の日にも渡してくれたお札を取り出す。 私は笑顔を浮かべそれを受け取る。
「いってらっしゃい。 気をつけて」
「いってくるよ。 鬼を切りに。 そしてまた桂さんと会うために」

 言葉少ない中に想いをこめて、あなたを見送る。
 出て行くあなたの背中を見るのはこれが最後ではない。 次の時はまた先の話だとしても、次はまたある。

 だからまた会いましょう。 その優しい笑顔に会いましょう。 それまでにはもっとお料理上手くなるよ。 今度はもっと喜んでもらえるように。

 私の好きになった人が喜んでくれるように。



(終)
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